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大罪迷宮ラスト


 【大罪迷宮ラスト】


 【魔女】による白の結界により、空間をズラされ封じられた迷宮。無数に存在する迷宮の中でも最大級に分類された7つの迷宮の一つ。地上に出現後、世界の侵略を結界によって抑えられ、都市ラストの北東の森林一帯にとどまった。


 しかし、無限に膨張し、拡張し続ける性質そのものは失われたわけではなかった。

 だが結界は破れない。白の魔女の魔術は完璧だった。

 結果、出口を失った迷宮は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という常軌を逸した現象へと発展した。

 確かに迷宮は結界の外へと広がる様子はない。だが、結界の内側に足を踏み入れると、ラストの迷宮は外からは想像もできない程、複雑で広大な超巨大迷宮へと様変わりする。誕生してから数百年、いまだ、正確にどれほどの広さがあるのかつかめてはいない。それどころか、観測できたとしても時間経過とともに更に迷宮は広くなり続けるのだ。まったくもってキリがなかった。

 一説にはイスラリア大陸を超えるほどの大地が、ラスト領の一角に過ぎない森林地帯に閉じ込められているのだという者もいるほどだ。


 そんな空間が歪んだような迷宮の内部が果たしてどのようになっているかというと、


「……あっつう」


 大罪都市グリードで宝石人形を、次の都市では餓者髑髏を打ち倒し、最近名前が売れ始めている(らしい)冒険者、ウル少年は【大罪迷宮ラスト】に挑戦し、その暑さに呻いていた。


 暑い、本当に暑い


 温暖な森林地帯と一体化した迷宮は、結界の内部で圧縮し、異常な密林地帯を生み出した。草木を殆ど掻き分けるように前に進まなければならない迷宮の中は、密集した動植物の放つ熱気と湿気に覆われていた。

 結界の外では見ることなどまずないような毒々しい花々、捻れ、曲がった木々、甘ったるいような香り、あるいは鼻が曲がるような悪臭、獣たちの、虫や鳥らのわななく声。


 臭い、暑い、騒々しい。

 魔物の出現以外は、埃一つなかった大罪迷宮グリードとはあまりにも対照的だった。


 この状態で全身鎧なぞ身にまとってしまうと、鎧の中が更に蒸し風呂のような状態になってしまう。魔物の脅威の前には多少の不快さも耐えねばならない、にしても限界があった。

 餓者髑髏との戦いでは大変お世話になった火喰石の鎧も兜も脱ぎ捨て、安価な革鎧を装着した(大牙猪の革鎧)。宝石人形の盾だけは変わらないが、随分と軽装だ(肌だけは決してさらさないようにはしているが)。

 それでも、これくらい装備を軽くしなければ、不快感と暑さにやられて死ぬ。


『カカ、大変そうじゃの、どうじゃ?お主も骨になるか?』

「死ねってか」


 同行者である、ロックの軽口にウルは口をひんまげた。

 死霊騎士、シズクの使い魔であるロックは現在、安価な鎧と革防具、兜で顔と身体を隠し、見た目をごまかしているが、本来ならばそんな装備など必要ない。彼自身の身体が鎧であり、盾なのだ。そして当然、暑さに苦しむ事もなかった。

 彼のような身体になりたい、などとは全く思わないが、この熱気に平然としている彼が少し羨ましかった。


「流石に、対策が、いるなこれは」

『なんぞ、魔術でちょちょーいっとできんのか?主に頼んで』

「保温の類の魔術はあるが……付与(エンチャント)にも容量ってもんがある」


 何種類もの魔術を一つの対象に多重にかけすぎると、飽和する。それ以上をかけようとすると、魔術が押しだされたり、相殺したりする。成長すれば容量は増えるらしいが、現在のウルでは精々三つが限界だ。それ以上の魔術はかけられない。

 普段お守りとして常備している対衝のアクセサリや、カナンの砦で使った強靭薬も、言わば人体に対する魔術付与エンチャントだ。うっかり付与魔術を使いすぎれば、あっという間に飽和するだろう。

 保温の魔術が吹っ飛んだときに、重装備でいたら、熱でやられて死ぬ。安易に魔術に頼っていたら、恐らく痛い目を見る。さてどうするか……と、考えている内に、ロックが剣を構えた。


『おい、ウル、来るぞ。魔物じゃ』

「クッソめんどくせえ……」


 当たり前だが、ウルに襲いかかる暑さはあくまでも迷宮の環境の特性でしかない。

 迷宮に蔓延る魔物達は、暑さに苦しむ侵入者達の苦悩など知ったことではなかった。


『JIIIIIIIIIIIIII!!』


 不快な羽音と共に、ウルの眼前に現れたのは【大刃甲虫】と呼ばれる甲虫の魔物だ。巨大な角、硬い甲殻を持った大の大人ほどのサイズ。見た目の凶暴さもさることながら、短い時間ながらも飛翔する。飛翔し、勢いを付けて、巨大な角で相手を串刺しにする。

