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第四十二話 危険な冒険者デビュー戦。

「ブランターク様。この遺跡って、確か……」


「もうとっくに、アカデミーの学術調査は終わっている遺跡だな」


 王都から、瞬間移動魔法と徒歩で合計半日ほど。

 俺達新冒険者パーティー『ドラゴンバスターズ』とブランタークさんは、先年にグレードグランドを討伐したパルケニア草原内にある古代遺跡へと到着していた。

 

 この二年半ほどで、パルケニア草原は大規模開墾作業を続ける多くの人達で賑わっている。

 他にも、道や町や農村などの建設も進み、その経済効果は計り知れないほどであった。


 この古代遺跡は、そのパルケニア草原でも比較的王都寄りの場所に存在している。

 見た目は、少し風化した石造りの建造物が複数建つ神殿のような遺跡であった。


「上の部分は、半分観光地にまでなっていた遺跡だったんだ」


 ブランタークさんは、俺達の事は顔馴染みで新鮮味も無いと言った癖に、エリーゼには愛想良く答えている。

 良く見るとその視線がたまに胸に行っていたので、やはり女性は胸なのであろう。


 その点は、俺も否定はしないのだが。

 

 人の婚約者の胸をジロジロと見て欲しくないのだが、直接見ているわけでもないし、俺だって出会った女性が巨乳なら視線はそちらに行ってしまう。


 同じ男性として、文句を言うのも何だと思ったのだ。


「この遺跡でしたら、前に私のお友達も学術調査で出向いたそうです」


「新人への、登竜門みたいな遺跡らしいからな」  


 ここは、王都にある考古学専門学校の生徒がレポートを書くために遠足で来るほど安全な遺跡であったのだが、ある生徒が何となく遺跡の石を触ってみたところ、いきなり地下遺跡の入り口が開いてしまったらしい。

 一応『遺跡には触れるな』というルールがあったので、その学生はルール違反をしたわけだ。

 だが、そのおかげで地下遺跡への道が開いたとも言え、その学生には賞賛もお咎めも無かったそうだが。


「その瞬間から、遺跡はご覧の通りだな」


 空いた入り口から魔物が沸き出して来ないという保障も無いので、今はその入り口を中心に複数の兵士達が警備を行っている状態であった。


「当然冒険者ギルドは、すぐに連絡が取れたパーティーを送り込んだのさ」


 ギルド内でも、かなり実力のあるパーティーを二つ合同で。

 合計で、十一名を送り込んだらしい。


「あの……。帰って来なかったとか?」


「でなきゃあ、坊主達に、強制依頼なんて来ないさ」


「……」


 確かにブランタークさんの言う通りではあるのだが、当然俺も含めてパーティーメンバー全員が、感情面ではまるで納得できないでいた。

 

 そんな危険な遺跡なら、もっとベテランの冒険者を送るべきなのだから。


「最初の失敗で、冒険者ギルドも懲りれば良かったんだがな」


 冒険者ギルドとしては、王国側がアームストロング導師を投入する事を恐れたらしい。

 そうでなくても、二年前に二匹の竜を冒険者が倒せなかった件で、相当にプライドを傷付けられているとの、ブランタークさんからの話であった。


「でも、導師って昔は冒険者で……」


「今は違うじゃないか。ついでに言うと、俺も元冒険者なんだけどな」


 しかも、後者のグレードグランドに至っては、貴族枠で参加させられた俺が、ブライヒブルクの冒険者予備校ではまだ半人前の見習い冒険者であった事も、相当にギルド側を刺激したらしい。

 かと言って、それを俺に言って機嫌を損ねるわけにもいかず、ならば今回こそはと、意地で二つ目のベテラン合同パーティーを送り込み、また同じ失敗を繰り返す事になる。


「最初の失敗があったから、次はもっと実績が上のパーティーを送り込んだわけだ」


 三組合同で、合計十三名。

 実績では、トップクラスのパーティーばかりであったようだ。


「もしかして?」


「誰も帰って来なかったそうだ」


 さすがに、これ以上のベテラン冒険者の喪失は看過できなかったようだ。

 冒険者ギルドは、王国に探索不可能の回答を出し。

 それを受けた王国側は、ここ数週間ほどは兵士達を派遣して遺跡に人が入って来ないようにと警備をしていた。


「そんな危険な地下遺跡に、素人を投入か……」


「あながち、間違いとも言えないんだよな」


 戻って来ない冒険者パーティーは、ギルド内でも屈指の戦闘能力を誇っていたらしい。

 そんな彼らが複数で潜って戻って来ないとなると、あの魔物がいる可能性があるという結論に至るのだと。


「最低でも、幼生状態は抜けた竜がいる」


 竜を倒すとなると、最低でも中級以上の魔力を持つ魔法使いが最低でも一人は必要で、他のメンバーもかなりの戦闘力を必要とするそうだ。


「二つの合同パーティーには、中級以上の魔法使いがいなかったからなぁ」


 発生率の関係で魔法使いがそう沢山いるわけでもなく、普通の人は一生に数名も拝めれば多い方らしい。

 更に、俺とルイーゼとエリーゼのように、一つにパーティーに三名もの魔法使いが居るなど。

 そんな幸運はまず不可能であるとの、ブランタークさんからの話であった。


「竜が出ても、余裕で対処可能なパーティーだと思われたんだな」


 それと、ブランタークさんもいるので余計にそうなのであろう。

 アームストロング導師が居ないので、少々の不安を感じなくは無かったのだが。

 

 あの人は普段の言動はアレだが、戦闘能力では王国髄一だったからだ。

 

「俺の指南役就任は、うちのお館様と陛下が決めてしまわれたからな。宮仕えの俺には、何も言えん」


 新人の俺達に、良く知らない自称ベテラン冒険者が付けられ、また帰って来ないのを恐れたらしい。

 二人が相談して、急遽ブランタークさんを一時現役復帰させたそうだ。


 当然、ギルド側は良い顔をしなかったそうだ。

 自分達の裁量権を犯されているので、当たり前とも言えるのだが。


「俺は、ギルドの上層部に含む部分なんて無いぜ。向こうは、俺を嫌っているようだけど」

 

 現場レベルだと、冒険者稼業が長かったブランタークさんには知己が多い。

 魔法使いの中には、短時間ながらも指導を受けた弟子なども多いそうだ。

 一部幹部とも仲が良い人もいて、彼の情報源はそこにあった。


 ただ、今の主流派幹部達とは物凄く仲が悪いのだそうだ。

 何でも、現役引退後のブランタークさんに幹部の席を奪われると勝手に危機感を抱き、ギルドから追い出そうと必死になった連中らしい。


「そういうのが嫌で、俺は王都のギルド本部は苦手でな。非主流派の連中や、他の支部の連中とはそうでもないんだけどな」


 ちょうどその頃、師匠が非業の死を迎えた事もあって、運命だと思ってブライヒレーダー辺境伯のお抱えになったそうだ。


「そんな連中で大丈夫なんですか?」


「普通に魔物の領域で狩りをしている連中には、何の問題もないわな」


 その代わりに、今回のような緊急事態になると粗が出てしまうのだとブランタークさんは語っていた。

 要するに、お役人なのだと。

 若い新人の頃とは違い、冒険者ギルドで幹部になるような連中は失う物が出来て保守的になる。

 冒険者ギルド自体も前世で言う所の大企業なので、つまりはそういう事のようであった。


「これ以上ここで喋っていても、何の解決にもなりませんね……」


「そうだな、入るか」


 少々の理不尽を感じなくもないが、ここで手を抜くなど出来るはずもなく。

 俺達は、地下遺跡の入り口を警備している兵士達に陛下からの命令書を見せ、そのまま地下遺跡の中へと入っていくのであった。





「魔物とかはいないわよね? ヴェルは、探知の魔法で何か感じた?」


「いや、雑魚の魔物すらいない」


 合計六人で地下迷宮に入った俺達であったが、実際に入ってみると罠も無いし、魔物やなど一匹もいない。

 イーナから探知魔法の結果を問われるが、魔物の気配すら感じず。

 ただ、石造りの迷宮を順番に移動し、地図を作成するだけになっていた。


「罠の存在は?」


「無いです」


「そうか、無いか……」


 まさかこの展開は予想できなかったようで、ブランタークさんも、なぜこの地下迷宮で冒険者達が行方不明になったのかを理解できないでいた。


「この先に、広場があります」


「広場?」


 三十分間ほど、薄暗い地下遺跡を進んでい行く俺達であったが、ほぼ曲がり道も無しで広大な空間へと出ていた。

 

