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リーネの事情③

 毒花怪鳥討伐十四日目


「リーネの祖母が危篤?と言うか何で貴方が知ってるんだアランサ」

「仮にもレイライン家は白の魔女の系譜だからね。ギルド長なんて立場にいると自然と耳に入ってくる」


 冒険者ギルド受付にて、ウルはリーネの身に起こった出来事を耳にした。そして、聞いたところでどうにもならないという事実を理解した。


『なんじゃい、あの娘っ子、身内の不幸か。』

「死んでないよ、まだ」


 ロックの不謹慎な発言にアランサが訂正を入れる。まだ、と言うことは随分と危ない状況であることは確かだった。そうなると少なくとも今日、彼女と同行して迷宮に突っ込むことは難しいだろう。

 ただ、明日以降、彼女が戻ってからはどうなるか。


「どう思う」

『どうもこうも、わからんわい。ワシらはまだなーんもあの子から話聞けとらん』


 ごもっとも、彼女からもっと突っ込んだ情報を確認しようと決めたのが昨日である。今日、その話をしようとした矢先だ。彼女についての情報はアランサから聞いた話くらいものである。


「ギルド長は、どう思う」

「そりゃ私だってそんな詳しくは知らないよ……ただ」

「ただ?」

「あの子が、リーネが“レイラインの魔術師”としての道を歩み始めたのは、あのババアの影響が大きかったのは確かよ……最悪の事態は想定した方がいいかもね」


 レイラインの復権という目的自体が、祖母によって強いられたものであったなら、彼女が失われればそれは=目的の喪失と言うことに繋がりかねない。冒険者を志すこと自体、辞めてしまうかもしれない。

 正直に言えばウルとしては頭が痛かった。彼女の“技術”を戦術に考慮した作戦を考えていた矢先のことなのだから。

 が、しかし


「……だからといって、俺らに出来ることは、ない」


 ウルは自分に言い聞かせるようにしながら、椅子から立ち上がった。実際やれることはない。ないのだから、うじうじ悩むのはまさしく時間の無駄だ。


「ギルド長、情報感謝する。もしリーネが此処に戻ってきたら話がしたいと伝えてほしい。そんでロック、迷宮いくぞ」

「今日もあのクソ鳥とやりあうんけ?」

「最終的な一行パーティの予想がつかんので一時中断、魔物狩って金稼ぎと環境調査」

「りょーかいじゃ。ほんじゃのガサツなねーちゃんよ。カカ」


 ギルド長敬えっての!という背後の罵倒をカタカタと笑いながら、ウルとロックは今日も今日とて迷宮へと向かった。


「……動じても、揺らいでも、足を止めることがないのはアイツの武器だな」


 アランサのちいさな呟きはウル達には届かなかった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 レイラインの本家は大罪都市ラストのなかでも中心から大きく外れた北東部、【都市結界】のすぐそばにあった。人類生存圏外の都市の外では迷宮からあふれた魔物達が跋扈している以上、結界の内部は安全であり、もっと言えば、結界の中心が最も安全な場所である。

 【神官】でありながらも、レイラインの本家の場所は中央から離れた不便な場所にあった。かつてのレイラインのご先祖が選んだその場所は、かつて奴隷種族という立場にあったレイラインが周囲との軋轢を避けるために選択した土地と言われている。


 だが、悪い場所ではなかった。都市の中心を見渡せるような小高い場所にたったその家は、レイライン一族にとっては帰るべき家であり、故郷だった。

 そしてその玄関をリーネは久しぶりに叩いた。


「おばあちゃん!!」


 中には見慣れた家族の姿や、見慣れない親戚達、そして知らない人々までいた。親戚の知り合いか、自分の知らない祖母の友人達か。だが彼等が誰だろうとリーネにはどうでもよかった。誰かに声をかけられているが耳にも入らない。リーネはそのまま一階の奥の部屋、レイライン家当主の部屋、レインカミィ・ヌウ・レイラインの部屋へと向かった。


「おばあちゃん!!」


 彼女はいた。昔と同じように、大きなベッドで、眠るようにしていた。そばにはリーネの両親がいた。父のダーナンに母のリーラウラ、二人はリーネの姿に少し驚いた後、リーネを祖母のそばへと導いた。


「もうずっと、目を覚まさないの」

「手を握ってあげなさい」


 リーネは言われるまま、祖母の手を握った。細く、骨張った、カサカサの手、撫でられるよりも叩かれる方がよっぽど多かったその手を握り、リーネは再び声をかける。


「おばあちゃ――」

「リーネ」


 その途端、パチリと、祖母が目を開ける。瞬間、どよめきが起こり、医者を呼ぶ声や祖母を呼ぶ様々な声が部屋を満たした。だが、リーネにはその騒音も聞こえない。鋭い眼光をした祖母の目をジッと見つめた。祖母もまた、リーネの事を見つめ、そしてリーネの掌を確かに握りしめた。


「後は、頼んだよ」


 それが彼女の最期の言葉だった。



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