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オマケ三話 男女器合わせ事情。

「何と言いますか……。意外とアッサリと終わりましたわね」


「みんな。良くそう言うけどな」


 ヴァイゲル準男爵家の復興は、恐ろしいほど早いスピードで決まっていた。

 ルックナー財務卿の強い推薦もあり、誰も反対した貴族がいなかったからだ。


 陛下も、『バウマイスター伯爵家の安定化は急務であるか。特に反対する理由もないの』と発言したので、すぐに決定したらしい。


 なお、その際に次代ヴァイゲル準男爵家当主と、ルックナー侯爵家の娘との婚姻も許可されたそうだ。


 ヴァイゲル準男爵家関連では貧乏クジばかり引いていたルックナー財務卿であったが、この件では大いに面目が保てたらしい。


 逆に、ヘマをしたリリエンタール伯爵は渋い顔をしていたそうだが。


 そして以上のような経緯の後に、カタリーナの元に王宮から使者が来て名誉準男爵位が授爵されたわけだ。


『カタリーナ殿』


『はい。我は、次代のヴァイゲル準男爵の母となり。陛下のため、王国のため、民のための礎となる』


 男が爵位を得る時と大分文言が違うが、それだけヘルムート王国では特殊な例だという事だ。

 『もし子供が生まれなかったら?』という疑問もあるが、そこは最悪養子という手もあるのであまり気にはされない。


 要は、その家が続けば良いのだから。


 簡単に名誉爵位が貰えたので暇になった俺達は、ホーエンハイム子爵家の庭先で簡単な魔法のトレーニングをしながら話をしていた。


「男だって、陛下の前で一言宣誓して終わりだぞ」


「陛下もお忙しいでしょうからね」


 カタリーナは、俺から教わった座禅を組みながら体内の魔力を循環させる訓練を続けていた。

 人様の家の庭で魔法をぶっ放すわけにはいかないので、周囲に迷惑をかけない修練をしていたのだ。


「ところで、ヘルマン様はいつ襲爵を?」


「向こうは、色々とあるからなぁ……。もう少し情勢が落ち着いてからという話になっている」


 クルトの後始末や、お隣で領地を開発しているパウル兄さんへの手助けに、新規の自領開発計画など。

 急がしいので、王宮から情勢が落ち着いてからで良いと言われていたのだ。


 あと、ヘルマン兄さんは側室を最低一人は貰わないといけない。

 パウル兄さんも同じで、これの選定作業にも時間がかかる。


 既に本妻がいてしかもその身分が低いので、出しゃばらない側室を選ぶというのは案外骨が折れる作業なのだそうだ。

 候補は、王都にいる法衣騎士爵家の次女以降であまり裕福ではない家で、無役なのが好ましいらしい。

 その家は側室を入れた代わりに、仕送りを受けたり、役職を得る活動を助けて貰ったり、その兄弟や親類などを陪臣として雇い入れて貰えるという恩恵を受ける。


 候補は、ルックナー財務卿、エドガー軍務卿、アームストロング伯爵などが探してくれるそうだ。


「二人共、出来ればいらないと言ってたな」


 忙しいし、俺の兄弟達は父に似ずに好色でもない。

 父に関しては、当時の状況的に仕方の無い部分もあったが、ちゃんとしている事はしているので、母などに言わせればやっぱり女好き扱いであった。


 兄弟の中では、俺が一番婚約者が多くて女性関連では一番父に似たと言われているのだが、何というかかなり濡れ衣なような気がする。


「ヘルマン様も、大分後ではありますが準男爵に陞爵する予定ですし。奥さんが一人なのは……」


 極少数の例外で、我を貫いて奥さんが一人という大物貴族もいるが、大抵は複数を持つのが普通だ。

 家を潤滑に運営するために他家と関係を結ぶ、正妻に子供が生まれなかった時のために予備、あとは余裕があるので余っている貴族家の女性を引き受けるという弱者救済的な理由もあったからだ。


