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第二十五話 師匠はセレブだった。

「ここが、師匠の家か」


 園遊会の翌日、俺はブライヒレーダー辺境伯家で接収していた師匠の家を正式に譲渡され、放課後に様子を見に来ていた。

 家とは言ったが、実際には貴族が別荘にでもしてそうなほどの大きさで、庭も広いし、周囲は防犯目的で高い石造りの塀に囲まれていた。


 正面の門もかなり立派で、なるほど優秀な冒険者というのはかなり稼げるようだ。

 辺境伯家のお抱え魔法使いに相応しいレベルの屋敷でもあった。


「門には、小さめの魔晶石か。これは、師匠を認識するものだな」


 そのまま門を開けようとしても、魔道具でもある正面の門は開かないそうだ。

 威力の高い魔法をぶつければ壊れるであろうが、それをすると今度は庭に配置されている小型のゴーレムが集まってくるらしい。

 それに、俺はブライヒレーダー辺境伯からこうも言われていた。


『この門、魔法具で五十万セントもするそうです。壊したら、勿体無いんですよ』


 中に入るために、せっかくの高価な魔法具を壊しても意味が無い。

 この十年以上、ブライヒレーダー辺境伯家側がこの屋敷を放置していた最大の理由でもあった。


 最初の一年間ほどは、家族が居ないはずの師匠の自称親族とやらが多数現れ、その遺産を寄越すようにと訴え出たらしい。

 明らかに嘘なのだが、公平な統治を掲げるブライヒレーダー辺境伯家としては、ちゃんと調査をした上で結果を公表するしかなく、少し時間がかかってしまった。


 なお、その自称親族とやらは、ブライヒレーダー辺境伯家側の調査でその嘘がバレ、数年間ほど詐欺未遂の容疑で開拓地送りになったそうだ。

 

 人間はやはり、自分で働いて稼ぐべきなのであろう。

 悪銭身に付かずなのだから。

 

「ええと……。確か、師匠からのメモで……」


 師匠は、もし運があって自分しか使えないようにロックのかかった魔法具を俺が見付けた場合、その専任使用者を変更する方法をメモで残してくれていた。


 とは言っても、さほど方法自体は難しくない。

 師匠から暗号というかワードを聞いているので、魔晶石に触れながらそれを念じ、ロックが解けたら俺が新しい暗号を準備してそれを新しく念じて設定し直すらしい。


 メモに書かれた通りに作業を行うと、正面の門はすぐに開いていた。


「さてと、次は……」


 開いた門から敷地に入ると、今度は屋敷を守備する四体の小型ゴーレムが姿を見せる。

 このゴーレム、小型とは言っても大きさは高さが二メートルほどもあり、四体で俺を囲みながら警告の言葉を発していた。


「侵入者ニ告グ、アルフレッド様以外ノ人間ハ直チニ立チ去レ。サモナクバ、強制的ニ排除スル」


「(言葉を話せるゴーレムか。魔導技術で人工人格が形成されているんだな)」


 ちなみにこの技術、古代魔法文明時代では当たり前のように普及していたらしいが、今ではロスト技術となっている。

 当然研究はしているのだが、その結果は未だ出ておらず。

 現在稼動しているのは、冒険者などが遺跡から持って来た物だけであった。


 現在のゴーレムは、ここまで精密な動きなど出来ない。

 施術者や操作する人間が常に近くに居ないといけないし、まず『畑を耕せ』などと命令しても満足に命令などこなせない。

 ただ、そこら辺の土に全力で鍬を入れて、その柄を折ってしまうのが精々であろう。

 

