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リーネという少女


 大罪都市ラスト


 大山脈アーパスから東、衛星都市アルトから北東、衛星都市を更に一つ経由した位置あるこの都市は【大罪迷宮ラスト】を有する都市国である。この都市国は大罪迷宮という最大の特徴に加えもう一つの顔を持っている。


 大罪都市ラスト、別名【魔女の国】


 【大罪迷宮ラスト】が出現したのはラスト北東に存在していたサラザール大密林と一体化し、迷宮と化した。

 出現当時は魔物の出没頻度も非常に強く、密林を超えて地表のすべてを迷宮として浸食し、飲み込まんばかりの勢いがあり、誇張抜きにイスラリア大陸全土の危機だった。

 その状況を何とかしたのが、後に【白の魔女】と呼ばれる1人の女魔術師だった。彼女は拡大し続ける迷宮を、当時誰も編み出せなかった、空間すら湾曲させる【白の結界】を用いて密林そのものを封印したのだ。


 大罪迷宮の脅威をたった一人で収めたのだ。


 後に世界を守護する七天が一人としてあがめられる”役職”ともなった彼女を、

 救われた人々は、封じられた迷宮を監視するための都市を建造し、そして彼女を崇めた。彼女の魔術を引き継がんと研鑽を続けた。いつしかイスラリア大陸中の魔術師たちが集い、魔術師たちの聖地となり、大陸一の魔術国家と化した。


 大罪都市ラストは魔女の都市、一大魔術国家だ。


 そして、そんな場所だからこそ、魔術師の為の学び舎もある。

 【ラウターラ魔術学園】

 大罪都市プラウディア、天賢王の住まう【真なるバベル】の地下にある【螺旋図書館】すらも凌ぐ、この大陸でも頂点に君臨する魔術の学び舎である。魔術ギルドの総本山でもあった。

 その、魔術の学び舎の一角、最高峰の魔道学園にて教室を開き、生徒を指導する魔術師の部屋で、2人のヒトが机を挟み向かい合っていた。


「……本気なのか、お前は」

「はい」


 一方はこの部屋の主である男、名をクローロという。

 精悍な若者に見えるが、その実年100を超える。森人であり、魔術を究めんと森人の隠れ里から出てこの学園に足を踏み入れ、挙げ句教師になってしまった変わり者だ。

 そして彼と相対するのは、1人の小人の少女だ。この学園の生徒の制服を着ている。頭には今どきそんな古臭いものは誰も被らないような古めかしい魔女帽子。端から栗色の髪が三つ編みで2本伸びている。背丈は種族特有の小ささで、長身のクローロと見比べれば彼の半分にもとどかない。彼女が座る椅子はクローロの椅子の倍は高い。


 その少女を、クローロは睨む。森人特有の異様に整った顔で睨むと、下手に厳めしい者よりも迫力があった。だが、彼を前に、小さな少女は真っ向から向き合っていた。微塵も揺らぐ様子はない。


「確認するぞ、これはなんだ?」

「進路届です」


 クローロがひらひらと見せる紙に彼女は素直にその答えを告げる。だが彼はそんな事はわかっている、というようにため息を一つついた。


「そうではない。その中身だ。貴様のはなんだ。この……」


 そう言って、もう一度ため息をつく。次の言葉を継げるのが苦痛だ、そして改めてクローロは口を開ける。


「”冒険者”というのは、なんだ」

「……」

「冒険者、冒険者になるのか?お前が?」


 淡々と、しかし明確な怒りを滲ませた声であった。彼は普段そこまで怒らない。森人としての種族故か、感情の起伏は激しくない。だがそんな彼が明確に怒りをあらわにするほど、彼女の希望する進路先は、彼にとって理解不能なものだった。


「私のクラスに入ったものはその多くが都市運営、魔術開発、新都市開拓に貢献している。他では決して学べない此処で得た知識と技術を活用し、そして広めようと努力している」

「……」

「ヒトの世に貢献する上で、冒険者という職業を否定したりはせん。成程、現在の多くの都市が冒険者達が採掘する魔石にある程度依存するところは認めよう。事実、この学園からも冒険者を志すモノもいるにはいる……だが」


 クローロはじっと、少女の身体を上から下まで眺める。ヒトを、異性を相手にしているというよりも、捕らえた観察対象の獣を検分するような感情の籠らぬ瞳だった。そしてその観察を終え、冷静に指摘する。


