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第五十四話 バウマイスター伯爵。

「想像通りであるな!」


「何なんです? この人の多さは……」


 クルトの怨念の残りカスが、ルックナー男爵以下五十名以上を大量殺戮した日から四日後。

 俺達も相談しないといけない事があったので王都のルックナー財務卿の屋敷に向かうと、その正門の前には多くの人達が詰め掛けていた。


 今回の王都行きは、みんな忙しいので同伴は導師だけとなっていた。

 あまり多人数でゾロゾロと動くと目立つし、いつもはパウル兄さん達に任せている護衛も導師が引き受けてくれる事になっている。


 パウル兄さんは新領地の視察や調査で忙しいので、今度来るのは陛下から準男爵位を授爵される時になる予定であった。


「この子は、亡くなったブルーメンタール準男爵の子供なのです! 認知をお願いします!」


「ルックナー財務卿! 私こそ、ビューロー卿の後釜に相応しいと思うのですが!」


「これは、どういう事なのです?」


「十を超える貴族家の中枢が、ほぼ全滅した故であろう」


 自分も含めて、家族、家臣、使用人が全滅したルックナー男爵家には、縁戚も含めた連中が『自分こそが、次代ルックナー男爵に相応しい』と複数押しかけ。


 他の家も、最低でも当主と正妻が。

 酷い家になると、跡取り息子に、他の子供や家臣などが根こそぎ全滅した家などもあり。

 その爵位と役職の後釜を狙って、様々な人達が押しかけているらしい。


「ですが、ルックナー財務卿にですか?」


「派閥の長であった弟が、一家を含めて全滅。ならば、いくら対立していたとはいえ、兄が全てを取り仕切るのは当然である!」


 加えて、その兄は財務卿で侯爵なのだ。

 本人の屋敷に直接押し掛けて、財産を含めて警備している警備兵に詰め寄るよりは、天の声であるルックナー財務卿のお墨付きの方がよほど役に立つと思っているのであろう。


「じゃあ、やっぱり財務卿閣下に任せた方が良いですね」


「であろうな」


 こちらだって、いつ新領地の下賜と開発命令が下るかもしれないので暇ではないのだ。

 早くに、アマーリエ義姉さんや甥達の処遇について言質を取る必要があった。


 当然、他の大物貴族達への挨拶回りはもう終了している。

 ホーエンハイム枢機卿はすぐに了承して、最後に陛下に謁見する際に付き合ってくれると約束してくれた。

 

 エドガー軍務卿からは、『ヴィルマは、俺の養女にしたからな! わかるよな?』と言われ。

 すぐに首を縦に振っていた。


 つまり、絶対に嫁に貰えという事なのだ。

 個人的にはヴィルマは可愛いので良しとしたい所だったが、そうなると嫁の序列に変化が発生する。

 ヴィルマは元々準男爵家の娘でもある関係で、序列をエリーゼの次にしなければいけないからだ。


 気にしないとは言われているが、ルイーゼやイーナへの配慮も必要であり。

 俺は、見た目が導師と大差ない筋肉軍務卿がただの脳筋ではなかった事に、心の中で呪詛の言葉を吐いていた。


 あとは、残りの閣僚などにも挨拶に行ったのだが、彼らは特に何も言わなかった。

 多分、未開地を下賜されてから色々と言うのであろう。


「とにかく、ルックナー財務卿に会わないと」


 今日は屋敷で諸処の対応に追われているとエドガー軍務卿から教えられたので現地に行くと、ルックナー邸の前には陳情のためか多くの人達が詰めかけていて、俺と導師はそれをかき分けながら正門前に居る警備兵に話しかける。


