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幕間九 竜討伐後のバウマイスター騎士爵領にて。

「行商隊が来たぞぉーーー!」


「今回は、何か珍しい物でもあるのかね?」


「贅沢言うなや、塩の確保が最低限だがや」


 オイラの名前は、フリッツ。

 リンガイア大陸の南端、ブライヒレーダー辺境伯領から飛竜が飛ぶ山脈を越えた開拓村に住む農民だ。


 年齢は二十六歳で、家族は両親に嫁に子供が二人。

 子供は男の子が五歳で、女の子が三歳。


 他にホルストと言う弟が居るんだけど、こいつは隣の村落に婿入りしている。

 その家に、男の子供が産まれなかったからだ。


 オイラは良く知らないが、うちの村落の名主様と隣の村落の名主様が相談して決めたらしい。


 この開拓村は、山脈の南側に唯一存在する人が住む場所だ。


 何でも、百年以上も前に今のお館様の四代前のお館様が王都から人を連れて移住し、百年以上もかけてここまで開拓したらしい。

 想像を絶する苦労だとは思うのだが、オイラに言わせれば『フーン』の一言で終ってしまう。

 それに、今だって別に楽をして生きていけるわけではないんだ。




 十数年も前の話だけど、オイラがまだ未成年だった頃に大規模な出兵があった。

 この村落からも、三十名ほどがお館様から命令されて出陣したんだ。

 

 お館様の大叔父に当たる従士長様が重たそうな鎧を纏い、農耕馬とは違う綺麗な馬に乗っていたのを少年時代のオイラは記憶している。


 でも、遠征は失敗して三十名の内五名しか戻って来なかった。

 当然、その従士長様も、その補佐をしていた息子様達も戻らなかったそうだ。


 数少ない生き残りは、みんなボロボロの状態で痩せ細っていたのを記憶している。


 途中で飢えから馬を殺して食べ、槍を杖代わりに何とか数百キロを歩いて戻って来たらしい。

 途中、怪我が悪化したり、病気になったり、狼の群れに襲われたりで。

 どうしても、置いて行かざるを得なかった仲間も居た。


 生き残った五名が、悔しそうに語っていたのを記憶している。


 それに、彼らだって無傷というわけではない。

 

 妙に暗闇を怖がったり、秋の団体狩猟で大きな猪や熊を見て恐慌したりと。


 彼らが行った場所は『魔の森』という場所らしいけど、相当に恐ろしい目に遭ったようだ。


 あと問題になったのは、村落同士の対立って奴だな。


 この開拓地の正式名称は、バウマイスター騎士爵領。

 騎士様のお館様が存在している。


 領内は、大まかに三つの村落に別れていて、人口は合計で七百名ちょっと。

 騎士様の領地としては大きい方らしいけど、うちの領地は貧しいからなぁ。

 遠征の失敗で、人口が減ってしまったのは大きかった。


 んで、こんな時になぜか、農地の拡張を行うので労役に参加せよとお館様から命令が来たんだ。


 当然、うちの名主様も隣の村落の名主様も反対したさ。


 働き手が減って今の農地維持で精一杯なのに、なぜ開墾計画を急ぐのかと。

 それよりも、冬に備えて狩猟を強化すれば良いと。


 オイラに言わせれば、うちと隣の名主様の方が正しいわな。


 正しいけど、お館様と、お館様に娘を妾として差し出している本村落の名主クラウス様の意見が通ってしまったんだけど。


 おかげで、オイラも忙しかった。

 十四歳なら、大人と同等に見なされて働かされるからな。


 それ以下の子供でも、たまに合間に遊ぶ程度でみんな開墾に家の手伝いにと精を出したんだ。


 当然、川で魚を獲ったり森で狩猟や採集をする時間が無くなって食事が貧相になった。

 この領地で暗い時間に外に出るのは危険だから、夜に狩猟などを行うわけにもいかない。

 明るい時間を全て開墾と農作業に取られると、当然厳しいわな。


 麦の収穫は増えていたけど、みんなお館様が税収以外でも食べる分以外は買い取ってしまうからなぁ。

 

