第五十話 未開地を開発してみる。
「では、そういう事で」
「私にも異存は無いな。バウマイスター男爵達が、この領地の発展に寄与する事を願おう」
魔の森での浄化を終えてから一週間後。
俺達はバウマイスター家本屋敷で、再び父との交渉に臨んでいた。
とはいえ、父は基本的に反対などしない。
事前に、ブライヒレーダー辺境伯の使いとして来たブランタークさんから条件などを伝えられていたからだ。
それに、まだ領主である父からすれば、領地の発展に繋がる上に領民達の支持も得られる良案ばかりである。
クルトの感情など無視しても、それに賛成するのが領主としては常識であった。
その結果、色々と複数の案件が解決したのだが。
その隣で蚊帳の外になっているクルトが、一人顔を真っ赤にさせながらプルプルと小型犬のように震えている。
何か文句を言いたいのであろうが、これ以上の暴言はバウマイスター家の評判に関わると、父から止められているようだ。
交渉の間、何も言わずに俺を睨み続けていた。
「(まだキレないか。もっと、挑発するかな?)」
まず、ブライヒレーダー辺境伯に預けていた遺品の選別と、獲得した持ち主不在の遺留品や、戦って得た魔物の素材などの鑑定が終了していた。
事前の交渉により、バウマイスター家側の取り分は三割となっている。
クルトは、相当に期待していたらしい。
詳細な内訳の書かれた明細書を渡すと、引っ手繰るように俺から奪い取ってある数字を探していた。
彼は簡単な計算しか出来ないので、合計欄を見て幾ら貰えるかでしか判断が出来ないのだ。
しかし、それで良く誤魔化すなとか言えるものだ。
自分で確認できなければ、誤魔化すもクソもないと思うのだが。
「少ないな……」
そして、その数字を見て落胆している。
合計二十万セント以上なので、今までを考えると十分に大金なのだが、何か不満があるようだ。
「クラウス、この計算に間違いは?」
「ありませんな」
南方の責任者であるブライヒレーダー辺境伯が、隣の貧乏騎士爵家に渡す金を誤魔化すなど、まず普通はあり得なかった。
僅かばかりの金を誤魔化したところで、それで得られる利益よりも、失う評判の方が大きいのだから当然だ。
ミスもあり得ない。
ブライヒレーダー辺境伯家には、クラウスレベルかそれ以上の財務系の人材が複数存在しているのだから。
「ですが、バウマイスター家がブライヒレーダー辺境伯家にしていた借金は清算されています」
「借金?」
バウマイスター家がこの地で独立する際に、王都の本家から借りて返さなかった援助金という名の借金に。
エーリッヒ兄さん、パウル兄さん、ヘルムート兄さんが結婚した際に出さなかったご祝儀という名の借金と。
ブライヒレーダー辺境伯は、寄り親の責任として全て清算して立て替えていたのだから。
これは、清算して当然の物であった。
「詳細を見るに、返して当然かと……」
さすがのクラウスも、そうとしか言いようがなかったようだ。
だが、それを聞いたクルトは激怒していた。
「いつ返すかなど、我らが決める事だ!」
とは言っているが、間違いなく返す気など無いのであろう。
そういう事をしているから、ブライヒレーダー辺境伯に全く信用されていないというのに。
本当に、バカな男である。
「貴族が借金をするのは普通ですけど、内容が内容なので返済は早い方が良いのでは?」
クルトに何か言っても、無駄に時間を使うだけなので父に聞いてみる。
「そうだな。これで、うちは借金が消えたわけだ」
父のこの一言で、魔の森での仕事に関わる話は終了していた。
それと、バウマイスター家の借金の話についてもだ。
「あとは、今後のバウマイスター男爵達の冒険者としての活動であるか……」
この領内に拠点を作り、そこから俺の瞬間移動の魔法を使って魔の森で狩りを行う。
他にも、定期的なバザーの開催や、領内には一切のギルドがないので、その他の業務というのを俺達が引き受けられるようにという話もあった。
そして、それらの仕事で得られた報酬から、いかほどを税としてバウマイスター家に納めるのか?
