ラウターラ魔術学園②
ウル一行、ラスト入国直後
「此処は大陸一の教育が受けられる魔術学園だよ」
「入学します」
「話が早い」
以上、シズクが入学を決断した経緯
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魔道学園ラウターラ、大正門
大罪都市ラストが誇る巨大な魔術学園を一望できる正面にウルとロックは立っていた。
「……でかいな、改めて」
『初見というわけでもないじゃろ。この都市国におりゃどっからでも見えるわ』
「何度見てもデカイ……まあ、都市建造物は大体背が高いんだが」
“毒花怪鳥”の撃破を一時的に中断し、この学園を訪ねた理由の一つはギルドで紹介された冒険者志望の魔術師に会うため。そしてもう一つは
「シズクと情報交換したい」
『言うてまだ主が入学して数日じゃがの』
「滞在日程は短い、情報交換は密にした方が良いだろ」
毒花怪鳥の討伐の為、新たなる魔術の習得のため一時的にここに入学を果たしたシズクと情報交換を行う為である。彼女が学園への入学を決意したのは戦力強化のため。
彼女の強化はウルにとっては当然ありがたい話である。多様な魔術が扱うことが出来れば、それだけ戦術幅は広がる。加えて、ロックの事もある。彼は今シズクの使い魔だが、その魔術的な契約は酷く拙いものだった(土壇場でアドリブで完成させた物なのだから仕方ないが)。
死霊術の知識も最低限、仕込んでおかなければならなかった。
そしてその間にウルがターゲットの毒華怪鳥の情報を仕入れ、定期的に毒花怪鳥がどんな能力を有し、どんな魔術があった方が便利かを伝える。役割分担だった。
「お待たせしました。ウルさん。シズクさんの確認が取れました。どうぞ」
ウルは頷き、開門した扉へと進む。一緒にロックもついていこうとした時、不意に呼び止められた。
「失礼、彼は死霊兵、シズクさんの使い魔と聞いておりますが、お待ちください」
『む、暴れたりはせんぞ』
「いえそうではなく、シズクさんから伝言で、《現状、契約が不安定なので、様々な魔術が蔓延っている学園内に足を踏み入れるのはもう少し待ってほしい》とのことです」
ウルとロックは顔を見合わす。シズクからの伝言、というのならやむを得ない話だ。ロックもそれに納得したらしい。軽く肩を竦め、一歩下がった。
『ま、そういう事ならワシは遠慮しておこう』
「適当に時間を潰しててくれ、夕刻の鐘が鳴ったら宿屋に集合で」
『ほいじゃワシはガラルダ殿のとこに顔出すかの』
ガラルダ、先ほど酒場でアドバイスをしてくれた銀級の先輩だ。何か用事でもあるのだろうか、と疑問に思っていると、ロックはニヤリと笑った――――ように見えた。兜の奧でカタカタと骨が鳴った。
「近くの“競蟲”なる賭け事をやっとる酒場があるらしいでな。案内してもらってくるわ』
「……小遣いの範囲で遊んでくれよ」
『言われずとも、ではの!』
と言って、軽やかな足取りで手を振りロックは去っていった。
なんというか、キッチリと第二の人生を楽しんでいるようで何よりだった。
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ラウターラ魔術学園、学生宿舎、来客用の一室にて、
「ウル様!お久しぶりですね!」
「まあ、まだ4日ぶりくらいだけどな」
ウルはシズクと顔を合わせていた。特に心配などはしていなかったが、彼女はいつも通り元気な様子だった。普段の魔物退治の防具ではない、この学園の白を基準とした制服は、白銀の髪をした彼女の美しさをより際立たせていた。
「綺麗な制服だ。似合っている」
「とても気に入っております」
褒められてシズクは仄かに嬉しそうに見えた。こんな風に喜ぶ姿は年相応に可愛らしい。そういう仕草を見ると、心配する必要なんてないように思えるが……
「……ひとまず情報交換と行こう。こっちは毒花怪鳥の生態が少し分かったくらいだが」
「拝聴いたします」
ウルは咳払いし、シズクは頷いた。現状のウル側の状況をすべてシズクに説明した。
現在判明している毒花怪鳥の特徴、武器や性質、気質等。
それ以外も大罪迷宮ラストの環境や、困ったこと、脅威、出現する魔物達についても事細かに一つ一つ語っていった。シズクはそれらの情報をひたすらに沈黙し、聞き続けた。そしておおよそ語ることが無くなったあと、ようやくシズクは口を開いた。
