第五十九話 新しい家臣達とカタリーナ。
「カタリーナ、指名依頼が来ているけど」
「わざとらしいですわよ、ヴェンデリンさん! 依頼の指名者は、あなたではないですか!」
「それがね。俺の名前で指名されているんだけど、全然俺は関与していないわけで」
「そんな無責任な話がありますか!」
「ローデリヒって、案外人使いが荒いんだよね」
出会った当初からイーナ達と揉め、それが原因で狩りで勝負をした没落貴族の娘であるカタリーナであったが、その後は一緒に導師が見付けた地下遺跡の探索をしたりして、何だかんだと言いつつも一緒に行動するようになっていた。
彼女は、貴族とはこうあるべきだという信条のような物をもっていて、それがあの格好であったり言動であったりするのだが、どこかズレているのは本物の貴族ではないからかもしれない。
それと、彼女は自分の魔法を利用した御家復興を願っているようで、その行動指針は、常に世間から目立つようにという物から来ている事が多い。
俺の前でイーナ達を罵倒し、勝負を挑んで来たのにはそんな理由もあったようだ。
ただ、勝負の結果はもうどうでも良くなっていた。
あの導師が勝手に割り込んで、俺もカタリーナも彼に勝てなかったからだ。
『実は、わざと勝負に水を差して仲裁に入ったとか?』
『見た目からは、とてもそう思えませんわ』
導師の真意はわからなかったが、正直勝負などどうでも良くなってしまったのは事実だ。
その後、いつもの口調ではあったがカタリーナも素直に謝ったので、もう争いはこれで終わりという事になっていた。
俺には度々土木工事の依頼がローデリヒから入るので、カタリーナはなぜかエル達と魔の森に入るようになっていたのだ。
『ブランターク様もお忙しいでしょうから、私がみなさんを護衛してさしあげますわ』
口調はいつもの感じであったが、これは照れ隠しから来ているらしい。
実際に一緒に出かけると、女五人で姦しく楽しみながら狩りや採集をしているようだ。
『なあ、ヴェル。せめてもう一人、男のメンバーが欲しいんだが……』
『自分で探せよ。冒険者ギルドに居るのから。良さ気なら、俺も許可を出すから』
『そんなの、簡単には見付からないから相談している』
俺達とカタリーナと導師による狩りの勝負が行われた結果、魔の森の近くに数箇所作られた冒険者ギルド支部には多くの冒険者達が詰め掛けるようになっていた。
あの勝負で得られた大量の魔物の素材や、フルーツ類、カカオの実、貴重な薬草などが王都で冒険者ギルド本部主催のオークションで大金で落札されたからだ。
特に、あのアルビノ個体のサーベルタイガーは王家が大金を積んで二頭とも手に入れてしまったそうだ。
他のサーベルタイガーも複数の大物貴族達によって落札され、現在王都では『飛竜の頭なんて当たり前。貴族の癖に、家にサーベルタイガーの毛皮が無いなんて……』という空気になってしまったらしい。
その結果、貴族は多額の報酬を餌に冒険者ギルドに依頼を出し、それに応じた冒険者達が多数集まって来たのだ。
魔導飛行船の運賃は、最低でも金貨一枚である。
それを払っても、魔の森は美味しい狩り場であると認識されたのだ。
サーベルタイガーは無理でも、他の魔物も単価は高いし、フルーツ類やカカオの実でもある程度数を集めれば採算は良い。
現在、冒険者ギルド支部周辺には急速に町が出来上がりつつあるようだ。
それともう一つ、あの地下遺跡の存在もある。
古代魔法文明時代にあった大型アウトレットモール、というのが正しいのであろう。
その在庫を仕舞う魔蔵庫付きの大型地下倉庫が八つも見付かり、その中には大量の物資が当時のままで眠っていた。
生活雑貨なども多かったが、例えば服や下着などでも今の物よりも遙かに品質が上で、数もあるので結構な値段になるはず。
実際、今俺が着ているシャツやズボンなども、部屋着なら上級貴族が着ても何らおかしくはないほどだ。
他にも、今の物とは形式が違うが、スーツや礼服なども多数見付かっている。
カジュアルな服装などもあって、これらは寧ろ地球の物に良く似ていると思う。
