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オマケ一話 マヨネーズとアームストロング伯爵家。

 これは、まだヴェルを含めた俺達が、王都で留学という名の囲い込みをされていた頃の事。

 

 今日も俺は、王城内の訓練所でワーレン様から剣の指導を受けていて。

 終了後に、同じく槍の指導を受けていたイーナと共に屋敷に戻ると。

 

 そこでは、ヴェルがまた奇妙な調味料の作成をしていた。


「マヨネーズは至高! だが、ここは派生した仲間達を忘れてはならない!」


 どうやら、本日の導師との特訓が終了したようで。

 屋敷の台所で、例の『マヨネーズ』なる調味料の作成に勤しんでいたのだ。


 作業台の上では大き目のボールが宙に浮いていて、その中では泡だて器が高速で素早く材料をかき混ぜていた。


 このマヨネーズという調味料の美味しさは衝撃的であったが、作るのには意外と手間がかかる。

 前に、『エル、腕の鍛錬になるぞ』とヴェルから言われて大量に作成し、翌日に腕が筋肉痛になったのを思い出していた。


『さすがに、根性あるな』


『なあ、ヴェルが魔法で攪拌すれば良くないか?』


『実は、今日の導師との特訓が厳しくて、魔力が不足していたんだ』


 なら翌日でも良いような気もしたし、何より『こんなに作らせるなよ!』とも思ったのだが。


 卵黄、酢、塩、胡椒を良く混ぜた物が入ったボールに、少しずつ油を入れて根気良く攪拌していく。

 

