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第二十九話 エーリッヒ兄さんとの再会。

「簡単に言うと、俺は勲章を貰って法衣貴族になったんですよね?」


「まあ、そういう事だ」


 陛下との謁見を終えた俺は、再び馬車で王城から貴族が住む住宅街へと向かっていた。

 下級とはいえ他の騎士爵家に婿入りするエーリッヒ兄さんは、現在その区画に居を構えているからだ。


 石畳で舗装された道をゆっくりと進む馬車の中で、俺は色々と疑問に思っている事をアルテリオさんから聞いていた。


「まず、その双竜勲章だがな」


 王国には、様々な種類の勲章が存在している。

 久しく戦争も無いので、そのほとんどが大物貴族に順番に与える儀礼的な物であったり、軍や役所でも、組織運営に貢献した幹部などに順番に与える武勲とは程遠い物であったりと。


 前世で、特に貢献した話を聞かないのに、大物政治家や官僚が高位の勲章を貰うのと同じなようだ。


 あとは、比較的金を持っている商人などにも与えられる種類の勲章もあった。

 これは、彼らが叙勲されたと知ると、その名誉に相応しい国家への貢献という事で孤児院や慈善団体や教会に追加で寄付をしたり、叙勲を祝って多くの招待客をパーティーに呼んで金がかかったりと。


 多分、彼らが溜め込んでいる金を吐き出させる狙いがあるのであろう。

 他にもランクの低い勲章は、優秀な職人や、広大な農地の開拓や用水路の掘削などに貢献した豪農。

 そして、名を挙げた冒険者なども叙勲の対象になるらしい。


 実際にアルテリオさんも、冒険者時代と、つい最近商人としてはソコソコの勲章を貰ったらしい。

 冒険者時代のは、ブランタークさんも一緒に貰っている竜退治での叙勲であった。


「名誉は名誉なんだけどな。これが、金がかかるんだよ」


「そうやって、世間に金を蒔かせるんですね」


「そういう事だな。まあ、長期的に見れば利益の方が多いと考えて金を出すしかないのだが」


 そして問題の双竜勲章であったが、これは武勲に対して与えられる物で、ここ二百年以上は誰も貰っていない勲章なのだそうだ。


「二百三十七年前、まだアーカート神聖帝国と戦争をしていた頃だ……」


 睨み合って膠着状態になっていた両軍であったが、それを打破すべく、アーカート神聖帝国軍が一万人ほどの部隊を迂回させてヘルムート王国軍を後方から奇襲しようとしたらしい。


「それに気が付いた王国軍の名将ビアホフ将軍が、すぐに五千人の部隊でこれを逆撃。撃破後に、敵奇襲部隊の行軍ルートを逆進撃して逆にアーカート神聖帝国軍の後方からの奇襲に成功した。歴史書に記載されているがな」


「俺も、その歴史書は見た事があります」


 ビアホフ将軍の逆奇襲によって混乱したアーカート神聖帝国軍にヘルムート王国軍が襲い掛かり、これによってアーカート神聖帝国は二十万人の軍勢の内、十万人を戦死させ、三万人ほどが捕虜になったという。


