<< 前へ次へ >>  更新
97/206

第七十一話 俺は先に抜けさせてもらうから! 

「完全に手詰まりですね」


 裁定交渉が始まってから一週間、何の成果もあがらない状況にブライヒレーダー辺境伯は溜息をついていた。

 

 こちらは王国からの使者であるクナップシュタイン子爵が試算した案を受け入れると言っているのに、ブロワ家側は『高過ぎる!』と拒否しているからだ。


 そして、双方の決して交わる事のない金額交渉で一日が終わる。


 あとは、交渉に出ている二人の後継者達が口を揃えて言う、『カルラを、バウマイスター伯爵の妻に!』という条件の追加であった。


 反乱幇助の侘びを込め、非公式にではあるが謝罪して、カルラを俺の妻に差し出す。

 うちとブロワ家との交渉の落とし所としては理解できたが、それはすなわち未開地開発の利権をブロワ家にも分けるという事にも繋がる。


 当然ブライヒレーダー辺境伯の怒りは激しく、これで交渉が纏まるというのも変であろう。


「あの二人の仲は相変わらずですが、共に狙っている事は理解できます」


 今回の紛争は、既に実質ブライヒレーダー辺境伯家・バウマイスター伯爵家連合バーサスブロワ辺境伯家という構図になっている。

 

 当然今までの経緯から、ブライヒレーダー辺境伯が引くはずもなく、新興で当主が若造なうちが狙われるというわけだ。

 

「身代金の減額と、カルラさんの嫁入りで利権の分け前ですか。ムシの良い話ですけど、彼らにはこれしか手が無いとも言えます」


「酷い話ですね」


「王族でも、貴族でも、商人でも。交渉で弱点を狙うのは定石でしょう?」

 

 俺とカタリーナは、ある程度の身代金さえ取れれば大幅に黒字となるので、一番減額を狙いやすいというわけだ。

 紛争案件の利権には一切絡んでいないので、交渉がシンプルなのも良かった。


「俺達の身代金の交渉額ってどのくらいだっけ?」


「四億五千万セントですわ」


 うちとカタリーナのヴァイゲル家、合わせての金額である。

 金額が多いのは、捕虜が多数出ているので身代金が多いからだ。


「十分の一でも黒字だけどな」

 

 うちの軍勢は、合計で百名にも満たない。

 捕虜にした人達の管理費を考えても、利益率がとんでもない事になっていたからだ。

 今の戦争のルールだと、高位の魔法使いは稼げるという事の証明でもあった。


「ですが、ここで十分の一では舐められてしまいますわよ」


「ですよねぇ……」

 

