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第四十九話 バウマイスター領滞在と、クルトとのトラブル。

「さてと。到着だな」


「しかし、瞬間移動って便利なんだな」


 実家に関わる様々なトラブルについて、王都まで飛んでエーリッヒ兄さん達に相談した翌日。

 俺達は、再びバウマイスター領に舞い戻っていた。


 そういえば、昨日は魔の森で、普通の冒険者なら勘弁して欲しいレベルのアンデッド集団と二回も戦闘をしたはずなのに、実家のせいでその印象は薄い。


 むしろ、大叔父のリッチの態度に感動したくらいしか記憶が残らなかったくらいだ。


 彼は理不尽な遠征で命を落とした怒りから、他のアンデッドよりも遙かに早くリッチにまでなっていた。

 だが、俺が親族だと気が付き、家族の情況を教えると一切戦意を見せなくなってしまう。

 

 そして、ただ一言『タノム』と。


 俺は、彼を浄化で成仏させ、実家の騒動に介入する事を決意する。


 その後の、王都ブラント邸におけるエーリッヒ兄さんとの相談であったが、結局クラウスの言っている事が事実なのかはわからなかった。


 100%真実でも、100%嘘でもない。

 こんな感じであろうか?


 それに、エーリッヒ兄さんから言われてしまったのだ。

 もう俺の影響力が大き過ぎて、それが事実かなど瑣末な問題なのだと。

 そんな事を調べるのに労力を使うのなら、俺が実家を巡るゴタゴタを何とかすべきであると。

 

 確かに、その方が将来的にも無駄な労力を使わない事は確かだ。

 

 人に恨まれるという点においても、クルトはもう今更なので気にしてもしょうがないであろう。


 俺は、実家の領地をこの手に奪取する事を決意する。


 とは言っても、自分で領地開発などゴメンなので。

 金だけ出して、後は委任作戦で行く予定であったが。


 前世で言うと、歴史シミュレーションゲームで敵国と接していない領地に、政治能力に長けた部下を太守にして置き。

 時間が経つと、あら不思議。

 勝手に国力が増して前線に金と物資が送れるわ。

 という作戦になっていた。


 別に金と物資を送る前線はないので、ただ領地の国力が増せばそれで成功なのだが。


 ちなみに失敗したら、さっさとアーカート神聖帝国に亡命する予定である。

 願わくは、アーカート神聖帝国の飯が美味い事を願うのみであった。


 魚介類は美味しいので、あまり心配はしていないのだが。


 エーリッヒ兄さん達から話を聞いた俺達は、翌日にバウマイスター領に戻ろうとするが、それに合わせて護衛を付けられてしまう。

 間違いなく、ルックナー財務卿とエドガー軍務卿からエーリッヒ兄さんに話が行ったはずで、黒幕は彼らなのであろう。

 

 パウル兄さんと、五名の護衛を付けられてしまったのだ。


 しかも、パウル兄さんなどは領地入りを正当化するために、地方巡検視にまで任命される始末。

 そんな事までするとは、やはり王国は俺の資金を元手に王国南端部の未開地開発を進めるつもりなのであろう。


 なるほど、人のお金ならば最悪失敗しても王国の財政は大丈夫なわけだ。

 本当に、貴族とは嫌な生き物である。


 そして、翌日の朝。

 優秀な護衛達、聞けばその大半が貴族の子弟らしいのだが。

 その中に一人、困った人が混じっていた。

 

 エドガー軍務卿の縁戚にして、まだ未成年の少女。

 なのに、英雄症候群という体質のために怪力を有する、戦斧の達人ヴィルマ・エトル・フォン・アスガハン。


 しかも、あのエドガー軍務卿の切り札で、間違いなく俺の側室候補でもあった。

 

 ここに、俺のハーレム伝説がスタートするかもしれない。

 というか、前世では一人でも持て余し気味だったので、正直勘弁して欲しいところなのだが。





「なあ、エリーゼ」


「はい、何でしょうか?」


 人数が増えたので、三回に渡ってバウマイスター家本屋敷の裏にある森へと移動した俺達であったが、目下興味の的はヴィルマと言う少女の事であった。


「あの娘、ちょっとなぁ……」


 また『お腹減った』が出ると困るので、彼女に大量の飴を渡したのが幸いしたらしい。

 ヴィルマは、それを舐めながらパウル兄さんの護衛達と何か話し合いをしているようだ。


 多分、護衛計画の相談なのであろう。


「確かに少し言動が幼いような気もしますが、頭は良い方だと思いますよ」


 護衛達は、俺の身を守る事が仕事になっている。

 だからこそ、五人で集まってその計画を相談しているのだが、ヴィルマもそれに普通に参加している事から。


 最初の印象で判断するのは、大きな間違いであるようだ。


「彼女の事は知っていた?」


「噂くらいですが」


 ヴィルマは、アスガハン準男爵家の三女なのだそうだ。

 アスガハン準男爵家は、エドガー軍務卿の縁戚で代々軍人家系とはいえ。

 法衣準男爵家なので、ヴィルマは政略結婚の駒に使えるかも怪しい存在だ。


 加えて、英雄症候群というハンデも存在する。


「とにかく沢山食べないと飢え死にしてしまいますから。ある程度大きくならないとハンデですね」


 武芸を教えて戦わせれば強いのだが、そこまで育てるには普通の子供の何倍もの食費がかかる。

 アスガハン準男爵家としても、惜しい才能ではあるのだが、彼女ばかりにお金を使えないという事情もあった。


 そんな世間が羨むほど、法衣準男爵家が裕福というわけでもないからだ。


 男ならば、その怪力を生かして軍で活躍したり、武芸大会などで名を挙げ。

 その功績を持って、どこか娘しかいない貴族家に婿入りするなどの手もある。


 だが、ヴィルマは女性だ。

 冒険者として活躍する以外に、彼女のような存在の居場所は、実は意外と少ないのがこの国の現状であった。


「ただ、あの娘は子供の頃から逞しかったらしいけどな」


「パウル兄さん?」


「この話は、エドガー軍務卿の家臣から聞いたんだ」


 ヴィルマは頭も悪くなかったので、実家にあまり迷惑をかけたくないと思ったらしい。

 十歳くらいになると、家に置いてある武器を持ってエドガー軍務卿の屋敷に向かったらしい。


 自分の怪力を見せて、彼に売り込みに行ったのだ。

 女性なので扱いに困るところであったが、エドガー軍務卿くらいの大物貴族になると持ち駒は多いに越した事は無い。


「エドガー軍務卿としては、何かに使えると思ったんだろうな。私的に鍛錬をして食わせていたと」


 その怪力に見合った戦斧術を会得させ、他にも勉学や食費などで面倒を見ていたらしい。


 そして今、彼女の最も有効な使い道が見付かったと言うわけだ。


 現在、あまり露骨に俺に女を近付けると、ホーエンハイム枢機卿などから文句が出る事が多い。

 だが、護衛兼冒険者メンバーとしても通用する女性ならば、彼でも文句は言えまいと。


「今のヴェルは、冒険者でもあるわけだ。そこに、政略結婚用の貴族のご令嬢なんて連れて来ても無駄だろう?」


「確かに、ただの邪魔にしかならないですね」


 今は実家の件で寄り道しているが、普段はパーティーメンバーで王国各地に出かけて冒険者として仕事をする予定なので、そういう深窓の令嬢などを紹介されても困るのだ。


「ヴィルマなら、全く不自然じゃないわけだな」


 冒険者として魔物の領域に入っても戦えるし、今回のような護衛にも使える。

 俺に付けるに、最適な人材というわけだ。


「ヴィルマは、ヴェル付きにするからな」


「はあ……」


 パウル兄さんと話をしている間に、五人での相談は終わったようだ。

 五人共、俺を護衛するのが任務なのだが、パウル兄さんには地方巡検視の仕事がある事になっている。


 とはいえ、普通なら通達が来てから山道を一ヶ月半かけて来るしかない地方巡検視が俺達と一緒に姿を見せ、しかも団長はパウル兄さんと。


 さすがにクルトでも、額面通りに受け取るはずがなかった。

 王国政府が、この領地の統治体制に不満を持っているのだと。

 ある意味、宣戦布告とも言えたからだ。


「親父は知らんが、クルト兄貴の恨みは俺にも向く。そうすると、ヴェルへの圧力も減るわけだな」


 ともかく、まず最初にパウル兄さんは、父やクルトに挨拶に行かなければならない。

 なぜなら、地方巡検視としてここを訪れた事になっているからだ。


「ジークハルト達は警備隊に所属しているし、貴族の子弟ではあるから団員に任命されている」


 なので、パウル兄さんと一緒に挨拶に行かなければならないのだ。


「ところが、ヴィルマは団員ではない」


「私は、バウマイスター男爵様の私的な護衛」


 俺から貰った飴をバリバリ食べながら、ヴィルマは自分の役割を語っていた。

 しかし、良く糖尿病にならない物だ。


「あと、必要に応じて伽もする」


「それは、あとで要相談という事で」


「バウマイスター男爵様がそう言うなら」


 ヴィルマは、意地でも伽をするとは言わなかった。

 あまり意味がわかっていないのか、強引に押すのは良くないと考えたのかは不明であったが。


 ただ、まだ飴をバリバリと食べていた。

 舐めるのではなく、食べていたのだ。


「その飴、美味しいか?」


「前から食べたいと思っていたお店ので美味しい。自分では買えないから」


 王都にある貴族御用達のお店の飴なので、ヴィルマは今までに食べた事がなかったらしい。

 実家でも、お世話になっていたエドガー軍務卿にも、そんな贅沢は言えなかったのであろう。


 そう思うと、この娘が少し可哀想になってしまう。

 これが、エドガー軍務卿の狙いであってもだ。


「ただ、飴は舐めた方が美味しいと思うぞ」


「次からそうする」


 とにかく、全員の移動と事前の相談なども終了したので。

 合計十二名にまで増えた俺達は、バウマイスター領本屋敷裏の森を出て、父やクルトに元に急ぐ。


「パウル……。いや、バウマイスター卿でしたな」


 二年ほど前、ヘルムート兄さんの王都バウマイスター家婿入りとほぼ同時に、パウル兄さんも法衣騎士爵位の爵位を与えられている。


 なので父は、実の息子相手に同爵位の貴族としての言葉遣いを崩さなかった。


 しかし、俺の男爵家に、王都の本家、新法衣騎士爵家、そしてこの領地と。

 まるでアメーバーのように、バウマイスター家の数が増えたものである。


「お久しぶりです。実は、先日王国から地方巡検視に任じられまして」


 王国政府から、領地が開かれてから百年以上も経つのに、未だに一度も巡検視が行っていないのはおかしい事であると。

 だが、視察にかかる移動時間などを考慮すると、そう簡単には巡検視は送れない。

 

