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友達の定義

 毒花怪鳥討伐一四日目


 今日はリーネと引き続き探索に行く予定が崩れた。身内の危篤だそうだ。やむを得ないので今日は金を稼ぐ。一応、盗賊討伐の時の金はまだ余裕があるが、場合によってはまとめて消費する可能性が高い。というか金なんてあるだけあるに越したことは無い。


 毒花怪鳥の相手をするなら絶対に解毒薬は大量にストックしたい。

 高級回復薬もほしい。

 ロックの餌もいる。

 つまり金が足りない。金を稼ぐしか無い。

 なんで命を懸けまくってるのに金が貯まらないんだ畜生。


 金稼ぎの手段、やはり迷宮に潜って魔物を狩る必要がある。短期間で、出来る限り効率よく。魔物狩りと此方の武器を考えて選択する必要がある。


 階級十二 銅貨10~30枚の敵 一覧


 大刃甲虫

 毒爪鳥

 悪霊樹

 血吸花


 甲虫、除外、固い、数が多い、一体ごとに手間取る。

 毒爪鳥、戦い慣れてきたが毒が危険、しかも怪鳥が寄ってくるので金稼ぎに向かない。

 悪霊樹、図体がでかく厄介、本体が根にある場合があって倒しにくい。


 血吸花 近づく動物を無差別に攻撃する。魔物も同様。伸びてくる蔓は槍のように鋭く貫かれるととても危険。だが、動きは単調で読みやすい。何よりありがたいことに、こいつは自分以外の魔物を倒した際魔石をため込む。一体につき、銀貨一枚を超えることもある。

 倒し方さえ身につければ、此を狩るだけで大得である。こいつを狙おう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 毒花怪鳥討伐十五日目


 血吸花 おらん。

 理由は分かる。狩ったら美味しい魔物なんてのは皆が知ってるから皆が狩るのだ。そしてこの都市を根城にしている冒険者は当然、血吸花の効率よい狩り方を身につけている。俺たちよりも早く狩る。そりゃそうだ。そしてその狩り方は酒をおごっても絶対教えてくれなかった。それもそうだ。自分の喰いぶちをわざわざ教える馬鹿はいない。

 この迷宮も変動型の迷宮だ。近い地形はあってもまったくの同じ地形はない。微妙に変化、膨張を続ける。目印は変わる。なんで、それなのに効率よく狩れるのか。


 魔物大百科を開く。項目確認

 此方の知っている情報しか載っていなかった。が、その頁に誰かが書き足していた。

 多分グレンだ。普段の粗暴さに似合わぬきめ細かい文字に覚えがある。


 ――血吸花は常に餌を求め誘っている。血の臭いと魔物に注意


 誘う。血。魔物。



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 毒花怪鳥討伐十七日目


 目印は魔物だった。

 正確には、血吸花は魔物を誘い自分の餌とするために、ヒトの血に似た臭いを放つ。魔物が寄る。その魔物を血吸花が狙う。

 この迷宮はやはり、迷宮の内部であるにもかかわらず外に出た魔物と同様の帰化が進んでいる迷宮なんだ。だから、此方の匂いを消すか、あるいはヒトの匂いのしないロックが魔物達を追跡すると、そのまま血吸花のとこに案内してくれる。それを狩るのだ。


 問題として、他の一行と遭遇する可能性が上がるので、下手に接触すると一行の【衝突】による魔物氾濫が発生する可能性が上がる(こっちはロックと二人だけだからあまり確率は高くないが)


 とにかく、魔物狩りは割と効率が上がった。今日一日でこれまでの三日分くらいの魔石が手に入った。経費をさっぴいた収益も上々。これを続けていればそれなりに贅沢な日常を送れることだろう。何で俺は賞金首なんて狩ろうとしているんだろう。ずっとこの生活をおくりたい。畜生。