「お前は向いていない。リーネ、お前は()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

「無能という事ですか?」

「違う。不向きだと、そう言ったのだ。」


 そう断言した。そして彼は彼女の出した志望届を彼女につき返した。


「もう一度、考え、改めろ。以上だ」


 突き返された少女は、突き返された進路届を受け取り、しかし淡々とした表情で頭を下げ、きびきびとした動きで彼の部屋から出ていった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 ラウターラ魔道学園は一見すると城のように見えた。

 実用性を度外視した権威を主張する為の城ではなく、明確な”敵”を迎え討つための砦の作りだった。幾重の城壁、見張り迎え撃つための高台に、かつてはさぞかし働いたであろう兵器の残骸等などが今も残っている

 それもその筈で、かつてはこの場所こそが拡大し続ける【大罪迷宮ラスト】を抑える最前線の場所であり、白の魔女の住処だったからだ。魔女が結界を施し迷宮をその内側に押し込めるまでの間、戦い続ける総本山。白の魔女の結界封印が完了し、お役目御免となったその場所を再利用したのがこの学園だ。

 かつてと比べれば幾度となく改装が施され、無骨な印象は随分と薄れたが、それでも一部は当時の激闘の跡が見える。


 クローロ教授に部屋を追い出された少女、リーネがいる場所は中庭も、かつては魔物達を誘い込み、そして一挙に始末するための処刑場だった。が、今は花壇に花が咲き乱れ、植木が、傍らには小さくも太陽神へと祈るための礼拝堂まで建てられた憩いの場だ。


 リーネはそこに備え付けられたベンチに飛び乗るように腰かけ、自らが出した進路届をじっと見つめる。表情は険しい。しかし己の師に拒絶されたことを悲観する様子はまるで見えない。


「……どうすれば納得するかしら。先生」


 改めろ、という師の指示をまるで聞く気がないというように、彼女は思案に暮れる。眼鏡の奥の目つきの悪い瞳が更に険しくなっていた。


 そんなだから、背後から近づく影に気が付かなかった。


「魔女よ」

「魔女だ」

「落ちこぼれの魔女」

「役立たずの魔女」


 ケラケラケラという嗤い声が響く。その声にふと、彼女が顔を上げると。目の前に人の頭よりも大きな水球が飛び込んできて、弾けて、彼女の小さな体はびしょびしょになった。


 嘲笑の声は更に強くなる。劣ったもの、格下のヒトに対する嘲笑。ズブ濡れのリーネに対するものだ。見れば、リーネと同じ制服をまとったクラスメイトの少女たちが彼女を遠巻きに嗤っていた。勿論、こんな真似をする彼女らはリーネの友達、ではない。

 魔術をリーネに叩きつけた少女は、クスクスと笑い、仲間内にささやく


「この程度の魔術、防げないのよ、アレ。ひっどいわね」

「クローロ先生に教えられてるクセに、いい迷惑よ」


 明らかに聞こえる声での、嘲笑、嘲笑、嘲笑、軽軽と投げつけられる悪意。それらに対してリーネは、依然としてその表情を悲しみに染めることはしなかった。眼鏡を裾で拭うと、そのまま嘲笑を続け、更には魔術をぶつけた少女達に向かってまっすぐに歩み始めた。

 遠目になって嗤っていた相手がまっすぐに近づくことにぎょっとなり、少女らは逃げだそうとするが、その前にリーネは彼女の手を掴んだ。


「痛い!離して!!」

「”神殿の官位持ち”相手に良い度胸ね貴方たち」

「最下位のクセに!!」

「官位すら持ってない貴方たちよりはマシだけど?自分の行いの意味分かっている?」

 

 国営を担う神殿の官位、即ち彼女の家はこの都市の”特権階級”である。権力者に対する嘲笑と暴力など、たとえその官位が最も低い物であったとしても、常識的な判断力があるのなら行わないだろう。そんなマネをするのはよほどの阿呆か、あるいは


「おいおい、権力を振りかざすなんて、官位持ちのヒトの所業か?レイライン殿」


 あるいは、同等以上の官位保持者の庇護下にあるかだ。


「顔を出しなさいメダル。下品よ」


 リーネの指摘に、男が顔を出す。やはりリーネと同じ制服の少年。顔つきは悪くはない。体躯もしっかりとしている。が、どこかべったりとした、人を見下すような笑みがその整った容姿を歪にしている。


