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第十四話 エーリッヒ兄さん。

「(ようやく跡取り息子が結婚か……。うちも色々と事情があったからなぁ……)」


 今年で二十六歳になる長兄クルトがようやく結婚をすると父が報告をした翌日、俺はエーリッヒ兄さんと共にいつも狩猟と採集に出かける森の中にいた。


 なぜかと言えば、もう数日中にはお嫁さんがこのバウマイスター騎士領に到着して結婚式が行われるからである。


 小なりとはいえ、一応は貴族の結婚式である。

 更に、こんな何も無い僻地の田舎村での冠婚葬祭ともなれば、それは普段は娯楽に飢えている領民達も一緒に祝いたいわけで。


 実際には、我がバウマイスター家が全て負担する結婚式に出す料理や酒が目当てだと思うのだが。


 まあ、そんな本音と建前の話は別にして、数百人にもなるはずの結婚パーティーに顔を出すであろう面子が飲み食いする食料や酒ともなれば、これは膨大な量になる。


 かと言って、この地を治めるお館様ともあろうお方が、その部分をケチってしまうと問題になってしまう。

 領地の治める貴族が、その領民達にケチ臭いとか貧乏臭いと思われてしまえば、それは後に大きな禍根の原因となってしまうであろうからだ。


 普段はいかに、ボソボソの黒パンと極薄味の野菜のスープで凌ごうとも、こういう時には食べ切れない、飲み切れないほどの酒やご馳走を準備しないといけないのだ。


 嫁の実家に払う持参金に、衣装やアクセサリーなどは嫁の実家が準備するとしても、旦那の方の衣装なども新しく作らないといけないし、今話をしたパーティーで出すご馳走や酒の件もある。


 何しろうちは、元々貧乏な上に、魔の森への無謀な出兵で無視し得ない人的・物的・金銭的な損失を出している。

 

 領内の体制を建て直しつつ、跡取りである長兄クルトの嫁さん探しに、式を行えるだけの蓄えと。


 普通、男でも貴族は二十歳くらいまでには結婚するのが普通なのに、なぜ兄クルトが二十五歳まで独り身だったのか?

 それには、涙無しは語れない厳しい現実が存在していたのだ。


「(クルト兄さんが結婚するのは良いんだ)」


 正直、こんな田舎の寒村しかない領地。

 俺は八男なので元々継げないが、継ぎたいとも思わなかった。


 早く独立して、冒険者として生きる。

 これこそが、俺の夢であったからだ。


「(でも、他の兄さん達を追い出すのが早過ぎないか?)」


 結婚式後、この世界の常識ではもうとっくに成人扱いの兄さん達は、それぞれに独立して家を出る事になる。

 貴族の習慣として、家や領地を継げないで出て行く次男以降の男子には、領地を継げない侘びも意味も込めて支度金を渡すのが常識になっているらしい。


 相場は大した額ではないのだが、うちは兄弟が多いうえに、貧乏なので、これの準備にも時間がかかってしまったようだ。


 今回、次男のヘルマンとまだ七歳の俺を除き、三男から五男までの三人が家を出て独立する。

 ヘルマン兄さんは、まだ結婚していないクルト兄さんが万が一にも急死した時のための予備として、もう数ヵ月後には彼も親戚筋の家臣の家に婿に入るようだ。


 ちなみにその家臣の家とは、父の叔父の実家で、先の魔の森への出兵で我がバウマイスター騎士領軍を率いた人物であるらしい。

 当然その時に彼は戦死していたし、同時にその跡取り息子である父の従兄弟も戦死している。

 他にも、残された男性相続者も不幸が重なって、今は大叔父の孫娘にあたる人物が、辛うじて家を維持しているようだ。


 ヘルマン兄さんは、その孫娘と結婚してその家を継ぐのだ。


 何というか、まるで○HKの○河ドラマのような話ではある。

 規模は、情けないほど小さいわけだが。


 話を戻すが、そんな我がバウマイスター家の方針が色々と決まり、結婚式の準備に忙しいはずなのに、俺とエーリッヒ兄さんが森の中にいる理由。


 容易に想像がつくわけだが、要するに結婚式で出す料理の食材を獲って来るようにとの、父からの命令であったのだ。


 しかも、俺はなぜかエーリッヒ兄さんと組む羽目になってしまう。

 人前で魔法を見せたくないのに、なぜか付けられた同伴者。

 しかもそのパートナーが、俺が一番話をするエーリッヒ兄さんなのが意地悪だ。

 

 一番仲が良いので無碍にも出来ず、かといって魔法を使わなければ僅か七歳の俺の収穫など、もしかしたら皆無という可能性もある。


 さてどうしようかと思っていると、エーリッヒ兄さんが俺に話しかけてくる。


「遠慮しないで、魔法を使っても良いんだよ」


「ええと……」


 突然の、エーリッヒ兄さんからの『魔法を使っても良い』発言に口を篭らせてしまう俺であったが、実は俺自身、自分が魔法を使える事を他人に秘密に出来ているとは思わなかった。


