第三十二話 王宮筆頭魔導師クリムト・クリストフ・フォン・アームストロング。
「おおっ、陛下。某のために、貴重なお時間をいただき感謝いたします」
アンデッド古代竜が、僅か十二歳の少年によって討伐されて王都中が大騒ぎになってから五日後。
ここ王城の謁見の間において、ヘルムート三十七世は、自国の王宮筆頭魔導士であるクリムト・クリストフ・フォン・アームストロングとの会見を行っていた。
アームストロング導師は見た目は三十歳くらいに見えるが、実は若造りで実年齢は四十歳近い。
十年ほど前から、王国の王宮筆頭魔導士を勤める天才であったが、もう一つ彼には大きな特徴があった。
身長ニメートル十センチ、体重百三十キロという巨漢であり。
魔法使いなのでローブを着ているのに、そのローブの中は鋼のような筋肉で一杯であった。
更に、その手に持っている杖がまた凄い。
自分の身長ほどの、サーガに出てくる魔法使いが持っている、普通なら木製の杖は全てミスリルで出来ていて、その先端にはスイカほどの大きさの真っ赤な魔晶石が付いている。
見た目からして、魔法使いというよりも武道家や戦士と言った趣きの彼なのだが、やはり魔法使いとしても戦闘特化タイプに分類されるタイプであった。
その膨大な魔力を使って極限まで身体能力を上げ、超高速の飛翔魔法で三次元を縦横無尽に動いて、敵を粉砕する。
しかもこのアームストロング導師は、放出系の属性魔法の威力も半端ではなかった。
球状ではなく、巨蛇を象った炎や氷などを一度に八体まで自由に出現させてコントロール可能なのだ。
威力については、今さら言うまでもないであろう。
ここ暫く戦争など無かった世の中で、王宮筆頭魔導士にも特殊魔法が使えるなどのバランスが求められる時代に、戦闘特化の彼がそれに任命された理由。
それは、年に一度行われる軍事演習において、『一個軍団にも匹敵する』と言われるほどの戦略クラスの戦闘力を有しているせいであった。
『戦争なんてしないが、下手に攻め込んで、苦労して編成した軍団がアームストロング一人に皆殺しにされたらソロバンが合わない』
これが、あるアーカート神聖帝国軍幹部の正直な感想であった。
「余は、そなたと会うための時間は惜しまぬよ」
「光栄の極みにございます」
王宮筆頭魔導士に対して会見というのはおかしいのかもしれないが、一国の王ともなると色々と忙しいので、いくら王宮筆頭魔導士でもそう簡単に長時間話などは出来ないという事の証明でもあった。
それでもヘルムート三十七世は、アームストロング導師とはなるべく早く会おうと努力する。
それだけ、信用されている証とも言えよう。
「ふむ。パルケニア草原の偵察任務ご苦労だったな」
「いえ、偵察自体は楽でしたな。もう七代もの王宮筆頭魔導士が直々に偵察していますし、新しい情報も無いので」
「それもそうであったな。やはり、グレードグランドを倒せなければ草原は開発不可能か」
「残念ながら……」
ヘルムート王国の首都スタットブルクは人口が百万人を超える大都市であったが、実は代々の王が宿題にしている課題があった。
それは、あまりに人口が多いので食料事情に難を抱えていたのだ。
勿論、完全自給など不可能に近いので、王国側もそこまでは求めていない。
ただ、穀物類を補給する穀倉地帯がスタットブルクから千キロ近くも離れたホールミア辺境伯領だと言うのが問題なのだ。
距離的な問題もあるが、安全保障的に考えて直轄地内にも大規模な穀倉地帯が欲しい。
小・中規模な物は何箇所か存在するが、大規模な物となるとその地理的条件が厳しくなる。
ところが、条件に付随する場所ならば、実はスタットブルクから百キロと離れていない場所に存在していた。
それが、パルケニア草原だったのだ。
このパルケニア草原は広大で平坦な草原地帯で、降水量もあり、農業に必要な水も三本も河が流れているので、開発は比較的簡単に出来るはず。
では、なぜ今まで誰も開発しなかったのか?
