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第三十四話 強制従軍命令と、老属性竜討伐。

「……」


「……」


「おおっ! この少年がアルフレッドの弟子で、屍古代竜を討伐した勇者殿であるか! なるほど、その年齢で油断ならない雰囲気ではあるな!」


「(あの、ブランタークさん?)」


「(相変わらず、暑苦しい男だな)」


「(偉い人なんですよね?)」


「(ああ、王宮の筆頭魔導士だ)」


 みんなで商業街に買い物に出かけた翌日、俺はいきなり王宮から来た使者と数名の騎士達により、同道していた馬車に押し込まれ、そのまま王都郊外にある軍の駐屯地に連れて行かれてしまう。

 半ば誘拐のような気もするのだが、騎士の方々は陛下からの命令書を持っていたので誘拐ではない。

 何しろ、俺は陛下の忠実かどうかは知らなかったが、王国の家臣なのだから。


 この駐屯地は、いつもは王都駐留軍が訓練に使っている場所らしい。

 簡易な造りの丸太小屋や、見張りのための櫓に、大型のテントと。

 いかにも、ファンタジー風な世界の軍駐屯地に相応しい造りとなっていた。

 王国が普段から維持している軍は、昨今の軍縮気運にもめげずに意外と多い。

 仕事が無い貴族の子弟達のための救済処置でもあったからだ。


 だが、ただ多いだけだと無駄飯喰らいのレッテルを張られてしまうので、訓練は常に厳しい物となっているらしく、一度に全軍は無理でも、こうやって交代で郊外で野外演習を行うのは王都駐留軍の恒例行事となっているようだ。


 俺を乗せた馬車は、駐屯地内にある丸太小屋の一つの前に到着する。

 入り口に立っていた衛兵に促されて入ると、そこには良く見知ったブランタークさんと。

 もう一人、身長が二メートルを超えたガチムチの中年のおっさんが待ち構えていたのだ。

 しかも、このおっさん。

 筋肉の塊なのに、着ている服はローブだし、手に持っているのは物凄く大きくてゴツイが杖である。


 つまり、武道家や戦士ではなくて魔法使いだと言う事だ。

 魔法を使うよりも、その杖で敵を殴り殺した方が早いタイプに見えるのだが。


 幸いにも、彼が魔法使いなのは先に連れ込まれていたブランタークさんによって証明されていた。

 しかも彼は、王宮筆頭魔導士なのだと言う。


 突然の筋肉武闘派魔法使いの登場に、俺は思わず絶句してしまう。

 師匠とは、正反対の位置に居る人物であったからだ。


「(王宮筆頭魔導士? ブランタークさん?)」


「(それはな……)」


 魔法使いと、魔導士との差は?

 こう問われるならば、ただ呼び方の違いでしかないらしい。

 だが、両者には大きな差が存在している。


 魔導士とは、王国に選ばれて仕える魔法使いの中でも究極のエリートであるという事だ。

 宮仕えに最大の意義を見出す価値観が無い人間からすれば滑稽は話だが、それでも世間から見れば魔導士ほど社会的信用が高い人間もいない。


 王国貴族でも、閣僚をしている者達はやはり社会的な信用がとても高いが、それよりも更に一段上と考えられているからだ。

 

 しかも、魔導士は別に貴族でなくてもなる事が可能だ。

 というか、魔法の才能が必要なので、いくら貴族でもそれがなければなれない。

 故に、世間からは尊敬の目で見られるのだそうだ。


 しかも、この目の前のおっさんは王宮筆頭魔導士である。

 その凄さと偉さは、半端ではなかった。


 見た目は、ガチムチのおっさんであったが。


「ひょっとして、緊張しておるのか? なら、そんな必要は無い。某と少年は、これから共に戦うのだからな」


「戦うのですか?」


「左様、王国の更なる発展のため、長年グレードグランドに占拠されたパルケニア草原を開放するのだ」


 パルケニア草原にグレードグランド。

 悲しい事に、昨日たまたまエーリッヒ兄さんに事情を聞いていたので、なぜ俺達が呼び出されたのかを理解してしまう。


 しかし、今の俺を魔物との戦いに招集するのは反則のはずだ。

 なぜなら、まだ十二歳の俺は未成年なのだから。


 未成年者は、魔物の住む領域に入ってはいけない。

 だからこそ、俺達は予備校で訓練と普通の狩りの日々なのだし。


「あのぉ、俺は、未成年でして……」


 俺は、未成年なのを理由にグレードグランド討伐を断ろうと考えていた。

 そもそも、あの古代竜との戦いだって、自分が乗っていた魔道飛行船ごと自分を守るために仕方が無く戦ったのだから。

 正当防衛、緊急避難処置。

 言い方は何でも良いが、初陣がアレだったので二度目の竜は暫く勘弁して欲しいところだ。


 誰が好き好んで、いきなり呼び出されてドラゴンと戦うのだと言うのであろうか?