 普通に考えて、まだ七歳の子供が一人で狼や熊の出る森に入って、下手な大人顔負けの狩猟や採集の成果を得ているのだから。

 魔法には、普段は非力な人が筋力や速度を強化するための物があり、しかもこの魔法は程度の差はあったが、比較的ポピュラーな魔法でもあった。


 俺が一人で森に入って心配されなかった理由の一つには、最低でも魔法を使っている件に対して黙認というか家族の間で緘口令が敷かれているのであろうと想像していたのだ。


「ヴェルは、やはり七歳とは思えないほど賢いね」


 俺が、バウマイスター家の八男ヴェンデリンへと転生したその日、夢の中で六歳以前の彼の様子を知る事となる。

 俺が転生する前のヴェンデリンは、魔法使いの才能などは見せなかったが、いつも父の書斎に篭って本を読む、年齢に相応しくない行動を見せる人物であったらしい。


 その点は、今の俺と共通項も多いようだ。


「そう。父上も母上も、クルト兄さん達も。ヴェルを除く家族全員が知っていたのさ。ヴェルに魔法の才能があるという事を」


 何となくそんな予感はしていたが、そうなると一つ疑問が出て来る。

 なぜ、俺の魔法をもっと領地の発展に生かさないのかだ。


 すると、エーリッヒ兄さんが俺の疑問に気が付いたらしく、すぐに俺の疑問に答えてくれた。


「もし、ヴェルが幼くして魔法の才能を領民達に発揮したとしよう。そうなれば、これはお家騒動の発端となるだろうね」


 この世界における貴族を含めた家の相続は、基本的には長男が優先される。

 これの加えて王族や貴族ともなると、今度はその子を産んだ妻の身分が重要となる。


 貴族でない名主の娘である、父の妾レイラの子供達には相続権が基本的には無い。

 あるとすれば、それは本妻に男子が生まれなかった時の事だ。


 本妻の子供が女子だけであった場合、これはその貴族によって判断が分かれる。

 長女に婿を取って跡を継がせるケースと、妾の産んだ長男を継がせる場合と。


 要するに、一応は本妻の子優先、長男優先という風習はあるが、最後には当主である父親の決定が最優先されるようになっていたのだ。


 このせいで、良くお家騒動が発生して双方が刃傷沙汰に及んだり、騒ぎを自力で収拾できずに王家に知られてしまい、罰として領地を減らされたり、果ては改易という処分まで受ける貴族家も数年に一度は必ず発生するそうなのだ。


「ヴェル、君は僕と同じく家を出たいんだよね?」


「はい、若い内は冒険者として身を立てたいのです」


「なら良いんだ。父上も、それは把握している」


「そうなのですか」


「漢字は読めないけど、一応は貴族家の当主なのさ」


 父は、俺が魔法を領民のために大々的に発揮した場合を想定し、これによる領内の利益よりも、家臣達や領民達が無責任に『魔法の使えるヴェンデリンこそ、バウマイスター家の当主に相応しいのでは?』などと騒ぎ、おかしな派閥でも作られたら堪らないと考えているそうだ。


「そうでなくても、五年前の出兵の失敗が糸を引いているんだ」


 このために、農地を広げる開墾ばかりでなく、通常の農作業などにも人手が足りなくてそのやり繰りに四苦八苦していたり。

 損害を回復するまでという名目で一時的に税金を少し上げていて、それが領民達の不満の芽になっていたりと。


 何より、その出兵でバウマイスター本家から一人も犠牲者が出ていない。

 というか、一人も出兵していなかった件で、余計に領民達が不信を抱いている部分があるようなのだ。


「実際、分家で家臣筋の大叔父やその息子三人は戦死しているからね」


 しかもそのせいで、大叔父の家には戦死した長男の娘しか残らず、彼女はもう少ししたら次男ヘルマンを婿に入れて家を継がせるわけなのだから。


 これで、大叔父の家人達に不満が無いと言ったら嘘になるであろう。


「だから、ヴェルの魔法を大っぴらに宣伝しないのさ」


 間違いなく、俺こそがバウマイスター家の次期当主に相応しいと騒ぐ人間が出て来るはずだ。


「もうそれとなく気が付いている人もいるだろうけどね。別に、ヴェルが皆の前で魔法でも披露しない限りは証拠がないからね」


「なるほど、そのための森篭りの黙認であると」


「十五歳になって成人したら、遠慮しないで家を出て欲しいんだろうね」


「個人的には、もっと早く家を出たいですね」


 俺はエーリッヒ兄さんから、規模は小なれどお家騒動の芽がある事を知り、早く成人してこの領を出たいと真剣に思ってしまうのであった。

誤字の御指摘ありがとうございます。

ちゃんと、二回は確認しているんだけどな。

多分、俺の目が腐っているのでしょう。

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