第四十話 十五歳になり。
「疲れた……」
「ボクも……」
「某は、疲労感などまるでないのである! さあ、某に最高の一撃を!」
俺達が王都を拠点としてから約二年半後、数日前に十五歳になった俺は、今日もルイーゼと一緒にアームストロング導師との修行に励んでいた。
『一体、どこの連載バトル漫画だよ!』と言わんばかりの二年半であったが、その成果は十分に出ているはず。
出ていないと、俺が精神面で悲惨な事になってしまう。
俺は相変わらず魔力が上がり続けていて、更に新しい魔法も大量に覚えていた。
その中でもやはり注目すべきは、アームストロング導師から習った身体能力超強化、高速飛翔、魔導機動甲冑の三つであろう。
魔力はバカ喰いするがその威力はお墨付きで、数日前にはアームストロング導師から合格を貰っていたので、もう十分に実戦で使用可能であった。
まあ個人的には、普段は使用せずに他の遠距離魔法で全てを済ませたいものであったが。
というか、これを使わないと戦えない敵とは遭いたくないものだ。
それと、俺と一緒に指導を受けていたルイーゼであったが、彼女も身体能力強化、高速飛翔、魔導機動甲冑、瞑想の四つの魔法の習得に成功していた。
かなり魔力が向上した影響で、今までは魔力を体に巡らせるだけであった状態から魔法の習得まで行ったらしい。
なお、彼女はオリジナル魔法である『瞑想』も習得している。
これは、瞑想を行って己の傷を治すという、俺やアームストロング導師ですら習得できなかったかなり特殊な魔法でもあった。
他人を治せないのは残念であったが、自分の傷を治せるので戦闘ではかなり重宝するはず。
同じパーティーメンバーから見ても、複数の負傷者が出た時に自分で何とかしてくれるメンバーがいると非常に楽なのだ。
以上のような経緯があり、今日は最後の一区切りという事で三人で模擬戦闘訓練を行っていた。
いや、言葉は正確な方が良いであろう。
この二年半、三人はほぼ毎日模擬戦闘訓練と称して、王都郊外にある原野で模擬戦闘ばかり行っていた。
限界まで戦って膨大に魔力を消費すれば魔力量は増えるし、他の訓練は模擬戦闘が終わってから行えば良いからだ。
唯一の誤算と言えば、『軍の練兵場が壊れてしまうので、誰もいない場所での訓練を希望します』と軍のお偉いに言われてしまった事であろうか?
それも、この大陸にはいくらでも無人の土地があるのでまるで問題はなかったのだが。
そんなわけで練習場所には事欠かなかった俺達であったが、問題なのは旗振り役であるアームストロング導師が異常にハイテンションであった事であろうか。
何しろ、アームストロング導師の魔法は規格外だ。
竜を、ハンマー状に魔力で変えた杖や、魔導甲冑越しとはいえ素手で殴り。
その尻尾を掴んで放り投げ、ブレスは魔力を物質化した鎧や武器で防ぎ、切り裂いてしまう。
当然誰かに教えようにも、そうは真似できるものではない。
もし強引に他の魔法使いに教えようとしても、かえってそれが迷惑になってしまう。
通常の魔力しか持たない魔法使いであると、すぐに魔力が切れてしまうからだ。
そのような理由があって、己一人で研鑽を続けていたところに、魔力の量は多かったが当時は魔法が使えずに実家の道場で魔闘流を修めたルイーゼと、魔力が自分をも上回っている俺が現れた。
その事実に狂喜した彼はこの二年半、俺とルイーゼを毎日のように過酷な修練で振り回していたのだ。
だが、それも今日で終わる。
明日にパーティーメンバーで一番誕生日が遅いイーナが十五歳になるので、遂に冒険者としての活動が始まるのだ。
そんなわけで、今日はアームストロング導師との最後の模擬戦闘が行われていた。
まだ数分とはいえ、全力での戦いで頭にアドレナリン全開のアームストロング導師はともかく、俺とルイーゼは急速な魔力の消耗から来る疲労感が堪らなかったのだが。
