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第二十話 小さな御家騒動。

「現在、このバウマイスター騎士領では、静かに領民達の不安と不信が増大しているのです」


 朝、いつものように瞬間移動でブライヒブルクへと移動しようとした俺は、周囲に複数の人間の気配を感じてそれを中止する。

 見られているような感覚が嫌で、俺は気配を感じる方向に向かって気が付いている事を叫び声でアピールすると、そこには屋敷の近辺の村を治める名主に、その娘である父の妾と俺の異母兄姉達が姿を見せる。


 用件を聞くのだが、名主のクラウスから出た言葉はとんでもない爆弾発言であった。


「聞かなかった事する」


 俺としては、そうとしか言えなかった。

 バウマイスター家には父が健在で、しかも彼は長男のクルトを後継者にすると既に内外に発表している。

 更に、四年前には無事に結婚して子供まで生まれているのだ。


 しかも、その子は男の子だ。

 普通に考えれば、バウマイスター騎士領を相続するのは、クルト、その子の順番なのは誰の目から見ても明らかであった。


「しかし、ヴェンデリン様」


「あまりに脈絡が無い頼みで、話にもならん」


 そう、いきなりこんな話をされても俺は困るのだ。

 まだ十一歳の味噌っかすの八男坊をこの場でそそのかしてその気にさせたとして、果たしてこれからどうしようと言うのであろうか?


「今の当主は父上だし、父上は子供が生まれた長兄クルトを後継者として発表している。しかも、俺の上にはまだ継承順位が高い兄達が三人もいるんだ。クラウスの提案を荒唐無稽と呼ばずして何と言えば良い?」


 現在のバウマイスター騎士領の継承順位は、一位が長兄クルト、二位がクルトの長男のカール、三位は三男のパウルで、四位が四男ヘルムート、五位が五男のエーリッヒで、ようやく六位が俺となっている。


 なお、家臣である分家の当主になっている次男のヘルマンは、既に継承権を放棄しているし、現在王都で下級官吏をしているエーリッヒ兄さんはもう少しで上司の実家に婿に入る事が決定しているので、彼もすぐに継承権を放棄する予定だ。


 そのせいで俺の継承権が五位に繰り上がるが、いくら何でも俺を次期当主にするのは不自然過ぎる。

 何より、最大の難関である父の説得すら出来ないで何が当主になって欲しいだ。


 ひょっとすると、このクラウスは誰かに頼まれて俺を御家騒動の主犯として処分するつもりなのかもしれない。

 そんな陰謀論までもが、頭に浮かんで来る俺であった。


「俺はひょっとすると、クラウスの良識を上に見過ぎていたのかな?」


「おい! お前は!」


「控えよ! ヴァルター!」


「でも、親父!」


「お前はヴェンデリン様の兄ではあるが、身分が違うのだ! 控えよ!」


 俺の発言に六男ヴァルターが激怒するが、すぐにクラウスによって抑えられていた。

 前世では考えられなかったが、なるほどこの正妻と妾の子供の身分差というのは難しい。


 ヴァルターは俺よりも八歳上なのに、彼は俺に兄貴面など決してしてはいけないのだから。


「荒唐無稽な事を言っているのは自覚しています。ですが、ここで手を打たないと、バウマイスター騎士領は将来確実に衰退するでしょうな」


「衰退?」


 俺には、なぜこのバウマイスター騎士領が衰退するのか理解できなかった。

 膨大な開発をすれば莫大な富を生み出す未開地があり、もし魔の森の一部でも開く事に成功すれば海とも接する事が可能な領地なのにだ。


「そう、開発できれば未来は明るいでしょう。ですが、それは現状では不可能なのです。そしてこのまま行けば、このバウマイスター騎士領は徐々に人口が減って過疎化するでしょう」


 クラウスは、俺に自分の想定するバウマイスター騎士領の未来を含めた、十一年前に失敗した魔の森への出兵事件以降の裏事情を説明し始める。


「十一年前の出兵は、痛恨の失敗でした」


「それは知っている。目の前にこれほどの未開地が広がっているのに、なぜ遠方の魔の森の開放を急ぐのか理解できなかった。海がよほど欲しかったのかと思っていたが。あれは明らかに、ブライヒレーダー辺境伯が魔物の住む領域での成果を期待していたのだと」


