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第二十七話 陛下との謁見。

「しかし、ヴェンデリンは凄いな。俺が陛下に初めて謁見したのは、老火竜を倒した四十歳前の事だ」


「あの、俺は何に気をつければ?」


 冒険者予備校の夏休み期間を利用して、俺が一番仲が良かったエーリッヒ兄さんの結婚式に出席しようと王都へと魔導飛行船で向かう途中。


 俺や、王都見学のために同伴したエル達に、俺達の保護者として同伴を宣言したブランタークさんは、その航路上で既にその寿命を終えアンデッド化した骨と魔石だけの古代竜と遭遇する。


 骨だけとはいえ、まさかの古代竜の出現と、しかもその古代竜がとっくに寿命を終えたにも関わらずアンデッド化していた事実に、船内には重苦しい空気が流れ始める。


 あの骨だけの大きい竜は、本当に古代竜なのであろうか?

 そもそも、古代竜がアンデッド化するものなのか?

 更に、本来の領域を外れて人間のテリトリーに顔を出すのか?


 何しろ、相手は数万年も生きる古代竜である。

 近年では、あまりに目撃者がいないので半分架空の魔物扱いされるほどであったが、研究をしている学者に言わせると古代竜は絶対に実在しているらしい。


 滅多に見れないのは、古代竜がブランタークさん達も倒した事がある属性竜よりも上位の、半ば精霊などに近い種族だからなのと。

 あまりに奥地に引っ込んでいるので、人間が見付けられないだけなのだそうだ。


『半分精霊なのに。凶暴だし、アンデッド化するんですね』


『そんな向こうさんの細かい事情まで、俺は知らん』


 色々と疑問は尽きないのだが、それでもアレからは永遠に逃げられそうもないので、俺はブランタークさんと協力をしてその古代竜の供養に成功する。


 供養と言っても退治や討伐とさして結果は変わらないのだが、聖の魔法で浄化して活動を止めたので、教会関係者などから言えば供養の内に入るのであろう。


 俺が大量の魔力を使って発動させた聖の魔法によってアンデッド古代竜はその活動を停止させ、最後に骨と巨大な魔石を残す。

 虎が立派な皮を残すのと同じわけだが、少し違うのはその残した物がとんでもない値段になるという事であろうか?


 竜の体から取れる素材は、小型種であるワイバーンの物でもそれなりの値段で取り引きされる。

 ましてや、以前にブランタークさんが倒した属性種と呼ばれる大型の竜ともなれば、使えない部分は無いと言われるほどに貴重だ。


 血、肉、皮、骨に、他の魔物とは比べ物にならないほど巨大な魔石と。

 属性竜の素材自体が五十年に一度でも市場に出れば早いと言われるほどなので、物凄い価格で取引されるそうだ。


 俺は、迎えの馬車の中でアルテリオさんの説明を聞いていた。

 魔導飛行船専用の港で騎士様の出迎えを受けた俺は、迎えに来るはずのエーリッヒ兄さんに会う間もなく、付き添いのアルテリオさんと共に騎士達が準備をしていた馬車に乗り込んでいたのだ。


 なお、ブランタークさんは用事があるので先に港を出ていたし、エル達は不幸にもエーリッヒ兄さんへの説明役として、騎士様のお付の兵士達と共に港に置き去りにされている。

 

 どのみち、エル達は俺も含めて宿泊先がエーリッヒ兄さんの家なので、意地でも彼と合流しないといけなかったのだが。


「ましてや、今回は過去の記録にも残っていない古代竜だからな」


 俺に同伴しているアルテリオさんの話によると、古代竜はそれが存在している事は事実であったが、普段は人が入り込めない魔物のテリトリーの奥にいるので、実際にその姿を見た者はおらず。

