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もうひとり

三人でスタートするはずだったキックオフミーティング。

そこに白幡がきてくれた。これで四人。

ドアは再びノックされた。

 「わ、何で? なんで暗いの、ここ」

 入室するなり頓狂な声を上げたのは友里(ゆうり)しずくだ。

 背後から男の声が被さった。

 「何々、どゆこと」

 この声には覚えがある。

 「お前……」

 俺が声をかけると、

 「拓海さんひでぇ、俺に黙って何か始めようとしてんの」


 俺のことを名前呼びする失礼な後輩は社内にひとりしかいない。来てくれたのか。(にわか)に信じられない俺は話を別の方向に振った。

 「お前ら、結婚すんだって?」

 そのひと言で友里しずくが関根慎太郎の背後に下がった。顔を隠しても照れているのが見え見えだ。

 「知らなかったよ。式とか、すんのか」

 「実は先週、入籍はもう済ませてて」

 うそぉ! という声が室内から起こる。大橋さんも知らなかったらしい。

 「だから別に、拓海さんだけ置いてけぼりじゃないんで」

 ここは首を絞めるタイミングだが、展開が急すぎてまだ調子が出ない。

 「そういう問題じゃないだろ。で何、いつからそういう関係なの」

 関根はにやにやするばかりで答えようとしなかった。

 まあいい、いずれゆっくり問い詰めるとして、

 「まあとりあえず入れよ」

 ふたりを入れ、ドアを閉めると、窓には再び夜景が広がった。

 「きれいだろ」

 「だから、夜景眺めに集まってるわけじゃないですよね、拓海さん。俺、何すればいいんすか」

 「ちょっと待て、俺も予想外の展開で戸惑ってんだよ。お前、ほんとに、参加してくれるってことでいいのか」


 今度はノックもなく、ドアが開けられた。

 「何、なんで」

 入室後の第一声はだいたい一緒だ。何しろ暗い小部屋に入った途端、上気した面々が夜景をバックに振り返るのだ。

 「何、やってんの」

 「それよっか三宅さん、夏美さんってまだ抜けられそうにない?」

 「ああ、先やっててって」

 三宅純江さん……。権謀術策が常の職場にあって正攻法を貫く正義の人。そして「数字は生きもの」が口癖の財務の専門家、赤塚夏美さん。

 ふたりには一番嫌な思いをさせた。何度、心のなかで謝ったことか。そのふたりが参加してくれるなんて。

 感慨に耽ったあまり、三宅さんの顔にまじまじと見入ってしまった。

 「え、何々、なんで、恵乃森課長、なんでそんな怖い目で見てるわけ? やだ、わたし来ちゃいけなかったですか」 

 「いや違う、ごめん、来てくれると思ってなくって」

 泣きそうだ。

 

 開いていたドアから花房さんが顔を出した。

 「何で電気点けないんですか」

 情報収集と分析のエキスパートは今日もA4ノートPC持参だ。

 何か声を掛けたいのに言葉が見つからない。その様子を察した関根が、

 「拓海さん、こういうことはさ、人数多けりゃ何とかなっちゃうんで、ちゃんと言ってくんないと。俺らだってあのまんまじゃ悔しいし。

 あ、そういえば小菅さんも、今日出張だからこれないけど参加するって」

 「ほんとか」と関根に聞き返していたら、大橋さんがこの状況を種明かししてくれた。

 「課長のメール、前のメンバー全員に転送しましたので」

 そうだったのか。

 「あれ、山本さんは?」と訊いたのは白幡だ。

 「ああ、山本さん赤塚さんと同じ会議だから、遅れて来るんじゃないかな」

 「じゃあ全員ってことね、よし!」

 「ビールとか持ってくりゃよかった。乾杯してぇ!」

 「ちょっと待って、あとひとり」

 「誰よ」

 「だめじゃん大事な人忘れちゃ」

 「え、誰」

 「あ、あれじゃない、何だっけ。福本さん? パンダから経営企画に抜擢された人」

 「パンダじゃないでしょ」

 「あ、パンダじゃないか……、何だっけ」

 そうだ。

 あいつにまだ体組成計を渡してない。何て言って渡したら傷つけないだろうか。

 「そうじゃなくって。ほら、もうひとりいるでしょ」

 「誰」

 「ほら」

 「誰だよ」

 「恵乃森課長の思い人」

 「思い人だって。ふっる!」

 その瞬間、ドアが開いて松川さんが顔を出した。そして「すみません遅れちゃって」、と言ったきり、目の前の暗さに目を見開いたまま固まった。

 小部屋のなかはすでに人熱(ひといき)れで一杯だ。

 「なんで」

 「うん、その、夜景が、きれいだったから」

 「そうじゃなくって、何でこんな小さい部屋取ったの」

 「ああ、三人だからこれでいいやって、思ったんだけど。なんか、みんな集まってくれて」

 にやけた顔を見せたらぴしゃりと封じられた。

 「集まってくれてって、そこ読めてない時点でリーダー失格じゃない」

 あれ、言葉遣いの件は? 松川さん。


 「それより、ほら」と俺はメンバーのいる方向を目で指し示した。

 全員が戸惑いの目をしているのに気付いた松川さんが姿勢を正して挨拶した。

 「QAの松川です。わたしも参加させてください。専門分野は栄養学とハッピーホルモンです。よろしくお願いします」

 そう言って新入社員のように頭を下げた。

 誰からともなく、自然に拍手が起こった。


 なんていうことだ。

 人が足りないどころか、前回より一名プラス。

 よし。

 これならいける。逆転サヨナラだって夢じゃない!!!


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