検証と対策
大罪迷宮ラスト入り口
大罪都市ラストの正門をくぐり、大罪都市プラウディアへと向かう道とは逆に位置する東への道へと進むとそれはある。迷宮へと向かうための冒険者達、冒険者ギルドに所属せずとも魔石を目当てとする小遣い目当てで足を運ぶ流れ者、それらの人間を目当てにあえてリスクを負い、人類生存圏外にて商売をし高値でモノを売りつけようとする商人などなど、人通りは多い。都市内部に迷宮があったグリードとはまた違った雰囲気だが、活気のある光景であることに変わりは無かった。
だが、人気が増え、賑わいも増していくにもかかわらず、歩みを進めるほど、迷宮へと近づくほどに、辺りの空気は重く、よどみ始める。鬱蒼とした木々が高く、異様に高く伸び、太陽の光を遮るように、太陽神の威光を遮るように青黒い葉を伸ばす。まだ昼間であるにもかかわらず、薄暗く、暖かな季節であるはずなのに、肌寒い。
闇と、寒気が、一番深くなる場所、つまり道の最奥に大罪迷宮ラストの入り口はある。
「……いつ見ても気味が悪い」
「グリードとはまた違う、独特の空気ですね」
ウルはここのところ毎日のように足を運び、何度となく入り口の門をくぐってきたが、それでも未だに慣れなかった。足を踏み入れるたび、命が縮むような思いをしていた。
呼吸を整え、最後の点検に入る。この歪な門を一歩でも踏み入れば全てが敵になる。腰を据えて確認できる最後の機会だ。自分の装備、竜牙槍の更新を終え、鎧も火喰いを装着し直した。これからはロック任せにはせず、前線で戦わねばならない。憂鬱だ。
『カッカカ!足を引っ張るなよウルよ!』
ロックの姿は以前とそう変わらないように見える。だがシズクが彼の契約魔術を改め、その器を強化した。ロック曰く「身体が軽うなった」とのこと。
「私は久しぶりの迷宮ですから、迷惑をかけないよう気をつけます」
シズクも装備が一新されているが、本命は学園で学んだ魔術だろう。どんな魔術を学んだのか聞いてみると、1度では把握しきれない数の魔術を習得したらしいので、期待しても良いだろう。詳しくは実戦で確認するとする。
そして
「さて……リーネ」
「なに、ウル」
リーネである。身内の不幸があり、意気消沈しているのではと思っていた彼女だが、現在の彼女はやる気に満ちあふれている。制服ではなく、ウルに魔術を披露するときに見せた魔女服だ。杖だけが違う。真っ白な、小人の彼女の身体と同じくらいの長い長い白の杖。
「その杖は?」
「初代レイラインが白の魔女様から授かった【流星の筆】。当主の証」
「なるほど、気合いが入ってるのはわかった」
当主、となると彼女は紛れもなく【神殿】の神官である。都市国の特権階級であり、その権限を使えばウル達のような“名無し”は即刻国外退場も叶うような相手ではあるのだが、今更取り繕っても仕方が無い。ウルは半ば諦めの境地で腹を据え、彼女に向き直った。
「良いんだな。本格的に俺達の一行に加入する事になって」
「良いわ」
「俺達は“名無し”だ。都市民権を持たない流浪の民、今仕事の契約をしている主の意向もあって、毒花怪鳥の討伐の結果にかかわらず近いうちにこの都市を離れる。それも承知しているな?」
「無論」
「この都市の方針で、下手すると貴方の神官としての地位も、都市民権も、剥奪される可能性もでている事は知っているか?」
「ギルド長から聞いた」
「俺達がギルドで噂されているような期待の新星ではないことももう分かっているよな?今日からは前以上の無様を晒すことになるぞ」
「分かってる。その上で貴方の仲間にして」
質問に対して、その全てが即答である。ウルはため息をついた。
「……わかった」
「嫌なら嫌と言ってほしいわ」