 リーネはまだ帰ってこない。



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 毒花怪鳥討伐十八日目


 冒険者ギルド、ラスト支部酒場にて。


『おう、何くっとるんじゃお前』

「女将のロンロさん新作。食料都市で新たに開発された黒毛豚の肉で作られたトマラトのシチューだと」

『美味いんか?』

「そこそこ」

『メシが食えんワシに気を使う必要は無いぞ』

「熱々のスープに溶け込んだトガラの辛みとトマトラの酸味が身体を芯から温め、そこにじっくり煮込まれた豚肉のとろけ具合が舌を刺激しゆさぶいってえ何すんだ爺!」

『誰が食レポせい言うた!!』


 ウルとロックは元気にケンカしていた。ケンカできるくらいには余裕があった。

 最近の迷宮探索は順調だ。血吸花の討伐方法が確立できてからは飛躍的に金が増えている。リーネが戻ってきていないことと、毒花怪鳥の対処法がいまだ手探りなことを除けば、本当に順調だった。


「楽しそうだね、ウル」

「ディズ。仕事から戻ったのか」


 この都市に着いてからというものの、毎日迷宮通いで忙しくしているウルだが。一応は雇い主である彼女も彼女で、毎日を忙しそうにしている。ウルの護衛の任務はあくまで都市の移動の間だけなので、都市到着後は完全に別行動をしているのだが、同行しているアカネ曰く、「ちょーぶらっく」らしい。


「一通り“アッチ”のお仕事がすんだから、フェネクスの仕事に戻ってるよ。それももうじき終わるから、それが終わったら予定通り、また出発だね」


 それを聞くとウルはすっと椅子から立ち上がると――深々と頭を下げた。


「移動はもう少し延ばせませんか」


 ディズはにっこりと微笑んだ。


「後12日」

「もう少し」

「ダーメ」


 可愛らしく拒絶された。ウルは唸った。

 毒花怪鳥の情報は集まってきている。道筋は見えているがリーネの加入が不確かな状況で残り1週間の期限は辛いものがある。既に、リーネが“ダメ”だったときのことを考え、彼女抜きに戦う戦術を一から組み直しているが、やはり、いてくれた方が嬉しい。元より人手不足と手札不足に頭を抱えていたのだから。


『そういえばアカネの嬢ちゃんはどうしたんじゃ?また主のとこか?』

「そ。まあ、私の仕事の時は必ず戻ってくるからこまってはいないんだけどね」

「……大丈夫なんだろうな?」

「悪いことは手伝っちゃダーメよって言ってるから多分ね」


 君の妹を信じなさい。とディズは笑う。シズクを信じろとは言わない辺り彼女もわきまえているらしい。


『ちゅーか今日はその期限の連絡にきたのか?ディズ嬢は』

「君たちはついでだよロックじいちゃん。今日はギルド長に挨拶」


 と言っていると、冒険者ギルドの二階からどたどたと音がする。階段から飛び出すようにギルド長アランサが顔を出した。そしてディズを見ると、凄まじく面倒くさそうな顔になった。


「――げえ……【勇者】様……連絡いただければ出迎えましたのに」

「わあ、凄い嫌そうな顔だね。アランサ。再会できて嬉しいよ」


 ギルド長、アランサはひしゃげたような嫌そうな顔のまま、丁寧に頭を下げた。近くにいたギルド所属の冒険者達は世にも珍しいものを見たと目を丸くしている。


「お知り合いで?」


 聞くと、アランサは心底うんざりした顔のまま、頷いた。


「以前、大罪迷宮にほど近い場所で迷宮氾濫が発生したとき彼女が救ってくれたのよ。感謝してもしきれない……というかお前達の雇い主ってディズ様?」

「そうだが」

「……ご愁傷様」


 恐らくこのギルドに顔を出してから一番の優しい言葉をウルは聞いた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ギルド、黄金鎚


 大罪都市グリードで世話になった鍛冶ギルド。同じく大罪都市ラストにもこのギルドは存在していた。大罪都市、世界最大規模の迷宮都市は鍛冶ギルドにとっては最も質、量ともによい顧客が得られる重要な場所であるからして、黄金槌のように大規模な鍛冶職人ギルドが存在するのも当然だった。