 そこで、魔法で移動可能なバウマイスター男爵を移動役に、現地の情勢に詳しい王都警備隊所属のパウル兄さんを巡検視に任命したのだと。


 と言いながら、パウル兄さんは王国政府発行の正式な巡検視への任命状と、父に宛てた王国政府からの巡検視への協力命令書の二枚を見せていた。


「これは、オフレコですけど。地方巡検視の実情は、噂通りなのでそこまで警戒をする必要はないかと」


「我が領では、滅多に犯罪も起きませんからな」


「それは、私でも知っていますから」


 パウル兄さんと父との間で、白々しい会話が続く。 

 ここに来た理由など、パウル兄さん自身も含めてわかり切っていたのだから。


「それで、隣の男爵殿」


「これは失礼。クルト殿」


 パウル兄さんの顔を見てから余計に顔を渋くさせているクルトであったが、今度は俺にその来訪目的を聞いていた。


 昨日の今日なので、例の任務が成功したのか?

 それとも、失敗したのか?

 そのどちらかしかないのであったが。


「任務は無事に成功しました。バウマイスター諸侯軍の遺品の回収にも、粗方成功したものと」


「そうか」


「遺品に関しては、遺族の方に見て貰うしかないでしょうね」


 そうなると、どこかに遺族達を集める必要がある。

 確か、バウマイスター諸侯軍の犠牲者は七十七名だったので、その遺族が全員集まれる場所となると、先にバザーを行った広場しかなかった。


「夕方にでも集まって貰い、そこで遺品を見て貰うと」


「いや、必要ない。それらしい物は、全て置いていけ」


「はあ?」


 ところが、ここでまたクルトがアホみたいな事を言う。


「うちは貧しい農村なんだ。先日のバザーもそうだが、そう簡単に領民達を集めろとか言われても困る。遺品の照会作業は、俺がやっておく」


「いえ、お断りします」


「何だと!」


「怒る事ですかね?」

 

 怒るという事は、何かやましい事でも考えているのであろう。

 そもそも、俺の依頼者はブライヒレーダー辺境伯である。


 彼が遺品を遺族の元へ返して欲しいと言っている以上、それが完全に履行されているのかは、自分で確認する必要があったからだ。

 もしクルトに渡して任せると、彼が全て自分のポケットに入れかねなかった。


 あんな錆びた武器や防具を遺族達から搾取しなくてもと思うのだが、他にも領民達のサイフなどもほぼ全員分は確保できている。


 どうも遠征先で狩りの成果があったようで、先代ブライヒレーダー辺境伯から臨時報酬を得ていたらしい。

 思った以上に、銀貨などがビッチリと詰っていたのだ。


「(遺品のサイフの中身までネコババかよ……)俺は、ブライヒレーダー辺境伯様から、責任を持って遺族に直接返すようにと言われているのです」


「貴様! 俺はこの領地の!」


「次期当主就任予定者ですよね。バウマイスター卿?」


 俺の皮肉を込めた一言に、クルトは更に顔を真っ赤にさせる。

 そして、その情況を良くないと思ったのであろう。

 珍しく父が、先に俺に話しかけてくる。


「遺族を呼んで遺品を見せるのは構わないが、本当に判別が付くものなのか?」


「実は、ブライヒレーダー諸侯軍よりも楽に」


 ブライヒレーダー諸侯軍の場合、先代当主、幹部連中、魔法使いなどは装備の差で判別が容易であった。

 ところが一般兵士ともなると、皆同じ装備品なので誰の物か判別が難しい。


 逆に、もう一方のバウマイスター諸侯軍の方は判別が容易だ。

 みんな、統一されていないバラバラの装備であったからだ。


「わかった。許可をしよう。遺族の者達には、夕方にでも広場で遺品を見に行くようにと」


 夕方なのは、農作業を終えてからという事であった。


「あと、この領内にはいないと思うが、成りすまして遺品を持ち去る輩が出る可能性もある。その補佐に、クラウスを使うと良い」


 父は少しだけ表情を曇らせながら、俺にクラウスを助けに出すと伝えてくる。

 

 父とクラウス。

 過去の因縁などもあり、その関係が良好とはとても言えない。

 だが、能力的に考えて父は使わざるを得ないという事なのであろう。


 もう一つ、この仕事をクルトに任せると、トラブルしか起きないとわかっているのであろうと。


「今日はこんなところかな? 巡検視殿は、私の案内で領内を視察して貰う事にして」


 今日父は、パウル兄さん達を領内に案内する予定なのだそうだ。

 地方巡検視本来の仕事を行うのであろうが、既にクルトでもパウル兄さん達が俺の護衛戦力である事に気が付いている。

 

 かと言って、建て前を放棄するわけにもいかず。

 

 父は何食わぬ顔でパウル兄さん達を実家なので見慣れている領内へと案内し、パウル兄さんも領内の治安に問題はないかと形だけのチェックを行う。


 これが大人というやつなのだと、中身がおっさんの俺は思う事にしていた。


「ところで、バウマイスター男爵殿は本日の予定は?」


 遺品の照会が夕方なので、それまでは何をするのかと父は尋ねてくる。


「数日大人数で滞在するので、出来れば」


「確かに。狩りや採集は必要ではあるか」


 と言うか、それをしないとまた飯はボソボソの黒パンと薄い塩スープになる可能性がある。

 さすがに今の俺では、あの食事は勘弁して欲しいところだ。


「採集と狩猟は許可をしますが、その前に……」


「その前に?」


 俺は、父から一番大切な事を忘れていると指摘されてしまうのであった。




「お久しぶりです、母上」


「先日は、挨拶もせずに申し訳有りません」


 父から指摘されたのは、パウル兄さんも俺もまだ母に会っていないという点であった。


 この国が男尊女卑であるというか、パウル兄さんも公務という事になっている地方巡検の仕事を優先させただけとも言える。

 あとは、まさか俺達が父達と仕事の話をしているのに、そこに母が無理に乱入すればどうなるのか?

 肉親への情など一切考慮されず、ただ叱責されるだけなので静かにしていたのであろう。


 更に悪いのが、魔の森での浄化を引き受けた昨日に、俺が母と顔を合わせていなかったという点もあった。


 クルトのせいで、それどころではなくなってしまったのだが。


「いえ、ヴェンデリンの立場の大変さはわかっています」


 クルトの奥さんのアマーリエ義姉さんもそうだが、母も外部から嫁入りした人間なので、この領地の閉塞性などは良く理解していた。


 俺の存在のせいで、これからここも簡単に他領との交易が出来るようになるかもしれない。

 この事実に、半数以上の領民達が期待している反面。 

 逆にそんな利便性など必要なく、今の生活で十分だと考えている人達もいた。

 

 クルトを支援する、本村落の年配の人達である。

 元の祖先がスラムの住民だった事を考えると、今の生活で十分だと。

 むしろ、俺の存在など領内の秩序維持には邪魔になるだけだと。


 彼らからすれば、自分達が父~クルトのラインを支持し、それによって相対的に他の村落の住民より厚遇される事だけを望んでいるのだから。


「それにしても、二人共立派になりましたね」


 自分が腹を痛めて生んだ子なのに、その立場の急激な変化で碌に顔を合わせる機会すらない。

 いくら二度目の人生における母とはいえ、それは少し辛い物があった。


「お袋、俺はヴェンデリンのオマケだから」


 母の私室には、普通に親子として会話できるようにパウル兄さんと俺しか入室していない。

 なのでパウル兄さんは、母の言葉に半ば皮肉を込めて反論していた。


「エーリッヒはブラント家の婿に自力でなったから別だろうけど、ヘルムートも俺と同じ気持ちだろうけどな。兄としては不甲斐なく思い。ただ、クルト兄貴みたいに駄々を捏ねても仕方が無いとも。恵まれているなという気持ちはあるんだ」


 弟のおかげで、爵位を継承可能な貴族になれた。

 それは理解しているが、兄としては不甲斐ないような気もする。


 俺としても、パウル兄さんの気持ちは良く理解できた。


「私もクルトはおかしいと思いますが、この領地で私が言える事などないのです」


 こんな田舎の僻地で母がクルトに注意などしたら、それだけで保守的な連中が騒いでしまう。

 残念ながら、ここはそういう土地なのだ。


 父やクルトが計算などでクラウスに頼り切りになっているが、実はそんな事をしなくても母やアマーリエ義姉さんならある程度はこなせるはず。


 だが、その手の仕事に女がしゃしゃり出るのは生意気であろうと。


 そのせいでクラウスとお互いに疑心暗鬼になっているのだから、これは笑えない現実なのだが。


「もう成るようにしかならないのです。その話は止めましょう。ところで、ヘルムートとパウルは結婚をし、ヴェンデリンも婚約者がいますよね」


「はい」


 こういう時に、前世なら写真などを見せられるのにと思ってしまう。

 実はこの世界にもカメラは存在するのだが、魔道具なので物凄く値段が高くて下級貴族には手が出なかったのだ。


 と言ってもこれはパウル兄さんの事情で、俺はカメラを買えない事もなかった。

 あまり興味が無かったので、購入していなかったのだが。


「エリーゼが、母上に挨拶をしたいと」


「わかりました。他にも、側室候補が居るのでしょう? 一緒に連れて来なさい」


 俺は、部屋の外で待っていたエリーゼ達を母に紹介する。

 エリーゼは貴族の礼儀に従って粛々と、イーナも少し緊張していたようだが普通に。

 あのルイーゼですら、緊張からか静かに自己紹介をしているほどであった。

 

