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第五十八話 魔の森の地下遺跡。

「あなた達も、なかなかやるようですわね。前の発言を撤回して心から謝罪いたしますわ。あと、私も今回の探索に参加する事になりました。大船に乗った気持ちで安心してくださいまし」


 魔の森で導師によって発見された未知の遺跡の探索が始まったのだが、その前に俺が参加を要請したカタリーナがイーナ達に前の暴言を謝っていた。


 その発言を聞くと、もう少し柔らかく言えば良いのにと思ってしまうのだが、多分彼女はこういう風にしか言えないのであろう。


 それでも、イーナ達は一応謝った点だけは認めているようであった。


「何か、モヤモヤするわね」


「イーナちゃんは、真面目だからね。ボクは、こういう人って面白くて結構好き」


「俺は、戦力になるから特に何も」


 真面目なイーナからすると、カタリーナの暴言は許せない部分はあるが。

 一応は謝っているので、まだ感情が上手く処理できない状態にあるらしい。


 ルイーゼは、このカタリーナという人物にどこか面白い部分を見付けたようだ。


 エルは前回の遺跡探索の件を含めて、戦力になれば問題は無いらしい。

 美人ではあるが苦手なタイプだと公言しているので、恋愛対象でもないのでどうでも良いようであった。


「ヴェル様、ヒラヒラも仲間に加わるの?」


「まずは、今回だけね」


 ヴィルマは、冒険者なのにヒラヒラの付いた皮ドレスを着ているカタリーナを『ヒラヒラ』というあだ名で呼んでいた。

 ドレス状でも皮は竜の物を使っているし、マントも竜の幼生から抜けた産毛で編んでいるので、防具としては最高峰に近い物ではあったのだが、ヴィルマからすると珍奇な一品に見えるらしい。


 冒険者になって僅か一年でそれだけの防具を手に入れているので彼女は間違いなく超一流の冒険者なのだが、冒険者としては効率を最優先するドライなヴィルマからすると、カタリーナはチグハグな存在に見えるのであろう。


「ヒラヒラ、結構使えるから良い」


「この娘、私よりも毒舌ですわね……」


 カタリーナは、自分の口調が傲慢である事を自覚はしているようだ。

 ヴィルマの発言に、顔を引き攣らせていた。


 怒らないのは、ヴィルマの見た目がとても小さくて可愛らしいからのようで、その点においては彼女は物凄く得をしているというわけだ。


「ヴィルマさん、これから一緒に探索をする人に『ヒラヒラ』は駄目ですよ」


「はい、エリーゼ様」


「改めまして。カタリーナ・リンダ・フォン・ヴァイゲルと申します」


「これはご丁寧に。エリーゼ・カタリーナ・フォン・ホーエンハイムと申します」


 そして、そんなヴィルマですら頭が上がらない、俺の未来の正妻であるエリーゼと。

 彼女、見た目は『ホーエンハイム家の聖女』の二つ名に相応しい優しげな美しさを備えているが、同時に中央の名門貴族家の令嬢に相応しい芯の強さも兼ね備えていて。

 

 さすがのカタリーナも、丁寧に挨拶をしていた。


 エリーゼも、過去の暴言などまるで気にもしないで丁寧に挨拶をしている。

 やはり、一度没落してしまった元貴族家の令嬢と、本物の貴族令嬢との差が出てしまったようだ。

 

 過去の暴言を一切追求しないというエリーゼの行為は、実は大きなプレッシャーになる。

 貴族の世界では、『これで貸しが一つ』といった感じであろうか?


 カタリーナもそれに気が付いたようで、普段の口調も大分引っ込んでしまっているようだ。


 ただ、王都には逆の意味で貴族令嬢らしい人も沢山存在していて、その連中に比べればカタリーナは大分マシかもしれなかった。


「さてと、挨拶はそのくらいにして遺跡に入るぞ」


「左様! 新しい遺跡探索の事を考えていて、昨日はあまり眠れなかった故に!」


 ブランタークさんに促されたので早速遺跡に入る事にするが、もう一人の大人兼監視役である導師は遺跡探索をとても楽しみにしていたらしい。

 

 しかし、ワクワクして眠れなかったとか、正直『子供かよ!』とか思ってしまうのだが。


「では、遺跡まで移動するのである!」


 俺が遺跡を発見したわけではないので、まずはみんなで歩いてそこまで移動する必要があったからだ。

 道中、ここ数日間で相当に間引いたので魔物はほとんど出現しなかったが、それでもゼロというわけではない。

 

