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冒険者になろう②



 冒険者ギルド、大罪都市グリード支部、訓練所


「ああ、暇だ。平和だ。最高だ」


 冒険者ギルド所属、指導教官グレン。

 彼は訓練所施設、3F、教官事務室の机に身体を投げ出し、自堕落に惰眠を貪っていた。無論、昼寝は彼の仕事では無い。彼の仕事は新人の冒険者達に最低限死なないように訓練を施す事である。つまりサボリだ。しかし、その仕事をこなそうにも今、彼には仕事がないのも事実だった。

 つい先週、訓練所に参加していた生徒を軒並み”退学”にしたばかりなのだから。


 彼の下にやってくる冒険者希望の連中の大半は名無し、この世界の最下層の住民達だ


 都市に住まう”都市民”に冒険者を希望する者はいない……訳では無い。安定した生活、仕事が約束されて尚、現状に不満を抱いたり野心を抱いたり、あるいはもっと純で愚かしい羨望で冒険者を志す都市民もいることはいる。だがやはり比較すると少数だ。

 つまり基本、冒険者は”名無し”で、彼らは”都市民”が当たり前のように受けるような教育も身につけていない場合が殆どだ。つまり身も蓋もない事を言うと学の無い馬鹿の集まりである。

 そして馬鹿の相手は疲れるのである。

 彼は疲れるのが嫌いだ。故に、この訓練所の生徒なんてものはいないに限る。


 しかし悲しい事に、この訓練所を訪ねる馬鹿は絶えない。


 此処は大罪都市グリードだ。

 大陸でも最大級の迷宮、大罪迷宮を保有する大罪都市の冒険者ギルドである。此処を足がかりに成り上がろうという馬鹿は絶えない。名無し故、都市民のような出生制限も無いため、まあワラワラと絶え間なく迷宮に向かっていくのである。

 そしていくら名無しとて迷宮でぽこじゃか屍の山を作られても困ると回されるのが、この訓練所だ。バカの集積場である。憂鬱だ。

 こうして僅かに出来た隙を思うさま堪能するのは、自分に与えられた権利だ。と、彼は惰眠を貪る。春の精霊・スプリガルが活発な時期だ。暖かな陽気と心地の良い風が彼の昼寝を促進した。

 しかしふと、自分の聖域もとい教官室に侵入者がはいってきたのを察知し、むくりと身体を起こした。侵入者はグレンを見て、呆れたように言った


「あらあら、随分無駄に人生を消耗しているようじゃないの、グレン」

「……ロッズか。一応言っておくが俺はサボってないぞ。仕事が無いだけだ」

「そんなことを誇らしげに言われても困るのだけど」


 そこに来訪者が現れた。ロッズと呼ばれる女だった。一見して美人な女だったが、中身はおっかない。冒険者ギルドの受付を担っており、つまりグレンに仕事を持ってくる女でもある。故にグレンは彼女のことが嫌いだった。


「っつーかちょっと前に未来ある若者どもを送り出しただろう。俺は休みのハズだ」

「そんなあなたに新たなる未来ある若者をプレゼント」

「ふざけんなくたばれ」

「私も仕事なのよ」


 ウルの大人げの全くないブーイングにロッズは平然と肩を竦める。まあ要は、彼と彼女にとって何時ものやりとりだった。


「っつーかこっちに押しつけてくる人数が多すぎるんだよ。過保護か。命知らずのバカくらいほっとけよ。死ななきゃ痛い眼見て学ぶだろ」

「いくら名無しでも無駄に死人が増えて、迷宮探索、魔石採取が滞っては困るっていうのが今の世の中の方針なのよ。ウチはソレに従うだけ」

「お役所仕事め。もっと自分の仕事に誇りを持てコラ」

「仕事場でお昼寝していた貴方よりは自分の仕事への矜持は持ち合わせているわよ」


 昼頃に来るから、よろしくね、と釘をさすように言ってロッズは去っていった。残されたグレンは押し寄せてくるであろう冒険者未満のチンピラを想像し、実に陰鬱とした気分でため息をつくのだった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 大罪都市、グリード

 イスラリア大陸南東部に位置する大罪迷宮を有する大罪都市。北部にアーパス山脈が存在し、南部には海岸部。その先は”世界の果て”があり、その先にはなにも無い。つまりかなり狭まった場所に位置するが、大罪迷宮が生み出す莫大な魔石がそのまま都市繁栄に直結している。