 それでも、戦争があった頃は良かったのだ。

 腕や武器を振り回しながら敵に突っ込むだけで、敵を倒したり、陣地や防衛用の柵を破壊したり出来たのだから。

 要するに、戦闘でしか使えないのが今のゴーレム魔法とも言える。


「俺は、アルフレッド師匠からこの屋敷の権利を譲られた者だ」


 俺は小型ゴーレム達にそう宣言すると、すぐにゴーレムを停止させる暗号を声に魔力を込めながら発する。

 すると、四体のゴーレムはその動きを止めていた。


「停止に成功か。今度は……」


 門と同じく、俺が新しい暗号を魔力を込めながらゴーレムに埋め込まれた魔晶石に触れて送ると、数秒後無事に再起動に成功していた。


「アルフレッド様ニ替ワリ、ヴェンデリン様ヲ新シイゴ主人様トシテ認識シマシタ」


「では、引き続き任務に励むように」


「了解」


 再び庭へと散ったゴーレムを見送ってから、今度は玄関のドアも同じ方法で開ける。

 開いたドアから屋敷へと入ると、内部は十年以上も放置されていたとは思えないほど新しく、塵一つ落ちていなかった。


「なるほど、状態保存の魔法が良く利いているんだな」


 掃除の手間が省けて良かったと思いながら、早速に屋敷中を捜索し始める。

 部屋は一階にリビングと書斎に、キッチン、風呂、トイレなどが余裕を持って配置されている。

 あと、地下室には鍵のかかった倉庫があって、そこには高価なビンテージ物を含むワインやブランデーなどが置かれたワインセラーも完備されていた。

 

 更に、上下水道と調理器具などは全て魔法具が組み込まれ、風呂の釜やトイレの水洗機能なども全て同じようだ。

 

 思えばこの世界に移転した直後、俺は子供の体で実家の僻地ぶりと、文明の遅れ具合にえらく苦労していた。

 トイレはボットンで、水も井戸から汲んで来ないと駄目だし、風呂も水汲みと釜炊きが面倒なので週に二回が精々。


 特に風呂は、俺がお湯を沸かす魔法を習得するまでえらく体が痒かった記憶があった。

 それがこの屋敷では、付属の魔晶石の魔力をたまに補充してやれば自由に風呂炊きや調理を行えるのだから。


「さすがは師匠。良い屋敷に住んでいるな」


 これだけの優良物件なのだ。

 しかも正式に俺の名義になっている以上、住まなければ損といいう物であろう。


 早速に、退寮の手続きと引越しの届けを予備校に出さなければと考えていた。

 それに予備校の寮は、ギルドが所持する学生支援用の物で、俺のように自前で住む所を確保できた人は他の人に譲るのが筋であったからだ。


「じゃあ、早速に引越しを……」


 大した荷物も無いので、俺は一人で引越しを済ませようとしたのだが、やはりこれを隠し通すのは不可能であったらしい。


「お前、こんな屋敷、どうやって手に入れたんだ?」


「偶然かな?」


「偶然で、私とルイーゼの実家よりも豪華な屋敷を?」 


 うちの実家の貧乏さを、ブライヒレーダー辺境伯家の陪臣の子である二人が知らないわけもない。

 そして噂通りに、うちの実家よりも、まだイーナとルイーゼの実家の方が家が立派という避け得ない事実も存在していたのだから。


「それに、魔導コンロ、魔導レンジ、トイレも水洗で、上下水道も自動とか。うちでは、まず揃えるのは無理だね」


「うちも無理だぜ。地方の田舎領主だし」


 家の規模や外見は、貴族でも陪臣でも周囲に舐められないために豪華にする人が多い。

 そしてその結果、その身分に合わない屋敷の維持に汲々とする事になり、ルイーゼやエルの実家のように、魔法具を用いた家具を購入する余裕が無くなってしまうのが、下級貴族や中堅クラス以上の陪臣の常識でもあった。


