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第七十三話 結局、後始末をする羽目になる。 

「ルイーゼは、もう大丈夫なのか?」


「今は大丈夫だけど、秘奥義は体に負担がくるねぇ……」


「凄い技だったな」


「ソコソコ威力はあるけど、高位の魔法使いが使う上級魔法ほどじゃないよ。威力も範囲も負けちゃうし」


「あのロックギガントゴーレムを倒せたから、結果論で素晴らしいわけだ」


「三日間、あまり動けなかったけどね」


 防衛用の岩製ゴーレムの巣であったヘルタニア渓谷は、俺達が行った作戦によって無事に開放されていた。

 十個に分けた応援の王国軍と貴族の諸侯軍が境界線上を出たり入ったりして地上のゴーレム達の大半を引き付け、その間に俺、導師、ブランタークさん、カタリーナ、ルイーゼが空から中心部にいる主ロックギガントゴーレムを討つ。


 このヘルタニア渓谷を守るゴーレム達は、全て古代魔法文明時代の天才魔道具職人イシュルバーグ伯爵が作成したヘルタニア渓谷を守るための防衛システムで、それを統括するのがロックギガントゴーレムであった。


 多数の空を飛ぶワイバーン型や大鷹型のゴーレムに、破壊してもすぐに再生するロックギガントゴーレムの頭部に、攻勢を強めると再生速度が増すゴーレム達と。

 

 かなり苦戦させられたが、最後はルイーゼによる魔闘流秘奥義が炸裂してロックギガントゴーレムの活動が停止し、続けて十万体のゴーレム達もただの岩に戻っていた。


 無事に、ヘルタニア渓谷の開放が成ったわけだ。


「ヴェルは、この三日間何をしていたの?」


「お仕事」


 ルイーゼは功労者だったので、三日間寝ていただけであった。

 完全に動けないわけでもないのでトイレくらいには行っていたようだが、あとは三度の食事なども全てエリーゼ達に世話されている。


「魔闘流って、奥が深いのね」


「沢山技とか秘奥義とかあるけど、大半が誰も使えないという現実もある」


「何それ?」


「今回の『ビックバンアタック』とかは、使う本人にある程度の魔力が無いと使えないもの。通常の魔力しか持たない人が使っても、ちょっと大きな岩を割る程度じゃないかな?」


 魔闘流というだけはあって、魔力が沢山あってそれを扱う能力があれば、上級魔法にも劣らない威力の技が放てるというわけだ。

 

「持っていない人が大半だから、技の型が重視されるわけだね。魔力を込めて戦うという点では、導師やヴェルも強いでしょう?」


 導師は、今回の戦いで数千体のゴーレム相手に無双していた。

 全て倒したわけではないが、全く寄せ付けずに数百体を破壊したそうで、彼の最強伝説にさらなる一節が加わったというわけだ。


 一方の俺であるが、ああいう戦い方は性格的に合わないので、どうしても魔法を放ってしまう。

 導師は逆に魔法を放出するのが苦手なので、導師を強化型、俺を放出型とでも言うのかもしれない。


 昔に読んだ漫画で、そんなタイプ分けがあったと思う。


「バウマイスター伯爵殿。王都から調査隊が来ました」


「彼らは、ここで分析を始めるのですかね?」


「いや、持ち帰ると思いますよ」


「今回は、何か成果があるといいですね」


 ヘルタニア渓谷解放後、俺達の本陣は中心部にあるミスリル鉱床の傍に移転していた。

 俺が魔法で埋蔵量などを調べるためにと、開放されたヘルタニア渓谷内に人が入り込んで鉱石泥棒などをするのを防ぐためである。

 

 今回の作戦に参加した兵士達の一部は外縁部に陣を敷いて、そういう連中の侵入を警戒している。

 実際に、既に何人かの侵入者を捕らえたと報告があった。


 近隣の住民達で、『今なら鉱石を簡単に取れて、良い収入になるかも』と侵入を試みたそうだ。

 今は個人レベルであるが、一番ありそうなのはブロワ家が未練がましく何かをしでかそうとする可能性であろう。


「魔道具ギルドの連中は、プライドが高いですからね」


 本陣の警戒に当たっているアヒレス子爵が、俺に王都から魔道具職人達が来たと報告してくる。

 彼らは、俺達が破壊したロックギガントゴーレムの残骸を引き取りに、大型魔導飛行船をチャーターして来たのだ。


「人工人格の結晶も、魔石生成装置も、他のわけわからん装置も、全部壊れて使えないですけどね」


「何とか解析して、少しでも技術向上に当てたいのでしょうね」


 本当ならば壊さずに鹵獲したかったのだが、あの状況でそんな手抜きをしたら作戦が失敗するどころか犠牲者が出かねなかったので仕方が無い。


 ルイーゼの秘奥義で全て壊れていたようだが、古代魔法技術の再現は魔道具ギルドに任せるのが一番であろう。

 とはいいつつ、最近の魔道具ギルドはあまり目立った功績もないのだそうだ。


 会員が100%独占して魔道具を作っているから羽振りは良いが、ここ数百年間でさほど技術も進歩していない。

 ならば、過去の優れた遺物を解析しましょうと、魔の森で見付けた産物や、更に今回はロックギガントゴーレムもと。

 かなりの高額で強引に買い取っていた。


 魔石生成装置は魔導ギルドも興味を示したとかで、彼らと仲が悪い魔道具ギルドは強引に札ビラを切ってロックギガントゴーレムを買い取っていた。


 お代は、全部で五億セント。

 冗談で吹っかけたのに、目の前にドンと白金貨の詰まった袋を出してきた時には驚いたものだ。


「あれ。どうやって持って帰るのですかね?」


「大型魔導飛行船をチャーターして積み込むそうです。往復する必要があるそうですけど」


 ロックギガントゴーレム全部なので普通の岩などもあるのだが、彼らからすればその何も無い岩にも何か未知の仕組みがあるかもしれないと、岩の欠片一つ逃さずに持ち帰るのだそうだ。


 積み込みと運搬も自分達で行なうと断言し、なるほど技術者とは凝り性な人達が多いのだと、前世を含めて思い出していた。


「あとは、ゴーレムもでしたか?」


「さすがに、全部ではないですけどね」


 ロックギガントゴーレムが操っていた、ゴーレム達を形成していた岩塊や魔石なども相当数買い取っている。

 これも研究材料なのだが、さすがに全てではない。


 人工人格の結晶の破壊によって全てのが活動を停止したゴーレムの残骸は、軽く十万体分以上もある。

 全部持ち帰るのは難しいので、サンプル分だけ回収して、残りは今は兵士達が使える魔石と鉱石を拾って本陣の横に積んでいた。


「それで、ここをどう開発なさるおつもりで?」


「普通に委託しますけど」


 自分の領地の人手すら足りていないのだから、よその人材で補うのは当然であった。

 それに、人なら余っている。

 貴族は自分の領地に鉱山が見付かった場合、なるべく全てを自分で補おうとする。


 山師や、鉱山技術者、精製に関連する技術者などはよそからの出稼ぎ者も多かったが、掘る人間は余っている農家の次男以下が多い。

 農地を継がせられない人達への良い就職先なわけだ。


 ところが、鉱山は物によっては数十年で鉱物が出なくなる事も多い。 

 同じ領内や、最低でも近隣の他貴族の領地に新しい鉱床が見付かればいいが、見付からなければ彼らは失業である。


 そんな事情もあり、掘る人間はその気になればいくらでも集められるのだ。


「移住して来ても良し、出稼ぎでも良し。要は、ここが掘られて金属が出ればいいのですから」


 何も、全て自前に拘る必要もない。

 王国直轄地や他の貴族領からほとんどの人材を集め、うちの人間は不正のチェックだけ行えばいいのだと。


「随分と、大らかな体制ですね」


「時間がかからなくていいでしょう?」


 全部自分達だけでやっていたら、多分鉱石を搬出できるまでに相当な時間がかかるはずだ。

 そのために、外部の人間を活用する事にしたのだから。


「(それに、周囲への嫉妬を抑えるためには飴を与えればいい)」


 ヘルタニア渓谷はバウマイスター伯爵家の持ち物であるが、ここで働く大半の人は外部の人間だ。

 これの意味するところは、直轄地や他の貴族領に籍がある人間の職と収入を保証しているという点にある。


 領民達への雇用対策にもなるし、収入のアップで経済の活性化にも繋がる。

 普段は鉱山で働いている鉱夫達が帰省で故郷に戻り、稼いだお金を地元で使う。

 それだけで、彼らの故郷の経済対策にもなるのだから。


「王国軍も役職が一つ増えますしね」


 実は、ヘルタニア渓谷の外縁部にある土地の一部を王国に売却する予定になっている。

 その土地には何の鉱石も無いが、彼らはそこに『王国軍ヘルタニア渓谷守備隊』の本陣と千名ほどの兵士を置く。

 彼らの仕事は、ヘルタニア渓谷にバウマイスター伯爵家以外の貴族が手を出してこないための防衛で、報酬は警備委託料と王国への鉱石の安定した供給だ。


「それもありますが、ここのミスリル鉱床は予想以上に大きい。どうせ王国が介入して来るのなら、先に餌を与えて取り込めですか?」


「あとは、規則通りに交渉して裁定案を結びましたがね」


「自分達が不良物件だと思っていた物を、僅かな和解金の減額であげてしまいましたからね。取り戻したくなるのが心情ですか」

 

 それを防ぐために、ブロワ家以上の用心棒を雇ったというわけだ。

 

