転生したら断罪済みで処刑待ちの悪役令嬢だった

作者: とこ

よろしくお願いします。

 里奈(りな)は駅のホームへ向かう階段を駆け上がっていた。寝坊してしまって、この電車を逃すと遅刻してしまうからだ。幸いにも通勤ラッシュが終わった時間で人は少ない。


 階段があと数段で終わる。まだ電車の扉が開いている。間に合った。

 里奈がホッとしたその時。


 あらら?こけちゃう。


 階段を踏み外し、後ろへ落ちていく。


 ちょっと待って!後ろに誰かいたら……違う!頭から落ちたら……


 せっかく駆け上がっていた階段が遠くなっていく。これはヤバいのでは?と思っていた時、頭に衝撃が走った。



 ん?


 痛みを感じる前に、眼の前が真っ白になった。

 真っ暗になるのではなく、白か。そんなことを考えていると、古代ギリシアみたいな格好の金髪で神々しい人が現れた。


 「こんにちは」


 めちゃくちゃ流暢な日本語で話してきた。


 「……こんにちは」


 「かなり警戒しているようですね」


 「ココハドコ、アナタハダレ」


 神々しい人はプッと吹き出して、その後ハッハッハッと笑い続けている。アレか、国が違ったら面白いものも違うみたいな。


 「君、面白いね!まあ、簡単に言うと君死んだんだよー!」


 でしょうね。


 「でしょうね、って顔だね。それでね、ここは死後の世界に通ずる場所なんだけど」


 この神々しいのは案内してくれる人ということだろうか。


 「実は、君の生きてきた世界とは別の世界で救いたい魂があってね」


 別の世界ってあるんだ。


 「その魂を救うために、まずはその子の魂を抜いて、新しい肉体に移したんだけどね」


 なんか、生々しいな。魂と肉体って、そんなくっつけて離してって出来るのか。


 「ただ、魂を抜いた方の肉体に魂を入れないといけなくってさ」


 すごく嫌な予感がする。


 「ちょうど死にたての君がいたから呼んだんだよね!」


 でしょうね。でも救いたい魂っていうことは……


 「まあ、今から君の魂を肉体に移すけど、移したらすぐ肉体の記憶が分かるからさ、心配いらないよ。聞きたいことはある?」


 「救いたい魂ということは、その肉体は死にかけとか?」


 「そうそう!君、頭良いね!でも病弱とかじゃないよ!処刑前なだけだよ!」


 ふざけんなよ。


 「でも君、どうせ死ぬからさ。あのまま痛みを感じて死ぬか、少し他の世界を観て死ぬかの違いだよ。せっかくだからさ、観光気分でいいじゃん」


 神々しい人の感性は私のものとは違うようだけど、どうせ死ぬんだしって思ってしまう私もいる。


 「もしかしたら、肉体はそのままだけど君が入ることで性格とか変わるしさ。楽しいこともあるかもしれないじゃん。せっかく死ぬんだから、その前に違う景色を観てみると思えばいいじゃん!」


 そう言われればそうなのかもしれない。


 「分かった。死ぬ前に、観光をありがとう」


 「そうこなくっちゃ!それでは、よい旅を!」




 目が覚めた。私は里奈。神々しい、神っぽい?人に言われて、他の世界の、知らない人の体に入っている。処刑前の肉体、としか聞いてないけど。


 体、体がある。手を握る。よし、起き上がろう。


 うわ、何この部屋。裂けたドレスやハンカチ。家具も傷付いたり壊れていたり。まるで、誰かがここで暴れていたかのような。

 ていうか、何この世界。


 カーテンの雰囲気とか、破壊されまくってるけど家具の感じからして、中世ヨーロッパかよってかんじ。でも違う世界だと言っていた。


 鏡台らしきものがあるけど、鏡が割れて飛び散っている。

 鏡の欠片で、大きめのものを見つけた。


 「うわあ。外国人みたい」


 黒髪焦げ茶目の日本人だった里奈はどこへ。金髪、でいいのかな。なんちゃらブロンドみたいな名前がついてそうな、サラキラヘアーに、緑?緑の瞳って珍しいよね?そういう目、しかもバチバチにデカ目。色白だけど、なんか全体的にほっそいな。身長何センチくらいだろう。分かんないな。