「広いなぁ」


 縦横は数百メートル、高さも五十メートルはありそうなその広場は、綺麗に壁や床を石で覆われているだけで、他には何も無い状態にあった。


「あっ、でも……」


 この中で一番目が良いルイーゼは、奥に何かを見付けたらしい。

 暫く歩くと一番奥に入り口があったので、やはりこの地下遺跡はほぼ一本道の造りになっているようであった。

 ただし、その前を巨大な物が塞いでいたのだが。


「大きな竜の金属像ですね。ヴェンデリン様」


 エリーゼが、竜の像を見上げながら感心したような声をあげる。

 だが逆に、ブランタークさんはその顔に警戒感を露にしていた。  


「全員下がれ」


「ブランタークさん?」


「坊主、戦闘準備だ」


「えっ? これって造り物じゃあ……」


 ブランタークさんが冷静な声で、竜の像から下がりながら戦闘準備をするようにと命令をする。

 それに疑問を感じる俺達であったが、すぐに彼の言葉が正しかった事が証明された。


 突然、竜の像が咆哮を挙げたからだ。


「古代魔法文明の遺産。拠点防衛用に造られた、金属製のドラゴンゴーレムか。文献で記述は見たんだが、実物は初めて見た」


「なあ、ブランタークさん。これって、拙いよな?」


「ああ、高レベルの合同パーティーを二回も全滅させているんだからな。エルの坊主も、覚悟を決めろよ」


「こんなデビュー戦って、あんまりだ」


 全員が戦闘準備を整えた瞬間、金属製の竜は俺達に向けて強烈なブレスを発射するのであった。





「うーーーん。困った……」


 戦闘開始から一時間ほど、俺達は完全にこう着状態となった戦況に困ってしまっていた。

 

「外殻が、全てミスリル製だからな」


 ブランタークさんの言う通りで、このドラゴンゴーレムは外殻が全てミスリルで覆われていて、こちらの魔法が一切通じないのだ。


 更に強烈なブレスを連発して吐けるので、現在俺達は全員で固まって、ブランタークさんの魔法障壁でそれを防いでいる状態であった。


「ブレスも、尻尾とかの物理的な攻撃も、ヴェルとブランターク様の魔法障壁で防げるけど。これからどうしようか?」


 ルイーゼの言う通りで、こちらはドラゴンゴーレムからの攻撃は全て防げるのだが、一向に俺達が死なないのが不満らしく。

 狂ったようにブレスと尻尾による攻撃を連発し、こちらは攻撃に出る機会を封じられていたのだ。


「しかし、良くあんなに連発でブレスが吐けるよな」


「よほど良い魔晶石を内臓しているんだろうな」


 エルの疑問に答えるように、ブランタークさんが説明を始める。

 竜という種族は、小型のワイバーン種以外はブレスを吐く事が可能である。

 そしてそのブレスの元とは、竜が持つ膨大な魔力なのだそうだ。


「いくら火属性の竜でも、体内に燃える物質を大量に蓄えているわけではないのさ。人間で言えば、火属性の魔法に長けた魔法使いのようなものだ」


 魔力が続く限りなら、いくらでもブレスは吐けるらしい。

 しかも、その魔力が空になっても、竜が休めば二日間程度で満杯になってしまうそうだ。


「その竜の体の仕組みを利用して造られたのが、あのドラゴンゴーレムというわけだな」


「内蔵している魔晶石が肝なんですね」


「そういう事だな」


「でも、そんなに保つ物なんですか?」


 生きている竜であれば、休めば魔力は回復する。

 だが、あのドラゴンゴーレムは、どこから魔力を回復させているのであろうか?

 

「それは多分、あの変な鏡のような装置だな」


 良く見ると、ドラゴンゴーレムの額や耳の部分、あとは首の後ろや背中の部分などにソーラーパネルのような物が張られていた。


「あれで、空気中の魔力を集めているんだろうな」


 これも、文献には書かれていた事らしい。

 元から空気中にも微量の魔力が漂っている事は知られていたのだが、今の魔法技術ではそれを集めて利用する方法は確立されていない。


 なので、やはりあのドラゴンゴーレムは古代魔法文明時代の遺産であるようだ。


「でも、そんな微量の魔力で大丈夫なんですか?」


「連続して、侵入者が来る想定にはなっていなかったんだろう」


 いくら古代の魔法文明でも、そうすぐにドラゴンゴーレムが使った魔力が補填できる装置の開発は不可能であろう。

 何しろ、空気中に漂っている魔力の量は本当に少ないのだから。


「何年かに一度来る侵入者への対策なら、これでも十分なのさ」


 確かにブランタークさんの言う通りで、実際に実力者揃いであったベテラン冒険者のパーティーは、ドラゴンゴーレムによって全滅させられている。


 間違いなく、あの初撃のブレスで全滅させられてしまったのであろう。

 地面を良く見ると、焼け残った装備品の小さな残骸が、所々に落ちているのが確認できた。

 

「しかし、何と言うブレス。人間の方は、骨まで灰になっているとか」


「こりゃあ、ある程度魔法障壁が得意な魔法使いじゃないと、戦闘にも突入できなかったんだろうな」


「それで、これからどうするんです?」


「どうもこうも。これからも交代で、ブレスを防ぎ続けるだけだな」


「魔力切れを狙うんですね」


「決まっているだろう! こんな化け物、正面から戦うだけ無駄だ!」


 幸いにして、俺とブランタークさんはドラゴンゴーレムからの攻撃を全て魔法障壁で無効化できる。 

 こちらも、ドラゴンゴーレムに魔法を撃ってもミスリル装甲で弾かれてしまうし、一度試しにイーナが魔法で威力を上げた槍を撃ち込んでみたのだが、その槍はミスリル装甲は突き破ったものの、その下にあると思われる次の装甲で弾かれてしまっていた。


 ブランタークさんの推論では、ミスリル装甲の下にオリハルコン装甲が張られているのであろうとの話であった。

 ミスリル・オリハルコン複合装甲とか。

 前世で見たロボットアニメの設定なら面白いかもしれないが、敵に回ると迷惑の種でしかなかった。


「しかし、迷惑な最強戦術兵器だな」


 それでも、戦術兵器なだけマシであった。

 頑丈で火力も最強クラスだが、命令が侵入者の阻止に限定されているし、燃費が良いのか悪いのかは知らないが、その補充方法が貧弱なので、じきに活動を停止すると思われたからだ。


「ところで、ブランタークさん」


「何だ?」


「これって、あとどのくらい動き続けるんですか?」


「さあな? 俺が知りたいくらいだ」


「……」


 それから約半日後、ドラゴンゴーレムはようやくその動きを止めるのであった。





「動きを止めたとはいえ、また空気中から魔力を貯めて再稼動という恐怖も……」


「それなら、大丈夫だよ。ヴェル」


「何でだ?」


「あのね。お腹の下にスイッチがあったんだ。それを、オフに切り替えた」


「そんな、玩具でもあるまいし……」


 約半日にも渡り、俺とブランタークさんが魔法障壁でその攻撃を防ぎ続けたドラゴンゴーレムは、遂に魔力切れで活動を停止させていた。


 前世のラノベとかなら、碌に戦闘にもなっていないので読者から文句でも出そうな展開であったが、こちらは実際に命をかけているのだ。

 確実で安全な方法を取ったくらいで、文句を言われる筋合はない。

 そんな風に派手に戦うのは、あのアームストロング導師に任せるに限るのだから。


 再び空気中の魔力を集めて再稼動という危険もあったのだが、その懸念は、ルイーゼが停止したドラゴンゴーレムの腹の部分から停止スイッチを発見したので、まずは大丈夫という事になっていた。


