第二十二話 初めての友達と、フラグ?
これまでの流れを簡単に説明すると。
平成日本でしがない二流商社の平社員だった俺が、なぜか西洋ファンタージー風な世界の零細貴族の八男坊になっていた。
魔法の才能があったので、それを練習したり、コソコソと勉強にも励み、食生活が貧困だったので狩りも行うようになる。
次第に魔法が上達し、更には自分の魔法の技を伝えるためにと、死んだ後に語り死人というアンデット系の魔物になっていた、元人間で大貴族のお抱え魔法使いであった師匠から魔法を教わり、無事に免許皆伝と彼の遺産を受け継いだ。
無用な後継争いが起こるのを防ぐために、我が侭で家の手伝いすらしない駄目息子という評価を甘んじて受ける代わりに、俺は行動の自由を得る事に成功する。
まずは、とてつもない広さを誇る未開地への探索を、飛翔と瞬間移動の魔法の習得も兼ねて行い、もう人生を何回遊んでくらしても大丈夫なほどの資産や素材を得ていた。
ついでに、苦労して味噌や醤油などの醸造魔法を習得する。
実は、この魔法が一番苦労したのは秘密だ。
領内の名主の一人が、俺を次期領主にしたいなどと、物凄く規模は小さいがまるで歴史ドラマのような下克上フラグを持参してきた。
当然そんな苦労はしたくないので、俺は丁重にお断りしている。
家に居るとまた下克上の誘いが来る可能性があるので、十二歳で別の街の冒険者予備校に入学した。
ここまでで、およそ六年と数ヶ月の月日が流れている。
色々あったが自分なりに精一杯だったので、時が経つのは早かったような気がする。
今の季節は、四月の初旬。
前世と全く同じなので違和感を感じないで使っているが、この世界における暦や長さや重さの単位も日本とほぼ同しだ。
一年は十二ヶ月で、一ヶ月が全て三十一日で三百七十二日あるのが違うくらいであろうか?
長さは、ミリ、センチ、メートル、キロだし。
重さも、グラム、キログラム、トンで。
時間も、秒、分、時間であった。
曜日も月曜から日曜まであったし、日曜は安息日で基本はお休みとなっている。
敬虔な神の信徒は、この日に教会などに行くそうだ。
信仰されている神は、この世界を作った神とされていて、名前は神その物で、他の名前など付けるのは言語道断らしい。
完全な一神教で、他の神は少なくともこのリンガイア大陸には存在しないそうだ。
地方によっては、地元の原始宗教と結び付いて微妙に教義が違ったり、歴史が長いので実は幾つか宗派があって互いに仲が悪いのは、どこの世界でも有りそうな話ではあったが。
それと、俺の居たような田舎の農村になると、あまり安息日という考えが無いというか、毎日農作業があって空いた時間に狩りや採集に出たり、そこで休むという考え方だ。
農閑期になれば比較的休みは多いのだが、うちの村では開墾や治水工事への労役が多くて評判が悪かった。
余計な話が長くなったが、俺が無事にブライヒブルクにある冒険者予備校に入学し、友人も出来、早速授業などが始まってから数日後の午後、ようやく予備校にも慣れ始めたのでアルバイトを始める事にする。
本当はそんな事はする必要は無いのだが、あまり自分の資産状況を人に知られるのも嫌だし、どのみち俺は十五歳になるまで魔物の住む領域には入れない。
なので、戦闘実技を練習するためにアルバイトを兼ねた狩りを行う事にしたのだ。
この世界で始めて出来た同年齢の友人、エルヴィン・フォン・アルニムことエルと共にだ。
「はあーーーっ、ようやく到着したな」
「しょうがあるまい。もう近場の狩り場は、他の人に取られているのだから」
俺とエルは、一時間ほどの距離を歩いて予備校の事務所で教えて貰った草原へと到着していた。
ブライヒブルクは人口二十万人以上を誇る大都市であったが、その人口のせいで膨大な食料を必要としている。
穀物や野菜は、近隣にある多くの農村から。
魚は、生憎と海から数百キロも離れているので川魚がメインで、あとは塩漬けか干し魚くらい。
塩も少し高めであったが、大量に運び込まれるので他の内陸部の都市よりは安目なようだ。
砂糖も、産地である南部なのでこれも少し安めに手に入った。
そして残る肉類であったが、これは周辺の農村で行われている牧畜だけでは到底量が足りなかった。
農地の開墾は常に行われていて穀物の生産量は上がっていたが、それに比例して人口も増えていたので、肉の生産で使える穀物の量が追い付いていなかったのだ。