「私もレイラさんと仲が良いわけではないけれど、争っているところを表に見せないように。そういえば、私の母も妾と仲が悪かったですね」


 母とレイラさんとの関係は、大嫌いとか嫌悪感を感じるほどではない。

 だが、気分は良くないでの距離を置いている。

 そういう事のようであった。


「大丈夫です、お義母様。私達は同じパーティーメンバーでもありますし」


「はい、三人で協力しないと」


「ヴェルは……、じゃなかった。ヴェンデリン様は、周囲が側室を押し込もうと懸命なので」


「そうみたいですね」


 母は部屋に入る前に、俺の傍にいたヴィルマの姿を確認している。

 今の俺の状態から見て、押し付けられたのであろうと気が付いているようであった。


「ヴェンデリンの里帰りにより、この領内では色々と起こる可能性があります。あなた達は、しっかりとヴェンデリンを支えてください。母である私から言う事はそれだけです」


 多分、クルトの身の安全も母としては頼みたいのであろう。

 だがそれを優先して、俺やパウル兄さんに何かがあっても意味が無い。


 とにかく、自分の安全を優先して欲しい。

 そんな風に、母は思っているようだ。


「あの……。母上は……」


「こんな僻地にある、男尊女卑の田舎領地なのです。老いた私など無視されますから」


 確かに、どんな事態に陥ったとしても、政治的な権力など何も無い母に危害が及ぶ可能性は低い。

 父やクルトの身に何かが起こっても、その先で必要な事態の収拾には、間違いなく母が必要になると皆が知ってもいる。


 なので、母は自分の身が安全な事に気が付いているようだ。


「ただ、何も起きないで欲しいと願うのも事実です」


「いや、それは……」


「わかっています。あくまでも、願望ですから」


 ここでもし何も起きなくても、またすぐに領内が混乱したら意味が無い。

 もし残酷な結果になっても、何かが起こるのを待ち、それを処理する必要があるのだ。


「ヴェンデリン、パウル。ただ犠牲者が少ない事を望みます」


「はい」


 俺とパウル兄さんは、ただ静かに頭を下げるのであった。






「とは言え、今は基本待機だよな?」


「休暇とも言えるか」


 母との面談を終えた俺は、その後すぐにブライヒブルクへと飛び。

 ブライヒレーダー辺境伯に、今回の浄化で得た物品の大半を渡していた。


 例外は、別口のバウマイスター諸侯軍の遺品と思われる物だけである。

 判別については、両者が別行動であったのが幸いしていて、間違える可能性は少ない。

 

 元々、装備品が違うので判別が容易だったのだ。


 ブライヒレーダー諸侯軍戦死者遺族への遺品の返還に、他に得た竜の骨や魔石の鑑定など。

 ブライヒレーダー辺境伯に聞くと一週間ほどかかるそうで、それまでは俺達は領内で待機する事になっている。


 まだバウマイスター諸侯軍戦死者遺族への遺品の返還もあるし、得た利益の三割を税として父に収める必要があったからだ。


 そんなわけで、俺達は現在本屋敷裏の森で狩猟や採集に興じていた。

 

 今回、また分家に泊るというのは良くないとクラウスが意見を述べたので。

 俺達は、父から本屋敷近くの空き民家を借り受けている。


 実はその空き民家は、クラウスの父親が名主をしていた頃に住んでいた家であったそうだ。


『数年前まで、予備の農機具と麦の保管に使っていたのですが、今は空き家ですので。掃除なども、既に済ませてあります』


『では、遠慮なく借りるとするか』


 分家が駄目だから本屋敷では、クルトと顔を合わせる度に息が詰ってしまう。

 それに彼のお膝元なので、また彼が何かを企む可能性もあったからだ。


『パウル様達も、ご一緒で宜しいかと』


『そうだな』


 クラウスの見事なお膳立てにより、俺達の滞在先は決まっていた。

 彼の意図は気になるが、余所者十二名で固まれて、食事なども自前で作れる。

 無いとは思うが、毒を混ぜられる危険は減ったという事だ。


 最悪、毒消しの魔法もあるので、滅多な事は起きないと思う事にしておく。 

 

「パウルさん達は、結構大変なのかな?」


「ある意味な」


 ヴィルマを除く、形式上は地方巡検視ご一行になっているパウル兄さん達は、現在父の案内で領内を視察している最中であった。

 

 とは言っても、この領内では普段から犯罪など起きなかった。

 精々で、仲が悪い領民達の喧嘩くらい。

 一応形式に則って視察はしているが、父もパウル兄さんもお互いに茶番だと思っているはずだ。


「まあ、俺達から何か起すわけにはいかないからな」


「そういう事」


 領内で問題が発生したので、それを俺達が収拾する。

 そして、その最高責任者である父に引退を迫り、ついでにクルトも責任を取らせて廃嫡する。


 一番可能性がある未来であろうが、それを成すのに俺達が先に何かをしてはいけないので、こうして休暇を兼ねた待機という状態になっていたのだ。

 

 何もしていないわけでもなく、俺達がここに居る事で挑発しているとも言えたのだが。


「ヴェル様、野イチゴが一杯」


「頑張って採ってくれよ」


「野イチゴジュース」


 森に入ったのは、俺達いつものメンバーに。

 パウル兄さんから個人的な護衛だと押し付けられた、ヴィルマであった。


 俺を『ヴェル様』と呼ぶようになったのは、俺が『バウマイスター男爵様』を止めてくれと頼んだ結果である。


「あの娘、結構慣れていないか?」


 他の女性陣と一緒に、ヴィルマは野イチゴや自然薯などを採集しているのだが、その手付きはえらく手慣れたものがあった。


「実際に、慣れているんだって」


 いくらエドガー軍務卿から援助があるとはいえ、彼女はとにかく沢山食べないと生きていけない。

 そこで、時間が空けば、王都郊外の森で狩猟や採集に勤しんでいたそうだ。


「経験者なんだな。これが」


「ふーーーん」


 それから一時間後、山菜類、野イチゴ、自然薯、果物などが必要量集まったので、今度は未開地へと移動して狩りを行う事にする。


 森でも獲物は獲れるのだが、未開地の方が獲物が大きくて数が多いからだ。

 ただ、その分野生動物なのにえらく凶暴で、バウマイスター家が調査を行わなかった原因にもなっていた。


「狼に、熊に、猪に、鹿に、草原ウサギにと。メインは、そのくらいかな?」


 俺は、エルと一緒に久しぶりに弓で草原ウサギを狩る。

 思ったよりも腕は落ちていなかったようで、二人で十羽ほどが獲れていた。

 すぐに魔法で血抜きをしてから、魔法の袋に収納する。


「ヴェル。ここは、獲物が多いわね」


「未開地だからな」


 イーナは、投擲専用の槍で数頭の鹿を仕留めてご機嫌なようだ。


「ところで、ルイーゼは?」


「猪を見付けたんだって」


 少し離れた草原で、ルイーゼは見付けた猪を挑発しつつ、突進して来た所を跳躍で上空に退避。

 通り過ぎる直前に素早く脳天に一撃という方法で、呆気ないほど簡単に巨大な猪を仕留めていた。

 

「ヴェル、血抜きをお願い」


「わかった。あれ? エリーゼとヴィルマは?」


 ルイーゼが背負って来た猪を、魔法で血抜きしながら袋に収めていると。

 そういえば、エリーゼとヴィルマの姿が見えない事に気が付く。


「私は、ここに居ます」


 よくよく考えると、エリーゼに狩猟に関するスキルは存在しない。

 なので、近くで食べられそうな植物などを採取していたようだ。


「ヴィルマさんでしたら、確か向こうに」


 エリーゼに言われた方向に視線を向けると、そこではヴィルマがとんでもない物と戦っていた。

 この草原でも滅多に見ない、全長四メートル近い巨大熊と睨み合いを続けていたのだ。


「アレは……」


 俺なら、魔法を使わないとすぐに殺されてしまうであろう。

 そんな巨大熊を相手に、いくらヴィルマでも厳しいと思った俺達は急ぎ彼女の救援に向かう。


 ところが、ヴィルマの行動は俺達の想像を遙かに超えていた。


「久々のお肉三昧」


 ヴィルマはジャンプをすると、巨大な戦斧で素早く熊の首を跳ね飛ばしたのだ。

 ヴィルマに対して仁王立ちをしていた熊は頭部を失い、その切り口からまるで噴水のように血を吹き上げる。


「あの……。ヴィルマ?」


「今日はお肉一杯」


「うん、一杯食べてね」


 俺は、護衛として十分な能力を持っているから良いのだと。

 自分で自分を納得させるのであった。 





「えっ! この巨大熊の首を一撃で?」


「はい」


「今度から、ヴィルマさんって呼ぼうかな?」


 その日の夜、大量の獲物を材料に料理をしているとパウル兄さん達が戻ってくる。

 今日は、夕方まで領内を父とクルトの案内で巡っていたそうで、皆精神的に疲れているようだ。


「こんな視察、必要ないですよね」


「とは言え、形式は重要だぞ。俺達は、地方巡検視の一員なわけだし」


 必要もない視察で疲れたようで、ジークハルトさんは不満そうな表情を浮かべる。

 そしてそれを、年長者であるオットマーさんが窘めていた。


「それよりも、飯だな」


 もう終わった視察など、どうでも良いらしい。

 ゴットハルトさんの一言で、エリーゼ達が準備した夕食がテーブルの上に並べられた。


「これは、予想以上にご馳走じゃないか」


 パウル兄さんも俺と同じく、またあの薄い塩味の野菜スープとボソボソの黒パンだと思っていたらしい。


 だがそれを避けるために、俺達は父の許可を得て狩りをしていたのだから。


「王都で貧乏警備隊勤務だけど、うちの実家よりはマシな飯が食えるからな」


 そう言いながら、パウル兄さんは熊肉の味噌煮込みを美味しそうに食べていた。


 ちなみに今日のメニューは、猪肉と山菜の鍋(ショウユ味)、熊肉の味噌煮込み、自然薯とホロホロ鳥の挟み焼き、ホロホロ鳥のロースト、草原ウサギ肉のワイン煮など。


 そしてデザートには、野イチゴのジュースやジャムと。


 パンは焼くのが面倒なので、大量に王都のパン屋で購入して魔法の袋に入れていた。

 なので、常に焼き立てを食べられるようになっている。


 あと、俺の希望で御飯も炊いてあるので、どちらでも自由に食べられるようになっていた。


「調理が大変じゃなかったのか?」


「うちは、女性陣が多いので」


 エリーゼは料理が上手であったし、イーナとルイーゼも十分に手慣れている。 


 ヴィルマも、獲物の解体や下ごしらえなどでその実力を発揮していた。

 以前から、森で獲った獲物を自分で解体・料理して食べていたそうだ。

  