それは、この平原が魔物のテリトリーであったからだ。
「平原なので、グレードグランドは良く見えました。のん気にホーンシープの群れを襲って捕食中でしたな」
「あの忌々しい老土竜め」
グレードグランドとは、パルケニア草原を縄張りとする巨大な属性ドラゴンであった。
年齢は五千歳を超えるとされ、全長は三十メートルほど。
先のアンデッド古代竜には及ばないが、人類にとっては災厄クラスの化け物である。
「パルケニア草原なら、あのグレードグランドさえ倒せれば、冒険者と軍で一気に魔物を駆逐可能なのだが……」
大半の魔物のテリトリーは、森や山地や高原、砂漠、岩場などの魔物の完全駆逐が難しい場所にあるか、わざわざ駆逐する手間が勿体無い物が大半になっている。
ところがパルケニア草原なら、グレードグランドさえ倒せばすぐにでも大規模農地の開発が可能であった。
他にも、王都から百キロの草原地帯が魔物の領域でなくなり、周辺地域とのアクセスで余計な迂回をする必要が無くなるのだ。
流通路の観点から考えても、経済効果は計り知れない物となるはずであった。
「そう考えて、代々の陛下は……」
「まあ、死屍累々であったな」
冒険者を多数集め、グレードグランドの首を狙ったり。
軍部が功績を求めて出兵要請を運動し、それを時の王が認めて数千人の軍勢が壊滅したりと。
王国は、成立当初には比較的攻略が容易な魔物のテリトリーの開放に成功している。
成功していなければ、大陸の痣である領域は今の倍以上はあったであろうし、ただ無人なだけの未開地へのアクセスも繋がらなかったであろう。
しかし今は、ここ千年ほど魔物の領域の開放が成功した例はほとんどない。
比較的簡単に開放可能な場所は、既に古の人達がとっくに実行していたからだ。
残っているのは、地理的に難所であるか、そこを守る魔物やそのエリアの食物連鎖の頂点であるボスの難易度が高いかのどちらかであった。
「良くも、属性竜ばかりが王の領域ばかり残った物よ」
「前人未到の領域ならば、運が良ければ土亀や風鳥が主の場所もあるかもしれませんが」
「可能性で強行軍をしても意味があるまい。以前に、病弱の跡取り息子を治す霊薬の材料を求め、貴重な軍を壊滅させた者がおる」
「ブライヒレーダー辺境伯ですな」
「先代のな。今代の当主は、そんな無謀な真似はしないであろう。どうにか、立て直してくれたようだしな」
先代ブライヒレーダー辺境伯の魔の森への遠征と、その軍勢の壊滅は王宮でも衝撃をもって受け止められていた。
これが、男爵程度の独断専行なら王宮側も気にも留めない。
だが、ブライヒレーダー辺境伯が王国南部諸侯の取り纏め役であった事から騒ぎは大きくなった。
もしブライヒレーダー辺境伯領に混乱が生ずれば、王国南部の統治に大きな影響が出ていたからだ。
「そなたの親友も亡くなったしの」
「はい。アルフレッドはあんな無茶な遠征で死んで良い男ではなかった。某の親友にして、最大のライバルだったのです」
王都で同じ魔法使いの素質を持って生まれ、一方は親も知らぬ孤児の出で、自分は王国有数の名家アームストロング伯爵家の次男であった。
本来なら、一生視線すら合わさないで人生を終えたであろう二人は、共に魔法の才能があったために王都にある冒険者予備校で机を並べ、武芸や魔法の鍛錬に励んだ。
「魔力は某の方が少し上、身体能力向上魔法も某の方が上。放出系の魔法の威力はアルフレッドの方がと。あと、アルフレッドは多彩な魔法を器用に使いこなしました。不器用な某では、王宮筆頭魔導士は不可能であると思っていました」
そんな自分が王宮筆頭魔導士になれたのは、孤児出身で王都にはあまり良い思い出がないアルフレッドが、冒険者を引退後にブライヒレーダー辺境伯のお抱えになってしまったからであろう。
ところがその選択は、彼の若い才能を永遠に閉ざしてしまう。
「いつか某は、アルフレッドと本気で魔法勝負をしたいと思ってていたのですが……」