そこで、重要になるのが冒険者の存在である。
冒険者と言えば魔物の住む領域に入ってそこで魔物を狩り、貴重な素材や肉などを得るのみと思っている人もいたが、全員が魔物を狩れるほど強いわけではない。
その多くが、このように人里離れた場所で人々が食べる食肉の確保を行っていたのだ。
田舎の農村だと専門の狩人がいたし、農民が空いた時間に狩りをしたり、時には村総出で狩りを行って必要な肉を得る。
都市部では、狩人も冒険者ギルドに入って狩りを行うのが常識であった。
冒険者ギルドは、ハンター(狩人)ギルドも兼ねていたのだ。
なので、冒険者予備校の生徒のアルバイトというか、人によっては己の将来を占う大切な本業とも言えるのがこの狩りである。
野生動物は魔物ほどは強くないが、それでもたまに熊や狼に襲われて死ぬ冒険者が後を絶たず、油断すれば危険なのには変わりがない。
狩りだからと言って、油断して良いはずはなかった。
「みんな、慌てて近場の狩り場に行ったな」
「遠い場所だと、危険があるからだろう」
狼などの危険な動物は、このように人里離れた場所にいる事が多いらしい。
それに、一応は学生なので明日の授業も考えてと、アルバイト組の大半は街に近い狩場へと向かってしまったようだ。
「でもよ。競争率が高くなるじゃないか」
「実際、何も狩れない奴も沢山出るらしいな」
街に近い狩場は、当然頻繁に獲物を狩られているので数が少ない。
そこにプロの冒険者もいるのだから、まだ経験の浅い学生では成果を出せない人の方が多いそうなのだ。
これが所謂、『新人への洗礼』という物らしい。
このまま数日間続けて狩りの成果が出ない人は、諦めて店番や荷物運びなどのアルバイトにチェンジする人も多いそうだ。
「このくらい離れていると、あまり他の冒険者も居ないな。なあ、ヴェル」
「静かに……」
俺はエルに静かにするように言うと、引き続き発動させた探知の魔法で周囲を探る。
「探知の魔法か? 便利なのを使えるんだな」
「狩りには便利な魔法さ。いたぞ……」
俺が反応のする方を指差し二人で移動すると、そこには大きな猪が地中の木の根を掘っている場面に遭遇する。
間違いなく、自然薯でも探しているのであろう。
「大物だな」
「ああ」
これ以上騒いだり、ただ凝視しているだけ無駄なので、俺とエルはすぐに準備していた弓に矢を番えてから狙いを定める。
エルは、剣技で予備校の特待生を勝ち取ったが、実は小さい頃から狩りをしているせいで、弓の扱いにも長けていた。
腕前は、多分魔法で軌道まで修正可能な俺よりも上手なはずだ。
彼は、数年間懸命に狩りで得た獲物を売って、ブライヒブルクまでの旅費や滞在費などの一部を得ていたのだから。
「矢にブーストをかける」
「ああ」
次の瞬間、俺とエルは同時に矢を放つ。
すると二本の矢は、猪のお尻と背中に深く突き刺さった。
「ブーストって便利だな」
風魔法であるブーストで強化した矢は、飛距離が伸び、貫通力が上がって獲物に深く突き刺さる。
上手く急所に刺されば、かなりの大物でも一撃で瀕死状態に持って行く事が可能であった。
今回は、獲物が穴に頭を突っ込んでいたので大ダメージとはいかなかったようだが。
「驚いて逃げるか?」
「残念、物凄く怒っている」
俺は前世で狩りをした事が無いので良くわからなかったが、この世界に生息する野生動物には、凶暴な個体が多いような気がする。
矢を受けたので、ここは普通逃げるのが常識かと思うのだが、なぜか逆上して、自分に危害を加えた相手に復讐を果たそうとするのだ。
猪にダメージを与えたものの、逆襲の突進で大怪我をしたり、下手をすると死んでしまう冒険者は、年に数名は発生しているとの予備校の講師からの話であった。
「突進して来るよ」
「むしろ、好都合だけど」
俺とエルは、慌てずに次の矢を番えてからそれを放つ。
またブーストで強化された矢は、二本ともこちらに突進して来る猪の脳天に突き刺さる。
猪は、物凄い音を立てながらつんのめったまま動くなくなった。
「死んだかな?」
エルは慎重に猪に近付き、既にその猪が死んでいるのを剣で突いて確認していた。
「幸先が良いな。でも、ヴェルは弓も上手いな」
「練習の成果さ」
最初は狙いが微妙だったので、ほとんど魔法で軌道まで弄っていたのだが、最近ようやく狙いが正確になっていたのだ。
