<< 前へ次へ >>  更新
10/262

第十話

 前の試合の後片付けが終わった空っぽの闘技場に、一人の教師が足を踏み入れた。


「それでは本日最終試合を開始する! ドイル・フォン・アギニス! ジン・フォン・シュピーツ! 両者前へ!!」


 先生の声にもはやお馴染みになった【上流貴族の気品】を発動させてから重い腰を上げる。楽しみでしょうがなかったのか先生の声と共に闘技場に上がったジンが、今か今かと俺を待っているので微笑んでやれば、ピン! と幻覚の耳と尾っぽが立ったのが見えた。

 

 ………………幻覚が見えるなんて、俺、疲れてんだなぁ。


 ぶんぶん振られる幻覚の尾っぽを見ながら、早く終わらせて帰りたいと思った。

 しかし、幾らやる気がなくともそんなそぶりを見せる訳にはいかないので、内心を押し隠し優雅に一歩一歩進む。

 他の闘技場の生徒達も集まった第一闘技場は、凄い熱気だった。

 当然、その熱気に見合うだけの人間が闘技場の周辺を囲っていたが、スキルのお蔭か俺の進む道は真っ直ぐ開いていた。

 俺がたっぷり時間を使って闘技場に足を踏み入れた頃には、野次馬共はすっかり静まり返っていた。優雅さを心掛けて歩くだけで人々の目を引き付けられるとは、相変わらず便利なスキルである。


「お待たせしました。ドイル・フォン・アギニスはここに」

「お待ちしておりました! ドイル、様?」


 先生に会釈し名乗れば、ジンが待ってましたとばかりに声を上げる。しかし、その声は最後まで続かず、最後の方は疑問形になっていた。そんなジンの声を不思議に思い視線をやれば、彼の目はしきりに何かを探すように俺の手や腰回りを見ている。

 そんなジンの視線を受け、ようやく未だ自分が何の武器も準備していないことを思い出した。

 これから試合を行なうというのに対戦相手が丸腰で現れてはそりゃ、ジンみたいな反応になるだろう。

 やる気があるなら尚更。


 朝の武器のカミングアウトが失敗に終わり、どうやって真実を伝えるかばかりに頭がいっていた。取敢えず効果的な演出方法も思いつき、安心し過ぎていたようだ。

 同時にジンを舐めていたことを反省し、気を引締めこれからの戦いに集中する。

 

 宣誓の時を思い出せ、俺。

 殿下にも正道を行くと誓っただろう?

 気を引き締めろ。

 戦いに絶対はありえないのだから。


 俺の考えたカミングアウト法の演出において、この試合の勝利は絶対条件である。ならば、目の前のジンは俺の演出を助ける共演者であり、必ず倒さねばならぬ相手だ。

 緩み切っていた己の気持ちを引き締め直し、ジンを見据える。射抜くように見れば、俺の変化を感じ取ったジンが俺から一歩離れ、その佇まいを直した。


 隙の無いその姿に、心の中で感嘆する。

 流石は【槍の申し子】。いい気迫である。父や祖父に通ずる気迫を放つ目の前の敵に、心の中でほくそ笑む。

 常人とは格の違いが目に見えて判るこの少年を倒せば、俺の戦闘能力の評価は間違いなく上昇する。

 後はどれだけ堂々と、他人に非難されないように、俺の力を見せつけるかだ。


「試合を始める前に、ジン殿に告げておきたいことがあります」

「…………なんですか?」


 少し警戒気味に俺の言動を見守るジンは、とても素直で真っ直ぐな人間なのだと思う。

 何を考えているのか丸分かりなその表情と動きはとても微笑ましい。しかし同時に、敵には恰好の獲物だということを彼は知らない。


「本日のこの試合で私が使う魔法は、風と水であり場合によってはその上位魔法である氷魔法を使います」

「えぇ!?」

「そして楽しみにされていたジン殿には悪いのですが、使う武器は槍ではなく、この刀という剣です」


 風の精霊に頼み、朝告げられなかったことを風に乗せてこの場に居る全ての人間に届けてもらいながら、はっきりとジンに告げる。

 そして同時に、収納スキルで亜空間に仕舞っていた愛刀を取り出し突き付ける。


「…………なんで、」

「誤解の無いように言っておきますが、ジン殿と槍でやり合うのが嫌な訳では無く、この模擬戦で最良の結果を出す為にはこれが一番いいと思っての事です。今現在の時点では証明できませんが、俺は対戦相手がジン殿以外でも、先ほど告げた属性魔法とこの刀で挑むつもりだったということを、ここで明言しておきます」