 少なくとも、俺はそんなマゾではない。


「その心配は、全く無用である!」


「あの……。それは、どういう事で?」


 無意味にハイテンションなおっさんは、俺が未成年でも全然問題ないと断言していた。


「確かに、未成年者が魔物の住まう領域に入るのはルール違反である! しかし! 少年は、貴族なので問題はない!」


「あっ、そういう事か……」


 どうやら、一緒に参加させられるらしいブランタークさんには、何か心当たりがあるらしい。

 一瞬だけ俺に顔を向け、『可哀想に』という表情を見せていた。


「少年は、バウマイスター準男爵家の当主である! 貴族は未成年でも、陛下よりの命令で従軍しなければいけない事がある! 今回のグレードグランド討伐は、陛下より王都駐留軍に命じられた軍事行動なのである!」


「……」


 ガチムチのおっさんの言う事は、王国貴族としては物凄く正しい事のようだ。

 まだ爵位を得たばかりの俺には、青天の霹靂でもあったのだが。


「諦めろよ。俺も、お館様経由で従軍命令が出ているし」


 可哀想に、ブランタークさんにもブライヒレーダー辺境伯経由で命令が届いていて、グレードグランド討伐は断れないようだ。

 

「ブランタークさんも、何気にツイてませんよね」


「坊主の不幸体質が、伝染したのかもな」


「何だろう? 冗談に聞こえないなぁ……」


「半分、本気で言っている」


「……」


 完全に逃げ道を無くした俺は、ブランタークさんと共に再び竜退治へと赴く事になるのであった。

 誰か代わって欲しいと願うのは、いけない事であろうか?




「ふはははははっ! 相変わらずの大きさである!」


「デカい……」


「あの古代竜よりは小さいけどな。それでも、大きいわ」


 筋肉導師との運命の出会いから一週間後、俺とブランタークさんとアームストロング導師は、パルケニア草原のほぼ中心部にある草原地帯の上空を飛翔の魔法で飛んでいた。

 今回の作戦であったが、王国軍は王都駐留軍の六分の一にあたる一万人を動員し、郊外の駐屯地にて編成と必要な物資を準備してから領域の近くに陣地を張っていた。


 これは、領域の中に軍が入ると多くの魔物を刺激して大規模戦闘になってしまうので、グレードグランドが倒れるまでは領域に入らない作戦になっていたからだ。


 別に、グレードグランドが倒れても魔物の数は変わらないような気がするが、グレードグランドはこの領域を統括するボスのような存在で、同時に食物連鎖のトップに君臨しているばかりでなく、その恐怖で他の魔物を自由に動かせる存在らしい。


 なので、グレードグランドが死ねば魔物は集団での戦闘を行わなくなるので、あとは大軍で安全に各個撃破が可能なようだ。

 それでも全くの被害無しとは行かないようだが、ボスが健在な時よりかは遙かにマシらしい。

 

 それと、森や山地などとは違って草原には大軍が展開可能なので集団戦の利が行かせるのと、このパルケニア草原の魔物が比較的弱い事なども挙げられる。


 少数の冒険者で狩りをするのであれば、比較的初心者向けの領域らしいのだ。


「さて、一秒でも早くグレードグランドに引導を渡してやるのである!」


 既に飛翔の魔法でグレードグランドを見下ろす格好になっている俺達であったが、見下ろされたグレードグランドは俺達が物凄く気に入らないらしい。


 耳の鼓膜が破れそうなほどの咆哮で、俺達を威嚇していた。


「導師?」


「では、始めるとしよう! あとは力と力のぶつかり合いなのである!」


 結局、三人だけでグレードグランドを倒すだけの作戦なのだが、作戦内容自体にあまり複雑な物は無い。

 目の前の溢れ出る暴力に対し、細々とした作戦など不可能であったからだ。


 そもそも、領域の外にいる王都駐留軍に、冒険者ギルド本部が臨時徴集をかけた冒険者傭兵部隊約二千人が対竜戦闘に一切参加しないのは、下手に参加させると無用な犠牲が増えるからである。