「うちもね。魔導コンロなんて贅沢品だもの。薪を燃やす竈が精々よ。これでも大型で高火力だから結構高いのよ」


「イーナの実家は、槍術を教えるお弟子さんに食事を出すからでしょう?」


「ルイーゼの所もでしょう」


「まあね」


 そのせいで、この二人は意外に料理なども上手であった。

 休日にアルバイトで狩りに出かけた時に、現地で狩った獲物の肉などを材料に、野外料理などをテキパキと作ってくれるのだ。


「俺も、自分で料理くらいは」


「エルは、料理禁止!」


「確かに、あのシチューはいただけないわ」


「イーナ、そうやって事実をボヤかすのは良くない。アレは、家畜の餌以下だと思う」


 こいつは、小さい頃から狩りに出ると自分で飯を作っていたと言った癖に、試しに作らせると物凄く不味い飯を作るのだ。

 なのに、なぜか味覚音痴というわけでもない。

 狩りの後に行った飯屋が不味いと、ちゃんとそれに気が付いているのだから。

 要するに、食べられる料理の味の許容レベルがかなり低いのであろう。

 

「よし、ここを俺達パーティーの本部にしよう」


「物は言い様だな。入り浸る公的な理由か?」


「ヴェル、正解だ」


「いや、正解とか言われても……」


 早速エル達に見付かり、このようなやり取りの後にすぐに屋敷には彼らが入り浸るようになっていた。

 まあ、俺が一人だけで住むのも味気ないので、『ちゃんと、片付けとかはしろよ』と釘を刺して、あとは自由にさせていたが。

 

「悪いけど、貴族の五男なんてずうずうしいくらいじゃないと生きていけないし。風呂を沸かしてくる」


「右に同じね。陪臣の三女なんてね。夕食の支度は任せなさい。これでも、結構できるのよ」


「ヴェル君、お茶淹れてあげるね」


 こうして、俺は新しい自分の家を無事に手に入れたのであった。





「さて、学期末試験も終わった事だし、あとは夏休みに何をするかだな」


 俺が冒険者予備校に入ってから三ヶ月ほど、その間には色々な出来事があった。

 六歳でこの世界に覚醒してから、初の友人が出来た。

 彼の名前はエルヴィン・フォン・アルニムと言い、俺と同じで実家を継げずに冒険者として身を立てる予定だそうだ。


 俺と同じでまだ十二歳なのに、剣の腕では予備校髄一と評判で、他にも狩りをしていたせいで弓の腕前もかなり優秀であった。


 次に、狩りをしていたら狼の群れに襲われていた二人の女の子を助けていた。

 二人は予備校の同級生で、一人はスレンダー系赤髪美少女である槍使いイーナ・ズザネ・ヒレンブラント。


 彼女の実家は、ブライヒレーダー辺境伯家で兵士に槍術を教える陪臣であり、彼女も相当な腕前をしているようだ。

 

 そしてもう一人は、実年齢よりも幼く見える水色の髪の魔闘流の使い手で、その名をルイーゼ・ヨランデ・アウレリア・オーフェルヴェークと言い、彼女の実家もブライヒレーダー辺境伯家では兵士に魔闘流を教える陪臣の家柄であった。


 道理で、年齢の割に腕が立つわけだ。

 最初の狼の群れに囲まれていたのは、運の悪さと経験不足によるものであったのであろう。


 その後は、紆余曲折などはなく二人の少女にパーティーメンバーに押しかけられ、それでも腕前は良いので四人で狩りをするようになった。


 どこか釈然としないが、これも運命なのかもしれない。


 そして極め付けが、なぜか俺にブライヒレーダー辺境伯家が主催する園遊会の招待状が届き、そこでブライヒレーダー辺境伯や俺に魔法を教えてくれたアルフレッド師匠の師匠に当たる、ブランタークさんと顔を合わせる事になった事だ。


 しかも彼は、一度顔を会わせた人の魔力の位置を遠方からでも探知するという能力を使い、俺が語り死人となった師匠から魔法の袋を引き継ぎ、しかもその中に、十二年前のブライヒレーダー辺境伯軍が師匠に保管を頼んだ物資や食料などが残存している事実を掴んでいた。


