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第七十二話 ヘルタニア渓谷開放作戦。 

「広いけど、本当に不毛な荒野だなぁ」


 バウマイスター伯爵家が、和解金の減額と引き換えに貰った『ヘルタニア渓谷』はとにかく広い。


 ほぼ長方形のエリアは、碌に草木さえ生えない岩場や荒野が大半を占め、多数ある山も植物すら生えていない岩山ばかりである。

 他にも、ほぼ中央部に東西百キロの長さで走る幅百メートル、深さ百メートルほどの断裂と、魔物の領域でなくても農業などにはまず適さない土地であった。


 実はこのヘルタニア渓谷は、東部と南部の境界境近くにある、ブロワ辺境伯領の飛び地となっている。

 ここは、古代魔法文明時代に記された書籍によると、多くの鉱物資源が眠る鉱床の密集地帯だそうだ。


 その古文書には採れる鉱物の種類や場所なども記載されていたし、中央部の断裂はほぼ何かしらの鉱物の鉱床のようだ。

 元々その断裂自体が、採掘によってそこまで広げられたと記載されている。


 なぜか古代魔法文明はこのヘルタニア渓谷を放棄したわけだが、後にここを抑えた権力者達は、このお宝の山の有効活用にことごとく失敗している。


 ブロワ辺境伯家は言うまでもなく、他に幾つもの貴族家に、王家も昔にここの開放を目指して失敗したそうだ。

 失敗の度に犠牲が多く、『果たして本当に開放できるのか?』という意見の多さから、現在では冒険者ギルドでも『無謀なので、侵入はしない方が好ましい』という評価に落ち着いている。

 

 そのためか、冒険者予備校などは既に情報の開示すら行なわれていなかった。

 下手に教えて、冒険心溢れる若い冒険者達が無謀な侵入をしないための処置なのであろう。

 俺も成人前は、ヘルタニア渓谷の存在など全く知らなかったのだから。


 カタリーナが知っていたのは、爵位を得られるほどの功績をあげられる場所を探していたからだ。


「ブランタークさんは知っていましたか?」


「名前だけはな。過去には、ここの開放で一攫千金を夢見た冒険者は多かったそうだ」


 裁定交渉においていち抜けをした俺達は、ヘンリックの小型魔導飛行船でヘルタニア渓谷を臨む岩山の尾根に立っていた。

 

「生物の気配が無いですね」


「ここに立っているとな。あそこに、石碑が立っているだろう?」


「ええ」


 ブランタークさんが指差した先には、銘も刻まれていない石碑が立っていた。

 

「エルの坊主。あのラインをほんの少しだけ越えてみろ」


「はい」


 ブランタークさんに言われた通りにエルが石碑を越えて一歩奥に入ると、俺も途端に魔物らしき反応を探知する。


「エル!」


「わかっている!」


 突然、岩陰から狼が飛び出してエルに飛びかかる。

 良く見ると、その狼は岩で出来ているようだ。


「ロックゴーレム?」


 続けて二匹の狼が飛び出し、エルに襲いかかった岩狼は合計で三匹。

 俺の剣の腕ならばアウトであったが、エルは時間差をつけてまるで舞を舞うように次々と狼を切り捨てていた。

 岩狼は、普通の生き物と同じく頭部や心臓の部分を切られると活動を停止してしまうようだ。

 バラバラの岩くれの山が三つ出来上がり、エルはそこからビー玉大の魔石と鉱石らしき石を拾って戻ってくる。


「あーーーあ。良い剣だったのになぁ……。あとで研ぎ直さないと駄目だな」


 エルは、刃が欠けてしまった自分の剣を見て溜息をついていた。


「とまあ、こういうわけだ」


 過去の犠牲から、ああして石碑が建てられて領域との境目が示されていて、その周囲も岩山や荒野なので近寄る人もいない。

 境界線内に一歩でも入ると、ああして謎の岩製の獣達が襲ってきて、倒すと魔石と鉱石などが手に入る。


「ヴェル。この鉱石って何だ?」

 

「ええと。低品質の鉄鉱石」


「だあぁーーー! 割りに合わなぇ!」


 『分析』で鉱石の成分を探ると、含有率の低い鉄鉱石であった。

 魔石も、品質が物凄く低い。

 なのに、たった三匹を斬っただけでエルが普段愛用しているかなりお高い剣が研ぎ直しになってしまった。


「つまり、こいつらを倒しても実入りはゼロどころか赤字なわけだ」


 冒険者の狩り場としても不向きで、もし領域にエルがもっと長く留まっていたら数十、数百、数千と襲撃してくる岩製の魔物は増えていくそうだ。


「鉱床の採掘を目指して軍を入れると、いつの間にか岩の魔物達に包囲されるわけだな。そして、多勢に無勢で屍を曝すと」


 ブランタークさんが言うには、少し奥に入ると朽ち果てた軍勢の残骸が残っているそうだ。

 回収は危険なので、そのまま放置されているらしい。


「古文書によると、大規模なミスリルの鉱床があるらしいから」


 高品質の武具や魔道具造りには欠かせない金属であり、常に足りていないのでその値段は高止まりを続けていた。

 俺も含めて一部高位の魔法使いが銀に魔力を添加して製造は可能であるが、その量は非常に少ない。

 現在ある鉱山なども、含有率が低い物まで強引に採掘している状態なのだ。

 当然、その手間分コストは増してしまう。

 

 うちの領地で新規に見付かったミスリル鉱山は、『とにかく早く採掘を始めろ!』と王国から言われて、操業を前倒ししたくらいなのだから。


「大規模なミスリル鉱床を得るか、全滅するかか。ハードな選択だなぁ……。あの、ところで一ついいですか?」


「何だよ」


「どうして、カルラさんがここに?」


 ブロワ辺境伯家とバウマイスター伯爵家との裁定交渉は終了したはずなのに、なぜかカルラが俺達の傍から離れずにここまで付いて来ていたのだ。


「なぜって、ブライヒレーダー辺境伯家とブロワ辺境伯家との裁定交渉は終了していないからだろう」


「彼女は、ブライヒレーダー辺境伯家の捕虜でしたっけ?」


「半分な。あとの半分はエルの坊主が説得して捕虜にしているから、バウマイスター伯爵家にも権利がある」


「その辺の利権関係は、シビアですね」


「身代金も、重要な収入源だからな」


 まさか、人を半分に割るわけにもいかず。

 だからと言って、カルラを男性ばかりの場所に置くと危険なのでうちに預けられている。

 だから俺達がヘルタニア渓谷へと向かうと彼女も同行していて、今もエルが楽しそうに彼女に話しかけていた。


 彼女に惚れているエルからすれば、一緒にいられて大喜びなわけだ。


「エルヴィンさんの剣は、素晴らしい腕前ですね」


「いやあ、カルラさんの弓に比べたら全然大した事はないですよ」


 カルラに褒められて、エルは鼻の下を伸ばしていた。

 

