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41.大事件終幕



「殺す以外は何をしてもいい」


 これはアリスが異能者集団と交わした契約の中で決められたことらしい。

 つまり異能対策部としても利があることになる。

 しかしこんな戦場で『契約』と呼べるほど強固な拘束力を得られるものなのだろうか、なんて思うが。


「……さっき契約とは言いましたが、そんな大層なものではないです。どちらかと言うと、約束事、に近い感じですかね」


「約束?」


「はい。実は『一騎討ち』後に起こった体育館の乱闘中、俺はアリスさんの指示で、身動きが出来なくなった異能者から順に、脳へ【波】を使っていったんです。もちろんそれで皆、正気に戻ったわけですから、戦況は完全にアリスさん達が有利に、気づけば全員の洗脳を解くことが出来ていました」


「見事な連携プレイだな」


「ええ、後半は正気になった仲間も手伝ってくれましたからスムーズに事が運びました。そしてその後です、契約を結ぶ形になったのは」


 ここから浪川は契約の流れを話し始めた。


 まず大きく国の現状としてアルファウイルス蔓延から、巷では謎の不審死や変死が横行している。

 その影には、もちろん異能者がなんらかの力を使って人を至らしめているパターンがほとんどで、異能対策部ではそういった事件に関わりのある異能者の顔や能力はある程度証拠として集めてあるのだ。

 とはいえその情報量は莫大なもので、今この場で全員の顔から犯罪の有無までは結び付けられない。


 だからこそアリスは、1度全員を署まで連行すると異能者集団全員にその意思を伝えた。

 少なくとも主犯格である『先生』『博士』については多くの人を殺し、さらにはダンジョンという危険物を創造している。

 つまりその集団の一部ということで、最低でも『共犯』の罪には当てはまることにはなるのだ。

 

 現状ダンジョンを創ることに対して、法で裁けるほど国の法律は改定されていない。

 そのため全ての罪を洗い流すことには相応な時間を要することになるがアリスとしては、異能者として大きな犯罪グループに関わってしまった罪は償って欲しいと思ってるようだ。


 そこで異能者集団の意見として、もちろん正気に戻っているため警察に抗おうとする者はなく、基本的にはアリスの提案に賛意を示していた。

 それはやはり洗脳を解いてもらえたキッカケが異能対策部だからだ。


 そりゃ本人達にとってはそのまま洗脳されている方がよほど怖いわな。


 しかしそんな中、1人だけ物議を醸す者がいた。

 そう、先生の足を切り落とした刀の異能者である。


「悪いことをしたのだから捕まるのは当然だ。だけど、1つだけ頼みを聞いて欲しい……いや、事によっては交換条件ととってもらっていい」


 彼は一息ついてから、その条件とやらを提示してきた。


 ヤツらを俺達の手で捕まえさせてほしい――


「これはちょっとした復讐だ。自分が手駒にしていた仲間から裏切られた瞬間、ヤツがどう思うか。そんな絶望的な表情を見ることができれば、これをやった充分な価値がある」


 それを聞いたアリスは初め大きく否定した。

 そんなこと警察の自分が許すわけない、そう言って。


 「この条件を呑めないというのであれば異能者集団一同、大人しく捕まるわけにはいかない。異能対策部へ最大限の抵抗をしつつ、主犯の2人を捕え、俺らの手でしっかり葬り去ってやることにする」


 彼のこの発言により、他の仲間も気持ちを駆り立てられ、やる気を滾らせている。

 そして同時に『頼み』から『交換条件』へと変わった瞬間だった。


 異能対策部としては、この数の異能者に本気で暴れられでもしたら、かなりの数の仲間を犠牲にしなければならないことになる。

 それだけは避けたかったのだ。


 そしてこの話は『交換条件』から『契約』と形をさらに変えてから結ばれることになった。


 内容としては、


①主犯の2人を殺さない。

→ここでの『殺さない』というのは、命があればいいというわけではなく、正常な精神を持った上で会話の手段がある状態が必須条件。


②先、グループのうちの半数は確保させてもらう。

→これは人質、という意味ではない。

万が一にも主犯への復讐を終えた者が逃亡した場合における最低保証である。

 異能対策部といえど、活動には実績が必要なのだから。


③逃亡した場合、それ以降は指名手配犯とし、さらなる重罪を科す。

→顔写真は契約の締結後、撮影済み。


 ということらしい。



 ◇

 