「最高の一撃ねぇ……」
「ヴェル。実際問題、ボクはもう一撃で限界」
「では、殺すか」
「えっ!」
「いや、そういう気持ちで行かないと駄目でしょうに」
王都郊外にある原野の上空で、俺とルイーゼは空中に浮きながらアームストロング導師と対峙していた。
共に持てる技の全てを撃ち続けていたので、この中で一番魔力の低いルイーゼにはそろそろ限界が訪れていたようだ。
ならば、あとは導師を殺すつもりで残り全ての魔力をぶつけないといけないであろう。
別に俺は、導師に恨みがあるわけではない。
色々とアレな部分も多い人であったが、悪い人ではないし、今は世話にもなっている。
魔法格闘技の修行のおかげで本来の身体能力も上がっていて、以前の武芸大会のような一回戦負けという無様は無いと思う。
二度と参加するつもりはないので、確認のしようがないのだが。
「二年半も、導師からは指導して貰ったんだ。ここは、全力でぶちのめした方が恩を返す事になる」
というか、そのくらい全力でやらないと導師は戦闘不能にはならないはず。
なぜなら彼も、ルイーゼから効率の良い動き方や技などを習っていて、以前よりも強くなってしまったからだ。
魔力も俺と器合わせをして増えてしまったので、ますます強敵になっていた。
「これも、導師に恩を返すため!」
「(本音は?)」
「(二年半も、俺達は軍隊の新兵か! 道場の新弟子か! ここでどさくさに紛れてぶちのめす!)」
強くして貰った恩はあるが、過酷な実戦形式の野外戦闘訓練ばかりだったので、やはり恨み事は沢山存在していたのだ。
「(恨み事が無いなんて、嘘に決まっているだろうが! バーカ! バーカ!)」
「(ヴェル、子供じゃないんだから……)」
毎日昼飯を野外で調達とか、俺は『どこのレンジャー部隊だよ!』とも思っていた。
「では、ルイーゼはどうだったんだ?」
「さすがに、ボクも結構辛かったなぁ」
子供の頃から魔闘流の修行をしていたルイーゼが辛いと言うくらいなのだから、中身が元現代人である俺はもっと辛かったのだ。
メンタルがもやしの、元現代人舐めてはいけないと思う。
「ルイーゼは、俺や導師よりも魔力が少ないしな」
それだけ、魔力の節約をしながら導師のパワーに対抗しなければいけないという事であった。
「その辺は、何とか大丈夫。ところで、ヴェルの方は?」
「倦怠感さえ何とか出来れば、もう数分くらいは大丈夫」
「最近、ますます化け物めいたね」
「それは、正面の御仁にも言ってくれ。あとは、ルイーゼもか……」
実際、この二年半の修行でルイーゼは魔力量だけで言えば、上級に近いレベルにまで上昇している。
俺との器合わせで、魔力量を上げていたからだ。
使える魔法は少なかったが、多分今では竜ですら単独で殴り飛ばせるかもしれない。
元々、魔闘流では師範クラスの実力の持ち主だ。
溢れる魔力を使って、攻撃力と防御力を嵩上げして強くしている俺やアームストロング導師などよりも、よっぽど器用に上手に効率良く戦えるのだ。
「ヴェルが、高集束魔力弾の連発で牽制。その後に、ボクが渾身の一撃を加えるでケリかな?」
「一番無難で確実な作戦だな」
魔導機動甲冑の魔法を覚え、全身を薄い鎧に包んだルイーゼが俺に作戦案を提示する。
彼女の魔導機動甲冑は、三人中では一番薄手で防御力が低い。
保有魔力の関係でそうなっているのと、彼女の身体能力と動体視力が優れているので、敵からの攻撃は基本回避で、魔導機動甲冑は最後の防衛手段であるという点が大きいからだ。
魔力は、俺、アームストロング導師、ルイーゼの順で多く。
格闘戦闘能力では、ルイーゼ、アームストロング導師、俺の順番であったのから当然の選択とも言えよう。
「高集束魔力弾は、もうそれは派手にね」
「了解」
俺がアームストロング導師に接近戦を仕掛けても経験の差で分が悪いので、遠方からの高集束魔力弾攻撃でその動きを止める事にする。