 竜のブレスは、どの属性の物でも人間がまともに喰らえば即死してしまう。

 なので、対ブレスの用意が出来ない人が参加をしても無駄に死人が増えるだけ。


 俺達は、少数精鋭の刺客としてグレードグランドに戦いを挑む事になっていた。


 あとこれはついでだが、可哀想にエル達も俺の家臣という事で、バウマイスター準男爵家軍として軍勢を集めて魔物討伐戦に参加するようだ。

 その理由には、貴族特有の複雑な事情があるらしい。


 駐屯地で出撃準備をしているとそこにエーリッヒ兄さんが訪れ、バウマイスター準男爵家軍を編成して出撃させないといけないので資金を出して欲しいと頼まれていたのだ。

 あと、エーリッヒ兄さんも副将兼参謀扱いで参加するそうなので、なら任せた方が楽だと白金貨百枚ほどを預けている。


 エーリッヒ兄さんならば、お金をチョロまかすような真似はしないであろうし。


「少年は、カッタートルネードの魔力をひたすら貯める事に専念するのである! ブランターク殿は、いつでも魔力注入を行えるように!」


「了解です!」


「任せてくれ」


 もうこうなったら、あとは腹を据えてこの巨大な老属性竜を倒すしかない。

 作戦案では、俺は飛翔の魔法で常にグレードグランドと等距離を保ちながら戦略級の風系統魔法カッタートルネードを放つ事になっていた。


 実は、この世界の魔法の名称はかなり曖昧だ。

 才能のある魔法使いが、自分の魔力を消費して頭の中で想像した現象を具現化させるだけなので当然なのだが、既に古代魔法文明時代から何万年もそうなので、過去の先人達が複数考えた魔法はアンチョコ本としてかなりの数が残っている。