「他にも、これだけ大規模な鉱山地帯と、将来的には精製施設の稼動も必要ですか。人が集まるので町の運営も必要ですし、人手がいりますね」


 不正のチェックはこちらでするとして、あとの人員は中央で燻っている法衣貴族の子弟なども雇う必要がある。

 彼らとその親戚と親御さん達は、子供達の安定した生活のためにバウマイスター伯爵家のヘルタニア渓谷領有を保障するというわけだ。


「そんなわけで、早速忙しいのです」


 ミスリルはとにかく不足しているので、鉱石の状態でも買うと王都にある多数の工房が言っているらしい。

 なるべく早くに船を出すので、それまでに少しでも採掘をするのと、魔導飛行船を離発着可能な船着場の整備をしておいてくれと言われていて、またも土木工事冒険者として町を作る土地と道の整備に追われるようになっていた。


「あの石畳の道は素晴らしいですね」


「材料は豊富ですからね」


 鉱石でもない岩などいくらでもあるので、それを元に岩の板を魔法で作り、掘削した道に押し当てるだけで舗装した道路が完成するからだ。


「名実共に支配を進めますか。私としては、ヘルタニア渓谷守備隊隊長のポストが美味しいので、ブロワ家の干渉などには気を付けますとも。ただ、早速駆け込んで来るのでは?」


「まだ裁定交渉も終わっていないのに、お忙しい事で……」


 ブライヒレーダー辺境伯とブロワ家による裁定交渉は、和解金の値引きで粘るブロワ家のせいで全く進捗していない。

 そんな中でのヘルタニア渓谷の開放がどういう効果をもたらすのかを、俺はまだ知る由もなかった。


「何かを言われても、ここはバウマイスター伯爵家の物ですしね。俺がブロワ家に譲歩する事はあり得ませんから」


「それはそうでしょうね。ブロワ家が現時点で残っている事自体が陛下の温情なのですから」


 もしこれが戦乱時であったら、とっくに改易されているであろうからだ。

 戦乱時なら、改易と新領主着任に伴う混乱は力技で排除可能だという結論に至る。

 軍人達も、反抗する不穏分子の排除が武勲になるので躊躇しない。


 ブロワ家がのん気に兄弟喧嘩を続けられていること自体が、この国が平和である事の証拠でもあった。


「まずは、ミスリル鉱石を運び出せる準備を優先します」


 幸いにして、ミスリル鉱床は露天掘りが可能なので、あまり時間をかけずに鉱石の運び出しは可能であろう。

 それから一週間ほど、俺は魔法でインフラと積み出し用の魔導飛行船が離発着可能な港の土台を作ってからローデリヒからの応援を受け入れる。


『飛び地ではありますが、土地柄農業も牧畜も不可能。暫くは鉱石の掘り出しのみ。数年後にある程度まで精製可能な大規模工房を作って効率化を図る。こんなところでありましょうか……』


 魔導携帯通信機から、ローデリヒの声が聞こえる。

 彼はこのヘルタニア渓谷をバウマイスター伯爵家が完全に支配するため、追加で人員を送って来たのだ。

 警備兵、鉱山技師、新しく作られる町を運営する政務・財務系の人材にと。


 この他にも、ここで大量に人を雇い入れる事になっている。

 移住・出稼ぎ希望者も、ここで集める事になっていた。


『食料の自給は不可能ですか』


 出来なくは無いが、そのためには植林などから始めて岩盤質の地盤の上に土を定着させる作業から行わないといけない。

 だが、このヘルタニア渓谷には川や沼すらない。

 厚い岩盤を掘って地下から井戸で汲まないといけないので、最低でも数十年単位で時間が必要であろう。


 鉱床や鉱山から出る鉱毒の問題もある。

 俺ならば、魔法で使える金属を『抽出』して終わりだが、次世代以降にそれが出来る可能性は少ない。

 鉱毒への対策を考えつつ、農業なども出来る土地に改良をするとなると、これはどうしても後回しになる。

 まずは、未開地開発の方が優先だからだ。


『食料の自給は暫くはいい。周辺の貴族から買って彼らを味方にしろ』


 これも、ブロワ家の横槍を防ぐためである。

 せっかくのお得意さんを失わないために、喜んでブロワ家を警戒してくれるであろう。


『それは宜しいのですが、価格を吊り上げられませんか?』


『可能性はあるが、食料を売る全ての貴族が談合しないと難しいだろう』


 それに、あまりに高ければバウマイスター領やブライヒレーダー辺境伯領から輸入してしまえばいいのだ。


『貴族も一枚岩ではありませんからな』


『そういう事』


『代官の人選ですが、拙者の選んだ者で良かったのですか?』


『その辺は任せているから』


 そんな話の後に、バウマイスター伯爵領から魔導飛行船に乗って代官とその他の一行が到着する。


「一応、代官に任命されましたが不安です」


 ローデリヒが代官に任命したのは、アームストロング伯爵の三男フェリクスであった。

 内政や財務の経験は無いがそれは他の人が補えばいいし、彼を任命した理由は、ヘルタニア渓谷守備隊隊長であるアヒレス子爵を上手くコントロールする事にある。


 もし彼が良からぬ事を企もうとしても、ここの代官が王国軍の重鎮であるアームストロング伯爵の三男ならば実行は困難になるというわけだ。


 王都のアームストロング伯爵家も、三男がバウマイスター伯爵家の重臣になれるように援助を惜しまないであろう。


 その分コストはかかるが、新興伯爵家で全部自前でやろうとすれば俺もローデリヒも過労死する。

 ある程度の利権で味方を増やした方が、長い目で見れば得というわけだ。


 それに、楽であるし。


「ここの初代が武官なのは、他からのちょっかいを防ぐためでもあるから。予算も十分にあるから、上手く人を雇って鉱石が順調に運び出されるようにして欲しい」


「畏まりました」


 フェリクスが初代代官に任じられ、彼は実家の助けも借りてヘルタニア渓谷の統治を開始する。

 俺は土木工事を続けながら、空いた時間で優雅にお茶などを飲む時間を取り戻す。


「兄様達は、大慌てでしょう」


「慌てても、もう何も出来ないけど」


「バウマイスター伯爵様は、兄様達の予想以上に貴族様なのですね」


 空いた時間に、俺とカルラは二人でお茶を飲みながら話をしていた。

 本当に二人きりではなく周囲にはエリーゼ達もいるのだが、それは致し方のない事だ。


 ブロワ家の娘である彼女が今一番家のためになる行動と言えば、俺を誘惑する事なのだから。


「そうですね。ヘルタニア渓谷は、既に正式にバウマイスター伯爵家の物。最初は、あの不良物件で和解金の減額がなったので喜んだのでしょうが……」


 見事に開放されて、今では有望な鉱山地帯として開発がスタートしている。

 今さら返してくれとも言えず、彼らは悶々としているはずだ。


「カルラさんが、俺に押し倒されればいいとか思っているかも」


「思っていますね。兄様達からすれば、それで私が幸せになるとも思っているのでしょう。日陰者の娘が、竜殺しの英雄の妻になる。大出世とも言えます」


 貴族の立場で考えれば、それは間違った認識ではなかった。


「カルラさんは、どう思っているのかな?」


「私は、ブロワの姓など本当はいらないのです。どうしてベンカー家の娘扱いにしてくれないのでしょうか……」


 可哀想だが、本人がそう望んでもまずあの二人はカルラを手放さないであろう。

 ブロワ家が今の裁定案を呑んだとすると、今度は家を建て直すために彼女はどこかに嫁に行かされるからだ。


「幼少の頃からお世話になっていれば、それも貴族の娘として受け入れたのでしょうが……」


 今までは放置されていたのに、今になって呼び出されて利用だけされる。

 カルラがブロワ家の将来に冷淡なのには、そういう事情があったわけだ。


「ベンカー家の娘扱いねぇ……」


 カルラはブロワ辺境伯の娘ではあるが、今までの扱いからベンカー家の娘とも言える。

 自分から扱いを下げて欲しいというのも珍しいが、王都の役無し貧乏騎士家の娘ならば政治的に利用されないし、どこに嫁ごうと自由という考え方もある。


 母親と二人で自立したいと言っているので、結婚すら眼中に無いのかもしれなかった。


「何とかならないのか?」


 俺の護衛役であるエルが珍しく口を挟んでくるが、カルラがベンカー家の娘になってしまえば結婚に何の障害もなくなるのだから当然とも言えた。


「カルラさんの立場を決めるのは、ブロワ家の当主なんだよなぁ……」


 この世界では、貴族家の当主の立場が強い。

 だからブロワ辺境伯の呼び出しにカルラは逆らえなかったし、後継者候補二人が俺の妻に押し込もうとしている件も自分からは嫌とは言えないのだから。


「そうだな……。クラウス」


 ここで、俺は人が嫌がる案を考える天才クラウスに意見を求める。

 今まで散々に、俺が嫌がる事をしてきたクラウスだ。

 奴ならば、ブロワ家が嫌がる策を考えてくれるはず。


「ヴェンデリン様からかなり期待されているようですが、極めてオーソドックスな策しかございません。というか、策ですらありません」


 しかし、クラウスは俺の心の内などとっくに承知で、更にそれを気にもしないで答えていた。


「あの二人以外の後継者を押して、そいつに約束させるとか?」


「そういう事にございます。そしてカルラ様には、誰か当てがあるのではないかと」


 当てがあるから、俺にベンカー家の娘になりたいと願望を述べた。

 そう考えないとおかしいのだ。

 バウマイスター伯爵家の当主である俺に、ブロワ家に何かをする権限などないのだから。

 