以前、グレートグランド退治の時に、アームストロング導師が蛇の形をした風系統の高集束魔法を放ったというアレだ。
俺からすると、わざわざ蛇にする理由がわからないのだが、魔法はそのイメージが本人に合えば効果が劇的に増大する。
なので、あの蛇の形の高集束魔力弾は彼に合っているのであろう。
俺の場合は、前世の影響もあって普通に魔法を超高集束させた砲弾型の高集束魔力弾であったが。
それを何十発と同時に発生させ、次々とアームストロング導師にぶつけていく。
こういう魔法では、俺は導師に負けない実力を持っているのだ。
「おおっ! 相変わらずの容赦のない攻撃である!」
とは言いつつ、アームストロング導師の方は、それを次々とまるで蝿でも振り払うかのように両手で弾いてしまう。
弾かれた高集束魔力弾が原野に降り注ぎ、一帯をまるで戦場跡のようにクレーターだらけにしてしまうが、今のところは誰かから苦情が出るという事もなかった。
何でも、この原野はあとで開墾が行われるらしい。
土が掘り返されても、何の問題も無いそうだ。
「相変わらずの、限界知らずな魔力である!」
もう数百発目なのかは忘れたが、アームストロング導師は相変わらず余裕で高集束魔力弾を手で弾き続けていた。
「(この人、マジで四十歳超えてるのか?)」
いまだに成長を続ける魔力に、それに比例するかのようにますます進化する化け物染みた戦闘能力。
果たして、この世に彼を殺せる人はいるのであろうか?
さすがに、そろそろ俺の方の魔力が危なくなって来たのだが、やはり魔力量では一日の長があったようだ。
よく見ると、次第にアームストロング導師の魔導機動甲冑に皹が入っていくのが確認できる。
遂に、魔力に限界が訪れたらしい。
そして、遂にルイーゼが動いた。
「てぇい!」
特に、技名などはないらしい。
というか、技名などを叫ぶと時間の無駄なので、俺はこの世界でそういう武道家を見た事が無い。
ルイーゼは、アームストロング導師にその動きを追われながらも一瞬の隙を突いてその死角に入り、そこから渾身の魔力を篭めた蹴りを加える。
蹴りを喰らったアームストロング導師の魔導機動甲冑が砕け、彼はそのまま地面へ吹き飛ばされてしまう。
落下した地面には、盛大な土煙や轟音と共に大きなクレーターが出来ていた。
「残念、魔力切れである」
普通の人なら生存を疑うレベルであるが、魔導機動甲冑が無くても強力な身体能力魔法がかかっている影響で、この程度の衝突でアームストロング導師がどうこうなるはずもなく。
彼は、ローブに付いた土汚れを振り払いながら俺達に声をかけていた。
「さすがに、二対一では分が悪いのである」
「でしょうね……」
それでも、倒すのに二人がかりなのだ。
この人が、いかに化け物かを証明する証拠となろう。
というか、攻撃しているこちらが疲労と眠気で今にも倒れそうであった。
今日は、さすがに魔力を短時間で使い過ぎたようだ。
「合格である。だが、少年も某も、まだまだ魔力を鍛えないと駄目であるな。再戦を期待するのである」
この二年半、俺もアームストロング導師も懸命に魔力量の増大に努めていたのだが、やはりまだ限界は訪れていなかった。
俺はまだ十五歳なので、むしろ普通の魔法使いはこれから二十歳前くらいまでが最も魔力量が増大のピークとなるので不思議はなかった。
なのに、アームストロング導師はまだ魔力が増大を続けている稀有な例だ。
いやもしかすると、その内魔力が暴走して凶悪な魔物と化す可能性もありそうだ。
勿論、軽い冗談ではあるが。
「お主達が、冒険者として大成するのを某は見守っているのである」
別に見守ってくれなくても良いような気がするが、とりあえずはこの過酷な訓練から逃れられる事に、俺とルイーゼは安堵の表情を浮かべるのであった。
しかし、物凄く眠い……。