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検証と対策②


 冒険者の酒場

 撤退を果たしたウル達一行は食事を取る。反省会であり、次につなげるための作戦会議でもあった。それぞれ消耗した体力を補充するように冒険者向けに用意された多量の食事を身体の中に注ぎ込んでいく。特にウルはその量が普段の1,5倍は多かった。


「……うまい」


 ウルは次々に肉にかぶりついていった。迷宮から出て暫くしてから、強い空腹感に襲われていた。理由は分かる。毒をくらい、回復薬で回復したからだ。毒で破損した箇所の回復に肉体がエネルギーを欲しているのだと分かる。


「【不死鳥の涙】は毒ダメージの再生もするが、削られた体力までは回復しない」

「毒?きつかったの?」

「死ぬほど。リーネは小人で小さいから毒喰らったら即死だぞ」

「怖いわ」


 リーネはリーネで小人である筈だが食事の量は多かった。今はジョッキに注がれた冷たい牛乳を一気に飲み干している。魔法陣完成までに至らなかったとはいえ。途中まででも体力はゴッソリと削られるらしい。


『で、今回の撤退のきっかけはどうだったんじゃい?主?』

「大きなダメージを与えず引きつけていたのですが、怪鳥が突然逃げ出しました。そちらではなにか変化がありましたか?」


 問われ、リーネは首を横に振った。彼女には周囲を確認する余裕なんぞ全くない。代わりにロックが魔石を口に放りながら、ふむと、首を捻る。


『お主が撤退の合図を送る少し前に、毒爪鳥を殺した。鳥どもには結界が通じておったのか、それまでは近づいてもこんかったんじゃがの』


 偶然か、あるいは他の魔物の死体に気が付いたのか、不意に一匹、リーネのいる方角に向かって飛んできたらしい。止む無くロックはそれを殺した。そしてその後に撤退の連絡が来た。


「と、すると怪鳥が取って返した原因はそれか……?一匹死んで、巣に異常があると感知して、とって返したとか」


 毒花怪鳥は常に自分の巣、毒茸沼に逃げ回っても最終的には戻ってくる。此処が自分の居場所だというように。ともすれば、あの沼に何かしら縄張り意識があり、その沼の住民の異常も感知した、かもしれない。


「しかし、魔物であるのに、自分の縄張りを創って護ろうとするのですね」

「なんならあそこで卵も産むぞ。迷宮が生み出すんじゃなくて自分たちで仲間を生産する」

「毒花怪鳥が卵を?」

「そうだな。怪鳥はメスだ。多分毒爪鳥がオスなんだろう。だから怪鳥が襲われて暫くすると毒爪鳥が守りに飛んできて加勢する」


 メスである怪鳥を中心とした巨大なコミュニティがあの沼を中心にできあがっている。怪鳥が襲われれば毒爪鳥は守りに向かうし、逆に毒爪鳥たちが襲われても、怪鳥が助けに向かう。強い絆で結ばれた関係と言えるだろう。ウル達にとってすれば迷惑極まりないことに。

 するとその情報を聞いたシズクが少し考え込んだ。


「卵……誘導に使えますか?」

「試したんだがな……」

「結果は?」

「ダメだった。アイツらバカだ」


 そう、バカだった。困ったことに。

 怪鳥は日に何度も、あの毒沼で大量の卵を産む。大量に産む、ので、自分の卵が一部無くなっても気づかない。自分で誤って踏み潰す事すらする。故に、魔術で隠れ、うまく一個二個盗んだところで気づかない。

 試しに毒花怪鳥のルートに転がしてみたところ、毒花怪鳥は全く卵に気づかず踏み潰して終わった。


「あくまで毒花怪鳥が過敏に反応するのは毒爪鳥が攻撃を受けたときだけだ」

「多分だけど、怪鳥と毒爪鳥の間にはなにかしら“繋がり”があるんだと思う。その繋がりがあるから反応して、怪鳥は巣に戻る。」


 だから、怪鳥の誘導は楽なのかもしれない。結局怪鳥の戻る場所は巣、毒茸沼であり、異常があれば、あるいは怪我をすれば、迷宮を駆け回り、追跡者を振りほどきながら此処に戻ってくる。

 沼の近くに白王陣を設置さえ出来れば、あとは挑発してそこに誘導すれば良い。

 だが


「根本的な問題がある。結界ではリーネが護れない。白王陣が完成できない」


 結界だけでは多種多様に出現する魔物達の感知から完全に逃れることは出来ない。そして一匹でも倒してしまえば、迷宮内に取り込まれず死体が残る迷宮の特性上、死体が呼び水となり次々に魔物が殺到し、崩壊する。