「他人の人生を背負う責任が肩に来ているだけだから気にしないでくれ」
官位持ちの人間が自分の人生をかけてウル達の一行に入るのだ。重い。責任を負える気が全くしない。が、既に妹の人生と、シズクという最高に重い女の人生も背負っているのだ。今更ではある。
『ま、気にしすぎてもしゃーないじゃろ。責任を背負ったからと言って、お前のやることが変わるわけでもあるまい?』
「他人事と思って軽く言いやがって」
『骨じゃもの』
カタカタカタとロックは笑う。首を引っ掴んで投げてやりたい。
「気にする必要は無いわ。私が、私の目的で、私のために戦うのよ。死んだとしても、私の責任」
彼女はハッキリと言う。迷いは無い。初めて彼女と出会った時よりもずっと強い光だった。祖母の死は、彼女を挫折させるのではなく、背中を押す事に繋がったらしい。それが彼女にとって良いことかどうかは分からないが、ウル達にとってはありがたいことだ。
その上で、最後に一つ確認しなければならないことがある。
「都市民権すらも捨てるリスクを飲んでまで冒険者になる目的はなんだか聞いて良いか」
元々、聞かなければならないと思っていたことをようやくウルは彼女に尋ねることが出来た。彼女の動機、理由、レイラインの復権ではないか、とはアランサは言っていたが――――
「私の目的、それは――」
彼女はその小さな身体で大きく息を吸い、そして言い放った。
「白の魔女様と初代レイラインが授けて下さった白王陣の偉大さを世に知らしめそれを全く理解できていない能なしどもの頭にその事実を刻み込み、泣かせて、頭を地面にこすりつけて謝罪させた後そのままの姿勢で崇め奉らせるためよ!!!!」
でかい声で言い放った。周囲にいた冒険者達が何事かとギョッとした顔になった。
ウルは思った。やべえやつだと
『こやつ頭大丈夫かの』
うるせえ骨頭。
「随分とえきせんとりっくな方だったのですね。リーネ様」
やかましい奇抜の化身。
「…………よし、うん、わかった」
とりあえず、誰かに強いられてだとか、実はイヤイヤだったとか、そういう可能性はサッパリ無いらしいので、良しとすることにした。新たに入ってくる仲間がかなり狂人であったという事以外何の問題も無い。多分。
「白の魔女様の偉大さをまだ語れていないのだけど」
「後でな」
「絶対よ」
言質を積極的にとろうとする狂信者に軽く引きながら、ウルは迷宮に向き直る。仲間の意思も、装備も、確認は終わった。事前調査も資金集めも、現時点で出来うる限りの事はしてきた。懸念事項も解消された。
ならば、やるべき事は一つ。
「……やるか」
毒花怪鳥の本格的な討伐の開始だ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
とはいえ、だ。
全ての準備が完了したからと言って、全ての懸念が解消されたからと言って、その後の挑戦が万事上手く行くかと言われれば全くそんなことは無い。
何の保証にもならない、と言うことをウルは地面に転がり身悶えながら思い知っていた。
「が!!……っか…………げえ…!」
獣の断末魔のような引きつった悲鳴をウルは漏らして、死にかけていた。理由は単純だ。毒花怪鳥の毒を喰らったからである。
「がっ……ぐ、え…!!」
兜の表面を外して、こみ上げてくる異物を吐き出す。ぐるんぐるんと世界が回った。毒を喰らった足が燃えるように熱く、しかし腹が凍るように冷たい。命の危機を全身が告げていた。
「げ、どく…!」
指が震える。意識が途切れかけている状態で、ウルは必死に解毒薬に手を伸ばした、意識が飛び、指が震える。瓶を落としかけるが必死に力を込める。気を失ったらそのまま死ぬ。
「ぐっ……」