 服は、何ていうの、ネグリジェ?サテンみたいで着心地が良い。


 「お、お嬢様……?」


 扉の方から声がした。ああ、メイド服の女の子。何歳ぐらいかなー。外国人って年齢分かんないよね。


 「お、おはよう?」


 カーテンも締め切られてるし時計もないし、時計がある世界だといいな。

 多分、今起きたからおはようでいいかな。お嬢様って呼ばれていたし。


 「お、お嬢様が!正気に!!」


 確かにこの部屋を見るに、正気ではなかったのかも。


 そう言えば、肉体の記憶が分かるって話はどこへ。


 戸惑う私に、そのメイドは感動したように部屋に入ってくる。


 「お部屋のお掃除をいたしますね!」


 そう言ってカーテンをバッと開いた。


 ま、眩しい……

 おや?頭に思い浮かぶ。今かー、このタイミングかー。


 「お、お嬢様ー!?」


 私は気を失った。てか、記憶の流し方が雑。走馬灯かよってくらい、ダイジェストに流れていった。




 私はリナ・ケンドール。同じ名前っていうのもあってあの神っぽい人に呼ばれたのだろうか。

 ケンドール伯爵家の長女で、兄が一人、弟が一人いる。ケンドール伯爵家は辺境を治めていて、国王からも一目置かれるような家柄。隣国との国境でもあるから、国の要所だしまじで裏切られたくないっていう理由で、第二王子のバート王子殿下と婚約していた。


 そう、婚約していた。


 同級生でもあった、バート王子。貴族学園で婚約者の私を差し置いて、公爵令嬢と仲良しになった。

 一瞬、よくある乙女ゲーかよとか思ったけど、そこは現実。伯爵より上の公爵である。もう公爵令嬢、ミレーネ・フィケラは凄かった。辺境の伯爵家との繋がりよりも、公爵家との繋がりによる王宮のメリットをバート王子をはじめ、王宮の要職である皆様にプレゼン。

 乙女ゲーのような、男爵令嬢が無邪気さを武器に王子とその周りを懐柔して、なんて話ではなかった。

 公爵令嬢が、己の美貌と知識とカリスマ性の暴力、あれはもう暴力だと思う。それを以て支持者を集め、いかに有益な婚約になるかを示した。


 え、その間、リナは何をしていたって?何もしてない、こともなかった。

 ミレーネ様と仲良くするのは国の為かもしれませんが、あなたの今の婚約者は私です。私との時間を少しでも作れませんかと、何回か聞いたけど、めっちゃ怒られた。

 君には国を良くしようだとか、国交についての知識があまりにも無いんだね、ミレーネ嬢を見習って勉強するといい。

 記憶は見たけど、感情までは分からない。感情って魂なんだなと思ったけど、とにかくリナはバートとの時間を欲していた。


 だけど、結局全部それは悪手になっていた。庭園で王子を待ち伏せしたら、待ち伏せしていたリナに驚いてバートやその周りの人が転けて怪我をしたり。それならば室内でと思って王子の所属している生徒会で待ち伏せをしようと、生徒会室の前にいたら、伯爵令嬢がいるせいで子爵家や男爵家の生徒が生徒会室に入れなくなったと訴えられ。

 その都度注意されてはあの手この手で接触を図った。


 いやもう避けられてるやん。


 記憶を見ている間に気付いたが、それでもリナはバート王子と会う時間を欲していた。多分だけど、バート王子がリナを放置すると、王族がケンドール伯爵領を要所と思っていないのでは、みたいな話に繋がるからだと思う。


 そして、卒業パーティーでリナは断罪された。


 王子やその周囲の人間に怪我をさせ、生徒会の仕事を邪魔するなど、学園の運営にも悪影響を及ばせた、リナ・ケンドールは王族に迎え入れられない。婚約を破棄し、裁きにかける。王族へ怪我を負わせた者は処刑されるだろう、追って沙汰を待て。