「なんだよ?別に俺は彼女たちにそうしろと命じるなんて真似はしていないぞ。全ては彼女たちの義憤によって成されたものさ」

「メダル様!」


 出てきた寄る少女たちを、メダル・セイラ・ラスタニアは白々しく養護する。元よりあまり感情の色のつかないリーネの瞳が、更に冷たくなった。


「そもそも、あの程度、まっとうな魔術を扱えるなら「用がないなら、私はもう行くわ」


 相手にする暇などない。言外にそう告げる彼女に、意気揚々と嗤っていた彼は、気分を害されたようにムっと顔を歪めた。彼の表情の変化を見る間もなく背を向けるリーネは、しかし目の前に突如として現れた魔術の壁に歩みを阻まれた。


「何の真似」


 当然、この場で犯人は1人しかいない。メダルは杖を構える。ほぼ詠唱も動作もなく結界術を発動する彼の腕は確かなものだ。この男も”魔女の血筋”の一人、”重言魔術”を継ぐラスタニア家のこの男は、才能と、そして環境に恵まれていた。


 リーネとは違って


「稽古をつけてやろうってんだよ。冒険者になろうっていうんだろう?魔女殿は」


 ニタニタとメダルは嗤う。取り巻きの少女たちはいつの間にか結界の外に離れていた。一対一、魔術による決闘の図。それ自体は別に珍しくもない。魔術とは学問だが、同時に魔の者と戦うための術でもなる。

 まして、ラストは大罪都市、大罪迷宮に対抗するために生まれた都市だ。戦う技術無くしてなんとする。という考えがこの学園には根付いている。決闘も、度が過ぎなければ認められているのだ。


 故に、当然リーネもそれは承知しているはずだが、彼女は杖を構えることはしない。メダルの様な片手で握れる小型の杖でなく、身の丈ある魔道杖、それを強く握るのみだ。


「どうしたんだ?攻めてこないのか?」

「……」


 余裕たっぷりに挑発をするメダルに対し、リーネは無言だ。だが、しばし間を明けたのち、意を決したように魔道杖を地面に突き立て、そしてまるで踊る様に地面を杖先で描く。土に刻まれた線から魔力の光が迸りラインを描く。

 ”魔法陣”と呼ばれる魔術系統の一種が彼女の足元で描かれ始める。その動作は流れる様で、幾度と繰り返してきたであろう洗練さが伺えた―――が、


「【(魔よ/風よ)来たれ】」

「ッ……」


 短く、早く、魔術の詠唱を唱えたメダルの風魔術が彼女の身体を弾いた。途端、先ほどまで彼女が描いていたラインが崩れ、光が消失する。メダルはその様を笑った。


「おっと、邪魔をしてしまったかな?続けてくれよ」

「……」


 リーネは起き上がり、再び無言で魔法陣を描く、だがそれが完成を見る間もなく、幾度となく、たやすく、メダルの魔術が邪魔をする。まるで決闘にならなかった。なにせ、リーネは一度たりとも魔術を発動できないのだから。


「っが……」


 幾度となく魔術で弾き飛ばされ、最後には顔から地面に倒れ伏す。取り巻きの少女らと共に、メダルはその様を容赦なく嗤った。


「これは善意からの忠告だけど、冒険者、諦めた方が良いだろう。冒険者たちの方が迷惑するだろうからなあ?」


 そう言い捨てて、彼らは去っていく。土に汚れたリーネは彼らが居なくなった後、起き上がり、体の土を払って、落ちた眼鏡を広い、顔をぬぐい――ーそしてそのまま目に手を当てて、しばらくそのままじっとしていた。

 数秒たって、手をどけると、そこには先ほどの少し険しい瞳をした少女の顔があった。


「へいきよ」


 少しだけ声が震えていたが、しかし中庭から立ち去る歩みに揺らぎはなかった。





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 ――お前のご先祖様は特別な魔女だったのよ、リーネ


 リーネは魔女である。そして彼女の母も魔女である。そして祖母も、さらに言えば祖先を辿ると、この国の祖とも言える人物につながる。

 最初の魔女、【白の魔女】を弟子らは継ごうとして、しかしあまりに膨大な知識と技術故に全員が分担した。その直系の弟子がリーネの先祖だ。それを脈々と引き継いできたのが彼女の家だ。

