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第六十四話 紛争以上? 戦争未満?

「事前に連絡は受けましたが、早かったですね」


 ブライヒレーダー辺境伯軍が駐屯する草原に到着し、俺が先に『飛翔』の魔法で船から下に降りると、ブライヒレーダー辺境伯とその一行が出迎えてくれた。


 新米でも伯爵は伯爵なので、俺は気を使われる存在なわけだ。


「反乱は一日で平定しましたので。ブランタークさんの協力に感謝です」


「彼は、あなたを守る護衛ですから。気にしないで使ってください」


 俺に万が一の事があると未開地開発が頓挫しかねないので、ブライヒレーダー辺境伯は、虎の子のブランタークさんを俺に付けている。

 自身の護衛は、他に雇っている複数の魔法使い達に任せているようだ。


「それで、反乱分子達ですが……」


 俺は、反乱の経緯や、その後捕らえられた彼らをクラウスが上手く説得してこちらに仕官させた話などをする。


「やはり、ブロワ家側の後方かく乱要員ですか」


「いえ、要員というか捨て駒扱いでした」


「あそこは経済が停滞していますからね。余剰人員の始末も兼ねてですか……」


 未開地開発で、人、物、金の動きが封じられているので、下級の陪臣家などにいる三男以下の男子などの行き先が余計に無くなっているらしい。

 余っている人間なので、使い捨てでも俺の動きを封じられれば儲けだと思ったのであろう。


「みんな追い出して冒険者というわけにもいきませんし。この問題は、我が家にもありましてね。バウマイスター伯爵には感謝しているんです」


 ヘルムート王国のみならず、今の時点で人手が足りない貴族家などうち以外ではほぼ存在しないそうだ。

 稀に、一から荒地を開墾して貴族を目指しているような人もいるのだが、その人が貴族になれるかどうかは未知数なので仕官希望者達には人気が無いし、求人情報誌があるわけでもないので知っている人もほとんどいない。


 結果、多くの職にあぶれる陪臣の子弟が発生するわけだ。

 

「経済的には、相当に追い詰められているようですね」


 二人で話をしている内にエル達も飛行船から降りて来たので、すぐに本陣に移って話を続ける。


「現在、我々が布陣しているのは東部と南部領域に跨るエチャゴ草原の境界線近くです。兵力は、七家混合で四千人ほど。もう一週間もすると追加で援軍も来ますが、それで合計六千人ほどですかね」

 

 数が少ないような気もするが、軍勢を整えて配置するだけで金が飛んでいくので仕方が無い。

 兵士達への手当てに、彼らの食事代などはブライヒレーダー辺境伯以下諸侯軍を出した貴族家の負担になるからだ。


「それで、ブロワ家側は?」


「五千人ほどですね。そんなわけで、睨み合いですよ」


 決戦など双方が望んでいないし、すれば被害が甚大になる。

 なので、自然とこうやって睨み合いになるようだ。


「あとは、別に戦場もあるんですよ」


 続けて、ブライヒレーダー辺境伯は境界線一帯の詳細な地図を机の上に広げていた。


「ここから北西に約三百キロ。ここでは、ブロワ家の寄り子であるヘンケル準男爵家と、うちの寄り子であるランセル準男爵家が銅山を巡って睨み合っています」


 そもそもの事の起こりは、このような境界境における利権争いの再発から来ているそうだ。

 

「両家の境界線上にある銅山は、素晴らしい産出量を誇っているそうです。当然、過去に取り合いになりまして……」


 過去に何度も衝突があったそうだが、今は取りあえずは折半という形になっているらしい。


「それが突然……」


 ブロワ家側のヘンケル準男爵家が軍勢を出し、ランセル準男爵家側の鉱山夫や警備隊を銅山から追放してしまったそうだ。

 そして今は、銅山を占拠するヘンケル準男爵家側の軍勢と、奪還を目指して軍を出したランセル準男爵家側で睨み合いが続いていた。


「幸いにして、死人は出ていませんけど」


 争いなのに死人が出なくて幸いだと言うのは、下手に人死にが出ると争いの収拾が着け難くなるからだそうだ。


「どちらかが永遠に独占というのも難しいですから」


 たまに争ってガス抜きをしつつ、それなりの分け方で双方が渋々納得する。

 これが、この時代の利権争いの正体であった。


「そういうわけですから、武器は訓練用の物でお願いします」


 何と、この争いに参加している全ての兵達は、両軍共に装備は刃を丸めた訓練用を使用するらしい。

 まさか、死人をなるべく出さないために、ここまで徹底しているとは思わなかった。


「えっ? 訓練用ですか?」


「大丈夫です。ヘンリック殿の船に積んであるそうです」


 横にいるモーリッツが、ヘンリックの船に人数分が積んであったと報告していた。 

 何でも、トリスタンが気を利かせて積んでくれたらしい。


「トリスタン様はエドガー軍務卿のご子息なので、そういう事情にも詳しいのです」


「助かったが、あの連中の分が無いな」


「二十名ちょっと分なら、予備を売りますけど」


「お願いします」


 新規仕官組の武器も確保できたので、またブライヒレーダー辺境伯の話は続く。


「勿論、刃が丸めてあっても鈍器のような物です。当たり所が悪くて死ぬ人もいます。その数は大分減りますけど」


 相手を捕らえて数を減らし、後で和解金を交渉して取るそうだ。

 中世欧州の貴族のように、身代金で解決を図るらしい。

 中世の騎士と傭兵主体の戦場だと、戦いをしたのに死者が両軍で一名しかいなかったとか普通にあったらしい。

 殺すよりも、捕らえて身代金を要求する方が金になるからだ。

 王国側も、なるべく死者が出ない戦いを裏で推奨しているそうだ。

 