 リナは沙汰を待っている最中だ。ちなみにこの部屋は伯爵家のタウンハウス。両親と兄は辺境から卒業パーティーに来ていた。バート王子からドレスを贈られることもエスコートされることもなかったから、ドレスは両親にお願いして、兄にエスコートしてもらった。そしてあの断罪劇。まじで嫌だっただろうな。久しぶりに会った娘がパーティーで断罪されるし処刑確定とか言われて。


 部屋がめちゃくちゃだったのは、パーティーから帰って来て私が暴れたらしい。

 そうなるでしょうね。




 さて、どうしたものか。起きてすぐメイドを呼んで、水だけもらったけど考えを纏めたいからと言って下がってもらった。メイドの話によると、丸一日眠っていたそうだ。処刑までに一日を無駄にした。その間に、部屋はきれいになっている。家具を入れ替えたり、大変だっただろうな。いやでも待て待て。もう処刑されるんだから新しい家具要らなくない?


 とりあえず、呼び鈴でメイドを呼ぶ。


 「お嬢様!お呼びでしょうか!」


 このメイドはエリアという名前で、私と同じ年齢、十八歳。里奈が死んだのは二十五歳だったから、何だか得した気分。


 ちなみに里奈には恋人もいなかったし、両親も事故で数年前に他界しているよ!一人っ子だったし、私の葬式、誰がしてくれたんだろうね!物の多い部屋は誰が片付けたんだろうね!


 雑念を払い、エリアを見る。彼女はメイド長の娘で、幼い頃からの仲だ。


 「エリア、私って今、どういう状況?」


 エリアは目を見開く。え、察しろってこと?無理無理。記憶は見ただけ。考察まで知らないから、いまいち分からないのよね。


 「お、お嬢様はその。こちらの屋敷で王宮からの報せがあるまではお休みになられると」


 「それは、私が決めたことかしら?」


 エリアは首を横にフルフルと振る。


 「いえ、伯爵様が、そっとしておいてやれと、伯爵夫人も同じ考えだそうで」


 それならリナにも考えがある。里奈はリナになって、ここで死ぬ前に観光をしに来たのだ。


 「お父様に会える?」


 「はい!伯爵夫妻は沙汰があるまでここにいらっしゃると」


 「着替えてお話をしに行くわ!」




 着替えも手伝ってもらわないといけなかった。ネグリジェから、何ていうの?デイドレス?普段着のドレスに着替えて、両親に会いに行く。兄は先に帰ったらしい。国境だからね、空けられないよねー。


 「お父様、お母様、先日はお見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありません」


 両親に対してリナはいつもこんな感じだった。貴族ってきっとそうなんだろうね。もしかしたらリナは人との距離感がつかめなかった、なんてこともある?


 「リナ、その……落ち着いたようで良かった」


 処刑前の娘に掛ける言葉に困る親。そりゃそうだ。

 とりあえず、リナは確認しなくてはならない。


 「沙汰が来るまで、私の行動は制限されているのでしょうか?」


 「いや、待てとは言われているが、具体的には何も」


 「では、私、観光をしたいのです」


 両親は、は?という顔をしている。もうこうなったら困るだけ困れと思う。気持ち的には他人だし。


 「だって、処刑と言われましたから。せっかくの王都を観光しようと思います。今日はこれから教会の塔、そして街歩きをしますので」


 言いたいことは伝えた。さっそく外出だ。




 リナはあまり外に出ない人だったらしい。教会も遠くから見てはいたし、知識として教会にある、高い塔に登れることや、見晴らしが良いことは知っていた。


 塔を登るのに、ドレスはキツそうと思って、街歩きする予定だからということで、質の良さ目な町娘風の服にした。スニーカーと比べると硬いけど、ヒールの無い靴で階段を登る。

 リナは体力が無いけど、気合いを入れる。


 「うわー!着いたー!」


 塔の最上階は気持ちいい風が吹いていて、王都が一望できる。

 中世ヨーロッパみたいな世界観だけど、ヨーロッパに行ったことがないからよく分からない。この世界には魔法もあるみたいだけど、リナにはその才能が無いので関わりもない。

 とにかく、非日常のような景色だ。空は青くて、王都の向こうには森が。断罪された学園も、そして王宮も見える。全てが新鮮で、だけど知っている。不思議な感覚で言葉には出来ないけど、こんな体験が出来てラッキーだと思おう。