『単純に人数を増やし、結界が破綻しないようにするというのはどうじゃ』

「人数が増えるほど、魔物の量は増す。むしろ結界崩壊が早まるぞ」


 迷宮での人数制限の理由、ヒトの増加による魔物の活性化。

 5人という人数なら問題ないとされているが、それはギリギリの数であるというだけで、影響がなくなるというわけでは無い。数が多いほど魔物の活性率は上がる。ロックとリーネだけの時よりも遙かに多く魔物が出現する事だろう。より難しくなる。


「術の成立が出来たとしても、恐らくこっちは消耗しきっているだろう。その後毒花怪鳥を誘導しなきゃいけないんだぞ。大量の魔物の死骸がのこっているであろう術式の中心に」

「近づきますかね?」

『ムリじゃろ、あの臆病鳥が近づくわきゃない』


 あの怪鳥はバカで単純だが、動物としての本能は鋭敏だ。危険を察知すれば近づかない。リーネの魔術が完成するまで同じ場所で戦い続けるとなると、夥しい数の魔物の死体が積まれることになるだろう。そこに突っ込んでくることを期待するのは、少々難しい。


『もっと完璧な結界つくれんのか?主よ。もっと直接的に魔物が近づけなくなるような』

「残念ながら私の技術では現在結界の効果は二種までしか付与できません」

『その上から更に結界を覆うとか』

「結界の上から更に結界を重ねると互いに干渉し合います。むずかしいかと」


 うむむ、とロックは唸ると、今度はリーネへと視線を向けた。


『ウルよ、本当にこのお嬢の魔術を採用するんか?』

「殺すわ」


 黙々と食事をしていたリーネはロックを殴った。手が早い。


『喧しいわ。事実として、お前さんの魔術は使いにくいじゃろ。文句言うな』


 ロックはリーネの拳を頭蓋骨に受けながらカタカタ苦言を口にする。リーネはむっすりとした顔になって先ほどよりも二倍マシの速度で拳を振り下ろし始めた。


『一つの事に拘りすぎると迷走するぞ。どうなんじゃいそこら辺』


 その問いに、リーネはウルを凄まじい形相でにらみつけた。露骨である。自分を外したら殺すと目が語っている。彼女の目的を考えればそれも当然だろう。彼女の活躍は彼女の目的そのものだ。

 が、その彼女の情熱は結果に直結しないのはウルも理解している。情熱が結果に繋がるなら、彼女はとっくに冒険者として成功している。そして、彼女の魔術がピーキー極まる事も、十二分に理解した。コレまで彼女の魔術が日の目を見なかった理由もよく分かった。

 その上で、


「方針は変えない。彼女の術をメインにしていく」

『理由は』

「逃げ惑う毒花怪鳥を逃げる前に仕留める手段として有効なのが一つ」


 シズクの発展魔術ならば、とも思ったが、彼女の発展魔術は大体ウルの竜牙槍の“咆吼”と同等の威力である。ウルの咆吼でとどめを刺せないならば、彼女の発展魔術も同様だろう。学園で威力の向上が望めれば、とも思ったが


「発展魔術以上の火力を単独で放つのは現状は厳しいかと」

「ムリなのか」

「発展魔術以上の火力にしようとすると、終局魔術(サード)に至るしかありませんがそれは今の私には不可能です……というよりも、容量の問題ですね。ヒトの身では不可能です」


 とのことだった。

 で、あれば、やはりリーネに可能性を感じる。彼女の使う術が最も高火力であり、劣勢とみればすぐに逃げ出す怪鳥相手に、劣勢である、などという認識をさせるよりも早くに仕留めることが出来るだろう一撃必殺。学園で見た彼女の魔術を直撃させること出来れば間違いなく、撃破は叶うだろうとウルは確信していた。


「それともう一つ」

『もう一つ?』

「毒花怪鳥は、正面から普通にやり合っても確かに勝機が無いわけではない……が」


 ウルとシズク、ロックで前戦を護りつつ、リーネが魔道具などを使いながら闘う。オーソドックスな戦い方を考えなかったわけではない。だが、


『が?』

「多分、文字どおり生死の境を行き来するような死闘になる。下手すると死人が出る。こんなこと続けられん」


 ウルが今現在掲げている目標は【金級】への出世である。シズクやロック、リーネはまた目的が異なるとは言え、今はとりあえずこの目標に向けて全員が行動しているのは間違いない。