ネクタイにスーツなど、試しに着てみるとまるで前世のサラリーマン時代に戻ったかのようであった。
皮靴を履き、カバンなどを持つと、急いで出勤しないとなどと思ってしまうほどだ。
衣服や装飾品は女性用も大量にあり、例えば園芸用品などもあった。
花や野菜や穀物などの種子も大量にあり、これは現在王国内で栽培されている品種よりも優れているのかのかを、バウマイスター伯爵家専用の実験農場で栽培し確認して貰う事にする。
前に、魔の森にあるカカオやフルーツ類の実験栽培を頼んだ所である。
ただし拡張が必要なようなので、また土木工事に駆り出される予定ではあったが。
他にも、様々な生活雑貨に、玩具、酒、食料品、家具、書籍、工具など。
あまりに量が多いので、現在ローデリヒ達がギルドの職員達とまだカウントしている状態であった。
本来ならば、ギルド側で全て買い取ってから俺達が上納金を納めるのが普通であったが、見ての通りに数が多いのでギルド側も全て買い取りは不可能との判断であり。
あと、ここの領主としては、現物を研究すれば新製品などが多数出せそうな物資を全てギルド側に渡すなど言語道断でもある。
特にローデリヒが煩いので、ギルド側には評価額だけ算定して貰い、俺が現金で上納金を納める事になっていた。
ちなみに、魔の森における上納金の額は評価額の一割。
かなり低いが、これはローデリヒが上手くギルド側の足元を見て交渉した結果であった。
他にも、ギルドはもう一割をバウマイスター家への税金として徴収する義務がある。
ギルド側も、収入に応じてこちらに納税する義務があるので、それらを差し引いた額を計算すると、俺も思ったほどの負担をしないでも済むようになっていた。
とはいえ、普通の貴族だと頭を抱える金額なのであったが。
正式な金額の算定はこれからであったが、それは多数ある魔道具の査定がまだだからであろう。
様々な商品を取り扱うアウトレットモールの倉庫なので、当然魔道具類も大量に入っていたからだ。
冷蔵庫、エアコン、洗濯機、コンロ、オーブン、洗面台など。
他にも、ブランタークさんがブライヒレーダー辺境伯から預かっている携帯魔導通信機なども多数見付かっている。
しかも、現在王国内で出回っている品よりも性能や魔力消費効率が圧倒的に良かったのだ。
なお、倉庫に一緒にあったチラシには、『即日契約安心魔導携帯通信機』、『ご新規様、無料契約』と書かれていた。
そこはかとなく、日本を思い出させてくれるチラシの文言ではある。
更に、自動車、トラック、バイク、小型の耕運機などに類した魔道具も数百台ほど見付かっている。
商品を見ると、新品も、中古も、倒産品買い取りのバッタ品もあると見付かった帳簿には書かれていて、昔は魔道具が発達していたものの、在庫過多で作っている業者もかなり厳しい競争を強いられていたようだ。
例えば携帯魔導通信機などで見ると、高性能で作りも素晴らしい『ソニア』という工房の作品は、新品も、少し傷は付いているが性能に差が無い中古品もあった。
あとは、『ソミア』という作りが雑で魔力効率も悪い品があって、やはりそこはかとなく地球を思い出せてくれるのだ。
多分、一流の工房である『ソニア』製だと勘違いさせて買わせる戦略であったらしい。
ただ、その『ソミア』製ですら、性能は既存の魔導通信機よりも圧倒的に上であったが。
とにかく、この世界では大変に高価で貴重な物である。
また倉庫が見付かるかもと、同じく多くの冒険者達が魔の森に殺到していた。
ただ活気が出るのは素晴らしい事なのだが、同時に治安の悪化も懸念されるわけで、その対応のために警備隊の増設も急遽行われている。
そこで、新規の兵士と幹部候補達が加わっていた。
『お久しぶりですね。バウマイスター伯爵様』
まず一人目は、あの導師の三男であるコルネリウス・クリストフ・フォン・アームストロング。
彼は今年で十九歳になる、元は軍に勤めていた人であった。
王都時代に何度か顔は合わせていたのだが、まさか彼がここに来るとは思わなかった。
なぜなら、王国軍においてアームストロング家は重鎮中の重鎮であり、その血縁者も多かったからだ。
