第四十五話 始まった冒険者生活と、新たな依頼。
私の名前は、アマデウス・フライターク・フォン・ブライヒレーダーと言い。
このリンガイア大陸南部にあるヘルムート王国の、南部地方を統括するブライヒレーダー辺境伯家の当主を務めています。
年齢は今年で三十四歳で、四人の妻に子供が息子ばかり六人と。
世間では羨ましいと思う人も多いのでしょうが、これでも苦労はしている方だと思います。
元々次男坊で本来家を継ぐ立場に無かったのに、突然父が二千人もの諸侯軍を編成して遠征を行い、そのまま戻って来なかった。
そのせいで、急遽爵位を継ぐ事になったのですから。
そもそもの遠征の目的は、山脈と広大な南端未開地を突っ切った先にある、前人未到の魔物の領域で兄の病気を治す霊薬を手に入れること。
ブライヒレーダー辺境伯家の次期当主であった兄は、優秀な頭脳を持ちながら生来病弱であり、しかもこの一年ほどで明日をも知れぬ死病に犯されていました。
『何を心配する事がある。俺が死んでも、アマデウスが継げば良い。頭でっかちな俺なんかより、アマデウスの方が当主に相応しいのだ』
兄自身は、自分のような病弱な男が貴族家の当主になるのは良くないと常々口にし。
私に家を継ぐようにと言って、結婚すらしないで父を心配させていました。
私から言わせると、兄は頭が良過ぎたのだと思います。
なまじ頭が良いから、病気を理由に当主の座を諦めて私に譲ると言ってしまう。
御家騒動の元になるから、結婚すらしない。
正しいのでしょうが、せめて他の貴族家の人達のようにもう少し欲を持ってくれれば。
もし兄が若死にしたとしても、子供が居れば私が後見して当主を継がせるという選択肢もあったでしょうし。
そんな兄を見て、父も不憫だと思って兵を出したのでしょう。
急ぎ諸侯軍を編成し、未知の領域へと遠征に赴きます。
その優しさは、最悪の結果となって返ってきたのですが。
『父は?』
『アルフレッド様が奮闘して、大量の魔物を討ち果たすも。次々と沸く魔物の大群に囲まれ、あえないお最後を……』
山脈を越えた麓にあるバウマイスター騎士爵家の援軍と共に魔の森に侵入した父達は、最初は大量の成果に士気を挙げたものの、すぐに魔物の大群に包囲され。
暫くは、筆頭お抱え魔法使いであるアルフレッドが奮戦して戦線を支えたが。
彼が力尽きて倒れると、一気に軍勢は崩壊してしまったそうです。
何とか戻って来た兵士達が私に報告を行いますが、彼らは目の焦点は虚ろだし、小さな音にも異常に反応して怖がるようになっていました。
多分、この平和な世の中では珍しい。
戦場に出た兵士がかかる、精神の病だと思います。
『ご苦労様、今はゆっくりと休んでください』
二千人が出兵して、生存者は百人といなかった。
応援を無理強いした、バウマイスター家の犠牲者は八十名ほど。
人口が八百人ほどの領地なので、人口比率に著しい不均衡が生じ。
今頃は、当主もその対策に頭を悩ませているはず。
ですが、今は寄り子の事よりも、当家に差し迫った危機の方が重要でした。
父のせいで彼らも可哀想なのですが、我が家も現在大変な状態にあったからです。
『まずは、兄さんに相談しないと……』
亡くなった父は、次期当主をまだ兄に定めていました。
なので、この遠征の失敗を死病で床に伏している兄に伝える必要があったのです。
例えそれが、兄の病状に大きなダメージを与えるとしても。
『そうか……。次期当主の権限において命令する。アマデウス、俺はご覧の有様だからお前が対策に当たってくれ』
真っ青な顔色の兄は、何とかベットの上で上半身を起こし。
私に、父亡き後のブライヒレーダー辺境伯家の舵取りを命令します。
兄の顔には、苦悩の色が見えました。
兄だって、私に全て任せてベッドの上で寝ているなどしたくないのでしょうから。
『父上は、愚かだ……。俺の事なんて、見捨てれば良かったんだ……』
翌日、メイドが朝食を持って兄の部屋に行くと、既に兄は息を引き取っていました。
世間では、兄は憤死したなどと噂されたようですが、実際にはこんな物だったのです。
間違いなく心の中では兄は激高し、それが原因で残り少ない命を燃やし尽してしまったのでしょうが。
それからの私は、大変に苦労しました。
まず最初に、一族や分家に父と兄の死を伝えて、私が次期当主になる事を発表します。
すると中には、自分こそが次期当主に相応しいなどと言う親戚もいましたし。
若い私を傀儡にして、自分が実権をなどと考える者も複数存在していたからです。
彼らに舐められてはいけない。
ところが、そのための人材すら父は全てあの世に連れ去っていました。
遠征に参加した二千人は、ブライヒレーダー辺境伯諸侯軍全体の中では一部でしたが、率いていた幹部達の質は高かったからです。
更には、ようやく迎え入れた。
最近王都で王宮筆頭魔導師になった、アームストロング導師に勝るとも劣らない魔法使いであったアルフレッドの死。
彼らの死は、新当主である私を更に追い込んでいたのです。
『(今はとにかく、出来る事を順番に……)』
父と兄の葬式を、遺漏無く行い。
王都に、ブライヒレーダー辺境伯家継承の手続きと、陛下から襲爵の儀を受けるために向かいます。
戦死した兵士達の遺族に増額した見舞い金を送り、それはバウマイスター騎士爵家も同じ条件に。
特に後者は、さすがに相場通りにするわけにはいきませんでした。
明らかにブライヒレーダー辺境伯家側が悪いのに、涙を飲んで貰う必要がありましたから当然でしょう。
なぜなら、父と兄の死後から続く混乱を突き、東部を統括するブロワ辺境伯家が、境界境で寄り子の小領主達に扇動工作などを行わせていたからです。
境界を接するうちの寄り子達と、ブロワ辺境伯側の寄り子達。
どこの貴族でも同じなのですが、領地が接していれば何らかの争いは存在します。