 ボールと共に、油の入った容器も宙に浮き。

 傾けられた容器の注ぎ口からは、糸のように細い油が少しずつボールに投入され、高速で回転する泡だて器で攪拌されていく。


 手に触らずに対象物を宙に浮かせたり自在に動かす『念動』の魔法は、ヴェルに言わせると基本的な魔法に入るらしい。

 そういえば以前に商業街の広場で、初級クラスの魔法使いが手品だと言って、『念動』魔法がネタの手品で町行く人達からお金を集めようとしていたのを思い出す。


 ネタが簡単にわかる手品であったが、魔法使い自体が少ないので思ったよりもお金が集まっていた。

 ヴェルは、『普通に手品をやれよ!』と銅貨一枚渡していなかったが。


「マヨネーズは、油断すると失敗する。とにかく、根気良く攪拌するんだ」


「はあ……」 


 マヨネーズとは、ヴェルに言わせると『苦役の後の極楽』なのだそうだ。


 確かに、それは俺も実感している。

 その成果の大半が、マヨネーズ作りになると逃げるルイーゼに食べられてしまってもだ。


『ルイーゼ、手伝えよ』


『マヨネーズは、男の仕事だと思う』


『んなわけあるか! なら、もっと食うのを遠慮しろ!』


『ボクは、ほら。もっと食べないと成長できないから』


 ルイーゼの体は、同年代女性の平均よりも圧倒的に小さい。

 もう少しで十四歳になるのに、未だに初見の人から十歳以上に見られた事がないのだ。

 なので、なるべく沢山食べて早く成長するというスタンスを取っているのだが。

 少なくとも、今のところは成果は見受けられなかった。


『(マヨネーズって、成長の役に立つのか? というか、ルイーゼって成長するのか?)一日でも早く、ヴェルがレシピを売った商会が製品を販売する事を祈るよ』


 現在、攪拌などの作業を魔道具で行える工房を急ピッチで建設中らしい。

 そしてその工房が稼動すれば、ヴェルには毎月決まった量のマヨネーズがその商会から上納される事になっていた。


『ボクの他にも、マヨネーズ消費量が多い人もいるしね』


『ああ、あの人は半分中毒だと思う』 


 それともう一人、異常なまでのマヨネーズ好きが誕生していた。


『焼いた肉にも、洗っただけの野菜にでも。御飯やパンにも良く合うのである! バウマイスター男爵! 某に、もっとマヨネーズを!』


 修行中のお昼に、ヴェルとルイーゼが鹿の焼き肉に付けていたのを貰って以来、導師は何にでもマヨネーズをかけて食べるようになってしまった。


 ヴェルは『マヨラーだ!』と言っていたが、そのあだ名は何となくわかるような気がする。

 ただ、導師は絶望的なまでに不器用であり、自作をすると大半の材料を無駄にしてしまうので、定期的に屋敷に貰いに来るようになっていた。


 そんなわけで、ヴェルは導師のためにまたマヨネーズ作りをしているようで。

 ただ、今日は何か新しいマヨネーズに挑戦するのだそうだ。


「派生型? どういう事なの? ヴェル」


「マヨネーズにもう一工夫で、更なる極楽を目指すのさ」


 イーナの質問に答えるヴェルであったが、彼女の方は首を傾げていた。


「さて、仲間達の完成だ!」


 以前にヴェルが手に入れたワサビを混ぜたワサビマヨに、マスタード入り、シソ入り、ユズ入り。

 そして一番のお勧めが、カレー粉入りのマヨネーズなのだそうだ。


「本当に、良く考えるよな」


「人は、食べねば生きていけないからな」


 どうせ食事は必須なのだから、それを楽しまなければ損だ。

 ヴェルは、珍しく哲学的な事を語っていた。


 食べ物の話なので、本当は哲学的ではないのだが。


「それで、その新作は導師に味見させて実験とか?」


「勿論、もう試食しているし」


 台所に居ないと思ったら、もう導師はエリーゼの給仕で試食を始めているそうだ。

 あと、実験の部分は否定しないらしい。

 別に薬とかではないので、最悪不味いくらいで死ぬ心配もないのだけど。

 

 導師の場合、少々の猛毒くらいでは死ななそうなイメージがあるにしてもだ。


 リビングにあるテーブルの上には皿に載った大量のカラアゲが置かれ、導師はそれにマヨネーズを浸しながら次々と口に放り込んでいた。


「ウゲっ!」


「良く胸焼けしないわね……」


 ヴェルが考案したカラアゲは俺もイーナも好きだったが、一人で一度に何キロも食べるのはどうかと思う。


「マスタード入りは、ピリっとした辛さが……。ワサビ入りも、マスタードとは違う落ち着いた辛さで……。シソとユズ入りは、これもサッパリとしていて良いアイデアである。そして何より……」


