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第四十三話 地下遺跡の戦利品。

「のう、アームストロングよ」


「はい」


「心配ではあるの」


「少しだけではありますが」


 ちょうどヴェンデリンが、二体目のドラゴンゴーレム破壊に成功した直後。

 王宮内のヘルムート三十七世の私室において、ヘルムート三十七世とアームストロング導師はまたワインを飲みながら話をしていた。


「無責任な王宮雀共は、バウマイスター男爵が死んだのではないかと。特に、アレが騒いでおるわ」


「ルックナー会計監査長ですな」


 共に財務系ながら、侯爵位を継げた兄ルックナー財務卿と、継げなかった弟ルックナー会計監査長の仲の悪さは有名だ。

 

 そもそも、その役職からして両者の仲が良いはずもない。

 予算を編成して執行する財務卿に、予算の使用状況を調査して無駄を指摘する会計監査長にと。


 このところは、弟の兄への攻撃も激しくなっている。

 兄と同じ派閥の者や、子飼いの連中のミスや無駄遣いを執拗に追及しつつ、自分の派閥や子飼いの連中には手心を加える。

 

 そしてそれを、逆に兄から指摘されと。


 周囲は、この二人は死ぬまでこうやって争っているのであろうなと思っているほどだ。


 しかもこの二人、バウマイスター男爵の扱いでも正反対の対応を見せていた。


「ルックナー財務卿は、兄との繋がりでバウマイスター男爵と縁があるからの」


 逆に、弟のルックナー会計監査長は縁を結べなかったので、彼と敵対している。

 別に、碌に顔も合わせていないバウマイスター男爵に恨みがあるわけでもない。


 むしろ、認知していない子供を雇って貰えたから恩があるはずなのに、なぜか彼と敵対しているのだ。


 あまりに兄への憎悪が強く、『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』というやつらしい。


「あとは、ルックナー財務卿に反感を持つ連中を纏め、対立派閥を維持するためであろうがの」


 共に財務系で、ルックナー会計監査長は兄を蹴落として財務卿の地位が欲しい。

 そのためには、彼やその係累と仲良くするわけにはいかなかったのだ。


「話を戻しますが、遺跡探索で一週間連絡が取れないくらいで大げさですな」


「経験者は、そう思うのか」


「ええ。大規模な地下遺跡なら、最低でもそのくらいは潜りっ放しゆえに」


「なるほどの。では、ルックナー会計監査長は罪深い男よの」


 何が罪深いのかと言うと、バウマイスター男爵が死んだかもしれないので、その後継者候補に連絡を取っていると報告が入っていたのだ。


「後継者候補ですか?」


「未婚ではあるが、兄弟に親族もおる」


「ですが……」


 万が一の事も考えて、バウマイスター男爵はアームストロング導師に継承者の順位は伝えてある。

 屋敷に遺書もあるし、それはルックナー会計監査長の子供である家令ローデリヒが、使用人を統率して厳重に管理している。


 ローデリヒは、ルックナー会計監査長の子供ではある。

 だが、ルックナー会計監査長側が認知もせず顔も合わせていないせいで、ローデリヒは彼を実の父親だとは思っていないそうだ。


 無責任に生ませて放置したせいで、恨みはあっても恩など一つも無く。

 ゆえに、裏切る可能性は皆無とも言えた。

 むしろ、喜んで実の父親と敵対するであろうと。


 悲しい話ではあるが、貴族の中には無責任に平民の娘に子供を生ませ、認知もせずに放置する人も多い。

 血は水より濃いとは言うが、その濃さが肉親間の憎悪を増幅するケースもあるのだ。


「兄達の子供に、年齢順に継承権を与えているようですな」


 継承権一位に、数ヶ月前に生まれたばかりのエーリッヒの長男イェルンを。

 次に、パウルとヘルムートに生まれる予定で、現在妻達のお腹にいる子供達にと。

 もし生まれた子供が女なら、婿を取るので何の問題もない事になっていた。


 周囲からすると、今バウマイスター男爵に死なれると困るが、万が一に備えて遺言くらいは残しておいて欲しい。

 その結果の、早過ぎる遺言でもあった。


 王族や貴族ならばそう珍しくもないのだが、たまにそれを忘れて当主が急死し、いらぬ争いを呼ぶケースもあるので必要な処置とも言える。


「それがの。実家の長男に連絡を取ろうとしておるようじゃ」


「あの南の僻地のですか?」


「そうじゃ。バウマイスター男爵の実家のな」


 場所が場所なので、連絡には時間がかかるはず。

 しかも、長男には男の子が二人居るが、バウマイスター男爵は継承順位すら指定していない。

 