 防衛用の戦闘ゴーレムなので、停止スイッチくらいは付いているはずだろうし、実際にスイッチはオンとオフに切り替え可能になっている。

 すぐにルイーゼがオフに切り替え、俺達はドラゴンゴーレムが守っていた後方の扉を開けて中に入る事にする。


 先にある、ドラゴンゴーレムが守っていた物が気になっていたのだ。


「大丈夫ですかね?」


「空中の魔力は無限だが、量は微量だからな。再稼動に必要な量を集めるのに、最低でも数週間はかかる計算だ」


 万が一停止スイッチが嘘でも、ドラゴンゴーレムが再び動き出せるまでには時間がかかるらしい。

 俺達のような想定外の敵にブレスを乱発した結果、一気に魔力を使い果たして停止してしまったようだ。


 それでも、半日は全力で攻撃できるのだから、本当に性質の悪い兵器とも言えた。


「たまに来る侵入者に、今までは強烈なブレスを一発で済んでいたんだろうな。ブレス一発分なら、数日もあれば魔力は貯まるし」


 それどころか、ドラゴンゴーレム停止後の調査では犠牲になったのは、先に侵入して行方不明になった冒険者達だけであった。


 遺跡は完全に隠匿されていて、その入り口を開くスイッチを見つけた学生はまさに奇跡を引き当てたらしい。

 当然、ドラゴンゴーレムは数千年以上も稼動しておらず、さぞや魔力は満杯に近い状態であったのであろう。


 地面に転がっている、燃え残った哀れな犠牲者達の装備品の量から推定するに、ここは本当に未盗掘の地下遺跡であったようだ。


「さてと、問題はこの先にある部屋か……」


 広いフロアに設置された、強烈なブレスを吐くドラゴンゴーレム。

 それを活動停止にして、俺達はどこか気が緩んでいたのかもしれない。


 行方不明の冒険者達もここで果てていた事を知り、さすがにこの先には何もあるまいと油断してしまったのだ。


「お宝でもあるのかな?」


「人工とはいえ、竜が守備しているからかしら?」


 エルと、普段は真面目で慎重なイーナですらあまり警戒もしないで、そのままドラゴンゴーレムの後ろにある扉を開けてしまう。


 この時点で、二人に何の異常も無かったのも、かえって良くなかったのであろう。


「お前ら、もう少し罠の存在なんかも慎重に探れ!」


 二人に続いて、ブランタークさんもドアを開けて先に行き。

 続けて、俺とエリーゼに。

 最後に、ルイーゼが後方を警戒しながら部屋に入る。

 

「あれ? 行き止まり?」


 その部屋は十メートル四方ほどの、何も無い天井も壁も床も全て石で出来た部屋であった。

  

「行き止まりかな?」


「……。まさか……」


「あのブランタークさん?」


「すぐに部屋を出るんだ!」


 呑気に行き止まりかと言っているエルの後ろで、突然ブランタークさんが大声をあげる。


「一体、何があるんです?」


「いいから、早く!」


 だが、結局は間に合わなかったらしい。

 突然その部屋の床一杯に、何か円形のような模様が赤く光りながら浮かび上があったからだ。

 

 実はそうは言われても、足の裏がまるで瞬間接着剤でくっ付けられたかのように動かないので、もはや逃げようがなかったのだが。


「魔法陣! でも、探知できなかった!」


 古代魔法文明時代の遺跡には、魔法技術を用いた罠が多く存在している。

 当然、予備校の授業でその大半は教わっているし、普通の魔法技術を用いた罠は、ある程度実力がある魔法使いなら探知可能であった。


「ちっ、油断した!」


「ブランタークさん! 足が動かない!」


「すまない、現役時代に比べると勘が鈍っていたようだな。どこに飛ばされるかわからないから、臨戦体勢を解かないように」


「もう諦めかよ!」


 ブランタークさんがそう言い終るのと同時に、俺は瞬間移動を唱えた時に感じる、どこかに引っ張られるような感覚を最後に意識を失ってしまうのであった。





「……、ここは?」


「さあな? 強制転移先としかわからん」


 パルケニア草原にある地下遺跡でドラゴンゴーレムの活動を停止させる事に成功はしたものの、油断して先に進んだら探知不可能な強制転移魔法陣によってどこかに飛ばされた。


 これが、俺の把握している現在の情況であった。


 目を醒ますと、ブランタークさんが思い出させてくれたのだが。

 周囲を見回すと他のメンバーも姿も全員確認でき、どうやらバラバラの場所に飛ばされる事態は避けられたようだ。


「あの魔法陣は、魔力吸収型の魔法陣だったようだな」


「魔力吸収型ですか?」


「ああ」


 魔力吸収型の魔法陣とは、普段はそれが描かれている事すら気が付けない物である。

 肉眼でも目視が不可能で、その上にある一定以上の魔力を持つ魔法使いが来ると、そこから魔力を吸収して発動するそうだ。


「魔法使い専用の、殺し罠ですか……」


「直接殺傷型でなくて……、良くはないか……」


 魔力吸収型の魔法陣の中には、突然攻撃魔法などが発動するケースもあるそうだ。

 ところが、それならば逆に対応は簡単だとブランタークさんは語る。


「魔法障壁で防げば終わりだからな」


 それと、その攻撃魔法のせいで一度で魔法陣が壊れてしまうらしい。

 むしろ、今回のような強制移転魔法陣の方が脅威なのだそうだ。


「ここって、どこなんでしょうね?」


 先ほどとあまり変わらない造りの、同じくらいの大きさの部屋であったが。

 唯一違うのは、昇り階段とその前に設置されたプレートのようであった。


「プレートには、何て書いてあるんです?」


「『逆さ縛り殺しへようこそ』と書かれているな」


 古代魔法文明時代の文字や言語は、今とそう違うわけではない。

 例えば、『い』が『ヰ』だったり、『え』が『ゑ』だったりとか。

 あとは、言い回しが古い物があるくらいであった。


 その割には、専門的に研究をしている王国アカデミーの成果は少ないと評判だ。

 冷静に見るとそこまで酷くは無いのだが、貴族やその子弟の有力な就職先なので、『無駄飯喰らい』と世間で噂されてしまうからであろう。


 無責任な発表も出来ないので、『調査中』とか『不明』と質問に答える事も多く、口の悪い人達に『水晶占いレベル』と言われる事も多かったのだ。


「『逆さ縛り殺し』ですか?」


「死出の旅にようこそというやつさ」


 このように、強制的に他の場所に造られた地下遺跡へと飛ばして、そこを突破しないと生きては帰れない。

 『逆さ縛り』の由来は、本来ならば下に向かって降りて行くのが地下遺跡なのに、最下層に飛ばされて地上を目指さないと生き残れないからであった。


「俺も、実は文献でしか知らないんだけどな」


 とにかく大規模な罠なので、そう滅多にはお目にかかれないらしい。

 ブランタークさんも、あくまでも書籍からの知識だけであるそうだ。


「これだけの罠だからな。先にはお宝があるかもしれんな」


 それだけ危険なので、それを得る前に死んでしまう可能性もあるという事でもあった。

 しかし、こんな時でも『お宝云々』を言うブランタークさんは、やはり根っからの冒険者であったのであろう。


「勿論、上に昇る時には……」


「おうよ、仕掛けた魔物とかが居るのが常識だな。ここの場合は、あのドラゴンゴーレムを見るに……」


 この地下遺跡を造った人は、相当にゴーレムに自信がある人のようなので、間違いなくゴーレムが配置されているはず。

 古代魔法文明時代に作られたゴーレムは、今の物よりも複雑な命令をこなす事が出来る。


 装備されている人工人格が、圧倒的に優れているからだ。


「では、地上を目指して上がるとするか。三時間ほども気絶していて、魔力もある程度は回復しただろう?」


「俺は、そんなに……」


「なあに、そんなに気にする事じゃねえさ。これから、何回か繰り返すんだから」


 ブランタークさんが言っている事の意味は、それからすぐに俺達に理解される事となる。

 