薬を口に含む。戻しそうになる喉のケイレンを強引に手のひらで押さえ込むようにして飲み干す。体内に落ちた魔法薬が瞬時に肉体に浸透し、込められた魔術を発動する。
中身は解毒薬だ。それも魔物が生成する死毒を分解する【不死鳥ノ涙】(銀貨20枚)
毒を扱う賞金首と判明してすぐ購入した虎の子の一本を飲み干す。恐るべき勢いで肉体を破壊していた毒を瞬く間に分解し、更には毒が破壊した肉体を癒やしていく。まさに魔法の薬だった。
「っぐ……!!」
瞬く間に発生した肉体の破壊と再生にウルは息を飲んだ。目が回った。間近に迫った死を回避できた事実に、肉体が弛緩しかけた――が、
「立……つ…!」
身体に鞭をいれ、力を込め直す。
安堵など、している場合ではない。
事態は、依然として窮地だ。
『MOKEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!』
毒花怪鳥は未だ、大暴れしているのだから。
その巨大な両足で地面を踏みならし、奇っ怪な泣き声を迷宮に響かせる。実に元気が良い。だが、それだけ元気であるにもかかわらず、ウルがもだえ苦しんでいたその間、攻撃してこなかった。その理由もまたハッキリとしていた。
「【水よ/風よ唄え】」
ウルが弱っていたその間、シズクが単独で毒花怪鳥を押さえているからである。
学園に入学する前と今とで、シズクの戦闘方式は大きく変わっていた。以前までは前衛に護られながら後衛で魔術を発動させる極めてオーソドックスな魔術師のスタイルを取っていたが、現在の彼女はウルと並ぶように中近距離で毒花怪鳥を牽制している。
「【凍て付け/刻め】」
魔術の発動速度が明らかに違う。後衛で護ってもらう必要が無い程度には、彼女の魔術の速度が跳ね上がっている。新しい魔術の詠唱の仕方を試みているらしく、二つの唄が重なって聞こえる。やや不安定で上手く安定しないと彼女はぼやいていたが、ウルから見れば十分に機能しているように見えた。
そしてもう一つ。
『MOKEEEEEEEEEEEEEE!!』
「ブロック」
『KE!?』
彼女が扱う魔術の詠唱、その隙を突くように怪鳥が飛び込んでくる。
だが直後に怪鳥の爪が阻まれる。それはシズクが扱う杖だった。しかしそれを彼女は手に持って盾のようにしたわけではない。そもそも彼女は杖を握ってすらいない。五芒星の杖が自ら浮遊し、彼女の周囲を旋回していた。
「スマッシュ」
『KE!?』
更に、シズクが手振りすると、杖は自ら動き、怪鳥の脳天を打ち据える。決して軽くない、鈍い、いい音が響き、突撃をしていた毒花怪鳥の動きが一瞬止まった。
“物体操作術”。彼女が自身の装備した杖に対して行なった魔術は極めて単純なものだ。
多くの魔術師が、基礎として習う魔術の一種。魔術師といっぱしに名乗るモノなら誰でも身につけているだろう術だ。そんな基礎的な魔術を彼女は学園で学び直し、そして短い期間の間に研ぎ澄ませた。
――事前に魔術で、その動きを学習させる事で、簡易の指示で詠唱なしに操れるようになりました
結果、彼女の近接戦闘能力は圧倒的に向上した。単身で前衛と後衛、どちらもこなせるようになったのだ。熟練の魔術師だって、ここまで器用に立ち回れる者はそう多くはないだろう。練度とは別の才能に依存する立ち回りだった。
「【炎よ/炎よ唄え――強化】」
怪鳥を引き下がらせたその隙を見て、再び彼女は詠唱を続ける。魔術師としての隙、詠唱時間という弱点を完全に埋めている。
やべえ、俺要らないんじゃねえの?
なんて卑屈な考えが脳裏を過ったが、ウルはすぐに首を振ってマイナス思考を棄てる。足手まといなんてのは今に始まったことではない。だったらこれ以上の足手まといに成らないよう、今できる全力を尽くせ!