 ただ数が少ないので、全部ルイーゼが省エネ魔闘流格闘術で仕留めていた。


「まだ遺跡に着いていないのに、魔法使いに魔力を消耗させるわけにはいかないしね」


「悪いな、ルイーゼ」


「数が少ないから大丈夫。きっと、導師が大量に狩ってしまったんだね」


「ルイーゼ嬢の言う通りである! 遺跡の中では何があるかわからないのであるから、極力魔力は節約するのである!」


 約一時間後、導師の案内で遺跡の入り口に到着する。

 場所は、冒険者ギルド支部のある町からは離れていたが、あまり奥地ではなかった。

 入り口はとても小さく、しかも大量に繁茂したナンポウシダなどに覆われていて、導師は良く気が付いたものだと感心してしまう。


「たまたま小便を催したので、ここでしようと思ったのである!」


「はあ、そうですか……」


 つまり、偶然に見付けたようであった。

 導師以外の全員が、心の中で感心して損をしたと思っているはずだ。


「それで、この入り口って誰が開けるんだ?」


 入り口に付いているドアは閉まっていて、エルは誰が開けるのかと尋ねて来る。


「その前に、罠の確認であるな」


 導師の言う通りで、ドアに触れた瞬間にドカンでは溜まらない。

 罠の有無を調べる必要があった。


「俺の出番だな」


 素早くブランタークさんが前に出て、『罠感知』の魔法を使ってドアを調べる。

 さすがは元一流の冒険者だけあって、こういう種類の魔法も使えるのは凄いと思ってしまう。

 

「罠は無いみたいだな。ただ、これは面倒な……」


「面倒?」


「ああ、この錠前を見ろよ」


 ブランタークさんは、ドアにかかった錠前を指差していた。

 鍵は必要無いようだが、四つのダイヤルが付いていて0から9までの数字に変える事が可能になっている。


 一番解り易い言い方をすると、自転車の数字式のロックに似ているのだ。


「数字を間違えると、『ドカーーーン!』とか?」


「そういう罠は確認できないな。普通に数字を合わせるだけだろう」


 時間稼ぎには使えるので、地味に嫌な罠とは言える。

 多分、このドアに錠前をセットした人間はかなり性格が悪いのであろう。


「吹き飛ばすという策もあるのである!」


「その先に何があるのかわからん。ドアを吹き飛ばすのは論外だ」


 魔法でドアを吹き飛ばし、もし内部で危険な物が見付かってドアを封印しないといけない事態になった時。

 爆破して壊れていたら、封印作業が困難になってしまうからだ。


「一つずつ、試すしかないだろうな」


「間違えると、ペナルティーとかありますか?」


「そういう罠は探知できなかったな。そもそも、そんな高性能な罠は効率が悪い」


 ダイヤルを一つ間違える度に何かが起こる罠など、コストの問題で設置など現実的にあり得なかったからだ、

 それに、古代魔法文明時代の遺跡の大半は内部に手間のかかる罠を仕掛ける傾向が強いらしい。


 そういえば、前の『強制転移魔法陣』や『逆さ縛り殺し』の罠などは内部に存在していたのを思い出す。


「えーーーっ! ダイヤルを一つずつ?」


 0000から9999までを一つずつ回して、ドアが開く番号を確認するのだ。

 大変に地味で、時間ばかりかかる嫌な作業である。


「えーーーと」


 俺が他のみんなと目を合わせると、全員が視線を反らしてしまう。 

 エリーゼでもそうだったので、誰もやりたくないのであろう。

 当然、俺だって嫌だ。


「こういう場合は、新入りに任せるとか?」

 

 エルの発言により、全員の目が一斉にカタリーナへと向かう。


「そんな酷い話がありますか! 平等に、クジで決めるべきですわ!」


 当然カタリーナは嫌がったが、その代わりに良いアイデアを出してくれたようだ。

 クジ引きで平等に決めた方が、確かに後で不満も出ないはずだからだ。


「ヴェル様、ジャンケンで決めよう」


 ヴィルマが俺のローブを引っ張りながら、ジャンケンでの決着を意見する。

 この世界にジャンケンは存在していなかったが、前にふと空いた時間にヴィルマに教えたら、物凄く気に入ってしまったのだ。


 それ以来ヴィルマは、何か決める事があると必ずジャンケンで決めようと言うようになっていた。

 イーナ達も、何も準備せずに簡単に勝敗がつくので、今ではほぼジャンケンに参加するようになっている。


 この世界では、こういう時にはクジ引きかコイントスで決めるのだが、手間がかからなくて良いのであろう。


「えーーーっ! ジャンケン!」


 唯一の例外で、エルはジャンケンでの決着にかなり不満があるらしい。

 その理由は、エルが恐ろしいほどジャンケンに弱いからだ。

 というか、俺はエルがジャンケンで勝っている場面を見た事が無い。

 

 良くヴィルマに負けて、オヤツなどを奪われているのを目撃していた。


「エルが意地汚く、ヴィルマからオヤツを巻き上げようとするから」

 

