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幕間十六 武芸大会前夜。

「全く、あの家は……」


 翌日、俺はブライヒレーダー辺境伯に昨日のお見合いの結果を報告していた。

 とは言っても、破談しましたなんて有り得ない。


 いつに、どこで式を行いますとか。

 フリーデさんとした話の内容などが、主な報告内容となっていた。

 そして当然、あの話が出てくるわけだ。


 バウマイスイター本家が、王都バウマイスター家から援助だけ引き出し、自立が可能になったら連絡すら寄越さなかった件と。

 

 援助された分を、銅貨一枚も返していない件をだ。


「知らなかったのですか?」


「エーリッヒさんの祝儀と同じですよ。共に、事実を公表していません」


 王都バウマイスター家としては、次代で世襲可能な職を得られたので返済を気にしなくなった。

 というよりも、それでまたタカられでもしたら嫌だと思ったのであろう。

 

「援助名目なので、厳密に言うと借金ではないんですよね」


 それでも、領地の開発が進んで余裕が出来たら、利子を付けなくても返すのが筋という物だ。

 これは、貴族として当然と言っても過言ではない。


 いや、人として当然とも言えた。


「せっかく得た役職なので、あの家に返済の催促に行かせる人手すら惜しかったんでしょうね」


 手紙を送り、苦労して人を行かせても。

 うちの実家が、『無い物は返せない』と言ってしまえばそれまでだ。


 そんな人手があったら、俺でも森林警護に割くと思われる。

 職務の安定こそが、次世代以降の生活の安定をもたらすのだから。


「そういうのを見越して、お金を返さないんでしょうね」


 狭い当事者同士だけが知る金の貸し借りを行い、それを確信犯的に返さない。

 一種の寸借詐欺と言えるかもしれなかった。

 金額が、まるで寸借ではないとしてもだ。


「あと、せっかく得た役職にケチが付く可能性もですか?」


「ええ。大げさ騒ぎ立てて、スキャンダルにしようとする連中はいるでしょうから」


 一族に金に汚い連中がいて、そいつ等が仕事の足を引っ張る可能性があるのでクビにしましょう。

 後任者として、我が家などはどうでしょうか?

 足りない役職を得るために、ニート貴族はこのくらいの事は平気で行うそうだ。


「それも考慮して、何も言わずか……」


「結果的に良かったようですね」


 王都バウマイスター家は、そういう事をしないで森林警護の職務に邁進し、結果的に騎士爵家としては裕福な家になっている。


 俺は、少しはうちの実家も見習えば良いのにと思ってしまう。


「式には、私も出ます。あとは……」


 あくまでも極秘裏にだが、うちの実家が返していない援助金を慰謝料込みで王都バウマイスター家に返済しないと駄目らしい。


「秘密ですけど、その件で両家は縁切り状態ですからね。あとは、また祝儀ですか……」


 エーリッヒ兄さんの時と、同じ問題に直面するわけだ。

 パウル兄さんだって、独立した騎士爵家がエドガー軍務卿の後ろ盾で貰える事になっている。


 当然、式では祝儀を出す必要があったのだ。


「全部、俺が……」


「いえ、私が出します。バウマイスター男爵が出した事にしますけど」


 ブライヒレーダー辺境伯にも、南部最大の実力者として、寄り親としてのプライドがあるのであろう。

 全て自分が払うと宣言していた。


「うちの経理帳面上は、全部バウマイスター本家の借金ですけどね」


 どのくらいの額になるのかは不明であったが、間違いなく現実に降りかかったら、バウマイスター家を苦境に追い込む額になるはずであった。


「返済は求めませんか」


「うちの先代の罪状を考えるに、黙っているしかないでしょうね」


 どちらも、叩くと埃が出る問題というわけであった。

 それでも帳面には記載されていて、その返済が催促されないのはブライヒレーダー辺境伯からの指示が出ているからに過ぎない。


 将来的に、大きな爆弾になる可能性を秘めていたのだ。

 

「そちらは、そのくらいで良いと思います。ところで、武芸大会に出るとか?」


「何か、強制らしいですね……」


 貴族ならば、最低一度は王国主催の武芸大会に出るのが常識なのだそうだ。

 相変わらず、うちの実家は例外なのだが。

 

「この国で、貴族に任じられた際に言うでしょう?」


「『我が剣は~』という奴ですね」


 例え、戦場のメインウェポンが弓と槍でも、魔法が戦術・戦略級の秘密兵器として、両国がこれをしてはいけないという秘密紳士協定が結ばれていても。


 貴族は、華麗に剣を振るってこそ尊敬されるのだそうだ。

 今の全貴族の中で、俺も含めて剣をちゃんと扱える貴族が何人いるのか微妙な件は置いておいてだ。


「私も、若い頃に出た事があります」


 まだ爵位を継承する前に、やはり一度だけ出場した事があるそうだ。


「どうでした?」


「見事に予選一回戦負けです。私は、剣の才能がマイナスな男ですから」


 子供の頃に剣の先生から、『練習中に、怪我だけはしないでくださいね』とだけ言われていた生徒であったらしい。

 さすがの俺でも、そこまでは酷くなかったはずだ。


「予選一回戦負けでも、別に問題はないですけどね」


「そうなのですか? ブライヒレーダー辺境伯様は、軍人じゃないから?」


「別に軍人でも、そう問題というわけでもないですよ」


 一応の決まりとして、最低一回は出場するようにと言われているだけだからだ。

 