 遺言状が無ければ継承権は上なのだが、あるので継承の目などまず無く。


 つまり、ルックナー会計監査長の暴走とも言えたのだ。

 というか、彼がバウマイスター男爵家の継承に口を出す権利はない。

 完全な、スタンドプレーであった。


「可哀想にの。長男は、ぬか喜びに終わって」


 自分の子供のどちらかを、財産があるバウマイスター男爵家の跡取りに。

 そんな嘘を言って翻弄する、中央の罪深い貴族ルックナー会計監査長と。


 ルックナー会計監査長は、別に長男の子供が跡を継げなくても構わないのだ。

 騙された長男が、その怒りをルックナー財務卿やその係累にぶつけて混乱を巻き起こしてくれるのなら。


 間違いなく、バウマイスター男爵が死んでいても、継承権はエーリッヒ達の子供に移る事となる。

 屋敷にそう書かれた遺言状があるし、その写しは王国の公的な役所である貴族血統局にも保管されているので、まず異議を唱えても認められないであろうからだ。


 勿論、そんな事は中央が長いルックナー会計監査長とて十分に承知している。

 間違いなく、その結果を踏まえてから、その決定に不満を抱く長男にこう囁くのであろう。


『貴殿の子供の男爵位継承は、家を出た弟達によって阻まれた。彼らは、長男だから正統に継承者となった貴殿が憎いのだ』


 他家の兄弟の仲を引き裂き、それを利用して実の兄に混乱を与える。

 とんでもない輩とも言えるが、別に中央の法衣貴族でそんな連中など珍しくも無い。


 いつもある、風物詩のような物であった。


「僻地とはいえ、普通に爵位を継げる者を翻弄か。あの男も、相当に罪深い」


「あの男、一見貴族の習性として動いているように見えて、実は兄が憎いだけですからな」


 自分の方が優秀なのに、侯爵家とその財産を兄に奪われた。

 苦労して法衣男爵にはなったものの、いつも兄は自分の邪魔をしてくる。

 そんな憎しみのみで、五十年近くも兄と敵対しているのだから、ある意味ルックナー会計監査長は情熱の人でもあったのだ。


 物凄く、他人には迷惑な情熱とも言えたのだが。


「そもそも、あのブランタークが付いていてバウマイスター男爵が死ぬはずも無い。無意味な行動であるな」


 とはいえ、ヘルムート三十七世は覚悟していた。

 一部のバカのせいで、南方で何か騒ぎが起きる可能性が強まったと。

 バウマイスター男爵が死んでいても生きていても、それは将来確実に起こるはず。

 実家の領地に残る長男と、家を出た弟達による少々生臭い兄弟喧嘩がだ。


 こればかりは、本人達が気を付けていてもこの有様である。

 周囲に煽る者が居て、それに誰かが乗ってしまえばこうなってしまうのだと。


「バウマイスター男爵は、既に成人している。余計に長男も、不安を感じているであろうしの」


「大人しくしていれば良いものを」


「本人としては、大人しく篭っていたいのであろう。外部から唆す輩がいて、それに抗う能力が無いから場当たり的に動く。しかも、それを自分の愚かさだと気が付きもしない」


「唆されないで、動かない可能性は?」


「余が想像するに、ありえん。なので、王国千年の計のため、犠牲となる小になって貰うつもりだ。まあ、もう少し待ちの時間は必要であろうが」


「某としては、かの長男が自重する事を祈るまでです」


「余とて、その方が楽だがの」


 二人はワインを飲みながら、それから暫く話を続ける。