 「おや、こんな所に珍しいお客さんですね」


 階段の方から声がした。若い男性が立っている。


 「すみません、どうぞ。私達はもう見たので」


 呼吸も整ってきたので階段を降りていくことにした。この後は街歩きだ。ちなみにエリアも付いてきている。彼女はリナより体力があるらしく、足取りが軽い。


 「お嬢様、教会ですので、お祈りを……」


 たーしーかーにー。観光する部分だけ見て教会のメイン部分忘れて帰るなんて失礼だよね。


 教会の中の女神像に、ここの作法で祈りを捧げる。この女神像、あの神々しい神っぽい人に似てる。ここの世界の神様だったのかも。

 何となく、だけど、手を組んでお祈りするんだけど、最後に手を合わせてペコッとしてしまう。


 よし、今度こそ街歩きだ。



 「串焼きを二本ください!」

 「ジュース!これ何味!?」

 「ちょっとこれ!エリアに絶対似合うよ!」


 リナははしゃいだ。肉も果物も、知っている味と少し違う。エリアにはかわいい髪飾りを買ってあげた。観光するって言ったら両親がお小遣いをくれたのだ。


 「あ、お土産買わなきゃ」


 両親へのお土産を買う。王都に来るのは年に一度の建国祭と、国王陛下の生誕祭くらいだから、辺境に無いようなものをと考える。


 「これ、いいじゃない!庶民的過ぎるのが逆にツボじゃない?」


 リナはペアのマグカップを選んだ。二つのカップをくっつけると、一つの柄になるのだ。

 辺境は寒く、父と母の側にはいつも温かい飲み物があった。ティーカップはすぐに中身が無くなっちゃうとかも言っていた。辺境で来客も無い日はのんべんだらりと、大きめのマグでたっぷりミルクティーでも飲んではいかがか。

 リナは買い物に満足して屋敷に帰った。




 お土産を両親に渡すと、めっちゃ泣かれた。そんなに号泣しなくても。

 処刑前の娘が買い物を楽しんでお土産買ってきたら泣くかー。そうかそうか。良く考えてみたら完全に遺品だわ。ごめんリナ、なんか思い出に余計な上書きしてしまったかも。


 数日間、リナは観光を続けた。途中から何故か両親も一緒に来た。


 今日は一番楽しみにしていた草原ピクニックだ。

 貴族のピクニックは、机と椅子を持って行って、食事を運んでもらってと、室内のことを外でするだけらしいので、却下した。


 今は、地面に布を敷いて、靴を脱いで座っている。

 リナ渾身のサンドイッチを出し、両親とリナ、エリアと、両親のそれぞれの仲の良い侍従や侍女と食べている。


 「お父さん、これも食べてよ」


 思わず、お父さん、お母さんと呼んでしまう。そうすると、泣き出すから面倒なんだけど、うっかり呼んじゃうよね。


 「ちょっと真面目な話というか、ごめんねって話なんだけど」


 リナは、ここ最近考えていたことを話す。


 「私の魂は、リナ・ケンドールではありません」


 両親は目を見開いて、リナの話を聞く。否定しないで話を聞いてくれる、素敵な両親だと思う。


 「私は他の世界で死んだのですが、神っぽい人によって魂をこのリナ・ケンドールの体に移されました。リナ・ケンドールの魂は、神っぽい人が救って、他の肉体へ移したと言っていました。あの、部屋をめちゃくちゃにした後から、私はこの体に入ったのです。なので、ここ数日の思い出はあなた達の娘ではないと思ってもらってもいいです」


 最近、少し罪悪感があった。好き勝手にしているけど、これはリナが得られたはずのものだった。神っぽい人、せっかくなら処刑台に上る前とかに入れ替えたら良かったのにとも思う。