 なるべく多く身代金を取らなければ、それは貴族としては駄目という評価を受ける。

 だが、今の状態でなるべく多く支払わせるのは難しい。

 時間がかかり、その分は未開地開発の遅延で損をしている状態になるからだ。


「物納はどうなのです?」


「それも難しいだろう」


 領地、鉱山の採掘権、ブロワ家で所持している宝物など。

 どれも、そう易々とは渡してくれないはずだ。


「物納に納得して、しかもそれが価値がある」


「しかも、ブロワ家は大した価値はないと思っている物……。ありましたわ!」


 カタリーナは暫く考え込んでいたが、何かを思いついたらしい。


「こうなったら、『ヘルタニア渓谷』を貰ってしまえば宜しいのでは?」


「ヘルタニア渓谷? ……そうだ! その手があったな!」


 知らない人も多かったが、冒険者としての経験が俺達よりも少し長いカタリーナは知っていた。


「良質の鉱山や鉱床が、多数あると伝えられている場所です」


「そんな場所があるんだ。なぜヴェルに簡単に差し出すとカタリーナが思うのかは知らないけど」


 それだけの鉱山地帯を和解金の減額程度で渡すとは、ルイーゼは考えられないようだ。


「それは、ここが魔物の領域だからですわ」


 古文書によると、ヘルタニア渓谷は古代魔法文明時代には有名な鉱山地帯であったらしい。

 鉄・銅・金・銀・ミスリル・オリハルコン・各種宝石。

 豊富な埋蔵量を誇る未採掘な鉱山や鉱床も豊富に存在し、それが開発できれば莫大な利益になると。


「でも、今までは攻略されていなかったのよね?」


「はい。何度か高名な魔法使いの方々が挑んだそうですが……」


 失敗しているからこそ、ヘルタニア渓谷は魔物の巣のままなわけだ。

 イーナの問いに、カタリーナはそう答えていた。


「あそこの魔物は独特ですし」


 通常、魔物の領域に住まう魔物は、特殊ではあるが一応は生物に近い形状をしている。

 一部例外でアンデット系もいるが、これは発生条件が冒険者の死などであるからそれほど数がいるわけではないし、『聖』の魔法で比較的簡単に退治可能だ。


「ところが、ヘルタニア渓谷の魔物は……」


 どういうわけか、全て岩で出来ているらしい。

 狼・猪・熊・大鷹・ワイバーンなど、見た目はどこの領域にも生息している物だが、体が岩で構成されていて、たまに岩を食べると飢える事もなく、普通に出産をして岩で出来た子供が生まれる。

 この場合は、分裂したとも言えるのであろうか?


 中央の学者も匙を投げる、おかしな魔物達であるようだ。

 聞いた限りでは、自立行動が多いゴーレムだと思うのだが。


「駆除を頼んでも、冒険者達はほとんど引き受けませんし」


 岩で出来ているが、普通の魔物と同じく頭を切り落せば死ぬし、心臓部分を突いても同じく死ぬそうだ。

 もっとも、生きているのかも不明で、血も流れないでの活動停止と呼ぶに相応しい状態らしい。

 そして倒した魔物からは、魔石と鉱石が取れる。


「大半は鉄か銅の鉱石ですし、雑魚だと拳大がせいぜい。その癖岩製なので武器の損耗が激しく、誰も中に入らないそうですわ」


 普通に考えれば、他の領域の方がよっぽど効率が良いわけだ。


「それって、ゴーレムなんじゃないの?」


「という学者も多いそうですわ」


 ルイーゼの疑問に、カタリーナが答える。

 とにかく何でも構わないが、その岩製の魔物達に阻まれてヘルタニア渓谷の開発は進んでいなかった。


「カタリーナは、よく知っているな」


「私、ここを攻略して貴族になろうと計画した事もありますから」


「チャレンジャーだな」


 確かにここを攻略できれば、女性でも何の問題も無く貴族になれたはず。

 もっとも、完全に計画だけで頓挫している。

 高名な魔法使いが一人や二人では、とても成功の目がないからだ。

 

「先々代のブロワ辺境伯も、兵を入れた事があると聞いておりますわ」


 一万人ほどの兵をヘルタニア渓谷に入れた途端に、数万体の岩製の狼、猪、熊などの大群に襲われ、更に上空から万を超える大鷲やワイバーンにも来襲を受け、領域のボスの影すら見ずに全滅したらしい。