「新しい当主に縁切りをして貰うのか……」


 もしフィリップかクリストフがブロワ家の新当主になると、カルラは必ず利用される。

 なのでカルラは、別の候補者が当主になるように俺に動いて貰いたいのであろう。


「俺に、何か得でもあるのかな?」


 わざと意地悪く聞いてみる。

 既に和解金の支払いは決まっていて、減額を条件に貰ったヘルタニア渓谷は開放した。

 少なくともバウマイスター伯爵家の中では、既に紛争は終わっているのだ。


「寄り親であるブライヒレーダー辺境伯様の手助けになりますし、紛争が終わらないと未開地開発が遅れますが。新しい当主にヘルタニア渓谷に手を出さないように約束させる事も可能です。暫くは、余計な手間が省けると思います」


「(この人、切れるなぁ……)」


 この人を女当主にして婿でも入れれば良いような気もするが、本人はそれを望んでいないのであろう。

 本人の才能と希望が一致していないというわけだ。


「(何か萎えるというか……)」


 前世の恋人に雰囲気は似ているのだが、なぜか恋愛感情が一切浮かんでこない。

 

 エリーゼもなかなかあれで鋭い部分があるが、普段は甲斐甲斐しく食事やお茶の準備などをしてくれて女の子らしい。

 

 イーナも、二人で居る時は本人が言うほど面白味がない女というわけでもない。

 少し恥しがり屋さんなのだと思う。


 ルイーゼは、普段からあんな感じなのでいいのだ。


 ヴィルマは口数が少ないけど、子犬のように俺に付いて来るの可愛いし。


 カタリーナは、付き合ってみると外面とのギャップに驚かされる。


 ところがカルラは、一見誰にでも丁寧に接するがそれは社交辞令の域から出ない。

 間違いなく、俺との婚姻を望んでいないのであろう。

 どうせ状況的に無理だし、俺にも強引に奥さんにしたいまでの願望もない。


「(ヴェンデリン様。カルラ様の提案を受け入れるべきだと思います)」


 クラウスが、小声で俺に助言をしてくる。

  

「(妻にして、援助を通してブロワ家を経済的に乗っ取れとか言うのかと思った)」


「(王国からの警戒に、人手不足もございます。ヘルタニア渓谷だけを維持・運営した方が実入りは大きいでしょう)」


 いくら俺でもそのくらいはわかる。

 もしかしたら、バウマイスター伯爵家の膨張を利用してクラウスが孫達の復権でも狙うのかと思って聞いてみたのだ。


「(それに、ブロワ家は王国建国初期からある名門です。創設して百年ほどの、ヴェンデリン様のご実家の風下には立てないでしょう)」


 金と手間をかけ、嫌な思いまでして統治する価値もないというわけだ。

 しかし、名門というのは本当に面倒くさい存在である。

 

「(だよなぁ……。とっととあの二人以外の人を当主にして、裁定案を飲ませるか……)わかりました。受け入れましょう」


「ありがとうございます」


 そうと決まれば、早速にブロワ辺境伯領入りだ。

 案内役が必要なのでその人が来るまでの間、ヘルタニア渓谷で金を得るためミスリル鉱石の搬出を早く進める手伝いをしながら応援と新規に雇用した人員を呼びつつ、俺は土木魔法を駆使し続ける。


 ヘルタニア渓谷開放作戦で、俺以外の突入メンバーへの報酬と陽動作戦に参加した軍勢への報酬で現金は減っていたが、これはミスリル鉱石の販売ですぐに黒字になる予定であった。


 他にも、金、銀、銅、鉄鉱石などの鉱床もあるので、これも開発を進めれば更に収益は上がる。

 

「金と魔法の暴力で強引に開放か。バウマイスター伯爵様も貴族になったよなぁ。それで、ブロワ領内に向かうメンバーは?」


「あまり大勢では行きませんよ」


 俺、エル、ブランタークさん、導師、ヴィルマ、カルラの六名に……。


「案内役ですか? 地理にはそれなりに詳しいですけど」


 忙しいし、既にうちとブロワ家との裁定は終わったので、呼び戻したトーマス達のグループの中からニコラウスも付いて来る事になった。


「それで、変装でもするのですか?」


「するわけがない。俺達は、冒険者としてブロワ領内に入るのだから」


 ブロワ家とバウマイスター伯爵家との裁定は、既に終了している。

 俺が冒険者としてブロワ領内に入ったところで、何か問題があるわけではない。

 むしろ、コソコソしている方が問題であろう。


「何も宣伝しながらブロワ領内に入るわけでもないし、俺の顔なんて知らない人も多いだろう」


「いや、絶対にそれはないですよ。まさか、堂々と新しい後継者候補にお会いになるつもりで?」


「俺は一応は伯爵だぞ。裏で工作とかはしないさ」


 変装してから新しい後継者候補に会うなど、裏工作を疑われるだけである。

 堂々と入り込み、狩りでもしながら空いている時間にカルラが言う新しい後継者候補とやらに堂々と会えばいいのだ。


「何かしてきたら、また毟ってやればいいしな」


「普通にお供させていただきますが……」


 俺は、フェリクス、モーリッツ、トーマス、エリーゼ達にヘルタニア渓谷の事を任せ、ヘンリックの小型魔導飛行船でブロワ辺境伯領内の中心都市ブロートリッヒに丸一日ほどで到着していた。


 ブライヒブルクとほぼ同規模のブロートリッヒの郊外には、魔導飛行船用の港も存在している。

 そこに船を置き、ヘンリックも加えた八名でまずは冒険者ギルドブロートリッヒ支部へと向かっていた。


「親父が一緒とは……」


「血縁など関係ないのである! そなたも商人ならば、アルテリオ殿を抜くくらいの夢を持ち、今回のチャンスを生かすのである!」


 ヘンリックは、俺と一緒にいる導師を見て少し嫌そうな顔をしていた。

 気持ちはわかる。

 仕事をするのに肉親が傍にいると、気持ち的に少しやり難いのであろう。

 導師も、父親としてなかなか厳しい事を言っていた。


「しょうがねえさ。俺がいるのは、お館様への報告のため。導師がいるのは陛下への報告のため」


 どちらも、ブロワ家が起こした紛争に辟易している状態であり、俺が堂々と行なう工作に保険をかけているのであろう。

 俺としても、二人が付いて来てくれる方が都合がいいのだ。


「バウマイスター伯爵様!」


 冒険者ギルドに到着して数日近隣で活動する旨を報告すると、受付の若い女性職員が驚き慌てて偉い人を呼びに行ってしまう。


「迷惑な……」


「あの……。バウマイスター伯爵様は、本日はどのようなご用件で?」


「冒険者として狩りをしている間は、貴族扱いしない。そういう話では無かったのかな?」


 この話は、冒険者ギルド本部から通達されているはず。

 前の地下遺跡での件もあり、ブライヒブルクや魔の森の支部ではちゃんと守られていたルールなのだから。


「失礼しました」


「狩りに行ってくる」


 いきなり工作を始めるのもアレなので、まずは地図を貰って近くの魔物領域へと出かける。


「私も宜しいですか?」


「万が一の事があっても文句が無ければですね」


「それは当然です」


 カルラも、自分の弓を持って参加していた。

 成人した時に冒険者ギルドにも登録してカードを持っていたので、参加を断れないという理由もあったのだ。

 

「この面子では、よほど油断するか何かアクシデントでもないと怪我人すら出ない」


 ヴィルマの言う事は正しく、カルラの参加に文句は一切出なかった。


「カルラさん。俺があなたを守ります」


 エルは、カルラと狩りが出来て大喜びだ。

 守るというのも、エルは前衛でカルラは後衛なので間違ってはいない。


「親父。なんで俺まで!」


「アームストロング家の男子たる者! 都市近郊の魔物の領域入りくらいで慌てるとは笑止なのである! 御用商人が、領主のお供をしないでどうするのだ!」


 ヘンリックは、父親である導師によって強引に冒険者として登録させられ、武器である槍と防具まで与えられて強引に参加させられていた。


「俺。商人なのに……」


「アームストロング家の男子たる者! 武芸の鍛錬は必須なのである! 商人とて、それに手を抜く事は!」


「毎日しているから!」


 導師に詰め寄られ、ヘンリックは半分涙目であった。 


「あのう。私の腕っ節には期待しないでくださいね。案内はしますけど」


 この中で一番戦闘力が無いニコラウスが、俺達に釘を刺す。


「案内だけしたら、あとは魔物に襲われないようにな」


「わかりました」

 

 ニコラウスの案内でブロートリッヒ郊外にある魔物の領域に移動し、早速ヘンリックはヴィルマをサポートに熊型の魔物と戦わされていた。

 いきなり中級編以上の課題を父親から与えられて、ヘンリックには不幸属性があるのかもしれない。


「親父。普通は、もっと小さなのから……」


「その程度の魔物。某なら、拳の一撃で倒せるのである!」


「そんなの、親父だけだぁーーー!」


「あっ、ボクも倒せる」


「ルイーゼ様。私は普通の人間のカテゴリーの中で話しています」


「さすがは、導師の息子さんだねぇ」


 ルイーゼの揚げ足に、ヘンリックは丁寧な口調ながらもは毒の篭った返答をする。

 とは言いつつも、さすがは導師の息子。

 最初は苦戦していたが、すぐに慣れて続けて数頭の魔物を槍で仕留めていた。


「凄いな。ヘンリック。今度、うちのパーティーに加わらない?」


「お館様。私は商人なんですけど……」


 他のメンバーも危なげなく、次々と魔物を狩っていた。


「みなさん。凄いですね」


 ニコラウスだけは、安全な場所で普通に見学をしていたが。


「カルラ様!」


「はいっ!」


 その中でも、エルとカルラは二人で効率良く魔物を狩っていた。

 エルが一撃加えてから、カルラが止めの矢を射る。

 またはその逆のパターンと。

 傍から見ると、なかなかに良いコンビネーションである。


「カルラ様なら良い冒険者になれますよ。他の人と合わせるのもお上手だし」


「いえ。エルさんが優れた冒険者だからですよ」


 エルは、もう一つ思っている事があるはずだ。

 それは……。


「(エルは、自分とカルラ様がお似合いだから上手く合わせられるのだと思っている)」


 ヴィルマがボソっと、俺に漏らしていた。

 今のエルの思考ならば、そういう結論に至る可能性は高いであろう。


「(答えは、カルラ様が才能があるからだけど)」


「ははは……」


 ヴィルマのクールな分析に、俺は乾いた笑いしか浮かばない。

 親友としては頑張って欲しいが、俺が公に応援できるのは工作が上手くいってカルラがベンカー家の娘扱いされるようになってからである。


 もしそうなってカルラにその気があるのなら、俺は二人を祝福するつもりであった。

 