 更に、アーカート神聖帝国軍はその支配領域をかなり後退させた。

 現在のリンガイア大陸中心部を走る、『ギガントの断裂』と呼ばれる大陸を南北に分断する深さ百メートルを超える亀裂を挟んで、両軍が睨み合う展開になったのだ。


 そして皮肉な事に、そのギガントの断裂のおかげで両国は無事に停戦を迎えていた。

 ちょうど幅が広くて深い断裂があるので、国境を接する貴族達が僅かな土地や水利権で争わなくなったからだ。


 むしろ、同国で領地を接する貴族達の方の争いが大きく感じてしまうほど、両国は小競り合いすらしなくなってしまう。

 巨大なギガントの断裂を超えて他国を攻撃する労力に、成果が伴わなくなってしまったからだ。


 結果、戦争の意義を失った両国は停戦へとその舵を切っていた。

 ここ二百年ほど、戦争が無い理由でもある。


「そのビアホフ将軍以来なんだよ。その双竜勲章の叙勲者は」


「ですが、アルテリオさんとブランタークさんも属性竜を討ったと」


「討ったけどな。別に、その竜は王国に害を成したわけではない。新しい魔物の領域を探索中、たまたま見つけて戦闘になって討っただけ。だから、別の勲章は貰っているさ」


 『もしその属性竜が、街でも襲っていたのなら貰えたんだがな』と、アルテリオさんは語っていた。


「それと、新しい爵位だけどな」


 まだ俺は未成年だが、例外として俺のような継承権の無い貴族の子供を別家の当主として独立させたり、小さな娘しか残っていない家に婚約者として他の貴族の子供を入れる際に爵位を継がせたりと。


 そういうケースは、たまにあるらしい。


「ヴェンデリンの場合は、単純に功績だけで貴族に任じられただけだがな」


 アルテリオさんの話によると、俺は実家のバウマイスター家から籍が抜け、この度新しい別のバウマイスター家の当主になったという事らしい。

 

「領地は与えられなかったが、年金は出るから法衣扱いだな。準男爵ともなれば、年に金貨三十枚だ。役職には任じられていないから役職給は出ないが、別に王都に滞在する義務はないし、普通にブライヒブルクで予備校に通えば良いのだから、見栄を張る必要も、必要な経費もほとんどない。楽勝で左団扇だな」


 続いて階位の話であったが、これは第一位から第十位まで存在している。

 第一位は陛下だけで、第二位は王妃殿下と王子二人と王女二人、第三位は他の王族や公爵のみで、第四位は侯爵と辺境伯、第五位は伯爵と子爵と男爵だが、男爵には次の第六位の者も存在する。

 そして第六位は準男爵で、第七位に騎士爵と。


 ちなみに、第八位から第十位は継承権が付与されていない。

 功績を挙げて昇進した平民出身者か、男爵以上の成人した子供に一代限りで与えるための階位として存在しているようだ。


 当然、功績を挙げて昇位しないと子供は平民に転落してしまう結果となる。


 ちなみに、つい先程までの俺はその階位すら持っていない。

 ここが制度の穴というか、わざとやっているのかもしれなかったが。

 準男爵以下の貴族の妻や子供達は、貴族籍にはあって一応は貴族であったが階位は与えられない。

 当然年金なども貰えず、爵位を継承できなければ死んだ時点で貴族ではなくなる。


 生まれた子供は貴族籍にも入れないので、やはり下級貴族は色々と大変な部分も多いようだ。


「じゃあ、俺って子供に跡を継がせられる貴族になったと?」


「ヴェンデリンの功績は偉大だが、かと言ってその子にも血筋だけで過大な待遇を与えるわけにはいかない。子供が並なら、準男爵のままで飼い殺しって事だな。随分と羨ましい飼い殺しなわけだが」


 要するに、これからも続けて功績を挙げないと、そう簡単には男爵以上にはなれないという事であった。


「しかし、お前は偉くなったものだよな」


「ええ」


 俺の父上は、騎士爵で第七位だ。

 今度婿入りするエーリッヒ兄さんも、数年で義父から第七位騎士爵位を継承する。

 つまり、俺の方が偉くなってしまったのだ。


「立場もな。いくらヴェンデリンの父親や兄貴でも、立場は同じ陛下から任じられた貴族なんだ。公式の場で、父親や兄貴面して威張ると大変な事になる」


 そう簡単に罰せられる事は無いが、貴族同士のネットワークで『貴族の癖に、貴族のルールを理解できないバカ』として村八分の状態になってしまうらしい。


「父上はどうでも良いけど、エーリッヒ兄さんがなぁ……」


 一番話が合う兄だったのに、向こうは俺を階位が上の者として扱わなければいけない。

 少し寂しさを感じる俺であった。


「公式の場で弁えろだからな。普段は、別に問題はないさ」


 そんな話をしている内に、馬車は無事にエーリッヒ兄さんが住む屋敷へと到着するのであった。





「何か、色々と大変だったようだね」


「はい、物凄く大変でした」

 