「今度は、誰様の親戚でしょうか? それとも、誰様のお子様か何かで?」


 随分と横柄な門番だなと思ったが、彼はここ数日ずっとそんな連中の相手ばかりしていたのであろう。

 俺や導師を見ても、すぐにはその正体に気が付かなかったようだ。


「王宮筆頭魔導師とバウマイスター男爵だ。主人であるルックナー財務卿に用があって来た」


「えっ! アームストロング子爵様とバウマイスター男爵様で! 失礼しました!」


 事前に上から、そちらに行くと連絡を受けていたのであろう。 

 門番は急に丁寧な対応になってから、俺達を門の中に入れる。


「バウマイスター男爵様! この子は、本当にブルーメンタール準男爵の子なのです! 是非に、お口添えを!」


「私は、王都のバウマイスター卿とも仲が良いのです! ルックナー財務卿閣下に、マルテンシュタイン騎士爵位には私クリスティアンを宜しくと!」


 俺と導師が有名人で、すんなり屋敷の中に入れる身分である事を知ると、押し掛けていた連中はこちらにまで色々と面倒な事を頼もうとしてくる。

 

「いちいち気にしていたら、キリがないのである!」


 貴族が死ぬと、この手の連中は必ず発生するそうだ。

 貴族などを相手にしていた水商売の女性や、元は屋敷に勤めていたメイドなどが、その貴族との間の子だから認知して欲しいと頼んで来たり。


 だが、この世界にはDNA鑑定などがないので、生まれた時に故人が書いた証明などがないとまず認められないそうだが。

 それに、そこまでする人の大半は、最初から普通に認知するという罠も存在する。


 あとは、有りもしない縁や交友関係を主張して、その役職の後釜を狙うような無役の貴族達。

 彼らは基本暇なので、毎日のように必死に押し掛けてくるそうだ。


「わざわざ済まない……」


 屋敷の中に入ると、主であるルックナー財務卿が目の下に隈が出来た状態で俺達を出迎えていた。


「あの、大丈夫ですか?」


「いや、屋敷の前は事件の翌日からずっとあの有様だし、死んだ連中の穴埋めの手配でも忙しいしな。あとは……」


 貴族籍の管理や、貴族家の相続手続きなどを扱うベッカー内務卿や、その下に居る実務長の屋敷の前も似たような有様で。

 昨日も、王城内で嫌味に近い苦言を言われてしまったらしい。


「大変ですね。こちらとしても、頼みたい事があるのですが大丈夫でしょうか?」


「暗殺未遂を起した長男の、子供達の扱いについてであろう? そっちは何とかする。だが、その前に一つ問題が……」


 ルックナー財務卿が申し訳なさそうに伝えた内容は、俺を驚愕させる物であった。


「はあ? ローデリヒが、次のルックナー男爵に?」


 それも驚きであったが、クルトが暗殺未遂事件を起した直後に、ルックナー男爵が何食わぬ顔でクルトに渡った魔道具の情報提供を行い。

 挙句に、ローデリヒを認知して、その縁での利権の分配を要求した事の方が驚きであった。


 しかも、ルックナー財務卿がそれを認めてしまったのだから余計に驚いてしまう。


「何で、そんな要求を認めるんです!」


「前の卿と決闘したヘルター公爵のように、大バカで現行犯ではないからな。捕縛するに値する証拠がないと……」


 間違いなく共犯なのに、何食わぬ顔でクルトを売って善意の情報提供者を装う。

 しかも、周囲から白い目で見られても何ら動揺する事なく、ローデリヒを勝手に認知してその縁から利権を要求する。

 