 ただしその結果はイーナの言う通りに全戦全敗で、逆にエルがオヤツを巻き上げられていた。


「とにかく時間が惜しい。ジャンケンだ」


「しゃあねえ、新入りもいるからさすがに負けないだろうし……」


 エルも渋々と認め、ダイヤルを回す人を決めるジャンケンが始まるのであった。






「9995! 9996! 開かねえ!」


 それからまた約二時間後、やはりジャンケンに負けたエルは、懸命にドアについた数字式のダイヤルを一心不乱に回していた。


 なお、その間に残りの面子は見張りを除いて休憩をしている。

 二時間も緊張していたら身が保たないので、見張り以外はエリーゼが入れたお茶とお菓子を楽しんでいたのだ。


「このチョコレート菓子は、甘さ控えめで美味しいわね」


「それは、アルテリオさんが送って来た試作品」


「あの人、とことん突っ走るわね」


 イーナは、アルテリオさんの商売根性に感心していた。

 今まで何をしてもほとんど失敗がないので、多分暫くこのままであろう。


「でも、エルに悪いよね」


「負けたから仕方が無い」


「ヴィルマは、真実をズブリと貫くな。ボクも、代わってあげようとか一切思ってないけど」


「冒険者なのですから、敗北は素直に受け入れませんと」


「ここで、カタリーナの深いのか深くないのか良くわからない発言」


「別に、そんな事を狙ってはいませんわよ」


「お前ら、人が苦労している間に……」


 お菓子を摘み、お茶を楽しんでいる女性陣に文句を言うエルであったが、所詮はジャンケンに負けた負け犬の遠吠えなので誰からも相手にされていなかった。


「9997! これも駄目だ!」


 最初は0000から回し、実は9999というオチがあるかもと最初に回したようだがそれはなく、また0001から回し始めるが結果は9998であった。


 当然、エルは激怒しながらドアから外れたダイアルを地面に叩き付けていた。


「これを作った奴は、性格がひん曲がっている!」


「時間稼ぎですかね?」


「そうだろうな」


 俺の問いに、ブランタークさんはテンションが低いままで答える。

 

