幕間五 俺はロリコンじゃない! ……と思う。
「ねえ、どこかに連れて行って」
「いきなり、唐突だな……」
冒険者予備校に無事入学し、授業に狩りのアルバイトにと時間を過ごす中、俺は同性の親友エルヴィン・フォン・アルニムと知り合ってまずペアを組んだ。
彼は、俺と同じく騎士爵家の五男という厳しい立場にあった。
なので、仲良くなるのには時間がかからなかったのだ。
まあ、冒険者予備校に居る貴族の子弟など、みんな似たような境遇と言われればそれまでなのだが。
続いて、狩りの帰りに二人の同級生を狼の群れから救っている。
助けた相手は共に同級生で、一人はクール系美少女であるイーナ・ズザネ・ヒレンブラント。
槍の名手で、たまに見せる鋭い視線が好きな人には堪らないはずであった。
怖いと思う人も居るはずだが、俺はそうは感じていない。
ここは西洋ファンタジー風な世界なので、日本人よりも大人びては見えるが、所詮は十二歳か十三歳の少女。
中身の精神年齢が三十歳を超えている俺からすれば、早くデレる所を見てみたいという感じであろうか?
精一杯背伸びしているのがわかるので、微笑ましいくらいだ。
もう一人は、まさにロリ系美少女であるルイーゼ・ヨランデ・アウレリア・オーフェルヴェーク。
貴族らしい、実に長くて覚え難い名前だ。
彼女は、前世だと俺が手を出すとすぐに手が後ろに回ってしまう、リアル可愛い系少女であった。
しかし、見た目だけで騙されてはいけない。
彼女は、軍でも採用されている魔闘流で特待生試験に受かった逸材なのだから。
下手に胸でも触ろうとすれば、間違いなく鼻でもへし折られてしまうであろう。
触ってもその膨らみが無いというのが、これから数年間、彼女の大切な目標とも言えたのだが。
「連れて行ってって……。ルイーゼは地元出身で、俺よりもブライヒブルクの地理に詳しいはず……」
「それでも、女性をエスコートするのは男性の役割だと思う」
「そういう学説もあるようだな」
「ヴェルは男性なんだから、ここは格好良くボクをエスコートしてよ」
「残念ながら、経験不足だな」
「はぅ……」
紆余曲折があったものの、無事に四人によるパーティーが始動して最初の休日。
今日は、エルは新しい剣を見に行くと言って出かけ、イーナも新しい槍を見に行くと言って出かけている。
エルもイーナも、随分と武器が大好きなようだ。
己の命を預ける物なのだから、冒険者志望としては当然とも言えたのだが。
「そういえば、ルイーゼは新しい手甲でも見に行くとか無いのか?」
「うーーーん、今の所はね」
ルイーゼの話によると、魔闘流において一番重要なのは己の肉体なのだそうだ。
幸いにして、お古だが性能の良い手甲を父親から貰っていたし、戦闘時に着る道着も同様で、新調する必要は暫くない。
将来は必要だが、そのために今は貯金一筋なのだそうだ。
「そうか、そうか。貯金は重要だよな」
何か必要な物を買ったり、するために目標金額まで貯金をする。
前世では俺も、中学生くらいまでは真面目に貯金などをした物だ。
「そうだね。だから、案内賃として何か奢って」
「お前なぁ……」
前世から含めてロリに興味は無いと思っていたのだが、ルイーゼがニコニコしながらお願いをしてくると、俺は何も言えなくなってしまう。
長年、母親や義姉以外、ほとんど女性と話をして来なかったツケなのであろうか?
いや、前世では彼女も居た事があったし、そこまで人見知りや女性恐怖症というわけでもないはず。
だが、ここ六年ほどあまり人と接して来なかったせいで、もしや発症したのかもしれないと。
俺の心の中は、色々な考えで渦巻いてしまう。
「魔法具の専門店に案内するから。さあ、休日なんだから出かけよう」
「わかった、わかった」
俺はルイーゼに手を引かれながら、ブライヒブルクの町で今まで行った事が無いエリアへと足を向けるのであった。
「何も買わなかったね」
「品揃えが悪過ぎるぜ……」
約一時間後、ルイーゼの案内で今まで知らなかった魔道具専門店をあとにした俺達は、表通りの喫茶店でお茶を飲みながら話をしていた。
「ボクには、良くわからないけど」
「魔道具は、そう悪くは無かった」
魔法関連の品物を置く店というのは、実に解り難いものだ。
魔力が低い人でも使える汎用品は、置いてあるのか?
