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42.あれから1ヶ月


 2030年10月6日(日)


 

 あれから1ヶ月、テレビのニュースでは9月1日に起こった『一騎討ち』を『異能者の反乱』として大々的に報じていた。


 その情報提供者は異能対策部であり、異能者の顔から能力まで事細かな情報がお茶の間まで届けられていたが、当事者である俺達から見ても完璧な情報である。

 もちろんテレビでは言えないこともあるのである程度の大筋は、といったところだが。


 ちなみに今日は俺にとって少し特別な日。

 そう、念願の退院日である。

 こんなド休日の日曜に帰れるのかって話だが、うちの親は多忙な仕事のため日曜日しか休みはなく、それを病院側に伝えると難なくOKがもらえたのだ。

 ただ受付が休みのため、支払いは別日になるらしい。


 久しぶりに使った『オーバークロック』しかもフルパワー100%で発動したことによって下肢の筋はズタボロ。

 もはやよく回復したな、と医者に驚かれたレベルではあるが、なんとか今日退院できたのである。

 ようやく地獄の入院生活とはおさらばだぜ。


 病院への迎えは母さんが来てくれて、入院中にも耳タコなほど聞かされたお説教をさらに帰りの車でもリピートされた音声のように繰り返し言葉を浴びせてくるわけだが、まぁこういうのも学生以来かなんて思いながら、温厚な気持ちで「うん、うん」と聞き入れていた。


 そして俺は今道場前にいる。

 自宅ではなく、だ。

 退院してすぐ自宅に帰ったわけじゃない。

 何度も繰り返すが、道場前にいるのだ。


 母親いわく「お友達が道場にあつまってるわよ」とのことらしい。


 お友達、と言われればだいたい想像がつく。


 ガラッ―― 


 道場主以外が自由に出入りできる道場ってなんなんだ、と思いながらも俺はドアを開けた。 


「春すぎて〜夏来にけらし〜白たへの〜ころも……」


 パンッ――


「ちょっと〜! アリスさん、分身はやっぱナシよ!」


「心菜さんの言う通りですっ! アタシの【水】なんてカルタに全然役に立たない……」


「コトユミさん、そんなことないわ。えっと、あなたが触れたら……そうね、札をベチョベチョにできるじゃない?」


「アリスさん、それになんの意味が……?」


「鉄士くん、そんなことだからあなたは女性にモテないのよ? ほら次の札、読んで」


「えっと、それ関係あり……いや、すみません。えっと、わびぬれば〜」


 そこには全床フローリングの中、空間の一角に10畳ほどの畳ゾーンが拵えられていた。

 入院前にはなかったはずなんだが。

 

 その上では、散りばめられた多数の絵札を取り囲むように心菜、コトユミ、アリス、分身、兎亜、太陽が座って円になっており、その後ろに姿勢良い立ち姿で札を読む鉄士がいる。


「おいこら、何してんだお前らっ!」


 俺が退院後一発目の大声をあげると、そのお友達とやらは全員こっちに視線を向けてきた。


「し、師範っ! 退院おめでとうございます!」

 

 さすが唯一の門下生、理想の第一声だ。


 そこから順調に第二声……とはいかず、鉄士が「わびぬれば〜」と再び札を読みあげたことで選手一同は絵札に急いで目を戻す。


「これぃ!! 鉄士くんよぉ、俺への歓迎ムードが途切れちゃったじゃない。何がわびぬれば〜だ。詫びてくれよ、もはや詫びろ! この状況を大いに詫びてくれ!」


 俺が治った足で踏ん張って鉄士へ勢いよく迫ると、彼はバツの悪そうな顔で口を開いた。


「箕原さん、すみません。スムーズに読まないと減給に……」


「おお……。異能対策部、なんてブラックな会社なんだ」


 さすがのセリフに俺は責める気が一気に失せた。


「はは、さすがに冗談よ鉄士くん」


 アリスにとっては軽いジョークだったらしく、ケラケラと笑っているが、一方の鉄士は開いた口が塞がらないといった様子。


「アリス、彼は真面目なんだからそんな冗談はダメでしょうよ。それに管理官が言ったらホントかウソか分かんねぇって。ほら、妹ちゃんも引いてるぞ?」


 俺は驚愕した顔をしている兎亜に話題を振った。


「え……えと、その……お兄ちゃんが、そんな過酷な立場に立たされていたと思うと、ビックリして……」


 なんてお兄ちゃん想いな妹なんだ。

 こりゃ妹フェチなら泣いて喜ぶ件だぞ、多分。


 それを見て、ごめんねとアリスが謝罪したところでようやく俺は皆の輪の中に入れた。



 で、まず話題に挙がったのは『異能者集団が捕らえていた人間について』。

 つまり天明中学校にした奴隷のような扱いを受けていた人々のことだ。


 結論から言えば、全員無事開放された。

 その数、ざっと30人前後。

 なんの経緯で集められたか明確な情報は無いが、定期的に振るわれる暴力や手足のように扱われていたことから考えると、おそらくは単純な労働力且つストレスの発散的なことだろうとは予想されている。


 とはいえ命を落とした者はなく、無事に皆解放されたようなので心の底からホッとした。

 

 そして次に『異能者の反乱』で出た大勢の容疑者候補について。

 ダンジョン創造に対する罪に関しては、未だに保留中。

 なんといってもすでに入口が閉じてしまっているし、そもそも現実世界への実害がなかったのだから仕方ない。

 被害がないと、国も判断できないらしいし。


 しかし殺人は別だ。

 人間にせよ異能者にせよ、殺人罪は最も重い罪。

 その証拠も充分カメラに残っている。


 ここで1つ大きな問題。

 洗脳された人間が人を殺した場合、どうなるか?

