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レイライン一族


 葬儀は盛大に行われた。


 当代の当主にして神官の死去。最も位の低い【ヌウ】であっても。神に仕え、都市に貢献した者として敬意をもって送られる。神殿に運ばれた彼女の遺体は、担当となる神官の祈りによって太陽神(ゼウラディア)の許へと送られた。


「神よ、神よ、その身を委ね、貴方の下へと還します」


 神殿の巫女達が並び、唄う。唯一神へと捧げる歌。太陽に魂を送り、唯一神と共に空から我らを見守ってもらうための歌。そして天から捧げられた日光に乗って、再び大地の命へと戻っていくための唄。


「その光で我らを照らし、命を照らし、育み、癒やし、お迎えください」


 家族は空への祈りを捧げる。神に、そして己の家族に。これからも見守り、この先の未来を照らしてくださるようにと。


「太陽よ。その御身でもって世界に光を、未来を眩きものへとお照らし下さい」


 巫女の聖歌が終わる。精霊教会はゼウラディアの加護、太陽の眩き光で包まれる。その温もりの中で葬儀は終わるのだった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「御婆様が太陽に迎えられたか……まだまだ元気そうだったんだがなあ」

「ちょっと前も都市の機関部で駆け回ってるの見たぞおりゃあ。ものすごい元気だった」

「私も見たわ。孫のリーネとも一緒。小突いて回ってたのよねあの鬼婆……」


 葬儀の後、再びレイライン本家に戻っての親戚一同の食事は宴会の様相を呈していた。

 レイラインの家はこの都市国の創立からのものであり、かの白の系譜。その中でいかに不遇であれ官位持ちだ。通常の都市民のような出生制限もかからない。年月と共に自然と一族は大きくなっていた。

 知った顔、知らぬ顔も集まって、店で頼んだ食事を運び、酒を交わし、昔話に花を咲かせて、悲しみを飲み込み、受け入れ、思い出に変えていく儀式だった。亡くなったレインカミィはレイラインの当主であり、少々“クセ”のある人物であった事もあってか、話題には事欠かなかった。

 祖母の代行当主としてリーネの両親もまた、悲しむ間もないというように、彼方此方に顔を出しては頭を下げて回っていた。


 そんな中、リーネはと言えば、くっつけ、並べられた机の端っこで座り込み、誰とも言葉を交わさぬまま静かにうつむいていた。


「リーネ、平気かい?」

「何か食べる?持ってきてあげるわ」


 そんな彼女を慮って、次男ロイン、三女のレナンがリーネへと近づき、優しく声をかける。リーネの反応は思わしくはない。うつむき、そのまま


「へいきよ」


 短くそう返すだけだった。

 兄姉達は思わしくない末っ子の様子を心配した。彼女がこういう風に言うときは、泣くのを我慢しているときだ。あまり表情の変化が顔に出ないだけで、彼女は激情家なのだ。


 彼女は可愛い末子であり、しかし同時に、恐ろしくも厳しい祖母への“贄”でもあった。


 御婆様、レインは厳格であり、家族にも厳しかった。だが、彼女がリーネを【白の後継】と定めた時から、祖母の厳しさは全てリーネへと集中したのだ。それに対して兄も姉たちも祖母を咎め、優しくするようにと何度も言った。


 だが、心の何処かで、自分らに矛先が向かない事にも安堵していた。


 元々祖母の教育方針が極端に厳しかったのが全ての原因であるし、兄姉達はそれでも自分が出来うる限り、リーネを庇い守ろうともした。だが、結果として自分の妹をスケープゴートとして差し出してしまっている事への罪悪感、良心の呵責があった。

 だが、当のリーネはと言えば、そんな兄姉達の罪悪感など知らないというように、大人でも泣き出すようなレインの指導も泣き言を言わず淡々とこなし、ラウターラへの入学と寮での一人暮らしもリーネとレインで決めてしまった。