 調理器具も、この家に最初からある竈ではなく。

 師匠の遺産である、野営や野外パーティーなどで使える小さ目の魔導コンロがあったので、それを使用していた。


「でも、エリーゼ様の料理の方が美味しい」


「一杯食べてくださいね、ヴィルマ」 


「うん、一杯食べる」


「確かに、この量は我々では無理ですな」


 パウル兄さんの従兵ではあったが、あまり仕事も無いので一緒に食事をしているルーディさんは、テーブルの上にある料理の量に驚いているようだ。


「ただいま」


 とそこに、領内に到着してから姿を消していたブランタークさんが戻ってくる。

 彼は片手に、例のハチミツ酒の瓶を握っていた。


「ブランタークさん、酒は禁止ですよ」


「わかっているさ。これは、ハチミツ水で酒じゃねえよ」


 領内に居る間はどんな事が起こるのかわからないので、俺は全員に禁酒を言い渡していた。

 酒に酔っている間に背中からズブリという最後など、少なくとも俺は迎えたくなかったからだ。


「また、えらくお子様な飲み物を」


「これも、あの分家の名物なんだよ。なあ、ヘルマン殿」


「よう、地方巡検視殿」


 どうやらブランタークさんは、ヘルマン兄さんを客人として連れて来たようだ。


「ヘルマンの兄貴か。何か、貫禄ついたな。噂では、嫁さんの尻に敷かれているそうだけど」


「パウルは、まだわかってないな。男は普段は女に譲歩しつつも、ここぞと言う時にはガツンと行くんだよ」


「何をガツンとなの?」


「いや、何でも無い」


「どこが、ガツンなんだよ」


「五月蝿いわ!」


 加えて、奥さんのマルレーネ義姉さんに、主だった従士の人達やその奥さんなども来ていた。


「この人数だと、飯が足りなくなるか」


「追加で作りますね」


「ヴェル、仕舞っている食材をちょうだい」


「ボクも手伝うよ」


 エリーゼ達に加えて、マルレーネ義姉さん達も協力して追加で料理を作り始める。

 おかげで、今日獲った獲物の全てが調理されていき、更に魔法の袋に仕舞ってあった食材なども追加で提供する羽目になっていた。


「こんなに沢山、お肉が食べられるなんてね」


「一杯居るじゃないですか」


 領内の森でも、未開地でも。

 人口が少ないので捕獲される動物の数が少なく、その気になればふんだんに獲物を恵んでくれるからだ。

 乱獲で数を減らす可能性も、今の所は少ないであろう。


「それだけ、バウマイスター男爵様達が優れた冒険者だからよ」


 未開地には、危険な動物が多い。

 今日も熊が出たし、巨大な猪も危険な猛獣なのだそうだ。

 単身だと、プロの猟師でも危険らしい。


「開発でも進めば、もう少し気軽に猟に出られるかもしれないけどね」


 追加で作った料理を食べながら、俺達はそんな話を続ける。

 普通に考えれば、領内に滞在する地方巡検視一行と冒険者パーティーを、この領地の従士長一家が尋ねて食事会になっただけのはず。


 だが、その地方巡検視と、冒険者パーティーのリーダーと、従士長は兄弟であった。


 この事実に過剰な反応をする人物は確実に居て、次第に領内に波紋を広げる事となる。





「ふんっ! ご兄弟で仲良く結構な事だな」


「それで何か、クルト殿に不都合な事でも?」


 翌日の早朝、俺達は再び本屋敷の父を尋ねたのだが。

 そこにオマケのように付いていたクルトは、昨日俺達とヘルマン兄さん達が食事会をしていた事が気に食わないらしい。

 

 顔を合わせるなり文句を言ってくるが、俺はわざととぼけた返事をしていた。


 とにかく、今回の滞在でケリを付けないといけないわけで。

 そのために、俺はわざとヘルマン兄さんの一家と食事会を開いたのだから。


「いつまで居るつもりなんだ?」


「少なくとも、例の成果の換金が済むまでですね」


 昨日の夕方、クラウスの通達で集まった遠征戦死者の遺族達は、俺達が集めて来た錆びた武器や防具に、所持品やサイフなどを持ち帰っていた。


 誰の物かの判別は、ブライヒレーダー諸侯軍とは違って統一した軍装でなかった事が幸いし、さほど混乱もなく終了する。

 むしろ、装備が統一されているブライヒレーダー諸侯軍の方が判別が困難であろう。


『ヴェンデリン様、ありがとうございます』


『父は、ようやく家に戻って来れました』


 遺族達は、遺品を持ち帰った俺達に感謝していた。

 だが、ここでまたバカが余計な事をする。


 クルトが、自分と同じ年齢くらいの領民を連れて姿を現したのだ。


『やはり、そのままで再利用は不可能か』


『はい。ですが、鋳熔して再利用は可能かと』


 クルトの問いに、その男性の領民は答える。

 どうやら彼は、本村落の鍛冶屋のようだ。


『では、そうするか。その錆びた鎧や折れた剣は、鍛冶屋のエックハルトに差し出すように。あと、遺品で金になる物は、税金が半分かかるからな。誤魔化さずに申告して、来週までに収めるように』


 クルトからの一切の慈悲もない宣言に、遺族達全員の顔が歪む。

 そしてその中から、一人の老人が代表してクルトに発言を翻すようにと説得を始めていた。


『クルト様、税金はともかく、遺品の軍装品の提供は勘弁していただきたく』


『なぜだ?』


『戦死者には遺骨がありません。代わりに、墓に埋めようかと……』


 アンデッドになった人を聖魔法で浄化すると体が崩れ去ってしまうので、遺骨は一切持ち帰れなかったのだ。

 なので、代わりに遺品を墓に埋めて貰うしかなかった。


『何をバカな事を』


『クルト様、なぜ我らがバカなのです?』


『その軍装品を鋳熔かして農機具などにすれば、領地発展の役に立つではないか。ユルゲンともあろう者が、死んだ者の品にいつまで拘るのだ?』


 どうやら、このユルゲンという老人は他の村落の名主らしい。

 彼も、子供などを遠征で失っていたようだ。


『しかしながら、この軍装品は我らが自前で揃えた物ですので、墓に埋めても何の問題もないかと』


 装備がバラバラなので気になってはいたのだが、バウマイスター諸侯軍は装備品すら自前らしい。

 ブライヒレーダー諸侯軍のように、統一された軍装品の貸与などはしていないようだ。


『問題ならある。我が領では鉄が不足している。さっさと、その鎧をエックハルトに渡すのだ』


『それは、あまりにご無体です』


 我が兄とはいえ、清々しいくらいに小物臭を漂わせた挙句の、ケチケチ発言であった。

 確かに、遺品の鉄を鋳熔かして再利用すれば、領内では少量の赤石くらいしか採れないバウマイスター領の鉄不足も少しは緩和するはず。


 だからと言って、遺族から遺品を取り上げる行為は感心しなかった。


 地方の領主にはこの手の輩も多いそうだし、税金の徴収に関しても別におかしな点もない。

 バウマイスター領においては、父やクルトの考えこそが法なのだから。


 ただ、遺族から遺品を取り上げるほどのバカは少ない。

 そこまでしてしまうと、領民達の心を痛め付けるのに等しい行為になってしまうからだ。


『ところで、クルト殿』


『何だ? ヴェンデリン?』


 父が居ないのと、領民の前なのでここは強気に出た方が良いと考えたのであろう。

 クルトは、俺を昔のようにヴェンデリンと呼び捨てにする。


『有効な資源を、再利用する考えは理解できます』


『なら、余計な口を出すな』


『それで、後ろの鍛冶屋の方は、如何ほどで鉄を引き取るのですか?』


『しかるべき値段だ!』


 間違いなく、無料に近い値段で買い叩かれるはず。

 このエックハルトという鍛冶屋は、クルトとほぼ同年代に見える。

 多分、幼少の頃から仲が良かったのであろう。

 間違いなく、そのコネを利用して遺品の軍装品を遺族から買い叩こうとしているのだ。


 先日のバザーの時に、ブランタークさんが見たクルトに御注進に赴いた連中。

 その中の一人で、本村落の住民で領内唯一の鍛冶屋という事のようだ。


 彼は、この閉鎖された領内で独占して鍛冶屋として稼いでいる。

 前にその作品を見た事があるが、正直腕前は二流の下くらい。

 ブライヒブルクや王都では、即座に潰れてしまうはずだ。

 その前に、修行先から独立すら認められないはず。


 それでもやっていけるのは、入植時から代々鍛冶屋でバウマイスター一族に忠実であったから。

 他の村落に鍛冶屋をやらせないように、複数の鍛冶師を使って運営しているからに他ならなかった。


 鍛冶屋では、鉄製の武器を作ることが出来る。

 なので、こんな僻地では腕よりも忠誠心なのであろう。

 