これも既に、ブライヒレーダー辺境伯も挟んで税率は決まってたのだ。
「我が領内での換金は難しいからな。魔の森で獲得した素材などは、ブライヒブルクの冒険者ギルドで換金後。その額の二割を納める事とする」
俺達はまだブライヒブルク支部に所属しているので、換金に関してはそこで行う必要があったのだ。
本当は、ブライヒブルク支部にも換金額の二割を上納金として納める必要があった。
だが、合計で四割も取られてしまうと、俺達冒険者の方から不満が出てしまう。
そこまで搾取されるのは、さすがに嫌だからだ。
なので、ブライヒレーダー辺境伯がその辺をギルドと上手く交渉していたのだ。
結果、ブライヒブルク支部側への上納金は無くなっていた。
こうなるとギルド側の一方的な損失にも見えるのだが、冒険者から買い取った魔物の素材の転売でギルドも十分に利益を得ているので、特に問題にはなっていないようだ。
それに、今回の件では政治的な意図も絡んでいる。
先日の冒険者ギルド本部の失態もあって、俺やブライヒレーダー辺境伯に無理に上納金を要求しなかったらしい。
この話は、あとでブランタークさんから聞いたのだが。
「とにかく、得た利益の二割を納める事と。詳細な明細の提出を月に一度求める」
「わかりました」
その明細の確認はクラウスの仕事なのだが、彼は仕事の部分では手を抜くような男ではないし、父やクルトのために俺に難癖を付けて利益を掠め取るような真似もしないはず。
その点では、彼は信用できた。
何しろ、内心では父を恨んでいるのだから。
「ヴェンデリン様が、この領地で冒険者として活動を開始する。実に素晴らしい事ですな」
父から明細書のチェックを頼まれたクラウスは、間違いなくわざとであろう。
オーバーアクションで大喜びしをしていた。
正式には、冒険者としての活動を隠れ蓑に、後々厄介の種になりそうなクルトの排除が目的なのだが。
クラウスは、間違いなくそれに気が付いているのであろう。
彼からすれば、俺の決断は万々歳な出来事なわけだ。
そして、そんなクラウスをクルトが鋭い目付きで睨み付けるが、彼はまるで気が付いていないかのように振るまう。
「久々に、計算し甲斐のある明細書なので楽しみにしています」
普段は、各家の麦の収穫量からどのくらいの税を納めるのか?
いつもはこのくらいしか計算が無いので、久々に会計役らしい仕事が出来ると喜んでいる風に見える。
だが実際には、父やクルトの領主としての能力をバカにしているようにしか見えなかった。
それに気が付いたクルトは、顔を更に真っ赤にさせながらクラウスを睨み付けていたが、父は特に表情に変化は無い。
クラウスも、クルトに睨み付けられている事にすら気が付かないフリを続けていた。
「(クラウスは、やはり油断ならないな……)」
俺が、クルトを暴発させようと挑発しているのに気が付き、それに何も言わずに手を貸しているのだから。
「あとの細かい件は、また相談して決めるという事で」
「そうだな」
こうして、父との交渉は無事に終わっていたのだが。
ただ一人、クルトは蚊帳の外に置かれ、顔を真っ赤にさせながらその場に立ち尽くしているのであった。
「お館様、なかなかの品揃いかと」
「ローデリヒは、店長経験も有りとか?」
「代理でしたが。知人に頼まれて、とある雑貨屋の業務を一通り」
「なるほど」
とりあえず、クルトを暴発させて排除するまでは、バウマイスター領を拠点に動く事を決めたので。
俺はこの一週間で、様々な人や物を取り寄せていた。
まず家であったが、人が増えるとあの借家では手狭なので、他の家に移る事にした。
だが、この領内で一番大きな家は領主の館しかない。
そこで、ブライヒブルクにある師匠から譲り受けた屋敷を移築する事にしたのだ。