「毒を使い、頑強で、仲間と群れで行動ですか。とても厄介ですね」
「動きも俊敏で、しかも筋力もすさまじい。迷宮そのものの環境対策に、毒への対抗手段を用意しないと、ロック以外近付いて闘うこともできない」
「解毒の魔術は習得した方が良いですか?」
「
「現状はまだ、死霊術の完成と、強化に集中した方がよろしいでしょうか?」
「毒を喰らわないロックは要だからな。後、気候の対策についてなんだが――」
別れていた分の相談をまとめて進めながら話を進めていく。濃厚な話し合いになった。今までと違って対面で会話できる時間が限られる分、話すことはとても多かった。
「……ところで、シズクは限界ギリギリまでここにいるつもりなのか?」
「ええ、得るものがかなり多そうですから」
シズクは迷いのない頷きを見せた。たった一ヶ月ほどの間にこの学園で何かを得るのは難しいという話はウルも聞いている。しかし彼女のその表情からはその不安を感じさせない。
頼もしい。とウルは素直に思った。彼女の魔術師としての成長は、間違いなくウル達の今後にプラスに働く。
「頼もしいが、一人で大丈夫か?」
「心強い協力者の方がいらっしゃいますから」
協力者?とウルが疑問に思っていると、部屋にノックの音が響いた。同時に男の声も。誰だろう、と、ウルは疑問に思っていると、
「ああ、来られましたね。ウル様」
「なん、むあ?!」
何かがウルに向かって投げつけられた。生暖かかった。シズクが今着ていた制服だ。
何故脱いだ。という突っ込みを入れる前に、ウルはぐいとベッドに押し倒され、布団をかぶせられた。
「念のため声は出さないでくださいね?」
「急にどうした???」
身体のラインがくっきりと見えるインナー姿で、艶めいていた髪を指先で乱しながらシズクはウルにささやいた。なんだどうした何する気だ。という様々な突っ込みをウルは口にしそうになりながらも、黙る。
シズクは乱れた髪のまま、扉に駆け寄り、そしてそっと小さく扉を開けた。そして少しだけ熱っぽく息を吐き、そして扉の向こうにいる男に向かって微笑みかけた。
「ああ、メダル様。ごめんなさい。少し疲れて、眠ってしまっていたみたいなのです」
眠っていた。はて、先ほどまでとても快活にウルとしゃべっていたようだが。という、ツッコミをウルはこらえた。ベッドの陰に隠れては殆ど扉の向こうの男の様子は見えないが、
「あ、ああ、転入してまだ間もない。きっと大変だろう。気にしなくていいさっ」
上ずった声の様子から、シズクの姿に心乱しているのは間違いないらしい。
「それでご用件は?」
「なに、君が前に言っていた持ち出し制限のかかった死霊術の魔導書をもってきてね」
「まあ!」
シズクは男の両手を包むようにして手を握る。
「ありがとうございます。メダル様!本当に助かりました!それもわざわざ直接届けてくれるだなんて……」
「なあに、君だけ贔屓をすると他の女たちが嫉妬するからね。これで苦労しているのさ」
「まあ」
シズクは至近で男の顔を見上げるようにして微笑みかけている。絶世と評して違いない容姿の彼女が、薄着で頬を赤らめて微笑んできたら、恐らく見慣れているウルですら息を詰まらせるだろう。
実際扉の向こうも息が詰まっている。か細い息が悲鳴のように聞こえてきた。
「ど、うだろう。何ならその死霊術の魔導書、詳しく教えてあげようか。此処で――」」
「ああ、御免なさい、メダル様!今、この部屋、入学の準備で慌ただしくてとても人を迎えられる状態ではないのですそれに……」
そう言って、少しだけシズクは声を小さくして、
「男の方を部屋に招くのは、少し、恥ずかしいのです」
はて、己の性別は乙女であったか。とウルは突っ込みそうになって、黙った。
「また明日、詳しく教えていただけますか?私、とても助かります」
「勿論、構わないとも!なに、ムリをすることはない。今日はゆっくりと休むといい」
「お優しいのですね。メダル様。ありがとうございます。そういたします」
シズクは深々と頭を下げる。扉の向こうの男はシズクのその様子に満足げな笑い声をあげながら、悠々と立ち去っていった。
扉が閉まる。シズクは閉まった後もしばらく扉の前に立って、じいっと聞き耳を立てていた。そして彼が完全に立ち去ったのを確認すると、そのまま手に入れた魔導書をもって、ベッドの布団に隠していたウルへと近づき、ぱっと笑みを浮かべた。