 そこまで知られていれば、俺としては返還に応じるしかない。

 下手に揉めると、実家も巻き込んでしまうからだ。

 俺からすれば、早く独立して縁を切りたい実家なのだが、今は年齢的にそれも適わず、ならば波風を立てない方が懸命であろう。


 そして、その判断は正しかったようだ。

 俺は、それら膨大な食料や物資、それに魔の森で遠征軍が得ていた高価な素材などを返し、その評価額の二割を報酬として貰い、更には俺が正式に師匠の財産を継ぐ法定相続人だと認定され、彼がブライヒブルクに残していた屋敷と財産を相続する事となる。


 おかげで、その総資産は莫大な物となっていた。

 一生働かなくても生きていけそうだが、それでは人生もつまらないであろう。

 何しろこの世界には、ゲームも漫画もネットも存在しないので、物凄く退屈してしまうであろうからだ。


 話は長くなったが、新しい家を得た俺はそこでお茶を飲みながらエル達と話をしていた。

 冒険者予備校は一応学校なので、普通に試験はある。

 前世の学校ほど教育レベルは高くないが、この世界の歴史や地理、魔法や魔物に関する知識などが筆記試験で出題されるので、それに備えて勉強は必要であった。


 滅多な事では赤点にはならないが、覚えないと死ぬ事もあるのでみんな試験の筆記成績は良い。

 あとは、かなりのウェイトを占める実技試験であろうか。


 これは、ある程度出来ないとお話にならないので、やはりみんな一生懸命に練習してから試験に臨んでいた。


 特待生の俺達ならば、普通に試験を受ければ受かる程度の実技試験ではあったのだが。

 