「エーリッヒ兄さんも、ヘルムート兄さんも。側室は避けられないだろうな」


 あの二人も別段好色でもないので、慣習だからという理由で渋々受け入れるのであろうが。


「その点、私は女なので楽ですわ」


 夫を増やすわけにもいかないので、確かにその点では羨ましいと思う人もいるはずであった。


 後腐れなく遊べる良い女に憧れるのが男の性であったが、側室として生活を共にすると面倒な事も多くなる。

 そういう風に考えている男は、かなり多いような気がするのだ。


「よう、地味に修行してるな。お二人さん」


 とそこに、一緒にホーエンハイム子爵邸に泊っているブランタークさんが顔を出す。

 彼は朝一番で、ブライヒレーダー辺境伯にカタリーナの叙爵が終わったと通信していたようだ。


「地味って、ブランタークさんが毎日やれと」


「当然だ。俺だって毎日やっているし」


 どんなに忙しくても、ブランタークさんも毎日魔力を体内に循環させる訓練は欠かしていなかった。

 この修練を続ける事で、魔力のコントロール力が維持・上昇するのだから。


 ただ、座禅を組んで魔力循環を行うのは、俺の前世から得たオリジナルの手法であった。

 この方法で行うと効率が良いようで、今ではブランタークさんや導師も採用していた。


 師匠ですら、『良く思い付いたね』と当時は感心していたのだから。


「魔力の使用効率、精度、威力に直結するからな。毎日怠るなよ」


 魔力の上昇が終わっても、必須な訓練方法であったのだ。


「加えて、私の場合には魔力量はまだ成長途中ですわ」


 カタリーナは、まだ十六歳であった。

 なので、まだ魔力の上昇は続いているようだ。


「羨ましい限りだな」


 ブランタークさんは優れた魔法使いであったが、本人はもう少し魔力量が欲しかったなと常々口にしていた。

 当時は、こればかりは生まれ付き決まっているので仕方が無いとも良く溢していたのだ。


「ですが、さすがにもうそろそろ限界だと思いますわ」


 カタリーナの魔力は、上級でもかなり上の方だ。

 もう劇的な伸びは期待できないであろうと話していた。


「それなら、坊主と器合わせでもしたらどうだ?」


「うっ! 器合わせですか!」


 ブランタークさんがカタリーナに俺との器合わせを勧めると、彼女は顔を真っ赤にさせながら俯いてしまう。

 俺には、なぜ彼女がそこまで恥ずかしがるのか理解できなかった。


「別に恥ずかしがる事じゃないだろうに。お前さんらは、夫婦になるんだし」


「あの、いまいち事情が飲み込めないですけど……」


「何だぁ? アルの奴、ちゃんと話していなかったのか」


 魔法使いの世界は狭いので、器合わせにまつわる特別な風習があるのを俺は知らなかった。

 師匠も、時間がなかったので教える余裕がなかったのであろう。

 忘れていたという可能性もあったが。


「男と女が器合わせをするというのは、まあその……」


 半分こじ付けだとは思うが、ある種の性行為を想像できるので。

 異性同士だと、ただ師弟関係にあるだけではなく、恋人同士や夫婦かそれに準ずる存在にしかしないそうなのだ。


「男同士だと、純粋な師弟関係としか見なされん。女性の場合は、相手が兄弟や父親なら問題ない」


「そんな、魔法の才能は遺伝しないのに……」


 やはり、この世界の女性は損をする事が多いようだ。

 いくら師匠でも、相手が女性だと恋人、婚約者、夫婦のような関係でないと器合わせは不可であるらしい。

 もしすると、周囲からそういう関係なのだと思われてしまうそうだ。


「あとは、自分の子供に行うのなら構わないと」


「それも、非現実的ですね」


「極稀にいるからな。親子で魔法使いも」


 そういえば、前に導師から頼まれて王宮魔導師や見習いの連中と器合わせをした事があったが、全員が男性であったと記憶していた。


「例外は……」


 その時に、一緒に器合わせをしたルイーゼである。


「ボクの場合は、ヴェルの奥さんになるのが確定していたから」


