第十九話 人混みに出てもボッチ。
「よう、坊主じゃねえか。今日も獲物を売りに来たのか?」
「はい」
「精々、気張って稼げよ」
俺がブライヒレーダー辺境伯領内にある商業都市ブライヒブルクに出入りするようになってから三年の月日が流れていた。
俺もようやく十一歳になったわけだが、ここ三年間の生活に特に大きな変化は無い。
家では魔法のせいで扱いが微妙な子供になっているので、朝に起きて早朝の剣の稽古と朝食を終えると、すぐに森の奥に入って瞬間移動の魔法で出かける毎日だ。
行き先は、南部の未開発地のどこかか、魔の森を越えた海岸地帯か、海を少し南に下った無人島にも足を踏み入れている。
そこでは、魔法の特訓をしたり、鉱山から取れる鉱石を材料に色々と錬金をしてみたり、狩猟や採集や釣りを行い、その成果で様々な食品や料理を作ってみたりと。
そのおかげで俺の魔法の袋の中には、膨大な量の食料や、食品、素材、金属、錬金に成功した品物などが仕舞われていた。
魔法の訓練なのでつい大量に作ってしまうのと、魔法の袋に入れておけば食品なども劣化しないのでつい大量に作ってしまい、その結果魔法の袋に入れて無かった事にしてしまうという行動を繰り返してしまうのだ。
しかし、魔法で精製した塩十キロを入れた自作の甕十万個とか、俺はこれをどうするつもりなのだろうか?
それでも、毎日の特訓で魔力が膨大になってしまった俺がまだ成長する魔力を上げようとすれば、それは沢山魔法を使って魔力を消費する必要がある。
あまりアホみたいに上級攻撃魔法を発動させるのも野蛮であるし、比較的魔力の使用量が多い特殊魔法を連発させるのは仕方が無いのかもしれなかった。
同じく、砂糖、味噌、醤油などの甕も軽く五万個は超えていて、もう十分に一生分は作った計算にはなっている。
一番多いのは、南方の無人島に自生しているサトウキビから魔法で精製した砂糖であろう。
味噌と醤油も、材料の大豆がブライヒブルクでも購入可能になったので、これも暇さえあれば作っていた。
作れば作るほど品質が良くなるので、必要分などを考えもしないで製造に没頭していたのだ。
あとは、鉄、銅、金、銀、白金のインゴットなども恐ろしい量になっていた。
どうせ数百年後に開発が始まるから、それまで少しだけと拝借していたのに、既に金属を取り尽して廃鉱になってしまっている鉱山も多い。
というか、元々俺以外はその存在に気が付いていない鉱山だったので、他の人達には廃鉱になったという認識すら無いのであったが。
しかも、俺には錬金術師や魔道具職人の才能はなかった。
全部、無骨なインゴットにして魔法の袋に仕舞っているだけなのだ。
純度の方は、魔法の精度が上昇したので全て最高級品ではあったが。
そんな感じで、三日間ほど未開地などで過ごしてから、今度はブライヒブルクへと向かう。
狩りで仕留めたウサギ、イタチ、穴熊、ミンク、ホロホロ鳥などを持って、家計のために自分で仕留めた獲物を売りに来る孝行息子という肩書きでバザーに参加し、売れた獲物の代金で米や大豆や他の生活用品などを買う。
特に米は、必須アイテムでもあった。
元が日本人なので、あると知ればどうしても一日一食は食べたくなるからだ。
この世界でも、米はかなりの種類が存在している。
赤米・黒米などの、所謂古代米と呼ばれる品種に、前世では東南アジアで主流であった長粒種、半長粒種、中粒種。
そして、日本で主流の短粒種と。
全て古代魔法文明時代から、コツコツと品種改良が行われて来た成果なのだそうだ。
ただ、最近ではそう品種改良は進んでいない。
古代魔法文明時代には、効率良く品種改良を進めるために植物の『成長促進』という魔法が使える人達が居たが、今はほとんど居ない。
まあ、そういう事だ。
俺も使えなかったし、使える人でも効果は視界に入る範囲で、微弱な魔力を毎日朝から晩まで放出して収穫までの時間が半減くらい。
なるほど、前世で言う農業試験場みたいな場所を整備しないと、そう簡単に品種改良などは出来ないのであろう。
話を戻すが、米は値段は短粒種が一番高かったが、俺はこれをメインに購入している。
あとは、たまに珍しいからと古代米を買ってみたり、チャーハンやピラフにするために長粒種も購入していた。
それと、もち米もあったのでこれも購入している。
蒸して突けば、お餅が作れるからだ。
味噌の材料として購入した大豆からきな粉も作れるし、小豆もあったので煮れば餡子も作れる。
砂糖もあるので、安倍川餅やぜんざいにおはぎなどを定期的に作っていたのだ。
こうなると、前世で自炊をしていて良かったと思う。
毎日は無理だったが、休日などには趣味で凝った料理なども作っていたのだ。
和菓子などは、味噌造りを教えてくれたお祖母ちゃんのおかげで。
そういえば、お祖母ちゃんは元気であろうか?