「やる気なさそうですね」


「入り口がこの手の遺跡は、ほぼ100%外れだからだよ」


 古代遺跡にも色々な種類の物があるのだが、入り口に鍵がかかっているパターンで、比較的簡単に外せるパターンの物はあまり価値のあるお宝が無いらしい。


「稀に当たりがあるんだけどな。本当に、稀だから」


 以前に、同じような鍵を外して遺跡に中に入ったそうだが、そこは昔の食料倉庫であったらしい。


「一万年以上も前のだからな。何も無かった」


 それだけ経つと、食料など腐るを通り越して何も無かったそうだ。


「かなり奥地にある遺跡だから、期待したのにな」


「食料倉庫だったんですか?」


「そういう地下遺跡もあるんだよ」


 前に潜ったような、如何にも地下遺跡の皮を被った古代の偉人の秘密基地モドキとかは極端な例として。

 普通に文化的な価値のある地下建造物だったり、個人が作った地下室だったり、昔の公共設備だったりと。


 魔道具やお宝が出るのは、その地下遺跡を作った人や組織や商会の財産であったり、備品などが残っていたからだそうだ。


 なぜ魔物の住む領域に集中しているのかと言うと、それ以外の遺跡はほぼ発掘されてしまったかららしい。

 皮肉にも、人が入り難いから残っているのだと。


「古代魔法文明時代は、魔物が住む領域にも人が住んでいたと?」


「そういう事なんだろうな。証拠もあるようだし」


 あとは、魔物が住む領域では無くても、たまに前人未踏の僻地などでも遺跡が見付かる事もあるらしい。

 ただ、今ではもう滅多に無いそうだが。


「酒の倉庫だと良いのに」


「またそんな。自分が好きだからって」


「酒なら、まだ可能性があるんだよ」


 前に、大昔の貴族が所有していた地下式のワインセラーが遺跡として見付かり、そこに保存されていたワインが無事であった事があったそうだ。


「古代魔法文明時代のビンテージ物のワインだからな。目の玉が飛び出るほどの値段がついた」


 貴族や大商人などが、こぞってオークションで競り落としたそうだ。


「という可能性を夢見つつ、探索開始だな」


「安全のために、某が前に出よう」


 導師なら、突然魔物に襲われても大丈夫という理由により。

 導師を先頭に、俺とブランタークさんが並んで後ろから鍵を開けたドアを開けて中に入っていく。


 念のため、ブランタークさんと一緒に探知魔法を使いながら暗い通路を前に進むが、人二人が何とか横並びで進めるくらいの長い通路には魔物の気配が一切なかった。


「やっぱり、ただの倉庫だな」


 ブランタークさんが、あからさまに残念そうな表情を浮かべる。

 地下遺跡を作った人に財力などがあると、遺跡の中の物を守るために大量の罠や、魔物などが配置されているのだそうだ。


 あとは、ゴーレムなども定番ではあると言う。


「経年劣化で壊れて、魔物が入り込んでいるだけなのもあるけどな。しかし、眩しいな導師」


「某、ライトの魔法も体に纏わせないと発現しないのである!」


「まあ、明るいから良いけど」


 通路を進むにつれて暗くなってきたので、導師はライトの魔法を使っていた。

 このライトの魔法、当然遺跡探索などではポピュラーな魔法である。

 普通は、指先で光の玉を光らせて使うのだが、導師は全身に光を纏わせて無意味に光り輝いていた。


 エリーゼなら、『輝ける女神』とか世間からは言われそうであったが、導師だと『天罰を下しに来た光る巨人』にしか見えない。


 あと、常に全身が輝いているので魔力効率も悪そうであった。

 導師くらい魔力を持っていると、あまり気にならないのであろうが。


「また鍵のかかったドアであるな」


 先頭の導師が、また鍵のかかったドアを発見する。

 しかも今度は、普通に鍵で開ける錠前が付いているようだ。


「壊すしかないのである!」


「今回ばかりは、壊すしかないかね?」


 罠の存在も察知できなかったが、同時に鍵もどこかにあるわけでもなかった。

 錠前自体も南京錠モドキであまり貴重品にも見えず、ブランタークさんは壊しても問題は無かろうと判断したようだ。


「お待ちになって。私は、鍵開けの魔法が使えますから」


「へえ、珍しい魔法が使えるな」


 ブランタークさんが感心するのも無理は無い。 

 この鍵開けの魔法も、かなり習得が困難な部類に入る魔法であったからだ。

 自分の魔力を塊にしてから固形化し、その錠前に合った鍵の形に変形させて錠前を壊さずに鍵を開ける。


 恐ろしいほど繊細な魔力のコントロールが必要であり、その割に成果が地味なので、すぐに習得を諦めてしまうという使用者が大変に少ない魔法であったのだ。


「これがあれば、一人で遺跡に潜れるかと」


「いくら凄腕の魔法使いでも、遺跡に一人は危険だぞ」


「わかっていますわ。おかげで、死蔵していた魔法ですし」


 さすがのカタリーナも、ブランタークさんの忠告は素直に聞いていた。

 彼が、その功績では文句の付けようが無い超一流の冒険者であった事実を知っていたからだ。


 あと、そんな彼から凄腕と言われて気分も良かったらしい。


「俺は、ギルド本部の幹部にも知己がいるからな。『暴風』の噂は聞いていた」


 王国西部を仕切るホールミア辺境伯領にある冒険者予備校をトップの成績で卒業し、一年あまりで西部領域一の魔法使いだと噂されるようになったそうだ。


「知らなかった」


「坊主は、本当に他の冒険者とかに興味ないよな……」


 基本的に興味が無いというか、これは前世での会社勤めのせいだと思っている。

 俺はあまり言われた事は無いが、営業成績によっては散々に上司から怒られる先輩・同期などを見ていて、同じ会社でもあるまいし、他の冒険者の成績など気にしてもしょうがないと思っていたからだ。


 冒険者とは、個人個人が自営業者のような物なのだし。


「自分が稼げれば良いじゃないですか」


「それはそうなんだけどな」


 その代わりに、貴族としてはしがらみだらけで酷い目に遭っているのだから。


「あっ、でも。カタリーナって、まだ冒険者になって一年あまり?」


「何か文句でもあるのですか?」


「じゃあ、俺達とあまり年は変わらないのか」


 十八歳くらいに見えるのだが、実はまだ十六歳らしい。

 

「私には志があるのです! ヴァイゲル家を貴族家として復興させるという! その責任感が顔に出ているのですわ!」


 要するに、老けているのではなくて大人びているのだと言いたいのであろう。


 そのために、魔法が使えると知ったその時から一人で魔法の修練を懸命に行い、十二歳で冒険者予備校に入るまでは狩猟などで金を稼ぎ。

 冒険者予備校時代には、同じく狩猟で金を稼ぎに稼ぐ。

 勿論、その合間には魔法の修練を怠らず、今も魔力は増えているので修練を怠っていないそうだ。 


「何か、話を聞くと昔のヴェルみたいだな……」


 カタリーナが自慢気に話す昔話を聞いて、エルがボソっと感想を述べる。

 以前に聞いた、俺の昔の生活に似ているのだと言うのだ。


「(なるほど……。カタリーナも俺と同じく、ボッチだったのか……)」


 いや、間違いなく現在進行形でボッチなのであろう。

 何しろ、パーティーも組まずに一人で冒険者をしているのだから。


「鍵開けも、いつか仲間が出来て必要になるかと思って会得したんだな……。偉いぞ、カタリーナ」


「何なのです! 人を友達がいないみたいに!」

 