『あの山脈を、どうやって超えるのか?』という疑問が出るであろうが、それを解決するのも魔法であった。
『まいど! 移築のレンブラントだす!』
三日ほど前、俺はブライヒブルクにある自分の屋敷の前で、この似非関西訛り丸出しの、頭部がバーコードなおじさんと待ち合わせをしていた。
実は、このおじさん。
系統は土に属する、特殊な魔法の使い手なのだ。
その魔法は『移築』といい、かなり巨大な建造物などを他の場所に移築する事が可能であった。
他にも瞬間移動も使えるので、依頼者から仕事を受けると対象物を魔法の袋にまず移し。
目標地点まで移動してから、そこに建物などを魔法の袋から取り出して移築する。
当然、建物には地面に埋まっている土台部分などもあるので、移築後も前と同じようにそれが作用していないといけないわけで。
そこまで計算して移築可能なレンブラント氏は、常に数ヶ月先までスケジュールが埋まっているそうだ。
顧客は、主に貴族などの金持ち層となっている。
例えば、風光明媚な土地に別荘を建てたいのだが、そこまで建設人員を呼ぶのが難しい時。
適当な空き地で建物を完成させ、それをレンブラント氏に移築して貰う。
他にも、王国政府の命令で歴史的建造物の移築などを行ったりと。
この特技のおかげで、彼も俺と同じく法衣男爵の地位にあった。
本来、すぐに俺の依頼は受けられないのだが、そこはルックナー財務卿が骨を折ってくれたらしい。
彼は、約束した時間に屋敷の前に現れていた。
『では、行きましょか』
なぜか微妙な関西弁を喋るレンブラント氏であったが、仕事は早いの一言であった。
さっと屋敷の周りを一周してからすぐに、先ほどまであった俺の屋敷が姿を消していたのだ。
『では、予定地点まで案内を頼みまっせ』
さすがに、ほぼ王国全域を移動可能なレンブラント氏でも、バウマイスター領には行った事が無いそうだ。
なので、俺が瞬間移動で彼をバウマイスター領へと連れて行く。
『のどかでんなぁ』
目的地に到着したレンブラント氏は、田舎の農村その物なバウマイスター領を見ながら目を細める。
そして、そんな俺とレンブラント氏を護衛役のパウル兄さん達が出迎えていた。
『ここが、予定地点です』
先に父との交渉で、バウマイスター家の実行支配範囲と未開地との境目にある、地盤のしっかりとした平地を借りていたのだ。
賃料は無料で、未開地側では何をしても構わない。
その代わりに、得た利益の二割は確実に納める事。
多分父は、未開地で狩りでもして得た獲物が金にでもなれば御の字だと考えているのだと思う。
『ここなら、大丈夫でっしゃろ』
『(変な関西弁だな……)』
何でも、レンブラント氏は建築家も兼業しているらしい。
その知識も生かし、魔法の袋から取り出した元は師匠の屋敷は平地に以前と同じ状態で建っていた。
相変わらずの、一瞬の早業である。
『あとは……』
続けて、事前に頼んでいた十数軒の家も移築し始める。
俺に付いて、暫くバウマイスター領で生活する人達のためにレンブラント氏から持って来て貰ったのだ。
まず、師匠の屋敷には、俺達パーティーメンバーとヴィルマとローデリヒとメイドのドミニクが。
両隣の家には、ローデリヒが選んできた腕の立つ警備員達や、新たに雇い入れた使用人達の住まいに。
他にも、パウル兄さん達が暫く住む家も移築される。
『えっ? 円満退職?』
『先輩、私達もなんですけど……』
地方巡検視の仕事を終え、今は休職扱いで俺達の護衛をしているパウル兄さん達であったが、突然ブライヒブルク経由でエドガー軍務卿から貰った手紙に絶句してしまう。
なぜならその手紙には、パウル兄さん達五人は俺の護衛任務を全うすると同時に、警備隊を退職する事になったと書かれていたからだ。
『なぜに?』