 そして三日半後、バウマイスター男爵達が無事に地下遺跡を攻略したという報告を受けるのであった。


 同時に、これで収まらない輩もいるであろうと思いながら。





「あーーーあ、ヴェルは重いよな」


「エルは、ヴェルが男だから重いんでしょう?」


「そうだな。エリーゼなら、背負い甲斐もあると言う物だ」


「ヴェルに言い付けてやる」


「卑怯な……」


 ブランタークさん、エリーゼ、ヴェルと。

 三人もの魔法使いが全ての魔力を消耗して意識を失っている中で、俺達は頭部を破壊されたドラゴンゴーレムの後ろにある扉へと歩いて移動していた。


 あのエリーゼが使用した聖治癒魔法『奇跡の光』によって魔力をある程度回復させたヴェルは、その全てを無属性魔法に込めてドラゴンゴーレムにぶつけていた。

 ドラゴンゴーレムが口から吐く無属性のブレスを押し返し、逆にその口腔内に無属性の魔法を叩き込んだのだ。


 当然、ドラゴンゴーレムの頭部は、哀れ大爆発の後に完全に吹き飛ぶ事となる。

 更に、その頭部にはドラゴンゴーレムの人工人格も搭載されていたらしい。

 すぐに動きを止め、続けて俺達が下り階段前で防いでいたゴーレム達も一斉に動きを止める。


 どうやらあのドラゴンゴーレムが、この地下遺跡の防衛システムの要であったようだ。


 何はともわれ、まだ動ける三人で意識を失っている三人を背負って逃げる羽目にならないで助かった。

 正直、この五日間か六日間で、俺達は疲労の極地にあったのだから。


「地下遺跡の探索は、ヴェル達が目を醒ましてからだな」


「ええ」


 その前に、ちゃんと休める場所を確保しないといけない。

 あとは、地上への出口であろうか?


 幸いにして、あの大量の存在するゴーレムはもう一体も動いていない。

 更に先にある扉を開けると、そこには直前まで人が住んでいたかのような居住空間が広がっていた。


「大昔の地下遺跡の部屋なのに……」


 ルイーゼは、埃一つない書斎やリビング、キッチン、バスルームなどに驚いているようだ。

 だが、古代魔法文明時代の遺跡では、そんなに珍しい物でもない。


 何でも、今はロストマジックになっている状態保存の魔法がかけられているからだそうだ。

 この魔法が効いていると、数千年前の物でもまるで劣化しないらしい。


「とにかく、三人を寝かせないと」


「そうだな」


 見付かった寝室にはベッドが四つ置かれていたので、一つにイーナが背負っていたブランタークさんを。

 もう一つに、俺が背負っていたヴェルを寝かせる。


「うーーーん、今回の功労者だからなぁ」


 続けて、エリーゼを背負っていたルイーゼであったが。

 彼女は少し悩んでから、エリーゼをヴェルの隣に寝かせていた。


「優しいじゃないか」


「少々の嫉妬はあっても、エリーゼの『奇跡の光』のおかげで、みんな生き残れたわけだし」


 確かに、エリーゼが居なければパーティーは全滅していたであろう。

 あそこでヴェルだけが犠牲になって、俺達を一時的に生き延びさせても、後の展開にまるで希望が持てなかったからだ。


「『奇跡の光』か。凄い魔法なんだよな?」


「当たり前でしょう。その教会に一人使える人がいれば、信徒達から拝まれるレベルの魔法なのよ」


 どんな重傷者でも一発で全快させるので、とにかくインパクトが強いのだとイーナが説明していた。

 