「こんな感じで、境界境で揉め事を抱えている貴族家は双方で八十家を超えます。今回は、ブロワ側の貴族家が突然軍を繰り出してうちの統括下にある貴族家の利権を分捕って占拠し、それを取り戻すべく味方が軍を集めて睨み合いを続けている。こういう軍の動員数が数十から数百の小さな戦場が、四十箇所ほどもあるのです」


 確かに、ブライヒレーダー辺境伯が広げる地図には、多数のメモ書きがされていた。

 ○○騎士爵家の軍勢が、突然共有森林地帯を占拠した○○騎士爵家の軍勢と睨み合いとか、○○準男爵家の軍勢が裁定待ちのために人の出入りが禁止となっている○○河の中洲地帯を勝手に占拠し、紛争相手である○○騎士爵家の軍勢が中州から兵を退けと騒いで睨み合っているとか。


 大半は、ブロワ家側の奇襲が想定外であったようで、一方的にブライヒレーダー家側の貴族達が叩き出された後に、軍を集めて自分達の分の利権の奪還を虎視眈々と狙っているようだ。


「衝突した貴族家はあるのですか?」


「いえ、まだです」


 ここが、こういう紛争の面倒な部分だ。

 最初の銅山などはわからないが、所詮は僅かな広さの領地争いだったり、水源の水をどのくらい引くかの争いだったりするので、本格的に衝突して死傷者が増えると足が出てしまうのだそうだ。


「かと言って、ここで兵を出さないと向こうの実効支配を認める事になりますからね。兵を出さないという選択肢はあり得ないのですよ。貴族の面子から考えて」


 前世でも、国家同士で領地争いなどいくらでもあったのでそれは理解できる。 

 日本のように『まあまあ』で弱腰だと、相手に付け入られて更に酷い要求を出される事もあるので、軍を出して対峙するのは当然なのであろう。


 なるほど、貴族というのは色々と金がかかるらしい。


「このままだと拙いと?」


「何家かは、事前に察知して占拠を防げたそうですが、あとはうちのボロ負けです。裁定に入ると、一方的に不利になります」


 いきなり兵を進めたブロワ家側は悪いが、肝心の争っている利権や領地はブロワ家側が実効支配してしまっている。

 これでは、裁定で一方的に不利になるのも当然といえた。


「ある程度は、取り戻したいと?」


「ですが、それも難しい」


 ブロワ家側の後方には、ご本尊であるブロワ辺境伯軍などが控えている。

 同じく後方で控えているブライヒレーダー辺境伯軍が援軍を出すと、それに呼応して軍勢を出すはずなので、今はこうやって睨み合っているしかないそうだ。


「困りました……。このまま裁定に行くと不利になります……」


「それが狙いですか?」


「ええ」


 うちの開発利権にあぶれて不満が出ているので、こういう手段で子分達の不満を抑えているのであろう。

 あとは、ブロワ辺境伯家が貯め込んでいる金を軍事行動で支出して領内に金を回す。

 一種の公共事業的な面もあるのかもしれなかった。


「では、俺が取り戻しましょう」


「頼めますか?」


 傭船している小型魔導飛行船で順番に紛争地帯へと飛び、ブロワ家側の貴族の軍勢を倒して捕らえまくる。

 途中、ブロワ辺境伯軍側から援軍でも出してくれると更に好都合だ。


 捕らえて多額の身代金をふんだくってやれば、ブロワ辺境伯もうちにチョッカイをかけた事を後悔するであろう。

 

「では、お願いしますね」


 ブライヒレーダー辺境伯から地図を貰い、俺達は小型魔導飛行船で貴族の軍勢同士が睨み合っている地点へと急ぎ急行するのであった。




「やっぱり、今回は導師は不参加だな」


「南部と東部の争いで、王宮筆頭魔導師が来て南部に肩入れしたら問題になる」


「それは俺も理解しているけど、導師なら『面白そう』とか言って参加する可能性もありそうだ」


「まさか」


「いえ……。あの父なので可能性はあるかと……」


 船上で、そんな話をエルやヘンリックさんとしながら半日。

 船は、無事に一箇所目の戦場に辿り着いていた。

 

 ブライヒレーダー辺境伯が最初に説明していた、銅鉱山を巡って対立しているランセル準男爵家領とヘンケル準男爵家との境界線近くである。


 確かに、境界線上にある銅山の前では三百名ほどのランセル準男爵家軍が陣を張って銅山を警戒しているようだ。

 銅山を良く見ると、ヘンケル準男爵家側の兵士がところどころで歩哨に立っていた。


「ようこそおいでくださいました」


 最初は突然の魔導飛行船の来訪に驚く両軍であったが、エルを使者としてランセル準男爵家軍の本陣に送ると、すぐに本人が出迎えてくれる。


 ランセル準男爵は、四十歳ほどの普通のおじさんであった。

 