「しかし、良くブロワ家が認めましたね」


「どうせ、向こうに置いておいても何の役にも立たん。だが、伯爵様と同行させると可能性が出る」


「はいはい。俺がカルラさんに惚れるわけですね」


「彼女の兄達は自信があるんだろうな。カルラのお嬢さんは、誰が見ても美人だから」


 確かに、エリーゼやカタリーナにも引けを取らない美人ではある。

 むしろ少し控えめな印象があって、この国の男性ならば喜んで妻にする人が多いはずだ。


「伯爵様はどう思っているんだ?」


「美人だとは思いますよ……」


 美人なのは間違いないし、実は学生時代の彼女に雰囲気が似ていた。

 だから危ないかもと思ったのだが、実はあまり恋愛感情は持てていない。

 まずは弓の才能に驚き、少し尊敬の念を抱いてしまったので、そういう感情が沸いて来ないのだ。


「そういう物なのか」


「それに、何かエルに悪いですしね……」


 エルのカルラへの態度を見て、彼の気持ちに気が付かないバウマイスター伯爵家の人間はいない。

 明らかに身分違いの恋なのだが、俺にカルラを娶る気がないのでつい遠くから見物する時間が増えてしまうのだ。


「あいつ。自分の立場がわかっているのか?」


「わかっているから、気合を入れていると私は推察します」


「クラウス……」


 俺とブランタークさんの話しに割り込んできたのは、クラウスであった。

 実は、俺は知っていた。 

 クラウスが、エルに何かアドバイスのような事をしているのを。


 クラウスだという時点で怪しさ満点なのだが、まさか彼もエルに悪事を示唆するような真似はしないであろう。

 エルも、受け入れるはずがない。

 だが、どうしても胡散臭さと怪しさが前に出てしまうのだ。


「エルを炊き付けて、バウマイスター伯爵家の混乱でも狙っているのか?」


「今の状況で私がそれを企んでも、誰も耳を貸してくれないと思いますが」


 いつもこんな感じであったが、実は俺の嫌味攻撃はクラウスの身を助けている部分もある。

 どう繕っても彼は反乱の実行責任者なので、俺に嫌味を言われながら仕事をしている方が周囲の批判から身をかわし易いのだ。


「それはどうかね? それで、エルには何を?」


「簡単な事にございます」


 バウマイスター伯爵家によるヘルタニア渓谷開放を成功させ、更にブロワ家を窮地に追い込む。

 そうなれば、ブロワ家はカルラの嫁ぎ先の条件を緩和するかもしれないと。


「可能性は高いけど、それでエルに話が行くか?」


 他の中央の貴族とか、勢いが落ちたブロワ家の建て直しのために他の東部の有力貴族とか。

 他にいくらでも候補は存在しているのだから。


「その可能性は高いですが、現状ではその可能性に縋るしかありませんよ。それに、思った以上に脈があると思います。何しろ、カルラ様がヴェンデリン様に付いて来たのですから」


 現時点では、どうにかうちかその周辺に嫁がせて開発利権に食い込みたい。

 そうすれば、今回の紛争で得た損失もどうにか回復可能であろうと。


「ヴェンデリン様のお傍に付けて、他の貴族達に印象付ける作戦かもしれませんね」


「もう俺のお手付きになったとか、そういう事か?」


「そこまでは思わないでしょうが、ブロワ家側の意志を周囲に鮮明にしたとも」


 ブロワ家側としては、何としてもカルラをバウマイスター伯爵家に送り込みたい。

 なるべく当主がいいわけだが、更に窮地に陥って貧すれば家臣でも構わないのではないかと。


 特にエルは、俺の親友で近くに居るので狙い目だと思われるはずだと。

 確かに、今のエルは俺の寵臣という扱いになっている。

 俺が言ったわけではないが、周囲が勝手にそう思っているのだ。


「とても淡い目のような気もするけど……」


 それでもエルには、バウマイスター伯爵家の家臣としてヘルタニア渓谷で働いて貰わなければいけない。

 カルラと結婚できるかもという希望を抱かせて、テンションを上げる必要があった。


「エルヴィン殿の事はともかく、ヘルタニア渓谷開放の勝算はおありなのですか?」


「かなりある。多少の準備は必要だけど。あとは、参加戦力の徴集に何日かかかるかな?」


「暫くは、ここで待機ですね」


 総勢百名にも満たないバウマイスター軍は、ヘルタニア渓谷の境界ギリギリの場所に陣地を張って応援を待つ事にする。

 裁定案によってブロワ家から譲渡されたヘルタニア渓谷の中には、この魔物の領域ではない不毛な岩山地帯も含まれていたので、その中で俺達が行動しても何ら制約は無かった。

 

 ヘルタニア渓谷で足を踏み入れると岩製の魔物が出て来るエリアの外側の領域も、下手に誰かが足を踏み入れないように侵入を推奨しない地域に認定されている。

 そのほとんどが碌に草さえ生えない岩山や荒野であり、そこでは鉱物資源なども採れないので、危険なヘルタニア渓谷の糊代という扱いになっていたからだ。


 今では、立ち入る人もいないらしい。


「こんな荒野では、山羊すら育たないだろうよ。農業は論外だし、前に山師が入って鉱物資源も探したらしいが……」


 ただの岩山しかなく、ヘルタニア渓谷のオマケとしてうちに譲渡されたそうだ。


「なら、ここが開放された時のために侵入者対策をしないといけませんね」


「伯爵様は、えらく自信があるんだな」


「でなければ、和解金を減らしてまでここを獲得しませんよ」


 俺は、ブランタークさんとカタリーナを連れて他の貴族領との境界線に岩製の塀を魔法で建て始める。

 『ここからはバウマイスター伯爵家の物なので、余所者は入るな!』という意思表示なわけだが、三人で岩山の岩などを材料に黙々と作業をしていると、外で見ていた他の貴族領の住民達が怪訝な目を俺達を見ていた。


「『そんなに強く領有権を主張しなくても、そんな場所はいらないよ』というわけだな」


 いくら沢山の鉱床があっても、そこに入って採掘が出来なければ絵に描いた餅でしかない。

 ブロワ家側があっさりと領有権を譲渡したのには、和解金の減額の方が魅力的に見えるほど、ここが不良物件である事の証明でもあった。


「それにしても、いくら塀を作ってもなかなか終わりませんわね……」

 

 糊代部分も合わせて、約二万三千平方キロのヘルタニア渓谷を囲う塀なので時間がかかる。

 大雑把に囲って領有権を主張するためだけの物であったが、ヘルタニア渓谷解放後には、鉱石泥棒を防ぐため本格的に工事や警戒態勢の強化が必要であろう。


「本当に開放が可能なのですか?」


「カタリーナは、以前に開放を計画したのでは?」


「しましたけど、どう計算しても勝算が薄いので諦めましたわ。多勢に無勢なのはわかり切っていましたし」


 一人や二人優秀な魔法使いがいて、広域上級魔法を放って数百の岩製の魔物を屠っても、次から次へと湧いてくるので侵入すら難しい事に気が付いたのだそうだ。


「そもそも、あのゴーレムらしき岩製の魔物達の発生原理が不明ですもの」


「それを知っている助っ人がいるけど」


「本当ですか?」


「説明は、強力な助っ人が来てからだな」


「誰が来るのかは、すぐに想像できましたわ……」


 数日後、塀を作る作業がほぼ終了したので本陣に戻ると、そこでは『強力な助っ人』が、エリーゼが淹れたお茶を飲みながらヘルタニア渓谷を眺めていた。


「噂には聞いていたが、不可思議な岩で出来た魔物が跳梁跋扈するヘルタニア渓谷であるか。しかも、某がこれの開放に加われるとは……」


 強力な助っ人とは、勿論導師の事であった。

 ヘルムート王国における『人型最終決戦兵器』の呼び名に相応しい彼に、開放作戦に参加して貰うのだ。

 