 また、大罪迷宮を封じている大罪都市の外にも、複数の中小規模の迷宮が存在し、新たなる迷宮も定期的に誕生している。

 魔物が迷宮から溢れ、決壊するような迷宮災害を防ぎ、魔石をより多く採掘するため、民間にも採掘権の譲渡を行っている。高額ではあるが、迷宮から産出する多量の魔石、なによりも迷宮の核となる真核魔石から得られる膨大な魔石を直接都市に売りつける権利は破格であり、故にこそ、多くの成り上がりを目指す者達がこの地に集う。


 欲望と野望の集う地、それが大罪都市グリードだ。


 その大罪都市グリードに存在する冒険者ギルド グリード支部にて


「此処でございますか……」

「そうだな。ならず者たちの総本山だ」


 ウルの目の前にそびえたつ冒険者ギルドの建物は、都市国内部の建造物の例に倣い、とても高く、そして年季を帯びたものだった。正門の上には、朱色をベースとした竜と剣のシンボルが誇り高く掲げられている。冒険者ギルドの証、竜を討つ者の印である。

 ウルには見覚えのあるものだった。父親に連れられて冒険者ギルドには何度も足を運んでいる。大罪都市、このグリードの冒険者ギルドは初めてだが。

 さて、と、ウルは隣を見る。この場には似つかわしくない美少女が、観光気分のツラで巨大な建築物を眺めている。


「俺が確認するようなことじゃねえけど、本当に良いのか?冒険者になるの」


 ウルの問いに、シズクはハッキリと頷いた。


「どうやら、私は力が足りないようで、鍛えねばならぬと」

「霧散したものな。魔術」

「霧散したですねえ…」


 困った顔をした彼女だったが、すぐさま奮起するように前を向いた。彼女の事情はよく分からないが、まあ兎に角強くなりたいらしい。それならそれで別の手段があるのでは、なんてこともウルは一瞬思ったが、頭を振るう。そこまで彼女の人生を気にして口出しする義務も権利も自分にはない。


「まあ、お互い頑張るとしよう」

「そういたしましょう」


 ウルは古く重く大きな扉を開ける。扉を潜ればその先が冒険者達の巣窟だ。ウルの記憶の中にある冒険者ギルドの中は、粗野で汚らしい男達が、ギルドと同時に経営している酒場で飲んだくれている光景であった。

 どこぞの衛星都市だった記憶があるが、さて、この大罪都市ではどの程度のものか。


「おや意外と綺麗」


 内装は、ウルの想像からは大きくかけ離れていた。外見と同じく確かに作りこそ古く年季が入っているものの掃除は行き渡り、ギルド所属の人間は統一された制服に身を包んでいた。鎧に身を包んだ冒険者と思しき者たちがいるが、勿論、というべきか、酔っぱらって周りに絡むよう真似はしてはいなかった。掲示されている、依頼書と思しきものを真剣な表情でみつめていたり、談話用のテーブルで仲間たちと和やかに話し合いをしていたりとだ。


「掃除が行き届いていますね」

「大罪都市の冒険者ギルドなら、利用者もわきまえてるものか……」


 少し釈然としない気持ちを心の片隅に払い、ウルは正面の受付へと足を運ぶ。そこに立つのはこれまた冒険者ギルド、という言葉からはイメージしがたい若く、そして美人の女性だった。ギルドの看板と同じ朱色の制服に身を包んだ彼女は、ウル達の姿を見てニッコリと笑った。


「こんにちは!冒険者登録をご希望でしょうか?」

「え、ああ、そうです……そうだ」

「では、此方の書類に目を通しておいてください。後で審査と説明を行いますので」

「……凄く話早いな」


 驚くほどに流れるように進む手続きに、ウルは若干引いた。


「ものすごーく多いので、冒険者になりたがるヒト。特に”名無し”の子は」

「名乗ってないが」

「格好」


 ウルは自分とシズクの格好を見た。大牙猪と戦闘した時の格好そのまま(一応洗って泥は落としたが血の痕は落ちず)ボロボロの格好のウルと、小迷宮でみつけたいつのものとも不明なローブを纏ったシズクの二人。なるほど、こんな格好の”都市民”を見たら事故を疑う。 ウルは納得し、書類を眺める。絵が多かった。文字が読めないヒト向けなのだろう。ウルは一応文字は読める。ある都市に長期滞在したとき、物好きの神官に都市民に混じって読み書き、足し引きを教えてもらっていたからだ。