「ブライヒレーダー辺境伯殿からの援軍とか?」


「はい。早速、銅山を奪還しましょう」


「えっ? 大丈夫ですか?」


 銅山の奪還には賛成だが、それで犠牲が大き過ぎるのも勘弁して欲しい。

 ランセル準男爵の顔を見ると、すぐにそう考えているのが理解できた。


「要は、お互いに死者がゼロで終われば問題ないですよね?」


「はい。それが一番最良ですから」


 ならば、簡単だ。

 反乱軍の時と同じように、エリアスタンで麻痺させてから捕らえれば良い。

 取りこぼしも、探知を使えば無いはずだ。


「では、まずは協定の締結ですね。ブリュア殿」


「あっ、はい。私、ブライヒレーダー辺境伯様からバウマイスター伯爵様への同道を命じられた、軍監にございます」


 とある戦場に、貴族が軍を率いて助太刀に向かうとある問題が発生する。 

 それは、手柄と戦果の認定とその分け前である。


 応援に来て貰って助けても貰えたのに、いざ戦争が終わると援軍に来た貴族の手柄を奪おうとする貴族も少なくなく、それが原因で発生するトラブルも多かった。


 そこで、今回のケースだとブライヒレーダー辺境伯が軍監を派遣して公式に戦果などを認定して記載するのだ。

 今回ブライヒレーダー辺境伯から派遣された軍監はブリュア氏といい、五十歳くらいの真面目そうな人であった。

 いかにも官僚っぽい人物だ。


 あとは、戦果の分け前に関する協定もある。


 捕虜や軍勢が所持していた装備品・備品・金品・食料などの権利に。

 捕虜本人の身代金などの分配比率などであった。


「全員、痺れさせて動けなくするので、捕縛に協力してください」


「さすがは、竜殺しの英雄殿ですな……」


 反乱鎮圧の時と違って広範囲のエリアスタンとなるが、むしろ範囲や対象の選別が無い分、俺からすれば楽な部類に入る仕事であった。

 銅鉱山は大きかったが、人がいるエリアは限られる。

 俺一人でも、十分にいけるはずだ。


「痺れているヘンケル準男爵家側の兵士の捕縛の手伝いと、捕らえた捕虜の面倒と、再奪取した銅鉱山の守備はお任せします」


「それは勿論」


 一つ目はうちの人員だけでやっていると時間がかかるからで、二つ目は身代金の中に捕虜を養った費用が含まれるので、あとで経費を返して貰えれば問題ないそうだ。

 三つ目は、ブランタークさんの探知によれば、銅山には三百人ほどのヘンケル準男爵家側の兵士が詰めているらしい。


 全員が捕虜になれば、銅山の守備はそう難しい事もないはずであった。


「これを機に、ヘンケル準男爵領の占領とかはしないのですか?」


「いえ。昔からの不文律で、禁忌に近い行為とされています」


 最初にヘンケル準男爵家側が侵攻して来た時、その気になれば他のランセル準男爵領の占領も可能であったが、向こうはそれをしなかった。

 いや、出来なかったのだそうだ。


「あくまでも、争っているのは銅鉱山の権利だけ。そうしないと、争いにキリが無くなりますので」


 互いの領地に入って、領民を殺したり、女性を犯したり、畑を荒らし家を焼いたら、恨みの際限が無くなってしまう。

 あくまでも、銅鉱山を巡る争いのみを行う形にする。


 他の利権などを争っている貴族家同士も、これは同じなのだそうだ。


「あまり争いが酷いと、王家の介入も予想されますから」


 この場合、マシな裁定など期待できないそうだ。


「争いの元になるから銅山を王国が没収とか。昔は、そんな裁定も少なくなかったそうで……」


 あくまでも、両家のみで利権だけを争っている。

 そういう姿勢を見せて、他勢力の介入を防いでいるのだそうだ。

 寄り親や、ブライヒレーダー辺境伯のような地域統括者は、同地域の貴族に手を貸し、手を貸して貰った貴族はその代わりに地域の安定に力を貸す。

 昔から、そういう関係になっているらしい。


「では、協定の締結を行います」


 結局、銅鉱山の利権にバウマイスター伯爵家は一切関わらない。

 その代わりに、戦闘不能にしたヘンケル準男爵家軍の持ち物と捕虜の権利はバウマイスター家側が全て取る。

 あとで、預かった捕虜の管理にかかった金額を、ランセル準男爵家がこちらに請求する。


 他にも細かな補足などがあったが双方で合意に達したので、ブリュア氏が急ぎ契約用の羊皮紙に記載を行い、俺とランセル準男爵家がサインをする。


 この世界では既に紙が庶民にも普及していたが、こういう大切な契約書類などでは今でも羊皮紙を使う事が多かった。


「では、早速に」


 ここと同じような状況になっている場所は多く、なるべく早く解決するために俺達はすぐに作戦を開始する事にする。