 例えば火系統の魔法だと、ファイヤーボールを考え付かない魔法使いは少ないという事だ。

 あとは、火の矢とか、火の壁とか、火の蛇とかであろうか。


 魔力を持つ者は、多数残された微妙に記述の違う資料や、師匠が居る人は、その教えを参考に自分が一番使いやすい方法で魔法を取得していく。


 魔法を唱える際にも、無詠唱の人もいれば、呪文名を唱える人もいるし、術式のような半ば詩めいた短文を口にする人もいる。

 もっと凄い人は、派手な踊りやポーズなどを取る人もいた。


 要するに、自分に合っている方法で魔法を具現化させるのだ。


 ちなみに、俺は無詠唱派である。

 以前に、恥ずかしい派手なポーズやら、厨二病めいた詩のような文言を考えて唱えてみたりもしたのだが、気恥ずかしさからか威力がいまいちだったので今は使っていない。

 『我の導きに答え、その敵を焼き尽くす紅蓮の火炎~』とか、俺はまだ十二歳であったが、立派な厨二病患者のカルテその物であった。


『無詠唱が一番良いでしょうね。文言で、相手に呪文の性質を悟られませんし』


『あんな、こっ恥ずかしいセリフなんて言えるか。魔法の威力が落ちるわ!』


 師匠もブランタークさんもそうなので、俺は彼らの弟子になって正解だったのであろう。

 俺達は、俗に言う無詠唱派なのだ。

 そんな派閥が実在するのかは、別として。


 話を戻すが、今度の相手であるグレードグランドはその名の通りに土属性の老齢の属性竜である。

 この世界の魔法には、火・水・土・風の基本四系統が存在し、他に滅多に使える人がいない聖や、もはや伝承扱いである魔族が使うとされている闇があると言われている。


 特殊な系統は除き、基本四系統の間にはそれぞれに得意・苦手な属性があり、簡単に言えばジャンケンのような関係になっていた。


 火は水に弱く、水は土に、土は風に、風は火に弱い。


 グレードグランドは土系統の属性竜なので、俺は高威力の戦略風系統魔法であるカッタートルネードで一気に葬ろうと考えていた。

 正確には、アームストロング導師の作戦であったが。




『少年は、既に魔力量だけでいえば某よりも多い。何分、某の魔力量は、アルフレッドよりも少し多いくらいなのでな。そこで、トドメは少年に一任するものとする』


 作戦開始前、駐留軍の駐屯する野戦陣地で俺はアームストロング導師から作戦内容を聞いていた。


『少年が使える最大級の風魔法で、一気にグレードグランドを葬り去るのだ』


『妥当だな。あの濃密な聖光で、アンデッド古代竜を昇天させた坊主だ。十分に勝算はある』


『ブランターク殿が賛成で、良かったのである』


 ブランタークさんも、アームストロング導師の作戦に賛成していた。


『しかしながら、この魔法は貯めに時間がかかるのです』


 下手に加減をして、トドメを刺せなければ本末転倒だ。

 俺は、最低でも二分間の時間が必要であると明言する。

 貯めの件を考えると、実は魔導飛行船内で魔力を貯められた前回の方が有利であった。


『二分間であるか』


 確実にグレードグランドを葬り去れるであろう、カッタートルネードの展開には二分が必要だと俺は計算していた。

 しかもそれは、途中でブレスなどの攻撃を受けると魔法障壁の展開で魔力の貯めが遅くなってしまうのだ。


 先の古代竜との戦いの時には、ブランタークさんが確実に魔導飛行船を守ってくれるという保障があったので、精神的には相当に楽だった事を記憶している。


『二分であれば、某が全力で戦っても問題は無いのである。少年が、距離を置いてカッタートルネードの準備。某が、全力でグレードグランドに戦いを挑む。ブランターク殿は、予備戦力兼、万が一某の魔力が尽きた時には、魔力の補充を行って欲しいのである』


『任せてくれ』


 魔力補充とは、その名の通りに他人に魔力を分ける行為である。

 しかしながら、この特殊魔法を使える魔法使いは少ない。


 いや、正確には全員が使えるのだが、他人に分ける際に膨大なロスが発生するのだ。 

 普通の魔法使いだと、百の魔力を使って五くらいしか相手に補充できない。

 なら、他人に分けないで自分で魔法を使った方がマシという結論に至るのに、さして時間はかからなかった。


 ところが、ブランタークさんは百を使って相手に九十五以上を補充可能だ。 

 稀有な才能と言っても過言ではなかった。


 さすがにこの魔力補充は、師匠にも俺にも会得できなかったのだから。

 ブランタークさんは、魔力の量で言うと上級カテゴリーでも低い方にある。

 ところが、こういうあまり他の魔法使いが使えない魔法が使えるので、アームストロング導師からも一目置かれているのだ。


 ベテランで『上手い魔法使い』というのが、周囲からの評価であった。


『交代して、ブランタークさんが戦うのは無しなんですか?』


『現役時代なら出来たが、今の俺だと無理だろうな』


 そのための、アームストロング導師への魔力の補充らしい。


『ただ、実際に補充はしないと思うぜ。俺は、本当に後方で予備』


『ブランターク殿が後方で構えてくれるので、相当に余裕が出来るのである』


 そう、アームストロング導師の言う通りなのだ。

 少々厳しい条件で強敵に挑んで、ギリギリのところで勝つ。

 子供が読むサーガならば問題ないが、実際の戦闘でここまで追い詰められるのは愚か者の所業という他はない。


 俺とブランタークさんの二人で古代竜を討てているのだから、これにアームストロング導師を加えた三人で属性竜を討てる確率は相当に高い。


 ならば、あとは作戦に更に確実性を持たせるべきであった。

 

『某一人でも六割の確率で勝てはすると思うのだが、それは筆頭王宮魔導士としては無責任なのである』


 アームストロング導師は、王国でも五百年に一度と言われるほどの逸材と評判が高い。

 更に、彼は家柄が良い。

 伯爵家の次男なので、他の貴族達からのやっかみや妨害が少ないのだ。


 加えて、本人の性格はこのようにサッパリとしているし、私財を必要以上に貯め込もうとしたり、権力欲が強くて出世に汲々としたり、おかしな派閥形成に動くような真似もしない。

 

 見た目はガチムチだが、こう見えて意外と頭が良く、政治にも理解があると。

 陛下が一番信頼している家臣であるとの、エーリッヒ兄さんからの話であった。


 俺達が郊外の駐屯地に呼び出された時、わざわざ駐屯地を訪ねて来てその情報を教えてくれたエーリッヒ兄さんは、やっぱりイケメンであったと再確認していたが。

 バウマイスター準男爵家軍を編成する相談のついでという事実は、とりあえず考えない事にしてだ。


『そうだな。今、お前さんに死なれると陛下は厳しいだろう』


『そんなわけなので、少年とブランターク殿には感謝なのである』


 