 グリードからのツテで紹介してもらった。尤も紹介状がなくとも、現在絶賛名前を売り出し中のウルならば、喜んで此処の連中は力を貸しただろうけれども。


「ウルくん!期待の新星じゃないか!君に見合う勇ましい兜が出来たんだ!!」

「ウル、あんた今日は顔が凜々しいわね。素敵。短剣買わない?」

「おお、イケメンじゃないか。今財布どれくらい金がある?」

「おべっかが雑」


 黄金槌の連中はどの都市も変わりなかった。金の亡者である。

 ウルは適当にまとわりついてくる連中をいなしつつ、依頼している職人の下にたどり着いた。


「来たなウル、金を出せ」

「まず完成品をよこせダンガン」


 鉱人のダンガンはウルよりも少し年上の若い男である。職人としての年季は浅いが、腕は悪くなく、経験のため安く仕事を引き受けてくれるのでウルとしてはありがたい人材だった(それでも金にはがめついが)。

 そんな彼に託した仕事の内容は、装備の調整だった。大罪迷宮ラストに対しての。


「ほら、出来たぞ。コイツだ」


 と、渡された装備は火喰石の鎧と兜だ。グリードから装備していたこの鎧、大罪都市ラストの熱帯の気候に全く適応出来なかったためにやむなく外したこの装備を装着できるようにしてくれないかと頼んだのだ。正直、無理な頼みだと思っていたのだが、ダンガンは割とあっさりと承知した。


「似たような依頼は山と来るからな。対策は色々ある」


 そんなわけで色々と調整を任せていた。が、調整完了した鎧装備や兜は一見して大きく特徴が変化している様子は無い。


「これ、変わったのか?」

「一見して分かりにくいが、俺の仕事は確かだ」


 ふんす、と鼻を鳴らす。黄金鎚の看板を背負って阿漕な真似なんてすることはないか。とウルも黙ってそれを装着する。着心地は変わっていない。あえて言えばアルトの盗賊戦から傷んだ部分の補修が施されているくらいだ。本命の熱への対策はいまいちピンとこない。通気性が良くなったようでもないらしい。

 兜の表面を開いて、ウルはダンガンに向かい首をかしげる。


「それで、これでどうやってラストの熱気が防げるんだ」

「魔術容量を喰う付与(エンチャント)が嫌というオーダーだったからな。代わりにその【火喰石の鎧】の性質を強化したんだ」

「性質強化……」


 性質、と言われ、ウルはグリードでこの鎧を購入した際の説明を思い出す。魔力を喰らう鎧。魔力の伴った衝撃をある程度まで緩和する性質。ウルからすればとても“頑丈”くらいのイメージしか湧かなかったのだが、その性質を強化するということと、ラストの熱気がどう関係あるのか。


「平たく言えば、大罪迷宮ラストの熱気は魔力が原因だ」

「迷宮の魔力?」


 魔力はこの世を満たす力だ。そしてそれは流れ、全てに影響を与える。温度、気候、地形、湿度、季節、それら様々な要因と魔力が混じり合う。この世界で魔力の影響を受けていないものはまず無い。

 そして大罪迷宮ラストの魔力影響は通常のそれとくらべても大きい。


「そもそもイスラリア大陸の気候は全域で安定している。あれほどの熱気と湿度を保つのはラストの魔力の影響だ。逆を言えば、魔力を奪えば周辺温度は安定する」

「なるほど……で、強化か」

「不純物を取り除き、純度を高め重ねた。強度を変えず性質の底上げは出来たはずだ。素材は割と消費したがな」


 まだ実際に試してみないことにはなんとも言えないが、ダンガンの腕が確かならば。迷宮の熱気の解決は出来たのかもしれない。欲を言えば、同行者全員の問題も解決出来るのが望ましかったが、ウルと比べれば他の一行はまだ装備が軽い。ロックに至っては骨である。ある程度はなんとかなる。