 約七年ぶりの再会の挨拶としてはどうかと思うのだが、いきなりエーリッヒ兄さんに畏まられた話し方をされても困るので、俺としては良かったと思っている。


 さすがは、バウマイスター家で一番理性的で頭の良い兄さんである。

 今の俺が置かれた情況を理解してくれているようであった。


「そういえば、ヴェルの友人達には部屋で寛いで貰っているから」


「さすがは、エーリッヒ兄さん」


「さてと、俺はこれで失礼するかな」


「お忙しいところをすいませんでした」


「何の、商人ってのは人脈も重要でな。ヴェンデリンとこうして知り合いになれたんだ。俺からすると、こんなに得した日はねえよ」


 口はブランタークさんに似て少し悪かったが、アルテリオさんは俺が陛下の前で粗相をしないように色々と気を使ってくれていた。

 陛下と話をする時にも、言葉遣いを瞬時に切り替える器用さもあり、なるほど王都で新参者の商人として成功を収めているわけだと俺は思っていたのだ。


「弟が、お世話になりました」


「さすがは、ヴェンデリン殿の兄上ですな。あなたとも良い縁を結べそうだ」


「しがない零細貴族ですけどね」


「そんなのは、十年後にはわかりませんからな」


 俺が無事にエーリッヒ兄さんと会えたので、自分の役割は終わったと感じたのか?

 アルテリオさんは、自分の商会に戻ると言って再び馬車に乗り込む。

 馬車は、商業街の方に向かって再び動き出していた。


「さあ、案内するよ」


 貴族街でも、王城から近い位置に高位の貴族の邸宅が集まり、平民街に近い場所に下級貴族の邸宅が集まっている。

 住み分けがちゃんと成されていて、エーリッヒ兄さんの屋敷というか、婿入り先のブラント家は勿論後者の方に属していた。

 

 とはいえ、さすがは王都に住まう法衣貴族の屋敷である。

 その門構えは、うちの実家とは比べ物にならない大きさであった。

 とても同じ騎士爵家だとは思えないほどだ。


 エーリッヒ兄さんに案内されて屋敷に入ると、そこには六十歳前後に見える、ロマンスグレーが特徴の品の良い男性と、四十歳前後のブラウン色の髪の落ち着いた感じの中年女性。


 そしてまだ二十歳には見えない、中年女性と同じブラウン色の髪を肩まで伸ばし、瞳も同じ色をした少し落ち着いた感じの美少女が待ち構えていた。


「僕が婿入りをした、ブラント家の家族を紹介するよ」

 

 初老の男性は、現在は当主を務めているルートガー・ヴィレム・フォン・ブラントで年齢は今年で六十二歳。

 中年の女性は、奥さんのマーリオン・ヴィレム・フォン・ブラントで年齢は四十歳。

 最後に美少女は、ミリヤム・ヴィレム・フォン・ブラントで今年十九歳になるそうだ。


 現当主であるルートガーさんは先妻が子供が無いままに病死し、現在の奥さんとエーリッヒ兄さんの奥さんになる一人娘だけが家族だとの話であった。


 年齢が年齢なので、下級官吏の試験に受かって部下として配属されて来たエーリッヒ兄さんを気に入り、彼に娘を嫁がせて家を継がせる決意をしたようだ。


「始めまして。バウマイスター卿」


「すいません。公の席ではともかく、こういう場でバウマイスター卿は勘弁して欲しいのです」


「これは、すみませんな。何しろ、ヴェンデリン殿の古代竜退治の話は現在王都では有名でして。しかし、そんな高名な魔法使い殿がエーリッヒの弟とは世間とは狭いもので」


 ルートガーさんは、一部貴族にありがちな傲慢な面もなく、気さくに俺に話しかけてくれていた。


「正直、魔導飛行船ごとブレスで焼かれないように必死だったので」


 いくら魔法の鍛錬を続けても、狩りで凶暴な野生動物を相手にしていても、考えてみるとあれが俺の魔物デビューなので相当に厳しかったのは事実であった。

 