 それと、成績と軍人としての出世との因果関係であったが、成績が良ければ査定にプラスされるが、それは中級指揮官までらしい。


「上級指揮官になりたければ、指揮能力とか、後方担当能力とか、色々と必要ですし」


 総大将が、その優秀な剣技で敵を次々と切り倒し。

 という戦況になったらその時点で負けなので、剣の腕はさほど重視されないそうだ。


 むしろ大軍を整え、補給を含めた後方支援体制を確立し、的確に指揮を行える者。

 何でも、演習の時に査定を受けるそうで、ここで評価されないと出世できないそうだ。


「腕っ節だけ良くても、前に出されて終わりでしょう?」


「まあ、そうですね」


 軍人なのだから、偉くなるには軍勢を率いる能力が必要となる。

 ただの剣の達人では、有名な冒険者か剣術師範か前線で有能な小隊長くらいで終ってしまうであろう。


「それに、バウマイスター男爵は軍人にはならないのでしょう?」


「はい」


「じゃあ、問題ないですね。目標予選一回戦突破でも良いじゃないですか」


 少し情けないような気もするが、今から努力して剣が上手くなるわけでもない。

 ブライヒレーダー辺境伯の言う事は正しかった。


「バウマイスター男爵には、竜をも殺す魔法があるから良いじゃないですか。私なんて、それすら無いんですよ」


 それに、男爵以上の貴族が、変に剣など武芸の達人である必要もないそうだ。

 むしろ駄目で、そういう人を雇わないとという状態こそが好ましいと。


「何でも出来ると、嫌味に思われますしね。あと、武芸大会ですけどね」


 剣術と、槍術と、弓術と、素手か手甲による格闘術の部門に別れているとのブライヒレーダー辺境伯からの説明であった。


「個人的には、弓の部に……」


 王国有数の名人などと自惚れてはいなかったが、一番マシな成績になるような気がしたからだ。


「残念でしたね。貴族家の当主と跡継ぎは、必ず剣術の部門に出場しないといけないんです」


 貴族は『我が剣は~』なので、必ず剣術の部門なのだそうだ。


「しょうがない。駄目元で……(待てよ。魔法で色々と強化をすれば……)」


「ああ、言っておきますけど。全部門で魔法や魔力の使用は禁止です。あくまでも、純粋な技を見るための大会ですから」


 ブライヒレーダー辺境伯の言葉に、俺の最後の希望が音を立てて崩れ落ちるのであった。





「武芸大会であるか。某も、昔に一度出たのである」


 ブライヒレーダー辺境伯の元を辞してから瞬間移動の魔法で王都の屋敷に戻ると、そこではアームストロング導師が優雅にマテ茶を飲みながらクッキーを頬張っていた。


 実はこの人、見た目によらず甘い物が好きなので良く食べているのだ。

 

 そしてその席で、武芸大会の話題が飛び出す。


「魔法禁止ってのは、辛いですね」


「大半の人は、魔法が使えない故に」


 純粋な技量と経験を見る大会なので、そこに魔法や魔力を持ち込まれてもという事らしい。

 もし導師が本気を出せば、どんな剣の達人でもプチっと潰されてしまうであろうし。

 

「ただ、規定が曖昧な部分もあり」


 魔力の量が常人並かそれより少し多いくらいでも、その魔力を上手く身体能力などに上乗せして強い人も存在している。

 ところが、こういう才能は半分本能なので、いきなり使うなと言われても難しい。

 

 使われている魔力の量も少ないので、こういう人は黙認されているそうだ。


「判定員が魔力量を測定し、常人の平均魔力量を超える使用が確認されると失格になるのである」


「面倒な事をしてますね」


 俺達は、ちょっと魔力を使っただけで失格になってしまうそうだ。


「純粋な剣術のみか。予選一回戦負けだな」


 運良く、俺と同じような記念出場貴族に当たれば勝てるかもしれない。

 だが他は、常連出場者のプロ軍人達に、近衛を含めて騎士団に所属している騎士達に、見習いで毎日厳しい鍛錬に明け暮れている若者にと。


 他にも、名を挙げようと、在野の冒険者や浪人達も多数出場する。

 本選に出場できるのは、百二十八名のみ。

 予選を突破するには、最低でも七回は勝たないといけない過酷な大会でもあったのだ。


「冒険者や浪人は、特に気合が入っているのである」


 成績優秀者には、貴族からのスカウトが入り易い。

 護衛や、少数の諸侯軍を強化する即戦力として。


 この戦争が無い時代、余所者が貴族家に仕える事が出来るかもしれない唯一の機会でもあったのだ。

 

「ところで、導師はどうだったのですか?」


「うむ。某も、父に言われて剣術で出る羽目になり……」


 導師も剣術は苦手なようで、それでもパワーはあるので予選四回戦まで行ったそうだ。

 

