第十四話 ジン・フォン・シュピーツ
お爺様に続いてジンの独白になります。
こういったサイドストーリーを好まれない方は読み飛ばして頂けると幸いです。
沢山のアクセスやお気に入り登録を頂いて、大変嬉しく思っております。
それ以上の恐怖とプレッシャーも感じておりますが、誤字脱字を減らしながら頑張って更新していきますので、楽しんで読んで頂けると幸いです。
ドイル・フォン・アギニス。
この国の民で、その名を知らぬ者はいません。
公爵家継嗣様で、最近僕の主人となったグレイ殿下の幼馴染で、同じく幼馴染のクレア第三王女に心から愛されている人。それから、【炎槍の勇者の孫】で【雷槍の勇者の息子】で【聖女の息子】という凄い肩書きを持った人。中等部の成績は常に上位で、槍の腕前もいい。
しかし、身分を笠に着て、周囲の者達に無茶な命令をしたり、気に食わない人達をいじめている。
到底、アギニス家に相応しくない愚か者、らしい。
何故『らしい』という曖昧な表現かというと、実は僕、入学式で初めてお姿を拝見した次第でして。いままで直接お話をさせていただく機会がありませんでした。
ですから、どうしても人から聞いたままの印象になってしまいます。実際学園内でも、僕がよくお邪魔させていただく騎士団でもいい噂は聞かない方です。
だから、正直僕はドイル様にいい印象を抱いておりませんでした。
そして、お恥ずかしながら僕には【槍の申し子】という通り名があります。その所為か、【次期槍の勇者】といお言葉も時々かけて頂けます。
僕自身、槍に関しては騎士団所属の方相手でもそうそう負けない自信があります。
そういった経緯もあり、槍使いの一番の称号と言ってもいい【槍の勇者】の名を継いでみたいと思うようになったのは、僕にとって自然な流れでした。
ましてや、勇者様のご子息がその名を継ぐに相応しくない方なら、なおさら。
ですから中等部時代の僕は、ドイル様を差し置いて【槍の勇者】を継ぐことを目標としており、お会いする機会が御座いましたら是非槍で戦い、勝ちたいと思っていました。
しかし、そんな僕のドイル様への印象を改める機会が中等部卒業間近にありました。
第三王女クレア様との出会いです。
クレア様は正にお姫様という形容が相応しい方でした。聡明で美しく、嫋やかでお優しいクレア様。ですが、その儚げな容姿とは裏腹に情熱的な愛を秘めている方でした。
クレア様は僕とご一緒中、ずっとドイル様のお話をなさっていました。出会いから、グレイ殿下と共に三人で過ごした幼馴染時代、そして最近のドイル様の話を、それはもう楽しそうに幸せそうに、そして最後は悲しそうに。
クレア様はドイル様こそが運命の相手だと仰ってました。
あの方に出会う為に、クレア様は生まれたのだと。
あの人の隣にこそ、ご自身の幸せがあるのだとも。
他も沢山お話しして下さいました。
ドイル様がどれほど素晴らしく、お強く、お優しいのか僕に語って下さいました。そして、最近のドイル様は本来のご自身を見失われているだけなのだと。
理由は分かりませんが、とてもとても悲しいことがあって、ドイル様は苦しんでいるのだと仰っていました。
「何故、そのように思うのですか?」と聞けば、「愛故ですわ。ドイル様はクレアの唯一にしてたった一人の運命の方ですから!」と自信満々なご様子で仰られておりました。
その時のクレア様はとても輝いておられました。そんなクレア様のお姿を見て、言葉を聞いて、僕は間違っているのではないかと思ったのです。
だから、高等部に入学した暁には自身の目で見て、自身の耳で聞いたドイル様を信じようと決めたのです。
そして、初めてお姿を拝見した入学式。
『以上を、入学式の宣誓とさせていただきます。拙い誓いを最後までご清聴いたただき、ありがとうございました』
そう、言いながら頭を垂れたドイル様は、とても優雅で美しい人だと思いました。
流石は、【雷槍の勇者様】と【聖女様】のご子息だと。見惚れるような拝礼も、凛としたお姿も、慈愛の籠った微笑みも、しっかりと前を見据える瞳も、強い決意と覚悟を秘めた力強いお言葉もどれもが素晴らしく、もっと見ていたい気持ちにさせられました。
そんなドイル様のお姿に噂や騎士団の人達ではなく、クレア様が正しかったのだと思ったのです。
そして、ドイル様とお話しする為に寮に行くというグレイ殿下にご一緒させていただきました。
『だからこそ俺は、俺の負うべきものを誰かに任せるのでなく、自分自身で背負って生きていきたいと思っているのです。―――――――かつて、殿下が望んでくださったような正道をもう一度、胸を張って歩む為に』
初めてお近くで拝見したドイル様は想像通りの方でした。己の過ちを正すことは誰にでも出来る事ではありません。しかし、ご自分の意志で過ちを正し、殿下の隣に立つとドイル様ははっきりと宣言されました。
真っ直ぐに殿下を見詰めるドイル様の眼差しは力強く、グレイ殿下も何時になく嬉しそうなご様子でした。
幼馴染という間柄か、何処か気安さを感じさせる空気がお二人の間に存在し、激昂なさるグレイ殿下を容易く受け流すドイル様には感服致しました。
正直、僕はあの殿下に正面から怒られて笑える自信がありません。
そして、模擬戦の朝。
僕の対戦相手がドイル様だと聞き、是非ご挨拶したいとグレイ殿下にお願いし、僕はドイル様に会いに行きました。
