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第十三話 ゼノ・フォン・アギニス

軽い気持ちで書き始めた小説にとんでもないアクセスを頂き、この前書きを打つ手が震えております。

お気に入り登録や感想も沢山いただき、果たして皆様のご期待に応えて行けるのかと戦々恐々です。

頑張って完結まで更新していきますので、お読み頂いている方々にはドイル共々温かく見守って頂けると幸いです。

「…………儂も耄碌したものだな」

「そんなことは、」

「慰めはいらん。あの子が生まれて、十五年。まったく気付かんかったわ」

「大元帥様」


 儂の呟きを否定しようとしたジルバの言葉を遮り、胸の内を語る。そんな儂の複雑な心境を見越したジルバは儂を呼んだ後、口を噤んだ。


 ジルバは儂の後釜にと育てている槍使いで、儂の期待に応え三十五歳という若さで王国騎士団、騎士部隊団長に上り詰めた男である。名を、ジルバ・フォン・シュピーツ。シュピーツ伯爵家当主であり些か脳筋で子煩悩な男だが、槍の腕前と人の機微に敏感な所が気に入っておる。

 そして、こやつの息子も大変将来が楽しみな少年であり、僅か十五歳という若さで既に炎槍と雷槍を操る槍の申し子である。


 儂はジルバの息子ジンを、我が不肖の孫ドイルの後釜に座らせようと思っていた。幾ら孫とは言え、己が道を踏み外したドイルはもう駄目だと思っていたのじゃ。

 アランとセレナの優しさに甘えきり、横暴な振る舞いをするドイルにアギニス公爵家を継がせる訳にはいかぬ、と。


 そして、その気持ちは入学式の宣誓を聞いても変わらんかった。幾ら真面目になると公言しておっても、そもそも宣言の場は身分を笠に奪ったものである。その事も謝罪しておったようじゃが、今までの数々の所業もあり儂はドイルの事を信用しておらんかった。

 しかし、そんなドイルを陛下が許すと言われたことと、入学式後控室に現れなかったドイルに、今一度その覚悟のほどを問うてやろうと思って計画したのが、今回の模擬戦であった。

 

 幸い大変都合の良いことに、ドイルの後釜に据えようと鍛えているジンはドイルと同い年じゃった。互いに槍を交わさせれば、どちらが【槍の勇者】に相応しいか自ずと知れると思った。


 しかし、蓋を開けてみればドイルは刀で戦うという。

 結局、逃げるのかと思えば、不思議と聞こえる会話でドイルは己の真意は戦いで語って見せると、言い切りおった!

 その姿に若かりしアランの姿を見た儂は、ならば語ってもらおうと静かに腰かけた。



 

 そうして行われた、試合はドイルの圧勝じゃった。

 傷一つ負うことなくジンを下したドイルに、驚いたのは儂だけではあるまい。


 しかも、治療班の男との会話は更に儂と周囲の者共を驚愕させた。

 あのジン相手に目一杯手加減して戦う技術も、有能な者を見極める目も、迷うことなく己の内に引き入れる手腕もまったく儂が知らないドイルの姿じゃった。

 

 ドイルが目をつけた者は、薬学の麒麟児と呼ばれている青年じゃ。その腕前は王宮にさえ届いておる。貴族共がこぞって気を引こうとしているらしいが、誘いに乗ったという話は未だきかなんだ。誘うことさえ許してくれないと愚痴っている貴族が大半だという中、ドイルはいともあっさり交渉の席に着いてみせた。

 楽しそうに話すドイルは、そこかしこから上がった驚愕の声と悲鳴に気が付いておらんかったようだが、結構な騒ぎじゃった。




 そして、ジンの再戦の誘いを蹴ったかと思えば、あの言葉。


『俺にはなぁ! 槍の適性も無ければ、棒術の適性も無いんだよ!』


 ドイルが生まれてから十五年。

 初めて聞いたあの子の叫びに、儂は頭を鈍器で殴られたような気がした。






 今までの所業はさておき、実際ドイルの槍の腕前は悪くは無い。

 悪くは無いが良くも無いというのが、儂がドイルに下した評価である。

 まず、見習い騎士程度ではドイルには敵わないじゃろう。

 正騎士の者でも、下の方には苦戦はするが下せる。

 しかし、それでは駄目なのだ。

 