 最大の問題はウルの装備であった。一先ずは解決と考えていいだろう。


「ありがとうダンガン」

「修理費込みで銀貨15枚」

「……」


 ウルは渋い顔になりながらも銀貨を渡す。ダンガンはムッスリとした普段の顔をにっこにこに綻ばして金を受け取った。本当にこのギルドの連中は金が好きだった。


「まあ、装備を新調する必要が無くて良かった……」

「ところでウルよ」

「なんだよ」

「あの女、なんだ?」


 あの女、と指さす方向をウルは見る。人だかりが出来ていた。この黄金鎚であれば顧客に職人達が集る光景は割とよく見るのだが、少しだけ普段と様子が違った。


「これならどうだ!凍て付く刃、白氷剣!!金貨10枚!!」

「付与魔術を完全に剣に定着させているのは見事だけど、その分刃そのものの精錬がおろそかになっているね。却下」

「私の鎧兜はどうよ!!あらゆる攻撃を弾く魔銀の兜!金貨15枚!!!」

「魔銀の純度が低い。もう二段階くらい鍛えられるよ魔銀は。却下」

「流紅刀!!金貨26枚!!!!」

「ふうん……悪くない。刃も美しい。これは買おう」


 うおおおおおおおお!!!!という歓声と咆吼がする。買い上げられた職人が両腕をあげて雄叫びを上げていた。相手にしているのはディズである。彼女の周囲には自分の作品を手に持った職人達が傅き次々に彼女に見せていた。


「なんの品評会だアレ」

「お前が連れてきた女に職人達が集まって気づけばこうなった」


 最初はいつものように、ガメつく職人達がディズに自分の商品を押し売りしていったのだが、異様な目利きで商品の詳細を見抜いた上で、適切かつ情け容赦の無いアドバイスと共に商品が跳ね返されていったので、それが逆に職人達の矜持に火をつけたらしい。自分の最高の一品を突き出しお眼鏡に適うかどうかの挑戦のようになったようだ。


「なんなんだあの女」

「俺のご主人様だ」

「特殊な趣味だな……お、とうとう親方まで出てきたぞ」


 シズクとの合流の前に、毒花怪鳥の本格的戦闘に向けて買い物を済ませると告げると、ギルド長とのなにかの話し合いを済ませたディズがついてきたのだ。正直言えば、ついてきて何が楽しいんだとは思っていたが……


「まあ、少なくとも充実した買い物のようでなにより」


 ウルは気を取り直して自分の買い物に意識を戻した。必要なものを考える。武器、防具、消耗品に回復薬、現在の自分の装備と付与魔術の容量が幾つなのか。前回のシズクとの相談で彼女が身につけた魔術も考慮に含めなければならない。


『おうウル。みろみろこのマントを、かっこええじゃろ買っとくれ』

「性能を説明しろ性能を」

『【緑の風翼】。なんと、身軽になり軽やかな動きが可能となるらしい!!』

「おめーがこれ以上軽くなってどうする気だよジジイ」


 ロックの頭をたたくと乾いた骨の音がした。ええーとロックが子供のようにだだをこね始める。ロックの装備の充実に関しては、勿論、特に渋る気持ちは無いのだが、ただ彼の場合、彼の今現在の装備、というより肉体が既にかなりの高品質のものだ。魔力ある限り再生する毒も熱も通じぬ肉体、そして肉体を覆う鎧も同様だ。無尽蔵の再生を可能とする装備を既に身につけているのだ。そこに半端な装備を重ねても仕方がないといえば仕方が無い。

 資金は無限ではないのだ。ケチるべきところではケチりたい。


「私は悪くないと思うけどね。軽量の死霊騎士」

「ディズ。」


と、ディズがこっちに来ていた。背後では彼女のお眼鏡にかなった職人達が武器を包み、かなわなかった職人達が泣きながら工房にダッシュしにいった。品評会は終わったらしい。


「いいものあったか、ご主人様?」

「そこそこ」

「ようござんした」


 ついてきたのだからせめてそうでなくては困る。


「で、軽量の騎士がいいというとどういうことだろうか?」

「単純だよ。死霊騎士の肉体は魔力で動く。身体を動かすだけで魔力を消費する。動作の補助ができれば魔力消費は軽減される」

「付与の容量は足りるのか?あのマント、装備者に魔術を付与する類いだろ?」


 ロックが若干距離を置きながら此方をチラチラとマントを翻しながら見てくるのをうっとうしく思いながらもディズに尋ねる。


「ロックの身体は、あの死霊術士が選りすぐった“器”だからね。見たところ、5つ分の付与魔術容量があり、内、死霊術によって封じられたロックの魂が3つを占領している。つまり残り2つ分の魔術容量がある」

「2……か」

「無論、他の付与魔術を選択するならそれも良いけどね」


 しばしウルは考える。普段のロックの魔力消費量、戦闘時の消費速度、毒花怪鳥の戦闘時の平均時間、魔石の消費をケチるつもりはない。が、戦闘の、それも激闘の際にロックの魔力消費は激しい。補給の間もなく、ロックの魔力が尽きてしまえば大きな隙だろう。だが、そもそもあのマント一つでどの程度軽減が効くのか……?