「あれ? そうだっけ?」


 そして、いつの間にか彼女も話に加わっていた。


「ボクの中では、もう決まっていたから」


「なるほど」


 俺はそんな慣習を全く知らなかったが、一緒に器合わせをした王宮魔導師達は当然知っている。

 どうやら、あの瞬間にルイーゼが俺の奥さんになるのは確定していたらしい。


「あとは……」


 そういえば、王都滞在時にエリーゼとも器合わせはしていた。

 残念ながらあまり魔力は上がらなかったのだが、魔力酔いで二日間ほど寝込んでいたのを記憶している。


 あとはイーナとヴィルマであったが、二人は元々魔力が少なく、更に限界まで上昇していたので器合わせはしていなかった。

 魔力量が初級以下で魔法使い扱いされていない人は、器合わせなどしないのだ。


「エリーゼは、そういう話はしなかったな」


「知っていると思ったんだろう。どうせ夫婦になるから何の問題も無いし。ところで、カタリーナの嬢ちゃんとは器合わせはしないのか?」


「わっ! 私ですか!」


 それはカタリーナ次第だと思って彼女に視線を向けると、なぜかとても動揺しているように見える。

 更に、その顔も真っ赤であった。


「俺の勘だと、カタリーナの嬢ちゃんは伯爵様には魔力の量では勝てないはずだ。悔しいだろうとは思うが、ここで魔力量を限界まで上げてから、魔法の種類を増やしたり精度を上げてだな……」


 ブランタークさんは、カタリーナと俺が最初に出会った時の事を聞いているので、魔力量で負けるのが悔しくて器合わせに積極的でないと思っているようだ。


 多くの弟子を教えた経験を生かし、穏やかに説得をしていた。


「嫌なのか?」


「いえ……。そういうわけはなく……」


 カタリーナは、まだ顔を赤くさせながら下を向いてモジモジとしていた。


「なら」


「あのうっ! その前に、お風呂に入って着替えて来ますから!」


「はあ?」


 突然妙な事を口走ると、カタリーナは脱兎の勢いでホーエンハイム子爵邸へと戻っていく。

 あとには、全く事情が理解できない俺とブランタークさんだけが残される。


「どういう事です?」


「あの嬢ちゃん、どんだけ男に免疫がないんだよ」


 見た目は勝気そうで男など手玉に取りそうなのに、器合わせで俺と手を繋ぐと聞いただけで風呂とか着替えるとか言っている時点で、彼女に男性に関する免疫など皆無なのであろう。


「というか、意識すると駄目なんでしょうね」


「そういう事か」


 俺達と出会う前に出会った冒険者達や、土木工事の現場で顔を合わせる男性労働者達に、導師やブランタークさんにエルと。

 特に動揺した様子も見受けられなかったので、俺が婚約者になった時点で恥ずかしくてスイッチが入っているのであろうと思われる。


「あの嬢ちゃん、初夜の時とか頭が爆発するんじゃねえ?」


「さすがに、それはないでしょう」


 それから三十分ほど後に、カタリーナは風呂に入り、軽く化粧をし、香水を振ってから戻ってくる。

 服装も普段の皮ドレスではなく、高そうなシルクのドレスを着ていた。


 仄かにバラの香水が漂い、カタリーナの美しさを強調していたが、ブランタークさんも俺も頭の上にクエスチョンマークを浮かべたままであった。


 なぜ、たかが器合わせでそこまでする必要があるのだと。


「(いや、男と女の器合わせはそういう事だけど、なぜめかし込む必要があるんだ?)」


「(さあ? まあ、普通に器合わせが出来れば良いかと)」


 やはりどこかズレた部分のあるカタリーナであったが、俺は可愛いものだと思ってすぐに器合わせを行うのであった。




「ねえ、ヴェル。もしかして、カタリーナと庭先で妙な事を……」


「してない! してない!」


 ただ、カタリーナは着替えの際に何種類かの下着の中でどれが良いかをイーナに聞いていたようで、器合わせを終えて戻ると彼女から妙な目で見られてしまうのであった。

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