 俺の第一のカミングアウトに力無く呟いたジンに、はっきりと告げておく。別に、馬鹿にしている訳でも、手を抜いている訳でもない。むしろ全力で叩き潰す気でいるからな、俺は。

 

 しかし、そんな俺の心積りを知らないジンは半信半疑といった複雑そうな表情で考え込んでいる。時折、俺を観察しているので、俺が本当の事を言っているかどうか、測っているようだ。


 考え込むジンに反して、野次馬共はざわめきをヒートアップさせている。

 中には「槍で負けて、【槍の勇者】を奪われるのが嫌なだけだ! 卑怯者!」とか叫んでいる奴らもいる。

 以前の俺ならば、ああいった類の言葉に過剰反応していただろうが、今はまったく気にならなかった。むしろ、ああいった奴らが試合終了後に予定しているもう一つのカミングアウトを聞いた後、なんと言うか楽しみである。


「五月蠅い!!」


 突然のジンの怒鳴り声に、騒いでいた野次馬達が静まり返る。

 どうやら風の精霊達はご丁寧にジンの声も周囲に届けてくれているようだ。普段の様子からは到底想像できないジンの殺気の籠った声に黙らされた野次馬をみて吹き出しそうになってしまった。

 ジンの声に、殿下や団長、俺の祖父さえ面食らった顔をしている。

 

「ドイル様、二つお聞きしたいことがあります」


 武人としてのスイッチが入ったのか、気迫の籠った瞳でひたりと視線を合わせてきたジンに、俺も目を逸らすことなく答える。


「何なりと」

「では一つ目ですが、敢えて刀を使う理由を教えていただけますか?」

「勿論、私の全身全霊を持って、貴方を叩きのめす為です」

「そのお言葉に、嘘、偽りはございませんか?」

「はい。正々堂々、真正面から正道を歩むと、殿下にもお約束していますから」


 貴方も聞いていたでしょう? と言外に問えば、納得したのかジンは大きく頷いた。

 あっ、殿下がちょっと嬉しそうな顔している。

 祖父は相変わらず難しそうな顔で、俺と殿下を見比べているがな。


「分りました。では二つ目ですが、先ほどドイル様は『元々誰が相手でも刀を使うつもりだったが、今の時点では証明できない』と仰いましたが、いつならば証明していただけるのでしょうか?」


 いい所に目をつけてくれた。

 まぁ、そう聞いて欲しくてわざわざ引っかかる言い方をしたのだが。気が付いてくれてよかった。流石、殿下の側仕えに抜擢されるだけのことはある。素直すぎる所は玉に傷だが、頭の回転は悪く無い。

 だからこそ、ここでジンを、刀で下すことに意味がある。

 聞いて欲しかった所を聞いてくれたジンに、御礼の意味と最大限の敬意を払って俺は高らかに宣言する。


「それは無論。この試合中に、この刀を以って、全力で証明させていただく!」


 武人らしくお互いの武器で語り合おうと言った俺に、ジンは呆気にとられた顔を見せた。好戦的な俺に驚く周囲に見えるよう笑顔を浮かべる。そんな俺に殿下は疎か、団長や祖父の表情さえ驚きに満ちている。

 バラドは、まぁ、乙女っぽく胸の前で手を組み、頬を染めてうっとりしていた。あいつの軌道修正は、俺が人生をやり直すより厳しいだろう。


 そして、その間に俺の言った言葉を理解したジンは、獰猛に笑った。そのまま何も言わず、静かに闘技場の中央にある己の開始位置に向かって行った。

 俺もその後を追うように自分の開始位置につく。

 そして、ギラギラした目で槍を構えるジンに最後の問いかけをした。


「何かまだ聞きたいことは?」

「ありません! あったとしても、その刀に聞かせていただきますので!!」

「全力で答えさせていただこう!」

「――――では、両者問題無いな?」

「「はい!!」」


 俺とジンのやり取りを黙って見守っていてくれた先生が、頃合いと見たのか俺達に尋ねてきたので、ジンと二人で返事を返す。

 そして、互いにそれぞれの武器を構えた。


「――――――それでは、始め!!」


ここまで読んでいただき有難うございました。

次話でようやく主人公とジンの戦闘が始まります。

<< 前へ次へ >>目次  更新