 更に数時間後、ほぼ魔力が満タンになるまで休憩をした俺達が階段を昇ると、その先の小部屋にはまたドアがあり。

 それを開けると、再びドラゴンゴーレムが設置されていたような広いフロアが広がっていて。

 そこを埋め尽くすかのように、数百体以上は確実にあると思われる兵士型のゴーレムが待ち構えていたからだ。


 オール金属製で、鎧を付けた兵士風のゴーレムの大群は、剣、槍、バトルアックス、フレイル、弓などを装備していて。

 数十体の中に一体だけ、金属製の馬に跨ってランスを構えている騎士タイプの物も存在していた。


 まさに、ゴーレム軍と言った感じだ。


「厳しいですね……」


「ああ、普通の軍隊よりも性質が悪い」


 作り物なので恐怖など感じず、全滅するまで戦う。

 人間の軍隊のように、士気が崩壊して逃走などという事はない。

 いくら犠牲が出ても、ゴーレムは動揺などしないからで。

 多少の損傷など、痛みを感じないので、人工人格さえ無事ならば気にせずに戦闘を続行するのだ。


 つまり、全て全滅させる必要があった。


「それに、材質もな」


 兵士型ゴーレムの材料は、鋼に極微量のミスリルが混ぜてあるらしい。

 探知魔法を駆使したブランタークさんは、すぐに気が付いたようであった。


「エル達が無双するか、魔法でも一定以上の威力が無いと効かない」


 数が多いので、それは長い目で見ると魔力を余計に消耗する事となる。

 加えて、指揮官クラスの騎馬騎士型ゴーレムは、もう少し材料に混ぜられているミスリルの比率が高いようだ。

 

 『探知』の魔法で探ると、兵士型ゴーレム比べて反応が薄い。

 この薄さで、対魔法能力があるミスリルの存在と含有比率を探るのもベテランの領域であった。


 俺もある程度は出来るようになっていたが、まだブランタークさんには及んでいなかったのだ。


「さてと、これからは後戻りは不可。攻略に何日かかるかは不明だが、完全休養など出来ないからな」


「えっ、マジで!」


 ブランタークさんの発言に、エルが驚きの声をあげる。


 強制転移先には、あの吸収型の魔法陣は存在しなかった。

 つまり、完全な一方通行という事だ。


「瞬間移動で戻れないの?」


「坊主、説明してやれ」


 イーナは、こんな危険な地下遺跡からは早く脱出すべきだと意見する。  

 幸いにして、前に全滅した二組のパーティーとは違い、俺には瞬間移動の魔法があるからだ。


 ところが、それは使えないのだ。


「勘違いしている人も多いんだけど、瞬間移動を使うには二つ条件があるから」


 移動先の完全な把握と共に、今自分がどこに居るのか?

 一定の精度以上で知る必要があるのだ。

 普通なら、今自分がどこに居るのかわからない人はいない。


 なので、この条件を忘れてしまう人は意外と多かった。


「強制移転で飛ばされて、ここがどこなのか? パルケニア草原内の地下だとしても、正確な座標がわからない。他の場所の地下かもしれないし……」


「相手は、魔法使いを良く知っているのね……」


 魔法使いを良く知り、それを殺すために作られた罠。

 この地下遺跡に抱いた最初のイメージはこんな感じであったが、同時にどこか違和感も感じ始めていた。

 そしてそれは、ルイーゼとエリーゼも同じようであった。


「ねえ、なら何で移転先は安全なの?」


 ルイーゼの言う通りに、移転先の部屋にゴーレムは押し掛けていない。

 もし容赦なく俺達を殺すつもりなら、移転直後に攻撃可能なようにゴーレムを配置するであろうからだ。


 移転先の部屋は安全で、俺は六時間以上も寝ていられたのだから。


「地下遺跡製作者の意図に、攻略者誕生もあると?」


「エリーゼの言う通りだとしても、その条件は相当に厳しいよね」


 ルイーゼの言うように、攻略は不可能ではないにしてもその条件は途方も無く厳しい。


 俺達が今まで生きてきた時間か、それ以上の年月冒険者をしていたベテランが、ここに辿り着けもしなかったのだ。

 攻略確率は、そう高くないのかもしれなかった。


「何か、試されているようだね」


「そうかもしれないな」


 移転先は、ゲームで言う所のスタート地点。

 だから、敵は存在していない。

 なるほど、そういう考え方も出来るわけだ。


 その先に、スタート地点と同じような安全地帯は存在しない可能性が高いわけだが。

 それと、最初の階層に入った時点で、そのスタート地点も使えなくなっていた。

 今ブランタークさんが、スタート地点とこの階層を繋ぐドアが開かない事に気が付いたからだ。


「閉まったドアを魔法で吹き飛ばして、スタート地点に休憩に戻るのは?」


「壊れたドアからゴーレムが押し寄せたら、逆に追い込まれると思うぞ」

 

 最初の休憩は、この地下遺跡を造った人の好意であり、それが出来るのは一回だけ。

 ブランタークさんは、エルの意見に否定的な見解を述べていた。


「何階上がってゴールかも不明だ。戦闘は効率良く。特に、俺と坊主とエリーゼ」


 治癒が使える俺とエリーゼに、魔力を他人に分け与えられるブランタークさん。

 魔力は極力節約しながら戦い、場合によっては三時間ほどの強制仮眠も必要になるはずだ。


「目の前で、仲間が戦闘中に仮眠ですか?」


「そうだ、眠りの魔法で強制的に意識を落としてでもだ」


 経験的に、三時間の仮眠を取れば魔力は三割ほど回復する。

 だが、目前でエル達前衛要員がゴレーム達と剣を交わしている中で眠るのは、精神的にも厳しいはずであった。


「エルさん達は、いつ休むのですか?」


「俺の計算だと、一日に一回三時間の仮眠のみだ」


「それだけですか……」


 王国軍の衛生規定で、従軍中の兵士は最低でも一日六時間の睡眠が義務化される。

 エル達は、その半分の睡眠しか取れないという事だ。

 

「エリーゼの嬢ちゃん、治癒魔法には疲労軽減もあるじゃないか」


 疲労軽減は、使えば丸一日くらいは戦闘を続けられる。

 ただ精神的な疲労感には効果がなく、次の日には最低数時間は動けなくなってしまう。

 疲労軽減というよりは、元気な時間の前倒しという方が正解なのだ。


「その動けない時間に、坊主の眠りの魔法で強制的に意識を落として、同時にエリーゼの嬢ちゃんの回復魔法も重ねがけする」

 

「うわぁ、相当に肉体的には辛いな」


 そうする事により、強制的に三時間仮眠で戦闘に復帰させる。

 こんな無茶をずっとは続けられないが、一週間くらいなら若いので大丈夫だという、ブランタークさんの判断であった。


「ああ、精神的にもな。一流の冒険者だと、たまにこんな無茶もするんだ」


 睡眠時間を十分に確保して死ぬか?

 体には悪そうだが、薬と魔法でドーピングをして睡眠時間を減らして生き残るか? 


 きっとブランタークさんの現役時代にも、そんな事が実際にあったのであろう。


「最初の部屋みたいに、眠れるスペースがあればこんな事はしないけどな」


 ただ、そう現実は甘くないであろうという事のようだ。


「前衛は、エル、イーナ、ルイーゼで。仮眠時間で二人になる時間帯があるな。中衛は俺と坊主だが、前衛の仮眠時間と被らないように。それでも、魔力が減ったら強引に意識を落す」


「あの私は?」


「当然、エリーゼの嬢ちゃんも同じ条件だがな」


 彼女の仕事は、仮眠をするメンバーの護衛に、常に治癒魔法が使えるように魔力の温存。

 あとは、簡単に食べられる戦闘糧食の準備などがあった。

 

「悪いが、エリーゼの嬢ちゃんをゴーレム攻撃に当ててもな」


 相手が一体ならともかく、数百・数千体なのでエリーゼには無理なのだ。  

 それに、治癒魔法の使い手が死ねば俺達は終わってしまう。

 

 魔力温存の関係で、攻撃にも参加する俺が治癒を担当するわけにはいかないからだ。


「そういうわけだから、後方支援を頼むぞ」


「はい」


「前衛メンバーに、俺と坊主もだ。エリーゼの嬢ちゃんが、ゴーレムに襲いかかられたら負けだからな」


 小規模ながら、これは軍事組織による敵の殲滅戦に似ている。

 本陣であるエリーゼが落とされたら、後は休憩すら出来ないで負けが確定する。

 