「お久しぶりです。導師」


「本当に、お久しぶりなのである! バウマイスター伯爵は、ブロワ辺境伯家との紛争で暴れられて良かったであろうが、某は退屈であった故に!」


「(退屈って……)紛争ですから、暇な時間も多かったですよ。それよりも、頼んでいた物は持って来て貰えましたか?」


「陛下から許可を貰って持って来たのである。元々バウマイスター伯爵が見付けた物であるし、既に目を通していた物なので問題ないのである」


「既に目を通していた物ですか?」


 カタリーナが首を傾げていたが、それはみんなで話した方が良いであろうと会議を招集していた。

 参加メンバーは、俺、導師、ブランタークさん、エル、エリーゼ、イーナ、ルイーゼ、ヴィルマ、モーリッツ、トーマス、クラウスと。


 いつもの面子といえば、その通りであった。


「まずは、俺が和解金の減額を条件にヘルタニア渓谷を得たのにはわけがある」


 それは、あの『逆さ縛り殺し』を攻略した後の事であった。

 イシュルバーク伯爵の書斎で暇潰しに本を読んでいると、このヘルタニア渓谷の事も書いてあったのだ。


「当時はブロワ辺境伯家の物だから、あまり興味は無かったんだけど」


 もし開放を依頼されてもよほどの報酬でなければ受けなかったであろうし、その前に開放する気も無かったようだ。

 実際に彼らは、俺に解放を依頼して来なかった。


 まず不可能だと思ったのであろう。

 頼んでもブライヒレーダー辺境伯が妨害すると思ったか、最初から開放する意志すら持っていなかった可能性もあるが。


「その後に、実家への嫌がらせと、不毛な紛争へのご招待だからな。何か意趣返しはと思ったところにコレだ」


「ブロワ家では不良物件扱いのヘルタニア渓谷を、ヴェンデリン様に格安で譲渡させたのですね」


「そういう事」


「エリーゼは、このヘルタニア渓谷の岩製の魔物達が逆さ縛り殺しのゴーレム達に似ていると思わないか?」


「繁殖する以外はそうだと思います」


「ところが、『その見た目は繁殖』も、逆さ縛り殺しにあったゴーレムの無人修理工房と似たようなシステムで運営されているわけだ」


「つまりは、このヘルタニア渓谷から盗掘を防ぐための防衛システムなのである!」


 導師が持って来たのは、一冊の古書であった。

 あの書斎にあった、イシュルバーク伯爵の『自分の作品目録』という奴である。


「遺跡とは違い、ヘルタニア渓谷は広い。しかも自然環境下にあるので、金属製のゴーレムでは経年劣化によって腐食する可能性があるのである!」


 無人工房でメンテしようにも、数が多いので時間がかかる。 

 劣化が激しい部品は交換しないといけないし、年数が経てば次第に防衛システムの稼動率が落ちる危険性があった。


「そこで、岩製の魔物型ゴーレムというわけです」


 稼動用の魔石に、体はヘルタニア渓谷内ならどこにでもある岩で出来ている。

 鉱石が混じっているのは、立地上の偶然であるようだ。


「これなら数を揃えられるので、広域の防衛も可能になるのである!」


「はいはいっ! 導師」


「何かな? ルイーゼ嬢よ」


「魔石はどこから出て来たのかな? あとは、ゴーレムなら人工人格の結晶があるはずだと思う。エルが倒した時に、そんな物は無かったような……」


「確かに、魔石と鉱石しか回収しなかったな」


 エルは、あの岩製の魔物を倒した時に残骸を調べていたが、人工人格の結晶は欠片すら見付かっていなかった。 


「その理由は簡単である。このヘルタニア渓谷には主がいて、それが全ての岩製のゴーレムを操作しているのである!」


 イシュルバーク伯爵の『自分の作品目録』によると、ヘルタニア渓谷の中心部にある割れ目の中に、岩と鉱石で出来た巨大な岩製の竜『ロックギガントゴーレム』が鎮座しているらしい。


「逆に考えると、ヘルタニア渓谷のゴーレムはロックギガントゴーレム一体しか無いとも言えるのである」


 岩製で全長が軽く百メートルを超えるロックギガントゴーレムの内部に、岩製の魔物を多数同時に操る巨大な人工人格の結晶が内蔵されている。

 外部からの侵入者を探知するとその規模に応じて迎撃を行い、数が減るとコントロールが可能な数までに回復を行なう。

 その様子が繁殖に見えるのは、イシュルバーク伯爵の天才ゆえの奇妙な拘りなのかもしれない。


「魔石はどうなのです?」


「ロックギガントゴーレムが鎮座しているポイントに、ヒントがあるのである!」


 巨大なミスリル鉱脈の上に、あえて鎮座させているのだと古書には記載されていた。

 

「ミスリルが生成されるのは、銀に大量の魔力が添加されるからだとヴェルから聞いたわ」


 イーナの言う通りで、ミスリルの鉱脈は魔力が濃い元は魔物の領域が多い。

 そこにある銀が、時間をかけて徐々に魔力を吸収しながらミスリルに変化するのだ。

 

「ロックギガントゴーレムは魔力が多いポイントに居座って、そこから人工的に魔石を精製している?」


「そういう事のようである!」


 岩製のゴーレムであったが、これは数が戦力みたいな物なので狼でも猪でも熊でもそう強さに違いはない。

 飛行可能な大鷹やワイバーンなども、飛べてそれなりに動きが似ているだけ。

 本物ほどは強くないのだ。


「でも、数は驚異的ですね」


「左様、イーナ嬢の言う通りに数が脅威なのである!」


 多少魔法に自信があって一日に数千体を破壊しても、次の日には既にその損害は回復している。

 

「一般兵士には、一体でも十分に脅威なのである!」


 万の軍勢で攻め込んで数千体を破壊しても、人間の軍勢の方は無傷というわけにもいかない。

 戦死・戦傷で数が減ったところに、また昨日と同じ数の軍勢に襲われる。


 これでは、開放に成功するはずがなかった。


「例の古書に、『ヘルタニア渓谷防衛ゴーレム装置』の性能が記載されているのである!」


 導師が開いた古書のとあるページには、こう記載されていた。

 ロックギガントゴーレムは、魔力が溜まっている渓谷の奥に鎮座していて動く事は出来ない。

 

 その巨体には、最大で十万体の岩製のゴーレムを制御する巨大な人工人格の結晶が内蔵されている。

 

 他にも、魔力を溜めて岩製のゴーレムの核となる低品位の魔石を製造する装置も内蔵している。

 

 魔石の製造能力は、一日に五千個ほど。

 

 ゴーレムの数が減ると、人工人格の結晶が減った分を補填しようとする。

 

 魔石をロックギガントゴーレムが体外に輩出し、それを外のゴーレム達が一旦飲み込んでから、自分を構成している岩を材料に小さなゴーレムを分裂させる。

 

 見た目には産んだようにも見えるが実際には分裂で、親と同じ形状に生まれた子は、周囲の岩などで体を大きくする。

 同じく見た目には、岩を食べているように見えるかもしれない。


「完全に自己完結している防衛システムなのか」


 だからこそ、今の今まで稼動していたのであろう。

 

「ようやく謎が解けたわけであるが、だからと言って王国ですぐに開放できるはずがないのである」


 ヘルタニア渓谷を開放する方法は、実はとても簡単ではある。

 ロックギガントゴーレムの体内に内臓されている巨大な人工人格の結晶を砕けばいい。

 この人工人格の結晶こそが、ロックギガントゴーレムと岩のゴーレム達を動かしている元なので、壊せばゴーレム達はただの岩塊になってしまうからだ。


「方法は簡単だなぁ。手段は物凄く困難だけど……」


 エルの言う通りで、最大十万体にも及ぶゴーレム達を突破し、ロックギガントゴーレムの元まで辿り着かなければいけなかったからだ。


「手段も困難ですけど、ヘルタニア渓谷は元はブロワ家の物でしたわよ」


 いくら王国内にあっても、ブロワ家が所有している物件に勝手に手を出すわけにはいかない。

 カタリーナの言う通りであったが、今回の紛争が大きな機会ではあった。

 もしブロワ家がヘルタニア渓谷の価値に気が付かないままであったら、裁定交渉の後半で王国が和解金を一部を負担すると言ってここを取り上げ、後で俺達に開放を依頼する可能性もあったのだから。


「陛下が苦笑いを浮かべていたのである。バウマイスター伯爵にまんまと攫われたと」


「今から思えば、あの地下迷宮で死に掛けたのが役に立ったというわけですね。同じ開放するにも、自分の物になるのならやる気も出ますし」


 なので、今回は同じパーティーメンバーでも立場を変えている。

 ロックギガントゴーレムに突入する主要メンバーには、俺バウマイスター伯爵が凄腕の冒険者達に依頼を出してる形にしてある。

 鉱山の利権を分けるのは面倒なので、成功報酬は一億セントと予め決めていた。


「難易度は高いが、破格の報酬だな」


 日本円にして百億円なので、まず滅多にある報酬ではない。


「ブランタークさんは、引き受けてくれますよね?」


「お館様から、受けるように言われているからな」

 

