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第十一話 お師匠様との別れ。

「いや、しかし……」


「そろそろ、私も限界なんだよ。意識と理性を無くし、本能だけで人を襲うゾンビにはなりたくないのさ」


 師匠から、最後の卒業試験として聖の魔法で自分を成仏させて欲しいと頼まれた俺であったが、さすがにそれには少し躊躇してしまう。

 

 だが、師匠は早く自分を成仏させて欲しいと懇願していた。


「私は、極めて優れた魔法使いであったと思う。だから、これだけの長時間、肉体を保ちながら意識と理性まで保持していたんだ」


 普通の語り死人は、長くても一年間ほどしかその形状が保たないらしい。

 それを超えると、今度は次第に意識と理性が消えていき、肉体も徐々に腐ってゾンビと大差がなくなるのだそうだ。


「私には、もう時間がないんだ。我が弟子、ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターよ。私を最後に安心させてくれないかね?」


「師匠……。わかりました……」


 俺は、師匠から渡されている手引書の最後の項目である『聖』の魔法のページをめくり、そこに書かれた内容を一読する。

 本には、基本的な概念しか書かれていない。

 この魔法が使えるのかは、本当に俺の適性一つにかかっているのだ。


 さすがに特殊な魔法だけあって、最初は碌に発動すらしない。

 それでも段々と徐々に、聖系統特有の青白い光が両腕から溢れるように流れ出ていた。


「見本を見せられなくてすまない」


 申し訳なさそうに師匠が言うが、語り死人というアンデッド系の魔物になっているので、聖の魔法が使えなくなっても当たり前としか言いようがなかった。


 そして一時間ほど、何十回と練習を重ねた俺は、遂に師匠を成仏させられそうな威力の光線魔法の習得に成功していた。


「いよいよだね」


 遂に師匠を成仏させる時間になり、俺は柄にも無く鼻を啜り涙を流しながら光線魔法を発動し、それを指先に貯めていく。

 生前、高位の魔法使いであった師匠が魔物化している以上、それを成仏させるためにはかなり魔力を貯めなければいけなかったからだ。


「師匠……」


「私は満足しているんだ。このまま魔の森の奥地でゾンビとして彷徨うところであったのを、こうして弟子に自分の技を伝える事が出来た。安心して天国か地獄に行けるというものだ」


「師匠……」


 俺は、涙が止まらなかった。

 この世界の魔法習得は、確かに自分だけで何とかしなければいけないのが現実だ。

 なぜなら、自分で有効であった修練方法が他の人に適合する確率が物凄く低かったからだ。


 だが、師匠の鍛錬方法は、まるで奇跡のように俺に合っていた。

 この二週間で得た成果は、自分だけで修練していたら何年間もかかっていたであろう。


 更に、器合わせまで行えて、俺の魔力量は修行前の何十倍にも増えていた。

 

「このまま慢心する事なく努力を積み重ねて欲しい。君は……、ヴェルは、必ずや歴史に名を残す魔法使いになるのだから。ああ、それともう一つ」


 師匠は、自分には家族がいない。

 雇われていたブライヒレーダー辺境伯領には屋敷と多少の金銭があったが、これは既にブライヒレーダー辺境伯家によって接収されているはずなのであげられない。


 だが、今自分が付けている装備。

 ローブや帽子などはもっと大人になって体が大きくならないと装備できないが、属性魔力の刀身を出す魔法剣に、いくつか付けている指輪やネックレスなどのアクセサリー類。


 そして一番の目玉は、実は財産の大半を入れている魔法の袋の使用者を俺に変更しておいたという事であった。


 『魔法の袋』とか、これも良く某RPGなどで良く聞く物だ。

 中に、その袋の容量を超えた大量の品物を入れる事が出来るマジックアイテム。


 この世界では、幾つかの種類に分類されている。

 まずは他の魔法具と同じで、魔法使いにしか使えない専用品か、誰にでも使える汎用品であるか?

 次に、事前に使用者の登録が可能で、その登録者以外の人だと品物の出し入れが不可能になってしまう専用品か、誰にでも使える汎用品かどうか?


 あとは容量の問題があるが、これは容量が大きく、誰にでも使える物ほど作れる魔法使いが少なく、値段も高くなるらしい。


「私が君に託す魔法の袋は、魔法使いにしか使えず、しかももう使用者を君に登録してある。容量に関しては、使用者の魔力限界量に比例するようになっているので、君が使った方が容量は上がるだろうね」


 そう言いながら、師匠はビーズのような魔晶石の付いた巾着袋くらいの大きさの魔法の袋を俺に渡す。


「小さいけど、大きな物を入れる時には口が広がるから大丈夫。中身も全て君にあげよう。このまま魔の森で朽ち果てさせるよりは、君が使った方が有用だからね。さあ、頼むよ」


「はい……」


 涙と鼻水を啜り上げ、俺は貯めていた聖の光線を師匠に向かって放つ。

 すると、師匠は一瞬にして青白い光の渦に包まれていた。


「良い魔法だ。まるで苦痛を感じない。むしろ、心地良い暖かさに包まれているようだ」


 その言葉とは裏腹に、師匠の体は徐々に見た目が薄くなっていく。

 本当に、もうすぐ師匠は消えてしまうのだ。

 

「師匠、今までありがとうございました」


「気持ちよく成仏させてくれてありがとう。また百年後くらいにあの世で会おう」


 最後の言葉としてはどうかと思ってしまうが、その言葉を最後に師匠は装備品と魔法の袋を残し、その肉体を青白い光と共に天へと昇らせていくのであった。


 これが、俺が唯一師匠と認めるアルフレッド・レインフォードとの短い交流の記憶であった。 

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