 確かに、十五歳で下っ端とは言え正騎士を下せるならば、将来有望じゃ。

 しかし、儂がドイルの年の頃には、戦争で既に槍の名手として名を馳せていたし、アランも既に国中に【雷槍】の名を轟かせ、勇者候補に選ばれていた。ジンに至っては儂の炎槍やアランの雷槍を扱え【槍の申し子】の名を欲しいままにしている。


 ドイルは優秀ではあるが正直言ってドイル程度の槍使いは、探せば結構いる。そして、ドイルの言動を省みるに、アギニス家公爵家継嗣にはおおよそ相応しくないと、身勝手にも思っておった。


 同時に卒業までにその才を示さぬなら、この手で引導を渡してやろうとも。


 そんな身勝手な考えばかりしていた所為か、今日聞いたドイルの告白には心臓が握り潰される気がした。


『俺の気持ちが分るか? 祖父と父が槍の勇者だというのに、槍も棒術も適性が皆無だと知った時の俺の気持ちが! 適性が低いとかスキルが少ないとかじゃなくて、皆無なんだよ!! 皆無!! 十年だぞ? 十年!! 十年間、ひたすら槍を振り続けても結局、一つもスキルを取得出来なかった俺の気持ちが、貴様などに分かるか!!!』

『槍と棒術だけじゃない。炎と雷の魔法適性だって、低いんだよ! どれだけ練習したって、どちらも精々中級の初歩止まり! 高位魔法は勿論、精霊魔法だって俺には使えない!!』


 衝撃であった。

 何故、ドイルが自身のスキル適性を知っておるのかとか、何処で知ったのかとか、色々思う所はあるが、それ以上にドイルの言葉はただただ、衝撃じゃった。


 言われてみれば、当然のことであった。

 スキルや魔法の適性は確かに遺伝しやすい。回復魔法などの特殊な適性は、祖先に持っている者がおれば子孫にその適性が出ることが多い。儂の息子であるアランが、儂と同じように【槍の勇者】に選ばれたように。


 だから、儂は忘れておったのだ。

 スキル適性や魔法属性は遺伝することが多いが、多いというだけで確実に受け継がれる物では無いということを。

 そして、親からだけでなく、何代も前の祖先のスキルを受け継ぐ者もおるということを。





 

 そもそも思い出せば、儂だって一族では異端であったのだ。

 儂の生まれた伯爵家はもともと風と水の魔法を得意とする一族であり、高位魔法である氷魔法まで扱える者が多かった。そしてそんな中、炎に適性があった儂は【槍の勇者】に選ばれるまでは、周囲から奇異なものを見る目で見られておったことを。


 家族と折り合いの悪かった儂は、戦争に乗じて国を出奔。

 その後、この国に流れ着き【炎槍の勇者】と名を上げ、当時公爵令嬢だった妻と恋に落ち、戦後の褒賞として、妻と結婚しアギニスとなった。


 そして、妻の一族には剣を得意とする者が多かったことを、愚かにも儂は、ドイルの叫びを聞いてようやく思い出したのじゃ。

 

 一体、我が孫は十年間、どんな気持ちで儂が持たせた槍を振っていたのか。

 正直、ドイルにはいくら謝っても謝り足りないじゃろう。




『その名の重さに散々逃げ回った私には、もう遅いかもしれませんが、ようやく背負って生きていく覚悟が持てたのです。【炎槍の勇者の孫】、【雷槍の勇者の息子】、【聖女の息子】、【アギニス公爵家継嗣】の名を背負って生きていく覚悟が、ようやく、私にもできました』

『次にまみえる時にはアギニスの名に恥じぬ男になります。そして、いつの日か。己の足で御爺様やお二人の名声や偉業に追いつき、越えていきたく思います』


 ふと、ドイルが行った入学式の宣誓が浮かぶ。

 あの時。

 アギニスの名を背負い、己の足で儂とアランを越えると言ったドイルの中には、どれほどの覚悟と決意があったのか。

 