「アルフレッドの事は、師匠であるブランタークも惜しんでおったからの」
アームストロング導師は、アルフレッドの師匠であったブランタークの事も良く覚えている。
魔力は自分達には及ばなかったが、その不足を頭脳と経験と訓練で補っていた尊敬すべき人物であった。
少々口が悪いのと、酒好きが過ぎるのがタマに傷であったが。
「そのブランタークだがの。アルフレッドの弟子の面倒を見ておるらしい。今は、王都に滞在しておる」
「そういえば、某はその件を聞きたかったのです!」
思わず大きな声になったしまったが、それには理由があった。
あの自分が唯一認めたライバルが、語り死人になってまで自分の技を伝えた弟子の存在。
しかもその弟子は、兄の結婚式で王都に向かう途中。
奇跡のような確率で発生したアンデット古代竜を、ほぼ単独で打ち破ってしまったのだから。
「陛下がその少年を呼び出した時には、某はまだパルケニア草原でしたので」
何と言うタイミングの悪さだと、アームストロング導師は思ってしまう。
そこで、その兄の結婚パーティーに参加して話をしようかと思ったのだが、それは家族に止められてしまっている。
あれだけの功績を挙げて準男爵にまでなっていたので、これを機に縁を結ぼうと欲深な連中が殺到しているらしく。
せっかくの実の兄の結婚披露パーティーで無粋な真似はしてくれるなと、財務卿であるルックナー侯爵から釘を刺されてしまったからだ。
「某は、その少年に会いたいのです」
「その気持ちは良くわかる。だが、もう数日待つが良い」
「もう数日ですか? おおっ! 某の作戦が承認されましたので」
「いくらそなたが強いとはいえ、あのグレードグランドを一人では討てまい。余とて、そんな博打でそなたを失いたくはない」
竜に、いくら精鋭でも軍を向けるのは無謀の極みであった。
遠方から広範囲にブレスを吐くので、どうしても無駄に損害が増えてしまうのだ。
下手をすると、何もしないまま殲滅されてしまうであろう。
竜を討つには、古来より飛翔の魔法が使える魔法使いによる攻撃が有効とされる。
飛翔の魔法が必須なのは、竜があまりにも大きいので地上で武器を振るっても足元くらいしか傷が付かないし、いくら俊敏に動けても、その巨大な尻尾を振り回されれば回避すら不可能で蝿のように潰されてしまう。
強力な魔法使いによる、少数精鋭での闘い。
下手な軍勢数千名よりも、強力な魔法使い一人の方が圧倒的に勝率が高い原因でもあった。
しかしながら、アームストロング導師は自分一人だけではかなり分が悪いと感じているのも事実であったのだが。
「光栄の極み」
「そこでだ。魔法の素人の策と笑ってくれても良いがの。そなた、バウマイスター準男爵、ブランターク・リングスタットの三名ならばどうかの?」
ヘルムート三十七世の作戦案に、アームストロング導師はこれまでに見た事も無い心からの笑みを浮かべていた。
「某と、バウマイスター準男爵でグレードグランドへの攻撃を続け、後方でブランターク殿が補佐を行う。十分に勝機あり!」
「それは良かった。では、余の権限においてグレードグランドの討伐命令を出すかの」
そこからは、ヘルムート三十七世は冷静な統治者として次々に家臣達に命令を出していた。
ブルックナー農務卿には開墾事業の準備進めるように、エドガー軍務卿にはグレードグランド討伐後にその他の魔物を組織的に狩るようにと。
その他にも、開墾を行う開拓民の募集に、軍と共同で魔物を狩る冒険者の募集をギルドに送り、これらの行動に必要な予算の執行準備をルックナー財務卿に命じたりと。
なぜかヘルムート三十七世は、グレードグランドの討伐作戦に絶対の自信を持っているようだ。
「大変に楽しみでありますな」
「そうよな。そなたとバウマイスター準男爵で、派手に祝砲をあげるが良い」
こうして、ヴェンデリンの預かり知らぬ所でとんでもない大作戦の計画が練られ、その参加者としてヘルムート三十七世から名指しで指名されていたのであった。