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毒花怪鳥観察日記②


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 観察3日目


 虫除け対策をギルドで聞いたら、虫除けの香油を教えてもらった。

 塗ったらすごいスースーしたが効果はあった(銅貨10枚)


 今日は実戦に移った。戦うのは俺ではなくロックだけだが。

 老人虐待じゃ(←ロック)


 血肉がないから毒も巡らないし、何より既に死んでるから殺されても問題ないというのは心強い。実験に最適だった

 まあ、そう言って、ロックは乗り気だった。砦でも気づいたがこの男、血の気が多い。好戦的だ。倒せるなら倒してほしい。そもそもあの怪鳥はロックを敵として認識するのか、という疑問も含めての調査だ。

 不意打ちであの怪鳥が死ぬなら万々歳だ。


 結論:ダメだった


 毒爪鳥とあの怪鳥を同時に相手にするのは難しいので沼地の周囲巡回中に近付いたのだが、ロックが近づくと怪鳥は一瞬で警戒モードになって、更に近づくとモケケーって鳴きながら襲ってきた。


・ロックでだまし討ちはムリ


 そして怪鳥が襲ってくると同時に周囲の毒爪鳥がバサバサと羽ばたき、ロックへと向かって襲ってきた。


・やっぱ群れとしての意識がある。毒花怪鳥と毒爪鳥(数十羽)


 その後、流石、というべきか、あの怪鳥と毒爪鳥を前にロックは中々戦っていた。四方八方から飛んでくる鳥たちを次々に切り落とし、更に怪鳥の攻撃を凌いでいた。爪で傷つけられようと毒が効かないのが効果的だった。途中までは。


 怪鳥が怒り、本気で動き出すとどうにもならなかった。


 あの強大な図体で、凄まじい動きで跳ね、そして長い足を振り回す。大暴れだ。

 逆にロックの攻撃は通らない。胴を切りつけても翼に刃が全く通らなかったらしい。

 後で聞くと鋼に剣を叩きつけているような感触だったらしい。


・翼の防御力はかなり高い


 そして、やむなく首を狙い切りつけようとしたら、その首がムチみたいにしなって、ロックを叩きつけて、ロックがぶっ飛ばされた、十メートル以上


 すげえ飛んだ


・あの首もやたら強い。筋肉のムチ?


 リベンジさせろとロックがうるさかったが魔力による再生限界があるのでここまで。


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 以上が三日間の大罪迷宮ラストの調査の結果だった。


『あやつ、自分の急所武器にして振り回すとか反則じゃろ!』

「すっげえしなってたな、首」


 冒険者ギルドの酒場にて、ウルとロックは食事をとりながら反省会を行なっていた。尤もご飯を食べているのはウルだけであり、ロックは食事の代わりに魔物からはぎ取った魔石を口にしているだけだ。

 換金しなかった分の魔石を兜の面をわずかに開き、内側にひょいひょいと投げ込むさまはシュールだ。中でどのように処理しているのか全く分からない。


 その様子を、同席していた銀級の冒険者、“山浮かせのガラルダ”は怪訝な顔で眺めていた。


「……うまいのか、それ?」

『ま、美味いっちゅーより……満たされる?酒も恋しいがの』

「ほお……死霊兵の使い魔なんぞ見たことないので、面白いな」

「ギルドには正式に許可をもらっているぞ」

「わかっているとも。むやみにソイツの存在を言いふらすつもりは無いよ」


 彼はこりこりと顎を掻きながら興味深げにロックを眺める。

 彼は銀級であり、高位の魔術師だ。ラウターラ魔道学園の出身者ではないらしいが、ロックの存在には興味が引かれるらしい。

 だが、ロックにばかり気を取られてもらっては困る。彼には聞きたいことがある。


「それで、本当なのだろうか。竜牙槍であの怪鳥を攻撃したって」


 問われ、ガラルダは頷く。


「うむ、なにせあの怪鳥、中層に至る最短ルートに陣取っとるからな、俺らにとっちゃ目の上のタンコブ、排除を試みたのよ」


 魔術よりも簡易に、大火力を放つことが叶う竜牙槍は、金銭的な余裕さえあれば有効な武装だ。銀級である彼らにはそれをそろえるのは容易い。メンバーをそろえ、迷宮でのパーティ限界である5人全員に一本ずつ持たせ、そして同時に放った。