 例えば、馬車に轢かれて瀕死の重傷になった子供を、母親が抱き抱えながら教会へと駆け込む。

 泣きながら、子供を助けて欲しいと願う母親。

 そこに、『奇跡の光』の使い手が登場。

 素早く子供を治し、子供は元気に走り回る。


 教会発行の聖人列伝にも記載されている、現実にもたまにある奇跡の光景というやつだ。

 目に見える奇跡なので、信徒達にも人気のシチュエーションなのだ。


 教会の人気を支えていると言っても、過言ではなかった。


「へえ、そうなんだ。でも、変だな?」


「何が?」


「『奇跡の光』って、キスをしないと効果がないの?」


「そう言われると……」


 キスをしないと発動しないとなると、上の奇跡の構図がおかしな事になる。

 もし『奇跡の光』を使える魔法使いが、子供にキスをしながら魔法を使うと。


 教会でも禁忌となっている、同性愛的な組み合わせになる可能性があるからだ。


 これでは、聖人列伝への掲載は難しい。


「あーーーっ! どさくさに紛れて!」


「というか、魔法にキスなんてあるか!」


 ルイーゼばかりでなく、珍しくイーナも大声を上げていた。

 どうやらエリーゼは、あの危機的場面でちゃっかりとヴェルにキスまでして、その気を魅いていたようだ。

 加えて、気絶するまで自分の残存魔力を全て使っての、献身的な魔力回復と。


 アレをやられて、落ちない男など居ないのではないかと。

 少なくとも俺は、ヴェルが物凄く羨ましいと感じていた。


 エリーゼが、本当の天使に見えるような光景であったからだ。


「(エリーゼって、実は物凄く自分の女の魅力を理解しているよな……)」


 逆に言うと、もうヴェルはエリーゼから逃げられないような気もする。

 ヴェルも基本的にはエリーゼが好きなので、本人は何の疑問も不満も抱かないのであろうが。


「(ホーエンハイム枢機卿、あんたの孫娘教育は間違ってないんだな……)」


 エリーゼの魅力にどっぷりと浸かり、そこから抜け出すつもりも無い、半ば尻に敷かれつつあるヴェルという親友兼主君。


 可哀想に、俺とはもう住む世界が違うようだ。


「(今度、ブランタークさんが楽しい大人のお店に連れて行ってくれるそうだし。ヴェルは、勿論不参加で)」 

    

 そう考えると、あとの残り始末も楽しく出来るという物だ。

 だがその前に、今は交代で睡眠を取る必要があった。

 ここまで疲れていると、後の探索作業に支障を来たしそうであったからだ。


「それでだ。まずは、誰が起きて見張りをするかで……。って! おい!」


 俺が考え事をしている間に、エリーゼの行動に怒っていたイーナは、自分もちゃっかりとエリーゼの反対側の位置でスヤスヤと寝息を立てていた。


 大の字でベットに眠るヴェルと、その左右の腕を枕にして眠るエリーゼとイーナ。

 

 少し前に、本屋で立ち読みしたサーガの主人公と同じ事をしていたのだ。

 そういえば、あの主人公も両手に華で楽しそうに見えて、大変に羨ましくもあった。 


「羨ましいとは思いつつ、今のヴェルには魔力を早く回復して貰わないとな。それで、ルイーゼ?」


「ボクは、今は寝ないよ」


「偉いな、嫉妬しないのか」


 ヴェルの左右のポジションを二人に取られて怒っているのかと思えば、意外にもルイーゼは冷静その物であった。

 寝ている四人が起きるまでは、俺と一緒に見張りに参加してくれるそうだ。

 

 この情況なので、俺は一人で見張りをする覚悟をしていた。

 ドラゴンゴーレムは破壊され、ゴーレムは一体残らず停止し、この居住エリアは綺麗なままで過去に踏み荒らされた様子もない。


 見張りは念のためであり、別に俺一人でも構わなかったわけだ。


「元々、ヴェルを独占なんて無理だしね。ここはエリーゼのように健気に見張りをこなし、あとでヴェルの隣で寝る事にする」


「そういう事ですか……」


 それから半日ほど。

 俺は、最初にブランタークさんが起きるまで、暇潰しと眠気醒ましを兼ねてルイーゼと話をしながら見張りを続けていた。


「おい、どうなった?」


 早速目を醒ましたブランタークさんが、自分が気絶した後の事を尋ねてくる。

 俺はルイーゼと共に、詳しく情況を説明していた。


「最終的には、ヴェルがドラゴンゴーレムの頭部を魔法で吹き飛ばしました」


「ゴーレム達は?」


「ドラゴンゴーレムの停止と同時に、全てが動きを止めましたけど」


「そうか。やはり、あのドラゴンゴーレムの頭部には、リンク式の人工人格が内蔵されていたんだな」


 そのリンク式の人工人格とは、ドラゴンゴーレム自身だけでなく、ゴーレム軍を用いた地下遺跡の防衛システムのコントロールも兼ねていたらしい。


 だから、その爆発と共にゴーレムの動きも止まったのであろうとブランタークさんは説明していた。

 

