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幕間一 使い魔は召喚できないらしい。

「そうだ! ペットを飼えば良いんだ!」


 昼間は行動の自由を与えられた俺であったが、実は周囲が思うほど行動に選択肢があるわけではない。


 まず、領地の継承争いの原因になるからと、お仕事の手伝いは禁止されている。


 直接に言われたわけではないが、定期的に来るエーリッヒ兄さんからの手紙で釘を刺されていたのだ。


『あのクルト兄さんに、そこまでの度胸は無いと思うけど……』


 俺が、開墾や用水路の掘削に、整地や道路工事などで貢献したとする。

 ある程度大きな領地ならば良いのだ。


 大貴族の当主ともなれば、使える弟として高待遇で残そうとするであろう。

 分家当主や、家臣として優遇するという手も使える。


 ところが、我がバウマイスター家は貧乏だ。


 分家も、次男のヘルマンが嫁いだ一家だけで。

 俺が下手に活躍すれば、直接に見ている領民達は、俺の方がお館様になった方が良いと言い出すのは確実。


 小さい領地なのだから、当然と言えよう。


 ドヤ顔で領地の開発に貢献し、領民達から慕われ、みんなが嫡男よりも俺の方が次期当主に相応しいと言う。


『寝首をかかれる可能性があるんだよ。僕は、そんな凄惨な兄弟の殺し合いなんて見たくないね』


 人間の嫉妬は恐ろしい。

 前世の二流商社員時代にも、それは何回か経験している。


 ましてや、小なりとはいえ貴族の次期当主を巡る争いなのだ。

 寝ている間に殺されて、周囲には『病死しました』と言うくらい実際に有りそうなのが怖かった。


 いくら魔法が使えても、隙を突かれれば呆気ないものなのだから。


 というか、クルト兄さんには何よりも大切な次期当主の地位と領地なのであろうが、俺には特に必要性が無い。

 むしろ、いらないと断言できるほどだ。


『そういうわけだから。駄目な放蕩息子のフリをしていた方が良い。どうせ、ヴェルは昔から変わり者扱いだから』


 最後の一文で微妙に傷付いたが、さすがはバウマイスター家一の秀才であるエーリッヒ兄さん。

 もし俺が女なら、惚れてしまうかもしれない。


 どうにも実感の沸かない家族ではあったが、エーリッヒ兄さんのためならどんな事でも協力をしたり、手を貸すのも吝かではなかった。


 そんなわけで、南部未開発地を自由に飛び回る俺であったが、如何せんなかなかボッチ状態からは脱せていなかった。

 週に二回ほどはブライヒブルクに行っているのだが、それを公にするわけにもいかない。


 なぜなら、俺が自由に瞬間移動可能なのが知れたら、また継承問題が拗れてしまうからだ。

 

 それはそうであろう。

 ようやく年に三回来るようになった商隊に頼らずとも、俺が好きな時に必要な交易品を持って来れると知られれば、そんな事は逆立ちしても出来ないクルト兄さんと大きな差が出来てしまう。

 

 あと、俺がそうやって物資を補給するのが当たり前になったとして、では俺の死後にどうするのかという難題も出て来る。


 何でも、親切にやってあげれば良いというわけではない。

 短期益には益があっても、長期的には大損害というのが良くないからだ。

 