それでも、猪の脳天真ん中に矢が刺さったエルの腕前には遙かに及ばなかった。
「ヴェルは、魔法が使えるから良いじゃないか。仕舞っておいてくれ」
「わかった」
俺は、すぐに絶命している猪を魔法の袋に仕舞う。
魔法の袋に仕舞えば、仕舞っている間は時間が止まっている状態なので猪の血が固まったり肉質が劣化する事もない。
獲物の処理は後で纏めてやった方が効率が良いので、今は袋に仕舞うだけにしていたのだ。
それと、今獲物を仕舞った袋は俺が新たに作った物だ。
魔道具作りの練習用に作った物だが、血の滴る猪の死体をいつも使っている魔法の袋にしまうのもと考え、事前に作っておいて良かったと思う俺であった。
この新しい袋は、やはり一般人でも使える汎用品は作れなかったので、同じく魔法使いにしか使えない一品となっている。
しかも、簡単に作ったので収容量が家一軒分くらいしかないのが難点であったが、獲物用の袋として割り切れば使い勝手は良いはずであった。
「一キロ圏内に、結構小型の獲物が点在しているな」
「へえ、当たりじゃないか。どっちが多く狩れるか競争しようぜ」
「負けた方が夕飯を驕るって事で」
「了解」
俺とエルは、二手に分かれてそれぞれに獲物を追い始める。
二時間後に合流した俺達は、早速成果の発表を行っていた。
「俺は、ウサギが六羽だな」
「すげえな」
「ウサギのみに絞って正解だな」
やはりエルは、弓の腕にも優れているようであった。
「俺は、ウサギが二羽にホロホロ鳥が三羽だ。うーーーん、負けだな」
「数ではな。しかしお前、良くそんなにホロホロ鳥を狩れるよな」
いくら弓の腕に優れていても、ホロホロ鳥は人の気配に敏感なので弓の射程距離に入る前に逃げてしまう事が多い。
狩人泣かせと言われる所以であった。
俺は魔法で弓の射程と軌道を変えられるから、比較的簡単に獲れてしまうのだ。
「勝敗は数だからエルの勝ちだよ。何を食べたい?」
「街に戻ってから決めるわって、どうかしたのか?」
「街寄りの東五百メートル。人間の反応が二つに、狼らしき反応が十二か……」
「拙いよな?」
「ああ」
情況的には、狼の群れが狩りに来ていた二人を包囲している情況であったからだ。
犬の仲間で群れを作る狼は、個体でも集団でも人間には脅威となる。
実際、狼に襲われて毎年多くの人が命を落としているのだから。
「助けに行くか?」
「帰り道だから、死なれると寝覚めが悪いか」
「でも、間に合うのか?」
「しゃあない。緊急手段だ」
俺は、素早く身体機能強化と速度アップの魔法を唱えると、エルを抱えて恐ろしい速度で現場へと向かうのであった。
「てめぇ! せめて、どんな魔法かと手順を説明してからにしやがれ!」
「時間が惜しかったからな。ほら、行くぞ」
「ああ」
僅か数十秒で五百メートルの距離をエルを抱えながら疾走した俺は、エルの苦情を聞き流しながら現場の様子を確認していた。
そこには、俺達と同じ予備校の生徒二人が狼に囲まれているようであった。
一人は槍で、もう一人は珍しい事に両手に装備した手甲からして拳法使いのようだ。
この西洋ファンタジー的な世界には、実は拳法がポピュラーな戦闘術として普及している。
戦場で武器を失った際に素手でも戦えるようにと開発された戦場格闘術が基礎と言われ、これから多くの流派が発生していた。
だが、今ではその多くが衰退気味であった。
やはり素手では、どうしても凶暴な野生動物や、更には魔物に対抗できなかったからだ。
一部の流派が、都市部の治安を維持する警備隊などの必須訓練メニューに指定されているので命脈を保っているのと。
あとは、冒険者の間で普及している魔闘流が世間では一番有名かもしれなかった。
魔闘流とは、読んで字の如く、魔力を闘気に変えて闘う格闘術である。
なので当然、ある程度魔力がないと使えない。
凄いと思われるには、最低でも初級と中級の間くらいの魔力は必要だ。
ただ、流派を掲げている家の人間に必ず魔力持ちが生まれる保障も無いので、そういう家の人間は技の型や修練方法を伝えるのが目的というのが、世間の常識になっている。
あとは、魔力を使って戦うので、使っている間は他の魔法が使えない。
魔力が中級以下で、しかも覚えられる魔法が少なかったり、覚えられた魔法の種類が微妙な人向けというのが世間からの認識であった。