 相手は、敗走などしない恐怖すら感じない人工物なので、勝利条件は全滅以外に無くて相当に厳しいのだが。


「バウマイスター男爵家の、初代当主就任期間は長い方が良いな」


 今の時点で、実はバウマイスター男爵家が断絶する可能性は無い。

 他に兄弟もいるし、エーリッヒ兄さん達には子供が生まれたり、これから生まれもするからだ。


「当たり前だ。そのために、こっちは体を張るんだから」


「ボク、結婚もしないで死にたくないし」


「士気が崩壊したり、敗走は無いけど。人工物を何体バラしても、罪悪感を感じないのは良いわね」


「私も、ヴェンデリン様との結婚を楽しみにしていますし」


「なら、目の前の敵を効率良く、作業のように排除せよ!」


 普段からはとても想像できない厳しい声で、ブランタークさんは俺達に指示を下す。

 エル、イーナ、ルイーゼの前衛三人が、一斉に一番前列にいるゴーレムに斬りかかり。

 俺とブランタークさんが、後方で待機中のゴーレム達に攻撃魔法を炸裂させる。


 遂に、『逆さ縛り殺し』攻略がスタートしたのであった。




「おい、坊主!」


「……。本当に、三割も回復しているのかな?」


「精神的疲労で、少なく感じるんだよ。モチベーションを維持しろ」


 ゴーレム殲滅のために効率良く魔法は展開していたが、相手はとにかく数が多く、いくら倒してもキリがないような気がする。

 『逆さ縛り殺し』攻略開始から五日後、俺は多分十回目だと思われる仮眠から強制的に目を醒ましていた。

 正直、目覚めは最悪である。

 今まで通りに魔力は回復しているそうだが、精神的に疲れているのでそうは感じられないからだ。

 

「次は、俺が仮眠を取る」


「わかりました」

 

 ブランタークさんに眠りの魔法をかけると、いつの間にか隣にいたエリーゼが続けて疲労軽減の魔法もかける。

 この魔法をかけて睡眠を取ると、短い時間で疲労感が取れ、起きている時のように精神的な疲労感も来ないからだ。


 しかし、こんな魔法でドーピングして長時間戦闘を続けるのが体に良いわけがない。

 俗に言う、緊急避難的処置というやつであった。


「ヴェンデリン様」


「すまない」


 ブランタークさんの意識が落ちたのを確認すると、エリーゼが俺に食事を差し出していた。

 とは言っても、メニューはハンバーガーモドキに、砂糖と塩を少量を混ぜた冷たい水のみであった。

 十メートルほど先でエル達がゴーレムと剣を交えている音が聞こえるような状態では、お茶を淹れる事すら難しかったのだ。


 しかも、そう時間も取れない。

 俺は、前世の商社員時代のように一分以内にハンガーガーモドキを口に押し込み、スポーツドリンクモドキ水で流し込む。

 早く、温かい御飯が食べたいものだ。


「ヴェル!」


「ちっ! もう効果が切れたのか!」


 俺はすぐに前に出て、風系統の障壁魔法をかける。

 この障壁はゴーレムの前進を完全に防ぐ物ではない。

 わざと一部分に穴を空け、そこから少しづつゴーレムが侵入して来るようにしているのだ。

 

 そうして数を絞ったゴーレムを、前衛三人が順番に各個撃破していく。

 最初は後方で待機しているゴーレムに攻撃魔法をかけていたのだが、それは無駄なのでもう止めていた。

 なぜなら、彼らには数以外にも恐ろしい特技が存在していたからだ。


『倒しても、倒しても。ゴーレムが出て来る』


『裏の秘密工房で、生産していたりな』


『それだ!』


 最初の階層において、俺達はその事実に気が付くまでにかなりの時間を無駄にしてしまっていた。 

 

 まず、その階層で待機しているゴーレムの数は、そのフロアに配備されたゴーレムの五分の一ほどである。

 倒しても倒しても、フロアの壁や床の穴から増援が現れる。


 続けて、撃破したゴーレムの残骸であったが、定期的にそれを回収していくゴーレムが存在するのだ。


『持ち帰って、修理しているのか?』


『それって、エンドレスかよ!』


 ゴーレムは、頭部に内蔵している人工人格を破壊するか、もっと簡単な方法としては、人間と同じように首を切り落せば活動が停止する。

 人工人格が、人間で言うところの脳に相当するからだ。


『エル! 首を切り落すだけじゃ駄目だ!』

 

 イーナが槍の突きで、ゴーレム頭部にある人工人格の結晶を破壊した個体は回収されていない点から考えて、修理には人工人格とある程度の体が残っている事が必要なようだ。


『最低でも、頭部は回収』


『うわぁ! ハードル上がったぁ!』


 短時間の仮眠のみで戦い続けている、エルの魂の叫びであった。

 それ以降、俺達は撃破したゴーレムの人工人格の回収に、フロアを次の階の階段目がけて前進する際に、ゴーレムの他の残骸も回収して魔法の袋に放り込んでいた。


 上の階で、その残骸が復活して襲い掛かるという悪夢を避けるためだ。


 だが、そのせいでまた前進速度は落ちている。

 この五日間で、攻略したフロアは九つ。


 次第に、機動力のある騎馬騎士型ゴーレムの比率も増え、全員の疲労度も限界に近い。


「これで最後だと良いな」


 約三時間後、目を醒ましたブランタークさんの言う通りであった。


 九つ目のフロアをクリアーし、本当にこれで最後であって欲しいと上の階層に階段から昇る。

 すると、十個目のフロアーには、埋め尽くすような兵士型と騎馬騎士型のゴーレムは存在しなかった。


「あれ? これで終わり?」


 拍子抜けしたような表情のエルであったが、他の全員は知りたくも無い事実を知ってしまう。

 広いフロアの奥に、また再びアレが鎮座していたのだ。


 強制移転前に、魔力切れで活動停止に追い込んだ。   

 いや、そうせざるを得なかった、ドラゴンゴーレムの巨大な姿が。

 これだけ疲労させられた後に、再びドラゴンゴーレムを配置するなど、この地下遺跡を造った人は間違いなく性格がひん曲がっていると思われる。


「もしかして、前のよりも性能は上とか?」


「エル……、お前……」 


「アレよりも、後に置いてあるんだ。そう考えても不思議は無いだろうに!」


 確かにそうなのだが、今の時点でそれは言わないで欲しかった。

 みんな疲労と寝不足で、何とか気力で支えている状態なのだから。


 理論的には、疲労軽減や回復魔法などで俺達の体は完全に回復しているそうだ。

 ところが、人間の精神はそうは思っていないらしい。


 この五日間の精神的な疲労感で、今にも倒れてしまいそうなのだから。


「とにかく、アレを倒さないとベッドで寝られないぞ」


 結局、この五日間で普通に寝られる時間は存在しなかった。

 フロアーのゴーレムを全て倒し、上の階へ続く階段を昇る。

 すると、昇った時点で階段が消えて床が閉じ、下の階へ行けなくなってしまうのだ。

 強引に魔法で床をぶち壊し、下の階で休む事も検討したのだが、それをすると上のフロアーから押し寄せるゴーレムを防げない。


 挙句に、下の階からまたガチャガチャと音が聞こえていて。

 罠の仕掛けとして、またゴーレムが配備されたらしい。

 いちフロアの攻略に時間をかけると、再びゴーレムが配置される仕組みのようだ。

 まさしく『前門の虎、後門の狼』で、俺達は前に進むしか選択肢が存在しなかったのだ。


「とにかく、あのブレスは厄介ですね」


「前と同じくな」


 フロアーを前進する俺達に気が付いた二体目のドラゴンゴーレムは、やはり強烈なブレスを放ってくる。

 まるで、性質の悪い強力な砲台のようであった。


 動くと、無駄な魔力を使ってしまうのか?