「実際に、いるのか?」


「さあ、鍵を開けましょう!」


 俺の質問を無視して、カタリーナは鍵を開け始める。

 その誤魔化し方から見て、彼女には本当に友達がいないのだと俺は気が付いてしまうのであった。





「開きましたわ」


「早いな」


「このくらいの鍵など、私にかかれば」


「一人で遺跡にも潜れないのに、良くぞここまで修練して」


「いい加減、気を悪くしますわよ!」


 鍵は僅か十秒ほどで開き、俺達は更に遺跡の奥へと進む。

 暫く歩くと、通路はまた行き止まりになっていた。

 

「また行き止まり?」


「いや、魔導エレベーターが設置されている」


「魔導エレベーター?」


「魔力で下の階層まで送ってくれる便利な装置さ」


 首を傾げるイーナに、ブランタークさんが答える。

 魔導エレベーターとは、簡単に言えば魔力で動くエレベーターの事である。

 古代遺跡にはたまに設置されているらしいが、ちゃんと動く物は今までほとんど無かったそうだ。


「これは生きているな。珍しい」


 ブランタークさんが行き止まりの壁にある埃塗れのボタンを押すと、石壁だと思っていた物が横にスライドして開く。

 確かに、エレベーターに良く似た作りになっていた。


「ボタンに『開』って書いてありますね」


 その下にもボタンがあって『閉』と書かれているので、これはエレベーターで間違いないようだ。

 横にスライドして開いたドアの中に入ると、その壁には『開』・『閉』の他に、階層数の書かれたボタンが付いていた。


「ここは一階で、地下二十階までか」


「実は、大遺跡とか?」


「大倉庫だと思うんだよな。鍵が単純だから、ほぼ外れの」


 食料品や衣類などの倉庫ではなかったのかと、ブランタークさんは推理していた。

 古代魔法文明時代には、大規模な倉庫を持つ大資本の商会が多数乱立していたそうだ。


「もう中身が空っぽだから、金にはならないと?」


 一万年以上も時間が経っているのに、中身の食料品や衣類などが無事なはずもなく、ほぼ空っぽのケースが多いらしい。


「魔導エレベーターは売れるかもな」


 魔道具ギルドが、研究のために買ってくれる可能性が高いそうだ。


「研究ですか?」


「ああ。王城に、魔導エレベーターは設置されていなかっただろう? この魔導エレベーターもロスト技術で、魔道具ギルドがバラして研究している内に、全部オシャカにしてしまうんだよ」


 数少ない現存品も、そのせいで全て壊れてしまったそうだ。


「そんなに複雑な構造には見えませんけどね」


 ここにある魔導エレベーターのように、階層をボタンで指定するとそこに止まるとか、そういう機能が再現できないらしい。

 あと、ドアが閉まる時に人が挟まってしまったら。

 前世ではセンサーで勝手に開くのが普通であったが、当然今の技術では再現不可能であった。

 むしろ、古代魔法文明時代には再現できていた事が凄いのだと俺は思うのだが。

 

「荷物を一階から二階に上げるくらいのエレベーターなら、王城でも裏方では使っているさ」


 あくまでも荷物用で、それでも値段はバカみたいに高いのだそうだ。

 生産数も少なく、王城や一部公共施設、大貴族や大商人が持っているくらいらしい。


「しかも、荷物専用か」


「魔導エレベーターは、維持に技術と金がかかるからな。大貴族でも、いらないと割り切っている人も多い。うちのお館様も、持っていない」


 そういえば、ブライヒレーダー辺境伯の屋敷でエレベーターなど見た事が無かったのを思い出す。


「もう下の階に着きましてよって! 誰です! 私のお尻に触れたのは!」


「ああ、俺」


「少しは、申し訳無さそうに言いなさい!」


「しょうがないだろう! 狭いんだから!(つうか、皮の感触しか感じないし)」


 思ったよりも広く、全員が入れたエレベーターは無事に地下一階へと到着していた。

 人数が多いので鮨詰めにはなってしまい、俺の手がカタリーナの尻に触れたので彼女が文句を言っていたのだ。


「ねえ。ボクの胸に触れているのは?」


「俺だ。えっ? 胸?」


「ブランターク様、後でぶちのめしても良い?」


「すまんかった!」


 狭いエレベータのせいでアクシデントがあったようだが、一向は無事に地下一階に辿りついていた。


「また通路だけ?」


「典型的な地下倉庫だな」


 幅三メートルほどの、先が見えないほど長い通路が伸びていて、その両側に五十メートル間隔くらいでエレベーターのドアと同じように『開』・『閉』のボタンが設置されていた。

 