『続きを読んでみたらどうだ?』
オットマーさんに促されてパウル兄さんが手紙の続きを読むと、そこにはこう書かれていた。
『このまま、バウマイスター男爵の護衛を続行せよ。成功報酬として、準男爵への陞爵としかるべき土地を与える事を約束をする。残りの四人に関しては、別途報酬とパウル殿の陪臣として……』
他にも、休職中ではあるが、王都の家族には警備隊での給料分の補填に、地方巡検視任務の役職手当と遠隔地手当て。
加えて、護衛料として纏まった額を支給する旨が書かれていた。
『領地?』
『多分、未開地のどこかじゃないのか?』
間違いなく、オットマーさんの言う通りであろう。
そして、ヘルマン兄さんが継ぐ予定の領地と合わせて、俺が開発を援助する。
その結果、将来的には未開地を領有する俺を補佐する分家のような存在になるのだと。
『まあ、一人蚊帳の外のクルト兄貴を引き摺り下ろす嫌な仕事だしな。開発の苦労はあるけど、こういう報酬も悪くは……』
『俺、マジでお前と友達で良かったわ!』
『先輩! 最高です!』
『親父の鼻を明かせるぜ!』
『奥さんや子供達が喜びます』
他の四人は、パウル兄さんが開発する新準男爵領に陪臣として入れると聞き、大喜びでパウル兄さんに抱き付いていた。
『こら! 俺には、その気はねえ!』
『知っているさ、同期の親友よ! いや、今日からはお館様だな』
『オットマーに言われると変だな』
『とはいえ、慣れないと問題だろう』
男四人に抱き付かれて心の底から嫌そうな顔をするパウル兄さんに対し、世襲可能な陪臣の職が内定した四人は喜びに満ち溢れた表情をしていた。
『世襲可能! これがあるから、陪臣って素晴らしい!』
『これで、クリスタにプロポーズが……』
『今度、家族に手紙を書かないといけませんね』
みんな、貴族の三男以下や、一代騎士の子供に、先祖は貴族の商家の出と。
貴族になれれば嬉しいのであろうが、そこまで夢を見ているドリーマーは存在しないらしい。
彼らからすると、パウル兄さんの家臣で世襲可能ならば十分に勝ち組なのだそうだ。
『となれば、バウマイスター男爵様の身の安全は確実に守らないと』
『私の剣の腕が役に立つ時ですね。暴漢は、苦しまずに首を刎ねてやりますよ』
『そうだな。怪しいのは、片っ端から斬り殺そう』
『間違えて、あの長男を斬った事にしませんか? むしろ、その方が仕事が早く……』
『ストップ! その危険な発言ストップ!』
俺は、嬉しさのあまりとんでもない事を言い始めたオットマーさん達を懸命に冷静にさせるのであった。
「結局、お店を出すのですな」
「バザーとか、わざわざ面倒だもの」
父から、未開地側は自由に使っても良いと許可を得たので、それから一週間ほど時間をかけて様々な物を運び込んでいた。
移築名人のレンブラント氏に頼んで、王都で売りに出されていた手頃な価格の家を十数軒、俺の屋敷の周りに移築して貰う。
中には捨て値同然の古い家もあったが、それは現在ローデリヒが雇って連れて来た大工達が修理をしている最中である。
彼らは仕事が終われば、俺が王都まで送り届ける予定であった。
「半分以上が空き家ですが、移民でも募集するのですか?」
「ローデリヒ、移民という言葉は危険だ」
ここは父の領地で、俺はあくまでも借地人の冒険者ではない事になっていたからだ。
なので、移民ではなく俺が雇った新しい使用人というわけだ。
「このお店で、様々な物を売ると?」
「ローデリヒ店長、頼むよ」
「はあ……」
空き家の中には、王都郊外にあった古い一度倒産した中規模の商店もあった。
俺がそういう店舗を探していると聞くと、あの胡散臭いリネンハイム氏が格安の物件を探してくれたのだ。
他の古いが安い家屋なども、彼が見付けてくれていた。