 寿命が数万年もあるとの事で、それが老衰で死んだり、死後にアンデットになる事実などを知っている人間は皆無であったようだ。


「じゃあ、どうしてあの骨竜が古代竜であると確認できたんです?」


「あの骨格と魔石の大きさだ」


 骨竜は、軽く見積もっても全長が五十メートルを超えていた。

 小型のワイバーン種でも大きくなって全長五メートルほどで、属性種でも最大で三十メートルほどらしい。


 なので、あの骨竜の存在は、古代竜とでも考えないと説明が難しいようであった。


「それでですか。陛下は、そんな珍しい古代竜の骨と魔石を得た俺如きと謁見なされると?」


「如きって、少し卑屈じゃないか?」


「零細貴族の八男に、何を期待しているんです?」


「期待とか、そういう事じゃないんだけどな」


 俺の王様に対する考えなどは、その程度であった。

 前世で皇族をどう思うかと似たような感覚であり、反政府思想も無いので反感や打倒の意志などは皆無だが、熱烈に崇拝・支持しているわけでもない。


 南の僻地の出身で全く接点が無かったので、これから謁見する事実にまるで実感を感じていなかったのだ。

 あまりに雲の上の人過ぎるというのが、一番的確な答えであろう。

 会うと緊張しそうなので、出来れば一生会わなくても良いと思っているほどだ。


「確か、うちの父上が爵位を継承した際に謁見したのみだと思います」


 当主変更による叙勲の儀式は、どんなに小身の貴族でも王都で陛下直々に行うのが決まりだ。

 なので、父は陛下と一回顔を合わせているはずであったが、本当にその一回だけというのが現実であった。

 まさか陛下も、数居る零細騎士の一人など覚えていないであろうし。


 うちの父にような辺境に住む零細貴族が王都に行く機会は少ないし、一国の王ともなれば色々と忙しい身なので、来たからと言ってそう簡単に謁見など出来ないであろう。


「しかし、お忙しい身の陛下に俺如き小物が良いんですかね?」


 内心では、『忙しいからやっぱり会わなくても良いや』という回答を期待していたのだ。


「陛下との謁見は、こちらから申請すれば時間がかかる。俺でも、最低一週間待ちだな」


 政商クラスのアルテリオさんでさえ、陛下と謁見するのに一週間もかかるのに、俺が今すぐ謁見しても良いのであろうか?

 俺の頭の中では、次第に不安が渦巻き始める。


「心配ありません。今回の謁見は、陛下ご自身が望まれたので実現したのですから」


 俺とアルテリオさんを王城まで案内してくれている豪華な鎧を着た騎士が、今回の謁見についての事情を説明し始める。


「ヴェンデリン殿は、伝説クラスの古代竜を倒しました。次に、それによって貴重な国家資産である魔導飛行船を、搭乗していた乗客ごと守りました。あの船の乗客には、大身の貴族や商人の方も多いですからね。最後に、その古代竜の骨と巨大な魔石の入手に成功した。陛下は、ヴェンデリン殿に頼みたい事があるそうです」


 陛下の方から用事があるので、俺はすぐに謁見可能なようだ。

 説明してくれている身形が非常に良い騎士は、かなり陛下に近しい立場にいるようであった。


「それで、近衛騎士団の中隊長を務めるワーレン殿がじきじきに迎えに来たと」


「(姿格好といい、その隙の無い身のこなしといい。なるほど、偉い人だったんだな)」


「ワーレン殿は、坊主と同じような生まれだからな。この地位にいるのは、ただその実力によってなのさ」


 身長百八十センチ超えで、金髪・碧眼・イケメンと絵に描いたような騎士様は、下級法衣貴族家の三男の生まれらしい。

 三男と聞くだけで、なぜか親近感が沸いてくるような気がする。


 この世界では、長男と長男以外で厳密な線引きが成されているのだから。

 