当然コネもあって、導師の三男くらいなら余裕で入れるし、何よりアームストロング家直系の男子は軍人として優秀な資質を持つ者が多い。
コルネリウスもその中の一人で、将来は軍幹部としてその将来を嘱望されていたからだ。
『俺って、全然親父に似ていないでしょう。だから、別に王国軍でなくてもいいかなと』
導師の跡継ぎで同じく軍にいる長男は、アームストロング家男子代々の伝統を受け継ぎ、導師や伯父であるアームストロング伯爵に良く似ている。
だが、次男以下の男子全員は奥さん達の方に良く似ているようで、コルネリウスも身長百八十センチほどの爽やかな好青年であった。
暑苦しい導師とは、逆のベクトルに位置する人物なのだ。
『あと、俺の従兄弟で伯父さんの三男のフェリクスも預かってきたので。口の悪い奴は、軍閥の余り息子達の大処分とか言ってますね』
こちらは、正しくアームストロング家男子の伝統を受け継ぐ、筋肉巨漢そのものといった若者だった。
他にも、ヴィルマの兄でアスガハン準男爵家の三男も一緒なのだそうだ。
『あそこは、ヴィルマさんをエドガー軍務卿に養女として取られてしまいましたからね。真っ先にコネでエドガー軍務卿が押し込んで来ました』
確かにコネではあったが、全員軍家系の子供なので当然良く鍛えられている。
兵士にも元冒険者などが多く、荒くれ揃いの冒険者相手の警備隊業務には最適な人材とも言えた。
『ところで、親父は?』
『アルバイトを少々』
『また弟か妹も生まれますからねぇ……』
導師の上の息子達は、父親が大変にフリーダムなのでその反動か常識的な人が多かった。
多分、奥さん達の教育方針なのであろう。
反面教師にしているという可能性もあったが。
『そういえば、ヘンリック兄さんはちゃんと商売しているみたいですね』
『小型とはいえ、魔導飛行船を所有していますからね』
ヘンリックとは導師の次男で、貴族の子としては珍しい事に商人として現在未開地中を飛び回っていた。
ブライヒブルクなどから大量に物資を買い付け、未開地の工事現場や魔の森近くの町に運んで利鞘を稼いでいたのだ。
『魔導飛行船の代金、親父から借りてますからね』
元から王都周辺で小商いをしながら経験を積んでいたそうだが、未開地の開発ラッシュをチャンスだと思い、父親である導師から小型魔導飛行船の代金を借りたそうだ。
『利子はないですけどね。踏み倒すと、間違いなく殴り殺されますから』
『確かに、そんなイメージが……』
あの導師からの借金を踏み倒す、さすがの子供達でもそれは出来ないと感じているらしい。
返済時期が決まっているわけでもないし、儲かっているのでその心配は無いのだと、コルネリウスは説明をしていた。
『とにかく、冒険者の騒動は避けるように』
『あの手の連中は、舐められないようにちゃんと締める必要がありますからね』
似てないとはいえ、やはりその辺は導師やアームストロング伯爵の血を引いているようだ。
確かに、警備隊が舐められて冒険者が好き勝手をするのも困るので、コルネリウスの意見は間違ってはいないのだが。
『では、早速現地に向かいます』
以上のようなやり取りの後に、コルネリウスは警備隊を率いて現地へと向かう。
一部の不埒者を除けば、休養を取る町くらいは静かな方が良いし、そうなればまた質の良い冒険者が集まって魔の森での狩猟と採集も進む。
そうなれば、冒険者とギルドから税金も集まるわけで、その税金でますます開発が進むという仕組みだ。
あと、俺がローデリヒから指名された土木工事を行って、開発期間と費用の節約も相変わらず行っている。
週の半分で土木工事を行い、もう半分で魔の森での狩りを。
残り一日は休養というサイクルを繰り返す事が決定していた。
勿論俺が決めたのではなく、ローデリヒや新しい家臣達が決定したのであったが。
俺が基礎工事を行うとバウマイスター伯爵家の現金の減りが減少し、冒険者として金を稼ぐと開発資金が増えるわけだ。
何というか、資金繰りには困っていないのに自転車操業をしているようにも感じてしまう。
そしてもう一人、土木工事魔法仲間が増えている。