「それに今のお館様も乗った。道案内に兵を出しましたからな。考えてみてもください。いくら同じ領内でも、我らに未開地や魔の森の地理なんてありませんよ。明らかに兵力として当てにされていたのです」


 ブライヒレーダー辺境伯領は、その気になれば三万人以上の兵力を動員可能であるらしい。

 とはいえ、領内の治安維持や、周辺には領地境で揉めている貴族も数名いるし、もっと現実的な予算や兵站の問題もある。

 いくら兵站を魔法の袋を持っていた師匠に依存したとしても、万単位の兵を富士山と同じくらいの標高の山脈越えで進軍させるのは無謀でしかない。


 いくら寄り子とはいえ、バウマイスター騎士領の領民も自分達よりも圧倒的に数が多い他領の軍勢に不安を覚えるだけだ。

 

「それで、二千人という中途半端な軍勢だったか」


「お館様が出した百人でもありがたかったようですな。そして、ブライヒレーダー辺境伯の真の目的ですが……」


 先代のブライヒレーダー辺境伯には、二人の息子がいた。

 長男のダニエルと次男のアマデウスで、先代ブライヒレーダー辺境伯は頭脳明晰な長男ダニエルを溺愛し、彼を後継者として期待していたらしい。


「ですが、彼は不治の病に犯されてしまいました」


 ブライヒレーダー辺境伯はありとあらゆる手を尽くしたが、彼の死期は間近まで迫っていたようだ。

 そして、そんな彼を治せるかもしれない僅かな希望。

 

 それが、伝説の魔物古代竜の血から作る霊薬であったらしい。


「魔の森には、その古代竜が住んでいる可能性があったのです」


 他の冒険者が出入りしている魔物の領域では、遂に発見できなかったようだ。

 そこで、彼は未知の領域である魔の森に期待したらしい。


「冒険者に頼めば良かったのに」


「失礼ながら、そんな命知らずはおりません」


 まず苦労してバウマイスター騎士領まで長旅をし、そこからまるで人間が住んでいない未開地を何百キロも横断する。

 そこまでしてようやく魔の森へと到着し、そこから気合を入れて古代竜を倒す。


 確かにこんな依頼、いくら積まれても嫌であろう。


「その後の結果は、以前のお話通りです。先代ブライヒレーダー辺境伯以下軍は壊滅。五体満足で戻ったのは百人程度でしたな。我がバウマイスター騎士領軍も同じです。生存者は、二十三名にしか過ぎませんでした」 


 当主を失ったブライヒレーダー辺境伯領は、父の死を聞いた直後に亡くなった長男ダニエルではなく、次男のアマデウスが継いでいる。

 全く跡取りとしては期待されていなかったのに、いきなり跡を継がされ、まず最初に全兵力の十分の一に、お抱えの優秀な魔法使いを失った状態からスタートとか。

 

 きっと、物凄い罰ゲームだと考えたであろう。


 大貴族の軍事行動の失敗は、周囲の領地境紛争などで争っている貴族達に舐められる要因となるであろうからだ。

 現ブライヒレーダー辺境伯の船出は、相当に苦労の連続であった事は想像に難くない。


「そのせいでしょうな。新ブライヒレーダー辺境伯は相場よりは良いお見舞い金をバウマイスター騎士領軍の戦死者に出しました。かなりお館様にピンハネされましたが」


 バウマイスター家の財政を握っている男からの、聞きたくもない事実の暴露であった。

 そもそも、見舞金だけではいくら色を付けて貰っても残された家族が一生楽を出来るほどではない。


 しかも、その増額見舞い金を受ける条件として、父はバカな要求を呑んでいる。

 この出兵は、父が魔の森を開発したいので寄り親である先代ブライヒレーダー辺境伯に懇願し、寄り子の頼みは断れないのでと渋々受け入れたという事にして欲しいと。


 そんな事をしても何か情況が良くなるとは思えないが、これも大貴族のプライドという物の一種であるようだ。

 

