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幕間十二 主君からの命令がおかしい。

「ねえ、何の用事なの?」


「二人だけで、大切な相談」


 ヴェルの誕生日パーティーであったが、予定通りにブライヒレーダー辺境伯様の王都屋敷で行われていた。

 招待客は、大小の貴族に商人達だけでも二百名以上。


 ブライヒレーダー辺境伯様本人も珍しく顔を出し、その前にブランターク様に出席者の厳選も行わせていたようだ。


 参加者に、ルックナー財務卿、ホーエンハイム枢機卿、エドガー軍務卿、ブルックナー農務卿と層々たる面々だったので、自分も参加しないと負けると思ったのであろう。


 あとは……。


『少年! 誕生日おめでとうなのである!』


 最近、巷の話題を独占中の、ヴェル命名『筋肉導師』ことアームストロング導師も出席し、彼から掌がバラバラになるのではないかと思うほどの強烈な握手に。


『これからも、共に魔法使いの最高峰を目指そうではないか!』


『導師! 痛い! 痛い!』


 肩の骨が砕けるのではないかと思うほど、肩をバンバンと叩かれていた。

 

 そういえば、ヴェルは後でひっそりと掌と肩を治癒魔法で直していたような。

 もしかすると、皹くらい入ったのかもしれない。


 挨拶三昧に、プレゼント攻勢と。

 ヴェルは忙しかったようであったが、ようやくその義務も終わり、来週は関係者だけで誕生日パーティーが行われる。

 

 参加者は、エル、私、ルイーゼ、エリーゼに。

 ブランタークさん、アームストロング導師、アルテリオさん、エーリッヒさん、パウルさん、ヘルムートさん。


 あとは、エーリッヒさんの奥さんであるミリヤムさんと、ブラント夫妻も参加する事になっていた。


 何気にアルテリオさんも参加していたりするが、その辺は政商と呼ばれる彼の、人脈構成力の成せる技なのかもしれない。


「ケーキは、エリーゼがメイン。料理は、ボク達にミリヤムさんと奥様も手伝ってくれるし」


 奥様とは、ルートガー様の奥様であるマーリオン様の事だ。

 彼女は実家も嫁ぎ先も騎士爵家なので、普通に料理くらいは出来る。


 下級貴族家の女性も、色々と大変なのだ。


「相談とは、ヴェルにプレゼントをね」


 本人は、『別にいらないから。パーティーを祝ってくれるだけで十分だし』とは言っている。

 

 でも、みんな何かしらは準備しているようだ。


 エーリッヒさんは、実家を出てから毎年ヴェルにプレゼントを贈り、ヴェルも毎年お返しをしている。

 彼は下級官吏なので、そうお金に余裕があるわけではない。


 それでも、私服として使えるセンスの良いセーターとか、王都で見付けた珍しい魔法関連の書籍とか。

 高価な品ではないが、選び方に物凄くセンスがあって、ヴェルも『このセンスの良さは真似できないわ』と言っていた。


 他の人も、それぞれに考えているはずだ。


「ボク達も、考えないと。インパクトのある物を」


「そういう狙いで暴走して、スベると大変よ」


 きっとルイーゼは、エリーゼを意識しているのであろう。

 そういえば、エリーゼは器用に男性用の服を縫っていたような。

 料理のみならず、裁縫も得意とか。

 ルイーゼは、『何、この完璧超人!』と叫んでいたほどだ。


 本人に聞くと、『たまに教会主催のチャリティーバザーがあるので、そこに出す品として服を縫っていたんです』と答えていた。

 他にも、孤児院の子供達のために服を作ったり、修理したりする事も多いそうだ。


 何というか、『侮れないな、教会!』というやつである。

 良いお嫁さんになるには、教会で教育を受けると良いのかもしれない。


「そこで、そんな高得点のエリーゼに対抗すべく!」


 と言いながら、ルイーゼは一冊の古そうな本を取り出していた。

 表紙に使われた皮製の表装を見るに、これは一部の愛好家に向けた少数品という奴であろう。

 古さから見て、骨董的な価値もあると思われる。


 しかしルイーゼは、こんな高そうな本をどこから入手したのであろうか?


「どこで購入したの?」


「借りたんだよ。ブライヒレーダー辺境伯様から」


 先日に行われた、誕生日パーティーの後で借りたそうだ。


「何の本なの?」


「ヴェルを、ボク達に夢中にさせる本なんだって」


 そういえば、以前に父からブライヒレーダー辺境伯様の唯一の趣味が、貴重な古書収集であったと聞いている。

 これもきっと、その貴重なコレクションの一つなのであろう。


 その貴重なコレクションと、ヴェルが私達に夢中になるの関連性はいまいち不明であったが。


「でも、くれないのはケチだよね」


「貴重で、二度と手に入らないのかもよ」


 値段云々よりも、いくら探しても見付からない貴重な古書という物も存在するからだ。


「どんな本なのかしら?」


 そう言いながら、表紙を見ると。

 『メイド達の午後、野獣のようなご主人様』となっていた。


 訂正する。

 こんな本は、借りるだけで十分だ。


「タイトルだけで、嫌な予感がするわ」


「せっかく、ブライヒレーダー辺境伯様が貸してくれたから」


 気を取り直して、中身を見てみる事にする。

 しかし、ブライヒレーダー辺境伯様は、本当にこの本を読んだのであろうか?