 正直、骨竜と戦っている間の事は良く覚えていないのだ。


 必死過ぎて、記憶に残っていないのであろう。

 陛下に話しをした内容などは、後からエル達やブランタークさんから聞いたくらいであったし。

 

「あなた。よくよく考えてみると、私ってヴェンデリンさんの義姉になるんですね」


「そう言われるとそうだね」


「宜しくお願いします。お義姉さん」


「私は一人娘だから、義弟って新鮮ね」


 エーリッヒ兄さんのお嫁さんは、前世で言うところの癒し系美少女という感じで、この人が義姉なら上手くやっていけそうな気がしていた。


 そう頻繁に会えるかはわからなかったが、もう瞬間移動の魔法で王都には自由に行けるので、その可能性はなきにしもあらずであったからだ。


「おっ、もう戻って来たのか」


「貴族に叙任されたって本当?」


「緊張のあまり、陛下の前で失敗しなかった?」


 ブラント家の面々と話をしていると、屋敷の奥からエル達が姿を見せる。

 どうやら彼らも、俺が王城で爵位を受けた事実を知っていたようであった。


「双竜勲章と第六位準男爵だってさ」


「マジでか。俺を従士にして欲しいわ」


「エルなら、良い腕しているんだから余裕で仕官できそうだけどな」


「ところが、そう簡単な話じゃないんだよ」


「エルヴィン君の言う通りですな。いくら剣の腕が良くても、貴族の家臣採用はコネが重視されますから」


 貴族なので、戦時に備えて精強な家臣団を作っておく。

 建前としてはそうなのだが、今は戦争が二百年以上も途絶えていた影響で、いくら腕っ節が良くても、そう簡単には新参者が仕官を出来ない情況になっているとルートガーさんは説明してくれる。


 例えば、どこかの貴族家で人が不足した時。

 まずは、その貴族家の子供を分家して独立させるし、それが駄目でも今いる家臣の子供などを優先させる。

 それでも駄目なら、自分の領地に住む平民で腕が立つ奴を雇えば良いので、新参者の出る幕はなかったのだ。


「それでも駄目な時は、寄り親と寄り子の間で融通し合いますから。ですが、それでも紹介状は必須ですよ。その紹介状だって、仕官した人間が不興を買えば紹介状を書いた人間の評価が落ちるのです。まず、良く知らない人のためには書きませんね」


 つまり、実家の領地内で何かの職に就けなければ、あとは無人の未開地を根気良く開墾して自分で領地を切り開くか、冒険者になるしか道はないそうだ。


「ヴェルは、このまま予備校に通って冒険者になるんだよな?」

 