 解放後の事を考えると、ブライヒレーダー辺境伯家のお抱え魔法使いであるブランタークさんは引き受けるしかない。

 この広大なヘルタニア渓谷の鉱山地帯を、バウマイスター伯爵家のみで運営できるわけがないので、かなりの業務を委託する必要があるからだ。

 

「某も、陛下並びに商・工務卿から密かに後押しを受けているのである」


 王国としては、先に俺から奪われたヘルタニア渓谷の利権を少しでも得たいわけだ。

 所有権は俺にあるが、採掘・警備・精製・輸送などの利権はある程度は欲しい。

 

 バウマイスター伯爵家としても、利権に王家を噛ませておけば、解放後にブロワ家に難癖つけられても良い用心棒になってくれる。

 完全に独占すればやっかみもあるので、皆で幸せになる方法を考えたというわけだ。


 そこにブロワ家が入っているのかどうかは、まだわからなかったが。


「魔法を使って飛べない組は、ここで陽動か」


「そういう事」


 エル、イーナ、ヴィルマ、エリーゼは、あくまでもバウマイスター家の者として陽動に参加して貰う。

 ロックギガントゴーレムを破壊するメインメンバーは、空を飛んで一直線に目標に突入する。


 その間、地上の陽動組は境界線ギリギリを出たり入ったりして、地上の岩ゴーレム達を引き付ける役割を与えていた。


「ヴェル様」


「何かな? ヴィルマ」


「陽動の数が少ない」


 資料によると、ゴーレムは地上の物が八万体で、空を飛ぶ物が二万となっている。

 さすがに、百名以下での陽動は厳しいとヴェルマは指摘していた。


「応援も呼んでいるから。その前に、少し戦闘訓練だな」


 なるべく魔力を温存して、効率良く進路上のゴーレムを破壊する。

 そのためには、あのゴーレム達がどの程度の魔法で壊れるのかを確認したかった。

 陽動組も、ゴーレム達の強さを把握しておいた方が良い。


 そんな理由で、突入組は空から、陽動組は地上から境界線ギリギリでゴーレムを待ち、それらを倒す戦闘訓練を開始する。


「古書によれば、ロックギガントゴーレムの一日の魔石製造量は五千個! よって、それ以上に倒せば回復が追いつかないのである!」


「導師は、難しい事を言うなぁ……」


 エルは、剣の確認を行い。

 導師は早速最低限の『魔法障壁』を纏うと、わざと挑発して呼び寄せた大鷹型やワイバーン型の岩ゴーレムの群れに突入していた。


「確かに、見た目だけでさほど強くないのである!」 


「相変わらず、すげえなぁ……」


 突入と同時に、魔力を纏わせた拳と蹴りで次々とゴーレム達を粉砕し、少し離れた目標に向かっては小型の蛇型竜巻魔法を作ってそれを投げ付ける。

 小型の竜巻が命中すると標的のゴーレムがバラバラになり、砕けた破片が散弾のように周囲のゴーレム達も襲って破壊を広げていた。


「魔導機動甲冑は魔力の消費量の点で不採用であるが、竜ほど強くは無いのでなるべく効率良く進路上の物だけを破壊するのである!」


「あまり強力な魔法を放たずに、複数を巻き込むようにして数を減らせ」


「わかりました」


「わかりましたわ」


 俺とカタリーナは、ブランタークさんの指導で順番にワイバーン型のゴーレムに小さな竜巻の魔法をぶつけていた。

 命中するとゴーレムは砕けてしまい、破片が周囲のゴーレムに当たって被害を増やす。


「この魔法の連発でいいですかね?」


「他の系統の魔物もいないからな。それだけで十分だ。むしろ、魔力は極力温存しろ。ロックギガントゴーレムに辿り着いた時に魔力が空だと死ぬぞ。悪いが、その前に作戦中止命令を出すがな」


 飛べなくなれば地上のゴーレム達の犠牲になってしまうし、ロックギガントゴーレムを破壊する魔力も残しておかなければいけないからだ。


「ロックギガントゴーレムへの止めは、ルイーゼの嬢ちゃんに任せる。ただ失敗する可能性もあるから、そのための他の突入メンバーも魔力は極力温存だ」


 今回の作戦は、五人で突入を行なう。

 ルイーゼを囲って万全の状態でロックギガントゴーレムまで運び、彼女の渾身の一撃でロックギガントゴーレム胴体に内臓されてる巨大な人工人格の結晶を破壊するのだ。


 そうすれば、他のゴーレム達はその活動を停止させてしまう。

 先に、無理に全滅させる必要は無いというわけだ。


「ルイーゼさん。絶好調ですわね」


 カタリーナの視線の先では、ルイーゼがまるで八艘飛びのように飛行するゴーレム達の頭部を砕きながら空中を移動する姿が目撃されていた。


 生き物と同じで、ゴーレムは頭部を失うと地面に向かって落ちてしまう。

 無駄に魔力を使わないという点では、ルイーゼが一番優れていた。


「あとは……」


「今気が付いた! 剣が秘蔵のオリハルコンソードなら傷一つ付かない!」


 カルラがいるのでハイテンションなエルは、地下迷宮攻略で得た金で買ったオリハルコン製の剣で、次々と狼型のゴーレム達を切り裂いていた。

 確かに、オリハルコン製の剣なら岩など豆腐のように簡単に切れるはず。


「無茶を言うなよ! そんな業物。よほどの一流冒険者か金持ちでもないと持てるか!」


「俺は持っていますけど」


「マジでか!」


「いいなぁ……」


 エルが実際にオリハルコン製の剣で戦い始めると、モーリッツは驚き、トーマスは羨ましそうな表情を浮かべていた。


「エルヴィン。カルラ様が応援しているから前に出ろ」


「本当ですか!」


「もうエルヴィンしか見えないように声援を送っているぞ」


「前に出ます!」


「カルラ様の注目は、エルヴィンが独占だな」


「あはははっ! 死ねい! 雑魚ゴーレム共が!」


「(モーリッツ。えげつねぇ……)」


 モーリッツやトーマス達から、カルラの件を出汁にされて常に前に出されていたが、エル自身の腕前とオリハルコン製の剣の性能によって一人前線で無双を続けていた。


「カルラさん。見ていてくれるかな?」


「大丈夫。物凄く注目されているから」


「頑張ります!」


 ただ、モーリッツもエルが嫌いなわけではないので、ある程度戦わせたら引っ込ませているようであった。


「エル。後ろで少し休んで来い。カルラさんが待っているから」


「はいっ!」


 エルは急ぎ後方に戻り、エリーゼと一緒に負傷者の手当てをしているカルラの元にまるで犬のように戻っていく。


「エルヴィンさん。大丈夫ですか?」


「はい! 全然余裕です!」


 彼女からタオルと水の入ったコップを受け取りながら、楽しそうに休憩をしているようだ。


「モーリッツは、エルの使い方が上手いなぁ……」


 次にイーナの行方を捜すと、彼女はあの懐かしい大技を披露していた。


「槍術大車輪!」


 あの空回りしていた頃のローデリヒが見せていた、強いのかどうか良くわからない槍術である。

 いつの間にイーナが会得したのかは知らなかったが、これが思った以上に役に立っているようだ。


「この技って、対多数用の技なのね。何となく想像はつくけど……」


 イーナの周囲には、多数のゴーレムの残骸が散乱していた。

 

「ヴィルマは、どこにいるのかな?」


 ヴィルマを探すと、彼女は前に話していた鉄製の強弓を引いていた。

 矢も全て鉄で出来ているようで、放った矢は何体ものゴーレムを貫通して破壊していく。

 

「良くあんな弓を引けるよな……」


 俺は、彼女の怪力に改めて絶句していた。

 俺では、その鉄弓を引いてもビクともしないはずだ。


『三年くらい前に、いきつけの武器屋に飾りとして置いてあった』


 飾りで作ったので、主人も看板の代わりにしていて販売は考えていなかったらしい。


『引けるから売ってと言ったら、引けるわけがないと言われた』


 もし引けたら無料でやると言われたので、目の前で引いて手に入れたのだそうだ。

 