 まさか、ここまで厚かましい人物だとは思わなかった。


「それで上手く行ったと思って、派閥の子分達を呼んでパーティーを開いたようだな」


 そこで、絶頂から滅亡へと至ったようだ。

 しかもその原因が、バカにして使い捨てにしたクルトであるという部分が笑えなかった。

 まさに、因果応報その物であろう。


「鼠を追い込んだ猫が、その鼠に首筋を噛まれて失血死したというわけだ」


「そもそも、ローデヒリの認知は本人の許可を取ったんですか?」


「法的に言えば、そんな必要は無いのだ」


 貴族家において、当主の権限は絶対である。

 当主が子供を認知するのに、子供からの許可など全く必要無いのだそうだ。


「認知してやるのに、許可とか言う時点でその子供は度し難い奴だという話になるからな」


 ルックナー男爵からすれば、ローデリヒを認知だけして縁を繋いで利権を要求できるというわけだ。

 既に跡取り息子はいるのだから、爵位はともかく財産など一セントも寄越さないつもりだったのであろう。


 ある意味、清々しいまでに最低な奴である。

 イコール、貴族らしいとも言えるそうだが。


「ただ、そのせいで厄介な事になった」


 パーティーは、ルックナー男爵の屋敷で行われていた。

 よって、家族は一人残らず全滅したそうだ。


「長男と長女も死んだからな。他に生き残った正妻の子もおらず。となると……」


 認知した次男であるローデリヒが、一番有力な後継者候補という事になる。

 だが、もしそうなると未開地開発に大きな支障を来たす可能性があった。


「うちの筆頭家臣にして代官を奪わないでください」


 未開地開発において俺の代理人になるのだから、当然待遇は筆頭家臣となって世襲も可能にする予定になっていた。

 もし、ルックナー男爵家を相続したら、その話が完全に吹き飛んでしまうのだ。


「また代官の人選からスタートになりますけど」


 当然、遅延した分の皆の怒りは、全てルックナー財務卿に向かう事となる。

 また陛下や全閣僚から、嫌味を言われる事になるのだ。


「わかっておる。わかってはおるが……」


 俺が下賜される未開地は、予定ではバウマイスター伯爵領になるわけで。

 なので、もしローデリヒが法衣男爵家を継ぐと、俺の家臣には出来なくなってしまうのだから。


「なるほど。非難轟々であるな!」


「昨日までに、主だった閣僚やホーエンハイム枢機卿。陛下にまで言われておるわ! あのクソ野郎! 死ぬ時まで迷惑をかけやがって!」

 

 珍しく激高したルックナー財務卿は、貴族にあるまじき汚い罵詈雑言を吐いていた。


「それで、どうします?」


「どうも、こうも。ルックナー男爵家は取り潰しに決まっておろう。他の取り巻き連中は個々に対応だな。全く、下らない仕事を増やしおって……」


 甥達の待遇に対する陳情は通ったようだし、詳しい処分は明日に陛下の前で発表するという事なので、その日は自分の王都にある屋敷に戻り、明日の登城に備える事にする。


 翌日、王城からの使者と共に登城すると。

 謁見の間ではなく、会議などに良く使う部屋に通されていた。


「まずは、あの不埒者への処分を発表するのでな。謁見の間は後で使う事にする」


「では、早速に処分内容を……」


 室内に居た陛下に促され、ルックナー財務卿が処分内容を発表する。


 まずルックナー男爵であったが、彼は俺への暗殺未遂の共犯として家を取り潰し、財産も全て没収という処分が下される。

 既に文句を言う家族もいないし、あわよくば爵位と役職継承を狙っていた縁戚達も、この処分の前には沈黙するであろう。


「あの、証拠は挙がったのですか?」


「ブライヒレーダー辺境伯が、その証拠を捕まえるべく網を張っているようだな」


 まだクルトに魔道具を渡したフリーの冒険者とやらは、山脈の山道をブライヒブルク側に向かって移動している最中で、それを捕縛しようとしているのをルックナー財務卿は察知したらしい。


「ルックナー男爵の家臣で、何名か所在が不明な者達がいる。大方、その冒険者の始末に向かっていると思われるがな。どちらでも確保できれば、証拠も挙がろう」


 ルックナー男爵が生きていれば、もう少し慎重に処分を進めるのであろうが、残念ながらもう彼はこの世の人ではない。

 ならば、さっさと処分してしまおうと言う事らしい。


「他の貴族達は、役職の取り上げだな」


 十二名の貴族達は、その職務に精通しているベテランばかりであった。

 当主が急死したからといって、子供にいきなりその職務を任せるとはいかないので当然とも言える。


「下で優秀な者を昇進させ、新しい者を入れて経験を積ませる事にする」


 そうやって入れる未経験者とは、普通は親のコネで入る跡取り息子である。

 そして、その未経験者は大体親の役職くらいまで昇進できる。

 