「あったれ!!」
身体は既に回復し、力も入る。ウルは足下に転がっていた鋭く尖った石を握ると、腕を振り、しならせ放つ。手の平から放たれた石は怪鳥の眼球付近に直撃する。
『KUKEEEE!!?』
目元に突然ぶつかってきた投石に怪鳥は悲鳴を上げる。
直撃はしなかったが、狙いは悪くない。どんな生物でも鍛えようのない急所はある。怪鳥も眼部への攻撃は有効であるらしい。が、その結果、余計なヘイトを買ったようだ。
『MOKEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!』
怒りを表すようにして、怪鳥は長い首をぶんぶんと振り回す。
そしてその翼を広げ、跳躍した。
「“アレ”が来ます!」
シズクの警告にウルは身がまえ、宝石人形の盾を身構えた。その攻撃はウルが毒を喰らう羽目になった原因でもあった。
高く飛び上がり跳躍した怪鳥は、その翼を広げると、前に交差するように振り回した。単に羽ばたいているようにも見える、が、その動作と共にウル達へと無数に“ナニカ”が落下してきた。
「……!」
それは羽根だった。毒花怪鳥の羽根。鉄のように固く、そして怪鳥の血が、毒が染みこんだ羽根。薄い鎧部分すら貫通する鋭さを持った羽根による超広範囲攻撃。先ほどウルは脚部の関節部の隙間にこれをくらい、毒をもらった。
「クソ!!」
ウルは身体を可能な限り小さくして、盾の陰に身を隠した。直後、盾越しに無数の衝撃が叩き込まれる。宝石人形の盾が毒で脆くなるような事が無かっただけ安心だが、それでもさっきの毒をもう一度喰らうのだけはご免だった。
鳥の羽根はフツー鎧に突き刺さらねえよ!!
という怒りを堪えつつ、弾く。が、当然、怪鳥の攻撃はこれでは終わらない。飛び上がった鳥は、そのままその巨体を、ウル達に向けて落下させる。毒の爪をむき出しにして。
「……!!」
受ければ、毒を喰らうまでも無く潰れて死ぬ!
ウルは地面を蹴った。直後、ウルの足下に怪鳥が急速落下した。爆発のような音と共に地面が吹っ飛び、大小の小石がウルの鎧にぶつかる。ウルはよろめきつつ、必死に姿勢を整え、着地した。
『MOKEKEKEKEKE!!』
先程の投石がよっぽど気に入らなかったのだろう。怪鳥は明らかにターゲットを此方に移している。危険だった、が、しかし好都合でもある。シズクがいかに万能となったとしても魔術師であることには変わりない。前戦に晒し続けるわけにはいかない。
この怪鳥はどうやらあまり頭が良くない。ターゲットの選び方が雑だ。誘導は容易い。
だからこそ、“この作戦”を取っている。
「ウル様、毒は平気ですか」
「平気だ。が、虎の子の【不死鳥の涙】を使った。残り予備一個」
シズクが此方の背後に回り、話しかける。先の毒羽根に警戒しながらウルは応じた。
「まだ、有効なダメージがあたえられません」
「いや、いい。攻撃しすぎると逃げる」
有効なダメージを与えると逃げる。迷宮中を逃げ回り回復されてしまう。牽制と誘導で時間を稼ぐ。時間を、リーネが魔法陣を完成させるまでの時間を――――
「……きっつう」
予想以上に、キツイ。
怪鳥の攻撃手段が想像以上に多様。まだ必要時間の半分にも届いていないのに物資の摩耗もさることながら、体力の消耗も激しい。シズクも自分が毒を喰らった支援のためとはいえ、魔術を使いすぎている。これでは持たない。
向こうは上手くいってるのか?