古いので取り壊す予定だったりした建物を、ほぼ無料に近い値段で売ってくれるようにと交渉してくれたのだ。
向こうも、取り壊す予定の物を解体費用をかけずに処分してくれるので、これはお互いに良い取り引きであったという事だ。
それに、家の状態もそれほど悪くはない。
王都では、家屋の建て替えが早い傾向にあるので、少し直せば十分に使える物件ばかりだからであった。
言っては悪いが、むしろバウマイスター領内の家の方がボロかったりするのだから。
「この中型商店も、外部の修理だけでいけます」
それら物件の中の一つである元中規模商店には、既にローデリヒ指揮の元。
屋敷のメイドを売り子に、王都で雇用した若い男性店員なども奮闘して多数の商品が陳列されていた。
バザーを開くくらいなら、俺が商店を経営した方が面倒もなくて良い。
という結論に至り、父に許可を得て、俺がオーナーでローデリヒが店長の『何でも屋』が誕生する。
売り物は、まさに何でもというか前のバザーで販売したような品揃えであった。
調味料、生活雑貨、農機具などの金属製品、お菓子、肉類など。
腐り易い物もあるが、これは魔法の袋に仕舞っておけば問題は無い。
実は、師匠の遺産の中に汎用の魔法の袋があり、それをローデリヒに預けていたからだ。
汎用なので貴重な品ではあるのだが、俺からすると収納量が家一軒分くらいで使い勝手が悪く、死蔵していた品だったからだ。
「使い勝手が悪いって……。お館様。この魔法の袋は、買うと三百万セントはするのですが……」
「じゃあ、無くさないように」
「弁償とか嫌なので、無くしません」
商品の仕入れは、俺がブライヒブルクの商業ギルドから定期的にする事になっていた。
あとは、領民達からブライヒブルクで売れそうな物を買い取る仕事もだ。
最初は小麦くらいしか売る物が無いはずであるが、次第に領民達も知恵を絞るようになっていくと思う。
そして、この商店が出来た事により。
ある伝統が中止されようとしていた。
『じゃあ、わざわざ商隊を派遣する必要もありませんね』
ブライヒレーダー辺境伯は、長年続けていたバウマイスター領への商隊派遣を中止する事を宣言する。
俺に色々と便宜を図ってくれるのも、商隊を派遣するよりも俺に任せた方が、圧倒的に金がかからない事に気が付いたからだ。
『麦の買い取りもお願いしますね』
なお、この麦の買い取りでは利益を一切出さない事にした。
相場で買い取って、相場で売る事にしたからだ。
商隊の買い取りも実はそうだったので、急に変えると問題になると判断しての事であった。
それに、利益なら他の商品の販売益で稼げるわけであるし。
「しかし、お館様は、えげつない事をなさいますな」
「わざとやっているから」
俺が商店を経営し始めた事で、バウマイスター領は商隊という外部からの塩の供給手段を失った。
更に、俺に頼らないと塩などが得られなくなってしまったのだ。
俺は、父がそれに気が付いて何か言うかと思ったのだが。
交渉の席にクルトを入れず、無条件で容認をしている。
『ブライヒレーダー辺境伯殿の罪悪感という、怪しげな理由で運営されている危うい商隊だったからな。それが、バウマイスター男爵の商店に変わって、何ほどの事か』
しかも、商隊よりも品数が多く、値段も抑え気味なのだ。
父からすれば、税さえ納めて貰えば反対する理由など無いのであろう。
『親父! このままだとヴェンデリンに領地を乗っ取られるぞ!』
『乗っ取られる? では聞くが、今までのバウマイスター領は、塩という戦略物資をブライヒレーダー辺境伯家に握られていた。だが、今までにこの領がブライヒレーダー辺境伯家に乗っ取られたりしたか?』
『それは……』
『文句があるのなら、お前が商隊を何とかしてみせろ』
やはり、俺の商店経営に対してクルトが父に文句を言ったらしい。