「良くご存知ですね。アルテリオさん」


「まあな。ワーレンも、一応はブランタークの弟子だし」


「そうなんですか?」


 俺の師匠のみならず、近衛騎士隊にまで弟子が居るとは。

 ブランタークさんは、思った以上に顔が広いようであった。


「私は、魔法が使えない魔力持ちですから」


 ブランタークさんの指導のおかげで、俺はこのワーレンさんに普通の人よりは多目の魔力がある事に気が付いていた。

 だが、このくらいの魔力だと、精々で一日にファイヤーボールを数発打てば終了になってしまう。


 戦いにおいては切り札の一つにはなるが、決定打にはなりえないほどの魔力とも言えた。


「ワーレン殿は、魔法を使えないのさ」


 正確に言うと、魔力で具現化した現象を外部に放出できないというのが正解らしい。

 その代わりに、魔力で己の体や武器を強化して戦う、所謂魔法騎士としての才能で、近衛騎士団の中隊長を務めているとのアルテリオさんからの話であった。


 魔力を身体で強化して戦う剣士や武道家の類は魔力持ちには一定数存在し、その実力は魔力をほとんど持たない者達に比べて圧倒的だ。

 魔力をあまり持たない人間は、いくら訓練をしても量産品の鋳物の剣で大岩を真っ二つにしたり、バラバラに砕いたりは出来ない。


 まあ、そんな普通の人間でも、誰でも持っている少量の魔力を無意識に身体機能の強化に使っているので、前世の一般人に比べると大人と子供ほどの差があるのだが。


「ブランターク様からは、魔力の制御と使用量の節約などを習い、大変にお世話になったのです」


 なるほど、通りで一定数はいると聞いている、大物貴族やその子弟にありがちな傲慢な態度を取らないわけだ。

 こんな子供の俺にまで丁寧な口調で対応するとか、それでいて近衛騎士団の中隊長なのだから、さぞや女性にモテるのであろう。

 いや、先に陛下からの信任が厚いと言った方が良いであろう。


「あと、私がまだヴェンデリン殿よりも少し年齢が上くらいの時に、アルフレッド様と一度だけお会いした事があるのです」


 その時にブランタークさんは、『一応俺の弟子なんだけどな。もう完全に抜かれてしまっているんだ』と笑いながら紹介をしてくれたそうだ。


「その時のアルフレッド様からは、その温和な外見からは想像も出来ない何かを感じました。あれが、超一流の魔法使いなのかと」


 そう、師匠も見た目は温和そうで背の高いイケメンのお兄さんにしか見えないのだ。

 ところが、魔法使いとしては超一流であった。


 『人は見かけによらない』の典型例であったのだ。


「しかしながら、ヴェンデリン殿からも同じような感覚を私は覚えます。見た目は、まだ世の中の事に興味深々で成長途中の少年にしか見えないのに」


「そりゃあそうさ。ヴェンデリンは、単純な魔力量や魔法の最高出力なら、既にアルフレッドすら超えているんだから」


 きっと、ブランタークさんから話を聞いていたのであろう。

 アルテリオさんは、今の俺の大体の実力を知っているようであった。


「なるほど、陛下が直接に会いたいと願うわけです」


 港を出た馬車は、王都の町並みを下町、町民街、商業区、工業区、貴族街などの順番に通って行く。

 さすがは一国の首都というだけはあって、その規模と人の多さはブライヒブルクの比ではなかった。


「そろそろ、王城に到着します」


 一時間ほど馬車に揺られ、俺達を乗せた馬車は王城へと到着する。

 

「大きい……。うちの実家と比べるのは無駄だけど、ブライヒレーダー辺境伯様の館よりも遙かに……」


 お城を見上げなら正面の門に到着するが、ワーレンさんがいたので門番は俺達の身元確認すらしないで通していた。

 城の内部に入ると、兵士や騎士や貴族やメイドなどがあちこちを歩いていたり、何か仕事をしていたりと。


 城内は、活気に満ち溢れているようであった。


 ただ、なぜか俺達に注目しているのが気になっていたのだが。


「古代竜討伐の話は、もう王都中に広がっていますからね。しかも、それを成した二人の内の一人がまだ十二歳のヴェンデリン殿なのですから」


 ワーレンさんの言う通りに、気になるので実際に目を凝らして見ている状態なのであろう。

 どこか、上野動物園に居るパンダの気分だ。

 

 ワーレンさんを先頭に暫く城内を歩いていた俺達であったが、遂に目的地である豪華な扉の前へと到着する。

 この先が、謁見の間のようだ。


「陛下は気さくなお方なので、最低限の礼儀さえ守っていれば問題はありませんよ」


「そのフォローをブランタークから頼まれたんだが、ヴェンデリンなら心配いらないよな」


 アルテリオさんがそこまで言ったところで目の前の豪華な扉が開き、視界の先には赤い絨毯が敷かれた床や、一段高い玉座に座る男性の姿が確認できる。

 そしてその両側には、十数名の警備の騎士達や、地位の高そうな貴族の姿も数名確認できていた。


「古代竜を討伐せし、ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスター殿と、ブランターク・リングスタット殿の代理人。アルテリオ・マーシェン殿の御成り!」


 昔に映画で見たように、俺達の入場を高らかに読み上げる役人らしき人の声を聞きながら、俺達はワーレンさんの誘導で玉座から三メートルほどの位置にまで接近する。


 するとワーレンさんは横の騎士達が立っている位置へと戻ってしまい、あとは俺とアルテリオさんだけになってしまった。


 緊張で何をして良いのか忘れてしまったが、すぐにアルテリオさんがひざまづいて頭を下げたので、俺もそれを真似して事なきを得る。


「突然の呼び出しで大変であったであろう。頭を上げるが良い」


 陛下にそう言われたので頭を上げると、そこには四十歳前後に見える高貴そうな顔をした美中年の男性が笑みを浮かべていた。

 やはり、お約束で王族というのは美男美女が多いらしい。


 陛下も、若い頃はさぞかし女性にモテたのであろう。

 何か自分がモテないので、そればかり言っているような気がするが。


 要するに、イケメンは敵だという事だ。

 ただし、エーリッヒ兄さんを除いて。


「改めて紹介するが、余がこのヘルムート王国国王、ヘルムート三十七世である」


「ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターと申します」


「ふむ、改めて見ると本当に若いの。幾つになった?」


「はい、十二歳です」


 こうして、俺と陛下との謁見は始まったのであった。

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