「人相手だと躊躇するけど、ゴーレム相手だから都合がいい」


 ただし、欠点もある。

 矢が通常の物よりも高価なので、すぐに使い切ってしまったのだ。


「戦争って、お金がかかる」


 ヴィルマはこの世の真理を嘆きながら武器を戦斧に交換し、それをを振り回して弓矢よりも多くのゴーレムを粉砕する。

 さすがは、ヴィルマと言った感じであろうか。


「ヴェンデリンさん。そろそろ」


「ああ」


 人数的にも時間的にも、そろそろ限界であろう。

 カタリーナから告げられた俺は、少しだけ地上の陽動組を下げてからルイーゼを除く四人で巨大な魔力を使って巨大な竜巻魔法を完成させる。


「合体魔法ってか?」


「スピントルネード!」


「みなさん適当ですわね。ここは華麗に」


「テトラゴントルネード?」


「それですわ! ヴェンデリンさん。疑問形は止めてください!」


 四人による合同竜巻魔法によって、視界に見えていたゴーレム達は全て竜巻魔法によって砕かれ互いに衝突し、ただの岩の塊となって地面に落下していく。

 あとには、大量の岩塊や、鉱石、魔石などが残されていた。


「拾えぇーーー!」


 俺の上空からの命令で、下がっていた我が軍の人員は一斉にゴーレム達の残骸を捜索し始める。


「魔石が優先だ! 鉱石はあくまでもついで!」


 とにかく時間がない。

 すぐに、他から援軍が今以上の数で押し寄せるのは確実だからだ。


「ヴェル! 今の倍以上の数のゴーレム軍団を発見! こちらに向かってくるよ!」


「全軍、境界線の外まで撤退!」


 目が良いルイーゼが次々と押し寄せるゴーレム達を見付けたので、俺はすぐに全軍に撤退命令を下す。

 こうして、実戦経験を積むために行なわれた戦闘の第一日目は無事に死者ゼロで終了するのであった。


「魔石の数は?」


「二千五十六個」


「こんな物かぁ……」


 討伐自体が目的ではなかったが、今日の成果を聞くとやはり軍勢による正攻法での攻略は難しいという事実が判明する。

 我が軍が少ないという理由もあるのだが、一日に二千体討伐してもそれ以上の回復能力があるから意味が無いというわけだ。

 

 それに、この二千体の半数以上は魔法で仕留めたという現実もある。


「魔石はどうするんだ?」


「この前の広域エリアスタンで消費した魔晶石の補充に使う」


「なるほど」


 俺の答えに、エルが納得する。

 持っていた魔晶石が全て空になりいまだに魔力の補充が終了していなかったし、どうせ低品位の魔石なので他に使い道もそれほど無かったからだ。


「しかし、魔石の製造装置ねぇ……。 イシュルバーク伯爵って、天才なんだな」


「その天才のせいで、俺達は常に全力戦闘だけどな」


 低品位とはいえ、今では生成過程解明の糸口すら掴めていない魔石の製造装置を作ってしまったのだ。

 出来れば、無傷で鹵獲したいところである。


「あくまでも、出来たらだね」


「だよなぁ」


 ルイーゼの言う通りで、余計な欲をかいて失敗したら目も当てられない。

 まずは、ロックギガントゴーレムの破壊を優先すべきであろう。


「それで、いつまで戦闘訓練を続けるの?」


「お友達が到着するまで」


「はあ?」


 作戦では、俺達五人の魔法使いが突入してロックギガントゴーレムを破壊するわけだが、古書によればロックギガントゴーレム自体はあまり強くない。

 素材が岩なので、五人の内の誰かがある程度の魔力を保持して辿り着けば魔法で破壊可能である。


「問題は、ロックギガントゴーレムが操るゴーレム軍団をどうするかだな」


 全部破壊するなど現実的には不可能なので、最低限の障害だけ破壊してロックギガントゴーレムを目指すわけだ。


「俺達は飛んでいくので、空のゴーレム達だけ相手にすればいい。だけど、ロックギガントゴーレムの傍に地上組がワラワラと居ても破壊の邪魔になるからな。陽動役が必要になるわけだ」


「バウマイスター伯爵家諸侯軍だけで?」


「全然足りないから、他にも援軍を頼んでいるよ。だから、導師にも冒険者として討伐依頼を受けて貰ったわけだし」


「それって、もしかして……」


 数日後、ヘルタニア渓谷の上空に大型魔導飛行船によって編成された、合計四隻からなる空中艦隊が浮かんでいた。

 ルイーゼは、その光景に絶句しているようだ。


「これって、ルート運行されている大型魔導飛行船の予備だよね?」


「そうだよ。これじゃないと、数が運べないし」


「経費かけてるねぇ……」


 どうせヘルタニア渓谷を開放すれば、色々と利権を求めてくるのだ。

 ならば、精々王国には力を貸して貰えばいい。


「どうせ金を出すのは俺だし、失敗してもそんなにダメージでもないから」


「ブロワ辺境伯家が、後方かく乱をした理由が良くわかるよ……」


 ローデリヒが良い顔をしないかもしれないが、王国軍は経費をこちら持ちで訓練と実戦の経験が積めるし、参加する指揮官や兵士達はゴーレム相手とはいえ武功を積める。


 実際に、この話をエドガー軍務卿に持ちかけたらすぐに魔道飛行船に軍を積んで送って来ていた。

 

「エドガー軍務卿の命で参りました。司令官のアロイス・フォン・ヴィリ・アヒレスです」


 合計三千の兵を率いて来たアヒレス氏は、四十歳くらいに見える軍官僚タイプの真面目そうな人であった。

 法衣子爵家の当主で、アームストロング伯爵家とは縁戚関係にあるそうだ。


「なかなかに派手な作戦ですな。ところで……」


「あっ、はい。準備していますよ」


「さすがですな」


 アヒレス子爵が急いで軍を率いて来れたのは、食料や水などの準備をあまりしていないからである。

 港も無いので大型魔導飛行船もちゃんと降ろせず、兵士達は綱梯子で一人ずつ降りている。


「本当に急いで来たのですね」


「我々の仕事は陽動だと聞いていますし、物資は現地で準備されている。ならば、急ぎ開放してしまいましょう」


「なぜです?」


「このヘルタニア渓谷は、裁定案でバウマイスター伯爵に正式に譲渡されたとはいえ、もし我らの動きが知られてから時間が経てば余計な事を考える輩が増えますからな」


 自身も貴族であるアヒレス子爵は、ブロワ辺境伯家の誠意など微塵も信じていないらしい。

 なるべく早く終わらせて、既成事実化する事が重要だと述べていた。


「それもそうですね。あっそうだ」


 俺は、準備していた大量の物資をアヒレス子爵に渡す。

 昨日の内に、臨時の物資集積所を作ってそこに置いておいたのだ。


「物資が無いと軍は動けませんからな。それの準備がしてあれば、意外と無茶は利くのですよ」


 大型魔導飛行船から綱梯子で降りて来た三千人の兵士達は、すぐに隊ごとに纏まってから物資を取りに行っていた。

 急ぎ、陣地の設営や食事の準備を始めるためである。


「この境界線内に人が入るとゴーレム達が作動して、出ると襲ってこなくなる。事前に報告は受けていましたが、不思議な構造ですな。数日間、訓練がてら効率の良い陽動の方法を模索します」


 アヒレス子爵率いる王国軍三千人は、境界線を出たり入ったりを繰り返しながら、地上にいる岩ゴーレム達をおびき寄せたり、狩ったりを繰り返していた。

 

「深追いはしないように。数が増える前に、外に出るのを忘れるな」


 アームストロング家の面々やエドガー軍務卿とは違い、アヒレス子爵は冷静に軍の指揮を執る。

 既に死傷者も出ていたが、このくらいは想定の範囲内だとアヒレス子爵は言う。


「死ぬのが嫌なら、軍人や冒険者にはならない事ですな」


 アヒレス子爵は、淡々と本番に向けて陽動の訓練を行っていた。

 彼らの任務は、俺達が突入する時に地上のゴーレム達を引き付ける陽動が任務なのだ。


「それで、お味方の援軍は?」


「今日・明日中には揃いますよ」


 三千人の王国軍だけでは陽動には足りないわけで、他にも近場の貴族達に援軍を要請していた。

 