それは、唯一気になってしまうのだ。
あと、勤めていた二流商社では国内外の食品購入を担当していて、多少は経験があったのも役に立っていると思う。
この前再現に成功したカレーは、材料に使うスパイスの種類や配合量などをある程度知っていないと、その調合に恐ろしいほどの時間がかかるからだ。
どうせ時間がかかっても、我が身はボッチなので問題ないという意見もあったのだが。
他にも、街の中で昼飯やデザートなどを買い食いしたり。
あと、この街には図書館があった。
入館料である銅板一枚を払えば丸一日居ても良かったので、俺は時間の許す限り本を読み漁っていたのだ。
我が家の書斎の本は読み尽くしていたし、ここにはもっと貴重でためになる本が沢山収蔵されている。
相変わらずあまり他者との関わりはあまり無かったが、まさか正体を明かすわけにもいかないので、ボッチでも仕方が無い点もあった。
魔法の修練に、食を含む生活の向上努力にと。
忙しいので、あまり不都合を感じていなかったという理由も大きかったのだが。
それでも、唯一エーリッヒ兄さんからは数ヶ月に一度手紙が来るので、この返事は欠かさず書いている。
あれからエーリッヒ兄さんは、すぐに王都で行われた下級官吏の試験に合格し、今では直属の上司に可愛がられているそうだ。
その証拠に、その上司の娘さんを紹介され、将来は結婚を視野に付き合っているらしい。
さすがは、インテリでイケメンなエーリッヒ兄さん。
無難に、リア充の道を歩んでいるようだ。
魔法漬けで、ボッチな弟とは大違いである。
なお、その娘さんは上司である下級法衣貴族の一人娘らしい。
当然結婚相手はその一人娘なのだから、彼はその上司の家を継ぐ事となる。
十分に勝ち組と言えよう。
何しろ、この世界では貴族家に生まれても、その身分を最終的には失ってしまう子息の方が多いのだから。
それと、残り二人の兄達も無難に王都の警備隊の隊員としてやっているそうだ。
結婚はまだらしいが、これはエーリッヒ兄さんと同じく一人娘しかいない騎士爵家の婿入りでも狙っているものと思われる。
なぜわかるかと言えば、貴族家の次男以降で家を出て王家に下級官吏や兵士として就職し、そこで入り婿になって爵位を継ぐ事を狙っている連中は珍しくないと本に書かれていたからだ。
貴族家の次男以降なんて、生きている間は一応は貴族家の籍には入っているが、爵位が継げなければその子供は貴族扱いされないし、自分で食い扶持を稼がなければいけない。
無役でも領地持ちだったり、領地無しでも相続可能な爵位を持っていれば年金もあるのだが、それが無い彼らは自分で自分の食い扶持を稼がなければいけないのだ。
その辺の話は、前世における昔の武士や貴族と同じ扱いのようであった。
元から貴族になど未練が無く、将来は冒険者として生きる予定の俺にはどうでも良い話だったのだが。
「あと一年だ。あと一年経てば」
あと一年で、俺は十二歳となる。
まだ成人扱いではなかったが、実は自立が早まる道を見付けていた。
それは、この街の冒険者ギルドが経営する冒険者予備校に入る事だ。
冒険者予備校とは、冒険者になれるのは十五歳からであるが、その前に必用な技術などを教えてしまおうという趣旨で作られた学校であった。
入学の条件は、最低でも十二歳から。
二十歳以下なら誰でも入学可能であったが、最短でも一年間は冒険者として必用な技術を学ぶ事となる。
訓練は、基本的に魔物の生息領域では行われない。
だが、入学して一年以上経つと数ヶ月に一度。
成績優秀者のみ、護衛にプロの冒険者を付け、比較的難易度の低い魔物が生息する領域で実習に参加できるそうだ。
「いいねぇ。これには是非参加しないと」
しかもこの予備校、入学試験で成績優秀だと認められると、学費が一切免除になるらしい。
俺ならばそのくらい余裕で払えるが、家族には魔法の袋の中身について黙っているので、『学費は免除になるように努力するし、もしそうなれば、狩りで学費と生活費を賄うから大丈夫』と言って説得するつもりであった。
どうせ家族は俺をなるべく領民の前に曝したくないわけだし、学費も生活費も自分で何とかするのだから反対などしないであろう。
実際、この話を家に戻ってから父に話したら反対されなかった。
学費と生活費は自分で何とかするのが条件だったが、そのくらいは余裕なので、早く一年が経たないかなと思ってしまったほどだ。
とはいえ、予備校入学までに特にしなければいけない事はない。
むしろ今まで通りに、武芸と魔法の訓練を続行するつもりであった。
そんなわけで無事に進路も決まり、俺はいつものように森に入り、そこから瞬間移動を行おうとする。
だが、今日は初めてそれを中止する羽目になっていた。
なぜなら、普段から瞬間移動の魔法を見られないように探知の魔法もかけて警戒しているのだが、今日始めてそれに反応があったからだ。
「南西の方角、人の気配が六つ?」
今までに感じた事のない数の、人間の反応であった。