「ああ」


「じゃあ、俺を雇って欲しいな」


「まあ、良いけどね」


「思わぬ幸運だな。これで、ヴェルがリーダーとして指揮を執るのに何の不都合もないわけだ」


「私も、雇って欲しい」


「ボクも!」


「イーナもルイーゼも別に良いんだけど、貴族ってこういうのは有りなんですか?」


「建前としては駄目ですね。ですが……」


 王都には多くの下級法衣貴族が存在しているのだが、彼らの半数ほどが公式な役職に就いていないらしい。

 貴族の数に比べて、役職の数がかなり不足しているからだ。


 それでも最低限の年金は出るのだが、貴族には金のかかる付き合いがあるし、無役職状態を脱しようと金を使ってでも運動を行う貴族も存在する。


 そんなわけで、下級貴族の中には副業を持っている者が多数存在していた。


「本当は、駄目なんですけどね。『じゃあ、役職寄越せ!』と言われると困るので黙認しています」


「世知辛いですね」


 うちの実家は相当に貧乏であったが、王都にいる下級貴族も色々と大変なようだ。


「だからたまにあるんですよ。副業で冒険者をしていて、仕事中に死んでしまう貴族が」


 正式には魔物に殺されたのが死因なのだが、それを公にするわけにもいかず。

 役所と相談して病死という形にし、早く後継者に爵位を引き継がせるように自分達役所の人間が促す事もあるというのが、ルートガーさんからの話であった。


「あれ? でも、俺の場合はどうなんです?」


「ヴェンデリン殿は、陛下が自由にやっても良いとお墨付きを与えましたからね。魔法使いであるという理由もあるのでしょうが」


 貴族も王国も、いくら才能があっても、経験の浅い若い魔法使いは雇わないらしい。

 逆に取り合いになるのは、冒険者として名を馳せ、引退後の第二の人生として仕官を望んでいる魔法使いであった。


 ただその魔法のみならず、冒険者時代に培った経験や人脈がとても役に立つからなのだそうだ。

 うちの師匠や、ブランタークさんなどがそれに当たるようだ。


「陛下からすれば、もうヴェンデリン殿に予約をしたのも同然ですので」


「予約ですか? あっ!」


 そういえば、俺は陛下に叙勲されたので既に王国貴族となっている。

 冒険者を引退した後に、『じゃあ、役職を任じるから』で終わってしまうのだ。

 逆に、お抱えになる可能性もあったブライヒレーダー辺境伯家の方は絶望であった。


 爵位や階位に差があっても、俺もブライヒレーダー辺境伯も王国から任じられた貴族であり、その立場は同じになってしまっている。

 なのでブライヒレーダー辺境伯は、もう同僚である俺を雇えなくなってしまったのだ。


 思えば、先程アルテリオさんが困ったように苦笑していた理由が良くわかる。

 ブランタークさんのせいではないが、主人が目に付けていた人材を目の前で王国に攫われてしまったのだ。


 いくら温和なブライヒレーダー辺境伯でも、ブランタークさんにお小言も言いたくなるであろう。


 それに気が付いたアルテリオさんは、友人であるブランタークさんを可哀想に思い、あのような表情になってしまったのかもしれない。


「ヴェンデリン殿、友人のお三方ですが、形式だけでも雇われた方が宜しいかと」


 ルートガーさんは、俺の形式だけでも三人を雇った方が良いと提案していた。


「ヴェンデリン殿は、無役ながらも準男爵になりました」


 その年金は、年に金板三枚。

 日本円にすると、約三千万円にあたる。

 しかも、今の俺は王都に屋敷すら維持していないし、当然人など誰も雇っていない。 

 

「ヴェンデリン殿が二百年ぶりに双竜勲章を受けたのと、準男爵に叙された件は、もう王都中に広まっていますので……」


 当然、現在絶賛無職・ニート中の貴族の子弟が家臣にして欲しいと売り込みを開始するし、平民の子弟なども護衛や召使いなどで雇って欲しいと押しかける未来が容易に想像できるというものだ。


「王国の財政的な理由もあって、現在はそう簡単に貴族家は増やせませんし」


 王都にいる法衣貴族家の半数が、ただ年金を貰うニートというのが現実なのだ。

 年金の額は知れているとはいえ、それでも誰も表立っては口にしないがただの無駄飯喰らいであると、納税者である平民達からは思われている。


 なので、そう簡単に貴族は増えない。

 