 相変わらず機動性は皆無に近いが、このフロアーで縦横無尽に動こうとしてもあの巨体では自爆するだけであろうし、ならばブレスを吐き続けている方が脅威度は上であろう。


「ちっ! 威力が上がっているぞ!」


 一体目と見かけは変わらないのに、ドラゴンゴーレムのブレスの威力は強くなっていた。

 当然その分、魔法障壁で使う魔力量が増えてしまう。


 そしてその魔力が尽きた時に、俺達にブレスを防ぐ手段は存在しない。

 あの二組のベテラン冒険者達と同じく、骨まで燃えてしまうだけだ。


「どうする? 坊主」


「また、燃料切れ待ちですかね?」


「いやあ、それは不可能っぽいな」


 ブランタークさんの指差した先には、ドラゴンゴーレムと繋がっているケーブルの存在があった。

 要するに、今回は外付けエネルギー源付きというわけだ。


 外部にある魔晶石からでも、魔力の供給を受けているのであろう。

 あの万を超えるゴーレムの群れを見るに、この地下遺跡には大量の魔力が何らかの形で蓄えられているはずだ。


「イーナ!」


「任せて!」


 このドラゴンゴーレムが、エネルギー源である魔力を外部からのみ供給されているのか?

 ケーブルが切断された時の事も考えて、魔晶石も内臓されているのか? 


 わからないが、今は切断してしまうに限る。

 

 イーナに合図をしながら、俺は魔法の袋から予備の槍を取り出して彼女に放り投げる。

 それを受け取った彼女は、狙いを定めると一気にケーブル目がけて槍を投擲した。


 俺は、魔方障壁の一部を槍のために開け。

 ブランタークさんが何も言わなくても、その槍の威力を風の系統魔法で強化する。


 イーナの狙いも正確であったので、槍は見事にケーブルを切断していた。

 ケーブルの外部はミスリル製なので、魔法には強いが物理的な強度には限度がある。

 ケーブルの直径から考えても、オリハルコンは組み込めないはずなので、予想通りにケーブルは切断されていた。


「予備で、魔晶石も装備しているな。動きが止まらない」


「外から、魔力の供給が無くなっただけでも良しとしないと」


 ケーブル切断で動きが止まれば御の字だったのだが、やはりそこまで甘くは無いようだ。

 ガッカリする俺に、ブランタークさんが慰めるように声をかけてくる。


「あとは、根競べだな」


 だが、またしてもここで、戦況はこう着状態となってしまう。

 半日以上も、連続して高威力のブレスを吐き続けるドラゴンゴーレムに。

 それを、魔法障壁で防ぎ続ける俺とブランタークさん。


 その間に、他のメンバーは交代で休養が取れていたが、ドラゴンゴーレムの方は一向に活動を停止する気配が無い。

 外部から魔力供給を絶たれたのに、最初のドラゴンゴーレムよりも高威力のブレスを同じ時間吐き続けて停止しないという事は、よほど高性能で巨大な魔晶石が内臓されているのであろう。


「まだ粘りますか?」


「いや、時間が無くなった……」


 今まで、ドラゴンゴーレムのブレスを防ぐ事しかしていなかったツケとでも言うべきか。

 俺達は、この地下遺跡を造った臍曲がりの怒りを買ったらしい。


 突然、今までは消えていた下の階へ続く階段が再出現し、更にその手前に横一列に並んだゴーレム達の姿をブランタークさんが確認していたのだ。


「えっ! 今度は下から!」


 俺達が何日もかけて破壊した、大量のゴーレム兵士達。

 その損害の補給が終わり、ゴーレム達は地下遺跡の創造者の命令により。

 最上階で、ドラゴンゴーレムのブレスを防ぎ続けるという、つまらない戦闘を続けている俺達の排除に動いたようだ。


 ゴーレムは、横一列になって階段を昇って来る。


「エル!」


「本当に、後門の狼が出た!」


 休息は取ったので、何とか元気なエル、イーナ、ルイーゼの三人は階段付近に陣取り、下からガチャガチャと音を立てながら上がってくるゴーレム達との戦闘に入る。


 階段前で、エル、イーナ、ルイーゼの三人は横並びになり、下の階から上がって来るゴーレム達を破壊しながら階段下へと突き落としていく。


 だが、倒しても倒しても、新しいゴーレムが次々と階段を昇って来ているようだ。

 次第に、エル達の表情に焦りと疲労の色が滲み出始めていた。


「ヴェル、このままだと全滅よ!」


「しまった、追い詰められた……」


 なまじ、前のドラゴンゴーレムを倒す時に、魔力切れを狙った持久策が成功したのが良くなかったのかもしれない。 

 というか、前のドラゴンゴーレムの時には兵士型ゴーレムは存在していなかった。


 前提条件が違うのに、同じ戦闘方法を取った俺のミスでもあるのだ。


「多少の危険を承知で、攻勢に出ていれば……」


「坊主、嘆くな。時間を惜しんで攻勢に出ても、失敗していた可能性もあったんだ。それよりも、今どうするのかを考えろ」


 こんな危機的な情況でも、ブランタークさんは冷静なままであった。

 さすがは、長年一流の冒険者として活躍していただけの事はある。


 俺は、素直に感心していた。


「後方の三人は、そう長時間は支えられないぞ」


 続々と階段を上がって来る、多数の兵士型ゴーレムを順番に撃破しながら侵攻を防いでいるので、持久力の関係でいつか限界が来てしまうからだ。

 この五日間、魔法と薬でドーピングをして睡眠時間を削ったのも良くなかった。


 エリーゼが三人の後ろから疲労軽減魔法をかけているが、もう最初の頃のような効果はないようだ。

  

 俺もそうなのだが、もう精神的に限界が来ていて長時間の戦闘は不可能になっていた。


「ならば、短時間でドラゴンゴーレムを倒す」


「それしかねえな」


 倒せば、最悪でも前に逃げられる。

 もしかすると、ドラゴンゴーレムが倒れるとクリアー条件を満たすかもしれない。

 一種の賭けであったが、このままブレスを防ぎ続けるよりは勝算が高いのかもしれない。

 

 俺は、覚悟を決める事にする。


「俺は、魔法障壁を止めます」


「大丈夫か?」


 ブランタークさんは心配しているが、勿論補佐はして貰う。

 ドラゴンゴーレムが吐き続けているブレスは、基本的に無属性の魔力を前に吐き出しているだけの代物だ。

 それでも、超高速で吐き出されている魔力と喰らった相手との摩擦によって超高温状態となり、人間などは骨も残らない。

 全滅した二組の合同パーティーの末路を見れば、それは一目瞭然だ。

 

「ドラゴンゴーレムのブレスを再現してそれにぶつけ。押し返して、その頭部を破壊します」


 無属性の魔力同士でも、ブレス同士がぶつかれば膨大な熱が発生する。

 なので、それはブランタークさんに防いで貰うつもりだ。


 もし早くドラゴンゴーレムのブレスを押し返せれば、その分ブランタークさんへの負担は減るはずであった。


 元々、ブランタークさんが二体目のドラゴンゴーレムのブレスを防ぐ魔法障壁を展開すると、魔力量の関係でそう長時間は保たない。


 だが、短時間なら対処は十分に可能であった。

 