 法衣貴族で役職付きの家は、親子でそのサイクルを繰り返すのだが、思わぬ当主の急死で子供がまだ幼い者が多く、役所に入れるのも困難であった。


 なので、今回は十二名の役職無しの貴族に門戸を開くという事になる。

 当然激しい争奪戦が繰り広げられるであろうが、俺には知った事ではなかった。


「子が居ればまだマシだ。爵位は継がせられるからな。問題は……」


 準男爵家一つと騎士爵家三つに子供がいないそうで、現在親戚や縁戚連中が押し掛けているそうだ。


「これは、貴族法に則るしかないな。ただ……」


「詳しい話は、謁見の間で行う事とする」


 処分は会議室で、褒賞は謁見の間で行う。

 ヘルムート王国では、それが決まりのようだ。


 陛下の命令で謁見の間へと向かうと、そこには意外な人物が待ち構えていた。


「ヘルムート兄さん? エーリッヒ兄さん?」


「ヴェルか……。クルト兄貴の件は聞いている……」


「まさか、こんな結末になるなんて……」


 なぜ兄さん達が呼び出されたのかは不明であったが、やはり最初に話題になるのはクルトの悲惨な最期と、その異常な執念が成した大虐殺劇であろう。


 ただ、実際に虐殺を行った怨念の集合体であるアンデッドを浄化した神官達の目撃によると、そのアンデッドにはクルトの身体的な特徴は一切存在していなかったそうだ。


 黒い煙状の、赤い目が爛々と輝く顔が付いた直径三メートルほどの球体。

 それが、ゾンビに喰われてほぼ骨と化していたルックナー男爵の遺体の前で不気味な高笑いを続けていたらしい。

 

 しかも、まるで抵抗する事なく神官達に浄化されたそうだ。

 俺の殺害には失敗したが、自分をこんな姿にしたルックナー男爵を殺せて満足したのか?

 

 俺はクルトではないので、彼の真意はわからなかったのだが。


「ルックナー男爵は、呪われた魔道具を使ってその反作用で死んだというのが公式の見解なようだね」


 エーリッヒ兄さんは、王国側から俺への暗殺未遂事件はクルトの仕業で、後のルックナー男爵の惨殺事件は、自分自身が魔道具の効果を良く確認しないで使った事によるミスであると伝えられたようだ。

 

 それでも、クルトが使用した魔道具を裏市場から手に入れて渡したという罪があるので、御家は断絶という処罰に違いは無いようであったが。


「さて、三人に来て貰ったのは理由がある」


 まず伝えられたのは、ヘルムート兄さんとエーリッヒ兄さんの爵位を準男爵に陞爵するという物であった。


「なぜ?」


「陛下、我々は特に何も功績など……」


「何も無い事はあるまい。日々、与えられた仕事に邁進しておろう」


「それは、他の貴族達も皆そうなのですが……」


 エーリッヒ兄さんの疑問に、陛下は笑顔で答えていた。

 だが、その表情には『反論しないで受け取れ』という物も浮かんでいて、それに気が付いたエーリッヒ兄さん達は素直に陞爵の褒美を受けていた。


「次は、バウマイスター男爵であるか」


 クルトの死後一週間弱ほど放置されていたのだが、ようやく未開地を下賜されるようだ。


「バウマイスター騎士爵領は、跡継ぎの不祥事により未開地部分の没収を命じる。詳細な没収領域は後で伝えるとして、残りの未開地分の全てを伯爵に陞爵するヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターに与える物とする」


「謹んでお受けします」


 俺は陛下から伯爵の爵位と未開地を下賜され、これでようやく実家に関するゴタゴタの大半が解決するのであった。





「一言で言えば、迷惑料であろうな!」


 俺が伯爵に陞爵された後、導師は俺、ヘルムート兄さん、エーリッヒ兄さんを自分の屋敷に誘い。

 そこで、今日の褒賞の儀について自分の見解を述べていた。


 とはいえ、彼は陛下と親友同士の間柄にある。

 その見解とは、すなわち陛下の考えその物であった。


「未開地開発のために、クルトの廃嫡をバウマイスター伯爵に任せたがためのあの暴走劇。挙句に、中央の要職を持つ者まで関与しておったのである! そこで、二人の兄君達にも褒賞を与えてバウマイスター伯爵に気を使ったというわけである! 今は領地になる予定地を調査中のパウル殿も、すぐに準男爵位と領地の分与が認められるであろう!」