 導師が一番気に入ったのは、カレー粉入りのマヨネーズであったようだ。

 残り数キロ分のカラアゲに大量に塗し、かき込むように食べ続けていた。


「富貴病にならないのかな?」


 富貴病とは貴族や金持ちが中年以降に良くかかる病気で、症状が進むと手足が壊疽したり、失明したりする怖い病気であった。

 ただ、一般人にはあまり縁の無い病気ではあったのだが。


「この前のカレーライスと言い、カレー粉とは素晴らしい物であるな! これを、もっと融通して欲しいのである! 他のマヨネーズ各種も忘れずに!」


 導師は、かなり強い口調と勢いでヴェルにお願いをしていた。


「ええと、カレー粉はそんなに無いんですよ」


 この『カレー粉』も、ヴェルが休日に台所に篭って自作した黄色い奇妙な粉であった。

 その独特の香りと、辛さに。

 俺達は、また衝撃を受けたものだ。


 更に、これを元にカレーライスなるシチューの親戚のような料理も作っていたのだが、このカレー粉には大きな弱点があった。


『香辛料が高い!』


 南方でしか栽培できない物が多く、薬として流通している物も多かったので、王都だとどうしても仕入れが高くなってしまうのだそうだ。


『勿論、高くても使い道はあるからな。男爵様、レシピを売ってくれ!』


 ヴェルのアイデアで儲けているアルテリオさんは、『カレー粉』を高級品として販売するようになっていた。

 あとは、カレー粉を使ったフルコースメニューを出す高級レストランの経営だ。


 一人前百セントで、最初にカレー粉を使った肉料理などを出し、最後にカレーライスを出す。

 さすがに、サラダやデザートにはカレー粉は使っていなかったが、店は毎日賑わっているらしい。


『カレー粉には、常習性がある!』


『それって、ヤバい薬なのでは?』


『そういう違法性は無いけど、カレー粉の匂いを嗅ぐとまた行きたくなるだろう?』


 確かに、そのお店には常連客が多いそうだ。

 高価にも関わらず、お持ち帰り用のカレー粉も飛ぶように売れているらしい。


 当然、ヴェルの懐にも大金がもたらされていた。

 正直、そんなに何に使うのかと疑問になってしまうのだが。


「ああ、高価な杖でも買うのかな?」


 俺は暇があれば、武器屋を巡って良い剣を探している。 

 剣士にとって、良い剣とは己の命を預ける半ば分身のような物だからだ。

 良い剣を得るには、時間と手間と金がかかる。

 とはいえ、己の分身となる長ければ一生使う物なので、そこで手を抜くわけにはいかないのだ。


「あれ? でも、ヴェルって……」


 今、ふと思ったのだが。

 台所でマヨネーズを魔法で作っている時にも、導師と修行をしている時にも。

 杖を使っているのを見た事がなかった。


 魔法使いと言えば、ローブ姿で杖を持っているイメージが強い。

 導師は紫色のローブに身を包み、その見た目に相応しいゴツイ杖を装備している。

 

 ローブの紫色は、昔からヘルムート王国では高貴な色とされていて。

 王宮に仕える魔導師の中でも、筆頭である導師にしか着用が認められていない。

 他の魔導師は、見習いや下位者は青のローブで、上級者は赤と決まっているのだそうだ。

 

 あまり魔法使いなど沢山いないので、俺も良くは知らなかったのだが。


「ヴェルが魔法を使う時に、杖を使っているのを見た事が無いような……」


 ところがヴェルは、師匠から遺産として何本かの杖を貰った癖に、普段使っている形跡が全く無かったのだ。


「俺が何?」


「今、ふと思った。ヴェルは、なぜに杖を使わない?」


「ああ、杖ねえ……」 


 ヴェルが言うには、自分の場合はあまり杖と魔法の威力に関係が無いらしい。

 ただ、だからと言って杖が全く必要ではないというわけでもないそうだ。


「新しい魔法の練習では、必須アイテムだから。師匠が残した、火竜のヒゲにミスリルをコーティングした杖は、新しい魔法の習得が早まる効果がある。フェニックスの尾に水竜の硝子体をコーティングした杖は……」