「ドアの動力も、魔力なんですか?」


「そういう事になるな。あとは……、珍しいな! 魔蔵庫になっているのか!」


「魔蔵庫ですか」


 魔蔵庫が何なのかは、さすがに俺でも知っている。

 要するに、魔法の袋の倉庫版だ。

 小さい袋に大量に収納するという部分を省き、その部屋にある物の経年劣化を防ぐ機能だけを付けた物である。


 ドアを開けて中身を取り出す時にはその機能は停止し、またドアを閉めると中の物の時間の経過が止まる。

 古代魔法文明時代には、冷蔵庫と並んで普及していた物だと書物には書かれていた。


「でも、そんな昔の魔蔵庫とやらがまだ動いているんですか?」


「動いているさ。何しろ、これは魔道具だからな」


 古代魔法文明時代の遺跡から見付かった魔道具は、見た目は古ぼけていても今でも使える品が多い。

 元々長期間使う事が前提の品が多いうえに、経年劣化を防ぐ魔法がかかっている物が多いからだ。


 さすがに一万年以上も前なので、それがかかっていないと見付けても使えないのだが。


「ほら、ボタンの下を見てみろ」


「あっ、魔晶石が光っている」


 光っているという事は、今も経年劣化防止機能が生きているという事だ。


「へえ、そんなに保つんだな」


「腕が良い魔道具職人が建設に携わったんだろう」


 ブランタークさんは、腕の良い魔道具職人は魔道具の性能だけでなく、付属させている魔晶石の燃費も格段に優れているのだとエルに説明する。 


「でも、一万年以上ですよ」


「経年劣化防止は、さほど魔力を喰わないからな」


 だからこそ、俺は師匠から魔法の袋を無事に継承したりも出来たのだから。


「魔蔵庫は、魔法の袋ほど魔力を消費しない」


 大量の物を、袋の中に設定した異次元の空間に仕舞い込んだり、それを自由に呼び出したりという機能が省けるからだ。

 実際に、ドアの裏側に付いている魔力補給用の魔晶石はソフトボール大くらいの大きさでしかなかった。

 その大きさで一万年以上も稼動しているのだから、魔法の袋よりは魔力消費効率が良いのであろう。

 

「遺跡から発掘されて使用可能な魔道具は、こういう生きていた倉庫に入っていたケースも多い。案外、これは当たりかもな」


 早速一番手前のドアを開けて、魔蔵庫の中に入ってみる。

 室内は、幅五十メートル、奥行き百メートル、天井の高さ五メートルほどと大きく、中に入ると魔道具である照明が自然につく仕様になっていた。


 床も壁も天井も、大理石のような白っぽい石で出来ていて、とても細かい魔法陣のような物が沢山描かれている。

 どうやら、経年劣化防止の魔法陣のようであった。


「やっぱり、生きているな」


 部屋の中には大量の木箱が積まれていたが、どれも一万年以上も前の物とは思えない。

 木が白っぽくて新品のようで、更に木独特の良い匂いが室内に漂い始めたからだ。


「また時間が流れ始めたな」


 ドアを開けたので時間の流れが復活し、木箱は新品だったので当時のままなのだとブランタークさんは説明する。

 

「つまり、中身の出し入れをしている時には時間が流れているのですね?」


「ドアの裏側にも、魔法陣が描かれているだろう。開ける事で、経年劣化防止の魔法が止まるのさ」


「便利なのかな?」


 その疑問は魔道具ギルドの人達は考えているようで、それが魔蔵庫が普及していない最大の原因らしい。

 

 あと、魔蔵庫は確かに消費魔力も少なくて一旦稼動させれば長期間使用可能ではあるが、作るには倉庫などの工事に、特殊な石材を全周囲に張り巡らせ、特殊な魔法陣を隙間無く書いていく必要があり。


 初期費用を考えると、冷蔵庫の方が圧倒的に費用効率に優れているそうだ。


「そういえば、アルテリオさんも購入したのは大型冷蔵庫でしたね」

 

