前へ
52/52

カスミさんによるエピローグ

 わたしはカスミ。

 歴史を変えるために、すべてを差し出した女。

 自分を売って人の記憶を、そして歴史を変えた女。


 誰に売ったかって?

 悪魔よ、悪魔。

 あ、そっか。拓海には天使って言ったんだっけ。でも天使と悪魔なんてね、実は大した違いはない、てわたしは思う。だから嘘は言ってないよ。


 

 霊になって気付いたことそのイチ~!

 身体(からだ)がないと涙って出ないのよねー。当たり前なんだけど。

 そりゃあ悲しいことは悲しいし、嫉妬だってするよ。ああ、だから嫉妬って感情は思ってるより根深いっていうのはその2かな。


 だってあの松川比奈って女。ちょっと頭がいいからって生意気だし、わたしみたいにかわいくないし。

 それにしても。

 はぁ~、

 わたしがいないからって何ですぐあんなのに惹かれるかな。拓海ぃ、はっきり言ってわたしはショックだよ。だから思わず「包丁と砥石買ってこい」なんて言っちゃった。ほんと、嫉妬って危険な感情ね。

 だってさ。

 あんなの見せられたら誰だって冷静じゃいられないでしょ。ベッドの上でさ「恵乃森君に任せる」、だとぉ? まったくもうっ!!! 

 ……うらやましい。

 泣きそうだったよ、悲しいことに涙は出ないんだけど。

 はぁ~。まあでも、しょうがないよね。わたしがいないとそうなるってことだもん。これもまあ、歴史の必然だ。


 でもさ、歴史の操作なんて、そんな簡単にやっていいのかなあ。

 わかんないけど、でも許しちゃう悪魔がいるんだからしょうがないよね。無理だって言われたらわたしだってあきらめたよ。でも偉そうに言うんだもん。

 「稲沢華純さんの願いを叶えることはできます。ただし、あなたは生まれてこなかった、ということになります。人として生きてきた痕跡がすべて消える。(すなわ)ち誰の記憶にも残らない。それでよろしければ、好きなようにおやりなさい」、なぁんてさ。

 じゃあ「やります」ってなるでしょ。

 いやなるんだよこれが。だって死んだらわかっちゃったんだもん。人生の正体が。


 あのね、人生ってね、なんていうかな、ちょっとした旅みたいな?

 ん~、それとも仮住まい……。うん、こっちの方が近いかな。あ、仮ったってあれよ、適当でいいってわけじゃないんだからね。そこ間違わないように!


 まあでも要するに、人として生きてるってことなわけさ。あぁ、命じゃないんだな、

 ……いやちょっと待てよ。

 今なんて言った?

 これちょっと凄いかもしれない。

 人として生きるって書いて人生じゃん。これ当たってるよ。これ考えた人って天才? 「人生とは」なんて難しい顔して考えてる人いるけど、哲学も文学も要らないじゃん。人として生きる。人生はこれですべてだよ。


 ああ、感心してたってしょうがないか。

 あのね、天が本来の居場所なの、命の。

 ……難しい?

 じゃね、心がね、心。

 心が人間の体に繋がってる時間、その時間のことを人生っていうわけ。だからそれは、一瞬みたいなもん、仮なのよ、仮。これならどう?

 やっぱりわかんない。

 大丈夫、死んだらわかるから。ん~、だから命ってそうじゃないんだってば、はは。

 

 もういいや、次行くよ、霊になって気が付いたことその3!

 成仏ってないんだよ。あんなのない。ないない。

 だいたい仏に成るって何。

 輪廻って何さ。

 生きてるときからおかしいなぁって思ってたんだよねー、でもないから! 生まれ変わりなんてないからね、楽しみにしてた人ごめん。人生は1回こっきり。


 だけどさぁ、1回で充分でしょ。

 まあわたしの場合は0回んなっちゃったんだけど、1回やれば充分だって。てか1回しかないから貴重なんじゃん、ね。


 心。つまり、うちらの命の姿だけど、それが、霊なんだよ。

 それが肉体とくっつくからややこしい。叩かれれば痛いし、切られれば血が出るしさ。

 特に愛する人が苦しむのを見るのって最悪。胸が張り裂けそうに辛いし……、あと別れもね。何の罰ゲームかって話だよ、たく。

 まあ、撫でられると癒されるとか? 身体と繋がってていいこともなくはないんだけど、でも最後はそれで振り回されて結局苦しい思いするんだ。

 んで()()、とかね。笑える。


 でも。

 拓海の闘病生活ってほんと、見てられなかったの。

 見てるの辛かった。

 苦しいってわかってても自分が代わりたいって本気で思ったもん。本気だよ、本気。嘘偽りない気持ちだった。だって、

 愛してる。

 心から。

 今でも!!