 今は、バウマイスター伯爵として応援するわけにはいかないのだ。

 エルもそれはわかっているのであろう。

 だから、自分で何とかしようとしているわけだ。


 そして、まずはお互いが相思相愛になるのが先であると。


「冒険者って、危険ではあるけど気楽でもあるよなぁ……」


 そんな事をボソっと呟きながら魔法で狩りをしているブランタークさんも、このところの騒動のせいで色々とストレスが溜まっているのかもしれない。


 魔法を連発して、魔物を立て続けに狩っていた。


「今日は、こんなところでいいか……」


 夕方になり、結構な量の魔物も狩れたので今日はこれで終わりとする。

 宿の手配をしないといけないのだが、カルラが当てがあると言う。


「その新しい後継者候補の屋敷とか?」


「はい。そうです」


「それがいいよな……」


 紛争が長引いているし、どうせ会いに行かなければいけない人だ。

 第一、何が悲しくてブロワ家の連中に色々と配慮しなければいけないのだ。

 カルラが言う後継者候補が本当に優秀なら、笑顔で俺達に良い食事でも出せと俺は思っていた。


「フィリップとクリストフを支持する家臣達が、暗殺に来たりして」


「可能性はゼロではありません」


「今度は魔力が勿体無いから、麻痺じゃなくて黒焦げか冷凍か切り刻みだけどね」

 

 エリアスタンは非殺傷も可能な魔法であったが、威力の調節が難しくて魔力を食ってしまう。

 紛争だからこそ無理して使用したが、暗殺者相手なら普通の魔法の方が早くて魔力も使わないのだから。


「その前に、みんな導師に殴り殺されるさ」


「正当防衛である!」


 俺、ブランタークさん、導師の脅しにカルラは特に表情も変えていなかった。

 

「(カルラ様が男なら、簡単な話なのに)」


 ヴィルマの言う通りであり、カルラに継がせてしまえば済む話なのだから。


「このお屋敷です」


 カルラの案内で、俺達はその人の屋敷まで移動する。

 ブロートリッヒの中心部にある巨大な領主館の近くに、そのお屋敷は建っていた。

 規模は小さかったが、綺麗に維持されていて持ち主に良いイメージが持てる。


「カルラ様!」


「冒険者のカルラです。このお屋敷のご主人に用事があって参りました」


 門を警備していた兵士は、カルラの顔を知っていた。

 慌てて屋敷の中に戻ってから、初老の執事らしき男性を呼んでくる。


「カルラ様。戦地からお戻りですか」


「色々とありまして。叔父様はいらっしゃいますか」


「はい。ご主人様は、現在退屈しておられます。何しろ、領主館があの有様ですから」


 フィリップとクリストフが不在で、双方に組した家臣達が葬儀日程不明のために冷蔵されているブロワ辺境伯の遺体を挟んで対峙しているからだそうだ。


「領主館内に入れない者も多く、政務も一部滞っておりまして……」


「大変でしたね。ベッケナー」


「私はご主人様の執事なのでさほどの事は。ご主人様も、今は大人しくしているしかありませんから。ところで、後ろの方々は……。失礼しました。ご案内いたします」


 どうやら、俺達の正体に気が付いたらしい。

 ベッケナーという執事は、俺達を屋敷の中に案内する。

 応接室で出された紅茶を飲んでいると、そこに四十歳ほどの上品な顔をした男性と、その息子らしき二十歳ほどの若者も現れる。


 二人は、少しフィリップとクリストフに似ていた。


「ゲルト・オスカー・フォン・ブロワです。そして、こっちが息子の……」


「リーンハイトです。しかし、豪勢なメンバーですね」


 二人は、俺や導師の顔を知っているようだ。


「ゲルトさんは、亡くなられたブロワ辺境伯の弟なのですか?」


「年齢は三十歳近く離れていますけどね。バウマイスター伯爵様と同じですよ。晩年に、先代が若いメイドに産ませたのが私です」


 年齢は離れていたが一応認知はされて、成長と共に甥達を脅かさないそれなりの地位と給金を貰って生きている。

 跡は息子のリーンハイトが継ぐし、特に不満はないのだとゲルトさんは説明していた。


「情報は流れてきましたが、メチャメチャですね」


「はい」


「あの二人は、何をしているのですか?」


「簡単に言うと、裁定交渉を長引かせて和解金の値引き交渉ですね」


 ブライヒレーダー辺境伯が、折れるのを待っているのであろう。

 和解金を値切っても、早く戦時体制を解いて未開地の開発に邁進した方が良いと思えるその時まで。


「どこか王家は絶対にブロワ家を潰さないと、高を括っているのでしょう」


 今のところはそうかもしれないが、あまりやり過ぎると王国側がキレてしまう可能性もゼロではない。

 だから、あまり無理をするのも良くないはずであった。


「カルラは、だから私が継げと?」


「他に手がありません」


「他の息子達は?」


「叔父様にはわかっているはずです。一旦降家して継承権を放棄した彼らを、再び継承者にするのは難しいと……」


 継承権で揉めないように分家や陪臣家に降ろしてしまうのだから、それを簡単に戻してしまうと反発が大きくなってしまう。


「その点、叔父様には継承権があります」


 実は、あの二人に次ぐ継承権を持っている。

 普段の行動からまるで警戒されていないのと、彼を支持している陪臣などほとんどいないので意味が無いと思われているそうだ。


「私は、ちょっと帳簿を見るだけで生活費を貰っている普通の男なのだが……」


「私には、とてもそうは思えません」


 カルラは、ゲルトさんが有能な人物だと思っているようだ。

 確かに、そんな気はする。

 ほどほどの地位で、ほどほどの金を貰って生きているのだって、それが彼の処世術である可能性が高い。


 亡くなったブロワ辺境伯からすると年が離れた優秀な弟など、子供達の将来を考えると邪魔者でしかない。

 最悪暗殺の危険もあるので、能力など発揮しない方が安全とも言えた。


「印綬官のハイモを匿ったのは叔父様ですよね?」


「なぜそうだと思うね?」


 前にそんな話を聞いたような気もするが、まさかここでカルラの口からそれが出るとは思わなかった。


「私の勘です。兄様達が人を使って必死に探させていましたが、消え方があまりにも手際がいいですし、彼がブロートリッヒを出たという情報を兄様達は掴んでいませんでした」


 二人は、集めた情報に粗があったと思って捜索範囲を広げている。

 だがカルラは、実は館から近い場所に住んでいるゲルトさんが匿ったと思った。

 

「やはり、油断ならないな。我が姪は」


 確かに油断ならない。 

 俺も、導師も、ブランタークさんも渋い顔をしている。

 カルラは俺やブライヒレーダー辺境伯に全てを話しているように見せて、実は最も重要度の高い情報を隠していたのだから。


「確かに、ハイモは匿っている。あのままだと、殺されて印綬を奪われていたかもしれないからな」


 ゲルトさんが執事のベッケナーに目配せをすると、彼は一旦部屋を出てから一人の男性を連れてくる。

 ほぼブロワ辺境伯と同年齢の彼こそが、印綬官のハイモなのであろう。


「やはり、叔父様が匿っていたのですね」


「すいません。お二人は、嘘でもいいからお館様が自分を後継者に指名したと言えと迫ってきまして。印綬も、寄越さないなら印綬官を交代させると……」


 交代させるという事は、自然死でもなければ殺すという意味になる。

 印綬官は特殊な役職なので、領主本人で無いと絶対に代えられないからだ。


「困っていたところに、ゲルト様が手を差し伸べてくれまして……」


 それからずっと、この屋敷の中で匿われていたそうだ。


「それは大変だったと思うけど、肝心のブロワ辺境伯の遺言はあるのか? あれば、色々と捗るんだが……」


 ブライヒレーダー辺境伯の意を受けて付いて来たブランタークさんからすれば、誰が継いでも早く裁定交渉が終わってくれればいいのだから。


「それが、お館様は……」


 『あの二人には、領主として大切な物が欠けている』とだけ漏らして、それ以上は何も言わなかったそうだ。


「領主が判断しなかったのか……」


 どちらかを指名すると、双方の支持者達が争う可能性も否定できなかったという可能性も考慮したのであろうが、結果は無責任以外の何物でもなかった。


「それじゃあ、ゲルトさんが継いでも文句は無いわけだ」


「私が継いでも、誰も付いて来ないのでは?」


「逆に考えると、今付いていく事を表明すれば良い地位を得られると陪臣達も考えるかも」


 紛争に勝っていれば良かったのであろうが、実際には二人は負けて、王国からもブライヒレーダー辺境伯からも俺からも後継者としての資質を疑われている。


 娘を嫁に差し出した陪臣家は手遅れだが、他の家は今までの待遇を保障してやればゲルト派に転ぶ可能性があった。


「そんなに簡単に転ぶような連中で大丈夫か?」


 ブランタークさんが、そんな連中を当てにして大丈夫かと心配そうに言う。


「逆に言うと、そういう連中の方が御し易いです」


 おかしな信念や、二人に狂信的な忠誠心を持っている家臣達の方が危険なのだから。

 陪臣とて世襲可能な家を守らなければいけないので、ここまでの失態を犯した二人を見捨てても仕方が無い。


 今ゲルトさんがする事とは、彼らの背中を押してやる事である。


「明日。お茶会でも開いたらいかがですか?」


 まずは、支持者を集める事である。

 そしてその席で、彼らの前である儀式を行なうのだ。


「ハイモさんが、印綬をゲルトさんに預けるのです」


 印綬官が、領主以外の人物に印綬を預ける。

 それはすなわち、その人が次の領主だと明言しているに等しかった。


「ハイモは、どう考えているのだ?」


「亡くなったお館様は、あの二人の争いを危険視していました。何も手が打てなかったので非難の謗りもあるかと思いますが、お館様から任命された印綬官である以上は、お館様の判断に従います。個人的にも私の命まで狙ってきましたので、お二人を後継者にはしたくありません」