 「リナ。あなたの魂が他の人だったとしても、あなたはリナなのよ」


 そう言って、母はリナを抱きしめた。ごめんね、リナ。良い母だね、この愛をもらうのはあなただったのに。

 父は泣きながら何度も頷いている。


 「あなたがリナでも、リナでなくても、あなたは私達の大切な娘よ。ありがとう」


 めちゃくちゃ愛情深い両親だと思う。素敵な両親だ。きっと、私が処刑されたら泣いてくれるだろう。前世は一人ぼっちだったけど、こうやって最後を迎えられることが嬉しく感じられる。神っぽい人は、それも知っていたのかな。




 数日後、リナは王宮の裁判所に呼び出された。


 すり鉢状に段々になった観覧席?に囲まれて、私の正面にバート王子とその隣にミレーネ。それを見守るように、横に裁判長、裁判長の逆側に国王と王妃、王太子、王女、王弟がいる。


 「これよりリナ・ケンドールの裁判を執り行う」


 裁判長の威厳やば。

 バート王子が断罪の時と同じく、私の失態を述べていく。冷静になって見ると、バート王子って背低いね。隣のミレーネと同じくらい。ミレーネは私と同じくらいだったはず。ヒールを履いてその身長か。前いた世界だったらペタンコ靴とかで何とかなったかもしれないけど、個人的にはナシだわ。


 リナの記憶を思い返してみても、特に婚約者同士で親しそうな雰囲気も無かったのよね。あれ、もしかして元々好きでもなかった?そうかも。とりあえず、タイプじゃない。リナはめちゃくちゃ美人だし、この中で選べるんならイケオジ系の王弟とか、裁判長も昔はワイルド系イケメンだったんだろうなー。

 国王はただただイケメン。絵に描いたイケメン。王太子もそれを若くしたかんじ。


 「リナ・ケンドールよ、何か異議はあるか」


 やば。身長と顔のことしか考えていなかった。


 「だいたい事実だと思いますよ。浮気って良くないと思うので話したかっただけなんですけどね。会えないかなと思って待ち伏せしてたら、あんなにビビってこけるだなんて思いませんでしたけど、それは真綿に包まれるように育てられた人にとっては仕方なかったのかもしれませんから、私の落ち度です」


 しまった。家みたいなノリで話しちゃった。でもどうせ処刑されるんでしょ?両親にも中身はリナじゃないって伝えているし、いいよね。なんかあのチビむかつくし。


 「リナ・ケンドール。バート王子が浮気をしていたと、証言する根拠は」


 ええー、そこ拾うの?根拠って何?


 「婚約者の私を差し置いて、食事の時間もティータイムもずっと他の女といたことでしょうかね」


 そんなのチビの側近共がよく知ってるでしょうに。


 「バート王子、事実ですか?」


 「私は生徒会の運営やこの国の未来について話していただけだ!」


 「リナ・ケンドール。いかがですか?」


 腹が立つ。


 「納得しました。婚約者との時間もろくに取れない程、生徒会の運営は忙しいとは、学園の運営について、今後議論されたら良いと思います。もしくは、バート王子殿下には学業と婚約者との関係を両立させる能力がなかったのでしょう、お可哀想に」


 リナ、渾身の嫌味節である。前の世界ではOLだった。大学を卒業して三年、お局様の嫌味に耐え、女達の派閥に揉まれてきた里奈を舐めるなよ。


 「貴様不敬だぞ!」


 わお、これが野次を飛ばされるというものですか。


 「不敬?元々、敬ってなんかいませんけど」


 「は?」


 「国王陛下並びにこの王国を、私は愛しています。ですから、バート王子殿下との婚約も受け入れました。私が敬っておりますのは、国王陛下の治める王国です。そこに、そのチビは含まれていません。いえ、婚約当初は含んでいましたが、数年前から切り捨てたところです」


 こうなったらメチョメチョに言ってやる。多分、リナもあのチビのことが嫌いだった、そう思うことにする。こういうキャラのことを悪役令嬢って言うかな?まあ、いいや。リナは里奈で、里奈がリナ。一心同体、やっちまおう。