「一番破壊が困難な場所に設置する。至極常識的であったわけだ。しかし、エリーゼの嬢ちゃんに救われたな」


 ブランタークさんは、ヴェルの腕枕でスヤスヤと眠っているエリーゼを一瞥しながら『しょうがない』と言った風な表情をする。


 ブランタークさんの立場だと、エリーゼの正妻としての立場が強くなると困るのだが、エリーゼ本人が良い娘な上に貢献度も上なので何も言えないのであろう。


 特にブランタークさんは、自分もエリーゼに助けられているわけだし。


 というか、どうせブライヒレーダー辺境伯様は碌な娘を紹介できないのだ。

 俺に言わせると、『もう諦めたら?』という感じであった。


「さてと。残りの探索やら、地上に出る入り口の捜索は、全員がちゃんと睡眠を取ってからだな。お前らも、早く寝ろ」


「正直、助かりますわ」


「ボクも、眠くて……」


 後は、ブランタークさん一人でも大丈夫だと言うので、俺は空いているベッドに。

 ルイーゼは、危険な事に大の字で寝ているヴェルの足に間に入り込んですぐに寝息を立てていた。


「ちょっ! ルイーゼ!」


 その位置は、ヴェル的には非常に危険である。

 いくら左右が埋まっているとはいえ、とにかくそこは危険なのだ。


「坊主、大人気だな」


「ルイーゼ、その位置は危険……」


「気にするだけ無駄だな。エルの坊主には刺激が強いか。後で王都に戻ったら良い店に連れて行ってやるから」


「はあ……」

 

 ブランタークさんとそこまで話しをしたところで、俺は突然の睡魔に襲われ、そのまま意識を失ってしまうのであった。






「無事にドラゴンゴーレムも破壊され、一番奥の居住エリアに到着したと」


「何とか、命拾いしたわけだな」


 ドラゴンゴーレムの頭部を吹き飛ばした直後に、魔力が尽きて気絶していた俺は、丸一日ぶりに目を醒ましていた。

 一週間弱ぶりのまともな睡眠で、昨日のように精神的な疲労から来るダルさも無く、久しぶりの爽快な目覚めだ。


 それと、魔力切れギリギリの状態を何度か経験し、精神的にも緊迫していたようで、自分でもわかるほどに魔力量が上がっている感覚も実感している。


 無事に地下遺跡の防衛システムも解除できたわけだし、生き残る事も出来た。

 いきなり素人にこんな依頼を寄越す連中に文句も言いたくなるが、それは後だ。


 何しろ、俺にはもっと切迫した事情が存在するのだから。


「ヴェンデリン様、おはようございます」


 いつの間にか、見知らぬベットで大の字に寝ていた俺。

 その右隣では、エリーゼが俺の腕を枕に寝ていて、ほぼ同時に目を醒ましていた。


「おはよう。エリーゼは、体調とか大丈夫?」


「はい、魔力もほぼ回復しています。あの、御飯をお作りしますね。ヴェンデリン様も、温かい御飯が食べたいでしょうし」


「そうだな。お腹が減ったな……」


 丸一日半近くも何も食べていないので、俺の腹はグーグーと鳴りっ放しであった。


「……。ヴェル、起きたのね?」


 続けてすぐに、俺の左隣で寝ていたイーナも目を醒ます。

 彼女も、俺の腕を枕に寝ていたようだ。


 というか、いつの間にこういう事になっていたのであろうか?