それとも、魔法使いしか使えない専用品しか置いていないのか?
最後に、魔法使いが装備可能な武器防具が置いてあるのかと。
実は魔法使いの数が少ないせいで、三番目の装備品が置いてある店は少ない。
または、置いてあっても品揃えがという事が多いのだ。
それでも、さすがはブライヒブルクの専門店ではある。
そこそこの品質の物が、一通りは置いてあった。
ただ、師匠からの遺産に比べれば質は落ちる。
当然買う必要はなく、俺は全ての品を確認してからこの喫茶店へと移動していた。
「魔道具か。値段が物凄いよね」
特に汎用品ともなれば、火種を起すライターのような物でも一個一千セント近くはする。
理由は、作れる人が極端に少ないからだ。
「専用品なら、そう高くもないさ。ところで、ルイーゼは買わないのか?」
「えっ、気が付いているの?」
「当然、魔法使いは魔法使いを知るだ」
実は、彼女を入学式で見かけた時から俺は気が付いていたのだ。
イーナも、このルイーゼも、一般人よりも多い魔力を保持している事に。
しかもルイーゼの方は、初級から中級に属するイーナよりも多いはず。
更に言えば、ルイーゼはこれを意図的に隠蔽し、あえて魔力を伸ばす鍛錬を行っていないように見えた。
「鍛錬すれば、中級は超えると思うけど」
「その辺は、事情があってね……」
彼女の実家であるオーフェルヴェーク家は、代々魔闘流を教える家柄にある。
だが、そう都合良く家に魔力を多く持った人間が生まれるはずもなく、そこは代々の秘伝として、常人並の魔力でも常人を圧倒可能な戦闘能力を出す修練方法に、技の型や魔力の効率の良い使い方などがあるのは当然とも言えた。
「父も兄達も常人並の魔力しか持っていなかった。ボクは、ご覧の通りさ」
そんなルイーゼが物心付くと、早速父や兄から魔闘流を学び始める。
魔力が多目なのは特に意識していなかったが、多いので次第にルイーゼは強くなっていく。
次第に父や兄達すら、実戦形式の組み手などで圧倒していくようになったそうだ。
「子供心に、『手加減しないと』と思ってね。でも、技術がつたないボクは手加減したらバレるよね」
子供に手加減をされる。
更に、その子供は女の子であった。
おかげで、道場では次第に孤立していく。
家では優しい父や兄達なのに、道場では扱われ方が余所余所しくなっていったのだ。
それでも、道場に来るなとは言われなかった。
強引に排除すれば、弟子達から『師範である自分よりも強いから、あんな小さな女の子を排除した』と思われかねない。
しかし、師範よりも強い女の子というのも扱いが難しい。
鍛錬が苦痛になるのに、そう時間はかからなかった。
「でも、近所に同じ悩みを持つイーナもいたから」
結果、鍛錬の時間以外は彼女と一緒に居る事が多かったそうだ。
魔力も、別途で鍛錬すれば上がる事も知っている。
だが、それで上がった魔力を魔闘流で使えば、余計に父や兄達を強さで引き離してしまう。
仕方が無いので、魔力の鍛錬は後回しにする事にした。
それが、今の情況らしい。
「でも、後悔したね。あの狼の群れに遅れを取った時に」
ちゃんと魔力も上げていれば、あんな狼に遅れを取る事は無かったのかもしれない。
そう考えて、今は積極的に鍛錬に励む決意をしたそうだ。
「頑張って、魔闘流を極めるよ、ボクは」
「おおっ、頑張ってくれ」
だが、後にその鍛錬の過程で思わぬ事実が発覚する。
魔力が増えた影響で、魔闘流での戦闘力は上がったものの、他に一切の魔法が使えず、ルイーゼはガックリと肩を落す羽目になったからだ。
実は、たまにこういう人は存在する。