 十三階級の内、第十一階級。危険な魔物だった。


「っ!?弱点は……!」


 飛翔しそのままぶつかってきた。単純な体当たりだが、威力は高い。ウルは顔を歪めながらもそれを受け止め、こらえる。反撃を試みようとしたが、それよりも早く、甲冑の骨騎士がその懐に潜り込んでいた。


『胴が、柔いの』

『ジ…』


 ロックの鋭い突きが、甲虫の胴を貫く。

 落下した大甲虫は声を上げない。断末魔の悲鳴も当然出さない。代わりにその羽や手足をでたらめに動かしながら地面でのたうち、最後にはピクピクと痙攣しながら絶命した。


『ふむ、他愛無し』

「言うてる場合、か!」


 調子こいてるロックに突っ込みを入れながらも、ウルも彼に続いた。倣うように盾で甲虫の角を下からかちあげる。晒された胴に対して素早く竜牙槍を振り、貫いた。


「よし……」


 一連の動作を淀みなく行えたことに手ごたえを感じ、ウルは小さく息を吐いた。今のは悪くなかった。


『調子がええのう、その槍も新調したおかげか?』

「刀身部分だけだがな」


 竜牙槍の構造を、非常にざっくりと言えば三つに分かれる。


 柄、握り振り回すための、槍の中心にして最も重要な骨格。

 魔道核、魔力を蓄え攻性魔術を放つ竜牙槍の心臓部。

 刀身、槍として機能し、“咆哮”の際は獣の口のように上下に開く可動部。


 この3つ。

 内、“魔道核”は新調できない。魔道核はそもそも新しく付け替えるものではない。戦い続けることで使い手と同じく魔力を吸収し、強化していく。つまり育てていくものだ。

 と、なると柄か刀身の二択となる。今回ウルが更新したのは刀身部だ。

 【白鋼】という。硬く、鋭く、重い鋼の刃。使い心地はかなり良い。が、値段は金貨1枚、本体の購入額と大差ないというのはいかがなものか。


「……やっぱ竜牙槍(コイツ)、維持費も結構すんなあ……

……普通の武器の方が良い気がしてきた。シンプルな槍とか」

『でも“びぃむ”は便利なんじゃろ?』

「そうなんだよなあ……」


 金はかかる。整備も必須。だが、相応の見返りがある。

 魔術を使わず、地形すら変えることが叶う竜牙槍の咆哮、非常に手間のかかる武器ながら、それでも廃れるまではいかない理由がそこだ。人類の脅威である魔物に対して、携帯可能な大砲を振り回せるのは、大きなメリットだ。


「まあ、もう少し、あとで、考え、る!」


 上段からの振り下ろしで、新たに一匹を叩き潰す。魔物の気配は消えた。だが、此処は迷宮であり、一時敵を殲滅できたとしても、魔物の襲撃が絶えることは無い。


「収容鞄に魔石を回収したら動くぞ」


 と、思い、ふと気づく。虫たちの死体が霧散していない。残っている。


「……死体が残ってる」

『なんじゃ?そりゃおかしいのか?』

「……都市外の魔物達はともかく、迷宮の中の魔物は生まれて間もないことも殆どだから、死んだ後は肉体が霧散する筈なんだが……」


 霧散しないのは、時間経過で血肉を得た魔物達だ。それだけの間、冒険者達から生きながらえて、強くなった魔物ということになるのだが、この蟲たちは手応え的にそれほど強いとは思わなかった。

 たまたま、上手く生き延びることが出来た魔物なのか、あるいは――


「……まあいい、後で考えよう」


 ともあれ、腹を裂き、魔石を露出させ、ディズからもらった特別製の“魔石収容鞄”を近づけ魔石を回収した。そして速やかにウル達は動く。目的地はまもなくだ。


「兎に角、金だ……金の苦労がなければこんな悩まなくても、済む」

『じゃあ此処で稼ぐか?たいざいめいきゅうってやつなんじゃろ?此処は』

「金も名声も、チマチマ稼いでる時間は、ない」

『んじゃ、派手にドカーンとやるっきゃないの、“アレ”相手に』


 アレ、とロックが口にした瞬間、奇妙な音が、というか鳴き声がウルの耳に届いた。「モケモケモケー」というなんとも気の抜けるような鳴き声、優雅さとは程遠い不細工な翼の羽ばたく音、漂い始める獣臭さが入り交じった悪臭。


 ウルとロックは口を閉じた。そして草花が長く伸び、身をひそめやすそうな場所に潜り、聖水を周囲に振りかける。魔力遮断の簡易結界を張り巡らせる。


『ワシもそれ見づろうなるからいやなんじゃが』

「シズクが魔術覚えるまで我慢しろ」


 小さい声で愚痴りあいながら、二人は息をひそめる。すると大きな足音と共にソレは現れた。


『MOKEKEKEKEKEEEEEEEEE!!!!!』


 周囲の毒々しい花々にも負けず劣らずのド派手な濃い桃色の身体。巨大な翼、筋肉質な胴、禍々しい爪が伸びた二本の足で闊歩する巨大なる“怪鳥”。


 名を毒花怪鳥(ポイズンガウチョ)

 大罪迷宮ラストにて賞金首となっている魔物である。


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