『いいからお前は大人しく最後まで話を聞け! いいか? 俺はジン殿が相手でもかまわないんだ。むしろ【槍の申し子】と対戦できるなど願ったり叶ったりだと思っている!』
どういった経緯かは分かりませんが、ナイフで首を切りつけようした部下の方を滑らかな動きで取り押さえ、ナイフを取り上げたドイル様の一連の動きは、熟練の武を嗜む者の動きをしていました。
僕は、強い方と戦うのが大好きです。
ですから、熟練の武人の片鱗を見せたドイル様が、僕との対戦を望んでいたことがとても嬉しかったのです。
そして、模擬戦では槍を使われないというドイル様に酷く憤りを感じました。
しかし、
『それは無論。この試合中に、この刀を持って、全力で証明させていただく!』
と、仰ったドイル様にそれはそうだと納得させられました。
武人同士、己が身と武器で語り合った方が、幾多の言葉を交わすよりもずっと早く、そしてより深く相手の事を知ることが出来ます。
言い訳一つせずに、己の意志は己の武器で証明してみせると仰ったドイル様は、アラン様にそっくりでした。
そして挑んだ模擬戦は僕の完敗。
正に手も足も出ませんでした。
それどころか、手加減していただいた上に命まで助けていただきました。
最後の一太刀を受ける寸前、僕は確かに死を覚悟しました。
これは両断される、と。
しかし、ドイル様の太刀筋は僕に触れる直前、目に見えるほど減速し、実際に切られたのは肉だけでした。切られた衝撃で倒れる中、刀の衝撃を殺すかのように不自然に散った足元の氷と、凍っていく傷口にドイル様が俺の命を助けて下さったのを悟りました。
そして目覚めた俺に、
『俺の答えは満足いただけたか?』
と仰ったドイル様に、この方には一生敵わないだろうと思いました。
武人としても、一人の男としても。
そう思わせられるほど、かっこ良かったです。
そして、刀であれほどお強いなら、槍はさぞお強いのだろうと迂闊にも再戦を申し込んだ僕は、ドイル様のお怒りに触れてしまいました。
『俺の気持ちが分るか? 祖父と父が槍の勇者だというのに、槍も棒術も適性が皆無だと知った時の俺の気持ちが! 適性が低いとかスキルが少ないとかじゃなくて、皆無なんだよ!! 皆無!! 十年だぞ? 十年!! 十年間、ひたすら槍を振り続けても結局、一つもスキルを取得出来なかった俺の気持ちが、貴様などに分かるか!!!』
クレア様が仰っていたドイル様の苦しみは、コレだったのだと確信しました。
同時に、入学式の日のグレイ殿下のお言葉を思い出しました。
『いやドイルは、強がりで恰好つけたがる、馬鹿で弱音の吐けない愚か者だ』
きっと、ドイル様はその優しさ故に、今日まで事実を言うことが出来なかったんだと思います。周囲の方達をがっかりさせたくなくて、その期待に応えようとして、出来なくて。
何のスキルも得られないと分っていてもなお、十年も槍を振り続けたドイル様は恐ろしく我慢強い方だと思いました。僕だったら一か月やって駄目なら、絶対諦めて他の武器に替えます。
こういった所が殿下の仰る、強がりで格好つけたがる所なのでしょう。
『………………それでもいい加減認めようと、認めなければいけないと思ったんだ。俺を信じて付いてきてくれた奴らの為にも、散々迷惑かけたのに守ろうとしてくれた両親の為にも、いつまでも待っていてくれる子の為にも、こんな、こんな俺でも愛してくれる人達の為に、彼らに胸張って生きる為にも、全部認めようと思ったんだ!』
それでも、ドイル様は誰よりも強い心をお持ちだったからこそ全てを認め、自力で立ち上がり、前に進もうとなされているのだと、その痛々しくも力強いお姿に僕は感銘を受けました。
『だから、ジン殿が幾ら望もうとも槍での戦いはしない。俺は、俺には、槍を使って戦うことが出来ないから。だから、すまないが諦めてくれ。戦うまでもなく【槍の申し子】の名も、【次期勇者】の名も、どうせ俺には継げない』
そして、最後に力無くそう仰ったドイル様に、僕は何て酷いことをドイル様に頼んだのだろうと、泣きたくなりました。
しかし、ドイル様はとても器の大きい方でした。
自分がしでかしたことが恐ろしく、謝りの言葉さえ紡げない僕に八つ当たりしたと謝って下さったのです。
勿論、ドイル様は何も悪くなどありません。
そう口に出してお伝えしたかったのですが、僕は口にすることが出来ませんでした。
しかしドイル様は、卑怯にも黙り込んでしまった僕に優しいお言葉をかけて下さったのです!
僕はそんなドイル様の優しさに我慢できず、いい年して声を上げて泣いてしまいました。しかし、そんな情けない僕に対しても優しいドイル様は、呆れるどころかタオルを下さり、慈愛に満ちた瞳と声で慰めて下さりました。
その懐の大きさと優しさに、クレア様が誰よりも正しかったのだと思い知ったのです。
流石、【愛の女神様】の加護を持つクレア様です。
クレア様。
ジンもようやくドイル様の素晴らしさが分かりました。
クレア様の仰る通りドイル様は誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりもカッコイイ、最高に素敵な御仁です!
ここまでお読み頂き有難うございました。
ジンの独白はもう一話続きます。