 リーネの家族は、リーネの身内でありながら、理解しきれていないところがあった。


 無論、家族だから理解できるなど傲慢な話だ。とはいえ、やはり心配にはなる。祖母が亡くなった今、兄達も姉達も両親もリーネの内心を推し量れずにいた。

 とはいえ、彼女の心配ばかりはしていられない。現在のレイラインの当主の死は大きい。この親戚一同集まっての集会は、感情の整理だけが目的ではない。名有りの家として、今後のあり方も定めなければならない。


「そういえば、当主の件なのだが、これはどうするのだい?」


 そう切り出したのは、レイラインから分かれたロウセン家の当主のボロンだった。レイラインの魔術の、いわゆる“廉価版”の作成に成功し商売として転用することを成し遂げた、一族の中でも発言力が高い人物だった。

 小人特有の小柄さに加えて、どこか丸いボールのようなころころとした体つきの彼は、他の種族に侮られぬようにと伸ばした立派なひげを掻きながら問う。普通ならば、特に確認の必要もない問いだった。当主が亡くなれば、指定が無ければ子に、長子に継がれる。

 この場合リーネの父、ダーナンである。


 しかしこの国、それも“白の弟子”は少々異なる。


 白の弟子、その子孫達、彼ら彼女らは白の魔女の力を都市で活用し、名有りという権力を獲得、認められた。代わりに“一つの義務”が生まれた。


 即ち、“白の力”を決して絶やすことなく受け継いでいく、という義務。


 故に“白の弟子”の当主は、その前の当主からその技術を継いだものである。そして、前当主レインから力を受け継いだのは――


「母、レインカミィから力を継いだのはリーネです」


 ダーナンは少しだけ躊躇うようにしてそう告げた。親戚一同からも懸念するような声がちらほらと漏れる。反応も当然だった。リーネは此処で集まったレイラインの一族の中でも幼い。小さな赤子や10にも届かない子供もいるため最年少ではないが、それでも当主として任せるには幼すぎる。


 規則ではないが、官位の家の当主となれば【神官】となるのが一般的だ。


 神官がこの都市に与えられる影響は大きい。たとえ最も権限が低かろうが、国営の一端を担うのだ。利益も、責任も、単なる都市民とは比較にならない。右も左もわからない子供に託す事では断じて無かった。


「…………」


 名を告げられた彼女自身はうつむいたままだ。周囲の不安や動揺も当然だろう。それを抑え、リーネを庇うようにしてダーナンは前に出た。


「無論、彼女が成長するまでは私が引き続き代行をします。いきなり何もかも彼女に任せるつもりはありません」


 元より彼はここ数年、弱っていた祖母の代行を務めており、修行を経て【精霊】と心通わせ、【神官】としての資格も得ていた。リーネは学ぶべき事の多い子供であり学生だ。彼女がしっかりと判断できるようになるまでは代わりはやっていくつもりだった。彼自身、精密魔道具の技術士でもあるため二足のわらじになってしまい苦労も多いが、やりきる覚悟は彼にはあった。


「心配しないでください。ボロンおじさん。レイラインに泥を塗る気は無いです」

「昔からお前は真面目なのに頑固だなあ……しかしだ」


 ボロンは髭を掻くようにしながら少しだけ息をついた。彼がそういう仕草をするのはいつも、腹をくくってなにか“大きな事”を言うときだ。ダーナンは少しだけ身構え、彼の言葉を待った。


「……これはあくまで提案なのだがね?もう良いんじゃないかと思うのだ」

「というと?」


 ボロンは少し黙った。そして勇気を出すように自分の心臓の辺りを強く叩き、そして言った。


「レイライン原初の魔術、当主が継ぐ【白王陣】はもう、不要ではないだろうか」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「馬鹿な……」

「……かし……」

「不敬だぞ!!」


 その言葉はリーネが次期当主であるという言葉以上に周囲に荒波を起こした。口憚らず彼を罵るような声すら出るほどだ。ボロンはそうなることを覚悟していたのか、目をつむって騒音が収まるのを待った。

