第三十九話 師匠が増えた話。
「なあ、ルイーゼの師匠って誰なんだ?」
「さあ? ボクも聞いてないし。ヴェルは?」
「何となく想像がつくけど、言いたくないなぁ……」
「あの人だよね?」
夏休みの期間が終わり、ようやく新学期という当初予定されていた未来は大きく変化していた。
もう予備校は卒業確定だと言われ、成人までにもっと鍛錬に励むようにと、王都滞在を大人達によって決められてしまったからだ。
ただ、この決定に特に文句があるわけではない。
同じ事を学ぶにしても、一国の首都である王都の方が教育内容も充実しているはずだし、何より社会インフラや娯楽の質が優れている。
遊び呆けるつもりはないが、休みの時くらいは休暇を満喫したかったからだ。
実際、王都はブライヒブルクよりも都会で、遊んでいても面白い。
あの碌に娯楽すらない実家になど、比べるだけおこがましいという物であろう。
滞在する貸し家も決まり、更にその家賃をブライヒレーダー辺境伯が出すと聞き。
『貴族の縄張り争いも大変だな』などと思ってから数日後、俺とルイーゼはなぜか同じ場所に向かって歩いていた。
エルは近衛騎士隊のワーレンさんに剣を習うために、イーナも同じ近衛隊で槍術の達人がいるのでその人に槍を習うために城へと向かっていたが、俺とルイーゼはなぜか別の場所にある軍の施設に行くようにと言われていたのだ。
俺は魔法使いだし、ルイーゼは同じ魔力持ちながらも魔闘流関連の技でしか魔力を使えない。
俺のような万能型ではなく、ある種の特化型の魔法使いに分類されるわけだが、こういう人は一定数存在している。
一つの系統魔法にのみ、突き抜けた才能を持つ人。
エリーゼなどがそれで、治癒を中心に聖属性の魔法しか使えないので特化型とも言えた。
あとは、魔道具造りに使用する魔法しか使えない人や、便利な生活系の特殊魔法しか使えない人に、瞬間移動や遠方の魔法使いとの通信の魔法しか使えない人もいる。
この通話という魔法、風の系統に属する魔法であったが、使える魔法使いは軍や商人が高額で囲うほど便利な魔法であった。
達人になると、数千キロをタイムラグ無しで相手の魔法使いや通話専用の魔道具に声を届かせる事が出来るそうだ。
俺も使えるはずだが使った事が無いので、詳しくは知らないのだが。
そう、元ボッチに遠距離通話をする相手などいないのだ。
しかも、相手が同じ通信魔法を使えるか、通信用の高額な魔道具を所持していないと通信は成立しないので、今後もそう機会があるとは思えなかった。
「ボクが、ヴェルと一緒に特訓?」
「火炎の魔法でも覚えるか?」
「無理だから」
そんなわけで、俺とルイーゼが同じ場所で鍛錬を行う理由が存在しない。
ルイーゼは魔闘流を使うので近接戦闘特化型で、俺は遠方から魔法をぶっ放す遠距離戦闘特化型。
お互いに、同じ訓練メニューを提示されても困ってしまうのが現状でもあった。
「すいません。本日……」
「おおっ! 良く来たのである!」
施設の門番に経緯を伝えるとすぐに奥に案内され、とある建物の入り口の前で声をかけると、そこには以前に出会った事がある。
いや、夏休みに半月近くも行動を共にした、魔法使いとしては超一流で素晴らしい人のはずなのに、なぜか暑苦しい印象しか残らないあの人物。
王宮筆頭魔導師なのに、魔物退治で遠征した時には焼いた魔物の肉にかぶり付くのが山賊よりも似合っているあの人物。
あの巨乳天使ちゃん、エリーゼの伯父とはとうてい思えない容姿と筋肉の持ち主。
クリムト・クリストフ・フォン・アームストロング子爵。
その人が、やはりいつも通りに暑苦しい笑顔で俺達を待ち受けていたのだ。
「アームストロング導師が、俺とルイーゼの先生なのですか?」
「左様! 某、楽しみで昨日はなかなか寝付けなかった由に」
魔力で物質化していた鎧を着ていたとはいえ、竜を素手で殴る。
所謂、普通の魔法使いからは半分以上逸脱しているアームストロング導師が俺達の先生という現実に、俺はどうやって逃げようかと頭を働かせ続ける。
向こうは楽しみかもしれないが、こちらからすると嫌な予感しかしなかった。