別働隊として動いているリーネとロックのことを考えながら、ウルは歯を食いしばって持久戦を再開した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『……ふむ、きっついのう』
別場所、毒茸の沼、そこから少し離れ、沼が一望できる木々の影にて、ウルと同様の感想をロックはもらした。
現在ロックが行なっている作業は護衛であり、その護衛対象はリーネだ。
「………………っ」
彼女は一心不乱に地面に魔法陣を刻み続ける。既に【集中】に入っているのか、ロックの独り言に対しても全く反応を示さない。作業を続ける。既に一時間以上だ。しかし術式の完成はまだ成っていない。
3時間
彼女がウル達に宣言した、毒花怪鳥を確実に討てる魔術の発動に必要な時間が3時間である。つまり残り2時間。その間、彼女は完全に無防備になる。その彼女を、ロックは守り切らなければならない。
彼女の魔法陣の、更にその外周には結界を敷いている。シズクが施した結界であり、不可視と魔力遮断の多重構造によって周囲から彼女は完全に守られている……訳ではない。
視界と魔力は絶った。その二つの感覚を感知する魔物は寄ってはこない。
が、それ以外、例えば音、例えば匂い、あるいはそれらとは全く別の感覚を持つ魔物達は退けられない。それらはロックが迎え撃たねばならない。故に彼は守っていた。1時間もの間ずっと。
そして結果として、ひどいことになった。
『……うむ、いかんのコレ。』
『GIGIGIGIGGI……』
大甲虫が周囲を囲んでいる。土竜虫の異音がする。木々の上から無数の魔物達が此方を睨んでいる感覚がある。完全な窮地だった。
最初は良かった。魔物の気配も殆ど無く、遠目に見かけても、近づいてくる様子も無い。「ヒマだのう」などとロックも余裕ぶっていたほどだ。
だが一体、おそらくは不運にも進路上にロック達がいたのだろう、大角甲虫が近づいてきたのをやむなく対処した直後から、徐々に状況が悪くなっていった。最初は偶然だったが、そこから少しずつ少しずつ、この結界の近くの気配を感づく魔物の数が増えていった。戦闘音、死体として残った魔物の血の匂い、戦うほどにその痕跡が新たな魔物を呼び寄せている。
一時間経過し、既に結界外部は飽和状態だった。
『こりゃムリじゃの。守りながらでは、ワシ一人では戦いきれぬ』
迷宮で同じ場所にとどまり続けることは難しい。
というのは冒険者の間では常識の一つだ。理由は迷宮によって様々だ。魔物が続々と現れる。道が変わる。閉じ込められる。空気中の魔力が毒化し滞在者を苦しめる等々。
安全圏と呼ばれる場所は迷宮にはあるが、それ以外の場所の多くは立ち止まれないようになっている。立ち止まらず、“奥に誘うよう”に出来ているのだ。
そしてこの大罪迷宮ラストもその例からは漏れなかったらしい。
この迷宮の特殊、魔物達の死体が残るという現象、痕跡が新たなる魔物を呼び寄せる。倒せば倒すほど痕跡が増え、魔物が増え続ける。幸い、本命の怪鳥は今はウル達が引き寄せているものの、近いうちにロック一人では限界を迎える。
『カカ、こりゃ目論見失敗じゃぞウル。あるいは“予想通り失敗”か。』
この事態を、ウルはある程度“予想はしていた”。今回から調査を辞めて本格的な討伐に入った。当然、調査の時と現状が違う。失敗は起こりうる。それが起こっただけのことだ。ロックに焦りは無かった。ウルからもこうなるであろうということは重々言い含められていたからだ。
――アイテム等はケチらなくていい。ただ失敗は覚悟しておいてくれ。
現状、彼の主はシズクだが彼女のボスはウルだ。そのウルの意見、考え方にロックは不満を抱いてはいない。まだ子供と言って良い年齢なのに判断は冷静で、失敗を恐れない。失敗を前提に作戦を組んでいる。
生前、記憶もおぼろげなロックだが、ウルのような判断の出来る人間は割と希少だった、と思う。失敗は誰もが怖い。失敗すれば多くを失う。ヒト同士の不和も生む。それを覚悟し、前提で動ける指揮者は得がたい。
要は、ウルのことをロックは割と気に入っていた。口にはしないが。
『おっと』
ロックが懐から魔力の流れを感じ、触れる。【感応石】、二つ一組小さな魔法石。強く握れば小さく魔力が灯り、同時に離れたもう一つの石も握らずとも光を灯す。ウルとロック、双方が持っているこれは、撤退の合図として使うと決めていた。
つまり、ウルの方が戦闘続行が不可能になったのだ。尤も、それは此方も同じだったが。
『ま、そうなるの。おーいリーネよ。帰るぞー』
「――――――――――――!!」
『きいとらんか。まあ、しゃあないの』
ロックは依然として魔法陣を完成させようとする彼女の小さな身体をひょいとかつぐと、そのまますたこらさっさと、必要な魔物だけを蹴散らして、退散していった。
毒花怪鳥本格的討伐1日目はこうして大失敗と相成った。
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