「魔法使いはいるのでしょうか?」


「はい。鉱山に攻めて来た時に、火の矢を飛ばしている者が。多分、臨時で雇われた冒険者だと思いますが……」


 準男爵家くらいだと、極稀に初級くらいの魔法使いを一人抱えているくらいだそうだ。

 ランセル準男爵によると、ヘンケル準男爵が今までに魔法使いを家臣にしたという情報も入っていないそうで、今回の出兵に合わせて臨時で雇ったのではないと語っていた。


「一緒に痺れさせますから意味無いですけど」


 これがカタリーナクラスの魔法使いだと、こちらのエリアスタンをレジストして反撃してくる可能性がある。

 だが、証言通りだとすれば、そう心配する必要も無さそうだ。


「準備は良いな?」


「はい」


 トーマスとモーリッツが指揮しているバウマイスター伯爵家軍に、ランセル準男爵が率いる軍が銅鉱山前に姿を見せると、防衛しているヘンケル準男爵家側の兵士達に緊張が走る。


「(いくぞ!)」


 だがその緊張も、直後にエリアスタンによる痺れで途切れてしまった。

 鉱山にいる全員が麻痺して、その場で動けなくなってしまったのだ。


「突入!」


 両軍の指揮官による命令が下り、麻痺しているヘンケル準男爵家軍の捕縛と銅鉱山の完全占領が始まる。


「さてと。あとはお任せしますか」


「はい……」


 俺の出番はもう終わりだし、ランセル準男爵がわざわざ陣頭に立つ必要も無い。

 これ以上の出しゃばりは、部下の仕事を奪う事になるからだ。


 そこで、魔法の袋からテーブルや椅子を取り出し、彼やその側近をお茶に誘っていた。

 ヴィルマがテーブルや椅子をセットし、エリーゼが取り出したティーセットを使ってお茶を淹れ始める。

 

 ちなみに、エルとイーナとルイーゼは監視役としてモーリッツ達に付いて行った。

 万が一にも、麻痺していない兵士に反撃された場合に備えたのだ。


 あと、ブランタークさんとカタリーナも椅子に座ってお茶を飲んでいた。

 どうせ鉱山に行ってもする事がないし、高位の魔法使いはこういうお茶会に出ると歓迎される。

 貴族同士のお茶会というのも、なかなかに面倒なのだ。


 エルは家臣として現地に出向き、イーナとルイーゼは婚約者でも身分が低いので遠慮して同じく現場に向かった。

 ヴィルマはエドガー軍務卿の養女なので残ってエリーゼの手伝いをしていたし、エリーゼ本人は未来の正妻なので言うまでもなかった。


 ランセル準男爵や側近達も、エリーゼが自らお茶を淹れているので恐縮しているくらいだ。


 あと、クラウスも何気なくお茶会に参加している。

 理由は、こういう貴族同士のお茶会で、俺の方に家臣ぽい人がいなかったからだ。

 クラウスは俺が私的に雇っているに過ぎないが、俺の横に居ればそれっぽく見えるのも確かであった。


「バウマイスター伯爵殿の奥方自らとは恐縮です」


「まだ婚約者なのでお気になさらずに」


 続けて、アルテリオさんから送られて来たチョコレートやお菓子なども出すと、彼らは興味深そうに口に入れていた。


「噂には聞いていましたが、美味しいお菓子ですな。子供達に少し持ち帰っても宜しいでしょうか?」


「どうぞ」


 お土産用に多めに渡すと、ランセル準男爵は嬉しそうに従兵の少年に渡していた。


「ところで、突然の占拠だったとかで?」


「ええ。昔からあの鉱山の利権比率では、定期的に争いが起こっていたのですが……」


 当然双方の主張は、『あの鉱山はうちの物だ!』である。

 ただそんな事は現実的に不可能なので、北側をヘンケル準男爵家側、南側をランセル準男爵側という事にしているらしい。


「それでも、争いが起こるのですか?」


「一種のガス抜きと申しましょうか……」


 代替わりなどがあると、新領主の力を見せ付けるのだという理由で、兵を出して睨み合いになるのだそうだ。

 

「それでも、通告はちゃんとするのですよ」

 

 『この鉱山はうちの物だ! 何日までに兵を出すから首を洗って待っていろ!』と。

 半分様式美のような物らしい。

 それで双方が兵を出して別の境界線で睨み合い、五名ほど代表者を出して腕比べを行う。

 勝った方が、次の出兵までは鉱山で有利な採掘が可能なのだそうだ。


「境界線上に所属が微妙な鉱脈がありましてね。そこの権利を得られるのです」


「完全に練習試合ですね」


「過去には血みどろの戦闘になって、双方合わせて百名以上の犠牲者を出したそうです。なのに、痛み分けで得る物はなく貴重な家臣や領内の若者達が死んだ。こういう形式になったのは、先人の知恵なのでしょう」