純粋に領地争いから、水利権、境を跨いでいる共有管理地である森や鉱山などの取り分など。
ブロワ側は、今うちを突けば良い条件で交渉可能だからと言って、彼らに動くように命じたのでしょう。
この時期に、実に嫌な事をしてくる男です。
それでも私は、どうにかこれらの混乱を収めて次第に領内を安定させていきます。
多分、間違ってしまった事なども多かったのでしょう。
遠征で迷惑をかけてしまったバウマイスター家との仲は、今では完全に悪化してしまいました。
ですが、ブライヒレーダー辺境伯家全体の利益から考えると瑣末な事。
酷い言い方だとは思いますが、私だって万能の神ではないのです。
商隊を派遣するなどの便宜は続けているので、最低限の義理は果たしていると思う事にします。
向こうがもう少し歩み寄ってくれると、こちらとしても支援の手も差し伸べ易いのですが……。
聞けば、跡取りは私を嫌っているとか。
せめて噂に聞く、知性派である五男エーリッヒに継がせるか家臣として使ってくれれば、交渉も楽なのでしょうが。
ところがそのエーリッヒ本人は、継承のゴタゴタを嫌って王都に行って下級官吏になってしまいました。
下級とはいえ、あの官吏登用試験に一発で受かるなんて。
やはり、惜しい人材ではありましたか。
私が欲しいくらいだったのですが、そのデメリットの多さから断られてしまいましたし。
『あんたの親父さんには、言いたい事が山ほどあるけどな。だが、その息子に言ってもしょうがねえな』
それでも、得られた新しい優秀な家臣も存在しました。
戦死したアルフレッドの魔法の師匠にして、竜殺しの称号まで持つ、高名な冒険者であったブランタークの登用に成功したのです。
『アルフレッドの代わりというほど、優秀じゃないけどな』
このブランターク、一番最初に会った時には口が悪い遊び人風な男にしか見えなくて、私は内心不安を感じていたものです。
ですが、実際に雇うと。
魔法使いのしての実力はアルフレッドよりも劣るものの、二十年以上も超一流の冒険者として活躍していただけの事はあり。
社会経験と、国内各地に魔法を教えた弟子などがいるためにそのツテで人脈も豊富。
もしかしたら、貴族の家臣としてならアルフレッドよりも優秀かもしれない男でした。
『ところで、ブランターク。私の叔母で……』
『お館様、それだけは勘弁してください……』
お抱えになった時点ですぐに、最初のような口調を止める切り替えの速さを持っていたブランラークは、魔法使いとしても、優秀なアドバイザーとしても、私を支えてくれるようになりました。
なぜか極端な独身主義を貫き、私の勧める縁談を全て断ってしまうという欠点があるにしてもです。
他にも色々とあったのですが、何を言いたいのかと言えば。
若かった私は、様々な人達から足を引っ張られたり、逆に助けられたりして今があるわけです。
年齢も三十歳を超え、今の私は今度は困っている若い者達にアドバイスなどをしてあげる必要があると。
私の優秀な寄り子である、バウマイスター男爵達による古代地下遺跡攻略終了報告から数日後。
所用で王都へと瞬間移動魔法で来ていた私は、三人の若者達からとある相談を受けていたのです。
「いやあ、バウマイスター男爵の魔法は便利ですね」
まずは、軽く世間話から始める事にします。
ですが、本当にこの瞬間移動の魔法は便利です。
本来なら、大金を払って魔導飛行船に乗るか、時間をかけて遠距離馬車で来ないといけない王都に一瞬で来れるのですから。
私は、週に一度。
決まった曜日の朝に、バウマイスター男爵にブライヒブルクに迎えに来て貰い。
別の決まった曜日の朝に、ブライヒブルクに送って貰う生活をこの二年半ほど続けていました。
私が王都で週の半分くらい動けるというのは、実に都合が良いのです。
私はただの大身の貴族ではなく、南部の貴族達の統括を行う身分ですから。
今までは、王都との距離感のせいでそう頻繁に顔を出せなかったのですが。
中央のロクデナシ貴族達と交渉する際に、王都常駐の重臣だけではなく、自分が実際に顔を見せると有利な事も多く。
新しい人脈作りや、繋がりを強化するための付き合いなどにも顔も出し易いわけで。
バウマイスター男爵に大金を払っても、十分に利益が出るわけです。
「ブライヒレーダー辺境伯様がヴェルに運び屋を頼んでいるのは、俺達も知っていますけど……」
「おや、悩みは想像以上に深刻なようですね」
私に相談のある、悩める若い子羊達は三名。
一人目は、まだ十五歳で、バウマイスター男爵の冒険者予備校時代からの友人にして。
同じパーティーメンバーなうえに、一応バウマイスター男爵家の従士長でもあるエルヴィン・フォン・アルニム君。
彼も、西部地方の小さな騎士爵家の五男で、バウマイスター男爵とそう生まれに違いは無いと聞いています。
冒険者予備校なら西部に幾つも存在しているのに、彼がわざわざ南部にあるブライフビルクの冒険者予備校を選んだ理由。
それは、剣の才能が優れていたために兄達から疎まれてしまったからだそうで、こんな話は特に珍しくもありませんでした。
代わりに、バウマイスター男爵と知り合えたのだから。
私などは、良しと考えた方がなどと思ってしまうのですが。
「イーナとルイーゼとは違って、俺は相談できる立場には無いんですけど……」
「その辺は、気にしないでください。君は、バウマイスター男爵の家臣ですからね。寄り子の家臣の相談ならば受けますよ。これでも、二十代は苦労の連続でしたから」
今でも苦労の連続なんですけど、ある程度は慣れたという点が大きいですね。
「ありがとうございます」
残りの二人は容易に想像が付くとは思いますが、イーナ・ズザネ・ヒレンブラントとルイーゼ・ヨランデ・アウレリア・オーフェルヴェークという十五歳の少女で。
共に、私の家臣の娘です。
槍術指南役と魔闘流指南役なので、家中では中堅といったところでしょうか?