 ハイモさんは、ゲルトさんの質問にそう答えていた。

 そして、印綬をゲルトさんに渡して引退すると。

 家の跡は息子が継ぐが、彼は普通の中堅クラスの農政担当の文官だそうだ。


「私が印綬官に任じられたのは、幼少の頃からお館様の遊び相手であったからです。ゲルト様は、他の誰か縁のある方を印綬官にする。そんなものです」


「私は印綬官は任命しないかも」


 兄と甥達に遠慮して生きていたので、あまり知己を作らないようにしていたらしく、年齢的に考えても信用できる印綬官を探すのが面倒なようだ。


「あとは、俺も話をしますけどね。それで、支持を表明した陪臣を中心に新しい人事を行なえばいい」


 諸侯軍幹部は、当主処刑で御家取り潰しの処置をして貰わないといけない奴らがいる。

 あの夜襲を企てた連中だ。

 財務系の文官達にも、予算を出したクリストフに近い連中は役職剥奪や家禄の減少くらいはして貰わないといけない。

 領内に残すと危険な、亡くなったブロワ辺境伯の血筋の者達も、ある程度は排除しないといけないであろう。


「二人を支持しているとはいえ、一連托生なのは少ないでしょうから、少し距離があるのを引き抜けばいい」


 特にフィリップを熱烈に支持している諸侯軍幹部達の大半は、まだ兵士ごと捕虜になっている。

 彼らは、ここで俺達が何かをしても止める手立てが少ないのだ。


「屋敷に残っている諸侯軍幹部の中で、脈がありそうなのには全部招待状を送りましょう」


 運が良ければ、娘をフィリップの奥さんに出せなかったばかりに低い地位で甘んじている自分が上に上がれる可能性がある。

 しかも、同じフィリップ支持で出兵している連中は大失態を犯した。


 そんな連中ならば、裏切るのに躊躇いも少なくて良いのだから。


「ヴェル様。極悪」


「人の派閥ってそんな物よ」


 前世でも、俺が新入社員時代にブイブイ言わせていた部長がいたのだが、彼がつまらない理由で失脚すると、彼にコバンザメのようにくっ付いていた連中の変節ぶりには笑うしかなかった。


 栄枯盛衰は世の常なので、失敗した以上はあの二人には退場して貰う事にしよう。


「狂信的な支持者以外には、招待状を贈れば宜しい」


「そういうのは、粗方捕虜になっていますけど」


「なら話は早いですね」


 その日は、そのままゲルトさんの屋敷に泊まらせて貰う。

 翌日に備えて、ベッケナーさんが他の使用人達と共に招待状を届けるのに奔走していた。

 手ごたえを聞くと、既に俺達がウロウロしているのは冒険者ギルド経由で伝わっているらしく、全員すんなりと招待状を受け取ったようだ。


「刺客とか送ってきますかね?」


「それはさすがにしないでしょう」


 俺は冒険者名義でここに居るし、別にコソコソと隠れているわけでもない。

 紛争自体も、バウマイスター伯爵家とは終了しているのだし、ここで俺に何かがあれば問題になってしまう。

 王家もそうだが、冒険者ギルドにも睨まれてしまうであろう。


「冒険者ギルドは、そういう短慮を防ぐためにブロワ家側に情報を流したのですから」


 ただベッケナーさんの報告によると、この屋敷を探っている妙な連中は複数いるようだ。

 俺とゲルトさんが何を話しているのか、気になって仕方がないのであろう。


「なら、明日ですね」


 そして、運命の翌日。

 ゲルトさんの屋敷において、不思議なお茶会が開かれていた。

 お昼前に、屋敷の庭にベッケナーさんがテーブルや椅子を並べ、そこでお茶とお菓子が振舞われる。

 招待された陪臣達の大半がフィリップとクリストフのどちらかを支持している者達であったが、表面上はにこやかにゲルトさんと話をしていた。


「みんな。笑顔」


「こんな状況になったから、足抜けしたくて堪らないのさ。ヴィルマは似合っているな。その服装」


 お茶会なので、ヴィルマはカルラが選んだ服を着ていた。

 前に、今は嫁いだゲルトさんの娘さんが着ていた物だそうだ。


「もう少し背が高くなりたい。そうすれば、大人の女なのに」


 背が足りないと言って拗ねるヴィルマは正直可愛かった。


「俺は、可愛いからいいと思うけど」


 話をする俺達にも、参加者達は意識と視線を集中させていた。


 もうこれ以上、二人の争いに手を貸しても何の利益もない。

 彼らは、表面上はどちらかを支持しつつも、何か抜け出すタイミングを狙っているのだ。


「そうそう。本日のお茶会には、外部から招待したお客様がいまして」


 ゲルトさんは、俺、導師、ブランタークさんを順に紹介していく。

 とっくに知っているのだが、彼らはまるで予想外の出来事かのように挨拶をしていた。


「そういえば、バウマイスター伯爵様は此度の紛争で大活躍をされたとかで?」


「それなりにですね」


 白々しい言い方であるが、貴族の陪臣なので紛争での武勲話は良くある類の話である。

 俺は淡々と今までに起こった出来事を話し、それを聞いた陪臣達は溜息をついていた。


 特に、まだあまり情報が入っていないヘルタニア渓谷開放の話では『聞いていない!』と耳を傾ける者も多かった。


「そんなわけでして、裁定交渉も揉めているようですね」


 揉めているのは、ブロワ家側が和解金を支払いを拒んでいるからだ。

 負けた以上は素直に支払わないと、負けた以上にみっともないのはこの世界でも同じであった。


「ブライヒレーダー辺境伯も困っているようですね」


「そうですか……」


「王家も、そろそろ我慢の限界でしょう」


 どんよりとした空気が広がる中、遂に本命が姿を見せる。

 印綬官のハイモさんが姿を現し、その場で二人の後継者達を批判し始めたのだ。


「お館様の言う通りであった。どちらを後継者にしても揉める元であると。実際に、二人は後継者争いの一環でブロワ家に損害を与え続けている。今なら、まだ何とかブロワ家は建て直せるのに……」