 他の村落出身の鍛冶屋が、反乱を企てて武器でも密かに作られると困ってしまうからだ。


 そんな彼からしたら、父からクルトの継承体制を支持して鍛冶屋の仕事を独占しなければならない。

 他の兄弟が継いで外との交流が増えると、廃業の危機に追い込まれてしまうからだ。


『つまり、鉄があれば宜しいので?』


『あればの話だがな!』


 このエックハルトという鍛冶師は、クルトの後ろ盾があるのを良い事に、大した品質でもない農機具などを高く売って領民達に嫌われているようだ。


 更にその態度も、次期当主であるクルトの威を借る何とやらであまり良い印象は得られなかった。


『ありますよ』


 俺は、子供時代に自分で精製してみた鉄の塊を魔法の袋から取り出し、それをエックハルトの前に念威魔法で放り投げる。

 一メートル四方ほどの鉄の塊が、目の前にドスンと音を立てて落下したエックハルトはその場で腰を抜かしてしまう。


『それだけあれば十分でしょう?』


『危ないじゃないか!』


『鍛冶屋なのですから、鉄の扱いには長けているのでしょう?』

 

 戦死者の遺品に付いている鉄を、しかもクルトの威を借りてボッタクリ価格で奪い取ろうとした。

 俺は、こんな奴とまともに話をするだけ無駄だと感じていた。


 剣などの武器はともかく、鎧などはほとんどが皮製で碌に金属など使われていないのだ。

 数があるので、集めればそれなりの量にはなるというくらい。

 少数回収した盾なども、一部に金属が使われていてもほとんどが木製でほぼ腐っている状態であり。


 これなら、墓に埋めても何の問題もないと思うのだ。


『頑張って良い製品を作ってくださいね。見た感じ、俺にはあなたがまだ本気を出しているとは思えません。もし王都なら、恥ずかしくて店頭には並べられないレベルの品物ですし』


『貴様! 何を根拠に!』


『この前のバザーで、出品した品を見ればわかるでしょう?』


 あの品々は、別に高級品というわけでもない。

 みんな、ブライヒブルクや王都ではそこそこの値段で買える物だ。 

 それなのに、領民達は今度はいつ買えるかわからないと大量に購入をしていた。


 他の生活雑貨などもそうで、本村落出身で領内で市場を独占できる代々職人や鍛冶師の家柄というのは、クルトの有力な支持者になっていたのだ。


 彼らからすると、俺は不倶戴天の敵なのであろう。


『これからも、バウマイスター卿と本村落の名主クラウス殿の依頼で定期的に領内でバザーを開く事になると思いますけど、腕を磨かないと廃業の危機かと思いますよ』


 俺の挑発に、エックハルトはおろか、後ろに居たクルトも顔を真っ赤にさせて激怒していた。


『エックハルト! その鉄で素晴らしい農機具を作るのだ! 他の返還された現金収入については、五割を収める事を忘れないように!』


 まるで捨て台詞を吐くようにしてその場から立ち去るクルトとエックハルトの背中に、遺族達は侮蔑の視線を向ける。

 

 しかし、クルト達は気が付いているのであろうか?

 この件で、百人以上の領民達が自分達に敵意を向けた事を。

 俺が居なければ我慢していたかもしれないが、可哀想な事にそこには俺が居た。


 気が付いていたのかもしれなかったが、俺に対して領民達の前で下手に出るわけにもいかず、結局は同じ結末になったであろう。


「さっさと換金して、税を持って来い!」


「それは、ブライヒレーダー辺境伯様に言ってくださいよ」


「ふんっ! 誤魔化さなければ良いがな!」


「クルト!」


 さすがに、寄り親への表立った批判は拙いと思ったのであろう。

 父が、クルトを一喝していた。


「聞かなかった事にしますが。それで、今日の予定なのですが……」


 まずは、昨日遺品が戻った遺族達がお墓にそれを埋めるので、その葬儀というか納骨・埋葬式に参加する許可を。

 この式典には、領内にある教会を管理する神父が出席するのだが、彼はもう八十歳を超えた老人である。


 一人だと負担が大きいので、エリーゼが手伝う事になっていたのだ。


「その式典には、私も参加しよう。クルトには、例の用水路工事の監督を任せる」


「わかりました」


 クルトとて、俺とこれ以上顔など合わせたくもないのであろう。

 父の考えに、素直に頷いていた。


「あとは……」


 クラウスからの依頼で父が許可を出したので、これからも定期的にバザーを開く事や、領内に滞在中に魔の森や未開地で狩りや採集をする権利など。


 表向きは、領内で自由に冒険者として活動をする許可を。

 裏では、将来の禍根を絶つためにクルトを挑発する後ろ盾が欲しいという意地が悪い提案でもあった。


 果たして、父は気が付いているのか? 

 容認する気はあるのか?

 非常に気になるところではある。


「未開地や魔の森での成果に関しては、バウマイスター男爵達や領民が食べる分に関しては代価はいらぬ。外部で換金した物については、後で別途税の交渉を行う。冒険者ギルドブライヒブルク支部や、ブライヒレーダー辺境伯殿とも折り合いもあるからな」


「父上!」


「ほう。なら、お前が魔の森で狩りをして稼ぐと言うのか?」


「それは……」


「現状、魔の森で狩りをしようなどと考える冒険者は、バウマイスター男爵達だけなのだ。多少の優遇処置は必要であろう。それとも、お前が冒険者を勧誘して来てくれるのか?」


「それは……」


 珍しく強硬な父の反論で、クルトはその口を閉ざしてしまう。

 暫くすると、クラウスが正式な契約書を持参して先ほどの条件は無事に認められる事となる。


「では、葬儀に赴くとするか」


 父との面会後、予定されていた遺品の埋葬が行われる事となる。

 これには父と名主のクラウスも出席し、エリーゼはもはや補助が無いと歩けない領内の神父を支えながら、『戦死者達を、天国へと誘う言葉』なる祝詞のような物を唱えていた。


「神の子達よ。汝等はその苦しい最後の時を乗り越え、神とその弟子達の住まう約束の地へと向かう。そして汝等の導きにより、その親や兄弟や子らも、かの地へと導かれるであろう」


 エリーゼが独特のリズムで唱える祝詞の中で、遺族達は事前に掘っておいた穴に遺品を入れ、土をかけて埋葬していく。


「エリーゼって、こんな事も出来たんだ」


「知らないの? エリーゼは、助司祭の資格も持っているのよ」


「知らなかったな」


 イーナから『何で知らないのよ?』という顔をされてしまうが、エリーゼは普段あまり教会や宗教の話などしない。

 俺が興味ないのを理解していて、話さないようにしているのであろう。


「ヴェルは、本当に教会とかに興味ないからね」


「ルイーゼは、興味あるんだ」


「実は、あまりないけど」


 ルイーゼにまで言われてしまうが、ちゃんと寄付などはしているし、そこまで教会や宗教に忌避感があるわけでもない。

 熱心に信仰するつもりがないだけなのだから。


 国教なので信者にはなるが、実はあまり興味は無い。

 俺のような考え方をする人は、意外と多かった。


「ヴェル様、お供え美味しそう」


「食べるな、不謹慎」


「それは、わかっている」


 遺品を埋めた後、遺族達はそれぞれに食べ物などをお供えしていて。

 それを見たヴィルマが、食べたそうな表情をしていた。


「今夜まで待てよ」


 さきほど、なぜまた未開地での狩りの許可を父から得たのか?

 それは、また今夜宴会を開く予定であったからだ。

 

 戦死者の遺族達が今日の慰労のため、それぞれに食べ物をなどを持ち寄り宴会をする。

 ただ、俺達とヘルマン兄さん達も遺族なので参加するため、クルトから見ると非情に胡散臭い宴会となっているのだが。


「(しかし、回りくどい事をするよな)」


 同じく式典に参加していたブランタークさんが、俺の隣に立って小声で話しかけてくる。


「(クルトが先に手を出した。必要な大義名分でしょう?)」


 どうせ相手は小領の次期領主なのだから、王国命令で強制的に廃嫡にでもしてしまえば良い。

 

 だが、その手は他の貴族達への影響が大きくて出来ないのだから、俺達が領内で派手に動いてクルト達を暴発させる必要があったのだ。


「(暴発するかね?)」


「(少し時間はかかりますけど、します。確実に)」

 

 クルト本人だけなら、暴発はしないのかもしれない。 

 先ほどみたいに、父に怒鳴られると萎縮してしまう男だからだ。

 ところが、周囲の支持者達の存在がある。


「(俺達が、この領地を開けば開くほど。周囲が加熱していきますので)」


 昨日の鍛冶屋のエックハルトに、他の職人達とその家族も。

 彼らは本村落出身者で、その腕前ではなくて代々の忠誠心で市場を独占してきた。

 それが、俺達のせいで崩れかかっている。


 他にも、考え方が保守的で領内の変化など望んでいない人達などもいて、彼らは既に外部の人間になっている俺達の行動に眉を顰めているはずだ。


「(支持者達から突き上げを喰らえば、クルトも動かざるを得ないか)」


「(何でも良いんですよ。クルト達が動けばそれで)」


 動けば、それで介入の口実になるからだ。

 王国政府からすれば、どんな些細な事でも。

 俺に、何か少しでも危害が加わりそうな気配があれば良いのだから。


「(そのために、宴会を?)」


「(宴会ではありません。せっかく故郷に戻った英霊達を遺族と共に慰める会? 食事付きですけどね)」


 その後、無事に埋葬の儀式は終了する。


 出席していた父とクラウスは、特に何も言わなかった。

 遺族達も、クルトと二流鍛冶屋には思う所があるようだが、父にはその件では思う所があるわけでもない。


 そういう事のようだ。


「今夜は、ヘルマン様とヴェンデリン様が慰霊の食事会を開くそうだぞ」


「遺族なら、みんな参加できるそうだ」


「じゃあ、会場の設定とか調理の手伝いとかで人を出さないとな」


「俺達も、何か食材を持参するべ」


 この領内では娯楽が少ないので、みんな楽しみにしているようだ。

 思い思いに話をしながら、それぞれに家に戻って行く。

 