同じく、バウマイスター男爵の冒険者予備校からの友人にして。
今では、一家を立てたバウマイスター男爵の側室候補というわけです。
家柄の問題で正妻は、ホーエンハイム枢機卿の孫娘に奪われましたけどね。
私としては、何とか一番の寵愛を受けて欲しいとか願う次第でして。
他の女性を押し付ける案は、うちの一族に適齢の女性がいなかったのと。
バウマイスター男爵から嫌がられる可能性があったので、止めていました。
「それで、イーナさんとルイーゼさんも同じ悩みがあると?」
「はい」
「物凄く深刻な悩みです」
普段は能天気にしか見えないルイーゼさんが深刻と言うくらいなのですから、本当に深刻なのでしょう。
というか、私にはどんな悩みかすぐにわかったしまったんですけど。
「重荷ですか? 二百億セントは?」
私の問いに、三人が一斉にうな垂れてしまいます。
「まあ、確かに多過ぎですよね」
「それよりも、嫌がらせに近いと思います」
確かに、ルイーゼさんの言う通りですね。
二百億セントなんて、今の私でも。
いや、ブライヒレーダー辺境伯家の貨幣保有量から考えても、すぐに揃えるのは不可能ですから。
勿論、領地も含めた総資産はその数倍はありますけど。
「冒険者が、思わぬ発見をして大金を得る。夢ではありますけど、あまりに金額が……」
普段は冷静なイーナさんも、困っているようです。
なるほど、一旗挙げるために冒険者になった者が思わぬ大金を得て周囲から羨ましがられる。
冒険者ギルドとしても、冒険者個人の成果は絶対に機密という法もないわけで。
時間が経つにつれて、噂として世間に漏れるのを防げるわけではない。
冒険者が一日に数万セントを得ると、知己の連中は羨ましがって酒くらい奢れよと言う。
数十万セントだと更に羨ましがられ、自分もそのくらい稼ぎたいなどと思われ。
数百万セントだと、これは世間一般では『百万長者』と呼ばれ、お金持ちの最低条件と見なされる事が多い。
ところが、それよりも上になると。
数十万セントから増えますが、タカリに、借金の申し込みに、おかしな詐欺投資話とか。
知人と友人も、なぜか異常に増えるんですよね。
あと、下手をすると犯罪に巻き込まれるケースも。
誰しも大金は得たいが、得れば面倒な事も増える。
世の中、なかなか侭ならない物なのです。
「(二百億セントを、今まで大金に縁など無かった少年少女にポンと渡す。なるほど、一種の嫌がらせに近いですね)」
今はまだ世間に広がっていないものの、もし彼らが大金を得た事が世間に知られたら?
額が額なので、もっと面倒な事が起こるのは容易に想像できるというもの。
金目当ての縁談の押し付けに、エルヴィン君の場合は実家が何か引き起こす可能性すらあり。
イーナさんとルイーゼさんですら、実家が何かを企む可能性があるのです。
「実家が、金貸せとか寄越せとか言うくらいなら。まだマシだと」
下手をすると、エルヴィン君の死後に遺産を相続しようと、親族が暗殺者くらい送り込みかねない。
そのくらい、物凄い金額なのですから。
特にエルヴィン君は、お兄さん達とあまり仲が良くなかったそうなので。
「ボク達も同じかな」
「私達の場合は、女性なのでもっと深刻です」
女性は基本的に家を継げないのですから、エルヴィン君のように、最悪金の力で貴族として独立するという選択肢すら使えません。
「うちの槍術道場を国中に広げるから、金出せとか。そういう話になりかねません」
「あれ? イーナさんの実家の槍術道場って、結構メジャーな流派だったような」
「先祖が、本部から免許皆伝と道場運営権を得たんですけど。このお金があれば、本部で運動してトップに立ってとか……」
「うちも、ありそうだなぁ……」
なるほど、お金の力で王国中に広がる流派道場本部のトップの立場になれれば、うちではしがない指南役でも、外に出れば他の道場主達がペコペコ頭を下げるような身分になれる。
陪臣である彼らの、ある種の立身出世の方法でもあります。
果たして、その誘惑に二人の親が耐えられるのかという事なのでしょう。
「大金過ぎて、デメリットしか感じられないんです」
「なるほど。ですが、辞退は出来ないでしょう」
王国とて、今回はバウマイスター男爵達を危険に曝してしまったというお詫びを込めてこの大金を渡しているのです。
いえ、違いますね。
ブランタークからの報告書は読みましたが、別に王国は損などしていないのです。
確かに大金は払いますが、代わりにその金額以上の資産は手に入っているわけですから。
長い目で見れば、あのくらいの金額なら取り戻して黒字になると計算済みなのでしょう。
あの財務卿なら、そのくらいは想定の範囲内でしょうし。
「ええっ! 駄目なんですか!」
『王国に返すくらいなら、俺に全部寄越せ!』とか、『陛下にかえって失礼である』とか。
後者の方は、あまりに王国が強力になり過ぎるとという貴族達の本音が出ているのでしょうけど。
私も、ただ無条件で金を返すなんてして欲しくないのですから。
「はい、駄目ですね」
「そんなぁ……」
ガックリと肩を落すエルヴィン君でしたが、他に策が無いわけでもないのです。
ただ、その説明をするのは私ではありません。
私が近くにある呼び鈴を鳴らすと、室内に一人の男性が入ってきます。
我が家が誇る、お抱え魔法使いであるブランタークです。
「よう、破産の心配は無かったんじゃないのか?」
「意地悪を言わないでくださいよ。本当に、深刻なんですから」
「すまんすまん。確かに、大金過ぎるよな」
バウマイスター男爵と同じパーティーに居たがために、普通ならクリアーすら出来ない地下遺跡を攻略して多くの成果を得た。
一定以上の報酬を受ける権利はありますし、彼らもそれに相応しい活躍をしている。
だが、二百億セントは身の破滅の原因でしかない。
では、どうするのか?