 折角ならこの技能を生かした仕事を都市で、とも思ったが都市民なら出来て当然のことであり、悲しいかな特別優遇されるような事は無かった。

 閑話休題。ウルは雑念を振り払い書類を読み進める。内容は冒険者ギルド、というよりも、迷宮探索の注意点、禁止事項の羅列だった。今時の冒険者なんてのは迷宮探索が本業みたいなものなのだからこんなものか、と思いつつも読み進める。と、その様子を見て受付嬢が首を傾げる。


「ところで、そちらのお姉さんは弟さんの付き添いですか?」

「は?」


 と、横を見ると、シズクがウルに配られている書類を横からジッと見つめている。自分のを見ろよと思ったが、何故か彼女の前にはウルと同じ書類が配られていない。


「姉弟に見えるか?」

「いえ全然全くこれっぽちも」


 失礼な、なんていう気にはならない。シズクがヒトの股から生まれたと言われても一瞬信じられなくなるような美少女だ。黒白混じりのボサボサ灰髪、三白眼でチビのウルとは似ても似つかない。

 まあ、要は、冒険者志願者と全く思われなかったらしい。


「彼女も冒険者希望です」

「え?……ええ?……うーん…………?」


 彼女はウルの説明に訝しげに首を捻り、彼女をジッと見つめた。容姿に見合わない職業志願に疑問符を露骨に浮かべているが、対してシズクはニコニコと笑顔で彼女の視線を受け止めている。度胸があるのか鈍いのかは不明だった。

 やがて、受付嬢は肩をすくめた。


「……ま、いいか。じゃ、書類をどーぞ。二人分用意しますのでちょっと待っててね」


 いいのか?と、ウルは口に出しかけたが、先ほども言っていたが冒険者志願者は後を絶たないらしいので、いちいちこんな所で気にしていてはキリがないのだろう。おそらくは。

 ともあれこれでシズクも一人で読めるだろう。と思っていると、何故か彼女は渡された書類を前に首を傾ける。わかりやすく困った顔をしていた。


「……読めないのか?」

「読めません」

「……………………一緒に読むかあ」


 シズクは微笑みを浮かべた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「以上が迷宮探索の際の獲得した魔石の換金の流れ、此処までで何かご質問は」


 準備完了後、ウル達は一室に通され、そこで幾つか手短にギルド員から指導を受けた。ロッズという名前の女性からのいくつかの説明を聞き終わった後、ウルは手を上げた。


「いいだろうか」

「なんでしょう。ウルくん」

「聞いた話、全部冒険者ギルドの、と言うよりも迷宮探索の内容ばかりだったのだが、いいのだろうか」


 彼女の説明は先に渡されていた資料の、ただの補足だった。迷宮にはいったとき、どうなるか、どんなリスクがあるか、どんな魔物がでるか、どんな保証がなされ、どこまでが保証されないか。魔石の換金率などなど。

 冒険者ギルドのギルド員としての話ではない。


「いいのよ。だって、貴方たちはまだ冒険者ギルドに所属できていないのだもの」

「いないのか」

「仮よ」

「仮」


 曰く、冒険者ギルドは迷宮探索者達を管理する立場にあるが、しかしギルドとして迷宮探索者全てを認めていてはキリがない。そもそも迷宮探索者の中には犯罪者まがい、というかまんま犯罪者すら混じっている。名無しが主な迷宮探索層なのだから当然といえば当然だ。

 だから安直にギルド員として認めるのは難しい、が、迷宮から採れる魔石は都市運営に非常に密接に関わる重要な資源である。迷宮探索者を減らすのは望ましくないし、冒険者ギルドを通さず違法な取引が横行するのも嬉しくは無い。さてどうしたものか。


「と、言うことで出来たのが、冒険者の指輪(仮)。別名【白亜の指輪】」

「白くてかわいらしくございますね」

「冒険者の指輪っていうと……」


 これはウルも知っている。ギルドに認められたギルド員が指に装着する指輪だ。その色や装飾によってギルド内部の階級を表す。確か父親も所持していたし、ウルと出会った多くの名無しの冒険者達も指に装着していたのを覚えている。その白色。


「本来冒険者ギルドの階級は金・銀・銅でこっから更に細かく分かれるんだけど、コレは白でそのカテゴリからも外れた最下層。一応冒険者ギルドが認可した探索者、だけど最低限の保証しかしていませんし冒険者ギルド員として正式には認めていませんよ、っていう、そんな塩梅の指輪」