「確かに、俺が断るのも何ですしね」


 俺への褒賞はもう最初から決まっているわけで、あまり増やすと俺が断わる可能性を考慮したらしい。

 だが、兄さん達の陞爵ならば何も言えまいと、急遽呼び出して陞爵をしたのだと導師は説明していた。


「いや……。いきなり陞爵とか、周囲の視線が痛いんですけど」


「ヘルムート兄さんは、普段は水源地警備だから良いよ。私の場合は、職場という物が……」


 それは、いきなり呼び出されていきなり陞爵したのだ。

 二人共、周囲からの視線が痛いであろう。

 

「しかも、実家は跡取りの大不祥事と。これで陞爵はおかしいだろうという話になる」


「どうせ、その件で暫くは不愉快な思いをするわけであろうからと。陛下は、陞爵を決めたのである!」


 貴族達とてバカではないので、暗殺未遂事件の共犯がルックナー男爵である事も、その後に俺が未開地の開発を始める事も重々承知のはず。


 なので、すぐに逆に擦り寄ってくるであろうと導師は語っていた。


「それはそれで、嫌というか……。もう実害は受けていますけどね」


 もう王都に住む貴族達の間では、未開地開発の噂で持ちきりらしい。

 既にエーリッヒ兄さんは、職場の上司や同僚から『うちの子を、弟さんの家臣に雇って欲しい』とか頼まれているそうだ。


「すいません。迷惑をかけて」


「大丈夫。全部、ルックナー財務卿に押し付けたから」


 エーリッヒ兄さんは、『そういう事の決定権は、ほぼ全部偉い人が握っていまして。私では、どうにも……』と上手くかわしたらしい。


 結果、先のルックナー男爵一家惨殺事件と合わせて、ルックナー財務卿の屋敷には余計に多くの人達が押し掛けるようになったそうだ。


 なお、とばっちりでモンジェラ子爵などにも、大量の陳情者が押し掛けているようであったが。 

 これは、ルックナー財務卿の寄り子としては仕方が無いのかもしれない。


「そういえば、うちもあったな」


 普段は、水源地である森を警備する仕事をしているヘルムート兄さんであったが。 

 つい先日、警備する人手が足りなくて一人だけ人員を募集したらしい。


「一人しか採らないのに、応募してきたのが三百人を超えたからな」


 更に、侯爵家の三男とか、伯爵家の次男とか。

 どうしてこんな人がというのが沢山来たそうだ。


「うちで落ちても、ヴェルの家臣に推挙されるかもとか思ったのかもな。単純に、顔を売りに来たのかもしれないけど」


「すいません」


「俺らは、普段は森の警備で篭っているからな。あまり世間の噂なんて気にしないさ。それに、準男爵になれたし」


 ただ、その陞爵と同時に管理する森がもう一つ増えたらしい。


「隣接している森だから思ったほど面倒ではないけど、また人を採らないとなぁ……。応募、何人来るかな?」


 騎士爵や準男爵が警備する森で働く人員なので、対象は元冒険者とか、平民の子供とか、騎士爵の三男以下とかそういう人を対象にしているわけで。

 伯爵の子供とかに応募されても、困るのは当然の結果ともいえた。


「そんな人を採っても命令し難いですね」


「だろう?」


 それに、下手に仕事上の事などで揉めると、父親である伯爵とかが出て来て面倒になる。

 貴族の常識として、そんな格上な貴族の子供など採用しないのが普通であった。


「私も、昇進するみたいだね」


「それは、おめでとうございます」


「ただ、予算執行委員の末席か。明らかに、ヴェルとの連絡役だと思う」


 俺の手持ち資金で開発は始まるのだが、王国としては全く援助をしないわけにもいかない。

 あと、一から伯爵家が立ち上がるわけで、余っている貴族の子弟達の有力な就職先でもあるのだ。


 雇用関連で補助金を出すので、それを管理するのがエーリッヒ兄さんの役割になるらしい。


「未開地開発である程度目処が立ったら、また陞爵があるからと言われた」


「それって?」


「間違いなく、あの人の後釜だね」


 同じ会計監査長ではないかもしれないが、財務関連の法衣男爵が一人消えたので、その後釜にエーリッヒ兄さんというわけなのであろう。


 そして、俺に恩を売るというわけだ。


「そういえば、ヴェルにも追加で褒賞があったよね」


「ええ」


 過去の功績と合わせて、俺にはあの未開地や魔の森での探索に貢献し、新しい領地開発のきっかけを作ったという。

 適当にでっち上げた理由を元に、追加で褒賞が与えられていた。


 まずは、取り潰されたルックナー男爵家の資産を全て。

 次似、あの惨殺劇があった屋敷もなのだが、いらないと言ったら不動産屋に売却して現金でくれるらしい。

 間違いなく、その不動産屋はあのリネンハイム氏であろうと思われる。


 旧ルックナー男爵邸は、教会から駆け付けた神官達が怨念の残りを浄化した際に、一緒に浄化はされている。

 だが、あんな惨劇があった屋敷をいきなり使う人もいないであろうから、暫くは塩漬けになるであろう。


 あの胡散臭いリネンハイム氏からすれば、格好の儲け話という事だ。 


「ルックナー財務卿から聞いたんだけど、屋敷の蔵から相当な資産が見付かったらしいね」


「確か、総額で五千万セントほどだと」


 ほぼ半分が金貨などで、残りは美術品や魔道具であったそうだ。

 