「……保留」

『なんじゃいつまらん』

「喧しい」


 せめて同種の魔術をロックに試用して確かめてみなければならない。


「君は買い物しないのかい?ウル」

「正直、毒対策に本格的な戦闘を避けてたので、装備の更新の判断材料がない」

「ふうん……」


 そう言って彼女はウルを上から下までジッと眺めた。現在のウルの装備はシズクと合流後そのまま大罪迷宮に向かう予定だったので、迷宮へと向かう時の装備のままだ。それを頭の天辺から爪先まで眺めて、頷く。


「竜牙槍の柄は新しくした方が良いかもね」

「柄」

「竜牙槍は“魔道核”以外は着脱と更新が可能な武器だ。そして遠距離火砲としての仕事を除けば基本的な構造は槍だ。刃を新しくしたみたいだけど、柄も新しくした方が良い」


 ただの槍としてみたとしても、握り、突き、しならせ、叩く。全ての動作を行う上での起点となる部分だ。“咆吼”が連発する事も出来ない以上、近接的な戦闘技術も必須となる。ウルの場合、投擲技術を身につけ遠距離攻撃も手に入れつつあるが、耐久性と機動力の高い魔物との戦闘で遠距離攻撃のみで対処することは不可能に近い。


 ウルの竜牙槍の柄部分はまだ明らかに傷んでいる訳ではない。毎日ウルが自分で整備を行なっている。しかし、この竜牙槍本体を購入してから、結構な数の魔物の討伐を行いつづけた。肉体は強化され、購入した当時と比べて随分と力が変わってきている。魔物討伐と成長の強行軍を行なっている以上、装備もまたそれに会わせた急ぎの更新が必要なのかもしれない。


「なるほど……ダンガン、竜牙槍の部品ってあるか」

「竜牙槍の柄で、お前の資金なら、“赤猿樹”製の柄ならどうだ」

「樹、木製?」

「だがかなり頑丈で、密度があって重量も相応あるので刃とのバランスも悪くない。木製なのでしなりも利き衝撃に強い」

「ほう」

「銀貨20枚」

「おう……」


 ウルは全力で渋い顔になりながら、金を渡し、そのままダンガンに竜牙槍を手渡した。彼はほくほく顔になりながら竜牙槍の分解のため工房へと潜っていった。


「金が……どんどんと消えていく」

「浪費は買い物の醍醐味だよ?」


 そんなこんなで毒花怪鳥戦に向けた買い物は完了した。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 大罪都市ラスト、大時計前、大広間

 この都市で最も人の流れが多い場所、ラストの魔術師達の知識によって生み出された大時計、魔術学園ラウターラの四方の塔よりも尚高いこの時計塔は、大罪都市ラストの観光名所の一つだ。技師達の魔動機、白の系譜による巨大演算術式によって正確な時刻のみならず、気温、日照時間、果ては大気中の魔術濃度や大罪迷宮ラストの活性期の予報までを刻んでいる。元々、大罪迷宮ラストの対策本部だった広間の行動指針にもなっていたものなだけあって、その精度は大陸一だった。


 そんな大時計を中心として、人々は出店で菓子を売り出したり、芸人達が場を賑やかす。観光向けに魔術を披露する魔術師達もいる(尤も、こういう場所で自分の魔術を見世物にする魔術師は大した腕ではないことが多いが)


 広間の入り口前には大きな、古びた噴水が設置されている。最先端の魔道具と術式によって稼働する大罪都市ラストにおいて、少々年季を感じさせるそれは、かつてこの土地を守り救った白の魔女の憩いの場であったらしい。それをそのままに保管し続けたためか、時代遅れと言って良いほどに古い作りになっていた。それでも、魔道技師の者達は大切に噴水を整備し続け、そして都市の民達はその噴水を憩いの場として親しんでいた。