「その杖は?」


 フェニックス・水竜共に、半ば伝説扱いで材料の入手は困難を極める。

 なので、それを材料にした杖を公式の席で持っていると、その魔法使いが超一流である事が一目瞭然でわかってしまうのだそうだ。


「偉い人と謁見する時に、見栄えが良い」


「魔法の練習用と、典礼用かよ」


「そうだけど、あまり力量の無い魔法使いが高価な杖を入手できるはずもないから」


「確かに、それは言えているな」


 魔法使いと言えば杖だと思っていた俺に、ヴェルが衝撃の事実を語っていた。

 ただ、確かに力量が無い魔法使いでは、そんなに高価な杖など入手できないのも事実であったが。


「いや、別に全ての魔法使いがそうではない故に!」


 とそこに、カラアゲとマヨネーズのお代わりを求めて、導師が台所に入ってくる。

 というか、まだ食べるつもりらしい。

 その両手には、空になった大皿を持っていた。


「最低でも上級の魔力が無いと、杖を使わないと魔法の威力が落ちてしまうのである!」


 威力や使用魔力の効率が、二割減から半分ほどに落ちてしまうそうだ。

 どのくらい落ちるのかは個人差であったが、なぜか魔力の保有量が上級になると、杖無しでも落ちなくなるらしい。


「魔力量が中級の上と、上級の下。境目の判別が難しいようにも見えるが、実は簡単なのである!」


 杖を使わないでも、魔法の威力が落ちない。

 そこで、明確に線引きをされているのだと導師は語っていた。


「つまり、ブランタークさんは」


「上級の下なので、杖を使わなくても魔法の威力は落ちないのである!」


 ただ、やはり新しい魔法の習得には杖は必須なようであった。

 しかも、ブランタークさんはあの年齢で人生経験も豊富なので、偉い人に会う時などのために高価なローブや杖などを複数持っているそうだ。


 魔法使いにとって、高価なローブと杖とは貴族の礼服に匹敵する物なのだ。

 他にも、冠婚葬祭全てに着用可能で、ある意味汎用性は高かった。


「ちなみに、ボクは中級の上だね」


 台所でエリーゼと一緒に、導師へのお代わり用のカラアゲを揚げていたルイーゼが、俺に左手の薬指に輝く指輪を見せていた。


「ルイーゼ嬢は魔力を使った格闘がメインなので、杖代わりにその指輪を使っているのである!」


 杖で片手が塞がるのは、ルイーゼの戦闘スタイルから言うと効率が悪い。

 そこで、ヴェルが婚約指輪の代わりにルイーゼにプレゼントしたそうだ。


「魔法使いの杖も、一種の魔道具なのである! 基本を抑えていれば、別に杖である必要は無いのである!」


 別のアクセサリーでも、武器や防具や生活用品でも。

 作り方の基本さえ押さえていれば、何でも杖代わりになるそうだ。


「へえ、知らなかった」


「魔法使いの世界は狭い故に、仕方が無いのである!」


 人数が少ないし、魔法を使えない人が杖の事など詳しく調べるはずもない。

 たまに姿を見る公式の席などでは普通に杖を持っているし、まさか上級者ほど見栄で高価な杖を持っているなどとは思わないのが普通。

 