相談を受けた私ではありますが、この答えは元は同じ冒険者であったブランタークに任せた方が良いでしょう。
彼ならば、こういうケースも対応可能なはずですから。
「最初の登録時に、ギルド本部で貰った冊子は持っているな?」
「はい」
ブランタークの問いに、三人は首を縦に振りながら答えます。
「第二十七条の四項。分配金異議申し立て制度を利用する」
私には冒険者をした経験が無いので知らないのですが、さすがは歴史のあるギルド。
それなりに、規則なども整備されているようですね。
「分配金異議申し立て制度ですか?」
「はい」
ブランタークの話によると、冒険者の報酬は人数で頭割りにされるのが基本。
ですが、ある程度熟練したパーティーに新人を入れるので、その新人を見習いとして扱うために暫く報酬が低い。
もしくは、経験が少ないパーティーに熟練した経験者を入れ、アドバイスを貰いながら経験を積むので、その人が在籍する間の報酬を多くするなど。
ケースバイケースで、条件を変える事は多いのだとか。
ところが、それを悪用する冒険者も多いそうです。
「もう十分に戦力になっている新人を、低い報酬のままで脱退も許さずに拘束する。もう指導も必要ないのに、年配の冒険者がいつまでもそのパーティーに居座って多額の報酬を要求する。まあ、冒険者なんてピンキリですよ」
生きるためというか、人よりも多くの金を得たいがために他人を騙して搾取しようとする。
その辺は、冒険者でも貴族でもそう違いは無いんですけどね。
「そういう被害を受けている冒険者が、ギルド本部に異議を申し立てるわけです。すると、本部から人が来て事情聴取を行ってからケースによっては和解案を提示すると」
強制力は無いので、役に立つかはその人次第だそうですが、分配金異議申し立て制度を喰らった冒険者とパーティーは記録に残るので、また新人がその悪徳冒険者やパーティーに騙されるケースが減る。
この制度の本来の目的は、そういう部分にあるそうです。
「ですが、その制度は報酬が低いと文句を言うための物なのでしょう?」
「いえ、報酬に文句があるので異議を申し立てるための制度です。報酬が多過ぎると異議を申し立てるケースは今まで聞いた事が無いのですけど、してはいけないと規則に書かれてもいませんから」
「確かに、書いてありませんね……」
ブランタークが持っていた冊子を見ると、確かに書いてありません。
ある意味、規則の盲点を突いたとも言えます。
普通なら、報酬が多過ぎると異議を申し立てる人もいないでしょうし。
「お前ら、これを活用して坊主にみんな押し付けてしまえ」
「わかりました」
三人は良い方策が見付かったと、良い笑顔で冒険者ギルド本部へと出かけて行きました。
間違いなく、異議を申し立てられたバウマイスター男爵は『寝耳に水』なんでしょうけどね。
私としては、彼にお金が集まるのは好都合なんですけど。
「あとは、陛下や導師やルックナー財務卿などもそうなると予想していたと?」
「間違いなくそうでしょう。でなければ、こんな決定を下さないでしょうし」
数日後に、再び三人から報告を受けますが。
彼らは、一億セントを受け取ってあとは全てバウマイスター男爵の報酬に上乗せしてしまったそうです。
異議申し立て後に事情を聞きに来た審議官は、再度三人から地下遺跡での戦闘に関する報告を聞き。
もし二体目のドラゴンゴーレムをバウマイスター男爵が撃破していなかったら、三人はこの世に居なかったであろうと認定。
報酬の大半は、バウマイスター男爵が受け取る権利があると。
彼に対して、勧告案を出したようです。
しかし、普通に報酬を分配したのに、多過ぎるからと分配金異議申し立てを受けて記録に残るとは。
やはりバウマイスター男爵は、数奇な星の元に生まれたのだと思います。
理由はともわれ、分配金異議申し立てを受けた冒険者はマイナスイメージが付き纏います。
多分、冒険者ギルド側も記録を残さない案も検討したのでしょうが、記録を残さないと三人は世間から二百億セントを得たと永遠に思われてしまうわけで。
仕方なく、記録に残したというところでしょうか?
今更バウマイスター男爵にそんな記録が付いたくらいで、評価に何の影響も無いでしょうし。
逆に、地下遺跡における戦闘詳報が世間に広まって、余計に評価が上がるのでしょうけど。
あの三人に、天文学的な額の大金やら、世間からの注目は厳しいのでしょうが。
バウマイスター男爵に限っては、今更なので除外しますが。
ここは、家臣と側室二人のために我慢して欲しいところですね。
あの三人は、選択を誤らなかったわけですから。
「ところで、エリーゼの嬢ちゃんは異議を申し立てなかったですな。いや、三人は相談すらしなかった?」
「それはですね。ブランターク」
確かに、この国の女性は立場が低いわけで。
そんな中で、イーナさんとルイーゼさんが大金を持つと、周囲の男の大人達が蠢動しそうで怖いのです。
ところが、エリーゼさんはホーエンハイム枢機卿の孫娘なわけでして。
彼女に対して、いらぬちょっかいを出して来るバカはまず存在しないでしょう。
それに、あのエリーゼさんの事ですから。
そんなお金など、バウマイスター男爵に預けて終わりかもしれません。
バウマイスター男爵とてバカではないのですから、ドラゴンゴーレム撃破時に、最後の最後で気絶してまで魔力を分け与えた彼女を蔑ろにするわけもないわけでして。
三人とは違って、そんな分配金異議申し立てをする必要が無いのですから。
「寄付金も出すでしょうしね」
「そんな物は、今回は形だけですよ」
そんな目先の寄付金よりも、彼らには新しい利権が発生するので寄付金など無くても気にもしないはず。
「まさか、坊主に金が集まっているのは?」
「はい、これ以上は口に出してはいけません」
簡単に、説明しますと。
安定はしているが、ここ最近は停滞している王国経済を陛下やルックナー財務卿はどうにかしたいと思っていた。
特に、次第に広がる王都郊外にあるスラム。
これは、下手をすると王国衰退の原因にもなりかねませんし。
陛下達がどうするか考えていた時に、古代竜を撃破するとんでもない魔法使いが現れた。
しかも、その実家は南部辺境の貴族家で。
更には、そこに隣接する開発可能な広大な未開地があった。
王国単独で開発しようとすると、それに伴う巨額の予算が必要なのですが。
失敗する可能性を考えると、ルックナー財務卿もそう簡単に予算の執行には踏み切れない。
何しろ彼には、弟という対抗勢力までいるのですから。
いえ、これは正確ではありませんね。
偉い人が何か新しい事を始めようとすると、そこに必ず対抗勢力が現れる。
例えそれが良策だとしても、反対する事で利益を得る連中の抵抗を受けるのです。
失敗の可能性は、彼らからすると大変に美味しい武器なわけですね。
成功して経済が良くなる方が多くの人を幸せにするのですが、彼らはそんな事に興味は無いわけです。
話を戻しますが、突如現れた竜殺しの英雄バウマイスター男爵は、その後もパルケニア草原において二匹目の竜を倒してその開放に貢献し。
今回は、極めて利用価値の高い物が大量に眠っていた古代地下遺跡の攻略に成功と。
王国は、自ら損をする事なくバウマイスター男爵に資金を集積させる事に成功したわけで。
こうなると、後はもうあの可能性しかないわけです。
「(広大な南端未開地の開発を、かの地をバウマイスター男爵の領主にして任せてしまう)」
幸いにして、開発資金は十分過ぎるほどにあるのですから。
しかも、もし失敗してもそれはバウマイスター男爵の財布で。
王家は、払った財貨以上の資産を得ているとか。
だから、あの連中は怖いんですよね。
「(となると、次は実家の扱いですか……)」
あそこは、私でも厄介だと感じる場所ですからね。
騎士爵領に相応しい規模への、領地の縮小。
現状で全く開発もしていないので、王国で怠慢を理由に取り上げる?