「失った軍の再建もありましたし、当時は少々人口が増加傾向にあったので新規の開墾計画を実施直前だったのです。お館様は、資金が欲しかったのでしょうな」

 

 しかし、失ったのは金と物資ばかりではない。

 働き手も一気に失ってしまい、無理に新規開墾や用水路工事の働き手を抽出した結果の、あの毎日の黒パンと塩野菜スープのみの夕食であったらしい。

 開墾さえなければ、畑仕事の合間に男手で狩猟に出かける時間くらいはあるのだから。


「こんな閉鎖性の強い田舎の農村です。不満は爆発寸前なのですが、暴発するわけにもいかずというわけです」


 更に、クラウスからの話は続く。


「現在、お館様に不満を覚える人間は多いのです」


 まずは、十一年前に一家の大黒柱や前途有望な若者を失った家族。

 しかも父は、愚かにも彼らに渡すようにと新ブライヒレーダー辺境伯から渡された見舞金をピンハネまでしている。

 これで慕われたら、領民達は相当なマゾであろう。


 次に、その援軍を率い、戦死してしまった分家当主である大叔父の親族や家人達とその家族達。

 この家には次男ヘルマンが当主として入っているが、彼は現在針の筵状態らしい。

 穿った見方をすれば、ヘルマンは本家の影響力を強くするために分家に送られたスパイにも見えるであろうからだ。


「さすがに、ヘルマン殿も危機感を感じているようです。婿入りで本家との縁も切れたので、今では完全に反本家の立場を表明しています。実は、ヴェンデリン様が次期当主になる件でも賛成してくださいまして」


「おい……」


 出て行く家なのであまり気にもしていなかったが、現在のバウマイスター家はかなりヤバい状態にあるようだ。


「そして、これが一番深刻かもしれませんな」


 ようやく新規の開墾は所定の計画を終えて終了していたが、これは当然人口が増えればまた新たに計画される事となる。


「しかし、お館様や若様が指揮する開墾作業は評判が悪いのです」


 別に、農民に鞭を打つわけではないらしい。

 自ら先頭に立って作業を行うし、食事なども皆と同じ物を取って自分だけ良い物を食べたりもしない。

 

 だが、父が体が丈夫で無理が出来るので、それを他の人間にも無意識に強要する癖があるらしい。

 しかも、適度に休憩を取るとか、効率の良い工事を指揮するとか指揮官として相応しい能力には欠けるらしく、作業に参加している領民達からは評判は良くないそうだ。


「クルト様は、そんなお館様に何も言えないので、同じく評判が悪いです」


 ナンバー2なのに、ナンバー1に意見できないで、普通の作業員と同じ仕事しかしないのだ。

 それは、嫌われて当然だろう。


「人口が増えて、あの嫌な開墾作業が再開されたらと領民達が不安になった結果……」


 開墾の間は食事が嫌でも貧弱になってしまうのもあり、彼らは人口を増やさないように動くようになったそうだ。


「次男以降の男子が、このバウマイスター領を出るようになったのです」


 一番近い都市であるブライヒブルクに、数ヶ月に一度訪れる商隊に同行して家を出てしまう事が多くなったそうだ。

 そしてブライヒブルクに到着した彼らは、そこで職を探したり、他の領主が募集している新規開拓地への募集に応募してしまうらしい。


「しかも、最近は女子まで……」


 畑を継げる長男とその嫁になる女子を除き、今度は女子までもがバウマイスター領の外に出るようになった。

 もうこうなると、人口の流出に歯止めが利かなくなる。


 もし長男が嫁が取れない事態になれば、それは過疎化の第一歩であろう。


「更に悪い事に、ヴェンデリン様の魔法の件がバレました」


 せっかくの魔法なのだ。

 これをバウマイスター領の発展に生かせば良いのに、父は爵位継承の秩序を保つため、俺を極力領民と接触させないようにした。


 もし本当に領地の発展を望むなら、跡取りを俺に変えてでも領地のために働かせるべきだと。

 そういう非情な決断を時にはしなければいけないのが、貴族と呼ばれる者の使命なのではないかと。


「領民達は見切ったのですよ。お館様がこの僻地の農村で貴族様として振舞えて、波風立てずに家が続けば他は何もいらないと考えているのだと」


 そこまで見切られると、それは厳しいかもしれない。

 人間とは、欲を抱えた生き物だ。

 過度の欲は良くないが、適度な欲は。

 それも、もう少し自分達の生活を良くしたいなどの欲は、人間には必要不可欠なのだと。


「領民全員を最低限食わせるのは重要です。ですが、お館様はそこで止まってしまわれる。勿論それも大切でしょうが、先に未来を見せる努力も、統治者には必要なのでは? と、思う次第なのです」