 で、あれば、戦いはこれからも続くのである。毒花怪鳥との戦闘がもし上手くいったとしても、それ以降もまた別の、より強い賞金首と戦い続けなければならない。


 だというのに、一戦一戦命がけのギャンブルを続けていくのは、ムリだ。


 絶対に途中で破綻する。コインの表を常に出し続けられる幸運をウルは持っていない。


「だから、ここらで一つ“戦術”って奴を身につけたい」

「具体的じゃないわね」

『ま、言わんとするところは分かるがの?』


 ウルの言葉にロックが頷いた。


『“敵に対応する”んではなく、“敵に対応させたい”んじゃろ?』

「まあ、な」


 必勝、とまでは言わない。だが、今までの戦闘はあまりに“行き当たりばったり”だった。手札が少なすぎたために、手持ちの武器を全てたたき付けるような戦い方しか出来なかった。

 しかし今は違う。資金が増え、人手が増え、戦力も増した。選択肢の幅が大きく増した。今なら、敵の強大さに振り回され、ただ対応を余儀なくされるのではなく、“此方の戦い方”を敵に押しつける戦い方が出来るかもしれない。

 いや、しなければならない。今後を戦い抜くためには。


『で、その戦術にお嬢ちゃんをつかうと?』

「ぶつけられれば“必勝”の魔術を軸に闘えれば、闘いやすさが違う、と思う」


 リーネは自慢げに胸を張った。わかりやすい女だ。


「ではどうしましょうか?彼女の魔術、【白王陣】を成立させるのは並大抵ではないです」

『事前に紙に書いておくとかできんのか?』


 問われ、リーネは首を横に振った。


「“完成後”の【白王陣】は陣を維持するため、描き込んだ対象の魔力も消費する。紙とか、魔力含有量の薄い代物に描き込んでも、生物のように大気中から自然と魔力を取り込まないから陣自体が自然消滅するわ」

「不足してきたら魔力を後から補充するのは?」

「手法はあるけど、手間よ。魔力貯蓄量の高いモノは値段もするし、しかるべき手順をふまなければならない。それなら最初から最低限の魔力を有しているものに描き込んだ方が良い」

『最低限の量ってのは?』

「……魔物の魔石で言えば、九級の魔物が落とす魔石一つ分」

「餓者髑髏規模ってか……」


 魔石は基本的に全て都市運営のために使用されるので、特に巨大な魔石は即燃料として還元される。冒険者が売り払う魔石は基本一方通行だ。手に入れるなら自分で獲得するしか無い。が、今回必要になる規模の魔石を体内に保持しているであろう魔物は、毒花怪鳥である。

 怪鳥を倒すために怪鳥を倒す必要がある。ムリだ。


「だから本来は地面に描き込む。大地を通して、魔脈から必要分魔力を回収する」

「では、対象が私たちであるならば?」


 と、シズクがよく響く澄んだ声で提案する。


「ウル様や私は魔力を相応に有しています。そして生物であるが故に、自然と消費した魔力は回復します。陣の消滅まで猶予があるかと」


 彼女の問いに、リーネはしばらく考えるように俯いた後、頷いた。


「出来るわ、付与できる魔術の種類は【強化】に限られるけど」


 強化の魔術。身体向上の魔術。その【終局魔術】、最大規模の強化を得られる。ウルは顔を上げる。これならばいけるか?


『なら、強化魔術を描き込んでおけばいけるのか?』

「でも、さっきも言ったけど、陣は維持にも魔力消費するのよ。完成に至る過程でも陣維持に魔力が喰われるわ。完成したら爆速よ」

「具体的にどれくらいで俺の魔力が喰われる?」


 むう、とリーネは椅子から立ち上がると、ウルの方へと小さな手の平を向けてきた。ふむ。と、ウルはその手に自分の手を合わせると、彼女は静かに目をつむる。そしてしばし後に、


「完成してからだいたい3分」

『はやいのう』

「強化が発動したら30秒」

『みじかいのう』

「魔力が完全に尽きたら身体能力は大きく減力するし、当然魔術はムリよ」

『つらいのう』


 迷宮の外、安全な場所で白王陣をウルに描き込んだ場合、それから三分以内に毒花怪鳥に接敵し、その後30秒以内に撃破しなければならないということになる。大変厳しい。怪鳥との接敵まで大体1時間は掛かる。