だが、以上のようなやり取りの後に父に凹まされてしまったようだ。
「他にも、農家の召集ですか」
「俺は、米が食べたいんだ!」
「そうですか……」
バウマイスター領とその南方の未開地は、気候も温暖で雨もちゃんと降る。
なので、十分に米作も可能であろうと、試しに作らせてみる事にしたのだ。
『米作りの名人ですか? ええ、いますよ』
米作りが盛んなブライヒレーダー辺境伯領から、数名の既に子供などに農地を任せている老齢の農民を数名雇い。
彼らに、王都で募集した農家希望の若者達を指導させていたのだ。
一から農地を開墾させると時間がかかるので、土木魔法で区画割りを均一にした田んぼや用水路などを作り、田んぼの土から石などの余計な物を魔法で取り去る。
更に、ブライヒレーダー辺境伯領内で、数百年間も優秀な田んぼとして使われている場所の土を少し貰い、それを参考に開墾したばかりの田んぼの土を魔法で変性させる。
何度も微調整を繰り返し、最後には指導役の農民達から合格が出る田んぼの土が完成していた。
あとは実際に米を作りながら、時間をかけて土をこの土地と気候に最適な土にしていくだけである。
今も、十数名の農業志望者の若者達が、指導役の老人達に従って土起しをしたり。
用水路や畦道の補強工事をしたり。
田植えに備えて、俺が事前に購入していたガラス製のハウスを組み立てたり、育苗の準備などをしていた。
「本格的ですな」
「俺が新米を食いたいからですよ。本当に」
それもあるが、今までバウマイスター家の人間が誰一人開発すらしなかった未開地を俺が魔法で短期間で開発し、クルトにプレッシャーを与えるためであった。
「お館様がそう言うのであれば。ここも、拙者が大本は管理いたします」
バウマイスター領と隣接しているので、将来的にはヘルマン兄さんへの支援として割譲する予定にしていたが。
小規模農村、商店、田園地帯の開発管理に税収の計算と。
そう遠くない先、未開地で領地開発の代官をする予定のローデリヒへの訓練になるであろうからだ。
「税金の計算をミスらないように」
「あの御仁に、付け込まれるからですな。ところで、奥方様達は?」
「ああ、エリーゼ達なら……」
パウル兄さん達は、俺とローデリヒを囲んで護衛の最中であり。
エリーゼは、教会でマイスター殿の手伝いに行っている。
何でも、昨晩にまた腰を痛めて立ち上がれなくなってしまったそうなのだ。
この田舎領地で他に神官など居るはずもないので、助司祭であるエリーゼの出番となったわけだが、彼女を一人にするとクルトがバカな事を企みそうなので、ヴィルマが慣れない神官服を着て護衛を勤めていた。
「神様、お腹減った……」
「ヴィルマさん。神様は、そういう直接的な願いは聞いてくれないのですが……」
多分、俺と同レベルで信心の薄そうなヴィルマなので、こんな事を言っていそうではあったが。
「それで、エル達とブランターク様は魔の森ですか」
冒険者扱いでの滞在なので、狩りに行かなくては本末転倒であった。
そこで、エル達とブランタークさんは魔の森に探索に出かけていたのだ。
「俺も、行きたかったな」
「お館様は、ここで仕事がありますので」
今まで、魔の森はほぼ中央部にある遠征軍侵入ルートの探索しか行われていない。
この中央部の魔物の分布は、さほど他の地域との差異が見られなかった。
だが、他のエリアではそれが変わる可能性もあり、これから暫くはそれを調査する事にしたのだ。
朝、調べるポイントまで俺が瞬間移動で送り、夕方に迎えに行く。
こういう予定になっていた。
「まだ、お出迎えの時間には早いかと」
「では、早めにやってしまうか」
この未開地で、バウマイスター家が開発を断念した理由。
それは、未開地には危険な野生動物が多いという点にあった。