 そしてリーネは家族から、その技術を祖母から引き継ぐことを託され、努力を続けてきた


 ――この力を、決して絶やしてはいけないよ。習得し、次代に継がねば


 祖母の指導は厳しかった。幼子が身に着けるにはあまりに複雑な技術の全てを祖母は少女に叩き込んだ。習得する前に死んでしまうのでは無いかと誰しもが思うような訓練を、幼き少女は恐るべき意思と努力によって受け止めた。


 そしてその果てに”白の魔女の技術の一端”を身に着けた。


 彼女の兄弟姉妹、両親は彼女を称賛した。それは、厳しい責務を彼女に押し付けてしまったが故の罪悪感からのものであったのだが、ともあれ、継承はなったのだ。


 ――ただ、身に着けるだけでは足りない。研鑽し、より強くしなければいけない


 一通りの継承が成った後も、祖母の指導は続いた。だが、彼女の祖母の体が弱くなると、それが徐々に叶わなくなる。技術のすべてを伝えきったことによって、それまで彼女を支えていた何かが途切れたのだろう。ベットの上にいる事の方が多くなってきた彼女は、我が孫、リーネを他の兄弟らと同じようにラウターラ魔術学園への入学することを決めた


 ――時季外れだが、ツテを頼りにするとしよう。最後まで見てあげたかったが…


 無念そうな祖母の声を聴きながら、リーネはラウターラへと入学を果たす。

 だが、厳しい祖母の指導の先に待っていた学園で彼女を待っていたのは、苦難だった。指導が厳しいだとか、試験が難しいだとか、そういう事ではなく、もっと根本的な問題に、彼女はぶち当たったのだ。


 それは、あれだけ熱心に指導され、そして血のにじむ努力によって身に着けた、【白の魔女】の業、その根本的な部分に根差した問題だった。


 何のことはない。彼女の魔術は、白の魔女から伝えられた技術の一つ、彼女の専属が受け継いだソレは、あまりに尖り過ぎていたのだ。今のこの時代にそぐわぬほどに――


「先生、遅いわ」


 同級生のメダルから理不尽な仕打ちを受けた翌日、リーネはいつも通り授業開始の半刻前に机につき、授業の予習を続けていた。前日、教師から自分の進路を完膚なきまでに否定され、同級生からむごい仕打ちを受けたものの、彼女は普段通りの日常を過ごしていた。

 と、いうよりも、昨日あったことは、彼女にとって割と”いつものこと”だからだ。己の魔術の否定も、”ラスタニア家の天才児”から嫌がらせを受けるのも。だから彼女は何時も通りだ。


 だが、教師、あの神経質なクローロ教授がこの時間になっても来ないのは珍しい。誰よりも早く教室に入る男なのに。


「皆、揃っているな」


 結局、クローロ教授が教室入りしたのは授業開始の鐘が鳴る直前だった。金色の髪に長き耳、森人たる彼が姿を現すときは常に清涼な魔力が教室に流れ出す。魔力感知に優れた何人かは何時もそれにうっとりとする。

 その彼が、リーネを見つけると少しだけその視線を険しくするが、彼女はまるで変化しない。平然と睨み返す彼女の態度に、クローロは諦めたように目をそらし、そして教卓に立った。


「さて、諸君、早速だが連絡事項がある」


 普段、無駄話、雑談を省き授業を進める彼にしては珍しい前置きがついた。なんだ?と興味深げに生徒たちは顔を見合わせ彼を見る。


「……ん?」


 そんな中、リーネは既視感を覚える。そういえば、時季外れに編入してきた自分も、こんな風にしてこの教室に案内されたような気がする。

 クローロは話を進める


「冒険者ギルドからの依頼があり、一ヶ月の短期の入学を許可された者が我が教室にやってくる……平たく言えば、転入生だ。入れ」


 そして、リーネは視た。


 銀色の髪、同じく銀の大きな瞳、精霊たちのように整った美しい顔。身に纏う制服は女性的な身体の起伏がくっきりと見えた。手足もスラリと伸びていて、同性でもハッとなるような美少女が、この教室に入ってきた。


「自己紹介を」


 クローロに促され、そして彼女は生徒たちへと振り向き、そして皆が思わずうっとりしてしまうような顔で、微笑んだ。


「シズクともうします。皆さま、どうかよろしくお願いいたしますね」


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