「バウマイスター伯爵殿。助かる……」


 ヘルタニア渓谷に領地を接している貴族の大半は、今回の紛争でブロワ家に翻弄されて損害を出している。

 ブライヒレーダー辺境伯家側に寝返って損害の肩代わりをして貰ってはいるが、ブロワ家が裁定案を結んで支払わなければ借金は残ったまま。


 懐具合が厳しいので、軍を出して陽動任務に加わっていた。

 バウマイスター伯爵家が出す謝礼を目当てに、傭兵の仕事を請けたというわけだ。


「うちは、本当に人手が無いからなぁ……」


「領地貴族で新興ですからな」


 ヘルタニア渓谷には、王国軍と五十家を超える貴族家が到着し、十個の軍団に分かれて陽動作戦の訓練を繰り返していた。

 境界線を越えてゴーレム達をおびき出し、ひと当てしてから外に逃げる。

 ゴーレムが姿を消すと、また線を越えて挑発を行なう。

 

 なるべく多くのゴーレム達を引き付ける方法を模索しながら、効率良く破壊する訓練も続けていた。

 期間は一週間にも及び、彼らに食料や娯楽品などを販売する商人なども姿を見せ始める。


 ヘルタニア渓谷は、一種の開放作戦特需に見舞われていた。


「さて、そろそろ突入を開始しますか」


 最後の会議の後に、作戦はスタートする。

 ヘルタニア渓谷の周囲十箇所から軍勢が境界線を出たり入ったりしながら地上のゴーレム達を挑発し、その注意を最大限に引いたところでロックギガントゴーレムに一番距離が近いポイントから五人で突入を開始する。


 最短距離で、最低限の空を飛ぶゴーレム達だけ排除しながら、一気にロックギガントゴーレムを破壊するわけだ。


「ブランタークさん。ここが最短突入ポイントですよね?」


「伯爵様も『探知』しただろう? ご本尊は、ヘルタニア渓谷のど真ん中にいる」


 正確には、中央を走る断裂の一番奥のど真ん中である。

 そこの魔力溜まりに、足も無いロックギガントゴーレムが鎮座している。

 その大きさは百メートルを超え、前方の頭部と後方の尻尾は八本ずつある。

 