「凄いなぁ。予選四回戦……」


「確かに、四回戦は凄いですね」


 更にそこに、うちの屋敷で結婚式の打ち合わせをしていたエーリッヒ兄さん達も姿を見せる。

 パウル兄さんとヘルムート兄さんは、現在結婚式と婿入りに向けて忙しい日々を送っていた。


「四回戦でも凄いのですか?」


「ヴェル、私は予選二回戦敗退だったんだ」


 下級官吏になったばかりの頃、その頃は純粋な上司であったルートガーさんに『お約束だから』と言われて出場したそうだ。


「一回戦の相手が、某伯爵家の跡取りでね。助かった部分もあるんだ」


 貴族のボンボンで、物凄く弱かったから勝てたそうだ。

 確かに、エーリッヒ兄さんの剣の腕前は、もしかすると俺よりも弱いかもしれなかった。


「ちなみに、パウル兄さんは?」


「俺は、三回戦まで行った」


「凄いですね」


「俺も、トーナメント運だよな。アレは……」


 対戦相手が、自分と同じような見習い警備隊員や、貴族の跡取りであったそうだ。


「トーナメントの隣の山がな。たまたま人数の関係でシードだったんだ。そこに、男爵家の跡取りが居てな」


 それでも、二回戦突破には違いない。

 俺も、エーリッヒ兄さんも、ヘルムート兄さんも。

 パウル兄さんを尊敬の眼差しで見つめていた。


「さすがは、我がバウマイスイター家。物凄くレベルが低いぜ……」


 他も、よほどの軍人家系であるとか、親が教育熱心でもないとこんな物らしいのだが。


「参考までに言うと、俺も二回戦敗退な。初戦の相手が、同じ警備隊で俺よりも弱い奴だったから」


 そして、ヘルムート兄さんも一回戦は突破しているらしい。

 俺は少し、プレッシャーを感じていた。


「何と言うか、まるで心躍らない話ですね。一回戦が突破したい……」


「パウル兄さんのように、三回戦まで行けたら大した物だけどな。でも、現実はその程度だぜ」


 何かのサーガの主人公のように、そう簡単に本選に出たり優勝をかけて決勝戦とか。

 そういう事は、なかなか無いようだ。


 俺には、元々そういうシナリオは有り得ないのだが。


「ベテラン冒険者とかに当たってみるとわかる。呆気ないほど簡単に負けるから。そんな奴でも、まず本選出場は奇跡だし」


 加えて、そんな凄腕でも数の暴力には無力となる。 

 軍がそういう人材に、前線で活躍する事しか期待しない最大の理由でもあった。


「うちの兄弟はその程度だと考えても、エルヴィンや、イーナ嬢やルイーゼ嬢ならいけるんじゃないのか?」


「エルヴィンなら、予選五回戦くらいまではいけると思うな。トーナメント運にもよるけど」


 貴族の目に留まるには、予選四回戦を突破する必要があるようだ。

 逆に言うと、そこを突破できないと困った事があるかもと、パウル兄さんが言う。


「ヴェルの男爵家は、新興も良いところだろう? 従士長のエルヴィンが不甲斐ない成績だと、売込みが激しくなるかもしれないのさ」


 あの程度で従士長なら、俺の方が使えるはず。

 成績がエルよりも上で、現在求職中の連中が押し掛ける可能性があるそうだ。


「でも、剣術だけ強くてもですよね?」


「ああ、それだけで身近に置くと危険だな」


 その剣に優れた浪人が敵対している貴族の差し金で送り込まれた刺客で、雇い入れた途端に剣で刺し殺される未来など想像したくもなかった。


「とにかく、エルには頑張って貰わないと」


 それから暫く話をした後。

 三人の兄達は帰る事になり、外まで見送りに出ると庭ではエルが懸命に剣の練習をしていた。


「大会が近いからだね。目指せ、予選五回戦突破くらい? ヴェルは、一回戦突破だっけ?」


「はい、とにかく一勝ですよ」


 エルの練習を見ながら、エーリッヒ兄さんとそんな話をしているとエルがいきなり声を荒げる。


「俺は、予選突破を狙っているの!」


 現在、近衛騎士団に所属するワーレンさんから剣術を習っているエルからすると、この大会で好成績を挙げる事は必須条件らしい。


「何と、崇高な目標……」


「イーナだって、懸命に練習しているし。ルイーゼだって、そうなんだぞ」


 魔力を込められずに技のみで戦うせいで、イーナとルイーゼにもハードルが高い大会となっているそうだ。

 二人の場合は、別にそこまで好成績を挙げなくても良いような気もするのだが。


「俺は、勝たねばならぬのだ」


「そうですか……」


 俺達は、必死に剣を振るうエルに心の中で声援を送るのであった。


「しかし、一回戦の壁が……」


「ヴェルにトーナメント運があると良いね」


「本当、それのみですよ」


 エーリッヒ兄さんの発言は、俺に対してかなり失礼とも受け取れるのだが、事実なので俺はまるで気にしていなかった。


 そして、武芸大会開催の日が訪れる。 

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