 昼間は畑仕事を行い、夕方から会場である俺達の滞在先に集まって準備を手伝う事になっていた。


「結構、参加人数が多いか」


「七十七名の戦死者の遺族ですからね」


 ブランタークさんの言う通りで、どの範囲まで遺族として認めるなどと言うルールも無かったので、その気になれば半数近い領民達が参加可能だからだ。


「じゃあ、俺も準備を手伝うかな」


「エル達と、無限の狩りに行ってくださいね」


 慰霊の会名目とはいえ、この世界に精進料理などの概念は存在しない。

 なので、こういう会を行う時は、この時とばかりにみんなご馳走を準備して食べるのが普通であった。


「エリーゼの嬢ちゃんは、あの神父と一緒に祭壇作りか」


 一応埋葬した死者達の慰霊会なので、小さい物だが祭壇を作るのが普通であった。

 神父さんにはその知識は十分にあるのだが、如何せん年齢で体が動かない。

 なので、エリーゼも手伝う事になったのだ。


 そして終了後は、マルレーネ義姉さん達や遺族の女性達とで会場の設定や料理を手伝う事になっていた。


「イーナとルイーゼの嬢ちゃんは、エル達と狩りの手伝いか」


 宴会に出す肉類などを、パウル兄さん達やヘルマン兄さん達と共に獲りに行く事になっていた。

 大人数を満足させる肉を得るために、ブランタークさんを酷使して頑張って欲しいところだ。


「それで、坊主は?」


「ちょっと、海まで」


「はあ?」


 それから約一時間後、みんながそれぞれに宴会に向けて準備をしている最中、俺はヴィルマと共に魔の森南方の海岸に立っていた。

 南方の海は魔の森を越えないと来れないのだが、子供の頃に飛翔で森の上空を突破してポイントを覚えたので、瞬間移動ですぐに来れていたのだ。


 昔には、魔法で大量に塩を作ったり、海産物を獲ってから焼いて食べたのを思い出す。


「海」


「海と言えば?」


「海の幸」


「正解だ」 


 肉類の確保は他の人達に任せるとして、俺はヴィルマを使って魚介類を確保しようとしていた。

 せっかくの宴会なので、珍しいご馳走があった方が良いと考えたのと。

 俺が単純に食べたかったからだ。


「お魚、食べたい」


「食べた事が無いのか?」


「コヌルとか、ナマサはある」


 コヌルとナマサとは、見た目はそのまま地球で言う鯉とナマズの事であった。

 河川などで大量に獲れるので、王都では比較的安価で売られている。

 

 泥抜きをしてから、塩や香味野菜と共に煮込んだり、フライのように油で揚げて食べるのが普通であった。

 味は正直なところ俺は苦手で、高価でも海産物を購入する事が多かった。


 他にも、ウトクと呼ばれるウグイに。 

 フーハと呼ばれるフナなどが、庶民の味となっているようだ。

 

 共に、やはり俺は苦手であったが。


「今日は、海の魚介類を食べるぞ」


「おーーーっ」


 少々抜けた感じのヴィルマの返事であったが、その目はいつもの食べ物を貪欲に欲する目となっていた。


「それで、海に潜って獲るの?」


「まさか」


 肉類に人数を回したせいで二人しかいないが、俺は魔法が使えるし、ヴィルマは怪力の持ち主である。


 ならば、あの手しかあり得なかった。


「二人だけの、地引き網作戦です」


「網で獲るの?」


 事前に使う事があるかもしれないと、魔法の袋に地引き網を購入して入れていたので、それを飛翔で海上から投入。

 すぐに、ヴィルマと魔法で身体機能を強化した俺とで引く作戦になっていた。


 網の投入ポイントとかは素人なので詳しくは無かったが、あまり獲れなければ何回か試してみれば良いと思う事にする。

 

「ヴィルマ、この地引き網の片方の紐を持っていて」


「わかった」


 続けて俺は、もう一方の引き綱と網を持って飛翔で海上へと向かう。

 持っている網を少しずつ沖合いで弧状に投入してから、ヴィルマの待つ砂浜へと戻って来たのだ。

 

 厳密にやると網船なども必要なのだが、それは俺の飛翔魔法によるバラ撒きで対応する事とする。


「駄目なら、何回か試すさ」


 元々怪力であるヴィルマと、身体機能を魔法で強化した俺で海上に弧状に撒いた網を引き寄せていく。


「お魚」


「ゆっくりと、俺とタイミングを合わせて引け」

 

 本当に獲れるのか心配だったのだ、今までに誰も網を入れていなかったのが幸いしたのか?

 砂浜へと引き揚げた網には、大小数百匹にも及ぶ魚が入っていた。


 サバに似た魚、アジに似た魚、ヒラメに似た魚。

 他にも沢山いるが、今は準備した魔法の袋に仕舞っていく。

 毒探知の魔法で怪しい魚は除外していたのだが、中には変わった獲物もかかっていた。


「カメさん」


「それも、食える」


「美味しいの?」


「美味しいらしい」


 全長二メートルほどの海亀が網に引っかかっているのを、ヴィルマが見付けていた。

 肉は食べられるし、甲羅はべっ甲細工の材料として王都では高額で取り引きされている。


「わかった」


 ヴィルマは、躊躇する事なく海亀に止めを刺してから魔法の袋に放り込んでいた。

 さすがは、自分の食い扶持は自分で稼いできた女。

 実に、逞しい性格をしているようであった。


「もっとお魚が欲しい」


「そうだな」


 思ったよりは獲れていたが、もう少し魚はあった方が良いかもしれない。

 そう思った俺達は、もう三回ほど別のポイントで地引き網漁を行う。


 その結果、結構な量の魚が獲れたので。

 更に近くの岩場で、エビ、カニ、貝類なども獲る事にする。


「今度は、カニ獲り用の網でも準備しておくか」


「今日は、私が獲る」


 そう言うなり、ヴィルマは着ている服を脱いでから岩場近くの海へと飛び込んでいた。


 そう言うと、ヴィルマのヌードでもとか予想しがちであったが、下に全身タイツのようなアンダーウェアを着ていたようだ。


「川や湖や沼でも獲物を獲るから」


 沢山食べるために、ヴィルマは泳ぎなども達者なようであった。

 そして海に潜ってから数秒後、まず最初の一匹が海上から顔を出す。


「一杯いる」


「大きいのだけを獲ってくれよ」


「わかった」


 ここでヴィルマだけに任せるのも何だったので、俺は素早く水中呼吸の魔法を唱えてから海へと潜って行く。

 別に泳げないわけでもないのだが、ヴィルマのように海中で漁をしながらというのは難しかったからだ。


 その点、この水中呼吸の魔法を使えば海中でも地上と同じように行動が可能だ。

 何しろこの魔法は、自分の周囲を空気の層で覆ってしまうのだから。


「一杯いるなぁ」


 俺も加わり、二人で全長一メートル近いエビに、同じく全長一メートルを超えるカニ。

 リンゴほどの大きさのサザエに、全長三十センチほどもあるアワビなどを次々と採取していく。


 確か、正式名称を前に図鑑で見たような気もするのだが、今は食べられるので良しとする事にする。


「ヴェル様、美味しそう」


「試食するか?」


「食べる」


 結構な量が獲れたので、まずは一休みという事にする。

 魔法の袋からバーベキュー用の金網を取り出し、それを竈型に組んだ岩の上に乗っけてから、火を付けた炭をくべていく。

 

 ある程度金網が熱せられてから、そこに貝や切り分けたエビやカニなどを載せ。

 暫くすると、ほど良く焼けてきたので、少し醤油を垂らせば完成であった。


「美味しそう」


「火傷しないようにな」


「いただきます」


 ヴィルマは、美味しそうに焼けた貝やエビ、カニを次々と口に入れていく。

 やはり良く食べるので、次第に焼く作業が間に合わなくなるほどであった。


「ご馳走様」


「美味しかったか?」


「こんなに美味しい物。初めて食べた」


「そうか、良かったな」


「もっと一杯獲る。エリーゼ様達の分も一杯」


「そうだな」


 ヴィルマは良く食べるし怪力であったが、見た目は大変に保護欲を誘う女の娘であった。

 俺の中身が、四十歳超えなのも影響しているのであろう。

 

「そろそろ帰るか」


「沢山獲れた」


「そうだな」


 数時間後、宴会分と暫くは俺達が食べられる分を確保したので、今日はこれで戻る事にする。

 