 結果は、言うまでもないだろう。未だ怪鳥は健在なのだから。


『あの翼か』


 と、ロックがテーブルに広げてあるウルの手帳、あの怪鳥の絵、その翼の辺りを指さすと、ガラルダは頷く。


「そうだ。驚くべきことにあの翼、竜牙槍の【咆哮】すら弾くのだ。ダメージがなかったわけではないのだが……俺達の用意した竜牙槍の魔道核は即席の“育ててない代物”だったにしても、あの防御力は脅威だ」


 そして、攻撃を受けた怪鳥は怒り狂い、毒爪鳥と共に反撃が来た。無論、失敗に備えた迎撃の準備は進めていたものの、出鼻をくじかれ、猛攻を受け、分が悪いと判断し撤退した。その後も幾度か手を変えたものの、結果は変わらずだ。


「夜間、アイツはじっと動かんが、その状態の時は常に翼で体全体を覆っとる。毒爪鳥たちに気づかれない遠距離から、翼を避けて狙うのはほぼ不可能と思った方が良い」

『あやつ、頭は器用に翼に埋もれさせて寝とったからのう』


 その後も、ガラルダはウル達が得た情報を補正するように、気前よく自分の経験を教えてくれた。更に、大罪迷宮ラストの情報に至るまで。彼から与えられた情報を食事そっちのけでメモに書き留めたウルは、ガラルダに頭を深く頭を下げた。


「成程……助言感謝する。礼金を」

「いらぬよ、これは先達の務め。それに、お前があの怪鳥を討ってくれるならありがたい事だしな。頑張れよ若者」


 悩ましい顔をするウルをガハハと笑いながら、ガラルダは自分のギルドのテーブルへと戻っていった。ウルは確認した情報を前に大きくため息をついた。


「夜襲は無理かあ…」

『夜襲に限らず、あの翼をどうにかするか、避けないとどうにもならんぞ』

「うーむ……」


 想像以上の厄介な存在に、ウルは頭を痛める。わかってはいた事だ。賞金首になっているという事は、それだけ厄介だという事なのだ。ただ、問題点はハッキリとしている。


 目下、攻略しなければならないのは翼―――だけではない。その先、翼を掻い潜った先にある、“猛毒の爪”も恐るべき脅威だ。それこそがウル達や、それ以外の銀級の冒険者たちすら悩ませている大元の元凶だ。


「他の冒険者たちも、毒爪が無けりゃ翼を掻い潜って近接で挑む奴もいたかもしれない」

『毒がなくともあの足は脅威じゃが、毒ありじゃと掠っただけで死ぬしのう』


 遠距離攻撃、夜襲を狙うのも結局はそこだ。毒爪を伴った強烈な攻撃は、近づくことすらためらわせる。無策で突っ込めば怪我では済まない。


「その点、毒が無効なロックは頼りになるが……」

『ワシ一人はきっついぞ。腹が立つが、ありゃ単騎でどうこうするヤツじゃないわい』

「死霊兵とか操れないのか、骨爺」

『主に期待してくれ。あの外道の下を離れてだいぶ力落ちとるぞ、ワシも』


 あの死霊術師は外道だったが、しかし腕は一流だった。更に、かなり危険な手段で魔力をかき集めていたからこそ、あれだけの死霊兵を操っていたのだ。

 今はロックの力はカナンの砦の時と比べ随分と落ちた。現在のロックの再生能力は、砦の時と異なり回数制限がある。これは無尽蔵に魔力が送られなくなったがためだが。


 それでも不死身の熟練戦士、というのは頼りになる。が、彼だけではどうにもならない。


「とはいえ、俺が防毒装備でガッチガチに固めた所で、なあ……」

『頭数、単純に一人増やしたところで、死闘じゃぞ』


 手札が足りていない。その事実をウルは痛感する。


 ロックという戦力の増加はウル達にとって非常に大きい。大きいが、しかしそれでもまだ足りていない。取れる選択肢が狭い。それを自覚しているからこそ、シズクは今、魔術を“仕入れに”行っている。

 しかし、彼女が成果を持って帰ってくるのを口を開けて待っているわけにはいかない。ウルはウルで、何か考えなければならない。


 そう考えると、一番手っ取り早いのは


「……やっぱ、仲間、増やすか」


 数は力だ。自分にない技能を持ったヒトが一人増えれば、それだけ一気に手札は増える。取れる手段の幅が広がる。組み合わせ次第ではもっとだ。迷宮に入れる一行(パーティ)の限界人数は5人。最低限、その面子を埋めないと勿体ない。