 私の中の、冷静な内政家という彼のイメージが崩壊しそうになる。


 いや、逆にストレスが溜まっているから、このような本をという考え方もあるのかもしれない。


「ええと……。『私達は、ご主人様を愛するメイドコンビ。でも最近、ご主人様が私達に飽きて来ているのかもしれない』」


 タイトルはアレであったが、中身はもしかしてという希望を打ち砕く冒頭だ。

 文章も、素人の私が見ても普通。


 内容は、たまに王都が発禁命令を出すお子様禁止な小説のようであった。

 文字は漢字も多用されていて、それだけがこの本でクォリティーが高い部分なのかもしれない。


「読み進めるよ」


「ええ……」


 内容を要約すると、若いメイド二人がご主人様に飽きられないように創意工夫する物語のようだ。

 

 第一章、ミニスカメイドの巻。

 第二章 ネコミミメイドの巻。

 第三章 男装執事メイドの巻。

 第四章 人気喫茶店のウェイトレス衣装を手に入れろ!

 第五章 最後の手段、夜のプレゼント大作戦


 これ以降も章はあったが、読めば読むほどバカらしくなるので一旦止める事にする。


「壮絶に、バカらしいわ」


「男の人って、こういうのが好きみたいだね」


 問題は、これの何を参考にするのかという話だ。

 物凄くスカートが短いメイド服か、頭にネコの耳の飾りとお尻に尻尾の飾りを付けるのか、男装するのか、今も現存する王都の人気喫茶店の制服を手に入れるのかと。


「イーナちゃん、最後のが有効だと思う」


「一番恥ずかしいじゃない」

 

 ご主人様の誕生日に、裸でリボンを巻き付け。

 『私達が、プ・レ・ゼ・ン・ト』とやると本には書かれていた。


 現実には、まずあり得ない光景だ。

 でも、大物の貴族だと、もしかして実際にやってしまうのであろうか?

 段々と、正常な判断力が鈍って来たような気がしてくる。


「普通に恥ずかしいじゃない。というか、やると色々と終ると思うけど……」


 ヴェルが喜べば勝ちなのであろうが、呆れる可能性だってあるのだ。


「でも、ブライレーダー辺境伯様からの本だから」


「それを言われると……」


 相手は主家の当主様なので、何もしませんでしたでは問題になってしまうはず。

 そう思わないと、恥ずかし過ぎて実行できないという理由もあったのだが。


 しかし、人がやるからと言って、ブライヒレーダー辺境伯様も恐ろしい本を渡すものである。

 一族から婚約者を送り込めなかった以上、私達に期待する部分が大なのであろうが。


「アニータ様に、この本の通りに」


「ストップ!」


 こう言うと主家に失礼かもしれないが、もし四十歳越えのアニータ様がこの本に書かれた格好でヴェルを誘惑したら、さすがのヴェルも怒るはずだ。

 ブライヒレーダー辺境伯家の寄り子を止めて、エーリッヒさんに泣き付くかもしれない。


「仕方ないわね……」


 悲しいかな、所詮は陪臣の娘。

 私達は、ブライヒレーダー辺境伯様の命令に逆らう事が出来なかった。

 結果に対する責任に関しては、これは私達も知らなかったが。


「リボンの色は、ボクが青でイーナが赤ね」


「髪の色に合わせたのね……」


 本当に、どうでも良い事である。

 それでも私達は、その日に合わせてリボンを購入し、念入りに打ち合わせをして準備に時間を費やすのであった。





「ふぁーーーあ! 眠っ」


 そして、決行日当日。

 この日に行われた誕生日パーティーは、アットホームな雰囲気で楽しく終っていた。

 みんなで楽しく料理を食べ、プレゼントをヴェルに渡し、ケーキに立てたロウソクの火をヴェルが消す。

 

 ヴェルも楽しそうで、物凄く良いパーティーであった。


 そして、その日の夜。

 遂に、計画を実行する時が来たのだ。


「良くヴェルの部屋に入り込めたわね」


「魔闘流奥義、気配消しの妙技が役に立った」


 貴重な奥義の無駄遣いのような気もするが、これであとはヴェルが部屋に入って来るのを待ち受ければ良いわけだ。

 