しかしながら、修行によって魔力の消費効率が上がると少ない魔力で長時間超人のように戦えるので、実は冒険者として歴史に名を残す人が多い職種でもあったのだ。
「なあ、見覚えないか?」
「ある」
それもそうであろう。
この狼に囲まれた二人は、予備校で同じ特待生クラスにいる同級生であったからだ。
槍を振るっているのは、俺達と同い年で、燃えるような赤い髪を腰まで伸ばし、それを後ろで無造作に纏めている。
スレンダーな体型で、猫のようなイメージを受ける美少女、イーナ・ズザネ・ヒレンブラント。
彼女の実家は、地元ブライヒブルクで兵士達に槍術を教える道場を経営しているらしい。
名は貴族らしいのだが、実は彼女の実家は正式には貴族ではない。
槍の腕前で、ブライヒブルクの領主ブライヒレーダー辺境伯から兵士達に槍を教える師範に代々任命されている陪臣であったからだ。
正式な貴族とは、王国から任命された者とその家族だけが当てはまる。
なので、ブライヒレーダー辺境伯とその家族は貴族だし、うちの実家のような零細騎士でも一応は貴族だ。
大貴族ともなれば大身の家臣や親族がいて、その実入りはうちよりも遙かに多かったりするのだが、それでも彼らは陪臣なので正確には貴族ではない。
仕えている貴族領内のみで貴族扱いの、半貴族という扱いになっていた。
最近では、平民などにはあまりその差が良くわからない人達も増えているようであったが。
わからなくても、誰も困らないから何の問題もなかった。
それに、陪臣でも家を継げない子供の悲喜劇は共通だ。
確か、このイーナ・ズザネ・ヒレンブラントも三女だと自己紹介をしていたはず。
どこかに嫁に行くか、とはいえ陪臣の三女などはまず同じ陪臣の家にも嫁げないのが普通で、ならば己で身を立てるのだと冒険者を目指しているらしい。
実は、こういう事情で冒険者になる女性はかなり多かった。
腕っ節があっても軍は女性への門戸が狭いので、自然と冒険者を目指すようになるのだ。
もう一人も、俺達と同じ十二歳なのに、小さくて下手をすると十歳くらいにしか見えない。
それでも、魔闘流で特待生になっているので、かなりの腕前ではあるはずの美少女。
水色の髪のショートカットで少しタヌキ顔ではあったが、とても可愛らしく見える、ルイーゼ・ヨランデ・アウレリア・オーフェルヴェークという名前であったはずだ。
これを覚えていた俺の記憶力は、思ったよりも凄いのかもしれない。
しかし貴族の名前は、俺自身のも含めて無駄に長くて面倒なのが多いものだと思う。
彼女も、実家がブライヒブルクで兵士に魔闘流を教えていて、ブライヒレーダー辺境伯の家臣の家柄であると聞いている。
イーナと同じく三女で、己の身を立てるために冒険者を目指していると自己紹介をしていたのを思い出していた。
ぶっちゃけ、予備校の特待生クラスにはそういう人間がかなりの割合で混じっているのだ。
当然、普通のクラスにも多数存在する。
言うほど貴族も楽な商売ではなく、この世もなかなかに世知辛い証拠でもあった。
いくら貴族の子供でも、みんなを貴族にしていたら、いくら王国の予算や領地があっても足りない。
なので、枠を外れた子孫は平民へと落下する。
最近では、王族でもそういうケースが増えていて、王家に生まれても決して安泰とは言えないのが常識でもあった。
と、説明なんてしている暇があるのかと言えば、実はあった。
その間に、抱えていたのを降ろしたエルが弓を連射し、立て続けに二頭の狼の頭に突き刺さってその命を奪っていたし、残りの十頭は久々の手の込んだ魔法で全て沈黙していたからだ。
まずは、土の壁魔法で女性二人を狼から隔離し、次に無属性の魔力の矢を連発して一気に狼達を殺してしまったからだ。
「俺の活躍が意味がねぇ! というか、ヴェル! その魔法があれば、弓矢とかいらねえじゃないか!」
「必要さ。弓矢を使った方が魔力の節約になる」
エルにそう答えながら二人の女性を囲んでいた土の壁を取り払うと、そこには驚きの表情を崩さない二人の姿があった。
「えーーーと、大丈夫かな?」
「大丈夫だけど……。あなたは確か、同じクラスのヴェンデリンよね? 隣のバウマイスター家の八男の」
偶然に助けた同じクラスの美少女二人と、俺は果たして仲良くなれるのであろうか?
というか、六年ぶりに同年代の女性と話をしたような気がする俺であった。