手続き的には、領地の分割命令にするつもりなのでしょうか?
何にせよ、あそこの領主がどう反応するか。
現当主は冷静なんですけど、あそこの跡取りは私にも理解不能なんですよね。
今までに顔すら見た事が無いので、余計に不安を覚えるのは当たり前でしょう。
噂によると、貴族としての出来もあまり宜しくないみたいですし。
「(分割命令だけだと、反発は必至。王国側で、中央に近い適当な領地に転封とか考えているのでしょうか?)」
唯一の懸念は、中央の王国政府と南部辺境との距離感ですかね?
王国からすれば、吹けば飛ぶような騎士爵家への配慮など、必要ないと感じている可能性もあるわけでして。
それでも、下手に怒らせて開発時にちょっかいでも出されると、近場にいる寄り親の私としては迷惑なんですよね。
「(うちの足を引っ張るために、わざと放置する可能性もありますか)」
広大な規模の領地の、新規開発なわけです。
しかも、バウマイスター男爵が現状で持っているのはお金と少数の家臣のみ。
あの未開地の広さから考えて、最低でも伯爵領に。
私が居なければ、辺境伯領でも大身の部類に入る規模なのですから。
全く新しい伯爵家が、一から立ち上がるのです。
その手間から考えて、私に協力を頼まない可能性はゼロなわけでして。
手助けをすれば、そのお礼が必要となるのはこの世の条理なわけです。
この場合で言いますと、まずは伯爵家に相応しい家臣団に属する人材の斡旋。
どの貴族も、自分や家臣の縁戚で飼い殺しな連中にポストを与えたいわけです。
教会も、あの規模の領地なら幾つ教会が必要になるか。
全てに人を置くとなると、もうこれは一種の利権なわけですから。
エリーゼ嬢からの一時的な寄付金よりも、こっちの方が重要なのでしょう。
というか、その寄付金分で早く開発を進めろというのが本音でしょうね。
一つ村が出来れば、教会が一つ増えてその分だけ聖職者が必要となる。
あの規模の領地だと、かなり大きめの支部も必要なのでその幹部ポストも増えるはず。
そんな事は、子供にでもわかる道理ですから。
次に、開発で必要な人手の斡旋。
自分の領内の商会や領民達が、新規の商いや出稼ぎで仕事を得るチャンスなのです。
そして彼らが、稼いだ金を故郷に持ち帰って領内で消費する。
距離的に考えると、実は南部貴族達にその恩恵が大きいわけでして。
その私を含めた南部貴族達が得る利権を少しでも奪い取るために、あのコブのような実家への対処が適当になっている。
『相手は小身なのだから』、という理由にして。
「(一度、あの連中を突いてみますか。ちょうど、バウマイスター男爵にしか頼めない冒険者向けの依頼もありますしね)」
あまり考え過ぎても意味がありませんし、実は王国側も何か変化を待ってから動く可能性もあるわけでして。
私は、バウマイスター男爵に仕事を頼もうと考え、ブランタークと詳細な打ち合わせに入るのでした。
「また、付き添いですか?」
「今回は、そこまで危険じゃないですから」
「危険度で言えばそうですけど、面倒な交渉が……」
「交渉が面倒になるかは、相手次第ですよ」
「きっと、騒動になりますから」
それでも私は、ブライヒレーダー辺境伯として多くの領民達の生活を守る義務があるのです。
なので、心を鬼にして情況を動かす決断をするのでした。
「久しぶりに、戻って来た感じだな」
「俺は、先週に荷物を運んで」
「ヴェルはな」
突然の二年半にも及ぶ王都留学に、冒険者デビューにおいて初めての地下遺跡探索で死に掛けたりと。
色々と大人と政治が絡む案件を無事に解決し終えた俺達は、ようやくブライヒブルクにある自分の屋敷へと帰還していた。
実は、瞬間移動の魔法が使える関係でたまに戻ってはいたのだが、冒険者として必要な学習と訓練に忙しく。
休みもエリーゼとのデートなどがあったので、実質的に屋敷に居た時間はそれほどでもない。
せっかく設備も良い屋敷なので少々残念だったのだが、これでようやく自分の屋敷に腰を据える事が可能になっていた。
初仕事で厄介な地下遺跡の攻略を終えた俺達は、発見した物や施設に対する報酬を受け取ると、エーリッヒ兄さん達やブラント家の人々。
それに、アームストロング導師やワーレンさんなど。
王都でお世話になった人々に挨拶をしてから、瞬間移動の魔法でブライヒブルクに戻っていた。
実はその過程で、エル達三人が得た報酬の大半を俺に返すという事件が発生していた。
あまりに大金過ぎて、厄介の種になるからいらないのだそうだ。
しかもご丁寧に、冒険者ギルドの分配金異議申し立て制度まで利用してだ。
この制度を使わないと公式に記録が残らないので、次第に噂が広がって三人が大金を持っているという情報だけが広がってしまうからであろう。
更に、エリーゼも俺に得た大金の大半を預けてしまっている。
支払いは二十年分割とはいえ、また増えた白金貨ではなくて王国政府発行の『王国札』五枚は魔法の袋の中だ。
この王国札とは、魔道具の仕組みを利用して作られた木製の札で。
王城に持参して申請すると、そこに書かれた金額分の財貨と交換してくれるという物である。
昔で言うところの、藩札のような物かもしれない。
魔道具技術を使っているのは偽造対策だと思われるが、持っている人自体が稀少であり。
担当者が所有者の顔を簡単に覚えられるので、偽造事件は今まで一件も発生していないそうだ。
バレ易い王国札の偽造で、贋金造りは死刑という刑法に挑戦する人は存在しないのであろう。
銀貨・金貨などはたまに偽造事件が発生し、犯人が捕まって処刑されているようであったが。
当然、王国札は滅多に見られる物ではない。
白金貨で支払うのも困難な事例のみで渡される、滅多に流通しない物だからだ。
ちなみに、今回の王国札の額面は一枚十億セント。
なので俺は、一億セント以上の報酬を遠慮したエル達に自分が持っていた白金貨百枚を渡し、この王国札を受け取っていた。
エル達は、もう一つ報酬の桁が低くても問題はないと言ったのだが、さすがにそれだと報酬の分配比率が小さ過ぎてしまう。