 逆に減るケースとしては、いよいよもって養子の当てすらなく断絶してしまう場合。

 ただこれは、滅多に無いらしい。

 まずどこかに、何とか継承可能な遠い親戚がいるケースが大半で、むしろ候補者達が醜く争う事が多いそうだ。


「それで刃傷沙汰になって、継承の話が消えるケースもありました」


「……」


 次に、爵位を取り上げられるほどの犯罪を犯したケース。

 ただこの件も、大物貴族は収賄などがあっても誤魔化してしまう事が多いし、収賄なので罰金込みの弁済で済ませてしまうケースも多い。

 たまに貴族のドラ息子などが平民などを殺してしまうケースがあるのだが、これも示談という形で大金を積んで終わりという解決方法が多いそうだ。


「たまに運悪く、派閥間抗争の槍玉に挙げられて厳罰に処される間の悪い貴族もいますけどね」


 ただこれも、滅多に無いらしい。

 あまりやり過ぎると、貴族社会が殺伐としてしまうからだ。


「貴族家が増える理由も同様です。まずは、ヴェンデリン殿のように比類ない功績を挙げた場合」


 ただこれも、今は戦争が無くなっているのでほぼ絶望視されている。

 たまに発生する領地境での争いで無双をしても、それで王国から賞賛されるわけでもない。

 マイナスをゼロにしても、評価が上がるわけもないからだ。


「その兵士なり家臣を雇っている貴族自身が、普通に褒賞を出せば良い話ですので」


 あとは、自分で未開地を開拓してそこの領有権を王国に認めて貰う事であろうか。

 なお、俺の実家であるバウマイスター家がこれに当たる。


「ある意味前向きな方法ですが、これもなかなかに大変ですからね」


 人を集めて何も無い土地を切り開き、そこで税収をあげられるようにする。

 言うは易しだが、行うは難しだ。

 それにもし成功しても、近場のどこの大物貴族の寄り子になるだとか、隣接してしまった領主と利権などで争いになったりと。


 なかなかに苦労するようであった。


「王国は便宜上は騎士爵を与えますけど、村一つで人口百名以下なんて話も珍しくないですね」


 そう簡単に内政王になって、領地が急速に発展なんていう美味しい話はないようだ。

 あれば、我が実家バウマイスター家などとっくに辺境伯くらいにはなれたであろう。


「そんなわけで、ヴェンデリン殿の元には明日から人が殺到する可能性があります」


 仕官希望の貴族の子弟に、雇って欲しい平民の子弟。

 そして、娘や妹を嫁にして欲しいと頼み込む貴族や、妾にして欲しいと頼み込む商人や平民など。


 俺は、考えるだけで頭が痛くなってくる。


「そこで、三人を形式だけでも家臣にしてしまうのです」


 同じ冒険者志望であるし、パーティーメンバーなので、現在新バウマイスター家の仕事など無い今、報酬など払う必要も無からだ。


「そうだな、俺達は報酬なんていらないさ」


「あくまでも、第二の人生への保険よ」


「そうだね。変なご隠居の後妻とかにされるなら、未婚でヴェルの家臣の方が良いし」


 もう既に家臣は確保していると知れれば、無理なお願いをしてくる人間は減るはずだ。

 しかも、イーナとルイーゼは俺と同年代の女性である。


「失礼ながら、イーナさんとルイーゼさんは陪臣のご令嬢でいらっしゃるとか。なら、余計に好都合です」


「周囲が勝手に、イーナとボクを妾扱いするね」


 貴族の当主になってしまった俺は、もし正妻を受け入れるとするとそれなりに家格を合わせる必要があるそうだ。

 なので、陪臣の娘である二人はまず除外されてしまうらしい。


「ルイーゼさんの理解が早くて助かります」


「ボクは別に、本当に妾になっても良いけど」


「まあ、最低でも成人になってからだな。俺の食指が動くかは別として」


「ヴェルは言うよね。その頃には、ボクも魅力的な女性になっているさ。せいぜい誑かしてあげるよ」


 その後は、エーリッヒ兄さんやブラント家の人々と共に夕食を囲み、他にも色々な話をして夜を過ごしていた。

 話の半分ほどが、今日突然貴族家の当主にされてしまった俺に、老練で経験豊富なルートガーさんからのアドバイスになってしまって申し訳が無かったのだが、さすがは王都で長年役職に就いていた貴族。


 同じ爵位でも、畑を耕す以外にほとんど何もしない父や兄とは大違いであった。

 下級貴族でも中央の空気に触れていて、政治にも貴族の常識などにも敏感なのだ。 


「ねえ、エーリッヒ兄さん」


「何だい? ヴェル」


「ルートガーさんは、うちの父上や他の兄さん達の何十倍も頼りになるね」


「まあ、それは言わぬが華かもね」


 就寝前、俺はエーリッヒ兄さんとそんな話をするのであった。

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