第十三話 跡取りの結婚。
俺が、この西洋ファンタージー風なリンガイア大陸ヘルムート王国の南部辺境地域、バウマイスター騎士領の当主アルトゥル・フォン・ベンノ・バウマイスターの八男ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターの体を乗っ取ってから約三ヶ月。
その間に色々な出来事が、まるで洪水のように俺のその小さな体を翻弄していた。
とはいえ、俺自身はこの情況を基本的には楽しんでいる。
味噌っかすの八男であるため、名ばかり貴族で跡を次ぐ家門や領地すら無かったが、この世界では数少ない魔法使いの才能がある事は判明していたし、その練習を兼ねて外に出ても子供の体の割にはあまり行動に制限もない。
正直なところ、忙しくて六歳のガキに構っていられないのであろう。
更に、ここ最近では高名な魔法使いであったアルフレッド・レインフォード師匠から器合わせという特殊な方法で魔力の大幅なアップにも成功していたし、彼から効率の良い魔法の訓練を受ける事も出来た。
本当ならばもっと色々と教えて貰いたかったのだが、彼は本来であれば既に死んでいる人間であり、ゾンビになるリスクまで負って語り死人になり、魔力の高い人を探していた身でもあった。
俺は、最後に教わった『聖』の属性魔法で彼を安らかにあの世へと送る事で、彼から卒業の証を受ける事となる。
そして彼からの遺産として受け継いだ、もうこのまま働かなくても一生食べていけそうな量の魔法の袋に入った様々な財貨や物資。
とはいえ、今の俺は世間的にはまだ親の庇護下に入っている六歳の子供でしかない。
中身は二十五歳なので理不尽とも言えるのだが、今は一日でも早く自立してこの家を出られるようにすべきであろう。
来たる自立と自由の日に備えて、勉学やら魔法やら武芸の訓練に身を投じながらだ。
それともう一つ。
俺は、数日前に七歳になったらしい。
らしいという部分で相当にアレなのだが、この世界で子供が誕生日を迎えたから祝うなんて風習があるのは、王族とか貴族でももっと裕福であるとか、あとはうちのような家であると長男くらいしか誕生日は行わないようだ。
中身はもう成人なので、今さら誕生日パーティーとかは必要ないのだが、俺が七歳になっておめでとうを言って来たのが俺の一個上の兄、五男のエーリッヒであったためにこうしてわざわざ報告している次第である。
五男なのに一個上と言うのもおかしいのだが、そこは妾の生んだ兄達が入っていないものだと思ってくれると解り易いと思う。
妾の産んだ六男と七男を、俺は兄と呼んではいけないのだと母から言われている。
貴族なので、その辺の身分差には厳しいようだ。
今年で十七歳になる五男エーリッヒであったが、彼は細身で腕っ節はイマイチな男であったが、イケメンだったし、味噌っかすである俺の身を一番気遣って話しかけてくれる優しい兄でもある。
領内のうら若きお嬢ちゃん達にも、もう少し年上のお嬢さん達にも、もっと上のお嬢様達にも人気があるらしい。
実は、我がバウマイスター家の面子の顔の出来はあまり良くない。
不細工というわけではないが、要するに普通な人が多いのだ。
更に、才能の面からしても微妙であろう。
領地持ち貴族になるため、わざわざ王都から貧民達を連れてこの地に移住した初代は目端の利く人物であったらしいが、それ以降は悪愚な当主はいなかったものの、内政に戦争に魔物の討伐に大活躍という逸材はいなかった。
父アルトゥルは、五年前の痛恨の失政である魔の森への出兵で失った多くの成人男性の働き手の分を補うべく、毎日息子達と共に自ら土地を開墾する日々であった。
当然魔法など使えないし、剣などの騎士としての嗜みなども微妙な線であるらしい。
むしろ、肉の確保のために年に数回行う合同狩猟で使う、メインウェポンとなる弓の方が得意という有様であった。
そしてこの傾向は、長男クルト以降の子供達全員の特徴でもあった。
領内に魔の森があるものの、別に中に入らなければ魔物が脅威になる心配もなく、ならば肉を確保するための弓矢の腕前を上げた方が役に立つという結論に至ったらしい。
その魔の森に到達するには、何百キロにも及ぶ行軍が必要であったがのだが。
なるほど、俺ばかりか兄エーリッヒの剣の稽古がいつもすぐに終わってしまうわけだ。