 せっかくの鉱山も、掘る人が死んでしまえば意味が無いから賢い選択なのかもしれない。


 それが、突然の奇襲と鉱山の完全占拠である。

 他の貴族家同士も同じようなルールで戦っている場所が多かったそうだがそれが全て破られてしまい、みんな困惑しているとの話であった。


「やはり、ブロワ辺境伯家ですか」


「みたいですね」


 それから約二時間後、エル達が戻って来て鉱山にいた全員の捕縛に成功したと伝える。

 あとは、長対陣に備えた食料や水、武器や生活用品、恩賞用の宝石や現金など、大量の物資の鹵獲にも成功したようだ。


「ランセル卿。従士長のフリックス殿は、鉱山の守備に入るそうです」


「承知した」


 エルの報告に、ランセル準男爵は貴族らしく鷹揚に頷いていた。


「防衛は大丈夫ですね。ヘンケル準男爵家は兵力が……」


「ええ。八割以上は、無効化されましたからね」

 

 三百人の守備兵が篭もる鉱山を落すのに、残存戦力数十人ではどうにもならないはず。

 現時点で、ヘンケル準男爵家は敗北したも同然なのだ。


「それと、ヘンケル準男爵が捕えられました」


「あの場に居たのか!」


 ランセル準男爵の情報収集によると、ヘンケル準男爵は後方で指揮を執っていて鉱山には居ないとの情報であったらしい。

 なので、ヘンケル準男爵本人が捕まったと聞いて驚いているようだ。


「視察にでも来ていたのでしょうか?」


「そんなところでしょう。バウマイスター伯爵殿としては、身代金が増えて結構だと思いますよ」


 とりあえずは成功したが、まだ先は長い。

 ブライヒレーダー辺境伯から貰った地図によると、ここと同じような紛争地域はまだ何十箇所もあるからだ。

 あとは、ブロワ辺境伯本軍から援軍が送られる可能性もある。

 ブライヒレーダー辺境伯本軍と睨み合いとはいえ、他から援軍を送る可能性もあるのだ。

 もしこれが来たら、その軍勢の相手もする必要があった。


「ランセル準男爵殿、私は次の戦場へと向かいます。それで、守備の方は大丈夫でしょうか?」


「はい。もしブロワ辺境伯軍が援軍を送って鉱山の再奪取を図ったとしても、千人以上はいないと難しいので」


 攻撃側は、守備側の三倍以上の兵力が必要だという法則は、この世界にも存在しているようだ。

 それとブロワ辺境伯軍側も、この鉱山を落すのに多大な犠牲を出しては意味が無いのだと。


「ヘンケル準男爵家も、残存戦力を考えると治安維持で精一杯でしょう。跡取り息子が残っているそうですが、領内の統治で大忙しでしょうし」


 鉱山で捕らえられた中には、ヘンケル準男爵領の統治を支える家臣達も含まれていたらしい。

 当然、人手不足に陥っているわけだ。

 あと、一般兵士の大半は徴兵された領内の農民達などである。

 彼らの不在で、ヘンケル準男爵領の生産力や税収が落ちる可能性も高い。

 まさに、踏んだり蹴ったりであろう。


「このまま裁定が下るまでは、鉱山を死守します」


「では、捕虜の管理をよろしくお願いします」


「任せてください」


 ランセル準男爵に捕虜の管理を任せると、今度は次の紛争現場へと移動を開始する。

 数時間後、俺達は魔導飛行船の上から河の中州を占拠する数十名の軍勢と、それらと河岸から睨み合っているぼぼ同数の軍勢を発見していた。


「ええと、中州に軍を置いているイェーリング卿がブロワ家側で、南方の河岸で牽制しているのがお味方のベッカー卿です」


 軍監として同行しているブリュア氏は普段は紋章官をしているそうで、この南部の零細貴族の当主や子息達に、主だった家臣などの顔と名前、その経歴などを全て記憶しているそうだ


 何しろ、この国の貴族は多い。

 そこで、大物貴族家は紋章官を必ず抱えていて、彼らは主人が初見の貴族に会う前には必ず情報をレクチャーするのだそうだ。


 今回彼が軍監になったのも、俺が多くの貴族を知らないのでそれを補うためでもあったようだ。


「共に騎士爵を持つ、ささやかな領地を経営する貴族様です」


 零細とか貧乏とか直接的には言わず、ささやかという部分が洗練された大物貴族家の紋章官らしかった。


 紋章官という役職名で呼ばれるのは、昔は戦場で敵貴族の武具に記された紋章から、その人物を特定する仕事をしていたからなのだそうだ。

 今は戦争が無いので、同国に多数存在している味方貴族やその家族などの情報を集め、主君に必要に応じてレクチャーする。

 数千から数万の貴族に関する情報を記憶するので、家には代々記憶方法に関する秘伝が伝わっているらしい。

 

 物語法とか、頭文字法とか、語呂合わせとかが秘伝なのであろうか?