 試験に受かっても、実戦で死ねば意味が無いので油断はしてはいけないという、元冒険者である先生の忠告を最後に、俺達はもう少しで夏休みに入る。


 期間は、七月の七日から九月の七日まで。

 ほぼ二ヶ月と長かったが、これには理由がある。


 実家に帰省する生徒が多いのだが、何しろこのリンガイア大陸は広い。

 比較的近場から来ている生徒が大半とはいえ、往復で一ヶ月ほどかかってしまう生徒もいるのだ。


 そのための、長い夏休みとも言えた。

 帰省がある意味訓練にもなるので、夏休みが長くてもあまり問題にはならないそうだが。


「私とルイーゼは、帰省なんてしないし」


「そうだね。毎日、その実家から通学しているわけだし」


 イーナとルイーゼは、実家がこのブライヒブルクにあるので帰省の必要は無い。

 なので、出来れば狩りに出てお金を稼ぎたいらしい。


「新しい装備品の購入資金を貯めたいのよ」


「ボクも、イーナと同じ意見かな」


「俺もだな」


「あれ? エルは、実家に帰らないのか?」


 女性陣二人はともかく、西の遠方から来ているエルなので、俺は彼が帰省をすると思っていたのだ。


「帰っても、邪魔者扱いで意味が無いからな」


 俺も零細貴族の八男でいらない子扱いだが、エルもそういえば同じような境遇にあった。

 更には、やはり俺と同じく味噌っかすの五男なのに剣の才能が兄弟で一番優れているので、上の兄達と接するのが苦手なのだそうだ。


「家臣の中には、剣に優れた俺を次期当主になんて言う奴もいるから」


 どこかで聞いたような話だが、騎士爵家レベルの当主ともなると、戦時には少数の軍勢で前線に立たないといけない事も多いらしい。

 なので、一緒に前線に出る家臣や兵達は、生存本能で武芸に優れた次期当主を望むようになる事が多くなる。


 例え、戦争が二百年以上も無いこの時代でもだ。

 一種の、軍人の生存本能から来ているのであろう。


 稀にではあるが山賊退治などもあるし、隣接する領主と仲が悪くて小競り合いになる事も多い。

 なので、腕っ節の強い下級貴族の評価は高かった。


 大物貴族ならば、数居る家臣で補えば良いのでそう必要ともされなかったのだが。


「俺も、言われた事があるよ」


「ヴェルの場合は、もっと話は深刻ね」


 剣に優れた弟への対処なら、まだそう手間でもない。

 家臣の家に婿に出してしまうという手もあるし、その技能を生かして王都の警備隊に推薦してしまうという手もあったからだ。


 ところが、魔法使いだとそうもいかない。

 その魔力量にもよるが、高威力の魔法が使えれば使えるほど家に引き留めようとするそうなのだ。


 俺の場合は、結局家族は俺がどの程度の魔法を使えるのか一切聞いて来なかった。

 聞かれても教えるかは不明であったが、下手に俺が魔法で活躍すると後継争いに火を付けてしまうので、知りたくも無かったのであろう。


 どうせ、いなくなる人間なのだからと。


「俺は、もう二度と実家に戻るつもりはないけど」


 ブライヒブルクに家まで貰えたし、予備校を卒業後はここを拠点に活動をする予定であった。

 あの豊かな未開地には、瞬間移動ですぐに行けるので全く問題はなかったのだ。


「じゃあ、ヴェルも狩りのアルバイトを?」


「夏休みは、もう少し魔法の訓練の頻度を上げようかと」


 まだ魔力量の上昇限界は来ていなかったし、あの園遊会で出会った師匠の師匠であるブランタークさんが、空いている時間に魔法を教えてくれるそうなので、そちらを優先したいという希望があったのだ。


「ブライヒレーダー辺境伯家の筆頭お抱え魔法使いから直接指導って……」


「ヴェル君ってば、魔法のエリートさんなのかな?」


 魔力だけなら既に、俺はブランタークさんの数倍にも達している。

 だが彼は、素晴らしい才能を持つ熟練の魔法使いであった。

 例の魔力による個別識別と探知に、他にも便利なオリジナルの魔法も多数あり、他にも魔力の節約術にも長けているそうだ。


 この魔力の節約というスキルは、習得が困難で時間がかかる。

 というか、いくら鍛錬を重ねても完全な習得という物が来ないのだ。


 例えば、普通のファイヤーボールを放つ時に魔力を100消費したとする。

 同じ威力だとして、未熟で不器用な若い魔法使いだと魔力を150消費する事も多いし、逆に老齢で訓練を重ねている魔法使いが僅か10ほどで済ませてしまう事もある。


 体を使う剣士は、さすがに老齢から来る衰えは防げない。

 魔法が使えないまでも、少し魔力が普通の人より多目の人の中には、その魔力を本能で身体機能の強化に使って全盛期を長くする人もいるのだが。

 

 ちなみに、俺達にもその素養があるらしい。

 実際に習得できるかどうかは、これからの努力次第のようだが。

 

 若い頃から膨大な魔力量を誇る魔法使いだったのに、なぜかそれを習得できずに普通に加齢によって身体機能が衰えていく人も多いし、逆に魔力量が少ないのにそれを習得して見た目は老人なのに動きが機敏なままの人もいる。

 

 まさに、才能と努力次第というところだ。

 

 あと魔法使いには、老齢になって魔力量が増えなくなっても、魔力の節約によってかえって若い頃よりも強くなるケースがあったりするそうだ。


 訓練を怠って普通に衰える魔法使いも多かったが、これは個人差であろう。

 才能を認識して、それを伸ばす努力を行うかという。

 あと、なぜ老練な魔法使いの方がお抱えとして重宝されるのかという理由も、こういう部分から来ているのであろう。


「狩りと、ブランタークさんからの魔法指導で二ヶ月だったんだけどねぇ……」


 実はその計画を立てた後に、俺は定期的に手紙をやり取りしているエーリッヒ兄さんから予想外の誘いを受けていた。

 