 そんな噴水の前を待ち合わせの場所として、ウル、ロック、ディズの3人はシズクを待っていた。まだ約束の時間まで猶予があり、3人は買い物の疲れを癒やすようにうららかな日差しを受け、一息ついていた。


「んーふふ悪くない買い物だったね」

「暇つぶしに買い物に付き合うと言ったお前が一番散財してたな金持ちめ」

『ワシらが荷物持ちになっとる』


 彼女が購入した幾つかの武器防具を(それも一つ一つが金貨数十枚になるような)抱えながらウル達は大通りを歩いていた。丁寧に布で包み見た目には分からないが正直気が気ではない。高価なのもそうだが、一本一本がとんでもない威力を伴った武具なのだから。


「黄金鎚は割と若いギルドで、名前は聞いていたけど顔は出せなかったんだよね。見てみると中々どうして悪くない。粒ぞろいの職人が育ってる」

「そんなに買って、使うのか?それ」

「無論使うとも。全て余さず」


 彼女は断言する。かつての彼女の戦いっぷりをウルは思いだし、納得する。まあ、彼女がそう言うのなら本当に余さず使い、そして使い潰すだろう。職人にとっても、武具にとってもそれは本望かもしれない。


「この調子で切磋琢磨してもらいたいね。良い職人が育つのは、大罪都市にとって大きな成長につながる」


 彼女は目を細めて口にする。その口ぶりと視線は見た目通りの少女のそれではない。彼女の視点はまるで――


『なんちゅーか親のような視点じゃの?』

「そう?」

『年齢の割に立派だの。ウルとは大違いじゃの、カカ』

「おめーも年齢の割にガキだよなロック」


 ロックの言葉を頭の中で繰り返す。親視点、まあ確かにそんな感じだった。“七天”とやらはそういう視点になるのだろうか。あるいは彼女が元来そういう人間なのか。


「それで?これからシズクに会うんだっけ?」

「ああ、もうちょいしたら時間だ。シズクに会えば彼女の装備も確認して迷宮に向かう。悪いがその後は買い物には付き合えないぞ、ディズ」

「いいさ。私としては、誰かと買い物してみたかっただけだし」


 ふむ?と彼女を見る。確かに彼女は既に満足そうである。買い物が上手くいって喜んでいたのかとも思ったが、どうやら買い物それ自体が目的だったらしい。しかし、誰かと買い物に行きたいというのは年頃の少女らしい願望だが、買い物先のチョイスはどうなのか。


『……もう少しこう、流行の服屋とか行った方が良かったのかのう?』

「え?なんで?」

「なんでとは」

「他人から見て美しく映える服は部下に任せているから問題ないよ?この通り」


 自身のスカートをひらりとつまみ、ディズは上品に微笑んでみせる。その姿は確かに美しかったが、ウルは変な顔になった。この女、話が合ってない。

 いや、合ってないというか、彼女自身が、世間一般的な年頃の女からズレている。破滅的に。そしてその事実から、彼女の先ほどの言葉の意味が思い当たる。


「“してみたかった”って、要は、誰かと買い物したことが無かったと?」

「配下の人間をカウントしないとなるとそうなるね?」

『今までやった事無かったことをなんだって急にやってみることにしたんじゃい』

「ほら、私くらいの人はみんなやってるって聞いて、試してみようかなって」


 で、そのお試しに、汗臭く火花が散り、鉄錆の匂いと罵声が飛び交う鍛冶ギルドに向かったと……ウルはやはりなんとも言えぬ顔になった。


「……で、楽しかった?」

「へー普通の子達はこれが楽しいんだ、って思ったよ。興味深かった」

「……そうすか」


 それは楽しいと思った時の感想ではない。

 が、ディズは満足げだ。ウルの考えていることなど全く気にしている様子は無い。それがおかしいと全く認識していない。どうしようか、とウルが沈黙すると、ロックが立ち上がった。


『ワシちょっと大道芸の魔術士気になるから見てくるかのう』

「おいロック」

『なあに、主との約束の時間までにはちゃんと戻るしのー』


 ごん、とロックが手の甲でウルの鎧を叩く。“なんとかしたれ”という意味合いであるのはわかった、が、無茶を言うなこの野郎と抗議する間もなくロックはするりと広間の方へと歩いていった。