なので、半ば強引に一億セントを渡していた。
『俺も、連れて行けよ。経費削減をお館様から言われているしな』
話しを戻すが、ブランタークさんからも一緒に連れて行くように頼まれたので、俺は彼も連れてブライヒブルクに戻る事となる。
俺の瞬間移動の魔法は、あれからいくら訓練しても自分を含めて六人までしか運べなかったが、今回はギリギリ一回の移動で済んでいた。
『今度から、王都に用事がある時には坊主に頼む事にするわ』
『俺が、冒険者の仕事で居ない時には?』
『一日・二日待っても早いからな。経費も節約できるし』
大変に便利なので、ブランタークさんとその親玉であるブライヒレーダー辺境伯には目を付けられてしまったようだ。
どうせ瞬間移動や通信の魔法が使える魔法使いは、在野にある人物でもその登録が義務付けられるので、まず隠す事は不可能になっている。
治安維持のためと、有事の際に徴集される可能性があるという事のようだ。
その徴集自体が、ここ二百年近くも無いにしても。
そんなわけで、俺はブランタークさんも連れてブライヒブルクへと戻り、すぐにブライヒレーダー辺境伯へと報告。
続けてその足で、冒険者ギルドブライヒブルク支部へと移転届けを出し、この数日間はブライヒブルクから一番近い魔物の領域で普通に魔物を狩っていた。
いきなり最初から王国強制依頼を受けさせられる冒険者など本来はあり得ず、普通はこのように地道に魔物を狩るものなのだ。
ギルドから指示された魔物の領域である森へと向かい、そこで次々と魔物を狩る。
熊に似た魔物に、狼に似た魔物、猪に似た魔物。
この手の魔物は、長生きした野生動物がなぜか領域に誘われ。
そこで突然変異を起こし、魔物へと変化するらしい。
その他の特徴としては、普通の野生動物の数倍もの大きさである事と、その体内に魔石を持っている事。
あとは、繁殖力と成長が尋常では無くなるのと、肉や骨や毛皮や牙などの素材が高く売れる事であろうか。
ただ、通常の数倍の大きさの熊など、普通の人間にどうにか出来る物でもない。
下手をすると、腕の一振りで即死してしまう。
そういう危険性を含めての、高額の報酬を得られる冒険者稼業でもあったのだ。
「何か、エルとイーナが張り切ってる」
「デビュー戦で、あまりに常識外れだったからだと……」
確かにエリーゼの言う通りで、地下遺跡探索ではエルもイーナも極限状態を経験している。
二体目のドラゴンゴーレム戦でも、俺とブランタークさんが長時間魔法で戦っている間、迫り来るゴーレム達の相手で奔走していた。
役に立たないよりはマシなのであろうが、デビュー戦でいきなりアレは無いと思うわけで。
間違いなく、普通の冒険者稼業なので張り切っているのであろう。
ルイーゼはいつもあんな感じなので変化は無かったし、エリーゼは回復役なので誰かが怪我をしないと出番が無かった。
食事当番以外では。
「さて、もう結構狩ったから帰るか」
森に入った直後からエルとイーナは最前線で魔物を狩り続けていて、ルイーゼはその補佐を。
俺とエリーゼは、後方の魔法障壁の中で万が一の時に備えて待機していたが、もう数は十分に狩ったはずだ。
俺はそう判断して、撤収をみんなに薦めていた。
「そうだね。もう十分に狩ったみたいだし」
「あの、ルイーゼさんは狩りをしなくても良いのですか?」
「あの二人に譲って補佐に入っているけど、全然出番が無いね」
この数日、エルとイーナは自分達が中心となって結構な数の獲物を狩っていた。
これだけ狩れば十分に満足したであろうし、良い経験にもなったであろう。
別に、俺達が手を抜いたり、気を抜いているわけではないのだ。
「他所の無責任な外野が、エル達に文句タラタラなんだよね」
どの世界でも、恐ろしきは他人の嫉妬という奴であった。
竜を退治した俺に対しても、『餓鬼が運に恵まれた』と噂する貴族や魔法使いがいるし。
ルイーゼに対しても、『未熟な餓鬼』と批判する魔闘流を習っている連中が存在する。
さすがに聖女扱いされていたエリーゼに対する悪評は出ていなかったが、エルとイーナには更に厳しい悪口を言う連中がいたのだ。
『運良く、バウマイスター男爵に付いていただけの癖に』
地下遺跡探索で多額の報酬を得てしまった件で、余計に言われるようになってしまったらしい。
普通の地下遺跡探索で、あれほどの報酬を得られたのは奇跡という他はない。
見付かった物が貴重であったので、王国が独占するために高く買い取ったという点も大きかった。
大半を辞退して俺に押し付けた事実が判明しても、その額は一人白金貨百枚なので、日本円にしておよそ百億円。
普通の冒険者が一生努力しても得られない大金であったので、余計に非難が集まってしまったのだ。
俺の方にも、『あんな若造や小娘よりも、俺達の方が使えますぜ』とか抜かす、変な連中が沸いて難儀したりもしていたし。
ルイーゼに関しては、あのアームストロング導師の弟子という時点で表立って非難する連中は存在しなかった。
あの導師に、正々堂々と喧嘩を売る人は居ないらしい。
俺でも、そんな無謀な事はしないのだから当然とも言えた。
「あれだけの成果を挙げたパーティーに居て、報酬の大半を辞退したのにですか?」
「それでも、一億セントだからね。文句を言いたい人も多いんでしょう」
エリーゼは納得いかないようであったが、一部でもとんでもない金額だからなのだ。
特にあの中でも、魔導飛行船の価値は大きい。
現在稼動に成功した新しい魔導飛行船は、増便や目的地の増加などを行い、王国内で旅客船として利用され始めていた。
運賃で維持費や船員の給料を賄い、修理や運用技術などの習得も行える。
普段は王国内の流通に貢献し、戦時には有力な遊撃戦力や兵站維持などにも役に立つ。
ヘルムート王国では、俺達が王都に行く前までは予備も含めて八隻が稼動状態にあった。
それが、アンデット古代竜から出た超巨大魔石が手に入り、今までは究極の場所塞ぎであった超巨大魔導飛行船の就役に成功。
この船は、俺達が住まう大陸であるリンガイアの名を付けられ、現在は軍で訓練が進んでいる。