「以上が、これまでの経緯です」


 浪川は話が終わったところで、大きく一息吐いた。


「そうか、そんな大変なことがあったんだな」


 えらく大胆な契約だと思ったが、同時に今現状で出来る最適解だと思った。

 この決断を下したのは相当な覚悟が必要だっただろう。

 齢にして22のアリス・レイン・フィッシャー。

 この歳で管理官という立場を任され、そんな大きな決断ですら最善の手段を選択できる。

 彼女にとって異能対策部としての仕事は紛れもなく天職、今回の采配を聞いて、少なくとも俺はそう思った。


 しかしまぁ戦いも無事に終わったところだ。

 後はアリス達が駆けつけて、主犯の2人を捕まえるだけ。


 タッタッタッ――


 すると、プール入口からまたも大勢の足音。

 もうさすがに人で溢れかえりそうなプールサイドだったため、さすがの物音もずいぶん手前で鳴りやんだ。


「異能者集団! ひと仕事終えたなら順に連行する!」


 そのハキハキとした声、間違いなく異能対策部であり、共にダンジョン攻略を勤しんだ鉄士だ。


 俺達の角度からは多くの人だかりでその先の景色は見えないが、振り返った異能者集団が皆揃って両手を上に挙げているところ、銃でも向けられているのだろう。


 果たしてこの数の異能者、いくら契約を結んだとて、力を合わせれば逃げることなど容易。

 本当に素直に捕まるのかと思っていたが、思いの外大人しく手錠を掛けられていく。


 次々に連行されていくと、奥の景色がようやく視界に入ってくる。

 そこには異能者を連れていく異能対策部の面々、声の主の鉄士はもちろん実妹である兎亜の姿もそこにあった。


 鉄士、兎亜の順に目が合ったが、2人は大事な業務中ということもあってペコリと頭を軽く下げただけ。

 そりゃこんなに異能者がいるんだし、1人くらい暴走しても何らおかしいことはない場面だ。

 2人も気を張っている、ということだろう。


「すみません、立つのに苦労してましてね。そこの方、お手をお借りしても?」


 ほんの小さな声が俺の耳に届く。

 これではおそらく話しかけられた本人にしか届かないほどの声量。

 いや、もしかしたらその周囲の人は少しだけ聞こえたのかもしれない。


「え、えっと……あっ!」


 この中でとびっきりの低身長であり、歩くたびに揺れるポニーテールが特徴。

 異能対策部の内の1人である兎亜は話しかけてきた男の足を見て、状況を察する。


「どうぞっ!」


 彼女は左足部を失った先生に対して愛嬌ある笑顔を向けて、手を伸ばした。


「……っ!?」


「危ねぇぞ、お姉さん……っ!」


 俺が声を上げるよりも一瞬早く反応したのは、兎亜の傍にいた刀の異能者。

 その最速の剣筋は綺麗な線を描くようにまっすぐストンと落とされた。


 跳ねる手首に噴き出す血飛沫、一瞬の出来事に驚く周りの声に女性の高い悲鳴、それに遅れて本人の喚きがこの空間に響き渡る。


「……まだ懲りねぇか!」


 先生の行動、つまりさりげなく若い女性警察官に洗脳をかけようとした姿に憤りを示した刀の異能者は怒声を放ち、もう片方の手をも跳ねんと刀を振るう。


 カキンッ――


「もう、いいだろう?」


 鳴り響く高い金属音、それは異能【頑丈】を持つ鉄士が先生の正面に立ち、刀を腕で弾いた音だった。


「……ご、めんなさい、ごめんな、さい」


 未だ止まらぬ血を一生懸命もう片方の手で押さえながらも涙を流し、挙句の果てには座り込んだその場所を薄黄色の液体で濡らしていく。

 そして詫び言を述べているその姿、もうかつての先生はそこにはいなかった。


「そもそも……この足で立てないのは事実。コイツはもう洗脳をかけるつもりなかったかもしれない」


 さすがにこの状況を見て同情したのか、鉄士は先生を庇うような物言いをする。


「まぁそう、だな」


 渋々納得、という風に目を泳がせながら小さく頷く刀の異能者。

 そんな何とも言えない空気が流れている中、突然何かが空から降ってきた。


 ドンッ――


 着地の際の控えめな重低音は降ってきたものの軽さを示すよう。

 一瞬チラついたシルエットで人間だということが分かった。


 ピシッと整ったスーツ姿にふわっとなびいた金色の髪。

 華奢なのに凹凸のはっきりしたスタイルに端正な顔立ち。

 そんな彼女の背中がたくましく見えるのは、決して太ったとか筋力が向上したとかそういうことではない。

 きっと異能対策部での問題を解決していくうちに彼女自身大きく成長し、得た経験が強い自信へと変わっていったからだろう。


「……アリスっ!」


 俺の声に彼女はパッと振り向き、笑顔でニコッとはにかんだ。

 そして慣れた手つきで分身する。


「ワタクシならば、洗脳なんて効きませんよ」


 そう言ってアリスは先生へ手を伸ばした。

 もちろん分身側の、である。


 

 そしてアリスのその行動をもって、遠い未来『異能者の反乱・9.01』と語られるこの大きな事件は幕を閉じたのだった。


 

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