勿論、あの御家再興を願うカタリーナその人であった。
「ここに深い穴をですか?」
「ほら、あの魔蔵庫の移動を行うから」
結局、導師が見付けた地下遺跡は物資の保管庫で、保管する物資が経年劣化をしないように魔蔵庫まで設置されている優れ物であった。
とりあえずは、中身の物資だけ魔法の袋に入れて来たのだが、あまりの量でカウントをしているローデリヒ達は音をあげている状態であり。
とりあえずは倉庫に仕舞おうとしたのだが、その倉庫自体が既に一杯になってしまっている。
そこで、魔の森からここに移転させる事にしたのだ。
魔蔵庫を完備しているので、バウルブルクの食糧や物資なども経年劣化を気にしないで仕舞えるのはありがたい。
コストの関係で、一から魔蔵庫の設置はしたくないが、元から使える物ならば何の問題もないわけで。
ただ、ブランタークさんがブライヒレーダー辺境伯に、導師が王国にも欲しいという事なので、屋敷近くの地下に設置されるのは残りの六つとなっていた。
なお、移築をするのはあのレンブラント男爵である。
彼は忙しいので移築は数日後の予定であったが、その前に移築し易いように大きな穴を掘る事にしたのだ。
俺だけでやっても良かったのだが、そこに偶然ではあるが優秀な魔法使いと知り合う事ができた。
ならば、任せるのは自然の流れであろう。
「私も、御家再興の際には屋敷近くの地下にでも埋めましょうか」
「分け前は、現金で貰うのも地下倉庫の現物でも構わないけどね」
今の時点では、貰っても持て余すだけであろう。
何しろ、カタリーナの御家再興の悲願は叶っていないのだから。
「穴掘りはともかくとして、他の土木工事まで私に振らないでくださいまし!」
「えーーーっ! 俺一人だと面倒だもの」
カタリーナは、今までは土木魔法の経験は無かったそうだが。
試しに教えてみると、一番得意な風系統の魔法の次に器用にこなすようになっていた。
せっかく他の優秀な魔法使いに会ったので、互いに魔法のネタを交換したり、一緒に鍛錬をしてみたりしていて。
あとは、俺が土木工事に出かける日にはエル達と一緒に魔の森に出かけるようになっていた。
どうせ一緒に居る時間が多いのだからと、つい先日建設途中のバウマイスター伯爵邸の中庭予定地に移築した師匠の屋敷に居候をするようになっていたのだ。
『この屋敷、女ばかり増えていくな』
『エルヴィンさん、何か文句でも?』
『いいえ……』
カタリーナは俺の屋敷に住み始めた表面上の理由を、まだ正式に終わっていない地下遺跡探索で得た物資の分け前を誤魔化されないためだと、その大き過ぎる胸を張りながら答えていた。
『はいはい、そういう事にしておくわね』
会って一番最初に激突したイーナであったが、彼女はもうカタリーナの口調に慣れてしまったようだ。
それに、普段の口調はアレでも、実は意外と常識的なのにも気がついている。
何しろ、屋敷に居候をするのに律儀に宿泊費を払っているのだから。
『毎日お風呂に入れるからとか、ヴェンデリンさんと魔法の訓練が出来るからとかは、物凄く小さな理由ですから!』
『はいはい、そうだね。カタリーナ、その野菜剥いて』
『なぜ、高貴な生まれの私が料理などを……』
『エリーゼは、料理上手だよ』
『ですわね……』
カタリーナは、実は料理が上手であった。
見栄えを良くするために装備などには金をかけているが、他ではしまり屋で、自炊をしてお弁当などを作っていたらしい。
彼女の貴族観では、貴族の令嬢は料理などしないと思っていたらしく、他人の前で料理をするのが嫌だったようだ。
『ヒラヒラ、白鳥みたい』
なるほど、ヴィルマの表現は的確である。
白鳥は優雅に水面に浮いているように見えるが、水面下では足を懸命に動かしていて、それがカタリーナに良く似ていると言っていたのだから。
『貴族の女性は普段はあまり料理などはしませんが、たまに家臣や領民の方々に振舞う事もありますから』
少領の在地貴族家などでは、収穫の時期などに奥さんや娘がそういう振る舞いをする事もあるそうだ。