騎士なのに剣を使う機会が少ないと言うかほぼ無いので、余計に訓練に身が入らないのであろう。
もっとも、毎朝一緒に訓練している兄エーリッヒなどは、剣が苦手なので助かっているとも言っていたのだが。
その分、兄エーリッヒは弓の腕前では領内では一番と言われるほどであったし、俺と同じく時間が空けば父の書斎で本を読んでいるので、ひらがなとカタカナしか読み書きできない他の家族とは違って、俺と同じレベルで読み書き計算が可能であった。
『もう少ししたら、王都に出て下級官吏の試験を受けるつもりなんだ』
なるほど、彼は俺のように魔法ではなく、堅実に公務員の道を目指しているようだ。
とまあ、こんな感じの我が家であったが、実はその家庭環境に大きな変化が生じようとしていた。
長兄クルトに、ようやく嫁が来るという話が父から成されたのであった。
「クルトの嫁は、マインバッハ家の次女アマーリエに決まった。来週にはこの地に到着して結婚式を行う予定だ」
いつもの黒パン、野菜と肉のスープ、ホロホロ鳥のロースト、自家製の山ブドウジュースとワインという、俺のおかげで多少豪勢になった夕食の席で、父は家族全員に長男クルトの結婚を発表する。
「いよいよ、来たるべき時が来たか……」
夕食後、余り者兄弟四人のベッドが置かれている部屋で、俺とは滅多に口をきかない三男パウルと四男ヘルムートは、ベッドの上で自分の私物を纏め始めていた。
こんな貧乏貴族家の三男と四男なので自分の持ち物は少なく、その作業はあっという間に終わってしまったのだが。
「エーリッヒ兄さん、パウル兄さんとヘルムート兄さんは、どうして荷物を纏めているのですか?」
「この家の跡継ぎであるクルト兄さんが結婚するからね。式が終われば、僕達は出ていかないといけない」
俺の質問に、エーリッヒ兄さんが詳しい説明をしてくれる。
こういう時のエーリッヒ兄さんは、俺が子供だからとバカにしないでちゃんと詳しく説明をしてくれるのだ。
この世界における成人の定義は、大体十五歳から十七歳くらいであるらしい。
多少の幅があるが、早くするか遅くするかは親の裁量一つらしく、だがそれでも三男パウルと四男ヘルムートは少し遅いような気がしないでもない。
その点を聞くと、いくら跡継ぎではない子供でも家を出る時には多少の援助くらいはするのが当然であったのだが、実は五年前の無駄な出兵でその余裕がなく、本当ならもうとっくに家を出るはずの三人を家の手伝いをさせながら残してしまっていたらしい。
結局、わざわざ長男クルトの結婚を遅くしてまでどうにか金を貯める事に成功したようなのだが、それで結婚が遅くなるとは兄クルトもなかなかに不幸とも言えた。
「持参金の件もあったけど、実はうちは嫁ぎ先としては人気が無いんだよね」
確かに、隣の領地とは山脈一つ隔てたこんな田舎の寒村に好き好んで嫁ごうと考える貴族のお嬢さんは皆無であろう。
生まれた子供を使って、バウマイスター家を嫁の閨閥に引き込むという貴族の常套手段も、下手をするとバウマイスター家への援助で大赤字になる可能性を秘めていたからだ。
「まあ、結婚できるだけクルト兄さんはマシかな」
もっと可哀想なのは、長男に万が一の事があった時のためにと飼い殺されている次男ヘルマンの存在であろう。
彼は、兄クルトと嫁との間に子供が出来れば自由の身となれるのだが、それまでは開墾の手伝いでもしながら部屋住みの苦渋を味わい続けなければいけない。
こう考えると、俺はまだ恵まれた身なのだなと思っていた。
まだ一回しか顔を見た事がない、妾のレイラとその子供達などは母の身分のせいで正妻の子供が全滅でもしないと相続の目が無いし、そんな奇跡にも期待していないので、実家を継いだり、適当に他の名主の家に婿に入ったり、嫁に行ったりして貴族にはならないらしい。
正直、少し羨ましいと考えてしまう俺であった。
「そんなわけで、僕も式の後は王都に行く事になっているんだ。ヴェル、急に寂しくなるけど、元気で暮らすんだよ」
「はい、今までありがとうございました」
「手紙くらいは送るから」
「俺も、返事を書きます」
「いいね。この家でちゃんと手紙を書ける人は少ないから。ヴェルはちゃんと書けるけど」
それから二週間後、俺は一番の理解者を失い、僅か七歳にしてボッチの境遇を味わう羽目になるのであった。