「その負債の回復で、ブロワ家は南部にちょっかいかけているとか?」


「かもしれませんわね」


「どっかで聞いたような話だな……」


 主に、うちの実家の事である。


「過去に、上級一名と中級二名。上級二名中級二名で突入したものの、魔物の数に圧倒されて撤退。多少の鉱石を持ち帰ったのみと冒険者ギルドの記録にありますわ」


 地下遺跡と同じで、ボスを倒せばこれらの魔物は統率を失い、数も増えなくなる可能性が高い。

 いや、もしかすると完全に活動を停止してしまう可能性があった。

 ここの魔物を、形態を生物に似せた岩製のゴーレム達だと考えると、ボスを倒せば領域を守る仕掛けが消える計算になるからだ。


「古代魔法文明時代の遺産か」


「ヴェンデリンさんは、知っているのですか?」 


「パラパラと本で見た程度。だから、今思い出した」


 本を見たのは、あの地下遺跡にあったイシュルバーグ伯爵の書斎にあった本のはずだ。

 魔力切れから回復したばかりの半分ボケた状態で、暇潰しで適当に読んでいたのであまり良く覚えていなかったが、確か彼の作った作品のリストのような本であったはず。


「ヴェル。自分の物じゃないから興味がなかったんだね」


「他の人達が鉱山から採掘しないように、高度な罠を作ったとか。昔の魔道具職人って凄いのね」


 ルイーゼの言う通りで、もし開放を依頼されても大金でも貰わないと割りに合わず。

 イーナは、素直に昔の魔道具の凄さに感心していた。


「戦力はあるし、あとは上手く開放する作戦を立てないと」


「ヴェンデリン様、ブランターク様、カタリーナさん、伯父様、ルイーゼさん。この五人が主力になればボスの討伐も可能かもしれません」


 エリーゼの推論に、みんなも特に違和感を感じていないようだ。


「確かにいけるかも」


 今の時点では、ブロワ家のお荷物であるヘルタニア渓谷である。 

 身代金の額を少し減らして、ここを物納させる。

 その後に俺達で開放してしまえば、一気に優秀な利権に早代わりというわけだ。


「駄目そうでも、そう管理に手間がかかるわけでもないからな」


 南部と東部の境界境近くにあるし、魔物の領域のままなら誰も侵入もしない。

 一億セントほど身代金の額を減らしても莫大な黒字になるし、面倒な裁定から一抜けが可能になる。

 そう考えると、悪い条件ではなかった。


「早速、提案してみよう」


 そして翌日、相変わらず何も決まらない裁定の席でこの案件を出すと、予想以上にブロワ家側の食い付きは良かった。


「あのヘルタニア渓谷をですか? もしかすると、バウマイスター伯爵が開放なさるおつもりで?」


「試す価値はありますよ」


「それは結構ですが、お命を大切に……」


 三人がかりで一万人の軍勢にエリアスタンをかけたら魔力切れになった俺達に、数万体の岩製のゴーレム達が集うヘルタニア渓谷の攻略は不可能だと思っているのであろう。


 珍しく二人は対立もせず、すんなりとこちらの条件を呑んでいた。


「クナップシュタイン子爵。この裁定案を公式の記録に残してください」


「宜しいのですか?」


「構いません」


 公式の記録に残すと、王国の基準ではヘルタニア渓谷はバウマイスター伯爵家の物となり、ここに他家が手を出すと世間的には侵略とみなされる。

 利権があやふやなままが良い物件だと、公式の記録に残すとかえって不利になる事が多いが、ここを永遠にうちの物と記録させるのは、開放に成功したあとにブロワ家側に因縁をつけられるのを防ぐためであった。


「では、和解金は三億五千万セントで十年払い」


 いきなり全額払うのは不可能なので、分割払いは仕方がない面もあった。

 

「今までも経費を計算した結果、和解金一年分だけでも黒字。これで、ヘルタニア渓谷が開放できたら大黒字だな」


 ブロワ家に一泡吹かせられるし、裁定交渉で一抜けして暇から開放もされる。

 何しろ、これからヘルタニア渓谷の開放を目指すのだから。


「ブライヒレーダー辺境伯。少しお願いが」


「良いですけど、ヘルタニア渓谷を開放したら少し噛ませてくださいね」


「それは勿論」


 採掘を実際に行なう時の人員の手配や、ヘルタニア渓谷と隣接する貴族達からの妨害と盗掘に対応するため、警備人員などの強化も必要となる。

 ブライヒレーダー辺境伯に少し利権を分けても協力を得るのは、安全な採掘のためには必要な事であった。


「では、暫くあの二人の相手をしていますか。もしバウマイスター伯爵がヘルタニア渓谷を開放したらどんな顔をするでしょうね?」


「当然、百%成功させるつもりでやりますよ。そのために、魔法使い以外も大勢動員しますから」


 こんな実りの無い交渉からは早く抜け出すに限る。

 俺は、退屈な裁定交渉の席から離脱して、再び冒険者として困難な仕事に挑戦をするのであった。

<< 前へ次へ >>目次  更新