 だから頼んだの。通りかかった悪魔さんに。


 あ、実はさ、悪魔さんの名誉のために言っとくと、自称はやっぱり天使なんだよね。あ、これさっき言ったっけ。まあとにかく、わたしが勝手に悪魔認定しちゃったわけよ、はは。だって天使って顔じゃなかったんだもん。

 ま、それはいいとして、訴えたんだ。何で拓海が、病気や手術であんな苦しまなくちゃいけなかったんだって。可哀そうだろうって。天使としておかしいと思わないんかって。ほんとはお前、悪魔だろ! てさ。

 だって、見てるだけで辛かったんだよ。

 ぼろぼろ泣いちゃったよ。

 でもまあね、今はもう、歴史は変わったから。拓海が苦しんだ事実が丸ごとなくなった。

 願いは叶ったんだ。悪魔さんの提案に乗って。

 ね、病気はちゃんと防いだでしょ。そりゃあAIに転生してたときはちょっと厳しい態度もとったけどさ、でも上手だったでしょ、AIっぽかったでしょ。


 あぁそっか。人として生きてるときに拓海にもっとちゃんと忠告してあげてれば、こんなめんどくさいことにならなかったのかなー。優しさって難しいよね。


 そう考えるとあれか、松川比奈って女。あの生意気な態度にも一理あるってことか。

 何かくやしいな。

 くやしいけど、でも、まあ、そんなもんだよね、人生って。

 だってさぁ、人生なんて恥と後悔で99%じゃない。残りの1%に喜怒哀楽が詰め込まれてて、みんなそれに振り回されてんの。不思議だよねー。バカみたい、とはさすがに思わないけど。わたしも振り回されてたクチだからさ。うん、人のことはいえない。だからこんなことんなっちゃったわけだし……。



 さてっと。

 もう帰ろうかな。

 拓海には特別サービスで再起への道もちゃあんと整えてあげたし。

 もういい、未練ない!

 て思ってんのに悪魔さん、ちっとも現れないし。まあ、そのうちどっかで出会うんだろうけど、あの人も忙しそうだったからな。許してやるか。

 

 そういえば拓海、福本あずさってぽっちゃりさんに体組成計プレゼントするとか言ってたっけ。

 ……。

 やっちゃおうかな、もうひと仕事。

 いや勝手なことしたら怒られるか。

 でもでも、迎えにこないのが悪いんだよね。そうだよ、これは悪魔の失態だよ。なんかあったらそう神様に訴えよう。


 よし決めた!

 あれは確か。

 拓海の部屋のベッドの下にあったはず。


     ☆


 よぉしこれだ、これこれ。

 こんなこともあろうかと新品同様に修理させといて正解ね。わたしってなんか、先見の明があるみたい。


 さて、よっこらせ、と。

 拓海は今ごろ、どっかの居酒屋で涙涙の決起集会だから、今のうちにこのAIに心のすべてを、わたしのすべてをリンクさせよう。

 して、こいつが持ってる機能を再構成して本来備わっていなかった能力を開花させる。それでも足りない部分はネット空間を駆使して補えばいい。けっこうめんどい作業なんだけどね、拓海んときに一回やってるから楽勝だ。


 よし、準備OK! バッテリー残量わずかだけど何とか転生できたみたい。

 あとは、拓海がぽっちゃりさんにきちんと渡せるように、ほんの少し誘導してあげればいい。


 それまで少し眠ろうかな。

 ああ、別に、霊だから寝なくたっていいんだけどさ、逆に何万年だって眠っていられる。眠っていようと思えば、だけどね。


 ていうわけだから、ちょっと寝ます。

 待ってても退屈だしさ。


 じゃ、お休みなさーい♪


最後まで読んでいただきありがとうございました。

感謝感謝です。

良かったらご評価もお願いします。


ところで。


わたしは自宅でタニタの体組成計を使っています。

これがなかなかの優れものでして、体重だけではもちろんなく、体脂肪率とか内臓脂肪レベル、筋肉量、推定骨量、基礎代謝といった諸々の数値が出て、最後には「体内年齢」というのが表示されます。


体組成計は、そうした数値を算出している間、そのときの状態に応じて、

「がんばってますね」とか「毎日続いていますね」「お体を大切に」といった応援や励ましのメッセージをイラスト付きで表示してきます。


最新型はもっと進化していて、ディスプレイ表示ではなく、音声で語りかけてくるようですし、スマホのアプリと連携して健康管理もしてくれるそうです。

カスミさんが転生したのはこのタイプだったんですね。


あ、そうそう。

タニタの体組成計には「余命」は出ません。

出ない、はずなんですが……。

どうでしょう。

勇気のある方は、一度、本気で頼んでみては?


でも、どうなっても知りませんよー (^^♪

前へ目次