『おう、そうじゃ。ワシみたいに魔石で魔力補給していけばどうじゃ』

「魔石で魔力補給できるヒトはいないわ。貴方は魂が改造されてるから出来るんでしょうけど」


 魔力補充薬は存在する。存在するが結構高い。魔力の貯蔵庫たる魂に、物理的な干渉によって直接補充するための技術は非常に高度だ。作成者は限られ、故に、高い。


「1本銀貨20枚から金貨1枚くらいだったかしら?そして1度の補充で延びる時間は精々1分よ」


 迷宮に入ってから1時間、魔力が尽きるたびに補充し続けてはいったいどれだけ金がかかるかわかったものではない。論外だ。

 ヒトからヒトへの譲渡も出来なくもないが、三分で尽きるような消耗率であれば、あまり意味が無い。


『そりゃ厳しいのう……じゃあワシみたいに魂改造すればええんか?』

「生きた人間への魂の干渉はとても危険よ。干渉する側もされる側も。技法自体は知っている術者はウチの学園にいる可能性はあるけど、やってくれるヒトはいないわ」

『んじゃ魔力を簡単に補給できるワシを強化!!』

「死霊兵として存在するだけで付与魔術の容量を喰っている貴方に強化の終局付与魔術をつかったら、貴方の魂ごと消し飛ぶわ」

『ギリッギリまで書き込んどいて、最後の一筆は現場で書き込んで完成させるとかはどうかの?』

「基盤までならそれは出来るけど、それ以降はどのみち魔力消費量は完成に近づくほど増え続けるわよ。大半を完成させてから移動しても多分、毒花怪鳥に接敵するよりも前にからっけつになるわ」


 リーネの言葉にうんうんと唸ったロックは、しばしのちにうなり声を上げ、降参、というように両手を挙げた。


『かぁ~、面倒じゃのうお前さんの魔術、そりゃ廃れるわい』

「殺すわ」

『死んどるわ』


 カタカタとロックがからかうようにリーネを笑うと、彼女はロックから頭蓋骨を奪い無表情で拳をガンガンと振り下ろし始めた。シュールなその光景に周囲の客がぎょっとなったが、4人は無視した。冒険者ギルドの酒場故、ロックに対する最低限の周知と理解はされている。

 シズクは二人の様子を微笑み眺めながら、ウルへと視線を向ける。


「難しいですねウル様……ウル様?」

「ん?……ああ」


 生返事を返すウルに、シズクは首を傾げた。


「何か、思いつきましたか?」

「……策……と、言って良いのかは分からんが……」


 強化魔術の概要を聞いたとき、ウルは一つ閃いていた。

 突破口、というにはあまりにも突飛なアイデアだった。恐らく誰もやったことが無いだろう。考えついても、実行しようとは思わないだろうから。ウルだって馬鹿馬鹿しい発想だと自分の考えを失笑しそうになるほどだ。だが――


「……思いついた事はある……が」


 自分の一行の3人がウルへと視線を向ける。

 突飛な発想。だが、そもそも賞金首を討とうとする事そのものが現代の冒険者のセオリーから大きく外れているのだ。更に言えば、戦闘での使用が困難を極めると言われる【レイラインの魔術】を活用しようというのだ。

 普通、常識からウル達はとっくの昔に外れている。常識的な戦術とやらが今のウル達に当てはまるわけが無いのだ。


 で、あれば、開拓しなければならない。自分たちで、自分たちのための戦術を。


「教えて。どうすれば白の魔女様の業を今の世界で使えるの」


 リーネの期待を帯びた瞳を受け、ウルは頷く。


「それは――――」








『カカ、カカカカカカ!!!けったいな事思いついたのう!ウルよ!!』

「俺もそう思うよ……」


 全てを説明しきったウルは、結果として仲間から盛大に笑われた。まあ、黙って顔を伏されるよりは真正面から笑い飛ばされた方がまだマシだった。


「反対意見があるなら聞くが」


 ロックは骨をならし、そしてニヤリ、とそんな感じで剥き出しの歯をかみ合わせた。


『ワシ構わんぞ。じーっとお嬢ちゃんのお守りを続けるよりは大分、大分楽しそうじゃ』

「シズクは?」


 シズクは至極真面目な表情で頷いた。


「本当に実行可能か検証する必要はありますが、試す価値はあるかと」

「リーネ」


 リーネは最初に出会ったときと変わらない、憮然とした、睨むような真剣な表情でウルを見つめた。


「白の魔女様の力を、レイラインの培った技術の結晶を、世に知らしめる事が出来るのなら、私はなんだってするわ」

「決まりだ。まずは――――買い物だ」


 一行の方針が決まった。

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