「恥ずかしくない。これも、ヴェルのため。私のため」


「そんな理由付けしなくても良いと思うよ。こういうのって、バカらしくて楽しいし」


 そこまで話をしたところで、部屋のドアが開いて眠そうに目を擦りながらヴェルが入って来る。

 さあ、これからが戦闘開始だ。


「ええと……」


 裸に、いきなり見えると困る部分にリボンを通し、ヴェルに見え易いように頭の部分で蝶結びをしている私とルイーゼ。


 ヴェルは、突然の事に驚いているようだ。

 あとは、このまま押すしかない。

 

 ここで下手に恥ずかしがると、あとで余計に恥ずかしくなるだけだと、あの下らない本にも書かれていた。

 むしろ己を解き放つ事こそが、未来の勝利へと繋がると。


「(もう後戻りは出来ない!)私達が、プ・レ・ゼ・ン・ト」


 二人で同時にセリフを言い、ちゃんとポーズまで研究した成果をヴェルに見せ付ける。


 いくら普段のヴェルが自重して、私達にたまにキスをするくらいでも。

 エリーゼの胸を、視線を追われないように瞬間的に見るという、まるで無駄な行動をしていても。


 この裸リボンのツートップ攻撃には、成す術もないはず。

 参考にした本には問題があるが、貸主であるブライヒレーダー辺境伯様の要望通りなのだから。


「(さあ、どう反応する? もしかして……)」


 興奮したヴェルにという可能性も考慮に入れつつ、私はヴェルがどう出るのかをルイーゼと共に待ち構えていた。

 

 すると、いきなりヴェルは私に抱き付いて来る。


 まさかの結末に、ルイーゼも驚いているようであった。


「ヴェ、ヴェ! ヴェル!」


「うん、わかっている。わかっているから」


 何がわかっているのかは知らなかったが、ヴェルは更に言葉を続ける。


「ルイーゼに唆されたんだな。イーナが自分でこんな事をするわけがないし」


「えっ、ボクってそういうイメージ?」


 ヴェルの唆された発言に対し、ルイーゼは不満があるようだ。


「あの、ヴェル?」


「正直に言うと、物凄く興奮した。でも、イーナの魅力はこういう事をしなくても十分にわかっているから」


「あのですね……」


「ボクって……」


 唆された疑惑で、ルイーゼは既に半分放心しているようだ。

 何というか、こういう時に普段の言動がモロに影響するなんて、とても勉強になったと思う。

 実際に、ルイーゼが主犯の事実に偽りは無いのだし。


 それと、やはりヴェルの私に対するイメージは、冷静で真面目な女なのであろう。

 

 あとは、そんな私をヴェルは好ましいと感じているのだと。

 少し色恋から外れるかもしれないが、良いパートナー(夫婦)にはなれるのかもしれない。


「最近、偉い人に流されているけど、俺は成人になったらイーナとルイーゼとも結婚するし。でも、まだ無理をしなくても良いから」


 そう言うと、ヴェルは私達に自分の着ていたシャツとベッドのシーツを私達に着せ、そのまま部屋から出て行ってしまう。

 

 あとには、私達だけが残された。

 冷静になると、裸にリボンだけの格好をしているのが物凄く恥ずかしくなる。


 あと、ブライヒレーダー辺境伯様は、私達にこんな事をやらせてどんな得をするのであろうか?


 私はひょっとすると、ブライヒレーダー辺境伯様を過大評価しているのであろうか?


 冷静になればなるほど、余計な考えばかりが浮かんでいた。


「ねえ、これって成功なの?」


「プロポーズめいた発言も聞けたから、成功なのではないかと」


 たまには、柄に合わない事をしてみる物なのかもしれない。

 あと、モテないと言いながら、ヴェルが意外と格好良かったのを知ったのは、良い収穫だったと思う私であった。






「あの二人、恐ろしい手段で誘惑してきたな……」


 まさかの、裸リボンでプレゼント発言攻勢に。

 俺は、何とか誘惑に負けないように逃げ出すのが精一杯であった。

 最近、エリーゼのけしからん胸もあるので、勘弁して欲しいところだ。


「(手を出すのは、成人してからです!)」


 ヴェデリンの中身がそう思っているので、それを曲げるつもりはない。

 普通にキスくらいはしているけど、前世では欧米だとキスは挨拶であった。

 

 なので、この世界でもキスは挨拶の延長だと、俺は勝手に決めていたのだ。


「(すいません、嘘です。物凄く可愛い女の子とキスしたかったんです)」

 

 誰に言い訳しているのかは不明だったが、前に変なカバのせいで、筋肉導師を含む三人の男性とキスをする羽目になった時から。

 

「でも、成人してから奥さんが三人か。人生勝ち組ってやつか?」


 ただし、中身のスケベさで成人後は遠慮しない事を誓うのであった。

 早く、成人年齢にならないかなと思いながら。

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