 そんな事情もあり、俺のブライヒブルクでの知己も最低限だ。


 ブライヒブルクでの俺は、近くの農村から罠や狩猟で獲った獲物を売りに来て、帰りに頼まれた買い物をする孝行息子ヴェンデリンでしかないのだから。


 ローテーションの関係で門番数名、商業ギルドの職員数名、数軒の馴染みの店の主人や従業員に、あとは図書館の受付のお姉さんくらいであろうか。


 図書館のお姉さんは、眼鏡はかけていなかったが知的見える綺麗な女性で、思うにこの世界で母親に次いで一番接している女性とも言える。


 以上のような状態なので、ここで俺はこう考えたわけだ。


 前世では、一人暮らしの寂しさからペットを飼う人が多かった。

 今世では、俺は魔法使いなのでペット兼使い魔が居てもおかしくはないはず。


 そう思い、師匠が残した魔法関連の本を調べてみる。

 そういえば。師匠にも使い魔が居なかったのを記憶していたのだが、その理由は意外と簡単であった。


『使い魔は、魔法使いの目や耳となり、時にはご主人に魔力を補充する役割りを担うもの。よって、動物との親和性が高い人でないと契約できないのです』


 簡単に言うと、○ツゴロウさんのような人でないと難しいらしい。


「師匠はそうは言うけど、試しにねぇ……」


 そう、俺が狼に『ヨシヨシ』と言えるとも思えなかったが、物は試しでもあるし、もしかしたら一匹くらい懐く動物が居て使い魔になってくれるかもしれない。


 そう思った俺は魔法の袋からウサギの肉を取り出すと、一番近くにいる狼の群れを探し、彼らを肉で誘ってみる。


「ほーーーら! 美味しいお肉だぞ!」


「ウーーーーっ!」


「ほら、怖くない! 怖くない!」


 昔に見たアニメで、そんなシーンかセリフがあったような気もしたが、別に二番煎じが悪いと言うわけでもないので誘いを続けてみる。


 すると、早速に動きがあった。


「ガウガウ!」


「ウォーーーン!」


「駄目じゃん!」


 手懐けるどころか、逆に狼の群れが全速力で俺を食い殺そうと迫って来たのだ。

 正直、少しビビってしまった。


「こんちくしょう! 駄目じゃないか!」


 俺は、異種間コミュニケーションの難しさを知り、暫くはボッチでも良いやと半ば諦めの境地に至るのであった。






「というか、人間同士でも争うのに他の動物とか無理!」


 結局、襲いかかって来た狼は全て倒されて今では毛皮になっている。

 狼の肉は臭いので食べないが、毛皮はソコソコの値段で売れるのだ。


「俺の使い魔になれば、肉くらい普通に食べさせたのに。畜生とは哀れな……」


 数十枚の狼の毛皮を魔法の袋に仕舞いながら、次の候補を探す。


 ところが、どの動物も俺が誘うと歯をむき出して襲って来るのだ。

 まあ、いつも通りと言えばそれまでなのだが、道理でバイマイスター領の領民がなかなか未開地に来ないはずである。


 狼も、猪も、大きな鹿も。

 なぜか魔物でもないのに、物凄く好戦的なのだ。


「肉や毛皮の在庫ばかり増えたな」


 結局、俺の使い魔になってくれる動物は居なかった。

 みんな、俺に倒されて、肉や毛皮の在庫を増やしただけで終ってしまったのだ。


「まあ、良いか。ボッチ上等! 魔法の鍛錬を続けるぞ」


 これ以上考えても仕方がない。

 そう考えた俺は、今日も飛翔で飛びながら『探知』の魔法で何か無いかと探し始める。


「あれは……」


 すると、今日は目の前の岩山が薄い光を発しているのが確認できる。


 早速に一部の岩を採って『鑑定』の魔法をかけると、銅鉱石という結果が出ていた。


 俺に、鉱石や宝石の原石を見分ける能力など無かったが、『探知』と『鑑定』の魔法があれば見分けくらいは簡単に付く。

 あとは、如何に精製技術を上げるかであろう。


 そういう没頭できる魔法があると、魔力の上昇や、魔法の精度向上に役に立つ。

 当然、時間が経つのも早いというわけだ。


「さすがに、夜は寝に帰らないと駄目だからな。今日は、この辺にしておくか」


 薄い光を発していた山は、主に銅を産出する山であった。

 本格的な探索は明日にするとして、今日は家に戻る事にする。


 本当は外泊でもしたいのだが、さすがに未成年の身では色々と問題になるからだ。


「銅と銀に。金も、少し採れるのか……」


 翌日、俺はオニギリをモグモグと食べながら昨日見付けた鉱山の調査を続ける。

 一応家で朝食は食べて来たのだが、やはり米も食べたいので家では抑え目にしていた。


 ブライヒブルクで購入した大鍋で御飯を炊き、それをオニギリにして魔法の袋に仕舞っておけば、いつでも作りたてのオニギリが食べられる寸法だ。

 未開地に土魔法で即席の竈を造り、火は自分の火魔法で一気に炊く。


 昔にCMで見た、強力直火炊きというやつであった。


 最初は火力が強過ぎて何回か米を真っ黒にしていたが、今ではオコゲも美味しい御飯が炊けるようになっている。


 具は、未開地で獲れる肉類や、海で獲れるワカメや魚などを味噌や醤油で煮た物に、最近ではマヨネーズなども自作していた。

 ブライヒブルクで購入した卵や酢を材料に、風魔法で攪拌して作るのだ。


 これも、巨大なボールで作って仕舞っておけばそう頻繁に造る必要も無い。

 さすがは、魔法。

 実に便利である。


 ただ、汎用性はあっても、量産・普及性については問題があるのであろう。

 俺に普及させる義務など無いので、そこで文句を言われても仕方が無いのだが。


「別に、量産して売るわけでもないしな。これで、十分」


 自分で必要な分だけなので、とりあえず魔法で可能な事だけを行う。

 魔法の鍛錬にもなって一石二鳥だし、これを商売にという話もまずは家を出てからだ。


 一体、どこの貴族とはいえ八男のガキと取り引きをしようと考える商人が居るであろうか?

 俺は、まずは成人して家を出ないと、世間的な事は何も出来ないのだから。


 未開地で一人で好きにやっているのも、これは一種のストレス解消とも言えたのだ。


「うん? あの動物は?」


 試しに銅のインゴットを作ってその仕上がりを見ていると、少し離れた位置に一匹の熊を見付けていた。

 大きさは、かなりの物だ。


 前世で熊牧場で見たツキノワグマなど比べ物にならない大きさで、その熊は俺を見ても怒るでもなく、興味深そうに俺を観察している。


「もしかして、これは?」


 波長が合った、というやつかもしれない。

 熊を使い魔にという例は滅多に無いそうだが、居ないわけでもないらしく、ならばこの熊が俺の使い魔になってくれる可能性は高い。


「(いける! いけるぞ!)」


 内心は嬉しさで一杯であったが、表面上は冷静に魔法の袋からウサギの肉を取り出して熊に見せてみる。


 するとその熊は、鼻をクンクンさせながら、少しずつこちらに近付いて来る。

 

「(使い魔が熊かぁ。移動とかは大丈夫かな? まあ、そこのところは後で考えるとしてだ)」


 他にも、あの大きさなので背中に乗せて貰おうとか夢が広がっていく。

 ところが、そんな俺の夢を打ち砕くかのような悪夢が発生する。


 突然、至近まで迫っていたその熊が、歯を剥き出しにしてこちらに襲い掛かって来たのだ。

 正直、かなりヤバかった。


 才能が無いと言われても、毎朝剣の訓練と一緒に体の捌き片も習っていて良かったと思えるほどだ。


「ちくしょう! 俺の純情を弄びやがって!」


 結局その熊は、魔法の矢で脳天を一撃されて天に召され、立派な毛皮と、肉と、薬剤になるらしい肝を残す。

 それと同時に、異種間コミュニケーションの難しさと、まだ暫く俺はボッチなのだという事実を再確認するのであった。

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