 以上のようなやり取りの後に、俺達は三人だけでグレードグランドと対峙していた。

 まず最初にアームストロング導師がグレードグランドの眼前に飛び出し、あの巨大な杖を両手で構えてから一言だけ叫ぶ。


「魔導機動甲冑! 装着!」


 すると、アームストロング導師の全身が顔の部分も含めて漆黒のフルフェイス甲冑に覆われる。

 持っていた杖も、真っ赤な魔晶石が見えなくなる巨大なハンマーに変化していた。


「なっ!」


「まあ、見た目通りだよな」


 斜め後方で宙に浮きながらカッタートルネードの魔力を貯めている俺に、すぐ傍で同じく宙に浮いているブランタークさんがボソっと漏らしていた。


「魔力を物質化する特殊魔法だな。魔法障壁よりも防御力は圧倒的に上だ。杖も、物質化でハンマーに変化させて威力を上げている」


 更に、限界まで身体能力を強化し、飛翔の魔法の速度も王国は髄一。

 簡単に言うと、敵を圧倒的な戦闘能力でブチ殺すデストロイヤー的な戦いをするらしい。


 アームストロング導師は、縦横無人にグレードグランドを翻弄しながら、その頭に、腕に、足にと。

 竜の全身をランダムに、ハンマーでぶん殴ってダメージを与えていく。


 一撃が決まる度に、バキバキと嫌な音がして。

 グレードグランドは激痛と激怒のあまり、連続して空を引き裂くばかりの咆哮をあげていた。

 

「すげえ……」


「まだまだ、こんなもんじゃねえよ……」


 しかし、グレードグランド側もただ殴られ続けてはいなかった。

 アームストロング導師の移動の癖を掴み、未来移動位置に尻尾を使った振り払い攻撃を仕掛ける。

 あんな一撃を普通の人間が喰らったら、間違いなく水風船のように弾けてしまうであろう。


「危ない!」


「大丈夫だ」


 ブランタークさんは全く心配していなかったが、実際にまるで心配なかった。

 それを見越していたのか?

 アームストロング導師は、高速で振るわれたグレードグランドの尻尾を掴み、そのままあの巨体を投げ飛ばしてしまったからだ。


「マジで!」


「物質化の鎧は、あくまでも防御のため。本命は、あの強力無比な身体能力魔法にあるんだよ」


 更に、驚きは続く。

 アームストロング導師は、投げ飛ばされたダメージから回復して立ち上がったグレードグランドに、次から次へと蛇の格好をした風魔法をぶつけていたからだ。


 土属性のグレードグランドの弱点は、風属性の魔法である。

 グレードグランドは次第に傷だらけになり、数箇所で出血が始まっていた。


「少年! 準備は良いか!」


「ええと、大丈夫です!」


 衝撃の光景に思わず見惚れていた俺であったが、魔法の貯めは勿論忘れていない。

 時間は二分と少し過ぎていたので、必要な魔力は貯っている。


 俺は、アームストロング導師が素早く退避したのを確認してからカッタートルネードの魔法を放っていた。


 このカッタートルネードの魔法は、名前の通りに最初は標的を竜巻で覆ってしまう。 

 続けて、その竜巻から風属性の鋭利な刃物が次々と生み出され、標的に次々と傷を負わせるのだ。


 グレードグランドは、傷が増える度に咆哮をあげ、続けて竜巻が赤い色に染まっていく。

 流れた血が竜巻に巻き込まれ、徐々にその赤を濃くしていく。

 そして、竜巻の赤が濃くなればなるほど、グレードグランドは体内の血を失っていくのだ。


「斬り殺されるか、出血多量で死ぬかか。坊主も、相当にエゲツねえよ」


「師匠の技ですよ?」


「あいつも、涼しい顔して魔物には容赦がなかったからな」


 それから数分後、体中の血液をほぼ出し尽くしたグレードグランドは大きな地響きと共に地面に倒れていた。

 いくら地上最強の生物でも、血が無くなれば死んでしまうのだ。

 