 十万体ものゴーレムを同時に操る巨大な人工人格の結晶と、低品位ながらも魔石を一日最大五千個も製造可能な装置を体内に納め、ヘルタニア渓谷に侵入した敵を全て排除する。


 古代魔法文明時代の天才魔道具職人イシュルバーク伯爵による、まるで生きているかのような防衛装置なのだ。


「頭と尻尾が八本ですか」


 動けはしないが、頭からブレスではなくて岩弾を発射し、尻尾も振り回して敵にダメージを与える。

 基本が岩製なので、前に戦ったミスリルゴーレムほど堅くはないが、時間が経つと再生するらしいので決して侮るわけにはいかなかった。


「昔に聞いた、『ヤマタの大竜』似ているのである!」


 日本神話に出てくる『ヤマタノオロチ』に似ているが、この世界にも頭が八つある竜の伝説は残っている。

 導師が知っているのは、冒険者関連の学校に行くと基本的な座学で教わるからだ。


 実在しているかについては、これは不明であったが。


「前から思ってたんだけど、頭が八つなら『ナナマタの大竜』なんじゃないの?」


「ルイーゼさん。そんな昔の伝承に文句を付けても仕方が無いではないですか。それよりも、そろそろ時間なのでは?」


 ルイーゼの屁理屈に、カタリーナがツッコミを入れていた。


「カタリーナの言う通りなんだけどさぁ」


 境界線の外にある岩山の尾根で五人で待機している間に、眼下では王国軍とバウマイスター家軍の混成部隊が引き寄せたゴーレム軍との戦闘に入っていた。


「おりゃあーーー!」


「エル。気合が入ってるなぁ。理由は邪だけど……」


 前線に立って秘蔵のオリハルコン製の剣を振るうエルに、ルイーゼは容赦なかった。

 エルだって、一番の目的は味方に被害を出さないために、剣の切れ味が落ちない自分が前に出ているはずなのだから。


「その理由と、カルラさんに良い所を見せようとしている気持ちが鬩ぎ合っているのでは?」


「カタリーナも容赦ないな……」


「あの年の男なんてみんなそんな物だろう。ほら、そろそろいくぞ」


 十箇所を超える敵の侵入に対し、推定八万体のゴーレム達はほぼ外縁部に集まっていた。

 これを全て相手すれば全滅だが、そこまでする必要は無い。

 俺達が高速で飛行してロックギガントゴーレムを目指しても、既に外縁部に引き寄せられているので、作戦の邪魔にはならないからだ。


 ただ、空中の二万体はあまり動いていなかった。

 彼らは、空から侵入した敵にだけ対応するようだ。


「二万体かぁ……」


「普段はヘルタニア渓谷中に散っているからな。集合する前に、急ぎロックギガントゴーレムを破壊するぞ。いいな?」


 全てを破壊する必要は無い。

 どうせロックギガントゴーレムが破壊されれば岩塊に戻るし、そんなに時間をかけていたら作戦は失敗する。

 ブランタークさんは、特に導師に念を押していた。


「その場に留まって、無双とかしないでくれよ。導師」


「一応、某もプロの冒険者なのであるが……」


 こういう場合、やはり経験豊富なブランタークさんの意見が尊重される。

 導師も、年長者である彼の意見には素直に従っていた。


「念のためって奴さ。他のやつらもな」


「了解!」


「任せて」


「腕が鳴りますわ」


「ではいくぞ!」


 ブランタークさんの合図で、五人は『高速飛翔』によりヘルタニア渓谷へと突入する。

 陣形は、俺とカタリーナがツートップで、その後ろをルイーゼとブランタークさんが。

 殿役を、追いかけてくるゴーレムを排除するために導師が務めていた。


「ブランターク殿。後ろに敵がいないのであるが」


「今の時点で追いかけられていたら失敗だろうに……」


 まだ突入間近なので、空中にいるゴーレム達はほとんど俺達に対応できていなかった。

 数体が前方に居たので、まずは魔法で槍状の竜巻を作って投擲する。

 命中したワイバーン型のゴーレムと、その周囲にいた数体が砕け散って地面へと落ちていく。


「魔力は節約しないと。カタリーナもな」


 古書の資料を元に完璧に作戦は立てたはずだが、何が起こるのかわからないので、魔力は出来る限り温存するのが作戦の基本となっていた。


「当然ですわ。私は、ヴェンデリンさんよりも魔力量が少ないのですから」


 続けて、カタリーナが前方に見え始めた十数体の大鷹型のゴーレム達に魔法を使う。


「トルネードブレイク!」


 『暴風』の名に相応しく、突然前方のゴーレム達の中心部に竜巻が発生し、彼らを上空へと巻き上げていく。

 竜巻の中でぶつかり合ったゴーレム達は破壊され、損傷して地面へと落下していた。


「凄いねぇ。ボクも何か攻撃したいけど」


「ルイーゼは、温存だ」


「ですよねぇ……」


 元々放出系の魔法は一切使えないので、ルイーゼの役割りはロックギガントゴーレムに強烈な攻撃を直接加える事にある。

 到着まで魔力を極力温存して、ロックギガントゴーレムに止めを刺す。

 これが、今回のルイーゼの仕事だ。


『渾身の力で、秘奥義を出しちゃうよ』


『何か期待できそうだな(やっぱりあるのかな? 秘奥義とか)』


『ヴェル。大いに期待したまえ』


 出撃前のルイーゼは、いつもの通りであったが。


「思ったよりも、ゴーレムが少ないな……」


 突入開始から十分ほど、ブランタークさんが首を傾げていた。

 古書によれば、さすがにこれだけ時間が経てば空のゴーレム達はもっと集まって来るはず。

 なのに、数体から数十体の集団を五回撃破しただけで、あまり前方に敵が見えなかったからだ。


「もしかすると……」


「もしかすると何です?」


「意外と人工人格さんが仕事をしているのかもな」


 更に十分ほど飛行を続けると、遂に目標のポイントに到着する。

 ヘルタニア渓谷を走る巨大な断裂。

 その奥にロックギガントゴーレムが鎮座しているのだが、その上空には万を超えるゴーレム達が俺達を待ち構えていたのだ。


「ちっ! 俺達の目的を察知したか」


「あんなに数が多いと、断裂に入れませんね」


 ロックギガントゴーレムは断裂の中にいるので、まずはあのゴーレム達を排除しないといけない。

 二万体の大半が集まっていると推測される上空には、空の青さがわからない密度でゴーレム達が集まっていた。


「伯爵様。まだ想定内だ。やれ!」


「了解!」


 ゴーレム達に接近しながらも、俺は十個ほどの魔晶石を出して両手に握る。

 更に意識を集中させながら、極大上級魔法の準備を始めていた。


「(基本的に、こういう魔法の方がスカっとするんだよな)」


 一分ほどの溜めを行なってから、両手を前に出して魔法を発動させる。

 前のグレートグランド戦では二分かかったので、俺もそれなりに成長しているようだ。


「バーストトルネード!」


 詠唱の必要はないのだが、気分的な物と、みんなに発動のタイミングを知らせるためでもある。

 距離が離れたゴーレム達の中心部で発生させた巨大な竜巻は、数千体のゴーレム達を巻き込んで激しいうなりをあげていた。

 その中でゴーレム同士がぶつかって破壊され、暫くして竜巻が消えると、周囲の無事であったゴーレム達を巻き込んで地面へと落下していく。


「ヴェンデリンさんは、こういう魔法の方が得意なのですね」


「そうだな。スカっとするし」


 相手がゴーレムなので、前の広域エリアスタンのように威力などに気を使う必要がないからだ。

 

「こちらを排除する脅威と認定したようですわね」


 四分の一ほどを一気に破壊されたので、ゴーレム達は俺達を排除しようと動き始める。

 半分の七~八千体が、こちらに向かって来るのが確認できた。


「もう一発!」


 今度は、ドラゴンゴーレム戦で使った無属性の放出魔法を再び両手を前に出してから発射する。

 威力は落ちるが、命中すると後ろに吹き飛ばされて後方のゴーレム達に衝突して互いに砕けていく。


 密集していたのが仇になったのと、やはり数が優先であまり強くはないようだ。


「初めて見ましたけど、デタラメな威力ですわね」


 カタリーナも竜巻の魔法を連発して数千体を破壊していたが、彼女は予備の魔晶石をほぼ使い切ってしまったようだ。


「ですが、大分数も減って……。増えていませんか?」


 確か、五千体くらいまでは減らしたはずなのに、なぜかまた倍くらいにまで戻っている。


「魔石を元にもう復活したのか?」


「一日五千個でしたっけ?」


 古書の説明によると、ロックギガントゴーレムは一日五千個の魔石を製造可能で、お尻の部分から魔石を出すとてそれをゴーレムが持っていき、まるで生き物のように小さなゴーレムを生み出す。

 生まれた小さなゴーレムは、その辺の岩をくっ付けて大きくなる。

 そんな説明だったような気がしたが、損害が急激に増えるとある程度の過程は吹っ飛ばせるのかもしれない。


「材料もあるからな」


 先ほど派手にぶち壊して地面に落下したゴーレムの残骸があるわけだ。


「ブランタークさん?」


「時間をかけると、まずいかもな」


 魔石の精製は一日五千個が限界かもしれないが、造った魔石を保存可能ならば暫くは増殖し続ける可能性がある。

 ここは、作戦を急ぐ必要があった。


「断裂の奥からは巨大な反応が一つと、数百個の小さな反応のみだ。突入してこっちを破壊した方が早い!」


「そうですね……。突入しましょう。導師!」


「任せるのである!」


 俺はもう一度無属性の放出魔法を放ってゴーレムの数を減らし、それと同時に導師がゴーレムの群れの中に突入していく。

 

 導師が『魔法障壁』を身に纏い、向かってくるワイバーン型のゴーレムの頭部に拳で一撃を加える。


 頭部が砕けたゴーレムは、そのまま地面へと落下していく。

 続けて、後ろから襲いかかるゴーレムを蹴りで粉砕し、別のゴーレムの尻尾を掴んで振り回して数体にぶつけて破壊する。


「物凄く強いよな。やっぱり」


「ですよねぇ……」


 魔法使いには見えないが、圧倒的に強いのは誰の目から見ても明らかであった。

 ブランタークさんも俺も、その強さに改めて驚いてしまう。


「上空のは、導師に任せて突入だ!」


「了解!」


 まだ数が完全に回復していない内に、ケリをつけるべきであろう。

 急ぎ四人で断裂の中に突入すると、いきなり眼前に岩が飛び込んでくる。

 事前に張っていた『魔法障壁』で弾くと、前方には岩弾を飛ばした岩竜の頭が咆哮をあげていた。


「ロックギガントゴーレム!」


 その巨大な頭は古書の記述通りに八つもあり、次々と口から岩弾を吐いて俺達を潰そうとしていた。

 他にも、この狭い断裂の中に数百体もの大鷹型のゴーレムもいて、こちらに攻撃を仕掛けてくる。

 運悪くロックギガントゴーレムの頭部が発射する岩弾に巻き込まれて壊れるゴーレムも多かったが、いくらでも作れるせいか味方の損害など気にもしていないようだ。


「目標は、胴体内の巨大な人工人格の結晶だ。頭部を破壊して前に進むぞ」


 ロックギガントゴーレムは巨大なので、胴体部分に行くには頭部を破壊して前進しないといけない。

 俺はすぐに竜巻を槍状にした魔法をぶつけて二つを潰し、カタリーナも小型の竜巻を操って二つを、ブランタークさんはドッヂボール大の竜巻のボールをぶつけて倒していた。


 続けてブランタークさんに大鷹型のゴーレムが襲いかかるが、これはソフトボール大の風属性の弾を作り、それを頭部にぶつけて破壊する。


 彼の周囲には、常に十個ほどの風ボールがフワフワと浮き、それを飛ばして自分に脅威となるゴーレムを破壊。

 減った分の風ボールは、すぐに補充されてブランタークさんの傍を舞う。


 恐ろしいまでの魔法精度であった。


「俺は魔力が少ないからな。工夫するしかないだろう。あと二つ!」


 ロックギガントゴーレムの頭は、あと二つであった。 

 断裂に横たわっているので、頭部を突破できれば胴体を攻撃されてしまう。

 それを危惧してか?

 二つの頭部は、連射速度を上げて狂ったように岩弾を吐き続けていた。


「ああっ! もう邪魔ですわね!」

 

 カタリーナが『魔法障壁』で岩弾を弾きながら、中型の竜巻を飛ばして頭部を吹き飛ばす。

 これで前進可能になっていた。


「でもさ。この胴体のどこに弱点があるのかな?」


「知らん! 手当たり次第に拳で叩き割れ!」


 イシュルバーグ伯爵の残した古書には、ロックギガントゴーレムの設計図までは残っていなかった。

 胴体に内臓されている以上は、それを破壊していくしかないであろう。


「ブランタークさんも、案外適当だなぁ……。胴体っていうか、ただの岩の塊?」


 胴体というよりも、断裂の幅五十メートル、長さ百メートルほどを埋め尽くすただの岩の塊にしか見えない。

 ルイーゼは、首を傾げながら壊した頭部に近いポイントに立ち、魔力を込めてから拳を振り下ろす。


 魔闘流の極意なのか? 

 それとも、ルイーゼの魔力が強いだけなのか?