農作物などを作っていると、実は猛獣の猪に、熊や、農作物目当てのウサギや鹿などを狙って狼の群れが出現する事もあった。
開発を行いつつ、その人員の安全と確保する。
確かに、あまり余裕の無い小規模領主では不可能であろう。
「しかし、それはお館様も同じでは?」
金とコネで集めた開発人員や警備兵達であったが、まだ数が少ない。
なので今、大まかな開墾を終えた田園地帯の防衛には人数が少ないような気もすると、ローデリヒが心配していた。
「人員は、あまり必要ないさ」
なぜなら開墾した田園地帯と未開地の間に、幅三メートル、深さ五メートルほどの堀を魔法で掘り、その時に出た土で土塁も作って二重に動物の侵入を防いでいたからだ。
「それならば、大丈夫ですな」
ローデリヒは、安心したようだ。
そして、それから暫く俺から大まかな管理管理方針などを聞くと、急ぎ張り切って仕事に戻るのであった。
『いやあ。バウマイスター男爵様のおかげで、開墾に害獣対策と早い早い』
指導役の老農夫達は、僅か数日で形になってしまった新開墾地に驚きの声をあげていた。
あとは、自分達と新人達で何とかなるそうだ。
『その代わりに、新米は頼むよ』
『ただ、肥料が足りないもので……』
『肥料か』
美味しいお米を作るには、当然肥料が必要となる。
ただこの世界で化学肥料などは期待できず、俺は魔法で未開地の雑草を大量に刈り取り。
他にも、生ゴミや糞尿などと合わせて魔法で発酵させていく。
暫く作業すると、空き地に大量の肥料が完成していた。
『バウマイスター男爵様は、魔法で肥料まで作れるのですね』
『ずっと作るのは無理だけど』
『最初の分がこれだけあれば、初回の収穫から大分良い出来になると思いますし。あとは、自分達で何とかしますよ』
開墾、用水路掘り、土作り、肥料作りと。
本来ならば、自分達が体を酷使してしなければいけない事をほとんど魔法でやって貰えた。
こんな好条件な開墾などまずあり得ないので、あとは新人達を甘やかさないようにビシビシと鍛えるそうだ。
『バウマイスター男爵様は、新規の開墾の時にまた魔法を使っていただければ』
『ところで、気候的に二期作で行くとか?』
『いきなりは危険なので、二毛作で行く予定です』
以上のようなやり取りの後、老農夫達は新人達に米作りの指導を開始していた。
「そんなわけだから、この開発特区の管理を頼むよ」
「開発特区ですか」
父から利益の二割を納めれば良いと言われた土地で、稲作や商店の経営などを始める。
バウマイスター領内にはあるが、そこの主は俺で父やクルトの影響力が及んでいない。
なので、俺は勝手に開発特区と呼んでいたのだ。
一先ずの、家屋、農地、商店などの準備か終了した日の夜。
俺は、屋敷の書斎で経費の計算をするローデリヒに自分の考えを語る。
「ここが利益を上げるほど、クルトの声望は落ちていくわけだ」
「刃物で殺さずに、金で殺すですか。エグイですな」
「まさか、魔法で吹き飛ばすわけにもいくまい」
「確かにそうですな」
「ローデリヒは、俺を嫌な奴だと思うか?」
別に思われても良かったのだが、試しに聞いてみる事にしたのだ。
「以前の拙者の境遇を考えると、そんな事を考える余裕もありませんな。あの御仁は、継げる領地があったのに努力を怠った。外部との繋がりという、時代の変化にも対応できなかった。年長者だからという理由で、弟に頭を下げられなかった。貴族とは、時に人が見ていない場所で頭を下げる必要もあるのですから」
「なるほど」
「これから先、お館様が頭を下げる必要があるかは不明ですが。しかし、こう初期費用が低くなるとは。魔法とは、とんでもない物ですな」
こうして、俺が持つ金の暴力によって未開地の一部がようやく開発されていくのであった。