 

 クラウスは、ここまで喋ると今度は溜息をついていた。

 それは、もうこのバウマイスター領の人口は頭打ちどころか、このまま減少傾向に突入すると言えば、悩みも色々と尽きないであろう。


「クラウスの気持ちは理解できるが、ここで俺が次期当主になりたいと宣言して何になる? 余計な騒動が増えるだけだぞ」


 どう考えても、本家の人間は一人も支持しないであろう。

 父が俺を後継にしなければ何をしても無駄だし、もし後継争いが中央の耳に届けば。

 なまじ距離感があるだけに、中央の官僚が事務的に減封や領地の取り上げを命令する場合もあるのだから。


「騒ぐだけ無駄なんだよ。むしろ、騒いでは駄目だ。父上を説得して、新規の移住者を増やす産業なり、効率の良い開発を進めるしかないだろう」


「ですが、ヴェンデリン様の魔法があれば……」


「もしここで俺の魔法でどうにかしたとして、俺が死んだらどうするんだ?」


「それは……」


 魔法使いの素質は、遺伝しないそうだ。

 遺伝していれば、王族や貴族は魔法使いだらけのはずなのだから当然とも言える。


 そのために、王家や貴族達は大枚を叩いて優れた魔法使いを囲い込もうとするのだから。


 話を戻して、もし俺がここで魔法を使ってこのバウマイスター領を豊かにするとする。

 だが、もし俺が死んだ後はそれをどう維持するのであろう。


 もしかすると、徐々に過疎化するよりも恐ろしい衰退が待ち構えているかもしれないのだ。


「それに、もし俺が強引に当主になっても絶対に揉めるからな」


 クラウス達は父に不満を持っているようだが、領内にはそこまで父や兄に不満を持っていない人達だっているのだ。

 俺の当主就任後、彼らが俺に反感を覚えたらそれはそれで意味が無くなってしまう。


「なので、俺はこの話を聞かなかった事にする」


 俺は最後にそう言い残すと、急いで森の奥まで走り、すぐに瞬間移動の魔法で姿を消す。

 その様子を、クラウス達は唖然と見つめていた。


「(というか、どうしろって言うんだよ……)」


 クラウスの気持ちはわからなくもないが、まず順序が間違っているのだ。

 俺を説得する前に、話を持って行く人が居るだろうに。

 そう、まずは父を説得できないと、俺に話をするだけ無駄なのだ。


「(しかし、これは拙いな……)」


 父やクルト兄さんが、クラウスの本心をどこまで把握しているのかは不明であったが。

 下手をすると、俺にまで謀反の嫌疑がかけられてしまうかもしれない。

 もしそうなると、色々と面倒な事になってしまう。


 いかに出て行く家とはいえ、穏便に継承権を放棄してから家を出ないと、実家の継承秩序を乱した者として世間で鼻摘み者になってしまう可能性があったからだ。

 そういう嫌な風聞を背負った身というのも、これからの人生なかなか辛い物があるであろう。


 さりとて、これを父に相談するのも憚られる。

 もし、それを利用して父が俺の処分を狙っているのだとしたら?


 考えれば考えるほど、答えがこんがらがって来そうではあった。


「だーーーっ! 考えてもしゃあない! クラウスは無視! 無視!」


 俺は移動先の未開地の平原で、そのまま勢いに任せて大規模爆発魔法をぶっ放す。

 すると、そこには大きな穴が出来てしまう。


「ストレス発散のためとはいえ、環境破壊だな」


 少し冷静になって反省する俺であったが、まさかこの大穴が人造湖として未来の人々に利用されるなど、まさしく神のみぞ知るという奴であった。

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