 当然不満は出るし、その麦の買い取り資金や開墾費用の一部が、あの出兵で戦死した者の遺族に渡す一時金の一部だという噂もあった。


 何でも、出兵を強要したブライヒレーダー辺境伯様が規定以上のお金を払ったのに、規定以上の分をお館様がピンハネしたらしいのだ。


 嫌な噂だけど、普段は碌に娯楽すらない村落だからな。

 噂は、静かに密かに広がった物さ。


 おかげで、暫く食事は薄い塩味野菜スープとボソボソの黒パンだけだった。

 しかも、昼食は抜きで。


 三食食べるなんて、名主様の家とお館様の家くらいなんだけど。


 でも、山脈を越えたブライヒブルクではみんな三食らしいけどな。

 それを聞いたら、少し羨ましくなってしまったんだ。


 こんな状態なので、近所に住んでいる幼馴染のボリスが今度来る商隊に付いて村を出るらしい。

 何でも、ブライヒブルクにある工房に弟子入りするんだと。


 ボリスの両親は、彼が三男なので反対はしなかった。


 名主様からは、一家の大黒柱を失った農家に婿入りしてくれと頼まれていたらしいけど、ボリスはまだ十二歳だしな。

 婿入りは不可能だし、その間彼に実家で肩身の狭い思いをさせるのも酷だと思う。


 結局、ボリスは村を出て行ったんだ。


 オイラも、それで良かったと思っている。


 あっ、そうそう。

 ここからが、一番大切な話になる。


 開墾がもう少しで終わりそうになった頃、オイラが二十歳になってそろそろ嫁をと言う話になっていた時に。


 お館様の八男様について、少し噂が広まったんだ。

 何でも、その八男様は魔法が使えるらしい。


 どの程度かは良くは知らない。

 何しろ、顔すら見た事が無いからな。

 

 少しの水を出せる程度かもしれないし、岩山を魔法で吹き飛ばせるかもしれないし。

 本当、噂っていい加減な物だがや。


 でも、せっかくだから。

 今、オイラも含めて五名で懸命に動かしている大岩を魔法でどかしてくれないかなと思うのは、オイラが怠け者だから?


 暫くして本村落の連中が、『ヴェンデリン様の魔法は大した物でもない。当てにしないで開墾に精を出せ』と言って来た。


 どうやら、お館様の八男様はヴェンデリン様と言うらしい。

 何で知らないんだよと言われそうだけど、八男様なんて村にも残れないはずで、オイラ達が無理に覚える必要は無いと思うんだよね。

 

 あと、魔法は実際に見てないから何とも言えない。


 何しろ、言って来たのが本村落の連中だからな。


 このバウマイスター騎士爵領が、三つの村に別れている理由。

 それは、地域対立があるからなんだし。


 昔のお館様が王都のスラムから連れて来た住民の子孫が、お館様の屋敷もある本村落。

 名主はクラウス様で、彼はお館様に娘を妾として差し出し。

 果ては、税収業務の一切合財を取り仕切っているので、領内の実質ナンバー2だ。


 当然、評判は良くないわな。

 うちの名主様も隣の名主様も、大嫌いだと明言しているほどだ。

 

 オイラ達からすれば、名主様でも雲の上の人だからそっちは別にどうでも良いと思うんだ。

 でも、本村落の連中は嫌いだな。


 あの連中、最初に入植したから自分達がオイラ達よりも偉いと思っているんだ。

 プライドが高いのな。


 うちと隣は、第二次・第三次の募集で入植して出身地もバラバラ。

 でも、百年以上も一緒に住んでいるし、本村落の連中が嫌いな面で一致しているから仲も悪くない。


 しかし、こんな小さな領内で対立って、やっぱりうちの領地は貧乏臭いよな。

 

 そういうのは、王都に住んでいる大貴族様のお仕事だと思うんだ。


『少し良いかな?』


『はい? ええと、確かヴェンデリン様で?』


 前に少しだけ噂になったウェンデリン様だけど、オイラは数度話をした事があるんだ。

 ヴェンデリン様は、自分で獲った獲物と大豆を交換に来ていたから。


『今日は、ホロホロ鳥と野ウサギが二羽ずつだ。大豆との交換を頼みたい』


『ホロホロ鳥は、ありがたいです』


 ヴェンデリン様は、まだ小さいのに狩猟が大変にお上手だ。

 ホロホロ鳥なんて、うちの村落で一番の猟師であるはずのインゴルフですら、三日に一羽も獲れれば御の字の獲物なのだから。


 でも、何で大豆なのかな?