続けて、グレートグラントから出た魔石でもう一隻が就役可能となり、この船は既に既存の航路を飛行していた。
そして今度は、地下遺跡から出た使用可能な七隻に、ドラゴンゴーレム二体から出た魔晶石に、地下遺跡の動力源であった二つと合わせてもう四隻が稼動可能になったそうだ。
つまり、俺達のおかげで王国は稼動可能な魔導飛行船が倍以上の二十隻になり、更に軍でも一隻の超巨大魔導飛行船の戦力化が進んでいる。
北方のアーカート神聖帝国に対して軍事的にかなり優位に立てたはずで、それだけの報酬を貰う権利があるという事なのだ。
エルやイーナを非難する連中からすれば、その運の良さが気入らないのであろうが。
「そうだな。そろそろ帰るか」
エルも、もう十分だと思ったらしい。
剣を布で拭いながら俺達に声をかける。
「良い切れ味の剣のようだな」
「そりゃあ、大金を得たんだ。良い得物を買うさ」
エルは、獲得した報酬で良い剣を購入したようだ。
というか、エルは暇さえあれば武器屋で剣を眺めているし、予備も含めて十本近い剣を所持している。
何でも、子供の頃は兄達が使い古したボロボロの剣しか使えなかったので、つい新しい良い剣が欲しくなってしまうそうだ。
「俺には、剣の良さが良くわからん。鑑定の魔法を使わないと」
「お前、一応は騎士の家の子じゃないか」
剣にまるで無頓着な俺に、エルが笑いながら半分冗談で文句を言う。
確かに十二歳くらいまでは、一応朝に一時間ほどの基礎訓練は欠かさずしてはいた。
だが、まるで才能が無いので、今では魔法と弓に完全にシフトしてしまっていたのだ。
「一応な。子供でも生まれたら、良い家庭教師を雇って教えさせるさ」
俺も一応は、男爵という身分にある。
遺伝的に魔法の才能が子に伝わるのが奇跡のような確率である以上、子供には普通の貴族教育をしなければいけないと思っていたのだ。
「そういうのは、俺が教えるから」
「そういえば、エルは俺の家臣だったよな」
まるで実績が無いので無給で名目だけであったが、エル達は俺の家臣という事になっていた。
「でもさ。せっかく大金を得たんだから、領地でも開拓したら?」
王国において、金で爵位を買う行為は忌避されている。
人様に売るのであれば、その前に継承可能な者に譲るか、養子を取るか、王国に返上するのが筋だからだ。
その養子も、成り上がりの商人などが爵位を金で買うのを防ぐため、養子になれる血筋などの条件が厳しくなっている。
エーリッヒ兄さんの場合は、兄さんが貴族の子供だったので比較的簡単に認められたに過ぎない。
いきなり商人などが婿養子に入ろうとすれば、すぐにお上から不許可という判定が下ってしまうからだ。
あとは、自分で無人の地を開墾してそこを領地に認めて貰うという手もある。
王国に貢献しているので、これは血筋など関係なく誰でも貴族にはなれるが、無人の地を一から開発して行くのだ。
当然、並大抵の努力では成功は覚束なかった。
単に腕っ節が強かったり、魔法が得意だったり、金があれば良いという物ではないのだ。
多くの人を効率良く使っていく手腕。
それが無ければ、ただ単に金を無駄にしてしまう。
大金をかけて領有を認められても、その資金回収に何十年規模でかかり、その間は手弁当で手持ちの資金ばかり減っていく事も多い。
開発資金回収に焦って住民に重税をかけ、まだ土地に愛着がない彼らに逃げられて領地を駄目にしてしまう領主なども意外と多いそうだ。
当然、それが王国にバレれば、その領主は統治能力無しとして爵位と領地を没収されてしまう。
つまり、かけたお金が無駄になってしまうのだ。
王国は、無制限に貴族を増やさないために厳しいルールを定めている。
大分、既得権益に配慮したルールと言えなくもないが、ルールを定めるのが貴族なので、それは仕方のない事なのかもしれない。
それに、領地開発に成功して貴族になっている人も実在するのだから。
「成功も覚束ない領地開発で金を使いたくない。現金で残せば、相続する子孫も自由に使えるし」
王国では相続税が存在しないので、現金や貴金属、家や収穫可能な田畑などで持っていた方が有利なのだ。
金が社会に出回り難いかもしれないのだが、その金を回すのが金持ちの放蕩息子の役割になっているので、この世界ではそれでバランスが取れていた。
「だよなぁ。領地運営には手間がかかるし」
「有能で信頼できる代官でも見付ければ別だけど」
狩った獲物を魔法の袋に仕舞いながら、俺とエルは共に領地運営には手を出さない方針で意見の一致を見ていた。
ただ、俺を取り巻く環境は、次第に厳しさを増しているようにも感じていたが。
「しかし、今日は大猟で良かった」
獲物を仕舞う魔法の袋であったが、これは俺が別に幾つか製作していた。
基本的に才能が必要な魔道具だが、魔法の袋は比較的簡単に作れる。
『魔法使い専用』という条件はあったが。
一般人程度の魔力量では汎用品しか使えないが、その汎用品は俺には全く手が出ないほど製作するのが難しい。
だが、ルイーゼやエリーゼくらい魔力がある人が使うなら、俺にでも簡単に作れるのだ。
「魔物だから、普通の動物のお肉よりも高く売れますしね」
「現状で、俺達にさほど金は必要ないけどな」
それでも、無くて首が回らないよりはマシと考え、エリーゼが持っている魔法の袋に獲物を回収してから、俺達はブライヒブルクへの帰途に着く。
瞬間移動魔法で、一気にブライヒブルクのギルド裏庭まで飛び、受付で獲物を納めてから商業街へと向かう。
今日はみんなで仕事をしたので、夕食はレストランで済ます事にしたのだ。
いつもは、なるべく女性陣が作ろうとするのだが、彼女達も俺達と同じ条件で冒険者として働いているのだ。
家事で、余計な負担をかけるべきではない。
俺もエルも、そのように考えていた。
「結構、魔物との戦闘にも慣れたと思うけど」
「そうね」
元々エルもイーナも、他のパーティーに居ればすぐに超一流の強さを持つ冒険者として認識される存在だ。
もう魔物の領域の入り口近くで、戦闘に慣れるための狩りは必要ないはずだ。
「もう少し奥で戦うとか?」