「エーリッヒ兄さんが、結婚式を挙げるんだ。場所は王都だけど、良ければ俺も来ないかって」


 リンガイア大陸のほぼ中心部から少し南にあるヘルムート王国の首都スタットブルクは、人口百万人を誇る大都市であり。

 同じ王国領の各地からだけではなく、北方のアーカート神聖帝国からも多くの人達が訪れ、経済と流通と文化の中心地である。


 確かに王都は遠いが、俺としてはこのチャンスを逃すつもりはなかった。


「(一度王都に行けば、今度からは瞬間移動で楽に遊びに行けるし)そんなわけで、俺は王都に行くんだ」


「ブランタークさんの訓練はどうするんだ?」


「ああ、それなら少し待っても良いってさ」


 確かに王都は遠いが、さすがはこの国の首都。

 実は移動に、そう長々時間がかからない方法が存在していた。


「魔導飛行船なら、週に一度ブライヒブルクから出ているし」


 このブライヒブルクは、ヘルムート王国南方辺境地域を代表する、半ば副都扱いされている都市であった。

 なので、ここにも魔導飛行船の港が存在していたのだ。


「エーリッヒ兄さんは、俺が遠距離馬車で王都に来ると思っているんだろうね。だが俺は、魔導飛行船を使う」


 両者の違いを比較すると、遠距離馬車は王都まで往復で一ヶ月ほどかかるが、代金は銀板一枚と平民でも何とかなる値段であった。

 もう一方の魔導飛行船は、往復でも五日間ほど。

 片道なら、二日半で王都に到着する事が可能だ。


 だが、その料金はと言うと、最低でも金貨一枚なので日本円で約百万円。

 大分昔に、飛行機で海外旅行に出かけるような認識と言えばわかり易いかもしれない。


「よし、王都には俺も行くぞ」


「私も」


「ボクも」


「えっ、いいの?」


 魔導飛行船の運賃金貨一枚は、俺ならば余裕で出せる。

 だが、エル達にそれが出せるとは到底思わなかった。


「戻ったら、強化合宿で獲物を狩る。熊でも何でもな」


「そういう事だから」


「貸して」


「あいよ」


 別に俺が出しても良いのだが、それでこの関係がおかしくなってしまうのもいただけない。

 それに、もし返還されなくても、俺がそれを見抜けなかったからだ。


 俺は、返されない事も考慮に入れ、彼らに魔導飛行船代を貸す事にする。

 前世でも父から、『友人に金を貸す時には、最初から返って来ない物だと思って貸せ』と言われていたのだし。


「エーリッヒ兄さんも、友達がいたら一緒においでと手紙に書いていたし」


 彼の想像の中では、同じ冒険者志望の仲間と遠距離馬車に揺られながらの往復一ヶ月間という光景が展開されているのであろう。

 だが実際には、俺達は運賃が高価な魔導飛行船での旅行を考えていた。


「ねえ。ご祝儀とかは良いのかしら?」


「いらないって」


 こう言っては悪いが、エーリッヒ兄さんはまだ下級官吏でしかないし、婿に入る家も家格はうちと同じくらいでさほど裕福というわけでもない。


 だからこその、もし来れたらという内容の招待状に、旅費はこちらで負担するという話になっていたのだ。


 こういう場合、祝儀は出さないのが普通であった。


「宿は、エーリッヒ兄さんが準備してくれるそうだ」


 婚姻相手の屋敷の部屋に、王都滞在中に泊れるようにしてくれるらしい。

 

「ならば、あとは行くだけだな。あとは……」


「あとは、何だ? エル」


「出発まで獲物を狩るんだ。借りた金は、早く返すに限る! 幸いにして、利息はないし」


「俺は、金貸しじゃないからな」


「利息なら、ボクが体で払うという案も」


「そういう事を言うから、変な噂になるんだけどな」


 それから三日間ほど、俺達は狩りをしながら王都への出発準備を進め、いよいよリンガイア大陸中心部にある王都スタットブルクに向かう魔導飛行船へと乗り込むのであった。 

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