「ヴィルマ、服を着る前に」


 海水なので、俺は海から上がってきたヴィルマに洗浄魔法をかける。


「ベタベタしない」


 この魔法は、冒険者は冒険中に風呂に入れないので、自然と開発された魔法であった。

 あまり魔力を消費しないので、初級レベルにでも簡単に使えるのが特徴で、これを使える魔法使いは女性比率が高いパーティーでは引っ張り凧になるそうだ。


 冒険中でも身嗜みには気を使いたいというのが、女性心理なのであろう。


 俺も、自分の体に洗浄魔法をかけて体に付いた塩分を落す。

 ヴィルマの着替えも終わり、さて帰ろうとしたその時であった。


 突然彼女が愛用の戦斧を構え、海上に向けて鋭い視線を送る。

 続けて俺が海上を見ると、その沿岸には全長二十メートルほどの竜に似た生物がこちらに向かって来るのが確認できた。


「サーペント(海竜)か……」


 サーペント(海竜)は、見た目は竜に見えるが実は魔物ではない。

 大型海生肉食動物のカテゴリーに入る、海の野生動物であった。


 普段は、大型の魚類や、鯨・イルカなどを捕食し。

 時には、海上を飛ぶ海鳥などを食べる事もある獰猛な奴なのだそうだ。


 ただ、基本的に臆病なので大型の船ならば襲われない。

 向こうが先に逃げてしまうからだ。


 それに、人間の活動領域には滅多に姿を見せず。

 普段はもっと遠洋を生活拠点にしていると、前に見た図鑑には書かれていた。


「デカいな」


 ところが、二十メートルでは平均的な大きさなのだそうだ。

 このくらい大きくないと、鯨など狩れないのであろうが。


「しかし、あの海竜はなぜ俺達に向かってくる?」


「餌だと思っている」


「だよなぁ」


 たまたま沿岸に来たら、俺達という餌があったので捕食しようとしている。

 サーペント(海竜)に限らず、この手の大型肉食獣は毛が少ない人間を見付けると喜んで捕食しようとするのだ。


 なので、海上で遭難して小船や筏の上で遭遇すると、まず生き残れないと考えた方が良いであろう。


「ヴェル様」


「何だい?」


「私が倒す」


「えっ! 大丈夫か?」


 サーペント(海竜)は大きな海生肉食動物なので、当然一般人や漁師の手には負えない。

 普段は遠洋に居るので滅多に捕獲されないのだが、肉は味が良い珍味として。

 骨・牙・ウロコなどは、武器や防具の材料として高値で取り引きされていた。


「ここは、私の大技で」


「じゃあ、任せるけど。駄目そうなら、すぐに俺に言ってね」


「わかった」


 一言頷くと、ヴィルマはこちらに迫り来るサーペント(海竜)に向かって戦斧を構え、そのまま目を閉じて集中に入る。

 すると数秒後には、徐々にヴィルマの体から探知される魔力の量が増えていた。


「(そうか、一瞬で少ない魔力を爆発させるのか)」


 ヴィルマは、精々で初級から中級の間くらいの魔力しか持っていない。

 魔法も、普段は筋肉に効率良く魔力を循環させるくらいしか出来ないそうだ。


「(普段は、節約しながら使っている魔力を一時的に大量に燃やすか)」


 一時的に爆発的に身体能力が上がるが、後は魔力が枯渇してしまうので、もう後が無い時に使う大技のようであった。

 ヴィルマは、目を瞑ったまま集中を絶やさず。

 その間に、サーペント(海竜)はこちらの至近にまで迫っていた。

 

 そして、水際からその長い首をこちらにかまげて俺達を捕食しようとしたその時、ヴィルマはまるでブーメランでも投げるかのように戦斧をサーペント(海竜)に向かって投げていた。


「あんなに重い戦斧を投げた!」


 もう少しで二つの餌が食べられると思ったサーペント(海竜)にとっては、寝耳に水であったと思う。

 わけもわからないままに、ヴィルマによって投擲された戦斧によって首を切り落され、頭部を無くした首の切り口からは血が噴水のように湧きあがる。


 暫くすると、投擲した戦斧が上空で弧を描いてから戻ってくるが、それすら彼女は普通に柄を掴んで回収していた。

 恐ろしいまでの動体視力と、とっておきの大技とも言えた。


「血抜きは早い方が、お肉が美味しくなる」


「確かにそうだけど……」 


 普段は小リスのように可愛いのに、食料確保になると途端に『首切り公』と化してしまう。

 昨日の熊といい、今日のサーペントといい。

 彼女は確かに、エドガー軍務卿の切り札なのであろう。


 恐ろしいまでの、戦闘能力の持ち主であった。


「もしヴェル様なら、どうやって倒した?」


「そうだな……」


 鱗が高く売れるし、大型ではあるが竜ほどパワーがわるわけでもないので。

 凍結の魔法で胴体部分を動けなくしてから、脳天に岩製の槍を魔法で作って一撃。

 

 もしヴィルマが駄目なら、こんな作戦を考えていたのだと教える。


「私と同じ。ヴェル様も、海竜の胴体を傷付けると食べられる部分が減ると思った」


「(いや、鱗が傷付くからなんだけど……)まあ、そうだね」


 最後に思わぬ収穫物もあったが、俺達は無事に海産物を得てバウマイスター領へと戻るのであった。





「ようやく、神の元に帰する事が出来る者達を送り出すために。それを行った者達に明日を生きる糧を与えるために。ささやかながらも、このような食事が提供される事となりました」


「別に、ささやかじゃないよな?」


「ヴェル、しっ!」




 夕方になる少し前にバウマイスター領に戻ると、そこでは既にエリーゼ達が、応援のマルレーネ義姉さん達や遺族の女性達と共に食事会の準備に奔走していた。


 大量に料理を作り、会場となる借りている家の庭にテーブルを並べていたのだ。


「俺達も手伝うか」


 俺はエルやヴィルマと共に、庭に数箇所石を積んで即席の竈を作り、金網を載せてから炭火で温め始める。

 

「肉でも焼くのか?」


「違うな」


「今日の収穫物を焼く」


 温まった金網の上に、今日獲った半割りにしたエビやカニ、貝類、下ごしらえした魚やイカなどを乗せていく。

 ある程度焼けたら、醤油や事前に作ってあった味噌タレを塗って完成だ。


 更に、焼け具合をエル達に見て貰っている間に、一部の魚を捌いて刺身を作っていく。

 素人調理なので、先日の魔導ギルドのお姉さんよりは下手であったが、多少形が崩れていても味にそう変化はないはずだ。


 切り分けた刺身は、紫蘇と大根の千切りとワサビを添えて完成である。

 大根は王都より北では普通に流通していたし、紫蘇は胃腸の薬として大都市のほとんどで流通している。


 そういえば赤紫蘇もあったので、今はそれで色を付ける梅干の試作もある商家に依頼しているところであった。

 一刻も早い完成が望まれるところである。


 ワサビも、普段王都で流通している西洋ワサビではなく、学名ワサビア・ジャポニカに似た物が山地に自生していると聞いたので、ここに来る前に大量に入手していた。


 ワサビは成長が遅いので、『根が大きいのだけ、高値で買うよ』と言ったら、同業者達がこぞって持ち込んで来てくれたのだ。


 自生地が高地で、魔物の領域ではないが取りに行くのが困難な場所だったので、自分で行くのは後にしようとしたからであった。


「さてと、刺身の盛り合わせの完成と」


「美味しそう」


「あとは……」


 皿に乗った刺身の半分に、オリジナルの熟成の魔法をかけていく。

 実はこの魔法、醤油や味噌を醸造する魔法の親戚で、土系統の魔法に該当する。


 刺身は、獲れたてのコリコリ感を楽しむ人と、二~三日熟成させてから調理する人が存在する。

 なので、両方楽しむのが良いと思ったからだ。


 なおこの魔法は、肉の熟成でもエリーゼなどには重宝されていた。


 そして数時間後、夕方から夜の間の時刻にようやく食事会の準備が完了し、まずは神父様からの挨拶という事になる。

 彼の挨拶が終わると、エリーゼと一緒に作っていた祭壇に料理が供えられ、ヘルマン兄さんの献杯の合図と共に食事会はスタートする。

 

 テーブルの上に置かれた大皿の肉をメインにした料理が参加者に分配され、同じく金網で焼かれた海産物も次々に配られていく。


 領民達は、遠征で戦死した家族の話をしながらも、楽しそうに食事をしていた。


「神父様、如何ですか?」


「この地に赴任してから初めての海の魚で、やはりとても美味しいですな」


 もう九十歳近いマイスターと言う名の神父様は、美味しそうに魚を焼いた物を食べていた。

 

「この地に赴任する前に、王都でアヒム枢機卿に食べさせて貰ったキリですかな。いやはや、長生きはしてみるもので」


 一部古典的な宗派を除き、聖職者に食べてはいけない物などは存在していなかった。

 精々で、なるべく人前で酒は飲まない方が良いくらいであろうか?

 なのでさすがに、神父様は酒は飲んでいないようであったが。


 ちなみに、俺達も酒は禁止という事になっている。

 あのブランタークさんですら、野ブドウジュースで我慢していた。

 一応、クルトの暴走に備えているわけだ。

 

「しかし、良くサーペント(海竜)なんて居たよな。無人の浜辺だったからかね?」


 ブランタークさんは、サーペント(海竜)肉の網焼きを食べながら、中央に置かれたその頭部を感心しながら見学している。

 実は、サーペント(海竜)の首を飾るように言ったのはブランタークさんであった。

 『坊主は、あのヘッポコ長男とは違う』と思わせるには、ちょうど良い証拠となるわけだ。


 風聞で聞いている竜退治よりも、実際のサーペント(海竜)の首の方がインパクトが強いので当然とも言える。


「あのサーペント(海竜)の気まぐれだったのか? 最も、その気まぐれのせいでご覧の有様ですけど」


 ヴィルマにあっという間に首を戦斧で刎ねられ、その肉を貪り食われているのだから。

 当然、食事会に来ている領民達も焼いた物が配られ、彼らは初めて食べるサーペント(海竜)の肉を美味しそうに食べていた。


「あのヴィルマとか言う嬢ちゃんは、想像以上にやるな」


「ええ」


「じゃあ、坊主が最後まで面倒見ないとな」


「やっぱりですか?」


 ヴィルマは、エドガー軍務卿が大貴族特有の『何かに使えるかもしれないから面倒を見ておこう』という性質のおかげで養われていた。


 腕っ節で見ると切り札とも言えるのだが、女性はほぼ入れない軍では使えないし、政略結婚で使おうにも、あの食欲のせいで普通の貴族家からは引かれてしまう。


 そこで、冒険者として活動もしている俺に、使える新メンバー兼護衛兼側室候補として送り出されたのが現状であったようだ。


「坊主がいらないと言って戻すと、後の人生大変だろうな」


 エドガー軍務卿の私的な護衛などが出来れば良いが、良くて成人後に冒険者として一人立ち。

 下手をすると、何か貴族特有の裏の仕事で使い潰される可能性もあるらしい。


「そう言われると……」


 見た目は可愛らしい少女であったし、今日一緒に漁をしてみて、性格も素直で好感が持てた。

 良く食べるのが難点とも言えたが、そのくらいなら俺なら何とかなってしまうのだ。


「嫁にするかはともかく、俺の私的な護衛として面倒みます」


 まだ未成年なので、魔物の領域には入れない事になっているのだが、貴族である俺の護衛扱いなら特例で領域にも入れるのだ。

 実力面では、ヴィルマよりも弱い冒険者の方が圧倒的に多いはず。

 その点では、問題になるはずもなかった。


「でも、随分と優しいですね」


「俺は、子供には優しいんだ」


 そういえば、先ほど子供達に王都で購入していたお菓子を配っていたのを思い出す。

 果物以外で甘い物をあまり知らなかった子供達は、その美味しさに大喜びであった。


 もっとも、『小父ちゃんありがとう』と言われて微妙な顔もしていたのだが。


「坊主は、何か配らないのか?」


「そうですね……」


 せっかくクルトを挑発するために開いた食事会なので、露骨とはいえ子供達への人気取りも必要であろう。

 

 なお、肝心の食事会への参加者であったが、これは六百人を超えていた。

 

 遺族限定にした割には数が多いような気もするのだが、別に何親等までの親族と限定したわけでないからだ。

 戦死者の遺族の縁戚などを否定するわけにもいかず、別に否定する理由も無いので何も言わなかったと言うのが現実であった。


 むしろ、多数参加した方がクルトを挑発できるのだから。


 さすがに、料理はすぐに無くなってしまうが。

 その都度領民達は、こちらが下ごしらえをしておいた材料を調理して配ったり食べたりしているようだ。


 バーベキュー用の金網では、常に大量のサーペント(海竜)の肉や魚介類が焼かれている。

 他にも、エリーゼが自作したお菓子や普段飲んでいる物よりも高級なマテ茶なども出され、遺族達は食事会に満足しているようであった。


「では、水飴でも作りますか」


「ああ、あの甘いのか」


 果汁やハチミツや穀物を酒にする魔法は大分前から普及していたのだが、なぜか水飴はこの世界には普及していなかった。

 一部醸造元で、アルコールに変わる前の甘い液体をジュースとして販売しているくらいであろうか?