 いたらぬ儂には想像もつかぬが、あの覚悟を持つに至るまでのドイルはそれこそ、血反吐を吐くような思いを何度もしたのではないのじゃろうか。


 誰にも言えず、たった一人で。


 そして、ドイルをそこまで追い詰めたのは間違い無く、儂や周囲の者達なのだろう。アランもそうであったからと、当然のようにドイルに槍を持たせたのは儂達なのだから。






「…………はぁ。もう儂、引退しようかのう」

「はっ!?」

「それがよかろうて。いつまでも年寄りが我が物顔で居座っては、国も育たぬ」

「ちょっ、ちょっとお待ちください、大元帥!」

「ふむ。どうせなら、エルヴァやリブロやセルリー達にも声をかけてみるか」

「薬師長と宰相様と魔術師長まで!? やめて下さい!」


 今日の事を思い返した結果、引退を思い付いた儂はこれは名案とばかりに席を立った。

 今朝方会ったばかりのリブロも最近は書類が読みにくくなったと言っておったし、他の旧友達も儂の意見に喜んで頷いてくれるじゃろう。

 大元帥とかいう役職をさっさと後進に譲り、一度ドイルの刀とまみえてみるのも一興じゃ。あの戦いを見るに、ドイルの本来の戦闘能力は恐ろしく高い。是非、この体が動かなくなる前に、孫と本気でやり合いたいものじゃて。


 そうと決まれば、急がねばならん。

 この老骨にいつまで時間があるかは分からんからの。


「ええぇい! 離せ、ジルバ!」

「いいえ! 離しません! 国の重鎮がそんな一気に止めては、国が傾きます!!」

「そのようなことは無い! これは、変革なのじゃ! 国もそこに住む者達も新しくなり、成長していかねばならん!!」

「仰ることは分かりますが! 四英傑に一度に居なくなられては、新しくなる前に国が無くなっちゃいますよ! 隣国はどうする気ですか!?」

「国の窮地を皆で乗り越えれば、絆も深まる! 問題はない!」

「問題ありまくりですよ!! ちょ、皆の者―! であえー! であえー! 大元帥のご乱心である!!」


 儂の腰にしがみつき、必死に儂を部屋に押しとどめようとするジルバを、どうにか引き離そうと躍起になる。そうこうしている間に、部屋の騒ぎを聞きつけた者達が、ガチャガチャガチャと物々しい音をたてながら走ってくる音が聞こえる。


 ええい! しつこいぞ、ジルバ!!


 バンッ!!!!!


「何事だ! ジルバ!!」


 中々離れないジルバをうっとうしく思い足蹴にしていると、ジルバの叫びを聞いた者達が次々と部屋の中に駆け込んできた。

 最初に扉を蹴破り入ってきたのは槍部隊の副団長で、その後を剣部隊の団長・副団長と弓部隊の団長・副団長、更にその後ろには諸々の騎士達が連なっておる。


「よく来た! ゼノ様が、エルヴァ様やリブロ様やセルリー様達と一緒に引退するなどという世迷い事を!!」

「なにぃ!?」

「四英傑様が!?」


 ゲシッとようやくジルバを腰から引きはがした儂の目の前には、ジルバの言葉を聞き己の武器を構えた騎士達が入り口を塞ぎ立ちはだかっておった。

 そして、その中に槍を構えたジルバも加わる。

 

「お前達の気持ちはよく分かった!」


 儂も久しぶりに炎槍を構え、団長達に向き直る。

 団長達を筆頭に騎士達は儂の本気の構えに怯むどころか、緊張した面持ちで各々の武器を握りしめ、構え直した。

 お主らがその気ならば、この炎槍の糧にしてくれるわ!


「いい気迫じゃ! じゃが、しかし! 貴様らも武人の端くれならば、己が意志は己が武器で語るが道理! 我が孫ドイル同様、その意志貫きたくば覚悟のほどを儂に見せてみよ!!」


 そう言い放って、儂は弟子達に切りかかった。






 すまぬがお主に謝りに行くのは少々時間がかかりそうじゃ、ドイル。

 しかし、必ず近いうちに今までの非道を詫びに行く故、その時は久方ぶりに互いの武器を交えようぞ! 

 我が孫よ!

ここまで読んで頂き、有難うございました!

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