 良くはわからないが、半径十メートル範囲の胴体部分に皹が入り、バラバラに砕け始める。


「当たりか?」


「残念。ハズレだ!」


 ルイーゼの替わりにブランタークさんが答えるが、その理由はすぐにわかる。


「ヴェンデリンさん! 早く結晶を破壊しないと!」

 

 どうやら、予想以上に頭部の修復が早かったようだ。

 カタリーナが、後方から岩弾を吐きながら攻撃してくる八本の頭部を『魔法障壁』で防いでいた。


「そういう事か! こんちくしょう!」


 続けて、ブランタークさんが俺達の上空に移動して『魔法障壁』を強化し始める。


「導師は、健在だけどよ……」


 一人で無双を行なってゴーレムを次々と破壊していたが、その残骸が降ってくるようになっていたのだ。


「導師がいないと、上からゴーレムの大軍が迫って来るからな……」


 岩の雨くらいは、我慢するしかない。

 ブランタークさんはそう言いながら、導師が討ち漏らした大鷹型のゴーレムに向けて風ボールをぶつけ始める。


「ルイーゼ、どんどん破壊してくれ」


「わかったよ!」


 四人で少しずつ前進をしながら、ルイーゼに胴体を破壊させていく。

 尻がある前方の守りは俺になっていたが、やはりと言うか八本の尻尾と大鷹型のゴーレムが数十体も迫ってくる。


「ケツで、ゴーレムの核となる魔石を作っているんでしたっけ?」


「らしいなっ!」


 ブランタークさんが、『魔法障壁』で岩の雨を防ぎながら答えていた。


 ルイーゼは、持っている魔晶石で魔力を補充しながらロックギガントゴーレムの胴体に向けて拳を振るい続けていた。

 次々と胴体の部分が破壊されていくが、次第に人工人格の結晶に迫っているからであろう。


 太さ三メートルほどの尻尾が八本、鞭のようのうねりながらこちらを攻撃してくる。

 加えて、その隙間から鷹型のゴーレムも襲来してくる。


「前は尻尾、後ろが頭で、上は岩の雨かよ! ルイーゼ!」


「もう一気にケリをつける! 全ての魔力をこの拳に!」


「おおっ! 何か凄そう!」


 ルイーゼが片手を天に向けて伸ばしながら集中を行なうと、自身の残りの魔力と、残っていた魔晶石内の魔力が集まってくる。


「自分の魔力量を超えた魔力を集めたのか?」


 今のルイーゼの何が凄いのかと言うと、普通の魔法使いは自分の魔力量を超えた魔力を体に留めておけない。

 だから俺達は、エリアスタンを広域でかけた時に、魔晶石から魔力を吸い上げるスピードに苦労をする羽目になった。


 ところがルイーゼは、自分の魔力量の数倍の魔力を振り上げている拳に集めていたのだから。


「ちょっと反動が厳しいけど、時間が延びるとジリ貧だからいくよ。魔闘流究極の極意! 『ビックバンアタック』!」


 技名は意外とベタであったが、ルイーゼが魔力を込めた拳でロックギガントゴーレムの胴体を殴った瞬間、目も眩むような閃光が走り、今までとは比べ物にならない範囲で亀裂が走り始める。


「成功だよ! ヴェル」


 一つの岩の塊であった胴体は全て拳大ほどの岩塊に砕け、俺を攻撃していた尻尾に、カタリーナを攻撃していた復活した頭部、断裂内で展開されていたゴーレム達も全て岩塊になって地面へと落下していく。


 どうやら本当に、ロックギガントゴーレムの完全破壊に成功したようだ。


「凄いな! ルイーゼ!」

 

 今までに見た事がない大技だったので、俺は物凄く感動してしまう。

 

「でも、ちょっと体が動かない……」


 大技であった分、体への反動が大きかったようだ。

 岩塊の山の上でフラフラしているルイーゼを、すぐに抱えて回収していた。


「大丈夫か?」


「魔力が切れる寸前で、ちょっと眠い」


「そうか。良く頑張ったな」


 ルイーゼの頭を撫でながら褒めると、彼女は目をトローンとさせ始めていた。


「ご褒美に、ちゃんとヴェルが抱っこして連れて帰ってね。お姫様抱っこのままで」


「要望には答えましょう」


 功労者からの願いは無下にはできない。

 俺はすぐに承諾の返事をする。


「ならボクだけ幸せだね。暫く意識がないし」


「はあ?」


 俺にはルイーゼの言っている事が一瞬理解できなかったのだが、そぐにその答えは判明する事となる。

 

 つまりだ。

 全てのゴーレムを統括していたロックギガントゴーレムが破壊され、ゴーレムは岩塊へと戻ってしまう。

 空を飛んでいるゴーレム達のかなりの部分は、導師が上空で引き付けていた。

 そして、それらのゴーレム達は全て岩塊になって、物理的法則に従って地面に落ちていく。


 どこにかと言えば、ちょうど俺達のいる場所にである。


「退避ぃーーー!」


 俺は大声を上げて、ブランタークさんとカタリーナに退避命令を出す。


「こんなのって! 勝利の余韻に浸る余裕もありませんわ!」


「そんなのは後だ!」

 

 俺がルイーゼをお姫様抱っこしたまま、三人で『魔法障壁』を展開しながら上空へと退避する。

 途中、何百トンもの岩がゲリラ豪雨のように降り注ぎ、その威力はロックギガントゴーレムの頭部が撃ち出す岩弾よりも凄かったほどだ。


 一気に大量の岩が落ちて来たので、ヘルタニア渓谷は局地的な地震にも襲われ、断裂にも崩れたり亀裂が入った箇所が多かった。


「何とか脱出したな……」


「ゴーレム軍団よりも、ロックギガントゴーレムよりも、岩の雨で死に掛けたな」


 魔力がかなりギリギリだったブランタークさんは、安堵の溜息をついていた。


「もう散々ですわね。ルイーゼさんは幸せそうですけど……」


 魔力が尽きて眠っているルイーゼはご機嫌な表情をしていて、カタリーナが羨ましそうにそれを眺めていた。


「カタリーナも、お姫様抱っこを希望か?」


「ヴェンデリンさんは何を言って!……。あとで、少しだけ……」


 カタリーナは、やはり顔を赤くさせながらモジモジとしていた。


「しかし、坊主も導師の元で体を鍛えて良かったな。ルイーゼの嬢ちゃんをちゃんと抱っこしているし」


「ブランタークさんの中で、俺は何ほどモヤシ君なんですか……」


 一般的に、魔法使いにモヤシ君が多いのは否定はしない。

 導師などは、滅多にいない例外なのだから。


「まあ、導師に比べるとな」


「それで、その導師なんですけど……」


 一人で数千体のゴーレムを足止めしたもう一人の殊勲者である導師は、俺達が浮いている位置よりも更に上空にいた。


「ふぬぅ! 我らの勝利である!」

 

 誰も心配していなかったが、やはり導師は傷一つ負っていない。

 一人で奇妙な勝利の雄叫びをあげていたが、俺達の姿を見つけると嬉しそうに近付いてきた。


「ルイーゼ嬢から習った格闘技が役に立ったのである。魔導機動甲冑は燃費が悪い故に、大変に助かったのである。ところで、ルイーゼ嬢は魔力切れであるか?」


「秘奥義が炸裂しましたからね」


「あの眩しい光であるな」


 俺がルイーゼが使った技の説明をすると、導師は感心したような表情を浮かべながら聞いていた。


「何と! 反動が強いながらも、己の魔力量の数倍の魔力を拳に込めて放つとは! 某にもピッタリな技であるな! 是非に、あとで教えて貰わなければ!」


「いや。止めとけよ。導師がそんなの放ったら、この大陸が崩壊するから」


「それは些か大げさであろう」


「(いえ。大げさとも思えません……)」


「(可能性は、無きにしもあらずですわ……)」


 ブランタークさんのボヤキに、俺とカタリーナも同意してしまう。

 こうして無事にヘルタニア渓谷の開放は成ったのであったが、導師の『ビックバンアタック』習得は難易度のせいで成らなかった事だけは明記しておく事とする。


 世界の平和は、無事に守られたというわけだ。

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