 そもそも本人は満足気なんだからそれでいいんじゃないかとか、気をつかうといってなにをすればいいんだとか、様々な事がウルの頭の中でぐるぐるとしている内、時計塔の針を確認したディズが伸びをした。


「さて、そろそろ私も仕事だし、帰ろうかな」

「待てい」

「ん?」


 呼び止めた。は、いいがどうするんだろう。と、呼び止めたウル自身が疑問に思った。しかしこのまま彼女をお疲れ様ですと見送るのは、あまりにも、男が廃った。

 ウルは立ち上がると、急ぎ近くに目に付いた出店に飛び込むと、商品を購入し、そして急ぎ戻り彼女の前に立ち塞がった。

 不思議そうにするディズを前にして、ウルは購入したそれを差し出した。


「どうぞ」

「……ふむ?」


 半ば勢いで彼女に手渡したそれは、この都市では割と流行ってる有名な、“アモチの甘タレ焼き”というものだった。作りは単純で、食料都市から採れるアモチの実を磨り、練り、固め、タレを塗って焼くだけのもの。単純故に奥深く、特にタレはそれぞれの店の秘伝のタレがあり、店によって味がガラッと変わるとかなんとか(大罪都市ラスト観光案内調べ)

 その、いわば名物料理を前に、ディズは首をかしげた。


「私、別におなか減ってないよ?」

「そうか」

「あと、お金私の方が持ってるんだけど、払った方が良いの?」

「いらん」

「じゃあ、結局これは何を目的にして差し出してるの?」

「顔引きつるの我慢して格好つけてんだから黙って受け取ってくれないかね」

「これ格好いいの?」

「しにそう」


 羞恥で息の根がとまりかけたウルに対して、ディズはまあいいや、と、ウルの差し出したアモチ焼きを受け取り、口にした。彼女は既にそれを口にしたことがあるらしく、特に驚きも無くそのふわふわとした食感のそれを口にして、微笑む。


「ん、美味しいね」

「そうなのか」

「ウルは食べたこと無いの?なら早く食べた方が良い。あつあつが一番だよ」


 そうか。とウルもそれを口に運ぶ。柔らかで、舌が火傷しそうなほどに熱々の食感に少し苦戦しながらもかみ切ると、甘いタレが柔らかなアモチに絡んだ。元々のアモチの仄かな甘みと、僅かに焼かれ焦げた香りもついたタレも重なり、胃袋を刺激する。


「なるほど、おいしい」

「此処の店のは甘口ベースだね。これも悪くない」

「違うのもあるとは知っていたが、どんな味があるんだ」

「甘辛いタレの所とか、タレじゃ無くて甘粉をふったのとか。冷やしたのもあったな」

「……美味しいのか?それ」

「それなりに?食べ飽きた顧客を満足させるための試行錯誤だよ」


 噛み、そしてもちもちと伸ばして味わいながら都市内部の名産物の競走事情を語っていく。ウルは全く知らないことも多く、流浪の民のウルよりも彼女の方がよっぽど話は詳しかった。


「それで?結局これはなんのマネなの?」

「べつに。他の若い子がしていることをしてみたいと言ったから、やってみただけだ」


 ふむ?と、聞かれた言葉に彼女はやはりまだピンとは来ていないようだ。


「でも、一緒に買い物してないよ?君が私に食べ物を買ってくれただけ」

「買い物しなきゃいけないわけじゃないだろ。要は、一緒に遊びたいんだよ」


 買い物自体が目的というわけではないのだろう。本当に買い物が目的な事もあるかもだが、若者達が友人を誘って買い物に行くのは、そういうことではない。


「感情を共有できる経験を経て、楽しんで、思い出にしたいんだよ」


 尤も、誰もが誰かと遊ぶ時に、こんな事考えるような事はしないのだろうが。ディズを納得させるために言語化するならこうなる。


「だからアモチ焼き?」

「一緒に同じものを食べて、感情を共有したら、それは二人の思い出だろ……多分」

「多分?」

「俺もあまり友達いたことなかったので」


 都市民になれない流浪の民、幼少期から都市を転々としてきた人間に友人を作る暇なんてなかった。運良く少しばかり気の合う同年代の子供達と遊べても、しばらくしたらお別れだ。都市民と根無し草の立場の違いと別れが悲しくて、そのうち遊び相手を探すこともやめてしまった。遊ぶにしてもいつも妹のアカネとばかりだ。例外も無くは無かったが、基本二人きりだった。