 味噌や醤油の貯蔵に購入したと言ったのは、地下に設置した大型冷蔵庫であったと俺は聞いている。


「時間が経たないから生鮮食料品の貯蔵に良いような気もするが、魔蔵庫はドアを開けると時間が流れるからな」


 大規模な倉庫を魔蔵庫にして生鮮食料品を大量に保管しても、結局取り出す時にいちいち時間が経過するし、温度調節などもしていないので早く傷んでしまう。


 それなら小さな冷蔵庫の方が圧倒的に経費がかからないし、ある程度の量の保存なら魔法の袋の方が場所も取らずに運搬も楽と。


 魔蔵庫は、中途半端な存在として今では全く普及していないそうだ。


「衣服や雑貨とかを長年保存してもな」


「では、昔の方はどうして魔蔵庫を使ったのでしょうか?」


「それは……。これがヒントになるのかな?」


 カタリーナの疑問に答えようとしたわけではないが、俺はドア近くの壁際に小さな机と本棚を見付けていた。

 本棚には大量の紙が紐で結ばれて入っており、中身を見るとそれはこの倉庫に入っている物品のリストであるようだ。


「想像通りに、瓶入りの酒、衣服、生活雑貨か」


 古代の物でも新品に近いので、それなりの値段になるはずであった。


「ねえ、ヴェル。これは、リストじゃないよ」


 手分けして紐で結ばれた紙束の中身を読んでいると、ルイーゼが何か別の資料を見付けたようだ。


「ええと。『プライムタウン郊外に、大型ショッピングモールプライスオフが堂々とオープン! 八割・九割引きは当たり前! 新型省エネ魔道具も、大奉仕価格で大放出! ここで揃わない物はない!』か……」


 チラシのようであるが、どこか前世を感じさせてくれるような文言ではあった。

 というか、同じ古代魔法文明時代の遺跡なのに、どこか王都周辺の物とは違うような気がするのだ。


「ヴェル、この地下遺跡の資料があったわよ」


 丁寧に資料を読んでいたイーナが、この地下遺跡の正体が書かれた紙を見付けたようだ。

 貰って読むと、どうやらこのチラシのショッピングモール専用の地下倉庫であったらしい。


「ええと、要するに大型バッタ市の倉庫だったみたいだな」


 古代魔法文明時代については、未だに研究者の間でも良くわかっていない事が多いそうだが、少なくとも今よりは魔道具などが大量に普及していて、生活も豊かであったようだ。


 前世の日本のように、大量に安価な商品が世間に普及した結果、どんどんと価格が下がり、生産された商品の在庫が溜まって業者の経営を圧迫していく。

 

 自然と業者は淘汰され、薄利多売の大資本か、小回りの利く小規模な業者の二極化が進む。

 

 この地下倉庫は、その過程で潰れた業者から買い叩いた品を『新古品』として保存するための倉庫であると俺は推察していた。


「(古代魔法文明時代って、意外と世知辛いのね……)つまりは、この倉庫には大量の商品があると?」


「地下二十階層まであるので、当然大量にあるであろうな!」


 導師は早速木箱を一つ開けて中身の酒瓶を取り出し、その中身を試飲していた。

 探索は、まだ地下一階の最初の部屋であるここにしか入っていない。

 一階層に、最低でもこの大きさの部屋が十以上もあり、それが地下二十階層まであるのだ。

 どれだけの物資が残っているのか、想像するのも難しいほどであった。


「導師、探索中に酒を飲まないでくださいよ」

  

「若いワインであるな。魔蔵庫ゆえに仕方が無いであるか!」


 試飲とは言っても導師なので、当然一気にラッパ飲みをして酒瓶は空になっていた。

 しかし、この程度で導師が酔うはずもなく、顔色に一切変化は無いようだ。


「エリーゼ様、お腹空いた」


「はいはい。今、オヤツを出しますね」


「ありがとう、エリーゼ様」

 