 「私も王族だ!不敬だぞ!そもそもお前は私に付き纏い、危害を加えたではないか!それは事実と認めただろう!」


 はいはい、そうですよ。でも一つだけ訂正したい。


 「事実ですが、付き纏っていたなど、あなたにまるで好意があったような言い方をしないでくださる?」


 「あっただろう!」


 本当にむかつく。


 「うるさいわね。わたくし、チビは嫌なのよ。分かる?あなた……」


 ここでちょっと間を置く。ここに居る誰もが、私の発言を待っている。


 「私のタイプじゃないの」


 リナ、渾身のドヤ顔である。もうゴミを見るような目で見てやったわ。おお、効果バツグン。あのチビ黙ったわ。

 隣のミレーネもなんとも言えない表情だし、王族達も観客も黙ったわ。


 裁判長は何事も無かったように、私の罪状と処刑を言い渡した。そりゃ、決まってたもんね。この空気感の中、職を全うできるワイルド系イケメン、さすがだわ。




 リナは断頭台に立った。勝手な想像だけど、こういうのって街中で民衆から石とか投げられたりするもんだと思っていたわ。丘の上だった。


 断頭台からは王都が見えた。この前登った塔とか、ピクニックをした草原も、裁判をした王宮も、断罪された学園も。最後の二つは思い出さなくてよかったわ。良い思い出じゃないし。


 断頭台、いわゆるギロチン。まあ、スパッと一思いにやってくれた方が痛くないのかな?

 それにしても、良い景色。リナはきっとこの国が好きだったんだと思う。じゃなきゃ、この景色を見てこんなに感動しないと思うし。もしかしたら、卒業したらやること、みたいに取っておいたことだったのかもしれない。


 「リナ・ケンドール。何か言うことはあるか」


 貴族の処刑は王族が見ておかないといけないらしくて、王弟と王太子がいる。今声を掛けてきたのは王太子。


 「きれいな景色だと思います。ここでよかった」


 この景色を壊さないように、国の運営を頑張ってね、そんなこと言われなくても分かると思うけど。

 とりあえず死んだらまたあの神っぽい人に会うのかな?あれはイレギュラーだったことだから説明に来ただけだった?


 まあ、死ぬ前の景色が駅の階段から、この美しい王都になったと思えばいいか。


 ギロチンに首を入れる。思わず、よっこいしょと言ってしまう。恥ずかしいけどもう死ぬしいいや。首を入れて、目に焼き付けておこうと思って前を見る。本当に良い景色だな。天気もばっちり快晴。


 でも、首に力を入れてスパッといかなかったら嫌だよね。

 目を瞑って力を抜く。


 ……早くしてー。


 え、まだなの?


 はーやーくー。


 はよせい!


 え?もしかして終わった?今回は眼の前が真っ白系ではなかった?真っ暗エンド?



 「ハッハッハッ」


 誰や笑ったやつ。そう思ったら、ギロチンから引き出された。


 「やめやめ。処刑はしない。出来る訳がない」


 処刑しないの?え、私どこで死ぬの?


 てか、しれっと私、お姫様抱っこされてるー。

 あなた、誰だっけ?どっかで見たことあるんだよなー。


 「塔で会って以来ですね。私、ディルク・ブランドと申します」


 ああ、この前塔に登った時の。ディルク・ブランドって。


 「王太子殿下の側近の……?」


 次期宰相とも言われている、ブランド侯爵家の次男だ。次男だから行事でもあまり表に出て来ないと聞いている。


 「よく知っているね。第二王子の婚約者だったから知っていて当然か」


 「何か御用ですか?」


 私、これから首落とされるんですけど。

 あれ?さっき、処刑をやめるとか言ってた?私の願望で補正が入っただけ?


 「御用に決まっているじゃないか。君を処刑なんてしたら、ケンドール伯爵家の騎士団が黙ってないだろう?それに第二王子と調子に乗ってるフィケラ公爵家を失脚させる大チャンス、これを逃すだなんてもったいない!」


 なんかこの人興奮してるんですけど。え?うちの実家の騎士団が何かするの?とりあえず第二王子はともかく、たぶん王太子からしたら、ミレーネの実家、フィケラ公爵家を失脚させたいのね。それで、第二王子とミレーネがイチャコラしてるもんだから、引きずり下ろすってことね?