魔力を身体能力の向上や攻撃・防御力の強化にしか使えない、所謂、魔法剣士や魔法武術家と呼ばれる人達であった。
「ヴェルぅーーー!」
「俺に言われてもなぁ。もっと魔力を上げると可能性があるとしか……」
魔力が少ない頃に魔闘流でしか魔力を使っていなかったため、体が勝手に他の魔法を使えないと思い込む。
一説には、深層心理にそう刻み込まれてしまったので、使えない事もあるのだと。
これが、師匠の残した本に書かれた記述であったが、『元から適性が無くて使えない人も居るから、区別が難しいよね』とも書かれていて、俺はかなりガックリと来ていた。
師匠は優秀な魔法使いであったが、残された自筆の本や手紙などを見ると、かなり軽い性格をしているのがわかる記述が多いのだ。
切実に答えを求めて本をめくっているのに、正直その答えは無いと思う。
「魔闘流で強くなれば良いじゃない。というか、その才能でブライヒレーダー辺境伯様から誘いが来ないのがおかしい」
ブライヒレーダー辺境伯家に属する人間で、ルイーゼの魔力は既にブランタークさんの次くらいにはあるはずであった。
魔力を鍛え始めたばかりなのに、既に他の雇われ魔法使いよりも魔力の量が多かったのだ。
「それは、ボクが女だからさ」
女なので、陪臣にして一家を立てさせるわけにいかないからだ。
この国も、隣国のアーカート神聖帝国も。
女性の地位が低い傾向にあり、女性が一家の主になったり、爵位を持つ事などあり得なかったのだ。
もしルイーゼが男性なら、ブライヒレーダー辺境伯は勧誘をかけて来たであろう。
まだ形式上は、まだオーフェルヴェーク家に在籍している関係で、成人後にという条件は付いていたが。
ところが、ルイーゼが女性なのでそれは不可能らしい。
いくら才能はあっても、女如きが、代々ブライヒレーダー家で魔闘流を指南しているオーフェルヴェーク家を差し置いてという話になってしまうからだ。
強引にブライヒレーダー辺境伯が押し込むという事も可能ではあったが、それをすると今度は家臣団との関係がギクシャクしてしまう可能性がある。
戦乱の時ではないので、どうしても今までの秩序を乱す新参者に過剰に反応してしまうからだ。
能力があるからすぐに雇うという事すらそう簡単にいかないのが、ブライヒレーダー辺境伯家という巨大な組織であった。
こういう話は、実は平成日本の官庁や大企業でも良く聞く話なので、俺はそうおかしいとは思わないのだが。
「面倒な話だな(モロに封建社会なのな……)」
「宮仕えなんて面倒だから、別に構わないけどね」
ルイーゼは、これからどんどん強くなる。
そうなれば、兄にとっては宝石よりも貴重なオーフェルヴェーク家当主の地位は邪魔にしかならないのであろう。
実は俺も、彼女と同じだ。
クルト兄さんにとっては宝石よりも貴重なバウマイスター家の家督と領地でも、俺からすれば、実入りが少ない管理が面倒な物という認識でしかない。
人は必ずしも、同じ物を絶対に欲しいとは思わないのだと。
「何か、魔法が使えるようになると良いな」
「魔力を上げて、天に祈りなさい」
「いい加減な先生だなぁ」
俺はルイーゼが魔力を上げるための修練に良く付き合うようになり、次第に彼女と仲良くなっていった。
ただ、そのせいでおかしな噂も流れてしまうのだが。
「なあ、ヴェル」
「何だ? エル」
「お前、ルイーゼと付き合っているって本当か?」
「んなわけあるか!」
予備校中に俺とルイーゼが付き合っているという噂が流れ、同時に俺が小さい子が好きとか、小さい胸が好きなどという噂まで流れてしまうのであった。