「いくら役職持ちとはいえ、法衣男爵にしては多過ぎる」


「あの男の事である! 美術品や魔道具が多かった事から想像して、裏市場に便宜を図っていたのであろう」


 侯爵にして財務卿の兄に逆らい、小規模とはいえ独自に派閥まで保持していたのだ。

 子分を養うのに、金が必要だったのであろう。


「そっちは、開発に使えるから別に良いんですけどね」


 誰がどんな手段で得ようと金は金。

 開発資金に当てれば良いので何の問題も無いのだが、もう一つ困った物を押し付けられていた。


「複数の爵位を褒美って、あるんですね?」


「稀に、無い事もないのである!」


 ルックナー男爵の巻き添えで死んだ貴族達で、直系に跡取りがいなかった準男爵家一つと騎士爵家が三つ。

 これを、俺が他人に自由に与える権利を貰ったのだ。


「大領を持つ貴族などに、王国が配慮するケースが昔はあったのである!」


 その権利を貰った大物貴族は、自分の領地を割いて次男以下を準男爵や騎士爵にしたり出来たそうだ。


「表向きは、相続問題で混乱を生じさせないためである! 実際には……」


 王国側が、その大物貴族の力を落すために渡していた面もあったようだ。

 代を重ねるごとに、領地が細切れになるのを期待しての事らしい。


「ただ、バウマイスター伯爵には必要であろう?」


「確かに、必要ですけどね」


 本当は、アマーリエ義姉さんと甥達には王都で暮らして貰う予定であったのだが、あまりにあの虐殺事件の印象が強過ぎて不可能になってしまったのだ。


 そこで、暫く事件のほとぼりが冷めるまではバウマイスター領内で暮らして貰い、それから王都で勉強をして貰う予定にしていた。


「クルト兄さんの子達か……」


「はい。成人したら、爵位と領地を分けて分家扱いにしますよ」


 クルトには思う所があったし命まで狙われたが、アマーリエ義姉さんや甥達にはそういう気持ちは無い。

 将来、向こうからは親の仇と思われるかもしれないが、それは仕方がないと思っていた。


「これでようやく、未開地の開発が始まると陛下は安堵していたのである! さて、話も終わった事だし、昼食でも食べていくのである!」


 アームストロング子爵邸での昼食後、ヘルムート兄さんは森の警備に戻り、エーリッヒ兄さんも職場へと戻る。

 俺と導師は、瞬間移動でバウマイスター領へと戻ったのだが……。


「導師、腹がはち切れそう」


「若い者は、もっと食べないといけないのである!」


「胃の容量は決まっているから!」


「何の! 一度お腹が一杯になっても、少し待てばまだ入るのである!」


「(どこの大食いチャンピオンだよ!)」


 さすがに外の目があって唐揚げなどは出なかったが、物凄い量のフルコースで、更にお代わりは必ずさせられるのが導師の屋敷における食事のマナーだったのだ。


 味は良かったのだが、森林警備で普段から体を動かしているヘルムート兄さんはともかく、事務系で食の細いエーリッヒ兄さんには試練であったと思われる。


 更に、導師は奥さんが四人に子供が十八人もいる。

 貴族なので食事中に騒ぐ子はいなかったが、食事前にはお土産や面白い話をせがまれて揉みくちゃにされる。


 今回初めてのヘルムート兄さんとエーリッヒ兄さんは、その光景に絶句しているようであった。


『うちなんて、目じゃねえな』


『噂には聞いていたけど……』


 ただし、導師の家の子供達は全員良い服を着ていたし、教育なども最高の物が受けられる仕組みになっている。