「ウル様!死霊術の魔導書を手に入れました!!」
「シズク」
「はい!」
「正座」
魔術師として成長するならともかく、悪女として成長してどうする。
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手段を選ばなすぎるのは長期的にも短期的にもリスクがデカすぎるのでやめろ
という忠告の後、ひとまず彼女との相談会は終了となった。
やはりどうにも自分の事を軽視ししてやらかす悪癖がある。一朝一夕では治らないらしい。まあ、彼女のことだから、あの協力者の男とやらは遠からず御し切る事ができそうではあるが、それはそれでどうなのだろう。いややっぱ駄目だろう。
「留学中、何事も起こらなければいいんだが……何も起こらないわけない気がしてきた」
ぶつぶつと独り言を零しながら、ウルは此処に来たもう一つの目的のために学舎を探索していた。冒険者ギルドにて紹介された、冒険者志望という学生の少女を訪ねるためだ。
名前はリーネ・ヌウ・レイラインという。その名前に聞き覚えがあるかシズクに尋ねてみると、思い当たるのかぽんと手を叩いた。
「彼女の事なら知っております。丁度私によくしてくださっている方が」
「おお」
「イジメられていらっしゃいましたので」
「おお……」
できれば聞かなかったことにしたかった。
時刻は既に夕刻、太陽も沈みかけるこの時間帯は既にどの教室も授業を終えている。が、生徒たちは各々、魔術の鍛錬と学習を続けている。
来客用の宿舎を抜け、中庭に歩を進め、ウルはその光景に、少し感動した。
魔術の灯火、その様々な光が中庭の花々を照らし、彩り、華やいでいる。校舎を囲うように建つ四方の塔にもまるで木の蔓のような光が周囲を巡り、そして輝くその様は光の大樹のようだった。
そして校舎の窓硝子も教室の中で鍛錬を続ける魔術師たちの魔術を映している。
綺麗だった。大陸一の魔術の学び舎、というのも納得だ。そして、こんな時間帯でも鍛錬する魔術師達の多さにも感心した。
「頑張ろう」
ウルは彼らの勤勉さに共感しながら足を進める。
向かう先はこの学園の地下にある魔術訓練所、通称【白ノ庭】だ。中庭中央の階段を降りていく先にそこは存在した。広い地下空間と、そこを覆い尽くすように広がった【白の結界】、どれほど強力な魔術であっても受け止め、外への影響を0にする強靭な結界だった。
「でかい」
人類の生存領域が限られるこの世界において、地下空間の建設技術は発達している。それ故に地下施設は決して珍しくはないのだが、これほどの広さはウルもお目にかかったことはない。地上の中庭どころか、この学園の敷地いっぱいにまで広がっているように見える。
この結界は魔術の最高峰、
「この時間帯は此処に居るらしいが、さて……」
冒険者ギルドの受付曰く、この時間帯なら大抵此処に居るらしい。上手く会えれば良いが……と、結界の前で悩んでいると、利用者とおぼしき者達が結界の中から出てきた。訓練の帰りだろうか。
「……ス、ねえ見たあれ?」
「このまま……れないんじゃない?」
「ちょうどいいでしょ?あんな……の面汚し、外に……い方が……」
……何やら、やや不穏な言葉が聞こえた気がしたが、今は重要ではない。ウルは無視して結界を睨んだ。
「……しかしこれ、勝手に入っていいものか?」
そっと結界に触れる。何か奇妙な、泡のような感触があるが、それだけだ。中の様子は白い光に阻まれて見えなかった。少し不気味だが、しかしここでまごまごとしているのは時間の無駄だろう。
「……ここで時間を潰しても仕方がないか」
守衛に許可されたこの学園の滞在時間は決まっている。ここでうだうだしても仕方がない。大体、中に本当にリーネという魔術師がいるかどうかすらも怪しいのだ。ともかくパッと確認してしまおうではないか。
「お邪魔しまーす」
と、できるだけ声を出して、ウルは白の結界の内部に足を踏み入れる。結界に触れた瞬間、何かとても軽く柔らかな布に触れるような奇妙な感覚に襲われながらも、ゆっくりと歩を進め、内部へと侵入していった。そして―――
「…………」
「…………」
小さな泥の塊と遭遇した。
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