 ちょっと下ろして欲しいんだけど。


 「ああ!失礼!こんな刃物の近くにいてはいけないですね。風で倒れてくるかも」


 ディルクは断頭台を片付けるよう指示して、私を地面に下ろした。


 背、高いな。ヒョロくはない。細マッチョ、と言える。顔も爽やか。多分性格は変わっていそうだけど。黒髪に茶色の目はちょっと安心感あるわ。


 「リナ嬢!俺は背も高いけど、どう!?」


 「高いですね」


 「どう!?」


 「高いです」


 何、この不毛な会話。


 「おいディルク。さっさと行くぞ」


 王太子が助け船?を出してくれて、馬車に乗って移動。もちろん、別の馬車ですよ。処刑用の服から着替えさせてくれた。処刑用の服ってあるんですねって思った。




 まずはタウンハウスに着いて、両親と涙の再会をした。リナ、死ななかったよ。良かったねー。

 父が騎士服なのはスルーした。聞いちゃいけない気がしたから。


 「ルドにも報せを!侵攻する気だろうから!」


 聞かないふり。ルドっていうのは兄だ。

 もしかして、もしかしなくてもこの家族、王家へ謀反を企んでたっぽい。


 「もう、リナが処刑なんかされたら騎士達もまとまらなくなるでしょう?」


 知らない。そんな話初めて聞いたから。


 ちょっと待てよ。学園の長期休みに伯爵領に帰った時、騎士を集めて手を振るとか、なんかファンサみたいなことしてた気がする。騎士達の模擬戦で優勝者には私の刺繍をしたハンカチを贈ったり、それに居合わせた時は握手してあげたり。

 アイドルかよ。てか騎士達は私の信者だ。リナ、すげーな。


 「私、この王都の景色が好きなの。お父さん、お母さん、この景色を壊したくないわ」


 リナ、渾身の憂い顔。よし、効いてるわ。


 「ところでそちらは……」


 「ディルク・ブランドと申します!王太子殿下の命でリナ嬢を送り届けるという重責を果たしました!」


 宰相ってイメージだけどもっと冷静なかんじじゃないの?絶対次期宰相じゃないでしょこの人。


 「それで?」


 雰囲気が怖いよ父ちゃん。


 「処刑は取消し、裁判長を始め、多数の王宮関係者への取調べを既に始めております!必ずや、ケンドール伯爵へご納得いただける成果をお持ちすることを約束いたします!」


 裁判長もあっち側の人間かよー。もしかして闇深めな話だった?


 それではとか言って爽やかにディルクは去って行った。私?もちろんリナちゃんお帰りパーティーよ。そしてこの王宮がドタバタしている間に伯爵領に帰ったわよ!

 やっぱり処刑するとか言われたら嫌だし!生きられることが分かったらやっぱ生きたいよね!図々しいかもしれないけど!




 「王太子殿下、全て揃いました。王弟殿下にお伝えしても?」


 「ああ、ディルクの読んだ通りだったな」


 王太子はディルクの報告書にサインをする。第二王子とその後ろ盾を揃って降格させることができ、大満足だ。立太子したとはいえ、王太子は側妃の子で、第二王子が正妃の子だった。正妃の派閥、筆頭はフィケラ公爵家だったが、揃って第二王子についた。公爵家が第二王子の婚約者になれば、第二王子を次期国王へ、王太子を失脚させようという思惑だったらしい。


 「王太子殿下、推薦状をください」


 ディルクの差し出した推薦状を見て王太子は固まった。


 「は?ディルク、どういうつもりだ?」


 「リナ嬢はケンドール伯爵領に行ってしまったので」


 「いやだから、これは騎士の推薦状だろう?」


 「ケンドール伯爵家の騎士団に入りたいと思います!」


 「は!?お前側近の業務は!?」


 ディルクは任せてくれと言うような余裕の表情だ。


 「私の兄がいます。現在父の補佐をしていますが、私くらい優秀ですのでご安心を。もし、王太子殿下が失脚したら兄を第二王子殿下に付けて家の没落を免れようとしていただけですので」