「でも、そんなに魔物の種類は変わらないと思うけど」
よほど奥に入らないと魔物の種類などそう変わる物でもないし、どちらかと言うと場所や地域差の方が大きいからだ。
あとは、属性竜などのその領域のボスにして食物連鎖のトップが魔物を纏めているのは常識であったが、その存在が発見される事は滅多にない。
そう簡単に見付かって討伐されていれば、とっくに魔物の領域など全滅しているはずだからだ。
「冒険者稼業なんて、大半がこれだしな」
今さら近場で、そう新しい遺跡や迷宮など見付からないのが普通だ。
見付けたければ遠出をしないといけないし、見付かってもそんな遠方に探索に出かけるには実力が無いと難しい。
人里離れているので、野営や戦闘の機会が増えるので素人には難しいからだ。
「よう、坊主達じゃねえか」
いきなり後ろから声をかけられたので振り返ると、そこにはえらく笑顔のブランタークさんが立っていた。
昔は凄腕の冒険者として、今はブライヒレーダー辺境伯のお抱え魔法使いとして。
後者はえらく苦労しているようであったが、今の笑顔を見るとただ嫌な予感しかしない。
多分、ブライヒレーダー辺境伯の依頼で俺達を待っていたのであろう。
「夕食なら、ブライヒレーダー辺境伯邸でご馳走するってよ」
「嫌な予感しかしませんけど」
「そう言うなよ。うちのお館様は、坊主の寄り親じゃねえか」
「ブランタークさん、本当にそう思ってます?」
「……」
顔を引き攣らせるブランタークさんを見ながら、俺達は心の底から宮仕えって大変だよなと思ってしまうのであった。
「まだ日は浅いですけど、君達の評判は上々ですね。私も、寄り親として誇りに思いますよ」
ブランタークさんによって半ば強引にブライヒレーダー辺境伯邸に案内された俺達は、そこで贅を尽くした料理を振舞われていた。
ブライヒレーダー辺境伯は、俺の婚約者であるエリーゼにもご機嫌で料理を勧めている。
内心では色々と思う所もあるのであろうが、下手に教会のお偉いさんの孫娘を敵に回すわけにもいかないのであろう。
少なくとも、無下に扱うという事は無いようだ。
ニコニコしながら、彼女にも料理を勧めていた。
「竜に、ゴーレムに、色々な魔物にと。苦戦している様子はないようですね」
「今の所は……」
いや、実際には大苦戦している。
というか、死に掛けたほどだ。
あんな極物は、もう二度と出ないで欲しいと思う俺達であった。
「竜を倒せるのなら、他の魔物もほぼ大丈夫かな?」
「条件によります」
本当に、条件によるのだ。
非業の死を遂げた師匠だって、その気になれば竜に遅れを取る事などない。
倒せなくても、倒される前に逃げるくらいは余裕で出来たはずなのだから。
それでも、主君や味方の軍勢を守りながらの、魔物の群れによる数の暴力には抗えなかった。
自分一人なら逃げ出せたであろうが、雇い主とその軍勢を置いていけなかったのであろう。
それよりも未熟な俺なので、条件によっては師匠よりも呆気なく死んでしまう可能性があったのだ。
「そうですね。条件によりますよね。ただ、君に一つお願いしたい事がありまして……」
そのブライヒレーダー辺境伯のお願いとは、わざわざここに呼び出した事からも考えて、間違いなくギルドを通さない依頼であろう。
本当であればギルドからは嫌がられるのだが、ブライヒレーダー辺境伯はブライヒブルクの統治者であるので、多分ギルドとはもう相談が済んでいる可能性が高かった。
「それで、どのような依頼で?」
この場合、断るという選択肢はあり得なかった。
駄目なら撤退して、失敗と報告した方がマシなはずだ。
何しろ、この依頼はギルドを通していないので、失敗しても経歴に傷が付かないのだから。
「ある種の討伐依頼ですね」
「ある種のですか?」
「我が父の後始末ですよ」
その一言だけで、俺は全てを察していた。
ブライヒレーダー辺境伯の依頼とは、先代ブライヒレーダー辺境伯の我が侭から始まり、俺の師匠と実家も巻き込んだあの無謀な魔の森への遠征の後始末であろう。
「二千人近くの人間が死んで、魔物の領域に残されたのです。これの後始末が必要となります」
正確に言うと、ほぼ間違いなくアンデット化しているであろう、彼らの浄化が主な依頼となるはずだ。
師匠のように強い自我を持ったまま、語り死人になる例は非常に少ない。
大半は、ゾンビからグール、スケルトンやレイスなど順に次々と進化していく。
悪霊化した魂が数百個も纏まって集合体になったら、もう俺やエリーゼクラスの聖魔法でないと浄化は困難になる。
集合体にならなくとも、数が多いので浄化は非常に困難なはずだ。
そもそも、魔の森の場所が問題だ。
ここから南の山脈を越えたバウマイスター騎士爵領から、更に広大な未開地を南に数百キロ。
南東の果てにある、魔の森なのだから。
「君は、瞬間移動で魔の森に行けますよね?」
「ええ、まあ……」
普通の冒険者なら、魔の森へ行くだけで骨だ。
ところが俺は子供の頃からの探索で、瞬間移動の魔法で自由に魔の森の入り口までは行ける。
その辺の事情が、既にブライヒレーダー辺境伯にも知られているのであろう。
「ええと……。でも、勝手にバウマイスター騎士爵領内にある魔の森の探索は……」
「大丈夫です。あなたのお父上は、寄り親の頼みは断りませんから」
確かに、あの超保守的で領地の保全しか考えていない父が、寄り親であるブライヒレーダー辺境伯の頼みを断るはずがないからだ。
それに今回のケースでは、俺達だけで魔の森に行くわけで、父達に援軍を求めているわけでもない。
許可だけ出せば良いので、そう面倒な事にはならないはずだと。
「もし数百年後くらいに、あの森に冒険者が入るようになったとして。共食いで強化されたアンデットが侵入者を襲い、その原因がうちだと知れると評判が落ちますし」
「(大物貴族の面子って、面倒だな。これで、断る望みが消えたか。しかし、最低でもアンデットが二千って……)」
まあ、駄目なら逃げれば良いかと考えながら、俺はせめてもの仕返しに出された料理のお替りを始めるのであった。