「俺は大丈夫だがよ。坊主の残存魔力はどうなんだ?」


 ここ五日間の無茶で、多少は容量は上がっているはず。

 だが今は、半日にも及ぶ魔法障壁の展開で、魔力は二割ほどしか残っていなかった。


「駄目ですかね?」


「坊主が、いかに早くブレスを遠方に押し返すかによる」


 それにより、ブランタークさんは魔法障壁の展開が必要なくなる。

 もしそうなれば、ブランタークさんから魔力を分けて貰えば良いという作戦なのだ。


「最初に、ブーストをかけますよ!」


 そう言いながら、俺は魔法の袋から魔晶石を一つ取り出していた。

 万が一の事を考えて、余裕がある時に自分の魔力を貯めていたのだ。


 実はもう四つあったのだが、それはもう使用して空っぽであった。

 ゴーレム軍との戦闘で、回復が間に合わないので使ってしまっていたのだ。


「あとは……」


 以前に、パルケニア草原にいた魔物から採取した魔石も何個か残っていた。

 エネルギー効率を考えると一方的な大損害なのだが、命には変えられない。

 魔晶石に加工していない魔石から全ての魔力が抜けると、まるで灰にようになってから崩れてしまい、二度と使えなくなるからだ。


「挙句に、本来の蓄積量の二十分の一以下しか魔力を補給できずと」


「その分も、ギルドと王宮の連中に請求してやれ」


「ですよねぇ。では、いきます!」


 合図と同時に、まず俺が魔法障壁を解き、同時にブランタークさんが全力で魔法障壁を展開する。


「坊主、この威力だとそうは保たねえ!」


「了解です!」


 俺はすぐに、脳裏にドラゴンゴーレムのブレスを思い浮かべ、それを正確に再現しようとする。

 全くのぶっつけ本番であったが、自然と不安はなかった。


 まるで根拠は無かったのだが、自分では出来ると信じていたからだ。


「(そういえば、師匠も大丈夫だと……)」


 まさか、口から魔法を吐くわけにもいかないので、両腕の手の平をドラゴンゴーレムへと向け、同時に体内の魔力を加速させながら前方へと放出するイメージを頭に浮かべる。


 すると、すぐにブレスに似た無属性の魔法が吐き出され。

 ドラゴンゴーレムのブレスと激突して、眩いばかりの光を放つ。


「坊主、魔法の威力を上げろ!」


 あとはブランタークさんの言う通りに、無属性の魔法でドラゴンゴーレムのブレスを押し返さないといけない。

 まずは、自分に残った魔力を遠慮せずに投入し、続けて一個だけある魔晶石から魔力を抜き出して使用する。


 俺の無属性魔法は徐々にドラゴンゴーレムのブレスを押し返していくが、魔力の消耗が激しいのですぐに意識が朦朧としてくる。


「坊主! しっかりしろ!」 

 

 ブランタークさんの叫び声がおぼろげに聞こえる中、俺の記憶は一時的に過去へと飛んでいた。 




『魔法においては、即応性は非常に重宝される。例えば、敵対する相手が初めて見る魔法を使ったとする。ヴェルは、どうする?』


 まだ子供の頃、短い期間ではあったが忘れられない思い出である、師匠との修行の日々。

 休憩中に、俺は師匠からこのように尋ねられていた。


 師匠は、たまに俺が考え込んでしまうような質問をぶつけてくるのだ。


『防いで、様子見ですかね?』


『初手は、それで十分。だが、先の手が無いといつかは魔力が尽きて倒される。ヴェルは、どうするのかな?』


『……』


『戦いはの環境は、すぐに変化する。下手な考えは、何もしていないのに等しい。一つの答えとして、相手の魔法を見て同じ魔法をぶつけてしまう手がある。即応なので、似たような魔法でも構わないよ。この場合の利点は……』


『相手の動揺を誘えるですか?』


『そういう事だね。そして、また冷静になって考えるんだ。相手は、どの属性の魔法を使っているのかと』


『その属性が、負ける属性の魔法に切り替えると?』


『正解だ。火魔法には水魔法を。土魔法には、風魔法をとかね。ただ、ヴェルが冒険者になると出会うかもしれないのだが……』

 

 冒険者の仕事には、古代魔法文明時代の遺跡探索という物もある。

 そしてその遺跡には、ある特殊な敵が存在する。

 古代魔法文明における魔法技術の極地を結集した、一般にはゴーレムと呼ばれる人工生命体とも呼ぶべき存在。


 魔力をエネルギー源にして動く、恐れを知らない無慈悲なカラクリ兵器が、冒険者という侵入者から遺跡や収蔵物を守ろうとするのだと。


『ゴーレムの中には、魔法を使う物もある』


 正確には、魔力を流すと魔法が発動する魔道具を仕込んであるとでも言うべきであろう。


『その中でも、一番多いのは無属性の魔法だね』


 貯めた魔力を、敵に向けて超高速で加速して飛ばすだけなので、魔道具の仕掛けが複雑にならないらしい。 

 他の属性魔法だと、その属性具現で必要な魔道具の仕組みや使用魔力の量が増えるそうだ。


『無属性には、それに強い属性が無い。逆に、弱い属性もないわけで』


 どの属性が相手でも、一定の効果が望めるのだそうだ。


『闇属性の親戚ですか?』


『いや、闇とは違うね。属性が付く前の魔力をただ放っているだけなのだから。闇は伝承扱いだけど、ちゃんと闇属性に変化すると思うんだよ。私は』


『なるほど、では無属性への対処方法ですか』


『強い属性も弱い属性もないから、どの属性魔法でも高威力にして打ち消すしかないんだよね。ある意味厄介なんだけど、ヴェルのように魔力の量が多いと生き残れる可能性は高い。あとは、ヴェルが無属性魔法を放てるようにするかだね。同じ無属性同士なら、魔力消費効率も良い。少ない差だけど、これが生き残れる鍵になるかもしれない。でも、無属性は逆に難しいからなぁ。聖ほどではないんだけど……。ヴェルならいけるかな?』




  

 そういえば、あの時には結局使えなかったのだが、人間危機が迫ると案外使えるようになるらしい。

 

 『師匠、出ましたよ。無属性の魔法が』と思ったところで、突然肩を揺さぶられて目を醒ましていた。

     

「坊主、魔力不足で意識が飛びかけたな?」


「すいません」


「いや、体はちゃんと動いていたさ。それに、意識が飛んだ時間は一秒もなかった」


 いつの間にか片膝はついていたが、両手の平を前に出し、無意識で無属性魔法を放ち続けていたようだ。

 そして肝心の魔力であったが、大分ドラゴンゴーレムのブレスを押し返したおかげで魔法障壁が必要無くなり、ブランタークさんが俺の両肩に手を置いて魔力を補充している最中であった。


「ブランタークさん」


「俺も、予備の魔晶石は全部使い切っている。こうなったら、気絶するまで魔力をお前に渡すしかねえ」


「わかりました」


 俺もブランタークさんも、もうこれで魔力に余りなどなくなる。

 これらを全て使い切る前に、ドラゴンゴーレムのブレスを完全に押し返してドラゴンゴーレムの頭部を破壊できるのか?

 出来なければ、再び押し返されたブレスで、全員が骨まで消滅するだけであった。


「ヴェル! 魔力なら!」


「ルイーゼは、駄目だ!」

 

 ルイーゼは、後方の階段から迫るゴーレム迎撃の要なので、こちらに来られても困る。 

 ドラゴンゴーレム破壊前に、後方からゴーレムに蹂躙されれば意味が無いからだ。


 同時にエルとイーナも、俺に分けられるほど魔力を持っているわけでもない。

 

 そもそも、全ての魔力を渡しても、変換効率のせいで大して足しにもならなかったのだ。

 

「今、冷静に計算して。魔力が足りないかも」


「とにかく、前に放て! 俺は、全部魔力を渡すから後は宜しく」


 そう言うのと同時に、ブランタークさんは意識を失って倒れてしまう。

 これで、残りは俺が持っている魔力だけとなった。


 手の平から放ち続けている無属性魔法は、徐々にドラゴンゴーレムのブレスを押し返し、目標であるドラゴンゴーレムの頭部までもう十メートルほど。


 ところが、それに危機感を感じたドラゴンゴーレムは更にブレスの威力を増大させ、それに対応するために俺も魔力を大量に使用する。


 あまりの魔力使用量の増加に、俺は内心焦りで一杯になっていた。

 ジリジリと魔力が減っていく感覚が、二年半の修行のおかげで鋭敏にわかるようになっていたからだ。

 

「(拙い! とにかく、一秒でも早く完全に押し返さないと!)」


 ところが、いくら焦ってもそう簡単に押し返せる物でもなく、密かに危機感を募らせていると、再び両肩に誰かの手が置かれる。


「ヴェンデリン様」


 それは、エリーゼの手であった。

 

「以前に、ヴェンデリン様から買って頂いた指輪が役に立つ時がきました」


 そういえば、婚約した直後に魔力を貯められる指輪をプレゼントしていたのを、今になってやっと思い出す。

 エリーゼの手から、次第に魔力が流れ込んで来るのが確認でき、どうやら魔力切れという事態は今は避けられそうであった。


 ところが……。


「一向に押し返しきれねぇ……」


 人工人格に心があるのかは不明であったが、ドラゴンゴーレムは三度ブレスの威力を増していた。

 もしかすると、自分を破壊されたくないのかもしれない。


 というか、どれほど巨大な魔晶石を内臓しているのであろうか?