「ウルかわいそう」

「やかましい。お前もかわいそうだろうが。それに今は友人もいる」

「シズクとロック?」

「お前もな」


 ディズは変な顔になった。


「……なんだよ」

「私たち友達だったの?」

「やめろ、お前、本当に死ぬぞ俺が」

「いやだってさ」


 ディズがアモチ焼きを食べきり、串を指先で遊ぶ。その所作は暇をしている。というよりも、戸惑っているような印象だった。眉をひそめ、解せぬと言うように首を傾げる。


「だって、私、君の妹殺そうとしてるんだけど?」

「ああ……」


 当然、それを忘れたことは全くない。現在のウルにとってアカネは最優先事項である。そしてそのアカネの命運を未だにこのディズは握っている。ウルが待ったをかけただけであり、もしもウルが“金級”への挑戦を諦め、アカネがその価値を示せなければそのときは、間違いなく彼女は速やかにアカネを解体することだろう。だからこそ、彼女はこんな顔になっているのだ。

 ウルにもそれが分かった。わかったから、ああ、と顔をひしゃげ、口を開き、


「全く、お前は嫌な友人だよ」


 そう告げた。親の借金の形に妹を奪い、あげく殺そうとして、必死に頼み込む此方の誠意を笑い、ろくでもない試練をふっかけ、チャンスを与える事で助け、人々を救い、都市を竜災害から守り、そして今日も親切にアドバイスをあたえてくれる

 嫌な友人である。出来れば適度に距離を置きたい。が、まあ友人は友人だろう。


「友人なの?」

「俺はそう思っていたが、お前が友人と思わないなら、俺は哀れで痛いやつだ」


 自分の妹を殺そうとする相手を勝手に友達だと思うとか頭がおかしい。と、ウルは自分の言動を客観視し、へこんだ。

 対して、ディズはウルの言葉を繰り返すように、しばし考え込んでいた。どのような事態に対しても飄々と、そして難なく対応していく彼女にしては大変珍しい。まるで、全く予期せぬ事態に遭遇したかのようだった。

 そして、大時計の針が幾つか進んだ後、彼女はぱっと顔をあげ、


「そっか!じゃあ私たちは友達だ!!」


 笑った。いつもにこにこと笑みを浮かべている彼女だったが、ウルはこのとき初めて彼女の笑顔を知った。頬を僅かに紅潮させ、喜びを隠すこと無く表に出して、好意をまっすぐに相手に向ける彼女の笑みは、端的に言って、愛らしかった。


「……いつもこれくらい可愛げがあればいいんだがなあ」

「さあ、ウル!私の友達!次はなにしよう!なんかしよう!!」

「この友人、距離の縮め方が雑」


 よっぽど嬉しかったらしい。ウル達がこれからシズクと待ち合わせて、迷宮に仕事に行くのだということをスッカリ忘れている。


「無茶を言うな。もうすぐシズクも来る」

「えー、折角だしもう少し見ていこうよ。ほら、あそこの芸人が世紀の大魔術するって」

「絶対お前あの芸人より凄い魔術出来るだろ」

「やってみせようか?」

「芸人のおじさん達の糧を根こそぎ奪うようなマネはやめろ」


 ねーねーねーねー、と、やたらと顔を寄せスキンシップをせがむ彼女は、男としては悪い気はしなかったが、チョロすぎて不安になった。友達友達と言われて詐欺にでもあわないだろうか。と言うかもう少し距離を――


「あっ」

「まあ」


 気づくと、目の前にシズクがいた。学院から此処に来たであろう彼女は、既に冒険者としての装いを身にまとっていた。その彼女は、ウルとディズの様子を見つめ、そして優しく微笑みを浮かべた。


「ウル様。ディズ様。逢瀬ならもっと良い場所がございます」

「ちゃうわ」


 この女はブレなかった。

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今後の継続力にも直結いたしますのでどうかよろしくお願いします!

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