「やたら言い訳がましい代物だな」

「その通りだからね。あくまで迷宮探索の認可状以上でも以下でも無い」


 つまり、まだウルは冒険者としての入り口にも立てていない、と、そういうことらしい。そしてこれからウルは冒険者ギルドの最上級、金級にならなければならない。ウルは自分が言い出した発言の荒唐無稽さへの理解がじわじわと襲ってきた。


「じゃあ、その【白亜の指輪】を貰えるのか」

「最後の質問に答えればな」


 そう言ったのはロッズとは別の、男の声だった。

 しわがれた、しかし強い芯を感じさせるしっかりとしたその声はウル達の背後から聞こえてきた。振り返ると、声の主にふさわしい、深く皺の刻まれた白髪の老人。しかしその体つきは大きく、そして逞しいものだった。年齢を重ねているのはわかるのに、年を取っているとは感じない。それほど彼の立ち振る舞いには精気に満ちていた。


「あら、ギルド長。また来たんですね。白亜の譲渡くらい私がやりますのに」

「仮といえど、冒険者の門出は可能な限り私が立ち会うと決めている」

「その真面目さ、グレンに分けてあげたい……」


 そんなやりとりをしながら、ギルド長はロッズの隣に立った。座っているウル達の前に立つ彼は巨人のような威圧感だった。ウルは少し仰け反りながらも、立ち上がり頭を下げた。隣のシズクも同じようにした。だがギルド長は軽く首を振った。


「ジーロウと言う。構えることはない。大したことは聞かない。込み入った事情を踏み込むこともない。試験でもないからな」


 そう言いまずはウルを見つめる。深いしわの間から覗く金の目には、思慮の深さと、何物をも射抜く鋭さがあった。


「名前は」

「ウルという。名無しなので姓はない」

「ウル、君なぜ冒険者になる事を望む」

「……特殊な事情を抱え売られた妹を買い戻す必要がある。大金だ。金を稼ぎたい」


 ウルは自分の事情を簡易に話す。ジーロウはふむ、頷く。


「冒険者の多くは迷宮の浅い層で貧弱な魔物を追い回し、その日をしのぐだけの小金を稼ぐに留まっている」


 それはウルも知っている。ウルの周りの冒険者もどきたちは皆そんな風にしていた。そしてウル自身も冒険者ギルド管轄外の迷宮で似たような事をした事がある。故にその光景はリアリティを持って想像ができた。


「向上心を高く持ち、辛抱強い努力を保てねば君は彼らの仲間になるだろう。それが悪いとは私は思わない。だが君の目的は決して果たせなくなる。そうならない覚悟はあるか」

「妹と離れ離れになるのを黙って見送るつもりはない」


 ウルは断言した。ジーロウはそのウルの決意に頷いた。そして次にシズクを見つめ


「名前は」

「シズクと言います。私も名乗る姓はありません」

「シズク、君はなぜ冒険者になる事を望む」

「強くなるために」

「強くなってどうする?」

「目的を果たします。必ず」


 ウルに対してシズクの返答は実に短く明瞭でもなかった。が、その言葉の端には、なみなみならぬ決意が込められていた。ジーロウはシズクにもうなずいてみせ、そして立ち上がった。

 そして指につけた指輪、銀製の、ギルドの正門に掲げられていた冒険者ギルドの紋章の刻まれたそれを二人の前に掲げた。


「我らの信念と誓いの下、新たなる仲間の誕生に祝福を」


 その瞬間、ふっと、小さな輝きがウルとシズクに降り注いだ。見れば、酷く薄ぼんやりとだが、ヒトガタの何かがジーロウの背に浮かび、そして両手を広げている姿が見えた。


「精霊」


 シズクが小さく呟いた。ウルもソレは知っている。

 精霊、この世界においてヒトであるウル達よりも上位に居る魔力生命体。この世の万象に宿り、そしてその力を振るうことが出来る存在。”唯一神”の眷属達。


「制約の精霊プリスの簡易の加護だ。先に読んだ冒険者ギルドの規則を守る限りにおいて、簡易の守りを約束する……精々、風邪がひきにくくなる程度だが」

「ギルド長は神官だったのか」


 精霊の力を借りられるのは神殿の神官のみである。都市民でもソレは叶わない。ギルド長も冒険者ギルド所属なら名無しだと思ったのだが違うらしい。


「銀級に至れば神殿から一定の”官位”相当の権限が与えられるのだよ。神官ではないがね。神官から力を借り受けているだけにすぎない。」

「破るつもりはないのですが、制約を破った場合はどうなるのですか?」

「加護が消える。度が過ぎれば罰も受けるだろう」


 絶妙に曖昧な物言いが中々の脅しになっていた。実際、ウルはソレを聞いて規則を破ろうという気にはならない。精霊の力は絶大だ。ヒトの振るえる力を遙かに上回る。その精霊から下される罰など、どれだけ簡易なものであっても受けたくはない。