 外部から魔力を補給するケーブルは絶っていたし、一体目と同じく頭や背中に装備している、空気中から魔力を集めるミラーは、あくまでも補助でしかない。


 それだけ、巨大な魔晶石が埋め込まれているという証拠でもあった。


「拙い! また魔力が……」


 ブランタークさんはもう気絶しているし、エリーゼ自身にどれだけ魔力が残っているのかは不明であったが、彼女は治癒の名手でも、魔力付与には長けていないと以前に聞いている。


 なので、ここで彼女から普通に魔力を分けて貰っても、あまり足しにならなかったのだ。


「ヴェンデリン様!」


「もしかすると、押し返される。ブランタークさんを引っ張って、ブレスの射線から外れてくれ。エル達もだ!」


 このままブレスが押し返されると、俺は間違いなく骨まで消し炭だが、同時に後方の階段を上がってゴーレム達も巻き添えであろう。


 それに、いくら何でもドラゴンゴーレムの残存魔力量に余裕などないはず。

 上手く立ち回れば、俺の犠牲だけで他の全員が生き残れる可能性もあった。


「そんな、ヴェンデリン様を置いてなど……」


「ヴェルも、逃げれば良いだろうに!」


「無理だな。お互いに全力で魔力を放出して相手を破壊しようとしているんだから」


 逃げるために、魔力の放出を少しでも弱めたら、俺は一秒とかからないで押し返されたブレスで燃やされてしまう。

 逃げるも死で、前に進むのも死な以上は、一人でも犠牲を減らす努力は怠るべきではなかった。


「ヴェル、やっぱりボクの魔力を!」


「それは温存しておけ!」


 魔力が空で意識もないブランタークさんに、魔力は治癒魔法のために温存が基本なエリーゼ。

 となると、俺が死んだ後には、一番戦闘能力に長けているルイーゼも余計な消耗をすべきではなかった。


「ヴェル、あなた……」


「すまんな、イーナ」


 イーナは、ゴーレムを倒しながらも懸命に最善の手を考えているようだ。

 とても彼女らしいとも言えるが、もう策は尽きたのだ。


「あの世で、師匠からまた魔法でも習うかな」


「そんな物騒なセリフを吐くな!」


 エルが激怒するが、やはりどう計算しても少し魔力の量が足りないようだ。

 俺の魔力が尽きるのは、ドラゴンゴーレムの頭部から一メートルほど手前の位置。


 なまじ、計算が可能なので絶望も大きかった。


「ヴェンデリン様……」


 あの曲者の祖父のせいで、優しいエリーゼは常に苦労していた。

 もし俺が死んでも、まだ婚約状態なのでいくらでも良い嫁ぎ先はあるはず。

 ここで、俺に付き合って死ぬ事などないのだ。


「(死か……)」


 怖くないと言えば嘘になるが、もしかするとまた一宮信吾として目を醒ます可能性が無くもない。

 このヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターの人生は長い夢で、俺は再び二流商社マン生活に戻るのではないかと。

 そんな気もしてくるのだ。


「ヴェンデリン様……」


「エリーゼは美人なんだし。ここで俺に付き合わなくても、他にいくらでも嫁ぎ先が……」


「いえ! 私は、ヴェンデリン様の妻になります! だから、ヴェンデリン様も諦めないで!」


「ええっ!」


 まさかここで、エリーゼがこんなに声を荒げるとは予想だにしなかった。

 続けて、俺の視界をエリーゼの顔が塞ぐ。

 後ろから両腕を俺に首に回し、顔を前に出して俺の唇を自分の唇で塞いできたのだ。

 要するに、後ろからキスをされているとも言える。


「なぜに!」


「エリーゼ、大胆」


「羨ましい……」


 エリーゼの突然の行動に、エル達も驚きを隠せないようであった。


「(なっ!)」

 

 続けて俺が驚くのと同時に、なぜか体の奥から魔力が湧き上がって来るのが感じられる。

 

「(なぜだ? エリーゼには、魔力付与の才能は……)」


 エリーゼでは、今彼女に残っている魔力を全て俺に注ぎ込んでも、変換効率が悪いので全体の一%も回復しないはず。

 なのに、今の実感では二割以上は回復しているように感じていた。


「ヴェンデリン様……」


「エリーゼ!」


 唇を離したエリーゼは、半分意識が朦朧としているらしい。

 今にも消え入りそうな声で、俺に話しかける。


「『奇跡の光』を使いました。でも、魔力不足で完全には……」

 

「そういう事か」


 『奇跡の光』とは、聖系統の最高級治癒魔法の一種であった。 

 膨大な魔力を使うのだが、瀕死でも生きていれば完全に回復する。

 教会でも、使い手は五十名ほどしか確保していないそうだ。

 

 当然、エリーゼもその中の一人だ。


 そして、この魔法にはもう一つ効果がある。 

 かけた人の魔力を、ついでのように半分ほど回復させるのだ。

 この魔法、別に俺のように大怪我をしていなくてもかける事は可能である。

 していない怪我は治せないので魔力の無駄になり、今までにそんな事をした人はいないようであったが。


 エリーゼはただ俺の魔力を回復させるためだけに、この魔法を使ったのであろう。 

 ある意味、盲点とも言えた。

 

「これで、少しは魔力を……」


「わかった、エリーゼは安心して寝ているんだ。なっ?」


「はい……」


 その言葉を最後に意識を失ったエリーゼは、俺に負ぶさったような状態でスヤスヤと寝息を立て始める。

 普段の半分ほどの効果でも、『奇跡の光』はエリーゼの残存魔力を全て奪い去ったようだ。 


「エリーゼ、諦めて済まなかったな。でも、もう大丈夫」


 俺は、背中に負ぶさったままのエリーゼに優しく声をかけながら、徐々に無属性魔法の威力を上げていく。

 最後の最後で得られた貴重な魔力を、惜しげもなく全力で放出して目の前のブリキ竜をぶち壊す。

 今の俺には、これ以上にする事など存在しなかったからだ。


 幸いにして、今の俺はキスのおかげで非常にハイテンションであった。


「ドタマ吹き飛ばして死ねい!」


 ここで変に魔力の出し惜しみなどして、また魔力不足になる事態は避けたい。

 後方のゴーレム集団への不安はあったが、それはエル達に任せるしかなかった。

 

 最悪、俺達を背負って前へと逃げて欲しい物だ。


 そんな事を考えている間に、一気に放出した俺の魔力は底を尽き。

 そのコンマ数秒前には、ブレスを押し返した俺の無属性魔法が、ドラゴンゴーレムの口から侵入してその内部を蹂躙する。


 ドラゴンゴーレムの口腔内にもミスリル装甲が張られているはずであったが、狭い口腔内で自分のブレスと俺の無属性魔法が激突して炸裂したのだ。

 いくらミスリルでも、この破壊力に抗えるはずはなかった。


 哀れ、頭部が爆散したドラゴンゴーレムはその動きを止めてしまう。

 

 派手な金属音を立てながら、その体が完全に前のめりに倒れてしまったのだ。

 そして、頭部を失ったドラゴンゴーレムは微動だにしなくなった。


 続けて……。


「あれ? ゴーレム達の動きも止まった」


「あのドラゴンゴーレムが、ボスであるという定義でオーケー?」


「そういう事なんでしょうね」


 今まで、次々と押し寄せていた兵士型のゴーレムも、全てがその動きを完全に止め。

 階段下は、まるで死体だらけの戦場跡のような静寂さを迎えていた。


「ヴェル、やったじゃないか」


「ああ……」


 ようやくゴーレム集団からの脅威が解決し、安心したエルが俺に声をかけてくる。 

 だが俺も、ブランタークさんやエリーゼのように魔力が尽きて、今にも意識を失いそうであった。


「もう意識が飛びそうだ……。エル、後は任せるから……」


「ヴェルも限界か。厄介なゴーレム達も、動きを止めたから任せておけ」


「そうか……。なら、安心して……」


 目の前の強敵を破壊して安堵した俺は、エルの言葉を聞くとそのまま意識を失ってしまうのであった。

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