というか、俺は普通にブランタークさんからいくらでも学ぶ事があるのだから。
決して、竜の殴り方を習いに来たわけではないのだ。
「(俺にあんな魔法とか無理! というか、あれは魔法なのか?)」
魔法だからこそ、王国はアームストロング導師を王宮筆頭魔導師にしているのであろうが、それでもどこか違和感を感じてしまう俺であった。
「(俺に会得できるはずが……。待てよ、ルイーゼなら会得可能か)」
俺からすると、魔闘流とアームストロング導師の格闘魔法の違いが良くわからないので、むしろルイーゼだけの方が修行も捗るであろう。
心の中でそう折り合いを付けると、隣で初めて見る筋肉王宮筆頭魔導師に絶句しているルイーゼに話かける。
「ルイーゼなら、きっとあの戦闘方法は参考になるだろうね。俺は、邪魔すると悪いかな?」
「えっ? ボクだけ? ヴェルも、一緒に決まっているじゃないか!」
ルイーゼには、アームストロング導師が魔法で魔力を物質化して全身鎧を作り、高速の飛翔魔法で縦横無尽に移動してグレードグランドをドツキ回し、ブレスを拳で引き裂き、挙句に高集束魔力弾を連発してダメージを与え続けていた話をしていたのだ。
俺からすると、それは魔闘流の技にあるのかと疑問に思って聞いてみたのだが、ルイーゼは魔闘流にそんな技は無いと断言していた。
『魔力を物質化? そんな膨大な魔力があったら、わざわざ魔闘流の修行なんて誰もしないよ。高集束魔力弾も、魔闘流の技じゃない。直接魔力を乗せた拳と足で戦うのが基本なんだから。魔闘流は、少ない魔力を効率良く戦闘能力の上乗せに使う武芸なんだ。ボクには初級と中級の間くらいの魔力はあるけど、肝心の魔法が一切使えないから魔闘流を習っているわけだし』
アームストロング導師の戦い方は、攻撃力は圧倒的であるが、魔力の消費が激しいので長時間の戦闘には向かないらしい。
その割には、戦闘後もアームストロング導師は元気そうであったが、それは彼の魔力が極端に多い証拠なのであろう。
さすがは、師匠のライバルを自認している人物である。
爽やか系であった師匠と比べると、少々暑苦しいのが難点ではあったが。
「いや、俺は格闘技とかはねえ。遠距離から、魔法で攻撃と援護が適任でしょう」
一応、子供の頃から基本だけは訓練していた剣であったが、冒険者予備校入学時に『まるで才能が無い』と講師陣に太鼓判まで押されてしまっていた。
実際、入学時には真ん中よりも少し上くらいの成績であったのに、今では完全にビリから数えた方が早いくらいにまで剣の成績は落ちている。
バウマイスター家での基礎鍛錬は、俺の剣が下手だとバレる時期を少し遅らせただけであったのだ。
ただ、弓とナイフなどの投擲術はソコソコ才能があると言われていたので、これは魔法と一緒に訓練はしていたのだが。
「俺は、剣は駄目だから」
「剣は駄目でも、格闘技なら大丈夫かもしれないじゃないか! 一緒に習おうよ!」
なぜか必死に俺を説得するルイーゼであったが、やはりこの暑苦しい筆頭王宮魔導師と二人きりで訓練をするのが嫌なのであろう。
なぜわかるのかと言えば、俺だって嫌だからだ。
「俺は、魔法の訓練をさ。まだ魔力の限界も来ていないし」
俺はまだ十二歳で、師匠から毎日欠かさず行うようにと言われている魔力の循環や各種魔法の実技訓練に。
あとは、ブランタークさんから言われている使用魔力の節約などは、これは一生訓練をしても完成しないと言われている課題でもあった。
他にも、まだ使った事が無い魔法の実験に、使える魔法の質の向上に、次世代が参考可能なように俺なりに魔法の事を日記に記述しておく事もなどと。
その気になれば、いくらでも忙しい身であったのだ。
「何と! 既に某を超える魔力を持ちながら、まだ成長限界に来ておらぬと!」
「はい。なので、俺は……」
このままルイーゼだけを押し付けて帰ってしまおうとする俺であったが、そうは問屋が卸さなかったらしい。
導師は、なぜか感涙の涙を流しながら、俺の両肩をガッシリと掴んでいた。
「(肩が壊れる! 骨が砕ける! というか、逃げられん!)」