『だが、たやすくもあるまい?仲間っちゅーのは、ようはお主等のムチャについてきてくれるような仲間、ってことじゃろ?』

「……」


 ロックの言葉にウルは沈黙する。

 彼のいう事はもっともだ。ウルとシズク、二人は無茶をしようとしている。本来なら避けて通る、戦わずやり過ごすのが鉄則の賞金首を狙い、討伐し、最短距離一直線で黄金級を目指している。


 この無茶を是とする仲間、というのは中々探すのは難しい。


 シズクがロックを少々強引に勧誘した理由もそれだろう。死霊術師討伐の際のように、一時的に他の冒険者達と共闘することはあっても、道中を常に共にする変わり者は、はたしているのだろうか。


『募集でもかけるか?』

「やりがいのある。アットホームな職場です。賃金歩合制」

『お前さん、働きたいと思うかそこで』

「転職を考えています」


 冒険者を辞めたいと心底に思ってるのは、ウル自身である。


『あの娘っ子はどうなんじゃい、ディズと言ったか』

「それこそ無理だ。多分俺達には想像もできないような仕事をして忙しそうだし、もし手伝ってもらったとしても、俺たちただの邪魔者だ」


 竜騒動という異常事態だからこそ彼女は協力してくれたのだ。

 冒険者の活動の多少の障害になっている程度のトラブルに彼女は首を突っ込まない。

 それに、彼女に頼り切りになるのは、彼女自身、良しとしないだろう。ウルがそういう態度を見せれば、彼女は厳しく跳ねのける。そういう女だ。ウルもそういう事はしたくない。


「つまり、だ。それなりに強く、しかし俺達が不要にならない程度に弱く、それでいて俺達に出来ない事が出来て、しかも今後含め賞金首にどんどんぶつかってめちゃくちゃな無茶をしても問題なし!としてくれる仲間が欲しい!」

『よーしそれで募集してみるかのう!!』

「募集が山のようにきたら困っちゃうなー」


 ひとしきり、二人で笑い、そしてウルはため息をつき、ロックは魔石を投げやりに兜の中に放り込んだ。


『……なんぞ、仲間集めできるとこないんかい此処は。冒険者の支援ギルドなんじゃろ』

「まあ、あるにはある」


 ウルが指さした先、迷宮探索とは別に、様々な冒険者への依頼が貼り付けられた“依頼掲示板”。ではなく、その横だ。


『……えっらいごちゃごちゃしとるの』

「都市民からの依頼掲示板と違って、冒険者は名無しが多い。品があまりよくないからな」


 “旅人板”と銘打たれたそれは、冒険者たちのために設置された掲示板である。

 冒険者同士が相互で協力し合うための交流掲示板だ。

 冒険者ギルドが自ら設置されたものではなく、冒険者たちが勝手に壁を利用し始めたのがきっかけだったとかなんとか。兎も角、冒険者同士で意見や物々の交換、そして仲間集めの呼びかけも行われている。


「……大罪迷宮ラスト探索、斥候募集、報酬は平等分配」

『前衛募集……近接職の募集が多いのう』

「魔女の都市だからな、後衛職には事欠かないだろう」

『しっかし……全然読めんの、ワシが死んどる間に文字変わったんかい?』

「いや、字が汚すぎて読めないだけだ。神殿で勉強しなかったんだろう」


 ゼウラディアとその配下の精霊たちの信仰者たちの集う神の家、神殿は各都市に必ず存在し、全ての人々に学び舎を与えている。最低限の読み書きは誰しもが学ぶ権利がある。そしてその門は名無しに対しても開かれている。

 この字の汚さは当人の努力の怠りによるものだ。ウルでももう少し字は綺麗だ。


『っちゅーかここに載ってるようなものは、あくまで一時の連れ合い募集じゃの』

「……だな、となると」


 ウルはギルドの受付へと目を向けた。依頼受注、賞金の受け渡しなどの作業が主な仕事だが、冒険者のお悩み相談も仕事の一環である。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「ううーん……ちょっとそういう条件となりますと……あまりにも……」

「ですよね」


 相談した結果、ダメだった。

 受付のギルド職員の青年は何とも言い難い表情で首を捻っている。パラパラと記帳を眺めもするが、少なくともウルが提示した条件を見つけ出すのは難しいらしい。


「そもそも、銅の指輪を獲得するレベルになってから新たに同等の仲間を募集するのはあまり多くはないのですよ。大抵は白亜の指輪の間にある程度一行(パーティ)を固めるんです」