「さすがは、属性竜。切り傷では死ななかったか」


「ですね。さてと……」


 グレードグランドは死んだのだが、実はこれで終わりではなかった。

 俺はまだ渦巻いている赤い竜巻に近付くと、今度は水系統の魔法を使い始める。


「何をするんだ?」


「竜の血は、高価ですから」


 実は、今回のグレードグランド討伐では王国からの報酬がなかった。

 貴族の責務として従軍したからだ。

 普段は年金や領地からの上がりがあるので、その恩を返す奉公なので仕方が無いのだが、そのために貴族は戦場で略奪などを行う事が多い。


 悪い事なのであろうが、そうそう王国も貴族に手当てをするほど財政に余裕があるわけでもなく、これは黙認されていたのだ。


 ここ二百年ほどは戦争が無いので略奪自体発生していないし、今回も相手が魔物なので魔物から略奪というのも変ではあったのだが。


 その代わりに、今回のグレードグランド討伐と、その後のパルケニア草原における魔物殲滅の作戦では、参加する兵士達にある褒美が与えられている。

 それは、狩った魔物の素材を自分の物に出来るという権利だ。


 魔物の素材は、とても高く売れる。

 なので、今回作戦に参加している兵士達は大変に楽しみにしているとの噂であった。

 冒険者も今回は大量に集まっているので、競争意識も出て余計に気合が入っているようだ。


 血生臭いし、犠牲は出るのだが、兵士達は魔物の素材を売った臨時収入で家族や恋人などと贅沢をし、素材を手に入れた商人やギルドはそれを使って様々な商品を作り、それが売れる。


 王国も税収が上がるし、何より魔物の領域であったパルケニア草原が開放されて広大な穀倉地帯になる。

 そうすれば、更に農地開発が進んで穀物の生産量も増える。


 今まで狩りに頼っていた肉類の供給も、その穀物や草原の草を使えば増えるはずだ。

 食料自給率の低い王都に穀物を供給していた遠方の貴族達も、穀物の販売益は減るが近隣の住民達に牧畜で肉を供給できれば利益となる。

 

 経済的な話をすれば、取引額が増えるので万々歳な話なのだ。


「そんなわけで、竜の血は貰いです」


 俺は水の魔法で竜巻の中で舞っている血を一箇所に纏めてから凍結させ、その塊を魔法の袋へと仕舞う。


「坊主、えらく器用になったな」


「師匠の師匠が、物凄く器用な方ですからね」


 年の功とも言うべきであろう。

 俺が定期期に指導を受けるようになったブランタークさんの魔法は、このように便利で納得させられる物が多い。

 ブランタークさんも、師匠のように今さら基礎や威力などに重点を置いた指導はしないと明言していた。

 そんな物は、自分でやれと言われているのだ。


「あとは、グレードグランドの死体だな」


 血だけでなく、竜の体は使えない部分がなく、どこの部分でも高く売れる。

 なので、俺は素早く魔法の袋にグレードグランドを仕舞っていた。

 袋の中では時間が経たないので、あとでギルドで解体して貰うためだ。


 さすがに俺でも竜の解体は困難だし、下手に時間をかけると肉などの品質が落ちて値段が下がってしまう。

 ここは、プロに任せるべきであろう。


「アームストロング導師、グレードグランドの売却益は三人で山分けですよね?」


「某は、それで良いのである。しかし、あのカッタートルネードは見事であった。威力で言えば、既にアルフレッドは超えていよう。今後も、油断なく修行に励むのである」


「はい」


「さて、某達がグレードグランドを倒したので、暫くはこの近辺に魔物は来ないはずである。今日は野営をして、明日からの魔物狩りに備えるのである」


「へっ?」


「今、何て言った?」


 俺とブランタークさんは、アームストロング導師からの予想外の発言に驚いてしまう。

 今回の任務は、グレードグランドを倒して軍や冒険者達の魔物殲滅戦を行えるようにする事だし、ここで俺達が下手に手を出しては彼らの仕事を奪ってしまう事になるからだ。


「いくらグレードグランドが倒れても、残存する魔物の数は多いのである。よって、我らが手伝いをしないと無用な犠牲が出るであろう。明日からの奮闘に期待する」


「俺、まだ未成年で普通の魔物狩りは未経験……」


「初回と二回目の対魔物戦闘が竜って、坊主は物凄い経験をしているよな。しかし、俺はもう引退しているのだが……」


「三人で組めば、些細な問題である」


 結局、それから一週間もの期間を俺達三人はパルケニア草原中を駆け巡り、多くの魔物を狩る事に全力を傾けるのであった。




「あの、俺も魔物を狩っても……」


「エルヴィン君はヴェルの名代なんだから、前線に出ちゃ駄目に決まっているじゃないか」


「出ないと、ヴェルに金を返せないんです」


「名代役としての報酬が出るから」


「それは、金貨一枚よりも上ですか?」


「……」


「エーリッヒさん! そこで、黙らないで!」


 その間、エル達も慣れないバウマイスター準男爵軍の神輿役として、胃が痛い日々を送っているようであったが。

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