 昔から物覚えは普通な俺からすれば、大変に羨ましい能力ではある。


「ここも睨み合いか……」


 両軍が睨み合っているのは、中州の所有権で揉めているかららしい。

 昔は河を挟んで領地が分かれていたが、ある日洪水になって急に中州が出来た。

 当然、共に領有権を主張して揉めたそうだ。


「農地とかにしても、実入りが少なそうな……」


 エルは、数十名の軍勢で陣を敷くと余剰スペースがなくなる中州を見て溜息をついていた。


「とはいえ、それを主張せずにいられないのが貴族様かと」


 領地を持つ貴族が、『どうぞどうぞ』などと言うのは論外だそうで、だが争ってもそう利益が出るはずもなく、今までは共に中州には立ち入り禁止にしていたそうだ。


「ですが、数年前から揉めていましてね」


 農地転用とかではなく、その中州で漁をすると魚が多く獲れるそうで、勝手に入った双方の領民達の間で諍いが発生していたらしい。


「それ以降、夜中に勝手に中洲に入って魚を獲った、獲らないだので、喧嘩レベルの争いが絶えないそうです」


 俺らからすると『この程度の事で……』なのだが、実際にそこで生活している領民達からすれば、生活が豊かになるかならないかの瀬戸際なのだ。

 双方の領主達も、プライドもあって兵を出さずにはいられなかったのであろう。


「ただ、中州の占拠はやり過ぎです」


 ブリュア氏の一言に尽きるが、こんなところまで占拠させてブロワ辺境伯は何を考えているのであろうか?


「とっとと済ませますか……」


 手順は、先ほどと変わらない。

 エリアスタンで麻痺させてから、捕虜にして中州を味方のベッカー卿の軍勢に占拠させるだけだ。


「今度は、私がやりますわ」


 今度は中州で、銅鉱山ほど広くは無い。

 なので、カタリーナに任せる事にする。

 

 彼女が魔法を発動させると、中州にいたイェーリング卿側の軍勢が倒れて動かなくなり、一時間としない内に全員が捕縛されていた。


「大変に助かりました」


 ベッカー卿からお礼を言われ、占領地と捕虜の管理を任せて次のポイントへと向かう。

 同じ作業なのであとは省略するが、俺、カタリーナ、ブランタークさんで順番に麻痺させ、現地の味方と一緒に捕縛する作業の繰り返しだ。


「出たな! 竜殺しの英雄め! 我こそは、『火壁』と呼ばれた……あべし!」


 たまに、エリアスタンをレジストして向かって来る魔法使いもいた。

 だが、そういう輩もすぐにノックアウトされて捕虜の仲間入りとなる。


「名乗りくらい聞いてあげたらいかがですか?」


「時間の無駄」


 『火壁』を名乗る魔法使いは、初級と中級の間くらいの魔力しか持っていない。

 もし名乗りをあげてから対戦しても、一分と保たなかったであろう。


 彼は、スタンウィップと名付けた電気の鞭魔法に絡め獲られ、すぐに意識を失ってしまう。


「一流なら、名乗っている間に倒されたりとかしないからな」


 気絶してモーリッツ達に縛られている『火壁』を見ながら、ブランタークさんも辛辣な意見を述べていた。


「随分と、魔法使いの数が少ないですわね」


 カタリーナは、貴族側が雇っている魔法使いの数が少ないと思っているようだ。

 あとは、レベルも低いと。


「中級の魔法使いなんて、そう簡単に雇えないからな」


 零細貴族同士の争いに、短期で雇われてるような中級魔法使いはほぼ皆無だそうだ。


「冒険者稼業で荒稼ぎか、大物貴族に雇われているから」


 あとは、レンブラント男爵のような特殊魔法で荒稼ぎとかなので、零細貴族が出せる謝礼などには見向きもしないらしい。


「結果、『火壁』君のような微妙なのが来るんだよ。アレでも、雇うと高額だしな」


 初級と中級の間くらいでも、この手の争いでは切り札になれるほど役に立つのだそうだ。


「数十名同士の争いで、火の壁とか作れる魔法使いだ。物凄く貴重だから。今回は、俺達と戦うという不運に見舞われただけ」


 ブランタークさんの言う通りで、普通は俺達のような魔法使いが出張る事もないのだ。

 今回は、『火壁』君が不運だったのであろう。


「あとは、ここ十年ほどの東部地域は、なぜか魔法使いが不作なんだよな」


 なぜか、中級以上の魔力を持つ新人がほとんどデビューしていないそうだ。


「魔法使いは足りないから、大体生まれた地域に縛られる。だから、東部の貴族達が金で引っ張ろうとしてもなぁ……」


 地元優先なので、まず来ないというわけだ。


「仲の悪いうちのお館様には、坊主という近年一番の出来星がいるからな。ブロワ辺境伯も焦ったと思うぜ」


 そのために、反乱を起こして俺の足を引っ張ったようだ。

 だが、バカな事をしたと思う。

 もしあんな事をしなければ、俺は領地の開発が忙しいからと出兵を断っていた可能性もあるのだから。


「うちで後方かく乱なんてしなければ、もしかしたら呼ばれなかったかもしれないのに」


「いや、やっぱり呼ばれたと思うぜ」


 貴族としての俺は、ブロワ辺境伯にコケにされたので、絶対に兵を出して復讐しなければいけないらしい。


「その結果、大量の捕虜と前から持っていた利権まで奪われですか……」


 実際に被害に遭った貴族達も、後の裁定で不利になれば出兵と占拠を要請したブロワ辺境伯を責めるであろう。

 もしかすると、損失の補填すらしなければならなくなる可能性もあった。


「とにかく、全部の紛争地帯で味方側を有利にして戻ります」


「えげつな」


 それから半月ほど、俺達は西から東へと境界線で睨み合っている貴族同士の紛争に介入し、ブロワ家側の軍勢をエリアスタンで麻痺させ、捕らえて大量の捕虜を得る事に成功する。