うちの実家は単純に人手が足りないので、母もアマーリエ義姉さんも普通に料理はしていたのだが。
『将来のためですわね』
『ヒラヒラ、包丁の使い方が上手い』
『ヴィルマさん。私のあだ名、どうにかなりませんの?』
何だかんだで、女性陣は上手く行っているようだ。
現在、未だにバウルブルクの屋敷は建設中であったが、既に師匠の屋敷はその中庭に移り、俺達はそこで生活を送っていた。
俺は、魔の森の探索と、開墾・土木工事を交互に。
エルは、週に何回かは警備隊に混じって軍の事などを習い始め。
イーナとルイーゼは、それぞれに槍術と魔闘流の道場開設の準備を行っている。
ただ、町の建設において道場は優先順位が低かった。
別に無くても、その気になればその辺の草原でも教えられるからだ。
二人は道場主としての登録だけを行い、後はブライヒブルクから呼び寄せた道場主代理と、数名の師範に全てを任せているようだ。
『あなた達は、当分は名義貸しだけです』
ブライヒレーダー辺境伯からも、こう釘を刺されていた。
とにかく俺の傍から離れるな、子供が生まれなければその道場は潰れるぞと。
そんなわけで、道場主代理と数名の師範達は警備隊の仕事も兼任して行い、開いた時間に希望者に少しずつ槍術と魔闘流を教えている。
扱いからいえば、軍務を行いつつ武芸を教えるバウマイスター伯爵家の家臣になったわけだ。
そしてその道場主代理とは、二人の上のお兄さん達であった。
『助かった! これで槍術で飯が食える』
『助かった! これで魔闘流で飯が食える』
大物貴族であるブライヒレーダー辺境伯家でも、それぞれに道場は一つしかない。
元から女であるイーナやルイーゼは跡継ぎ候補からも除外されていたが、同じく下のお兄さん達なども邪魔者扱いであった。
外部の人間も居るのでそんなに師範など増やせないし、そうそう外部に娘しかいない同流の道場主などいるはずもなく、俺達と同じく冒険者予備校を出て狩りをしつつ、アルバイトの臨時師範としてたまに道場で教えていたようだ。
この部分は、昔の俺と大分被っているような気がする。
『ヴェル、ごめんなさい』
『まあ、良いんじゃないの?』
真面目なイーナは、お兄さんをコネで押し込んだことに罪悪感を抱いているらしい。
『イーナが生んだ子供を、俺の後継者とかに押し込もうと画策しなければ』
『それはないと思うわ。ブライヒレーダー辺境伯様が激怒するから』
俺からすれば別に誰が家を継いでも構わないと思うのだが、貴族とは面倒な生き物である。
陛下から、エリーゼが生んだ最初の男の子を跡継ぎにと言われていた。
そこに、もし他の奥さんの子供を跡継ぎにしようと画策などすれば、排除されるのでやめた方がいいとイーナに忠告しておく。
『兄は職が得られたから、喜んで新弟子に稽古をつけているし』
槍は剣に次ぐ戦場の華で、平民出身の兵からすれば剣に勝るメインウェポンでもある。
よって、意外と多くの兵士達が空いた時間に稽古を受けていた。
ここには戦争はないが、少しバウルブルクから離れると凶暴な野生動物がいるからだ。
もう一方のルイーゼは、兄に魔闘流の指導を完全に任せてしまっているらしい。
『ボク、人に教えるのは下手だもの』
導師からも天才扱いされたルイーゼであったが、彼女には天才故の欠点があった。
人に教えるのが、物凄く下手なのだ。
『そこでね。魔力を適当に腕に込めて拳をバーーーンと!』
前世の某○人軍永久名誉監督も真っ青な指導を、導師に対しても平気で行うのだから。
『ふむ、なるほど!』
ただ、導師も同種類の人間だったので、彼からするとルイーゼの指導はわかり易かったらしい。
飛躍的に格闘戦能力を上げていたので、嘘ではないのであろう。
「しかし、さすがはアームストロング様と次期王宮筆頭魔導師の座を争っていたアルフレッド様の元お屋敷」
そして、いつの間にかうちの屋敷で寝泊りするようになっていた暴風魔法使いのカタリーナであったが、彼女は師匠の事を知っていたようで、その元屋敷を見て感嘆の声をあげていた。
「師匠を知っているのか?」