 なので早速に、甕に事前に購入しておいた餅米や玄米などを材料に魔法で水飴を精製する。

 本当ならば結構な手間がかかるのだが、魔法はその辺を省略してくれるのがありがたかった。


 すぐに粘度が高い水飴が甕一杯に完成し、それを木の棒に巻いて子供達に配っていく。


「ヴェンデリン様、ありがとう」


「甘ぁーーーい」


 甘い水飴に、子供達は大喜びであった。


「しかし、集まったな」


「居ないのは……」


 遺族以外の本村落の住民と、一部他村落の保守的な人達に。 

 どうしても、忙しくて来れなかった人達くらいであろうか?


「それで、これからの展望は?」


「相手次第ですね」


 ここで一時的にクルトが次期領主で安定したにしても、それは将来の混乱の原因にしかならないはず。

 なので、彼には強制隠居をして貰う予定であった。


 今の領地と一部未開地をヘルマン兄さんが相続し、残りを俺が金をばら撒いて開発を進める。

 

 ただし、俺は軽い神輿であまり口は出さないで冒険者として暫くは活動する。


 別に、そうすると直接相談したわけではなかったが、王国側やブライヒレーダー辺境伯もそのくらいの認識なのであろう。


 ブランタークさんが特に何も言わないのは、それがわかっているからなのだと思う。

 あと、昼間は魔法で気配を消しながらクルトにくっ付いてその行動を監視しているのも、ブライヒレーダー辺境伯からの命令に従っての事のようだ。


「(クルトの暴発を、みんなが待っているのか。ある意味、哀れでもあるか……)」


 とはいえ、もう実家絡みでこれ以上の面倒もゴメンである。

 ここは、心を鬼にして彼を排除する必要があった。


「明日から、また挑発の日々だな」


「挑発ねぇ……」


 ブライヒレーダー辺境伯が、例の遺品の選定や素材の査定を終了するまでには時間がかかる。

 どうせクルトがあと五日以内に暴発するとも思えないので、実はまだ暫くは領内に留まる予定なのだが。


 名目としては、俺は魔法で魔の森に行けるので、そこを拠点とする専属冒険者として暫く活動するためという事になっていた。


 条件面などでは、既にブランタークさんが密かに父やクラウスと相談して決定しているそうだ。

 なるほど、五月蝿いクルトは既に排除されているらしい。


 そして、領内での定期的なバザーや、領民達から売れる物の買い取り業務なども行う。

 

 更にそんな俺達を、休職を延長したパウル兄さん達や、ヘルマン兄さんの一家が補助する事が決まっていた。


 普通に考えれば、領内の経済発展のために商売もする冒険者とその護衛を受け入れ、従士長の家に手助けを命じたとも言えるが、内情はある種の下克上フラグとも言える。


 多分王国としては、とっととクルトに暴発して欲しいのであろう。

 そしてそれを、なるべく犠牲を出さないように俺達が鎮圧する。

 

 そういうシナリオになっているのだ。


「とにかく、なるべく早く冒険者本来の生活にですね……」


「坊主は、拘るなぁ……」


 そんな話をしていると、突然宴会をしていた領民達が騒ぎ始める。  

 なぜなら、会場にクルトの奥さんであるアマーリエ義姉さんが姿を見せたからだ。


 しかも、彼女とクルトの子供にして、クルトの次の領主と見なされているカールとその弟であるオスカーも連れてだ。


「へえ、大胆な奥方だな」


「いや、そういう女傑タイプの方じゃないんですけど」


 うちよりは地方都市に近い少領の騎士爵家の次女で、降家の可能性も考慮し、読み書き計算などの教育をちゃんと受けていた大人し目の女性。

 それが、俺の彼女に対する印象であったからだ。


 あと、エーリッヒ兄さんが家を出た後は一番話が合う人でもあった。

 

「お久しぶりです、バウマイスター男爵様」  


「こちらこそ。アマーリエ義姉さん」


 確か、今年で二十六歳のはずであったが、見た目はもう少し若く見える。

 そんなに美人ではないが、感じが良くて話し易い人であったのを。

 俺は改めて想い出していた。


「今回の、戦死者遺族慰労の食事会主催に対し、お義父様が感謝をしておりました」


 本来、自分達が開かなければいけない種類の物であったが、クルトとその取り巻きが反対して開く事が出来なかったのだと、アマーリエ義姉さんは説明していた。


「その件に関しては、戦死者の中で最上位者であった前従士長の家族が主催しているので問題は無いかと」


 今回の宴会は、建て前上はヘルマン兄さんの一家が主催して、俺達がその補佐をしている事になっている。

 問題が無いとは言えないが、あまり気にしても仕方の無い事でもあった。


「そう言っていただけると」


 アマーリエ義姉さんは、父とクルトの名代扱いのようだ。

 多分、まだ彼女が仲が良かった俺と顔を合わせていないので、父が気を使ったのであろう。


 クルトからすれば、『お前らに送る名代など女で十分』くらいの認識だと思うが、そんな思考すら父に読まれてしまっているようだ。


「では、早速に祭壇の方に……」


 アマーリエ義姉さんは、持参したお供え、花束、供物料などが入った袋を祭壇に置き、連れて来た自分の子供達と一緒に祈りを捧げる。


「良かったら、食事をされていけば。ご子息達も、いらっしゃるのですから」


「では、遠慮なく」


 すぐに、アマーリエ義姉さんや子供達に食事やお菓子が提供される。 

 ただ、給支をしているマルレーネ義姉さん達の表情は複雑だ。

 クルトの奥さんなので冷たくあしらいたいのだが、同じ女性として、夫の暴走に巻き込まれつつある可哀想な人であるという認識もありと。


 それと領民達とて、ある程度は現在の領内の情勢を理解している。

 なので、不安そうにアマーリエ義姉さんに視線を送っていたのだ。


「ご活躍ですね」


「ええ。その分、王都の強欲貴族達に振り回されていますけどね」


「それは、貴族なので仕方がありません。うちの父のような零細騎士ですら、良く嘆いていましたから」


 食事をしながらアマーリエ義姉さんと話をするのだが、あまりクルトの件などを聞くわけもいかず、当たり障りのない話題ばかりになってしまう。

 

 王都の強欲貴族の話題が当たり障りがないのかと言われると困るのだが、彼らがアレなのは数千年前からなので一般の世間話に相当する物になっていた。


「俺の甥達ですか。大きくなりましたね」


 家に居た頃は、たまに顔くらいは見るだけの関係であった。

 どうせ俺は家を出て行くので、なるべく接しない方が良い。


 当時の父やクルトの考えはこんな感じで、俺もそれを実践していたから碌に会話すらした事がなかったのだ。


「大きくなりましたね」


「はい、私も年を取りました。子供達も大きくなり、残る心配はカールとオスカーの将来のみです」


「俺はまだ親になっていないので良くわからないのですが、そういう物なのでしょうね」


 二人で話をしている間に、エリーゼ達が気を利かせて二人の甥にお菓子などをあげて気を逸らせてくれていた。

 

「将来に嵐が起きるかもしれませんが、なるべく遠ざかる事ですね。お子達を連れて」


「やはり、避けられませんか……」


 アマーリエ義姉さんは外部の人間であったので、クルト達の偏屈ぶりは理解しているはず。

 そして、以前ならばそれでもどうにか領主としてやって行けたのだが、今では通用しないという点にもだ。


「ここで、一時だけ凌いでも」


「ですね……」


 もう既に、領民達の大半は外に目を向けてしまった。

 そして、クルトのやり方ではもう駄目だと気が付いてしまっていたのだから。


「お子達の将来については、幾ばくか貸しがある連中が居るので何とかさせます」


「ありがとうございます」


 それから三十分ほど世間話に興じてから、アマーリエ義姉さんは子供達と共に家路につく。

 俺の甥であるカールとオスカーは、俺から竜退治の話を聞き、王都のお土産であるお菓子や玩具などを貰って嬉しそうであった。

 

「おい、何とかするって?」


「何とかします。当然、ブライヒレーダー辺境伯様にもねぇ?」


「しょうがないかね」


 別に、血の粛清をしたいわけでもないのだ。

 クルトさえ強制引退させれば、それで終わってしまう案件であり。

 というか、こんな事は性に合わないので早く終わって欲しいと思ってしまう。


「明日は、魔の森で狩りでもするかな?」


「情況が動かなければそんな物だかな」


 俺は、二人の子供を連れて家路へと向かうアマーリエ義姉さんの背中を見送りながら、なるべく早く事態が収拾するようにと、信じてもいない神に心の中で祈るのであった。

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