「ヴェル、大丈夫なの?」


「これだけ寝ればね。イーナの方は?」


「久しぶりにちゃんと寝たような感じ」


「だよなぁ。こんな無茶は、もう御免したいよな」


「そうよね」


 この二人は良いのだ。

 腕枕で両方の腕は痺れていたが、前世でそれは男にとっては嬉しい痺れだと聞いている。

 実際に、とても心地良い物であった。


 特に、前世における痺れ経験が正座による物だけだったので、大変に良い時間を過ごせたと思うのだ。

 

 だが一人だけ、とんでもない位置で寝ている奴がいた。

 俺の内太腿を枕に、ルイーゼが寝息を立てていたのだ。

 正直、その位置は大変に危険であった。


「おい、ルイーゼ」


「時間的に、もう少し目を醒まさないと思うぞ」


 一向に目を醒まさないルイーゼに、ブランタークさんはニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべていた。

 この人も、完全睡眠で魔力は完全に回復しているようであった。

 

「寝るのはともかく、場所が拙い!」


「同じ男として、大変だなとは思う」


「そんな他人事のように……」


「残念ながら、他人事なんだな。これが」


 このままでは拙いのでルイーゼの頭の位置をズラそうとすると、彼女は眠ったまま俺の胴体に抱き付き、まるで抱き枕のようにされてしまう。


「さすがは、武芸経験者。寝技の達人だな」


「ブランタークさん……」


 実際、体の小さいルイーゼに、俺が何ら反抗できなかったのも事実だ。

 寝たままの彼女に抱き枕扱いされ、それを解こうにもまるで金縛りにでもあったかのように体が動かない。

 しかも、それで体のどこかが絞められて苦しいというわけでもないのだ。


 むしろ、ルイーゼの体温とフローラルな匂いが伝わって来て、とても心地良い感じであった。


「なあ、イーナ」


「私も、子供の頃に同じ事をやられたのよ。まず、外すのは不可能だから」


 イーナも、ルイーゼの家に泊まった時に同じように寝たまま抱きつかれ、一向に外せなかった経験があるそうだ。

 

「力じゃなくて、体の支点を抑えられているから絶対に外せないわ。ルイーゼが起きるまで寝てなさい」


「しゃあない。二度寝も、贅沢のうち」


 それから数時間、また俺はルイーゼに抱き付かれながら寝る羽目になり、結局パーティーメンバー内で一番遅くに目を醒ます事になるのであった。





「やっと、探索に入れるか」


 贅沢な二度寝の後、全員が十分に睡眠を取ったので探索を再開する事にする。

 起床後に、エリーゼが今も普通に使える居住エリアのキッチンで作った食事を食べ。

 探索後の食事も彼女が担当すると言うので、任せる事にしてあとの全員で探索に入る。

 

 ドラゴンゴーレムが守っていた扉の奥は、地下遺跡の終点地であった。

 数千年以上も前の物のはずなのに、まるでつい先程まで誰かが使っていたようにも見える書斎。

 他にも室内には、地下水を吸い上げてからろ過をして出す水道に、魔晶石を利用したコンロに、お風呂やシャワー、洗濯機、冷蔵庫なども置かれ、この中に篭って生活が出来るようになっていたのだ。


 今は、エリーゼが甲斐甲斐しく食事を作っている。

 