 これがこの1ヶ月、国を悩ました問題である。


 この問題を解決するために行ったのは、まず【洗脳】という異能を理解するための実験だ。

 その概要として、まず容疑者の先生は被験者へ事前に決められた洗脳を行い、それに対する抵抗の可否や記憶の有無、誤差などの必要な情報を被験者が得ていくというもの。


 そして同時に殺人を犯した異能者へ、事件発生時の出来事の聴き込みと実際を照らし合わせていった。


 するとそこで明らかになった事実がまず1つ。

 そしてその1つが最も重大であり、洗脳という力のほぼ全てを物語っていると言えるものであった。


 それは離人感や現実感喪失など精神疾患と思われる症状が全ての被験者に見られたことである。

 つまり『自分が自分でない、現実が現実でない感覚』というやつである。

 もっと分かりやすくするなら、ゲームの中の操作されるキャラクターになった気分とでも言おうか。


 そこからの結論、【洗脳】は対象者の主観性を失わせて、ゲームコントローラーのように異能者本人が自在に意思をコントロールする力だということ。


 そしてトドメにもう1つ。

 これは単純、断片的な記憶喪失である。

 この症状についても全員に確認された。


 以上の事項によって、国は正式に【洗脳】を重度の精神障害(精神耗弱(せいしんこうじゃく))と認めたのだ。


 この心神耗弱、これを認めた場合完全に罪が無くなるわけではないが、法律上の刑が減刑されるらしい。


「……ってのが今の状況って感じです」


 とりあえず一通り説明が終わったようだ。

 しかし俺にはまだ気になることがある。

 それを聞いて初めてこの事件の幕を下ろせるというもの。


「……暁斗、と詩はどうなるんだ?」


 俺が名を挙げた2人、つまり14歳未満の少年少女だ。

 暁斗はもちろんのこと、詩においても実は13歳だったようで2人は同い年らしい。

 この国では14歳未満の未成年が刑罰法令に行為をした場合、『触法少年』と呼ばれ、基本的には刑事責任に問われないという。

 今回、異能者という場合もそれに当てはまるのか、それがずっと気になっていた。


 俺がそう質問すると、アリスはニタッと口角をあげてから口を開く。


「……兎亜さん、そろそろかな?」


 そう言ったアリスは何故か兎亜へ話題を移した。


「えっと、そうですね。もうそろそろかと」


 彼女はチラチラと腕時計を確認して、こう答える。

 

「そろそろ? なにが……」


 ガラッ――


 すると俺の問いを遮るように、道場の入口が開いた。


「ヨウくん、ちょっとここ無用心過ぎない?」


「うん、危険。やっぱり帰りたい」


 目を疑った。

 目の前には今話題だった2人、暁斗と詩の姿がそこに。

 そして何故かどっちも大きなキャリーケースを引いて。


 暁斗は「鍵とかついてないの?」と煽るようなことを言いながら鍵穴を探し、詩は暁斗よりも1歩下がったところから警戒しつつ、場内をぐるりを見回している。


「2人に関しても同様、『触法少年』且つ『精神耗弱』。もちろん無罪ですよ。ってそもそも詩さんは殺人を犯してませんでしたし」


 アリスはニッコリとそう答えた。


「そっか、よかった。……ってそれはいいが、なんでここに来たんだ?」


「……2人とも、身寄りがないんです。暁斗くんについては知ってのとおり、詩さんに至ってはどうやら両親が失踪中のようで」


 一応内容が内容なので、2人には聞こえないよう小声で俺の耳元に直接伝えてくる。

 暁斗のことはもちろん知ってるが、詩に関してもなにかワケありって感じだな。


「手に持つキャリーケース、つまりどっか遠いとこでも行くから最後の挨拶ってところか」


 俺がそう言うと、アリスは首を横に振る。


「ちょっと違いますね。正確には最初の挨拶?」


 そう言って首を傾げる。

 いや、傾げたいのは俺なんだが。


「ってことで今日からお世話になります。よろしくね、ヨウくん!」


「……私は暁斗くんについてきただけだけど一応、その、よろしく」


 いつの間にか畳部分に腰をかけていた暁斗と詩はその最初の挨拶とやらを投げかけてきた。


「は? 無理なんだが」


「耀ちゃん、この歳でもうパパ? ずいぶん急だね〜」


「え……ってことはアタシ、姉弟子になるってことですか? 師範っ!」


 批判する俺を他所に、心菜、コトユミは勝手に盛り上がり始めた。


「いやいや、勝手に盛り上がっちゃってるけど、俺まだ認めてねーよ?」


 とは言いつつも、どうやら話を聞いていると児童施設より俺を信用して来てくれたらしいし、なんとも無下にできない気持ちになる。


「しゃーねぇ。門下生、としてならいいぞ」


 背負うものが増えると思うと自然にため息が出るが、俺は道場繁栄の意味を加えて了承することにした。

 一度関わってしまってから2人のことは正直気になってはいたし、強い能力は持つがまだまだ中身は子供。

 誰か大人が見てやらないといけない。

 そう思った故の判断である。


 その答えを聞いて手放しで喜ぶ暁斗とホッと胸を撫で下ろす詩の姿を見ながら、俺は思った。


 これから騒がしくなるな、と。

これで1章終了です。

ここまでお読み下さった方ありがとうございましたm(_ _)m

もしよろしければブクマ、評価などよろしくお願いします。


今後カクヨムコンなどにも応募する予定です。

どこかしらのサイトで人気があれば、2章も書いていくつもりですので、その時はまたよろしくお願いします!


とりあえずここで一旦完結とさせていただきますね!

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