 多分、みんなそう思っているのであろう。


「ですが、導師様は杖を持っていますよね?」


 同じく台所でカレー粉入りマヨネーズを作っていたイーナが、導師の持つ巨大な杖について質問をする。

 長さは二メートルほどで、素材は冒険者時代に集めたオールミスリル製。

 先端の形状はメイスのようになっていて、同じく先端にある直径五十センチほどの魔晶石を保護するように覆っている。


 魔力など篭めなくてもそのまま人を殴り殺せそうな杖であったが、これに導師が魔力を篭めると形状が巨大なハンマーへと変化するのだ。

 魔力の物質化であるが、この魔法を使える魔法使いは物凄く数が少なかった。


 それと間違いなく、あんな巨大ハンマーで殴られたら人間はミンチになると思われる。


「某の戦闘スタイルを考えるに、この杖が一番効率が良いのである!」


 あとは、付いている巨大な魔晶石が、導師の魔力が尽きた時の補給源になっているそうだ。

 ヴェルも、余った魔力を予備の魔晶石に篭めて、魔法の袋に保存していた。


「導師の場合、杖で常に体を鍛錬しているという理由もあるけどね」


 魔闘流を修めるルイーゼが言うには、導師が常にその巨大で重たい杖を持って移動する事により、自然と体の鍛錬を行っているのだそうだ。


「だから、定期的に持っている手を変えている」


「やはり、ルイーゼ嬢は気が付いたのである!」


「魔法使いでも、体が基本って奴ですか?」


「エル少年の言う通りではあるが、体の鍛錬についてはアームストロング家の伝統とも言えるのである!」


 導師の実家であるアームストロング家は、千年以上の歴史を持つ王国屈指の軍系法衣伯爵家なのだそうだ。

 世襲する役職は軍系統オンリーで、代々一族の男子は身長二メートルを超え。

 特に鍛えなくても、筋肉隆々の肉体になるらしい。


 加えてそれに油断せず、代々伝わる独自の鍛錬法によって導師のような外見になってしまう。

 前に一度、城内で導師のお兄さんを見た事があった。

 彼も街中を歩いていたら、チンピラやゴロツキなどはコソコソと逃げて行くはずだ。


「ですが、導師の剣は……」


 武芸会では予選四回戦なので、軍家系の出にしてはお粗末なような気もするのだ。


「我が一族は、元々剣は苦手な故に」


 その代わりに、その恵まれた体やパワーを駆使して敵を撲殺する戦闘スタイルを得意とするそうだ。


「撲殺ですか?」


「左様! 我が実家アームストロングには、代々オリハルコン製の『六角棒』が伝えられている由に!」


 昔から、代々のアームストロング伯爵やその一族の男子は、鋼で作られた棒で敵の剣を折り、頭部などを狙って撲殺する戦い方で有名であったそうだ。


「今から三百年ほど前、まだアーカート神聖帝国との戦争があった時代の事である!」


 両軍が激突し、暫くして形勢不利になったヘルムート王国軍は、当時の王様の命令で一時後退が命じられたらしい。

 だが、その状態からの一時撤退は敵軍による追撃の危険性も孕んでいる。


 そこで当時のアームストロング伯爵は、自ら志願して王国軍の殿を務めたのだそうだ。


「ご先祖様は自慢の鋼製の棒を振り回し、百人を超える敵兵を撲殺するも遂には……」


 敵軍に囲まれ、遂に討ち取られてしまったそうだ。

 

「戦死ですか……」


「我がアームストロング伯爵家では、このような情況での戦死は名誉な物とされるのである!」


 あと、アームストロング伯爵の犠牲もあって、王国軍は無事に撤退に成功。

 その戦役では、後に逆襲にも成功して、有利な条件で講和が結べたのだそうだ。


「講和を結んだのですね。あれ? でも……」


 その割には、もう百年ほど戦争が続いていたような気がするのだが。


「あの当時は、戦っては講和を結び。またどちらかが出兵して、攻められた方も兵を整えて戦う。そんな状態であった故に」


 なかなか、長期の停戦というのは実現しなかったそうだ。


 そしてその講和の席で、当時のアーカート神聖帝国の皇帝が敵であるご先祖様の奮闘を称え、首を繋げた遺体を返還して来たのだそうだ。


「首を繋げてですか……」


「戦争ゆえに、手柄首を集めるのは常識であった。仕方のない事である!」


 当然、敵からも賞賛されたアームストロング伯爵に、王国側も多額の恩賞と新しい武器の下賜で答えたそうだ。


「いつの頃からか王家に伝わっていた『六角棒』が、跡を継いだアームストロング伯爵に下賜されたのである!」


 その六角棒は、長さ二メートル、太さ八センチほどで、素材は全てオリハルコン製。

 下賜された新アームストロング伯爵も、それを用いて戦場で大活躍した。

 敵兵や指揮官である貴族の剣を六角棒の強烈な一撃で叩き折り、狼狽する相手をそのまま撲殺する。


 アーカート神聖帝国の貴族達は、『撲殺魔』アームストロング伯爵を恐れたそうだ。

 代が代わっても、身長二メートル超えの筋肉巨人が味方の兵や貴族を撲殺し続けたのだから当然とも言える。


 そしてその六角棒は、代々アームストロング伯爵家当主の専用武器となったそうだ。


「あとは、この髪型もである」


 導師の髪型は、何というか変わっている。

 頭周部は綺麗にカミソリで剃りあげられ、頭頂部のみに硬そうな癖毛が三角形型に天に向かって伸びているのだ。


 例えるなら、後に魔の森の探索で見つけたパイナップルという果物のヘタの部分にソックリであった。


「三百年前に戦死したご先祖様が、この髪型だったのである!」


 その髪型にした理由は、もし戦場で首を討たれても、敵が切り落とした首を持ち易いようにという配慮と。

 そういう最後を迎える可能性が高いのが、アームストロング伯爵家当主なのだという覚悟から来ているらしい。


 以後、アームストロング家の男子は全てこの髪型にするのが決まりになり。

 導師も現当主の次男なので、子供の頃からその髪型なのだそうだ。


「何と言うか、凄いお話ですね」


「とはいえ、ここ二百年ほどは戦争もなく。家伝の六角棒も、全く敵兵の血を吸っておらぬ。父も兄も戦争の準備は怠ってはおらぬが、開店休業状態なのが実情なのである!」


 導師は、それを良かったと思っているのか?

 それとも、嘆かわしいと思っているのか?


 ただ少なくとも俺は、戦場において血塗れの六角棒で敵を撲殺する筋肉大男など見たくもないと思ってしまったのだが。

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