 要はこの場は冒険者希望者に対する説明会であり、同時に迷宮を挑む者達への脅しの場でもあったのだ。ルールを守る限りは助けるが、破れば容赦はしないという。

 そしてジーロウはロッズから白亜の指輪を受け取ると、ウルとシズクに順にそれを与えていた。ウルとシズクはソレを黙って指に嵌める。その二人の姿をみて、ジーロウは頷いた。


「では冒険者の世界へようこそ。新たなる同胞よ。君たちの成功を祈る」


 ジーロウはそう言うと、余韻も無くすぐに部屋を出て行った。ギルド長というのは、やはり忙しいのだろうとウルは納得した。そして部屋には再びウルとシズク、そしてロッズが残される。


「さて、これで貴方たちは迷宮探索の許可が下りた。後は自由よ」

「自由……」

「迷宮を潜り魔石を稼ぐもよし、ギルドに張り出される依頼をこなすもよし。どっちもギルドに報告は行く。ちゃんと真面目に仕事を続ければ、いずれは【銅の指輪】つまり正式なギルド員になれるわ」


 いずれは、と言う言葉がどの程度なのか。気になったが今は置いておいた。それよりも、だ。


「さて…………これからどうするか」

「迷宮に行くのではないのですか?」

「それはそうなんだが……」


 迷宮に行かねばならない。ソレは間違いない。まずは魔石を稼ぎ、正式に冒険者ギルドに認めてもらわねばならない。ディズにああして啖呵を切ったのに、冒険者にすらなれなければ失笑を買うこと請け合いだろう。

 そしてその為の時間はない。アカネの扱いに「待った」をかけている今の状態が既にムチャなのだ。更に冒険者になるのを待ってくれと言ってハイ分かりましたと頷く女では無い。というのはあの短いやりとりで分かっている。

 つまり、最短で冒険者になり、そして最終目標である金級への道を作らねばならない。しかしどうすれば”最短”になるのか、その知識をウルが持たない。

 つまるところ、アドバイスが欲しかった。


 そしてその事をロッズは察したのか、彼女は事務的な笑みを浮かべた


「ご安心あれ、行き先を見失ってるそこな少年少女。右も左も分からない君たちのような新人のために、冒険者ギルドには【訓練所】というものがあるのよ」


 ロッズ曰く、冒険者を半ば引退した実力者や、冒険の合間、手すきの冒険者の厚意を借りて、新入りの冒険者たちに指導するための訓練所がグリードには存在するのだという。迷宮探索のイロハや、必然的に遭遇する事になる魔物達との戦闘の仕方、冒険者ギルド内部での身の置き方、出世の仕方等々、様々な指導をして貰える、まさにウルにとってうってつけの場所のように聞こえた。


「だが、金ないぞ」

「少量の手数料さえ払えば訓練はタダ、”名無し”であっても宿泊は激安で通常発生する”【名無し】の滞在費用”も無し。食事は出ないけど、1か月、引退したつよーい元冒険者に指導して貰えるメリットはデカイと思うわよ」

「いたれりつくせりでございますね」

「何のメリットがあってそんなコトしてんだ?」

「魔石採掘に不味いイメージをもたれて魔石の採掘量が減って困るのはこの国だからね。冒険者の卵たちがむやみに命を散らすのは避けて欲しいから、金と時間を持て余した引退者が支援を行う。ご理解いただけたかしら?」


 どうかな、もなにも、ウルからすればそれは全く持って、渡りに船の話だった。後先考えずに冒険者の世界に飛び込んで、あっという間に成功できると思える程流石にウルも夢見がちではない。先にこの世界に飛び込み酸いも甘いも噛み分けた先達からのアドバイスは絶対に欲しいものだった。


「それなら、訓練所に入らせてもらいたい。良いだろうか」

「そう、わかったわ。それなら一つだけ先に言っておくけど」


 ロッズはそういうと、ウルとシズクにニッコリと微笑んで、肩を叩いた。


「ドンマイ」

「俺は今からどこに連れていかれるんだ…?」


 いきなり不安だった。



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