「ひと月だったからな……銅の指輪獲得まで」


 出世が早すぎた。なんてのは聞きようによっては自慢話だが、これはあまりに急ぎ過ぎたがゆえに発生した弊害である。真っ当な手順を踏んで銅の指輪を獲得する冒険者たちの道程が、ウル達にはまるまる欠落している。

 ソロで活動する指輪持ちもいないことはない……が、徒党を組むなら早い方が良い。実力がついてからでは、戦闘スタイル、方針、性格、その他諸々のかみ合わせが難しくなってくる。

 時間をかければウルとシズクの仲間が増えていたか、といえば微妙なところではあるが。しかし現状、より条件が難しくなってしまったのも事実だった。


「此処にも訓練所はあり、訓練生はいるんだろう?めぼしい人材はいないのだろうか」

「ウルさんは銅の指輪持ち、冒険者としては実力者です。それも、第九級の賞金首を討たんとするともなれば、まだ迷宮探索もおぼつかない白亜の指輪の人間を連れていくというのは……」

「……むう」


 ウルは唸った。思いのほか死活問題だ。そして恐らくこの問題は時間が経つほどに大きくなってくる。出来れば早急にあと一人は仲間に加えたい。そうなると


「やはり魔道学園ラウターラの学生の勧誘か?」


 そう言うと、しかし受付の青年は難しそうに首を捻った。


「そういったことを望まれて入学された学生の方もいるにはいるんです……が」


 元々ラウターラ魔道学園は歴史をたどれば迷宮に対抗するために生まれた学び舎だ。かつては大規模な冒険者育成訓練所と言っても間違いではなかった。

 ただしそれは昔の話だ。

 長い年月とともに歴史と実績が積み重なり、学園の“格”となった。ラウターラ学園は、大罪都市ラストの中心となってしまった。そしてそうなってくるとまた話は変わってくる。


「学園で知識を身につけた方が、わざわざ冒険者を望むのは、稀で」

「元々冒険者志望だった奴とかはいないのか?」

「入学して視野と選択肢が広がってしまうとどうしても……」


 まあ、そりゃそうだわな、とウルは溜息をついた。

 ウルだって妹が売られたなんて状況でなく、安定した就職の道が存在していたのなら、わざわざ冒険者なんて危険な職業に就く真似は絶対にしない。確かに現在ウルは、ちょっと前までには考えられないようなお金を稼いでいるが、そのために死ぬような思いをしたいかと言われれば絶対に否だ。


『主が冒険者辞めちまうかもしれんぞカカ、ウルよ平気か?』

「そうかもな」

『つまらん反応じゃの』

「あの女が前言翻して俺を棄てるような事態が起こったとしたら、もう俺にはどうすることもできん。んでもって、そういう事態が起こらん保証は無い」


 己の生活が根底から覆るような、予想だにしない事態が起こるということは、アカネの件でウルも理解した。そしてそれに対して心配したとしてもどうしようも無いことも。

 明日空が落ちてくるかもしれない。なんて心配をしても仕方がないのだ。


 思考が逸れた。ウルは改めて受付の男へと向き直る。


「要は、ラウターラに冒険者志望の学生は存在しない、という事で良いだろうか」


 それなら、それはそれでやむを得ないことだ。また別の切り口から仲間を探さなければならない。ひょっとしたらこの都市で仲間探しをするのは難しいかもしれないが、別の都市国で改めて探してみるのも考えて―――


「……いえ」

「ん?」

『ぬ?』


 すると何故か受付の男は先ほどまでのセリフとは正反対の言葉を口にした。依然として困った顔ではあるが。


「……いるの?」

「……います」

『なーんでわざわざ隠しとったんじゃい回りくどい』

「隠していたわけではないのですが……ええとですね」


 そう言って一枚の資料を彼は取り出した。見ればそれは1人の人間の経歴を記した記録紙だった。


「冒険者志望の方が出た場合、学園から志望者の書類が送られてくるのです。最近になって一名の方が志望されているとしてこのように」

「大陸一の魔道学園に入学し、わざわざ冒険者になろうっていう物好きと……で、隠していた理由は?」


 意地悪をしたくてわざわざ隠していたわけでもあるまい。とすれば、何か相応に理由はある筈だ。その問いに、彼は僅かにためらった後に


「……少々、問題を抱えてまして」

「……」

『……なんちゅーか、ウチもそんな奴ばっかじゃがのう。』


 やかましい。とウルはロックの兜をはたいた。カタカタと骨が鳴った。





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