「ハイモ殿。お館様の遺言は?」


「無い」


 恐る恐る聞いてきた陪臣に、ハイモさんはキッパリと答える。

 と同時に、一部の陪臣達を睨み付けていた。

 彼らがハイモさんに、印綬の授与を強要したのであろう。 


「無い以上は、お館様が危惧していた二人に次ぐ継承権のあるゲルト様に継いでいただくのが正統であると思う」


「それは強引過ぎる!」


「交渉に出ているお二人や、同伴している者達にも意見を聞かないと」


「紛争で捕虜になっている者も多いのだ! 彼らにも意見を!」


「それをすると、また堂々巡りですね」


 ゲルトさんの継承にケチを付けてきた陪臣達の多くは、昨日まで冷蔵されたブロワ辺境伯の遺体の前で睨み合っていた連中であった。

 フィリップ派とクリストフ派の中ではかなり有力な支持者ではあるが、その地位は中途半端である。

 出陣できず、交渉団にも加われず、留守を任されるような重臣中の重臣は、このお茶会に招待していない。


 騒ぐのは、半分自派閥のボスや上司に対するアピールでもあるのだ。


「捕虜になった人達は、裁定交渉が終わらないと開放されません。果たして、いつ戻って来るのでしょうかね?」


「……」


 しかも、その交渉を長引かせているのはフィリップとクリストフである。

 俺の問いに、騒いでいた連中は黙り込んでしまう。


「それに、ゲルト殿ならすぐに王国も継承を許可するでしょうね」


 少なくとも、二人とは違って騒ぎを起こしていない。

 統治者としての能力も、実は王国はあまり高い物を求めていない。

 大領とは家臣団を含めたシステムで統治する物なので、普通の領主でも正式に上に立つ事こそが重要であったからだ。


「バウマイスター伯爵様。さすがに、王国がすぐに許可を出すなどという根拠も無い話は……」


「根拠ならありますよ。そうですよね? 導師」


「陛下なら、すぐに襲爵の儀を行なうと仰っていたのである!」


 テーブルの上にあるお菓子をドカ食いしていた導師は、一旦食べるのを止めてキッパリと答えていた。

 昨晩の内に、魔導携帯通信機で陛下に連絡してちゃんと許可を取っていたのだ。


「今から行っても、何の問題も無く襲爵の儀は行なわれるであろう」


「まさか……」


「では、一緒に行きましょうか?」


「いや、今の状況でここを離れるわけには……」


「一時間もあれば終わりますけどね。魔法で移動するから」


 渋る陪臣達に対して、俺は瞬間移動で王城に向かえば済む話だと言い、そのまま有無を言わさずにゲルトさんと陪臣の中から九名を選抜して王城へと飛んでいた。


 王城の門を警備する兵士は俺の顔を知っていて、来訪目的を告げるとそのまま通される。


「バウマイスター伯爵様。陛下とお会いするのに服装が……」


「構わないです。今のブロワ領は非常時ですし、お茶会のための略装ではありますが、失礼には当たりませんから」


「……」


 陪臣達は、なぜ自分達がお茶会に招待されたのかに気が付いたようだ。


「バウマイスター伯爵か。他の領地の件でご苦労な事だな」


「早く平穏な日々に戻るためですよ」


「フィリップは、俺が面倒を見ないと駄目だろうなぁ……」


「エコヒイキではないですか?」


「あのバカ。素直に継承権を放棄して王軍に仕えておれば、今頃は将官になれていたのに……。まさか、ブロワ領内には残しておけまい。第二の反乱の芽を摘むためだ」


「なるほど。納得できました」


 謁見の間へと向かう途中、顔を合わせたルックナー財務卿やエドガー軍務卿と話をするが、陪臣達はその様子を心ここにあらずという感じで見ていた。


 予想外の事態が続いて、思考能力が飛んでいるのであろう。


「襲爵の儀は、すぐに終わりますから」


 彼らを連れて謁見の間に入ると、そこには既に陛下が玉座に座って待っていた。


「バウマイスター伯爵。此度は、大変じゃの」


「臨時で、運搬業などをしております」


 俺の冗談に、陛下は軽く笑みを浮かべていた。


「なるほどの。では、始めるとするか。ゲルト・オスカー・フォン・ブロワよ」


「はっ!」


「我、ヘルムート王国国王ヘルムート三十七世は、汝、ゲルト・オスカー・フォン・ブロワに第三位辺境伯位を授ける事とする」


「我が剣は、陛下のため、王国のため、民のために振るわれる」


 ゲルトさんが宣誓を行なうと、陛下は侍従に命じて一枚のマントを持って来させる。


「ブロワ家には代々王家が渡した物が伝わっていると思うが、今回の件で新ブロワ辺境伯も苦労の連続であろう。そなたの継承にケチを付ける輩がいるやもしれぬ。これを着けて東部の安寧に貢献するがよい」


「ははっ!」


 侍従からマントを着けられるゲルトさんを見ながら、陪臣達は顔を真っ青にさせていた。

 なぜなら、彼らはフィリップ支持、クリストフ支持を明言し、ゲルトさんの継承に一番五月蝿く異を唱えた連中ばかりであったからだ。


「襲爵の儀に同行するという事は、そなたらは新ブロワ辺境伯の忠実なる家臣なのであろうな?」


 陛下からの問いに、彼らは更に顔を真っ青にする。

 その質問は、陛下からの踏み絵に等しかったからだ。


「それは勿論です」


「我ら一同、一致団結して新しいお館様にお仕えいたしますとも」


 まさか、今さらフィリップやクリストフが相応しいとも言えず、彼らは自分の身を守るために、懸命にゲルトさんに仕えるしか道が残されていなかった。


「それは良かった。襲爵の儀とは、ご覧の通りに味気ない物でな。そこで、同行者には記念品を贈っている」


 九人の陪臣達は、記念の大型銀貨を貰っていた。

 通常の銀貨十枚分の銀を使った大型銀貨で、デザインも違う。

 銀の量は日本円で十万円分ほどだが、貴族の襲爵の儀に同行した陪臣しか貰えないので、プレミアム的な価値がある。


 歴史が古い貴族家の陪臣家ほど枚数を持てるチャンスがあるので、その数を競うような風潮もあるようだ。

 確か、クラウスも父に同行して一枚持っているはずだ。


 俺は、襲爵の儀の時には家臣がゼロだったので誰も持っていない。

 多分、子供が襲爵の儀を受ける時には誰が行くかでひと悶着あるはず。


「(しかし、重たい銀貨だなぁ……)」


 重量的にではなく、もっと別の意味でだ。


 今まで支持していた二人を見捨て、新しい主君への忠誠を誓わないといけない呪いの銀貨にしか俺には見えなかった。

 今回の件では、王国もよほど腹を立てていたのであろう。

 彼らに対する手厳しい褒美とも言える。


「さて、戻りますか」


 結局、一時間もしない内に襲爵の儀は終わっていた。

 帰る前に、一緒に襲爵の儀に参加していたルックナー財務卿が、『バウマイスター伯爵を敵に回すとは、愚かだの。貴殿は、気前が良い貴族なのに』などと言っていたが、それは買い被りであろう。


 俺はただ、ブロワ家に嫌らしい復讐をしているだけなのだから。

 瞬間移動でゲルト邸に戻って王都でのあらましを話すと、残されていた陪臣達はすんなりとゲルトさんの襲爵を認めていた。

 特にゲルトさんに同伴して陛下から念を押された連中は、全員目が据わっている。

 

「お館様。領主館に入って、先代の葬儀の準備を始めてください」


 彼らは、屋敷に残っているかつては同じ候補者を推していた上司を最悪排除する覚悟を決めたようだ。

 ゲルトさんと、その息子であるリーンハイトを伴って屋敷に入る。

 すぐに彼らの私兵達が二人の護衛に入り、先代ブロワ辺境伯の遺体が安置されている部屋に入ると、突然の事に驚く元上司達にこう宣言していた。


「新しいブロワ辺境伯は、ゲルト様である! 王都にて陛下から正式に襲爵の儀を受け、その証明に新しいマントも得た! これより、正式に政務に入って貰う」


「バカな!」


「そんな嘘を信じるものか!」


「気でも狂ったか!」


 フィリップ派、クリストフ派を問わず、遺体の傍にいた陪臣達は一斉に彼らの非難を始める。

 格下の連中が相手なので、余計にその口調は強かった。


「一体、いつ王都で襲爵の儀など受けたのだ! 妄想もいい加減にしろ!」


「バウマイスター伯爵様の魔法により、その時間は短縮された。当然、襲爵の儀にも同行なされている。文句はありますか?」


「……」

 

 彼らは上位の陪臣達なので、俺、導師、ブランタークさんの顔を知っていた。

 更に、俺の隣にはカルラもいる。


「やられたのか……」


「やられたというのはおかしいですな。後継者争いでブロワ領を混乱に陥れたお二方を排除して、ゲルト様に治めていただく。バウマイスター伯爵様が隣の混乱を見かねて手を貸していただけた」


「まあ、そういう事ですね。譲渡後に開放されたヘルタニア渓谷の開発にも影響しますし」


「……」


 唖然としたままの重臣達に向けて、俺は止めの一言を言い放つ。


「今なら、まだ取り返しがつくと思うけど。出陣して捕虜になっている連中や、無駄な交渉引き延ばしをしている連中に比べると」


 寄り子と領地の減少に、和解金支払いによる借金の増加。

 新しい領主就任と、今後のブロワ辺境伯家では家臣団のリストラと再編成が始まる。

 早目に新領主への支持を表明すれば最悪生き残れるし、上手くすれば今まで支持者が少なかったゲルトさんに重用される可能性もある。


「あなた達は、留守番役だったからこそ逆にチャンスだと思いますけど」


 二人に重用されているからと付いて行った連中は、良くて当主強制引退か、役職剥奪か、家禄の減少だ。

 悪いと、二人と一緒に追放されるか、あの夜襲を計画した連中は間違いなく御家取り潰しと当主縛り首しか未来が残っていないのだから。


「ゲルト様に従います……」


 彼らも腹を括ったようで、すぐに私兵を集めてから領主館の警備強化をしてゲルトさんの家族を受け入れ、同時にフィリップとクリストフの家族や逆らうと予想される同僚などの軟禁を行なう。


 同時に教会に使者を送り、先代の葬儀を明日に行なうと連絡を入れていた。


「早いですね」


「外部から弔問客を呼んで行う対外的な葬儀は、もっと後に行なっても問題ありませんので。今は、家臣と家族だけで行なう内向きの葬儀ですね。布告も出すので、近隣の領民達も参加するかもしれません」


 急遽葬儀委員長に任じられたリーンハイトは、突然お気楽な立場から次代ブロワ辺境伯にされて少し戸惑っていた。


「全く、バウマイスター伯爵様はやってくださる」


「これも、我が身の安寧のため」


「私の安寧は綺麗サッパリ消えましたよ……」


 先代の葬儀の喪主をゲルトさん務めるという事は、その跡を継ぐと周囲に宣言するのに等しい。

 更にその葬儀委員長であり、席次が彼の次であるリーンハイトは、次のブロワ辺境伯に内定したに等しかった。

 本人はかなり嫌がっていたが、お気楽な分家の跡取りから次代辺境伯にされてしまったので仕方が無いとも言える。


「このような仕打ち! 決して許しません!」


「なぜ夫が葬儀に参加できないのです!」


「反乱分子の癖に、亡くなられたお館様の葬儀なんて!」


 当然、騒ぐ人達がいた。

 軟禁している先代ブロワ辺境伯の本妻に、フィリップとクリストフの妻達である。


 だが、俺は彼女達に同情できなかった。

 みんなそれぞれに、二人の後継者候補達の争いを煽っていたからだ。

 