特にこの森はバウマイスター家に独占権があるので、余計に他の人間が入って来るはずがない。
それに、他の村人達には他にいくらでも狩猟と採集が可能な森が沢山存在している。
それだけ未開発地が多いとも言えるが、バウマイスター家としてはこの森以外なら、税金さえ納めていれば自由に森に入れる許可を出している。
なので、この件で領民が不満を述べた事など一度として無かったのだから。
「(では、何のために?)」
もう既に、俺は彼らに視界に入っていた。
そのくらい距離が近付いていたので、俺は魔法で逃げるわけにもいかず、仕方が無いので先に相手を威圧する事にした。
こんなコソコソと人を探る、彼らの態度が気に入らなかったからだ。
「何者だ!」
俺が人の反応を感じた方向に向けて声を荒げると、大木も影から反応と同じく六人の人達が姿を見せる。
良く見ると、彼らは顔見知りであった。
父の妾であるレイラに、その父であるこの近辺の村の名主をしているレイラの父クラウスに。
あとはその子供達である、俺の腹違いの兄と姉達、六男ヴァルター十八歳、七男カール十七歳、長女アグネス十五歳、次女コローナ十四歳の合計六人であった。
彼らとは、一応は顔見知りである。
しかし、実際に始めて会話を交わしたのは、長男クルトと次男ヘルマンの結婚式と、その後行われたパーティーの席でだけだ。
腹違いとはいえ同じ父の子供で兄弟姉妹なわけだが、俺達の母親が貴族出身で、彼らが名主とはいえ平民の子供である事から、この世界ではその扱いが大きく変わる。
まず、本妻に子供がいなければ相続権など欠片も発生しないし、父親が認めなければ娘ですら政略結婚の道具にもなり得ない。
大半の庶子達は、家臣筋の家に養子や入り婿として入るか、領内の名主や村長の家を継いだりするのが恒例だ。
そのような事情から、父は自分の子供なので別として、長男クルトや次男ヘルマンなども、彼らとはほとんど口を効かなかった。
明らかに、俺や自分達の母でもある正妻ヨハンナに遠慮していているのは明白であった。
実際母も、邪険にしていると言うか身分差があるからという態度でレイラ達とは口を利いていなかった。
一方の俺は、実の家族とすらあまり会話が無いのに。
普段は別に住んでいる、まだ二回しか顔を合わせていないこの人達とは当然ほとんど口すら利いた事が無かった。
なのに、今彼らは明らかに俺に用事があって、こうして目の前に姿を現していたのだ。
「突然の無礼をお許しください。ヴェンデリン様」
六人を代表して、名主であるクラウスが俺に挨拶をしてくる。
彼はもう六十歳近い年齢の、この世界では老人扱いされる年齢の人物であったが見た目は十歳以上も若く見える。
代々、この近辺の村の管理を行う名主の家に生まれ、農民達からも、先代の祖父や父からの信頼も篤い男というのが周囲からの評判であった。
それと、相変わらず騎士の癖に碌に漢字すら読めず、税金の計算すらままならないバウマイスター家の人間とは違い、普通の読み書き計算に、領民達からの税の徴収に、簿記や会計などを財政面を含めた一切合切まで。
更に今は引退しているが、若い頃はバウマイスター家の従士として、数十年前には先々代のブライヒレーダー辺境伯の要請を受けて援軍に赴き、ブライヒレーダー辺境伯と隣接するアインスバッハ子爵との領地境を巡る小規模な戦闘にも参加した事があるらしい。
なるほど、今もなかなかに油断のならない顔付きをしているように見える。
それと、まだ十一歳の八男坊とはいえ、父と正妻である母の息子である俺への言葉遣いにも隙が無い。
これがバカだったり無教養だと、血筋だけで何の力も無い俺にぞんざいな口の利き方をしたりするのだ。
俺からすればどうでも良いのだが、この世界における貴族と平民との身分差は大きい。
俺がまだ貴族籍から抜けていない以上は、この目の前のクラウスの口調の方が正解なのだ。
現に、その後ろにいるレイラも、他の兄姉達も余計な口など利かないで静かにしている。
実際に俺を生んだわけではないレイラはともかく、他の四人は俺の兄と姉なのに、気安く口を利いて来ない辺り、それだけこの世界の身分差は大きいという事の証明でもあったのだ。
特にここが王都近くの中央部であったりすると、平民が貴族にぞんざいな口を利いただけで斬り捨てられるケースもある。
これは別に、その貴族が傲慢というわけではない。
この身分制度がヘルムート王国のみならず、隣のアーカート神聖大国の安定にも寄与している以上、その秩序を破った人間を公式の場で裁かないわけにはいかないからだ。
たださすがに斬られる平民は少なく、大抵は鞭打ち程度で済まされるのだが。
「それは良いんだけど、何の用事なのかな? 俺は、これから狩りに行くんだけど」
「いきなりこの場に現れた事をお許しください。実は、ヴェンデリン様にお願いがあって来ました」
「お願い?」
「単刀直入に申します。ヴェンデリン様には、バウマイスター家を継いでいただきたいのです」
「はあ?」
突然のお願いに、俺はその場で目をパチクリとさせてしまうのであった。