「ならば、尚の事、某と訓練をするのである。魔力の循環訓練では、某の魔導機動甲冑ほど効率の良い物はなく。飛翔の高速化と身体能力を強化したままでの戦闘に慣れれば、魔闘流のように高度な格闘センスを必要とはしないのである。某も、格闘技など他人から習った事は無いのである」
アームストロング導師の説明は理に叶っていて、おかげで俺が逃げる好機を逸していた。
というか、この筋肉導師。
あの強さは、頑強な肉体と魔法のみで再現しているらしい。
世間の武道家から見ると、とんでもない人物なのであろう。
「アルフレッドは、某のような格闘魔法オンリーな魔法使いとは違って、多彩な魔法を器用に使いこなす天才であったが腕っ節の方はサッパリであった。才能が無いのだと本人は言っていたが、せめて某の魔導機動甲冑だけでも習得していれば」
あの南の果ての魔の森で、命を落すような事もなかったのかもしれない。
アームストロング導師は、寂しそうな顔をしながら俺達に語っていた。
「ねえ、ヴェル」
「そうだな。まだやった事が無い事を、出来ないと決め付けるのは早計か」
どうせ実力を隠すなどと言う器用な真似は出来なかったので、今回の竜退治とそれに伴う叙勲に関しては仕方が無いと、俺はそう思う事にしていた。
だが、それで目立ってしまった点もあるので、これから先俺にどんな難儀が訪れるかもしれない。
いくら強力な魔力を持つ魔法使いでも、いつ不意に何かをされるかもしれないし、魔力が少なくなった時に身を守る術は複数確保しておいた方が良いであろう。
俺は、アームストロング導師から魔法というか魔法格闘術を習う事にする。
「少年には、才能があるのである。すぐに覚えられるであろう」
「ありがとうございます。ですが、宜しいのですか?」
俺は唯一懸念していたのは、アームストロング導師は筆頭王宮魔導師なので『忙しいでは?』という点であった。
書類仕事や部下の管理を細々とこなすアームストロング導師の姿が思い浮かばないが、筆頭である以上はそういう仕事からは逃れられないのではと。
そういう風に思っていたのだ。
「それならば、まるで心配無いのである。某は、陛下に呼ばれないと城に行く必要が無いのである」
「えっ?」
「考えてもみよ。某など、王国の日々の統治で何の役に立つ? 前回のグレードグランド討伐を見ても明らかであろうが、基本的に王宮筆頭魔導師などは、有事以外はお飾りである」
陛下の護衛などは、近衛と王宮魔導師の中から中級レベル数名で事足りてしまうし、その中級レベルの中から自分とは違って書類仕事が苦にならない連中を下に据えているので何の問題も無いらしい。
あとは、定期的にある公式行事などに王宮筆頭魔導師として顔を出すくらいなのだそうだ。
「ただ。恐れ多くも陛下は、某を子供の頃からの親友であると仰られ、定期的に顔を出すようにと言われているのである」
なるほど、俺の読み通りにアームストロング導師は見た目とは違って頭の切れる人物であるようだ。
たまたま陛下の幼馴染であったアームストロング導師が、王宮では五百年に一度と言われるレベルの魔法使いであった。
その気になればいくらでも出世できるのに、彼は才能があった魔法のみでその位を極めている。
それでも、権力闘争に汲々としている貴族連中からすると、陛下のお気に入りであるアームストロング導師は、目の上のタンコブのような扱いなのであろう。
『アルフレッドの方が、筆頭王宮魔導師に相応しいのではないか?』
このような中傷さえ飛ばす彼らから距離を置くために、わざと面倒な仕事を部下に任せるバカでお飾りな、非常時にしか役に立たない王宮筆頭魔導師を演じているのだと。
もう一方の俺の師匠も、子供の頃に王都で孤児として苦労していたり、王宮に巣食う連中に辟易して南部へと逃げてしまったようだが。
「(この人は、かなり要注意人物かも)」
それでいて、親友でもある陛下への忠誠は厚いのだ。
その忠誠の結果、変に利用されないようにしようと俺は決意していた。
完全にそれが出来るのかは別として。
「それに、この訓練は某のためでもある」