「隣は、作業場だな」


 部屋には他に二つのドアがあり、片方はエルが作業場のような部屋だと報告していた。

 ブランタークさんと共に見てみると、王都で見た事もある魔道具の製造工房に造りが似ているようだ。


「魔道具の工房か?」


「らしいですね」


 書斎の本を見ていたイーナが、その本の中から一冊の日記を見付けてブランタークさんに渡していた。


「イシュルバーク伯爵か……」


 その日記の持ち主の名前らしいが、もし本当ならかなりの有名人である。

 古代魔法文明時代における魔道具造りの第一人者で、今でも現存している彼の作品は高い評価を受けている。


 実は、現在稼動している魔導飛行船はそのほとんどが彼が設計をした物なのだ。


 なるほど、あんな危険な防衛システムを構築できるのだから、天才なのは確かなようだ。

 この世の天才の宿命として、人間的には相当に性格がひん曲がっているようであったが。


「それで、この部屋も工房も綺麗なのか……」


 現状保存の魔法をかけてあるのだが、その効果が数千年以上も持続していて。

 それだけで、イシュルバーク伯爵がいかに優秀な魔法使いであったのかを証明する物でもあった。


「この書斎の本とかも、研究をすれば魔道具作りの技術進歩に繋がるかもしれないと?」


「その可能性は高いな」


 良く見ると、魔法や魔道具関連の書籍が多い。

 一部の本棚などは、彼の研究ノートらしき物が数千冊も収められているようであった。


「ねえ、もう一つの部屋だけど」


 続けて、もう一つの部屋の様子を見に行ったルイーゼも戻って来るが、その報告は驚きの内容であった。


「向こうの部屋は、格納庫の入り口だったんだ」


 ルイーゼの案内でもう一つのドアを開けると、そこにはドラゴンゴーレムが置かれた広場よりも広大な空間が広がっていた。

 その部屋というよりも空間は、まるで造船所のような造りになっていて、造船用の船渠が十以上も連なり、それぞれに重量物専用の魔導クレーンが複数設置されていた。


「壮大な光景だな」


 船渠は半分以上が空いていたが、それでも数えると七隻の魔導飛行船で埋まっていた。

 大きさは、俺達が乗って来た定期飛行をしている魔導飛行船とほぼ同じ大きさのようだ。


 どうやらこの施設は、魔導飛行船専用の建造・整備ドッグのようであった。


「外見上は、完成しているようですね」


「問題は、中身の巨大魔晶石が無事かどうかだな」


 過去の遺産である魔導飛行船が再就役可能かどうかは、機関部に使っている魔晶石が無事かどうかにかかっている。

 年数が経っているので、質の悪い魔晶石だと既に壊れている事が多いからだ。


 現在の技術で、魔導飛行船を飛ばせるだけの魔晶石を造る事は難しい。

 過去にあった、小さい魔石を複数材料にして大きな魔晶石を造る技術が失われているからで。

 滅多に手に入らない、属性竜以上の魔物から得た巨大魔石からでないと造れないのだ。


 二年前に、俺が倒した二匹の竜の魔石が強制的に王国によって買い上げられた理由でもあった。


「これ以上の調査は、王国側に任せるか」


「地下遺跡の様子の方も、見に行かないと駄目だろう」


「あのゴーレムとか、再稼動しませんよね?」


「さあな?」


 どうせ、魔導飛行船やその専用ドッグに関する知識などないので、今度は『逆さ縛り殺し』の地下遺跡に戻って調査をする事にする。


 全地下十階で、各フロアーは巨大な長方形の石壁の空間であり、数十箇所に防衛用のゴーレムを供給する穴が開いている。

 フロア内には、俺達が突破後に再配備されていたゴーレムが活動を停止したままで置かれており。

 俺達が近付いても無反応なので、ブランタークさんの推論通りに、あのドラゴンゴーレムの頭部に防衛システムの大元が内蔵されていたのであろう。


「ミスリル含有の鋼で作られ、動力は頭部に人工人格の結晶と並立配置された魔晶石か」


 全員で停止中のゴーレムを一体バラし、中の構造を確認する。

 

「でも、このくらいの造りなら今でも」


「問題は、人工人格の性能だな」


 人工人格は、見た目は透明な水晶の結晶に似ている。

 この中に、特殊な魔術言語を特殊な魔法で記録させるのだそうだ。


 当然、魔術言語を理解していないとそれは不可能だ。

 理解していても、記録魔法が使えないと結晶に記録できないし、その前に人工人格の結晶が作れないと意味が無い。


 よって、現在では作れる人が非常に少なかった。


 一番難しいのは魔術言語だそうで、前世で言うところのコンピュータ言語に似ているのだが、その手の分野が苦手な俺にはサッパリ理解不能であった。

 

 文字ではなく、数万種類にも及ぶ模様のような物がビッシリと書かれている本を見た事があるのだが、基本的な法則とか以前に見ているだけで頭が沸騰しそうになるのだ。


 師匠ですら、『全然わからないよね? 私も、全然駄目でね』と笑っていたくらいなのだから。

 