 「お前にも不敬罪を適用したくなったが」


 抜かり無いディルクとその家族の手腕に王太子はため息をつく。仕方なくディルクの推薦状にサインを書いてやると、そうだ、と呟いて手紙を書く。


 「ほら、どうせもう準備は終わってこれからケンドール伯爵に会うんだろう?一筆書いておいたから渡してくれ」


 それじゃあ元気で、と言って王太子はディルクへの別れをアッサリと告げた。




 「風が冷たーい」


 ケンドール伯爵領にある砦はなんというか、いかつい城みたい。国境だから最悪ここも戦地になることを想定して造ったらしい。


 「雪遊び、飽きた」


 雪ってテンション上がるよね。だけどずっとあったら飽きるよね。


 「さーむーいー。でも、ここも素敵な景色だわー」


 砦から見渡す景色もとても美しい。

 雪が太陽に照らされてキラキラしているし、城下町には活気がある。辺境と聞くと、あまり栄えている印象は無かったけど、他国との行き来があるからそれなりに流通が盛んなようだ。

 冬は雪深くなるけど、それはそれで家の中での手仕事をして、雪解けからは畑に出る、そんな一年らしい。


 そろそろ砦に入ろうかと思っていたら、肩に上着が掛けられた。


 「ん?ありがとう」


 エリアかな?


 「体が冷えますよ、私の愛しい人」


 ワタシノ?イトシイヒト?


 「は!?」


 そこにいたのは、騎士の格好をした……


 「ディルク・ブランド!?」


 ごめん、心の声的な感覚で敬称略しました。

 なんでここにいるの?


 「覚えていただき光栄に思います。どうぞ今は、ただの騎士ですからディルクと呼んでください。ああ、愛称のディーでも良いですよ。いや、むしろ今後を思うとそっちの方がいい」


 「え、いやなんで?ここに?」


 ディルクは満面の笑みでリナをエスコートして砦に入る。いや答えろよ。


 「私、王太子殿下の側近を兄に譲りまして。この度、ケンドール伯爵家の騎士団へ入ったのです!」


 なんでやねん。


 「なぜ、という顔をしていますね。あなたを追いかけてきてしまいました」


 確かにリナ、美人だしね。


 「正直、これまでリナ・ケンドールという人を、私はただの貴族女性としか思っていなかったんですよ。それが、あの塔で見掛けた時、処刑前で王都を恨んでもおかしくないあなたが、とても気持ちの良い眼差しで王都を見ているではないですか」


 ああ、観光だったからウキウキワクワクだったよね。


 「それからずっと、あなたの行く先々で見ていたのですが」


 は?


 「あなたはどこに行っても無邪気で楽しそうで。魂が入れ替わったと言っていましたが、それでもあなたのその生を堪能する姿に惹かれました。王都など、ただの王宮がある街としか思っていなかったのですが、美しい景色だというあなたのために、何ができるか考え、第二王子とその周囲のゴミを掃除することにしたのです」


 この人こわい。


 「その表情を隠しもしないところも素敵ですね」


 ひいいいい。もしかしてこれ、やばいのに目を付けられたような。


 「騎士として、王太子殿下に推薦していただいたのですが、この頭を使って必ずやケンドール伯爵の参謀として活躍いたします」


 ただの騎士って言ってたよね?参謀?どういうこと?


 「ああ、説明不足でした。参謀になるには、騎士として優秀であるという証明をしなくてはなりません。とりあえず、国境に潜んでいた隣国の騎士を蹴散らしてきました。今日はその手柄を報告に上がったところ、寒そうにしているあなたの姿が見えましたので。これからその報告へ向かうところなのです」


 優秀な騎士が増えるのは喜ばしいこと、なのかもしれない。

 でも何か、背筋に寒気を覚えるのは何故だろうか。目を付けられてはいけないものに、目を付けられた、そんな気がする。


 だけど。やっぱり生きているって嬉しいし、もう処刑なんて嫌だし、少なくともこの人の隣にいる間はそんなことが起きない気もする。


 リナがディルクの気持ちに応える日は、遠くないのかもしれない。

ありがとうございました。

登場人物の名前を一部編集いたしました!

ご指摘感謝いたします!