 

 紛争案件である利権や領地なども、全て味方側に占領させて守備を任せたのでブロワ家側は青息吐息のようだ。


 仕事を終えてブライヒレーダー辺境伯本軍が本陣を敷いているエチャゴ草原に戻ると、ブライヒレーダー辺境伯がご機嫌な表情で出迎えてくれる。


「報告は聞きましたよ。ブロワ辺境伯に一泡吹かせたようですね」


「身代金だけで、相当にふんだくれますよ」


「死者がゼロなのに、捕虜が膨大ですからね」


 ブロワ家側の貴族が繰り出していた軍勢は、全てエリアスタンで麻痺させられて捕虜になっている。

 貴族の当主や重鎮の数も多く、多くの身代金が取れるわけだ。


「ただ、物凄く彼らの怒りを買ったようですよ」


 ブライヒレーダー辺境伯に合わせて前方に視線を送ると、かなり距離を置いて対峙していたブロワ辺境伯軍が目視できる距離にまで接近していた。


 と同時に、敵軍から数十名の騎士や陣借りの傭兵達が姿を見せる。


「我こそは、ブロワ辺境伯家にその人ありと言われたライヒアルト・シュタイナウアーである! ブライヒレーダー辺境伯軍の勇者に一騎討ちを求める!」


 次々と名乗りを挙げて武器を掲げる若い騎士や、感状目当ての浪人達。

 だが、彼らの武器はやはり訓練用の刃が丸まった物であった。


「腕比べが始まりましたね」


「腕比べですか?」


「ええ、前の大惨事を教訓に考えられた物ですね」


「私の若い頃の紛争ですね。その時は、死に物狂いで槍を振るいましたとも」


 ここ最近は、新規組のフォローや食料や物資の管理、会計などで嫌味なほどにさり気なく活躍しているクラウスが珍しく声を出す。

 そういえば、彼は数十年前に多くの死者が出た両家の紛争に参加していたはずだ。


「そうです。クラウスさんは、当時参加していたのですね」


 ブライヒレーダー辺境伯は、先日の反乱事件の経緯を知っている。

 だが、クラウスをどう裁くのかは俺の管轄なので、彼が近くにいても気にもしていないようだ。


「何とか生き残れましたという感じですね」


 いまだに原因は不明らしいが、突如睨み合っていた両軍が動いて激突し、双方で百名以上の死者が出たらしい。

 当時は武器が訓練用ではなかったので、死傷者が激増したのだそうだ。


「その後に、反省の意味を込めましてね」


 密約で、武器は訓練用の物を使用する事になったそうだ。

 あとは、模擬戦形式による一騎討ちの奨励である。


 陣借り者も含めて、彼らは主君や貴族の前で優れた武勇を見せて、褒美や昇進や仕官に繋げる。

 ただ、逆に負けて評価が落ちる事もあるので、参加は慎重にという物のようだ。


「皆さん、出て行きますね」


 ブロワ側の要求に答えるようにして、ブライヒレーダー辺境伯軍や、行動を共にしている貴族家からも陣借り者や騎士達が出て行く。

 

 両軍が見守る中、数十もの模擬戦形式の一討ちが始まり、すぐに勝敗が着く者、逆に長々剣を交わす者達など、様々な光景が展開される。


 基本的に負けて馬から落とされると、捕虜にされて終わるようだ。


 戦況を見ると、ほぼ互角に見えていた。


「あっ! トーマスが出ている」


 新規組のリーダーであるトーマスは、自分とあまり年齢が変わらない騎士と一騎討ちを行っていた。


「優勢だな」


 双眼鏡で監察していると、戦況はトーマスの方が有利なようだ。

 暫くすると相手側が馬から落とされ、剣を突き付けられて捕虜となる。


「馬なんてあったっけ?」


「必要との事で、私が借りておきました」


「そいつは、どうも……」


 一騎討ちに参加したい兵士達のために、クラウスが何頭か予備の馬から借りて来たそうだ。

 さすがの準備の良さに、俺は少し顔を引き攣らせていた。


「あのトーマスという人は、馬も上手いようですね」


 雇ってみてわかったのだが、トーマスは使える人材であった。

 剣も槍も弓も馬も、教養や計算なども、ある程度の水準で何でも器用にこなすからだ。

 天才ではないが、部屋住みの頃から暇を見ては何でも取得しようと努力したらしい。

 出来る事が増えれば、いつか自分も独立した家をという風に自分を鼓舞して努力していたのであろう。


 新規組の指揮も水準以上にこなすし、こういう人材は実は物凄く欲しかったりする。


「ブロワ家側の騎士を捕らえて戻るようです」


「感状と褒美を出すか」


 これも士気を鼓舞するための物なのであろうが、味方が敵の騎士を捕らえてくると、ブライヒレーダー辺境伯も他の諸侯軍に参加している貴族達も、みんな側近などが準備した感状にペンで記載を始めていた。


 何時に、どこで、誰が、誰を一騎討ちで捕らえたかと、その功績を称えて感状と褒美を与えると記載するのだ。


「こういう方法で、士気を鼓舞するのか……」


「はい。感状は自分の武功を証明する大切な物。仕官を目指す陣借り者なら余計にです」

 

 さすがは、年の功で良く知っているクラウス。

 小憎たらしいほど絶妙なタイミングで、俺にアドバイスをしてくれる。


「トーマス殿が戻ったようです」


 捕らえられたのがよほど悔しかったのか?