 それに、どうせ理解できたとしても。

 今の魔道具職人の技術力だと、ここにあるゴーレムのような動きは出来ない。


 戦争で突撃くらいにしか使えない理由は、そこにもあったのだ。


「しかし、イシュルバーク伯爵も何を全力で守りたかったのか……」


「この地下遺跡全部でしょうね」


 使っているミスリルとオリハルコンの材料費だけでも目の玉が飛び出るドラゴンゴーレム二体に、合計で万を超える兵士型と騎馬騎士型のゴーレム。

 更に調査で、地下十階部分に隣接している、ゴーレムを修理して補給する無人工房まで設置されているのを確認していた。


 そこでは、損傷したゴーレムを運搬専用ゴーレムがベルトコンベアーの端に載せ。

 コンベアーを移動中に、上半身だけの修理用ゴーレムが効率良く修理を行う。

 修理が終わったゴーレムは、自力で移動用の専用通路から侵入者の居る階層へと向かう仕組みになっていた。


「オーバーテクノロジーの極みだな。久々の大発見でもある」


 そして、これらの設備全てを動かすための魔力を供給する、巨大な魔晶石の存在も確認される。


 その大きさは、前に倒した骨古代竜の魔石を遙かに超えていた。

 あれだけ派手に魔力を使ったのに、その巨大魔晶石はいまだに赤く輝き続けていたのだから。

 多分、相当に気合を入れて魔力を補填していたのであろう。


「イシュルバーク伯爵は、全財産と全研究成果をこの地下遺跡に隠したと?」


「うあぁ、偏屈な人だなぁ」


 家族が、信用できなかったのか?

 その家族すら、実は居なかったのか?

 真相は不明だが、案外天才とはこんな生き物かもしれなかった。

 孤高の天才という奴かもしれない。


「粗方の調査は終えたんだがな。坊主は、これからどうする?」

 

「どうすると言われても……」


 安全に地下遺跡の全てに入れるようになったし、お宝の大半が、魔導飛行船やら、ミスリルとオリハルコンを大量に使用した巨大な魔晶石で動いているドラゴンゴーレムというのも拙い。


 残されている文献なども、場合によっては国家機密になってしまう可能性もあり、俺達はここで調査を止める事にする。


 既に、この遺跡にある全ての物の権利は俺達に確定しているわけで、あとはプロの査定が必要になっていたのだ。


「俺が一足先に王都に戻って、王城から調査団を送るように言って来る。坊主達は、見張りでもしながら待っていろ」


「はあ……」


 結局、俺達の冒険者初仕事は、もう少しで死ぬ所であった上に、ワクワクするような金銀財宝なども得られなかった。

 それよりも高額なお宝を見付けてはいたのだが、これを換金可能なのはこの依頼を寄越した王国というのも性質が悪い。

 

 それと、この地下遺跡の出口であったが、呆気ないほど簡単に見付かっていた。

 あの魔導飛行船専用ドッグに屋根の開放装置があり、レバーを入れると天井部分が開いて日の光が差し込んでいた。


 魔導飛行船のドッグが地下深くにあっても仕方がないので、当たり前と言えば当たり前なのだが。


 地下遺跡の場所も、最初の遺跡より王都側に位置する台形状の巨大な岩山の中というオチで。

 正直、今まで良く発見されなかったと思う。


 パルケニア草原内にあり、この二年半は草原内の開発に忙しかったからであろうが。

 あとは普通に考えて、こんな岩山の中とその地下に巨大な地下遺跡があるとは誰も思わなかったのであろう。


「ヴェンデリン様、夕食の支度が出来ました」


「美味しそうな匂いだな。腹減ったし、飯にしようぜ」


「頂いた材料で、味噌煮込みを作りましたよ」


 既に、この地下遺跡に脅威など存在していなかったので、エリーゼは一人居住エリアに残って食事の支度をしていた。

 

 さすがに、もうハンバーガーモドキとスポーツドリンクモドキ水だけの食事は暫く勘弁して欲しい。

 これが、全員の一致した意見であったからだ。

 

 料理は、エル以外はある程度出来るのだが、やはり一番腕が良いのはエリーゼであり、彼女が料理担当になる事が多かった。


「俺も、飯食ってから外に出るわ」


「落ち着いて食える飯の、素晴らしさよ」


「ヴェルは、飯に拘るからな。確かに、毎食肉挟みパンだと飽きるけど……」


「エリーゼ、次はボクとイーナで作るから」


「そうね、エリーゼに任せ切りなのも悪いし」


 その後は、ブランタークさんが王宮とギルドに地下遺跡攻略の報告に向かい、その間俺達は過酷な初仕事で疲れた体を休養で癒すのであった。

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