 既に成人した上の子供達が数名いなかったが、これは跡取り息子が軍人になっていて、他の子達は冒険者をしたり、新しく商売などを始めているからであった。


『えっ! 商売なんてしてるの!』


 ヘルムート兄さんは驚いているようであったが、それがこの家の教育方針であった。

 跡継ぎである長男にしか爵位を渡せない以上、他の子達には自分で生きる道を探して貰うと。


 その代わりに、教育は平等に受けられるし、貴族家にしては珍しく財産は分与する事になっているそうだ。


『財産を分与するのか!』


『導師の場合は、ちょっと特殊ですからね』


 現役冒険者時代に、うちの師匠と遜色ないくらいに稼いでいたし。

 法衣子爵家の年金、王宮筆頭魔導師の役職給、双竜勲章の年金、グレードグランド討伐で得た褒賞、いくつかの名誉職に付随する手当てと。


 そして、今も少し時間が空くと狩りに出かけていた。

 特に最近お気に入りなのは、うちの領地と隣接している山脈と同じく飛竜の住みかになっている王都から少し離れた『コンロン山地』であった。


 ここから、月に二~三匹ほど飛竜を狩ってくるのだ。

 一般人には脅威でしかない飛竜も、導師から見れば効率の良い金蔓でしかなかった。


『あれ? 導師って、もう引退したんじゃ?』


『冒険者の引退宣言って、実は無意味なんですよねぇ……』


 冒険者が引退宣言をするのは、ある程度の年齢になって衰えた状態で、ギルドや王国からの強制依頼を断るためであったからだ。


 なので、たまにアルバイトで狩りに出ても、何ら咎められる事もなかった。

 むしろ、魔物の素材は常に不足しているので、頑張ってくださいというのがギルド側の見解だ。


『空いている時間に飛竜を狩る冒険者って、間違いなく導師くらいですし』


『そうだな。俺なら、いくら時間があっても無理だわ』


 その収入もあって、導師の家は法衣子爵の中では圧倒的に財政状態が良かった。

 あのホーエンハイム枢機卿が、『うちも教会幹部なので、他の法衣子爵家よりは相当に裕福だと思うが、導師の家とは比べるだけ無意味じゃの』というくらいなのだから。


『このアームストロング子爵家は、某の魔法によって成り立った家なのである! よって、某の死後は普通の法衣子爵家に戻るのみである!』


 だから、財産を全ての子供達に分与して、普通の法衣子爵家に戻してしまうのだそうだ。

 それでも、他の法衣子爵よりも圧倒的に裕福な家ではあるのだが。


 つまり、それほど導師は稼いでいるというわけだ。


『ただ残念なのは、某に娘がいない事であろうか』


 元々、アームストロング家は男子が生まれ易い傾向にあるらしい。

 そして導師の子供達であったが、全員が男子であった。


『娘がいれば、バウマイスター伯爵に嫁がせるのであるが、とても残念である!』


『そうですね……(助かった……)』


 俺からすれば、導師をお義父さんと呼ばずに済むのは大変に助かったわけであったが。

 あと、娘とは父親に似るらしい。

 とここまで言えば、他に何も言う事はなかった。


「しかし、バウマイスター伯爵もこれから大変であるな!」


「いいえ。全部、代官のローデリヒに丸投げですから」


 未開地の開発については、金出してあとは丸投げのスタンスを変えるつもりはなかった。

 なので、ようやく元の冒険者稼業に戻れると、俺は心から安堵するのであった。

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