「アームストロング導師のため?」
「左様。某は、まだ魔力量の限界が訪れておらず……」
「えーーー!」
今でも化け物なのに、アームストロング導師は四十歳を超えてもまだ魔力が成長途上にあるらしい。
普通なら、二十歳前には魔力の成長は限界を超えてしまう。
つまりアームストロング導師は、成長力でも特殊な部類に入る魔法使いであったのだ。
「ルイーゼ嬢にも、まだ魔力の成長限界は来てはおらぬ。よって、今日は最初に器合わせを行う事とする」
結局その日は、俺がルイーゼと、アームストロング導師と、彼が連れて来た数十名の見習い魔法使いと器合わせを行う事で終わってしまう。
器合わせは、魔力を合わせる相手が自分の魔力限界量を超えていれば一回で最大魔力量まで引き揚げる事が可能だ。
才能が知れてしまうので、それでショックを受けたり、その事実を受け入れられなくて器合わせをしてくれた相手に暴言を吐くといった例もあり。
実は、お互いに信頼関係がないと行われない。
つまり、師匠と弟子の関係のような物だ。
この数十名はアームストロング導師が認めた弟子達という事と、器合わせではなるべく魔力量が高い人と行った方が魔力が上がり易いという事実無根の噂があったので、俺と器合わせをしたい連中を連れて来たようだ。
勿論、そんな事実は存在しないのであったが。
あともう一つ、こんな事情も存在していた。
以前に、魔法の才能がある赤ん坊に器合わせを施して、その赤ん坊が膨大な魔力を得たそうだ。
するとその赤ん坊は、泣くたびに風の魔法で部屋をメチャメチャにし。
おっぱいが欲しいと、魔法で強引に母親を引き寄せ。
歩き始めると、一緒に遊んでいた子供から玩具を取り上げるために魔法を使いと。
器合わせをするには、その相手の自我と理性が一定以上に達し、ある程度は魔法の修行を行っているという条件が必須となっていた。
俺は例外のような気もするが、ブランタークさんに言わせると『五歳だろうが、六歳だろうが。アルが認めたから器合わせは行われたし、坊主は多過ぎる魔力を持て余しているわけでない。問題ないだろう』との意見であった。
俺の場合は、中身がもうおっさんなので例外なのであろう。
「この中の全員が、この一回で魔力が限界まで上がるであろう。だが、その量が少なくとも悲しんでは駄目だ。確かに魔力量も重要ではあるが、他にも魔法では鍛えられる部分も多い。むしろ、魔力量の増大に使う時間が節約できたので、お主達は幸運なのである」
どこから連れて来たのかは知らなかったが、アームストロング導師は、俺と器合わせをしたために魔力酔いをして床に寝そべっている彼らにそう説明していた。
ただ全員が最低でも中級レベルの魔力を保持している事からして、彼らは将来の王宮魔導師候補だと思われる。
「でもどうして、アームストロング導師は魔力酔いをしないのかな?」
ルイーゼも、彼らほどではないが少し眩暈を感じているらしい。
俺の近くに座り込んでいたが、その成長は驚異的の一言であった。
魔力の量で言えば、ほぼ中級から上級の間に匹敵するレベルにまで上昇していたからだ。
さすがは、家族に遠慮して魔力強化の修行を最近になって始めた逸材でもあった。
しかし、ルイーゼに他の魔法が使えるのかは不明だ。
これからの課題というやつであろう。
「それは、俺と同じなのかな」
「ええと……。もしかして?」
現在のアームストロング導師の魔力量は、俺と全く同じ。
要するに、俺と同じで魔力の成長限界はまだ来ていないという事だ。
というか、もう既に師匠の倍以上にまで達している。
このまま行くと、師匠はアームストロング導師のライバルではなくなってしまうかもしれなかった。
「ふむ、器合わせで大きく魔力路と魔力袋が広げられる感覚は久しぶりなのである。何と心地良い事か……。では、早速に魔導機動甲冑の出し方から」
「修行するのかよ!」
「当然である!」
俺とルイーゼは、あまりに元気なアームストロング導師にその場で思わず脱力してしまう。
そしてこれから、最強の魔法闘士ヴェンデリンの伝説が始まらない事を祈るのみであった。