「ヴェンデリンさんは、相変わらず他の魔法使いの知識が欠けておりますのね。アームストロング様と共に、唯二無双と言われた存在なのですが……」
王宮筆頭魔導師の座を巡って争っていたというのが、当時の世間の噂であったそうだ。
師匠に言わせると、王宮勤めまでいくと堅苦し過ぎて嫌であったそうだが。
「生まれていなかったのに、良く知っているな」
「冒険者予備校では、過去の偉大な魔法使いから学んで魔法の種類を増やすという講義があるではないですか」
「何となく聞いた事があるような……」
まともな講師など来ない、冒険者予備校独自の半ば丸投げとも言える講義であったはずだ。
俺はすぐに王都在住となり、ブライヒブルクにある冒険者予備校は名前だけ在籍している状態でその講義は受けていなかったし、魔法もブランタークさんや導師から指導を受けていたので、冒険者予備校ではほとんど講義を受けていなかったのだ。
「羨ましい環境ですわね」
「今は、カタリーナも修練を受けているじゃない」
現在彼女は、ブランタークさんと導師からたまに指導を受けていた。
ブランタークさんに言わせると、『坊主にはちと劣るが、数十年に一度出るか出ないかの天才だぞ』と絶賛しているほどであった。
ブライヒレーダー辺境伯の家臣である彼からすれば、カタリーナは要確保の人材なのであろう。
かなり親身になって魔法を教えているようだ。
「しかも、普段からその格好は凄いな」
「ヴェンデリンさん、貴族とは常に周囲から注目されるものなのです」
「かもしれないけど……」
カタリーナは、ほぼ不可能と言われている状態から御家再興を目指しているせいもあって、自己主張とプライドが高い女である。
魔法の鍛錬も怠っていないし、あのドレス風の装備やマントも貴族の出である事を周囲に宣伝するための物であったので、屋敷の中でも常に同じ格好であった。
あのドレス風の装備は予備が何枚か存在するらしく、使う素材を増やして費用を増しても、ドレス風のエレガントな装備に拘っている。
これを滑稽という人もいるが、実は王都では面白いと思っている貴族もいるらしい。
魔法の実力があるので、日本の安土・桃山時代風に言うと『傾いている』と思われているからだ。
知名度のアップには役に立っているわけだ。
その癖、普段の生活は意外と質素である。
必要な装備には金を惜しまなかったが、普段の生活では金をかけないで目的のために金をコツコツと貯めているらしい。
結局、食事の手伝いの様子から普段から料理をしている事がバレてしまい、エリーゼが纏めて弁当を作るからと言うまでは、あの派手な格好で屋敷の台所で弁当を作っていたのだから。
『鬼の霍乱か?』
なお、その際にエルは余計な事をほざいて、風魔法で庭まで吹っ飛ばされていた。
この点だけを見ても、エルとカタリーナを夫婦にするのは難しいようだ。
「ヴェンデリンさんと共に居るのは、私の実家を改易した、憎っくきルックナー侯爵家への圧力ですわ」
王都滞在時から、俺はルックナー侯爵家と懇意だと貴族達に思われている。
だが、弟の不祥事でその関係が薄れる可能性があると噂され、ルックナー財務卿は『頭がハゲそう』だと周囲に漏らしているそうだ。
加えて、過去に自分の父親が無実の罪で改易した家の孫娘が俺の家に居候しているのだ。
彼からすれば、ストレスの元が増えたとしか言いようがなかった。
「えげつな!」
「大貴族の方が、よっぽどえげつないですわよ」
大貴族がその気になれば、カタリーナの実家のような小貴族家など簡単に潰せてしまう。
そう思うと、彼女は被害者なのであろう。
家を復興するために、一人で舐められないように懸命に努力した結果、強気な言動が前に出ているようだ。
「あの魔道具の山の評価と分け前もあるか」
大量に獲得した魔道具であるが、未だに評価と分け前の比率が決まっていない。
あれだけの成果なので、カタリーナに爵位でもあげれば良いと思ってしまうのだが、王国はまだそこまで柔軟な対応は出来ないようだ。
「御家再興には、まだまだ長い道のりが残っておりますわ」
「大変だなぁ」
それは大変であったが、とりあえず今はカタリーナは家での生活に馴染んでいるようであった。