 魔物も居ない遺跡の探索だったので、ヴィルマは暇になってしまったらしい。

 時間もちょうどお昼前であった事もあり、エリーゼはヴィルマに自分で焼いたクッキーなどを食べさせていた。


 何というか、世話焼きお姉さんと甘えている妹のような構図に見える。


「大当たりのようですわね。この稼ぎと功績を持ってして……」


「女の身で、貴族にはなれんだろう」


「この国って、本当に閉鎖的ですわね!」


 まだ全部は調べていなかったが、これだけの物資があれば相当な稼ぎになるはずだ。

 なのにカタリーナは、女性は貴族になれないという王国の不文律のために損をする羽目になっていた。


 俺からすればかなり優秀な魔法使いなわけだし、例外くらい認めても良いと思うんだが。


「(導師、このままにしておくと)」


「(亡命してしまう可能性があるな……)」


 アーカート神聖帝国では、女性の貴族も認められているらしい。 

 もし彼女が国を拘らなければ、亡命した方が貴族への道に近いとも言えるのだ。


「亡命はしませんわ。私には、守るべき家臣達やその家族がいるのですから」


 カタリーナの実家であるヴァイゲル家は、祖父の代に派閥抗争の余波で、王家からの転封命令を断ったという理由で領地と爵位を奪われてしまったそうだ。


 それと、彼女の言う家臣達とは。

 その時の従士長以下の家臣やその子孫達が、王国の直轄地となっている今でも、いつかヴァイゲル家が貴族として復帰できるように領地を頑なに守っているらしい。


 何というか、恐ろしいまでの忠誠心とも言える。


「祖父が陛下からの命令に背くなどあり得ませんわ! あの悪辣なルックナー侯爵家の所業なのですから!」


 今のルックナー財務卿の先代が、同じく財務閥で当時揉めていたリリエンタール伯爵家の勢力を落すために、そのような工作を行ったのだそうだ。


 ヴァイゲル家は、在地領主にしては珍しく法衣貴族であるリリエンタール伯爵家の寄り子であったらしい。

 領地が王都に近く、縁戚関係でもあったようで、万が一の時にある程度の兵力を期待できるヴァイゲル家をルックナー侯爵家が疎ましく思ったようだ。


「あの人、色々と恨まれているな」


「大貴族というのは、それなりに敵がいるのであるが」


 しかも、ヴァイゲル家が改易された当時は両家の当主は先代同士で犬猿の仲であったらしいが、今ではそれほど仲も悪くないらしい。

 導師に言わせると、代が変わると極端に貴族家同士の関係が変わってしまう事があるそうだ。


 逆に、『不倶戴天の敵だから絶対に許すな!』と必ず後継者に申し送りして、数百年間も仲が悪い貴族家同士も同じくらいあるそうだが。


「改易当初は、リリエンタール伯爵家も援助はしてくれたのですが……」


 『必ず領地と爵位は復帰させるから』と援助をしていたのに、代が代わると見捨てられてしまったらしい。

 それ以降は、家臣達は土着して名主などをしながら懸命に没落したヴァイゲル家を支えてくれたそうだ。


 多分、リリエンタール伯爵家はルックナー侯爵家との仲が修復したので、ヴァイゲル家の事は見捨てたのであろう。

 

 大の利益のために、小の利益を切り捨てる。

 どこの世界でも、良くある話ではあった。


「彼らへの恩を返すため、私は貴族にならなければいけないのです!」


 とは言え、このままではカタリーナが貴族になれる可能性は無いわけで、その辺の焦りが最初の傲岸な態度に。

 いや、最初からあんな物なのかもしれなかったが。


 冒険者としての活動を西部にしていたのも、王都周辺だと色々と煩かったからなのであろう。


「とにかく、その話は後だな。お宝持って帰ろうぜ」


 ブランタークさんの意見で、俺達は昼食を取った後にこの地下倉庫にある全ての部屋を回って保管されていた物資の回収を行っていた。


 魔道具なども大量にあるようであったが、確認は後でも構わない。

 無いとは思うが、放置して他の冒険者達に横取りされるのも癪であったからだ。


「一階層に二十室の同じ大きさの倉庫部屋があって、二十階分で四百か……。一杯あるな」


「ギルドの人達、鑑定するのが大変でしょうね」


「それが連中の仕事だ」


 ブランタークさんの答えは、あっさりとした物であった。


「冒険者ギルドは必要な物ではあるが、俺達冒険者のアガリで生きているのも事実。多少の忙しさなど、気にするまでもないさ」


「ですが、ブランタークさん」


「何だ? イーナのお嬢ちゃん」


 最近、ブランタークさんから『様付け』は止めてくれと言われたイーナは、彼を普通に『さん付け』で呼ぶようになっていた。


「この資料を見ると、ここって第四地下倉庫らしいですよ」


「捜索を続行するか……」


 俺は、翌日からの工事依頼を延期してまで周辺の探索に参加し、同じ地下遺跡という名の倉庫を八つ見つける事に成功する。

 全て同じ作りで、二十部屋×二十階層で魔蔵庫完備。

 そして中には、大量の物資が詰っていた。


「昔は、物余りだったのですね」


 大量の様々な物資を見ながら、エリーゼはそのような感想を述べていた。


「少なくとも、ここはそんな感じだな」


 ブランタークさんに言わせると、この魔の森の中にある遺跡は他の地域の遺跡とは何かが根本的に違うのだそうだ。

 確かにここは、如何にも地下遺跡風の造りではなくて、大量に物資を仕舞うための地下倉庫でしかない。


 保存している物資の劣化を防ぐために魔蔵庫まで設置しているという事は、日本人のように潔癖症な部分もあるのかもしれなかった。


「古代魔法文明とひとくくりにしてますけど、この地域は別国家だったのでは?」


「一応、統一国家だったようだぜ」


 専門家による研究によると、中央部には強固な王政国家が存在していたようだ。


「じゃあ、属国とか、自治領とか、衛星国とか?」


「かもしれないな」


 だが、その辺の歴史的な真実は王国の研究者が調べれば良い事である。

 俺は、見付かった八つ全ての物資を魔法の袋に収納し、入り口を再封鎖してから自分の屋敷へと戻るのであった。


「もうダイヤル嫌……。人が律儀に0000から回しているのに、9987とか喧嘩売り過ぎ……。次は、9999から回したのに0007だったし……」


 一人だけジャンケンに負けまくり、八つの地下倉庫全てのダイヤル鍵を自力で開ける羽目になったエルは、心なしか放心しているようではあったが。

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