 落ち着いてください、と、ダーナンが親戚一同を抑え、ようやく辺りが静まった。


「皆さんのお気持ちは分かります。かつての我らの祖先を、そして白の魔女様を侮辱する発言だったことは自覚しています」

「だったらなんでそんなことを言うんだ!ボロン!お前さんだって【白王陣】の恩恵を受けてそんな成功を収めたんだぞ!!」


 ダーナンと同じ緻密魔道具の技術士であり、彼の先輩でもあるジレンが怒りをにじませて言う。極めて細やかな術式の刻印を担う彼は特に、白の魔女の与えた技術には敬意を払っていた。


「もちろん分かっていますとも。レイライン、被差別種族だった我らが、早々に高い地位を得られたのは、勿論かの力を伝授されたからに他なりません」

「だったら」

「が、そのレイラインの魔術を、今、此処に居る全員が、どれほど大事にしていますか?」


 むっ、とジレンは沈黙する。

 【白王陣】、白の魔女が継いだレイラインの魔術。現在、レイライン一族に派生している魔術の全てはここから始まっている。しかし、“攻撃のための終局魔術”という本来の特性を継いだレイラインは先代当主の祖母から直接の手ほどきを受けたリーネ以外はいない。


 理由は明確だ。“役に立たない”からだ。


「迷宮が出現した直後、この都市が形になる前の時は、我らレイラインの祖先の魔術は多大な貢献を果たしたと聞いている。ですが、今はもうその時代ではない」


 【太陽の結界】により護られた都市国が完成し、白の魔女は去った。生活は安定したことによって、レイラインの尖った魔術はその需要を失った。汎用性の高い他の弟子達との間に格差が生まれ、挙げ句、権力闘争に敗北し低い地位に甘んじた。これが歴史だ。

 レイラインに生まれた子孫達は、この魔術の研鑽の大半を、“いかに白王陣をねじ曲げるか”という事を焦点にあててきた。“白の弟子”として投げ捨てるわけにもいかず、さりとてそのまま扱うには有効な場面は限られるが故の苦肉の策。研究が実り、戦闘以外の様々な分野で成功を収め始めたのも近年になってからだった。長い苦難の時代がレイラインにはあった。


「敬意は必要でしょう。ですが、使わぬ魔術を延々とあがめるのも少々不器用が過ぎませんか。それも、多大な労力と――――犠牲を払ってまで」


 犠牲、という言葉をボロンは誰に向けても言わなかった。だが、その言葉に多くの者がリーネを見つめた。レインカミィの、虐待と見紛うような厳しい指導は親戚一同も知るところだった。その視線は同情的だった。


「綺麗事、白の系譜の当主の地位を狙ってるだけなんじゃないの?ボロンのオッサン」


 と、今度は若い魔女、トリンが口を出す。家を離れて独立した魔女の一人だ。そのやや棘の篭もった言葉に対して、しかしボロンはまるで動じることなく肩を竦めた。


「勿論、そういう打算もあるとも」

「ちょっと」

「我が家の商売が成功したのは私の代になってからだ。だが、それまでも両親もその前も、ずっと血の滲む研究を続けてきた。その努力は決して【白王陣】の習得に劣るものでないという自負はある」


 しかしそれでも白の系譜の当代にはなれない。【白王陣】を継いでいないからだ。


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「そこに理不尽を覚えないのは難しい。君だって思うところがあったから、家を離れたんじゃないのか?トリン」


 むう、とトリンは唸り、考えるように沈黙した。


「しかし、おじさん。確かに結果的に私たちが地位を独占していたかもしれない。が、我々は可能な限り一族の皆の意見を取り入れてきたつもりだ。決して、独裁はしなかった。それでも不満だったのかい」

「そうではないよダーナン。だが、だからこそ、今なんだ」


 ダーナンの少し悲しそうな表情に対してボロンは首を横に振る。


「長い研究の末、レイラインの魔法陣技術は徐々にではあるが、汎用性を高めてきた。いずれ没落したと指さされる日は無くなるかも知れない。だがそうなれば、遠からず私が今言った問題が表出するはずだ」