 これって、スープの具を増すのと、家畜の餌くらいにしか使えないのに。


 まあ、取り引きはこちらに物凄く有利だし、貴族様に質問なんて緊張するからしないけど。


『あと、子実が青い物も交換して欲しい』


『青い大豆をですか?』


『中の実が大きくなって、黄色くなって来る直前の物が良いな』


『はあ、そうですか』


『茹でて、塩を振って食べると美味しいんだ』


 何というか、変わった貴族様だったとオイラは記憶していたんだ。

 でも、本当に青い大豆を茹でた物は美味しかった。 

 なぜか酒が欲しくなるんだけど、酒はここではそんなに飲めないから、それだけは残念だと思う。 


『大豆は、一定の間隔で植えた方が他の作物の成長を助ける』


『なるほど』


 一回だけ、ヴェンデリン様はこう仰っていた。

 半信半疑だったけど、確かに作物の成長は悪くないんだよな。


 それから、また本村落の連中が噂していたな。


『ヴェンデリン様は、生来の気質で少し怠け者なのだ。早くに、村を出て行くから問題は無いのだが』


 と言っているんだけど、やっぱり本村落の連中が言っているから当てにはならない。

 怠け者が、狩猟でプロよりも成果を出せるはずもないし。


 それとなくうちの名主様に聞いてみたんだけど、本村落の連中からすると、優秀な弟ってのは領地の秩序を乱す存在なのだそうだ。


『あの連中は、生え抜きとしてのプライドが高い。よって、お館様にクルト様の継承秩序を乱すのを恐れる』


 全体的に領地が豊かになるよりも、自分達が本村落で生え抜きとして優位に立てる方が大切。

 田舎だと、こういう考え方は珍しくないそうだ。


 オイラは、少しでも豊かになった方が良いと思うんだけど。


『人間とはそういう生き物だ。あと、ワシにはクラウスの考えが理解できん』


 クラウス様は、本村落の名主様だ。

 なのに、お館様やクルト様に完全追随というわけでもないらしい。

 裏で何かをしているという噂もあるし、良く理解できない、危険な人間なのだそうだ。


 それと、うちの名主様はユルゲン様って言うんだ。

 クラウス様に比べれば、遙かに良い名主様だと思うんだけど。


『その前に、人間として嫌いだがな!』


『ユルゲン様、聞こえたら大変だってばよ』 


 そんな経緯の後、十二歳になられたヴェンデリン様は村を出て行った。

 何でも、冒険者になるべくブライヒブルクの学校に入学するらしい。


『大豆で、ホロホロ鳥が食える生活は終わりか……』


 こう嘆く村民は多かったんだよな。

 何か、本村落の連中はほっと肩を撫で降ろしていたようだけど。


 跡継ぎのクルト様と比べられて、色々と大変だったのかな?

 前にも、エーリッヒ様という五男様のせいで同じような事があったらしいけど。


 そして、ヴェンデリン様が村を出てから二回目の商隊の到着。

 領内にお店が無いので、みんなこぞって押し寄せる。

 

 値段は少し高かったが、みんな貨幣で買える珍しい物に飢えているから懸命に吟味して買っている。


 最初に、生きるのに必要な塩を買ってからだけど。

 

「みなさん、今日はブライヒブルクで刷られた号外を持って来ましたよ」


 何でも、商隊が出発直前に配られた物らしい。

 早速に貰って読むと、そこにはあのヴェンデリン様が伝説の古代竜を退治した記事が書かれていた。

 うちは田舎だけど、最低限読み書きくらいは出来るからね。


 教会で、今にも死にそうな神父さんが教えてくれるから。

 庶民文字のひらがなとカタカナだけで、漢字はやっぱり難しいけど。


「ヴェンデリン様って、あの怠け者の?」


「そんな噂、当てになるか。本村落の連中が言っていた事だぞ」


「あいつら、クルト様に媚びて優遇されているからな」

 

 こんな貧乏領地で優遇されても、高が知れているというもの。

 そもそも、本当に優遇されているかも怪しいんだけど。


 お館様の屋敷がある村落に住んでいて、自分達は生え抜きだ。


 そういうプライドだけで、彼らは満足しているんだと思う。


「倒した古代竜の素材を王国に買い取って貰って大金を得た。双竜勲章という凄い勲章を貰って、準男爵に叙任されたか」


「全然、怠け者じゃないじゃん!」


 確かに、竜を倒す怠け者って聞いた事がない。

 しかも、こんな田舎出身とは思えない大人物にしか見えないわな。

 というか、何でこれほどのお人を、お館様は手放したんだろう?


 号外を見たみんながそう思っているようだ。

 一方、その号外を面白く無さそうに見ている連中がいる。


 本村落の連中だ。

 

 あと、クラウス様も居るんだが、彼は笑みを崩さないままで不気味だった。

 なるほど、ユルゲン様の言う通りだな。


「しかし、これは……」


 ユルゲン様は、どう判断もつかないと言った表情をしていた。


「ユルゲン様?」


「もう数年で、この僻地に大きな変化が起こる可能性が高い。果たして、吉と出るか凶と出るか?」


 そして、三ヵ月後の今年三回目の商隊が、ヴェンデリン様が二匹目の竜を倒して男爵となり、また大金を得て、枢機卿とか言う偉い人の孫娘と婚約したという情報を持ち込む。


「良かった、この領地は豊かになるぞ」


「ヴェンデリン様万歳だよな」


 無邪気に喜んでいる人がいるんだけど、果たして本当にそうなのかな?

 オイラには、そう話が上手く行くとは思えないんだけど。

 あのユルゲン様の表情を見ていると。   

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