 睨み付けるような表情を崩さないブロワ家側の騎士を連れて、トーマスは戻って来る。


「ご苦労様。ええと、この捕虜になった騎士の名前は?」


「クリストハルト・レッチェルトです」


「なあ、クラウス」


 レッチェルトは、トーマスの改姓前の家名であったはずだ。

 つまり、この捕虜はトーマスの兄という事になる。


「仕官して間も無いのに、トイファー殿の武功は素晴らしく」


 クラウスの言うトイファーとは、トーマスが新しく名乗った家名である。

 どうせ、捨て駒にされた直後にレッチェルト家にトーマスという名の男子などいないという事になっているはずなので、心機一転でクラウスが家名を考えてあげたそうだ。


「トイファーだと! お前は俺の弟!」


 どうやら捕虜になって血が昇っているらしく、このクリストハルトという男はバカみたいな事を口走っているようだ。


「クリストハルト殿とやら。トーマス・トイファーは俺の家臣なのだが、貴殿の弟だと言うのか?」


「当たり前だ! トーマスはっ!」


 ようやく、己の失言に気が付いたらしい。

 レッチェルト家はトーマスをバウマイスター騎士爵領での反乱に参加させるため、その存在を抹消してしまった。

 なのに、その抹消した男を弟などと言うのだから。


「本当に、トーマスは貴殿の弟なのですか?」


「いや……。似ていただけだと思う」


「似ていた?」


 存在しないはずの人に似ているというのも変な話だ。

 どうやら、弟に一騎討ちで負けて捕らえられ、相当に動揺しているらしい。


「いや、そんな男は見た事が無かった!」


「そうですか……」


 クリストハルトの言葉で、トーマスはもう自分はレッチェルト家には戻れないと悟ったらしい。

 少しだけ、寂しそうな顔をしていた。


「お館様。トイファー殿に褒美と感状を」


「そうだったな」


 俺は急ぎペンで記載した感状を渡し、魔法の袋から以前にエルから教えて貰って購入していた鋼製の剣を渡す。

 かなり高価な一品で、このレベルの剣に騎士などは家紋などを施し、常に帯剣するのだそうだ。


「これからも、トーマスの働きに期待する」


「ありがたき幸せ」


「あとは……(クラウス、相場がわからん!)」


「(金貨二~三枚にございます)」


 金貨なども渡すのだが、その相場がいまいち不明なのでクラウスにそっと聞いてみる。

 知らなかったらブライヒレーダー辺境伯に聞けば良いし、もしそうならザマぁとか思ったのだが、やっぱり奴は知っていたようだ。


「(良く知っているな)」


「(年の功にございます)」


 相場はわかったので、ここはトーマスの忠誠心を上げておこうと、金貨五枚を袋にそっと入れて渡す。 

 ここで奮発しておけば、他の新規組も頑張るはずだ。


 しかし、平均でも日本円で二百万円から三百万円だ。

 そう滅多に紛争などないので、その時には貴族も貯えた金から奮発して褒美を出すのであろう。

 周囲の目もあるから、余計にそうなのだと思う事にする。


「あとは、お見合い会への参加許可も出すから」


 最後のはどうでも良いような気もしたが、アラサー男のトーマスはスキップでもしそうな笑みを浮かべながら戻って行く。 

 クラウスの言う通りに、若い男には女らしい。


「こういう場面を見ますと、バウマイスター伯爵も貴族の仲間入りですね」


 ブライヒレーダー辺境伯は、そんな俺の様子を見て一人感慨に耽っているようだ。


「ところで、エルは?」


 女性陣は他の貴族達の手前もあって、うちの陣地で食事の支度をしていたのだが、なぜか俺の護衛であるはずのエルの姿が見えなかった。


「エルヴィン様なら、あそこにいますが」


 クラウスが指差した方角では、エルが前に出てブロワ家側の騎士と一騎討ちをしている光景が見えていた。


「あのバカ……」


「エルヴィン君も若いので、手柄は欲しいでしょう」


 ブライヒレーダー辺境伯の言う通りなのだが、エルは捕まると取り戻すのが面倒なので、一騎討ちには出ないで欲しかった。


「優勢みたいですよ」


 エルの相手は、思ったほど強くなかったようだ。

 十分間ほど剣を交えると、エルに馬から落とされて捕らえられていた。


「お館様、敵の騎士を捕らえてきました」


 他の貴族もいるので、エルは俺の事をお館様と呼びながら得意気に戻ってくる。

 捕まった捕虜も、若造に負けたとあって心なしか悔しそうな表情をしていた。


「このおバカが! お前が、一騎討ちに出るな!」


「だって、手柄欲しいもの!」


 功績は功績なので、ちゃんと感状と褒美は出したが先に拳骨を落すのは忘れなかった。

 こうして初めての特殊な戦争の日々は続いていたのだが、この争いが終わる気配も一向に見えないのであった。

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