 当代の証である“白の魔術”の実用性の皆無。

 実際に都市に貢献しているのは当代以外の魔術師達。

 確かに、時間が経つほどにこの現実は、火種となるだろうというのは間違いなかった。その場の全員が反論する事は出来なかった。

 

「これからもし順調にレイラインが大きくなって、その後で問題が発生したとき、それを制御できるかどうか分からない。で、あれば今、このタイミングで話を始めた方が良い」


 幸いなことに、我々はいきなり殺し合いになるほど不仲ではないからな。と軽く冗談めかしてボロンが言うと、かるい笑いが場に起こった。こうやって笑い合って話せる程度には、レイラインの家は仲が良かった。苦難の時代、不遇の時代を共に乗り越えようと協力し合い、奮起していたからこそだった。

 故に、今ならまだ話し合いで決められる。ボロンの言葉には頷くところがあった。


「しかしそうなると、今代からそうすると?」

「いや、流石にそれでは急が過ぎる。一先ずはダーナンには代行として出てもらって――」


「あの、少しよろしいです?」


 ダーナンとボロンが話し合いを加速させる最中、声が上がる。若い少女の声、レイライン本家の四女であるミーミンが手を挙げた。これから更に話を詰めようとしていた二人はその介入に言葉を引っ込める。


「どうしたんだい、ミーミン」

「これが大切な話なのは分かります。熱が上がるのも結構です、が」


 淡々と、あまり声を荒げたり怒ったりはしないが、言いたいこと、言うべきことはハッキリと言う。まだ成人に届かぬ幼い彼女だが、その点で一目置かれていた。

 今回も、彼女は言うべきことを言った。


「仮にも当主となる可能性のあるリーネを無視して話を進めるのはいかがなものかと」

「ふむ」

「むう……」


 その指摘に、ダーナンとボロンは沈黙した。彼女の指摘は正しい。幼い子供だから、と、弱っているようだからと、無意識にこの話し合いから彼女の存在を排除していた。だが、それは不義理だ。

 年齢がどうあれ、今、この場において、中心になるべきはリーネなのだ。その彼女を無視して勝手に話を進めるのは、勝手が過ぎる。


「……すまん。私も熱が入りすぎていたようだ」

「私もです……リーネ」


 ダーナンは未だ、机の隅でうつむくリーネにそっと声をかける。リーネは俯いたままだ。できるだけ優しく、彼は彼女の肩に触れた。


「話は聞いていたかな。君の意見も聞いておきたい。何か言いたいことはあるかな」

「……そうね、あるわ」


 すると、リーネはそう言って立ち上がった。ゆらりと、少し怪しくふらつく彼女のことを周りの家族は気遣うが、それをリーネは無視した。親戚一同がリーネの言葉を傾聴する中、彼女はそのままゆっくりと――――


「私が言いたいことは一つだけよ。――――ボロンおじさん」

「……ふむ、なんだいリーネ」


 ――――ゆっくりと、()()()()()()()()




「【白王陣】のどこが役立たずだあああああああああ!!!!!!!!!!!!」

「ごぱあ?!」




 酒瓶が飛んだ。ボロンの少し出た腹に直撃した。皿は舞い散り、悲鳴が上がった。


 リーネは()()()()()


 何故キレたのか、この場の誰も分からなかっただろう。リーネにしか分からない。リーネと、“レインカミィにしか分からないことだ”。

 歴代のレイライン当主、【白王陣】の継承者しか知らぬ事実。密かに、というほど大げさではないが、実のところ、この継承者には一つの法則があった。

 継承者以外にはピンと来ない、一つの法則が。


「どどどどどうしたリーネぇ!?」

「おち、おちつ、おちついて!?」

「どうしたの!?え!?リーネ!??」

「あーダメダメダメ!!その皿高いのよ!!」


 白王陣継承者、レイライン当主は、代々、一人残らず、


「レイラインの白王陣を馬鹿にするなゴラァア!!!!」


 レイラインと、白王陣の“信奉者”だった。



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