「こんな若造に、いいようにブロワ家を掻き乱されて!」


 その中でも、特に先代の本妻である老女が激高していた。

 高価な服と装飾品に身を包み、実家の家柄も良いので上品そうに見えるが、怒ると余計に鬼ババのように見える。


「ヴェル様。鬼ババ」


「ヴィルマは、こんな風になってくれるなよ」


「ならないようにする」


 葬儀に出るために借りた喪服姿の俺達は、鬼ババの怒りなど無視していた。

 気丈なように見えるが、彼女が自分の息子可愛さに次男クリストフを推して無茶をした結果、余計に争いが拗れたという原因もあったからだ。


「ブロワ家は終わる! 成り上がりの、水飲み騎士の八男風情に家を乗っ取られて!」


 鬼ババの発言に、周囲が凍りつく。

 裏でならともかく、俺本人の前で暴言を吐いたからだ。


「ゲルトさん。そちらのご夫人は、精神的な疲労のせいで錯乱されているようですね」


「はい……。これからは、療養に専念して貰います……」


 鬼ババも、二人の妻達も、まずは王都のブロワ辺境伯邸に送られ、そこから教会や軟禁先などに送られる事となっている。

 教会で始まった葬儀で、ゲルトさんとリーンハイトの次に棺と対面させられてから、強制的に王都行きの魔導飛行船に押し込められていた。


「自分の領地だけでも手一杯なのに、ブロワ辺境伯領の統治なんてしませんよ。内輪揉めも結構ですが、他の人達の迷惑にならないようにしてください」


 最後に、港に強制連行される鬼ババ達にピシャリと言い放つ。

 鬼ババ達はうな垂れながら、陪臣や兵士達によって葬儀会場から連れ出されていた。


 葬儀自体は丸一日続き、多くの領民達も献花などをしていた。

 式は内向きの物であったが、喪主はゲルトさんで俺達も参列している。

 領民達は、誰が新ブロワ辺境伯なのかを理解したはずだ。


「暫くは忙しいでしょうね。あの二人は、自滅以外の何物でもない……」


 葬儀は無事に終わったが、難題は山積みであった。

 まだゲルトさんを支持する陪臣の数が少ないからだ。

 

「反乱しようにも、兵力が無いのが救いですか……」


 捕虜になっている者が多いのと、家の当主が不在なのに勝手に兵を挙げるわけにもいかないからだ。

 

「ここに、夜襲で当主が戦死した家のリストがあります」


「十七家ですか。意外と多いですね」


 戦功を求めて前線にいたのが大きかったようだ。

 

「残っている子供なり兄弟に家を継ぐのを認めれば、支持は得られますか」


 新ブロワ辺境伯の名の下に、新当主を承認する。

 他の捕虜になっている陪臣達も同じだ。

 お咎めなしで家禄はそのまま。

 そう伝えると、残されていた家族や使用人達からの反発は出なかった。

 彼らからすれば、誰が主君でも家が保たれればいいのだから。


「ですが、看過できない者達もいます」


 覚悟を決めて新ブロワ辺境伯になったゲルトさんが、すぐに兵を送った場所がある。

 フィリップ、クリストフの姉妹達が嫁いでいる分家や陪臣家と、あの夜襲を指導した従士長コドウィンとそれに連なる諸侯軍の重臣達である。


 当主と男手が出陣していたために、彼らの家族は突入した兵士達に呆気なく捕らわれてしまう。


「綺麗事は言っていられません。兄の直系の血筋の方々は出て行って貰います」


 領内に残すと、碌でもない事を企む可能性が高いからだ。 

 コドウィン以下の重臣達は、大失態の咎で本人は縛り首、家族は全財産没収でブロワ辺境伯領を追放という事になる。

 可哀想だが、あれだけのミスを庇いようがない。

 

「この女狐め!」


「お前の母親と同じよ! 水飲み騎士の息子を誑かして、ブロワ家を地獄に叩き落した淫売め!」


 カルラは、俺とゲルトさんが行なう事をただ淡々とした表情で見つめていた。

 彼女は先代ブロワ辺境伯の娘であったが、自分はそうは思っていない。

 他所の家がどうなろうと、彼女にとっては心の底からどうでもいいのだから。

  

 彼女の異母姉達は、可哀想に分家に見捨てられていた。

 潰すと統治に影響が出るので、家禄の減少、罰金、当主を異母姉達の子供ではない親戚に継がせるという条件を呑み、彼女達は離縁されて母親達と同じく教会送りとなる。


 連行されている途中でカルラに暴言を吐いていたのだが、彼女は無表情のままで特に気にもしていない様子であった。


「カルラ様は、ある意味凄いわ……」


 ブランタークさんは、カルラの態度に珍しく少し引いていた。


「叔父の立場から言わせて貰っても、そう感じます」


 彼女は思慮深い優しい人であるが、大切な物とそうでない物を冷静に分けて、後者を冷徹に切り捨てる。

 思えば、この一連のブロワ辺境伯家当主交代劇も、彼女が最初に導火線に火を付けたとも言えるのだから。


「(いや、彼女なりの復讐か……)」


 母や自分を翻弄した、ブロワ家への復讐なのであろう。

 そう思うと、その結末を知らないまま死んでしまった先代は幸せだったのかもしれない。


「彼女を娶ってくれとかいう話は無しですよ」


「いや、それはさすがに言えません……。関係を修復するにしても、次世代以降でしょう?」


 新しいブロワ辺境伯は南部との確執を引き摺っていないので、まずは交易や未開地開発に行く出稼ぎ労働者の受け入れなどから徐々に開放していく。

 婚姻などは、跡継ぎであるリーンハイトかその子供の代でという事になるはずだ。


 永遠に揉めるわけにもいかないし、追い込み過ぎると再び暴発の危険性もある。

 本当に、貴族の近所付き合いとは色々と大変であった。


「バウマイスイター伯爵様。私も、ブロワ家の呪縛から逃れる事が出来ました。ありがとうございます」


 ゲルトさんは、早速当主権限でカルラをブロワ辺境伯家の籍から外していた。

 彼女は母親の実家であるベンカー家の娘という扱いになり、晴れて自由の身となったわけだ。


 ベンカー家とて、ブロワ家から籍を外された娘など政略結婚の道具にも使えないはず。

 その前に、あの家自体に政略結婚をする価値もないと言われればそれまでなのだが。


「良かったですね」


 俺にお礼を言うカルラの所作は、本当に美しかった。

 普通の男なら惚れてしまうのであろうが、俺はかなりドン引きしている。

 彼女と結婚して子供を設けると、後日バウマイスター伯爵家がブロワ家の二の舞になりそうなそんな予感だ。


「(カルラさん。わざと俺にそう思わせているな……)」


 しかも、わざとそういう風に見せて俺に惚れさせないようにしている。

 彼女自身も、バウマイスター伯爵家に嫁ぐのは嫌なのであろう。


「(いえいえ。俺はあなたに興味が無くなりました……)」


 『さらば、俺の元彼女に似た人よ』という感じである。

 こうして、人は過去を捨てて大人になっていくのだ。


「ヴェル様?」


「ヴィルマは、可愛いなぁ……」


「ちょっと恥ずかしいけど、いい……」


 近くにいたヴィルマの頭を撫で撫ですると、彼女は嬉しそうに顔を赤らめていた。

 

 だが、あの男がこの程度で引くはずはなかった。


「(ヴェルは俺の親友だよなぁ。カルラさんが俺に嫁ぐ障害を排除してくれて)」


 エルは、嬉しそうに俺にお礼を小声で言っていた。


「(カルラさんはベンカー家の娘になったけど、確実にエルの奥さんになるというわけでは……)」


 家格的には問題は無くなったと思うが、問題はカルラ本人にその気があるかである。

 ベンカー家の当主に命じても、その気になれば一人で生きていける彼女が受け入れる保障も無い。


 それに……。


「(エルだと脈が無い。確率は一割を切る)」


 ヴェルマの勘の鋭さは本物なので、そう外れた予想でもなかった。


「(大丈夫だって。ヴェルが場を整えてくれたんだから、あとは俺が男を見せる時だ)カルラ様ぁーーー」


 そう言い残すと、エルは早速カルラに話しかけていた。


「(どう思う? ヴィルマ)」


「(エルが自分でやると言ったから、任せればいい)」


 今の俺の力なら、強引にベンカー家に頼む事も可能ではある。

 だが、カルラに無理強いはしたくないし、親友であるエルには自力で恋愛を成就して欲しい。


「(それに、エルにもプライドがある)」


 俺の命令で強引にカルラを嫁がせるとなると、それはエルの男としてのプライドを傷付ける事にもなる。

 ヴィルマの指摘は、相変わらず鋭かった。


「(エル。頑張ってくれ)」


 俺は、カルラに懸命に話しかけるエルを見る。

 ブロワ家の問題はほぼ解決したものの、俺の悩みはまだ完全に解決していなかった。




「では、あの二人に引導を渡しに行くとするのである!」


「導師。ぶっちゃけたな」


「それにしてもあの二人。慌てて戻って来ると思ったのだが……」

 

 ヘンリックの魔道飛行船の中で、導師とブランタークさんが話をしている。


 新ブロワ辺境伯であるゲルトさんによる領内の掌握は、ほぼ完了していた。

 わずか一週間で、フィリップ派とクリストフ派による争いは影すら消えて、表面上は新当主に忠誠を誓っている。


 いきなりのクーデターで対応が出来ず、今は仕方なく従っている者もいるかもしれないが、時間が経てば経つほど反逆など不可能になる。


 王家から襲爵された正当性に、紛争でブロワ家に完勝した俺達が手を貸したのだ。

 今の当主ならば徐々に関係改善も進むとなれば、陪臣達はゲルトさんが当主になるのを認めるしかない。


 それに、今居ない重臣達は改易と没落が決定している。

 今の内に貢献して、あまり腹心がいないゲルトさんに引き上げて貰おうと、懸命に働いている者も多かった。


「情報が流れていないのですかね?」


「さすがにそれはないと思います」


 導師達の横で、俺とゲルトさんも話をしていた。

 突然のクーデターで、こちらに付かなそうな親族や陪臣達は捕らえたとはいえ、それは全員ではない。

 逃げ延びた者が、裁定交渉に出ている二人に報告をしている可能性は高かった。


「抜け出せないんだろう」


 一度目の裁定案を夜襲で反故にしているので、二度目でブロートリッヒに勝手に戻るわけにはいかないのであろう。

 ブランタークさんは、そう予想していた。


「自分達が戻れば、大半の家臣達は自分達を支持しているのだからと高を括っているかもしれぬ」


 基盤が脆弱なゲルト政権など、簡単に覆せると思っているのかもしれないと導師は語っていた。


「本当にそうなのですか? 導師」


「そう思いたいのであろう」


 ところが、その忠実な家臣達も大半は第三の新当主を受け入れている。

 それを認めれば家が繋がるので、無理に逆らうような無謀な行動はしないわけだ。


「残っていた連中の大半は、元々どっちが継いでもあまり立場に違いが無いのである」


 フィリップかクリストフが新当主になれば重用される可能性があった者達は、ほとんどが出陣中だった。

 残っていた者達からすれば、上を追い落とすチャンスでもあったのだ。


 家臣の枠が決まっている以上は、この滅多にない上級陪臣の脱落は中堅・下級陪臣である彼らにとってチャンスというわけだ。


「先代と血縁のある連中も全て没落決定である! まあ、あれだけの騒ぎを起こして一族皆殺しにならないだけ幸運であろう」


 停戦前ならば、確実に血の粛清が行なわれていたであろうと導師は説明していた。


「ヴェル様。そろそろ到着する」


「半月前と変化無しかよ……」


 ヴィルマの報告を受けて、俺は魔導飛行船から下の景色を見る。

 裁定交渉を行っているテントと両軍の陣地なども、俺達がヘルタニア渓谷を目指す前と全く変化がなかった。


「そうなんですか。俺はどちらかと言うと……」


「エルぅーーー。到着したぞ」


「えっ! もう?」


 カルラを捕まえて楽しそうに話をしているエルを引っ張ってから魔導飛行船から降りると、すぐにブライヒレーダー辺境伯が出迎えてくれる。

 

「ようやく、交渉が纏まりそうな方の到着ですか」


「新ブロワ辺境伯ゲルト・オスカー・フォン・ブロワです。色々と面倒をかけて申し訳ない」


 王国から支給されたマントを着けたゲルトさんを見て、ブライヒレーダー辺境伯は心から安堵の表情を浮かべていた。


「それで、どうなっているのです?」


「毎日毎日、意地汚く値下げしてくれと五月蝿いんですよ」


 二人とも、この件では協調路線をとり始めていて、いい加減に嫌になっていたようだ。


「そうですか……」


「早速に、交渉を始めましょうか」


 交渉が行われている大型テントに入ると、すぐにフィリップとクリストフが騒ぎ始めていた。

 まさか、クーデターを起こした首魁がここに来るとは思わなかったのであろう。


「叔父上!」


「私達の留守に反乱とは許しがたい! 縛り首も覚悟していただく!」


 今にも掴みかからんばかりの勢いであったが、それはゲルトさんが連れて来た家臣達によって止められていた。


「フィリップ。クリストフ。私は既に、王家から襲爵を認められた身なのだが」


「そんなわけがないでしょうが!」


「計算が合わない! そのマントは偽物ではないのですか?」


「クリストフ。お前は、陛下が下賜なされたマントを偽物と言うのか?」


「時間が合わないじゃないですか!」

 

 クリストフの言う通りで、普通に魔導飛行船で王都に向かい、陛下の空いている時間を待って襲爵の儀を行なっていたら間に合うはずもなかった。


「なぜかな? 私は、『瞬間移動』が使える冒険者に依頼して王都に向かったのだが」


「まさか……」


「どうも、伯爵兼魔法が使える冒険者です」


「バウマイスター伯爵……」


 俺は、新ブロワ辺境伯が早く襲爵できるように依頼を受けて彼を王都に運んだ。

 公式には、そういう事になっていた。


「私も、新ブロワ辺境伯の襲爵の儀には同席していましたしね」


 俺は、自分の携帯魔導通信機を魔法の袋から取り出して彼に見せる。


「まだお疑いなら陛下に直接お尋ねしてみますか? 『私の叔父は、本当にブロワ辺境伯の爵位を襲爵したのでしょうか?』と。お尋ねしてもいいですけど、最悪首が飛ぶ事も覚悟してくださいね」


「……」


 クリストフは、俺の言葉を聞くとその場にうな垂れてしまう。

 そんな事を聞けば、陛下の権威を否定した事になる。

 たかが辺境伯の次男程度なら、簡単にクビが飛ぶであろう。


「貴様! 貴族として、恥ずかしくないのか!」


 残りのフィリップが俺に怒鳴りつけてくるが、これにも俺は冷静に返していた。


「先に人の実家にちょっかいをかけておいて、自分が仕返しされないなんて幸運。本当にあると思っているので? 心ならずも貴族になってしまった以上は、貴族として動くしかないでしょうに」


「うちの者達を百名近くも殺しやがって!」


「掟破りはそちらが最初でしょう。なるべく殺さないようにどれだけ苦労したと思っているのです?」


「……」


「バウマイスター伯爵の言う通りですね。その気になれば、ド派手な上級広域魔法で、そちらは全滅でしたよ」


 ブライヒレーダー辺境伯の指摘に、フィリップは気まずそうな表情を浮かべる。

 彼に従っていた家臣達は、次第に彼と距離を取り始めていた。


 どうにか、新しいブロワ辺境伯に助けて貰いたい心境なのであろう。

 クリストフの方も、次第に家臣達が離れ始めていた。


「我が家の資産であったヘルタニア渓谷を!」


「それも、バウマイスター伯爵が大金と労力を使って開放しなければ不良債権でしょう? 報告は聞きましたが、五名の優れた魔法使いに牽制のための大軍と。そういう物を上手く揃えて作戦を行なうのが貴族だと私は思いますよ。軍人として優れているはずのフィリップさんが、そんなおかしな因縁をつけるのですか?」


「……」


 ブライヒレーダー辺境伯の指摘に、フィリップはまた口を噤んでしまう。


「もうこの辺でいいでしょう。このお二方は、交渉に参加する権利すらないのですから」


「そうですね。彼らの処分はブロワ辺境伯殿の管轄でしょうし」


 今まで静かにしていたクナップシュタイン子爵の最終宣告により、二人はゲルトさんが連れて来た兵士達によって身柄を拘束されていた。


「あとは、ゴドウィン以下の諸侯軍幹部も、解放後に身柄を拘束」


 その後は、ようやくまともな交渉が行なわれていた。

 もういい加減に疲れていたのであろう。

 ブライヒレーダー辺境伯は、新ブロワ辺境伯のために和解金を少し下げていた。

 新当主となった彼に手柄を与えて、早く東部を安定化させて欲しい。

 そうなれば、交易なども活発になって減額分などすぐに戻って来るのだから。


「とにかく疲れました……」


「書類でも見ながら居眠りをしていれば、ある程度のお金がいただける。夢のような立場だったのに……」


 紛争のせいで大損をしたブライヒレーダー辺境伯に、バカな甥達の自爆で継ぎたくもない爵位を継がされたゲルトさんと。

 確かに、誰も得などしていないのだから。


「バウマイスター伯爵は、ヘルタニア渓谷という有望な資産を得ましたか」


「それなりに苦労しているんですよ」


「それはわかっていますから、少し噛ませてくださいね」


 鉱山技師、工夫、精製を行なう技術者と。

 足りない尽くしなので、紹介して貰う必要があった。


「鉱山が閉山して行き先ない人とか、結構いますからね。ヘルタニア渓谷は何百年も大丈夫でしょうし」


 失業者対策になると、ブライヒレーダー辺境伯は嬉しそうであった。


「さて、捕虜を返還して戻りますか」


 交渉が纏まり、捕虜が開放されて新ブロワ軍へと再編成される。

 最初はカルラが飾りでフィリップの牙城であった諸侯軍であったが、幹部達は全て捕らえられ、残った家臣達は新しいブロワ辺境伯を認めている。


 現状維持なら勿論、紛争に関わり過ぎて家禄が減少した者達も、エチャゴ平原に作られた縛り首用の処刑台を見て逆らう気力すら無くしていた。


 その前に、もう紛争と捕虜生活に疲れていたのであろう。

 無表情で処刑台を見ている。


「フィリップ様! 私は、娘をあなたに嫁がせたではないですか!」


 従士長のゴドウィン以下八名は、叫びながら縛り首とされていた。

 両軍に公開となったのは、少しでもブライヒレーダー辺境伯家側に納得して貰うためだ。


「些か数が少ないですけど、あとの幹部連中も役職剥奪に減給ですからね。さて、見ていてあまり気分の良い物でもありませんし、帰りますか」


 縛り首となってプラプラと揺れている戦犯達を確認してから、俺達はようやく自分の領地へと戻れる事となる。

 ヘンリックの魔導飛行船で飛び立ってから下を見ると、処刑台ではまだゴドウィン達の死体がプラプラと揺れている。

 俺は視界を逸らして、すぐに忘れようと努力するのであった。

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